FC2ブログ
97年から書き続けたweb日記を、このたびブログに移行。
歌舞伎前、銀座 鮨「み富」訪問。
7月4日の日曜は、歌舞伎座七月大歌舞伎初日。第三部のチケットを取った時は、名古屋場所が第一日曜に初日と、何時もより早くなっている事に気づかなかった。普通は第二日曜に初日なのだが。白鵬復活、照ノ富士綱取りの場所に初日をライブ中継で観戦できないのは残念。

歌舞伎座開演は5時40分であるからその前に食事を済ませておく必要あり。銀座「鮨 み富」を予約。入店するとカウンタには先客2人あり。

手を洗って手指消毒してカウンタ着席。前回来た時はまだ禁酒令下であったが、今回はアルコールの提供が復活している。アクリル板も新規に設置。親方に聞くと、前から準備はしていたのだが、アルコール提供にあたって都の検査があるかもしれないので念の為に設置したと。元々客間は1席空けてあるからディスタンスには配慮しているのだが。

一升瓶を並べてもらって酒を選定 夏吟醸「不動」を選択。この後行く歌舞伎の演目「雷神不動北山櫻」に引っ掛けてちょうど良い。ふくよかな旨味。その後で「富久長」に切り替え。こちらは淡麗な辛口。

せっかくお酒が飲めるのでつまみを切ってもらう。まずマコガレイ。そしてシマアジ。どちらも上品な脂。カツオは三重。生姜醤油で。爽やかな香りが良い。今年は気仙沼のカツオはあまり良くないのだとか。

北寄貝があるというのでこれもつまみで。赤貝もトリ貝もシーズンが終わり、貝の種類が揃わないので入れたのだとか。そういえば西大島「與兵衛」では甘酢に潜らせた北寄貝がいつも出ていたっけ。石垣貝が出たら入れるとの事。紐は炙って酢橘を添えて供される。つまみには好適。タイラギも切ってもらい、あとは塩蒸しのアワビ。なかなか大きな個体。

歌舞伎座開演が5時40分なので、あんまり長居する訳にも行かない。この辺りでそろそろ握りに。

カレイとイサキの昆布〆。スッキリした味のこの店の酢飯には、やはり昆布締めが合う気がする。アジとイワシも酢〆したものを握って。キスも昆布を当ててあるが、なかなか大きなもの。酢〆の稚鮎は2枚付。頭も珍味として供される。

親方と雑談しながらのんびりやっていたら、5時15分。歌舞伎座はすぐ近くだが、そろそろ行かないと。最後に干瓢巻で〆。

予約の電話でちょっと揉めていたので聞いてみると、5人で入店して酒が飲めるかという電話だったとか。蔓延防止で種類提供は2名までとなっているので飲めないよ(笑)交渉したら大丈夫と思う人間もいるんだなあ。だいたい寿司屋のカウンタに5名で座るという発想が野暮だ。居酒屋じゃないんだし。そんな事を話ししていると、更に時間が経過したので慌てて勘定して歌舞伎座へ。

久々に外食で酒を飲んで楽しかったが7月12日からまた緊急事態宣言で飲食店はアルコール提供禁止。また我慢の日々が続くな。


スポンサーサイト



歌舞伎座「六月大歌舞伎」、第一部。
先週末は歌舞伎座「六月大歌舞伎」、第一部。

20210616201025c8f.jpeg

最初にチケット取った時は、「芋洗い勧進帳」は、芝翫だしどうかなと席は取ってなかったのだが、週末が近づいて見てみると座席に空きあり。ふと思い立って前日に取ってみた。

という訳で、最初の演目は「御摂勧進帳(ごひいきかんじんちょう)」加賀国安宅の関の場。

歌舞伎十八番よりも成立が古く、豪快で古風な江戸荒事の特徴を残す演目。勧進帳を読む所は同じだが、富樫が義経主従の通行を認めた後、疑いを持たれた弁慶は捕まる。弁慶は泣き出して、番卒に馬鹿にされ嘲笑されるという展開。

しかし、これは義経を遠くまで落ち延びさせる時間を稼ぐ計略。もう十分遠くに行ったと悟った弁慶は名乗りを挙げ、大立ち廻りで番卒達の首を次々に引っこ抜き、大水桶にぶち込み、芋を洗うように豪快に仁王立ちでかき回すという大詰め。

芝翫は、どの演目でも花道の出は顔が大きくいつも立派。その後で萎んで行く印象がつよいが、この演目の武蔵坊弁慶は、荒唐無稽な荒事として意外に柄に合っている。「いずれも様のお陰で、なんとかこの大役を務める事ができました」とご機嫌で大樽を金剛杖でかき回し、番卒達の生首がどんどん舞台に転がって行く大詰めも、十八番の勧進帳とはまた違って、なかなか面白かった。

雀右衛門の義経は、最近何かで見た気がしたが、この演目ではそれほど見せ場は無いような。鴈治郎の富樫左衛門。

短い幕間を挟んで「夕顔棚(ゆうがおだな)」

田舎百姓屋の軒先。夕顔棚を見ながら酒を飲んで夕涼みする爺さん婆さんは、折から聞こえて来た祭り囃子に、若かった昔を思い出す。詩情にあふれた夏の一夕。清元の舞踊。菊五郎の婆さんが風呂上がりに前をはだけて笑わせるが、左團次の爺さんと共に品が良い。巳之助の里の男は、流石に踊りが流暢で巧いものである。



歌舞伎座「六月大歌舞伎」、第三部を見た。
六月最初の週末日曜日、歌舞伎座「六月大歌舞伎」第三部。

2021061521592091b.jpeg

観劇の前に銀座「鮨 み富」で腹ごしらえ。ノンアルビールしか飲んでいないので、素面で見物。そういえばコロナ禍で、歌舞伎座内のドリンクコーナーでも「令和禁酒令」以前からアルコールは販売されていないし、食堂でもアルコール販売なし。すっかり劇場内で飲む習慣を無くしてしまった。健康によろしい(笑)

最初の短い演目は「京人形(きょうにんぎょう)」

左甚五郎を白鸚、京人形の精を染五郎が演じる。高麗屋の祖父と孫の共演。染五郎は美しく女形も良い。魂の入らないぎこちない人形の動きと、傾城の鏡を胸元に入れられた時の妖艶な女の動きも見事に演じ分ける。若いうちは女形も勉強の内なのだろう。高麗屋の跡取りがずっと女形という訳にも行かないだろうが。

太夫を模した自分の人形が動くのに相好を崩す左甚五郎と孫との共演を寿ぐ白鸚の姿が重なる。常磐津と長唄の豪華な掛け合い。後半は大工道具を印象的に使った立ち廻り。白鸚も身体は動いて、なかなか元気ですな。

20分の幕間の後、日蓮聖人降誕八百年記念、「日蓮(にちれん)」─愛を知る鬼(ひと)─。

荘厳な読経で始まるオープニング。比叡山で法華経こそ唯一無二の法典と説く猿之助、蓮長(後の日蓮)に怒った坊主がお堂に詰めかける場面から始まる。この部分は緊迫したオープニングではあるのだが、猿之助が神々しいライティングで登場すると、いきなり胡散臭くて、なんだか笑ってしまった。あの照明は、狸か狐が化けた仏様が出てくる時使うお笑い用の物なのではと感じるなあ。

笑三郎演じる賤女おどろが、一度は信じた蓮長に何一つ良い事はなかったと呪詛を吐く場面は、キリスト教で言うなら「何故神は我々を助けてくれないのか」という根源的な、所謂「神の沈黙」のテーゼに似て実に迫力あり。しかし「えっ、そんな程度で、また法華経をありがたがって、再帰依してしまうんですか」と心配になる筋書き。

市川右近の善日丸と猿弥演じる阿修羅天が、日蓮の両極端の心象を表しているというのも分かりやすい設定ではあるが、ちょっと深みがない。隼人は、単純無垢で騙されやすそうな美形坊主として見ると、なんだか妙に似合っている。逆に言うと帰依に至った説得力があまり無いのでは。

元々この「日蓮」は、降誕八百年記念として数年前から新作歌舞伎大作としての企画を進めていたのだが、コロナ禍で1時間の短編に縮小したのだとか。澤瀉屋がやるのだから、本来はもっとケレンもあって、最後は日蓮が宙乗りして去っていくラストなんかがあったはずなんじゃないかな(笑)。音楽なんかはそれなりに壮大、荘厳なんだけど、最初に企画した理想像とはかけ離れたものになったのかな。分かりやすい作品ではあったけど、その分薄っぺらい出来になった気もする。このままでの再演は、ちょっと無いような気が。

歌舞伎座「六月大歌舞伎」、第二部を見た
六月最初の週末土曜日、歌舞伎座「六月大歌舞伎」第二部。「桜姫東文章(さくらひめあずまぶんしょう)」下の巻。

2021061519573960b.jpeg

四月に「上の巻」が上演されて満員御礼。六月の公演で「下の巻」。そもそも全段演ずると一日かかるような演目らしいが、コロナ禍では二部に分けて正解。しかし、間に一ヶ月挟んでいるため、まず開演前の幕外で、上の巻のあらすじ解説があるのは親切。

小姓との道ならぬ恋に落ち、心中に失敗して生き残った清玄は、桜姫が死んだ小姓の生まれ変わりと悟るが、しかし何故か袖にされるという不条理。そこから始まる止めどない流転。桜姫は盗賊に手篭めにされ道ならぬ子供を生むのだが、あろうことか腕の入れ墨しか覚えていないこの盗賊に惹かれ、自分の腕にも同じ入れ墨を入れて、人生を奔放に生きて行く事になる。

仁左衛門は、運命の坂道を途方もなく転落していく哀れな高僧清玄と、粋でスッキリ伊達男の悪漢、釣鐘権助を見事に演じ分けて印象的。玉三郎も、悪党釣鐘権助に対するひたむきな愛と、その為に女郎にまで身を落としながらも、あっけらかんと生きて行く桜姫の艶やかさと強さを鮮やかに演じる。

生き返った清玄と、桜姫の庵室での立ち回りは、経文をサラサラと投げ流しながらの見得が実に幻想的で美しい。そして場面の最後は清玄の頭に包丁が刺さるスプラッタ・ホラーの展開。そこからは、生き抜く桜姫に取り憑いた、妄執の清玄の幽霊が何度も権助と交互に現れる。

鶴屋南北先生は、200年も前に、輪廻転生に奇想天外、エロ・グロ・ホラー満載のこんな物語をよく書いたなあ。そして仁左衛門、玉三郎が年齢を超えてなんと楽しそうに演じる事か。上巻、下巻とも見れて実によかった。

大詰では場面転換。浅葱幕が切って落とされると舞台は、浅草の雷門。最後にはお家再興が成り、桜姫はお姫様に戻って大団円。仁左衛門も三つめの役で登場。最後は客席になおって「まず本日はこれぎり」と切り口上で幕。上演はあっと言う間に感じた。歌舞伎の、ある意味、娯楽としての最高の到達点を見た気分で歌舞伎座を後にした。

銀座「鮨 み富」訪問。
先週の週末、歌舞伎座第三部観劇の前に、銀座「鮨 み富」訪問。4時半に入店すると他の客はまだ誰も居ない。手を洗ってアルコール消毒してからカウンタに。

普段なら、親方がお勧めの日本酒の瓶を並べて説明してくれる所だが、「緑のタヌキ令和禁酒令」の最中。しかし店員が見せてくれた飲み物メニューには、ノンアル・ビール以外にも、ノンアルコールのハイボールやレモンハイなどの銘柄が。結構あるんだねえ。ということで、ノンアルコール・ビールを注文。

昔のノンアルビールは酷かったが、最近のものは進歩しており、なんだか本当のビールを飲んでいるような気分に。無いよりましかな。折角なので何時も通りつまみから。

まず白身は、マコガレイとシマアジ。日本酒が無いと妙な気もするがお茶で刺し身食べるよりはノンアルビールのほうが良いかな。

親方によると、酒屋からの仕入れは激減したとか。まあそれはそうでしょうな。酒の売上は減って5月は開店以来の赤字だったが、給付金が入ればようやくトントンだと。給付金は大事だなあ。

なんでも、銀座でも焼き肉店では6月からアルコール提供する店があると。確かに焼き肉をビールでなくお茶で食うなんて考えられない。クラブなども有名所は閉まっているが、やはり闇営業しているところがあり、お姉ちゃんは同伴してお客を引っ張り込む者だけが出勤を許されるのだとか。漫然と出勤してきてやってくるお客を待つのは駄目なのだろう。

もっともこの「令和禁酒令」では、規制を守らずに酒を出して満席まで入れる居酒屋や、闇営業するお姉ちゃんのいる店が儲けて、真面目にアルコールを提供しない普通の飲食店だけを痛めつけている。ズルするものだけが儲かる実効ない規制はどうかと思うなあ。緑のタヌキは自分が目立つ事以外はサッパリやる気がないようだが。

親方によると、豊洲の仲卸で、二回目にコロナ感染した従業員が出たという。11月に感染して抗体がもう減っていたのではというが、それにしても、よほど悪所に頻繁に出入りしているのではないか。魚河岸相手に午前中から空いているクラブなんかが銀座にあると昔聞いた事があるけれども。

カツオを切ってもらうと、つけ台に置かれだけでカツオの爽やかな香りがする。茨城と宮城の間辺りまで上がっ来ているのだとか。トリ貝は、今日は天然が揃っておらず、やや小ぶりの京都の養殖だとか。今年は全般にトリ貝は良くなかった印象あり。タイラギもつまみで。愛知の実に大きなもの。

煮物で、タコ、ハマグリもつまみで。漬け込みのシャコも立派だったが、「今日はアワビがあります」というのでこれもつまみで。メガイアワビ。アルコール提供無しになってから、つまみ用途が多いアワビは入れてなかったのだが、仲卸がおっつけられたとのことで久々に入れたのだと。

ここまでカウンタは一人だけ。お茶に切り替えて握りを。この店では、握りだけのおまかせが増えたので、以前は10貫のコースのみだったが、12貫と15貫と数を増やしたコースも用意したのだと。

この辺りで2人組入店。しかしカウンタ反対側なので密にならず快適。

握りはお好みで。白身は昆布〆。マコカレイとスズキ。スズキはここで食するのは初めてかな。昆布を当てると癖が消えて旨味が増す。〆アジ、〆イワシもこの店の酢飯によく合っている。〆た稚鮎は2枚付。コハダ新子の如し。鮎独特の香りもある。頭は別に切り落として供される珍味。

カスゴは白身を酢〆にした独特のホロホロした旨味。煮物でハマグリにアナゴ。古式を残したツメで。酒を飲まないと種と酢飯の味がよく分かる気もするなあ。最後はこの店の名物、カンピョウ巻。ドタバタ声の大きい3人組が入って来たので、早々に勘定して歌舞伎座へ。


歌舞伎座、「五月大歌舞伎」、第一部。
五月大歌舞伎は、三部ともチケットを取っていたのだが、GWの最中、大相撲開催前の月初に取っていたもので、全て緊急事態宣言発出に伴い公演中止で払い戻しに。五月は見物は無理だなと思っていたが、大相撲が観客を12日から入れるのに合わせて公演が開始に。チケットは既に結構売れていたのだが、大相撲7日目の土曜日に出ていた第一部の戻りを取った。

202105291518450c5.jpeg 20210529151936ca4.jpeg

この日は11時から歌舞伎座、終わってから国技館に行ってマスB席で観戦という、結構忙しいし、マスクしているとはいえ11時から夕方6時まで周りに人がいるという、どうも観戦リスクを考えると気の進まない状況だったが、松緑の舞台だけは見ておきたかった。

歌舞伎座の席は西の二階桟敷。前も後ろも観客は居ない。左右も離れており快適である。

最初の演目は、河竹黙阿弥作、「三人吉三巴白浪(さんにんきちさともえのしらなみ)」。大川端庚申塚の場のみ。

夜鷹おとせで出た莟玉は、前夜の客がたまたま落としていった百両を返そうと相手を探しているという、薄幸ながら心優しい女性の雰囲気が良く出ている。出番は短い端役だが、人気の花形女形が出ると「哀れだなあ」と同情してもらえる印象的な良い役。二階から見ると、ああいう風に舞台下に消えているのだとなかなか面白い。

右近は花道の出も派手であったが、おとせの懐の百両に手を出す所で、いきなり立役の迫力ある低い声が出て、そのコントラストにちょっと度肝を抜かれる。

「月は朧に白魚の 篝もかすむ春の空」の名台詞も朗々たるもので、実に立派。清元の経験も活きているのか。美しい女(実は劇中でも女装した盗賊だが)が、夜鷹から百両奪って隅田川に蹴落として「春から縁起がいいわい」とあっけらかんと台詞を唄う姿は倒錯したピカレスク・ロマンの感があって、今まで見た大川端の中でも印象的。

隼人は何時も肩肘張って頑張っている。体格も台詞もなかなか立派ではあるが、どこか生硬な所があり、一歩崩れるとガタガタになりそうな、大根と表裏一体の危うい感じがある。そこがよい。ま、偏見ですが(笑)

人気の演目、場面で、様々な座組で見た。中には一人だけ大看板というバランス悪い座組もあったが、今回の「三人吉三」は全員花形。和尚吉三の突然の仲裁に応じて義兄弟になるのは突然にも思えるが、この日は、なるほど、これも実に奇妙な運命のトライアングルだったのだと、今までで一番腑に落ちた出来。3人の醸し出す絶妙なコンビネーションだ。和尚吉三の巳之助は松緑に教えて貰ったというが、人間の良さ、大きさが出ている。そして時折、三津五郎の面影がよぎる。

そして次の演目が、新古演劇十種の内 「土蜘(つちぐも)」

松緑が叡山の僧智籌実は土蜘の精。音羽屋の家の芸であるが、同様の蜘蛛の精が暴れる演目は澤瀉屋でも出る。「蜘蛛の絲宿直噺」は昨年の11月に猿之助で見た。その猿之助が源頼光として相手に座っているのだから、舞台に重みと迫力あり。

源頼光主従の土蜘蛛退治を題材にした変化舞踊。智籌の花道の出は観客に覚られぬよう、静かに出てくるのだそうであるが、ボーッとしていたので七三の所に来る迄気づかなかった。

松緑は怪異な眼力鋭く実に印象的。猿之助もギラギラ光る存在感を舞台に与えていた。澤瀉屋「蜘蛛の絲宿直噺」は、今度の七月大歌舞伎でまた出て、猿之助が最後は女郎蜘蛛になる五人早変わりの役を演じる。この演目で、松緑は頼光ではないが、家臣の平井保昌を付き合うのも面白い。

松緑は七月「あんまと泥棒」に主演。あんま役は中車。2月の歌舞伎座「泥棒と若殿」で巳之助相手に泥棒役を演じたが、七月もまた泥棒役。なかなか興味深い。





歌舞伎座「四月大歌舞伎」第三部を見た。
先週木曜日は、歌舞伎座「四月大歌舞伎」第三部を観劇。演目は、仁左衛門、玉三郎の「桜姫東文章」

20210429161757667.jpeg

元々は、webでの発売日に、土日のA2、A3ブロックが全て押さえられており、後で戻りを取るかと軽く考えていたら、公演は始まってほどなく大人気となり、歌舞伎座地下売店ではポスターを求める長い列ができ、土日どころか全日程で全ての席が完売に。

一旦諦めていたのだが、東京都にまん延防止特別措置が出て、8時までに終演とする為、開演時間と終演時間が変更に。戻りが出るのではとチケットweb松竹を時折チェックしていると、一階の16列に一席だけポッと戻りが出たのをゲット。ラッキーだったな(笑)

今回はコロナ対応もあり、「上の巻」として前半部分を。後半部分は6月に上演するという趣向。仁左玉での上演は34年ぶりと言う事で、さすがに見た事の無い演目。事前に「歌舞伎の101演目解剖図鑑で事前に見所をチェック。


発端の「江ノ島稚児ヶ淵の場」。僧と稚児が自殺したという伝説のある江ノ島に実在する場所なのだそうである。僧の清玄が仁左衛門、衆道の仲である稚児の白菊丸が玉三郎。生まれ変わって夫婦になろうと誓った道行きの花道で顔を寄せ合った時は、本当にキスするのかと思った(笑)しかし海に飛び降りる際に清玄はためらい、死に損なう。白菊丸が桜姫に転生するという輪廻の輪が巡り始める。

序幕第一場「新清水の場」は、コロナ禍の興行では珍しいほど大勢人が出て、渡り台詞も賑やかで、歌舞伎の様式美に溢れた美しい舞台。発端から17年。玉三郎の二役、桜姫が生まれ落ちてからずっと握りしめていた掌中から白菊丸の形見の香箱が現れ、高僧となっていた清玄は桜姫が白菊丸の生まれ変わりである事を知る。しかし姫の家を巡るお家騒動は華やかな舞台のあちこちに陰謀の影を落としているのだった。

20210429161839e61.jpeg

次の「桜谷草庵の場」が玉三郎の桜姫と仁左衛門の二役、盗賊の権助との濡れ場。歌舞伎屈指とも言えるエロティックで迫真の舞台。観客席は静まり返って息を呑む。

そして零落した不義の罪を着せられ、零落した清玄と桜姫が交錯する第二幕。「隅田川物」が投影されているのだそうであるが、そういえば、三月大歌舞伎で舞踊劇の「隅田川」を玉三郎、鴈治郎で演じていたっけ。

「上の巻」はここまで。6月の公演も待たれる。

200年も前に書かれた物語、転生輪廻と運命の輪。貴人の零落。歌舞伎の様式美を背景に、鶴屋南北独特の奇想を元にした退廃かつ耽美な世界が、仁左衛門と玉三郎に憑依して舞台上に現出する。奇跡の舞台。呆気にとられるうちに夢幻の如く終了していた。

歌舞伎座、四月大歌舞伎、初日に第二部を見た
歌舞伎座、四月大歌舞伎、初日の日に第二部を見たのだが、感想書くのをすっかり忘れていた。

20210418104057357.jpeg

最初の演目は、「絵本太功記(えほんたいこうき)尼ヶ崎閑居の場」。いわゆる「太十」。

吉右衛門が倒れて入院中という時節柄では、どうしても吉右衛門の武智光秀を思い出す。落ち武者風の藪の中からの出にして、実に古径で大きかったなあ。芝翫も物理的な顔は十分大きいのだが、役は大きく見えないのが不思議。

初出陣だが死を既に覚悟している光秀の息子、武智十次郎が菊之助、許嫁の初菊が梅枝。どちらも大変に印象的。喜びと悲痛が交錯する祝言の酒坏。それは絶対不利な戦局を理解した若武者には別れの酒坏でもある。死を覚悟した若武者と許嫁を襲う戦乱の悲劇。

武智光秀の登場の後は、主君への忠義を説く母親と、暴虐な主君なら討ってよいのだ。天下の為だ、中国の故事にもある、と革命論を振りかざす光秀の親子を襲う悲劇。光秀の息子は命からがら戻ってくるが、もはや目も見えない。三代の家族を巻き込んでいく残酷な運命。義太夫狂言の名作。

最後は場面が展開し、扇雀の真柴久吉(何故かこの場に居て風呂を沸かしたりしている)と久吉家来の彌十郎の佐藤正清が駆けつけ、光秀と共に見得を切って決まる。どうでもよい事だが、最後の見得で前に伸ばした彌十郎の左足の親指だけが大きくそっくり返っている。帰宅して試してみたが、足の親指だけあんな風に動かすなんて、ちょっと無理だなあ。よほど練習しないと。

次は、「団子売(だんごうり)」

大坂天神橋で、餅屋台を担いだ団子売の杵造とお臼夫婦が餅つきをして団子を作る体の舞踊。梅玉と孝太郎は踊りが達者である。仲睦まじい夫婦ものが杵と臼で踊るというのは、セクシャルな寓意が含まれているのだと思うが、あっけらかんと明るく幸せな舞踊。五穀豊穣、子孫繁栄の願いが込められているのだとか。



実に久々、「新橋鶴八」訪問。
先週の水曜は「新橋鶴八」。今年になってから初めてだから実に久々。先々週にSMSで空きがあるか聞いたら「この所毎日は営業していないのだが、来週の水曜なら空いてます」という事で久々に新橋に。

新橋駅界隈はサラリーマンが随分と多い。ニュー新橋ビル地下もちょっと巡ってみたが、中国人女性の客引きも、店内飲み会で「ゲハハハ」と大声で笑うサラリーマン達もコロナ禍前と変わらない感じ。それは感染が止まらない訳だよなあ。

店に入ってみると、カウンタ一番奥の指定席には大常連O氏が。私は一人で黙って飲み食いしたいのに、なんでO氏が居る時を、何時も空いてますと指定するんだろうね(笑)ただ、五十嵐親方がマスクをかけていたのは大きな進歩。客にも大分文句言われたものと思われる。このご時世、他の飲食店見たら全員マスクしてるのだから、当たり前といえば当たり前だけどねえ。

O氏との間に一席空けて座っていかと聞くとダメだと(笑)まあ、この日は5席しか設定してないので、普段よりはましかもしれない。

日本酒冷酒を貰って、おまかせで初めて貰う。そもそもこちらが頼んでも出てこないからなあ。お通しはホタルイカ。鶴八系のホタルイカはきちんと口に触る目を取って掃除しているからいつも結構。コロナ禍で在宅勤務ばかりしているうちに、もうそんな時期か。

景気を聞くに、神保町と同じで、予約は仮受けでその日に一組しかなかったら営業をしないのだとか。まあ鶴八系のように毎日市場に行って毎日仕込むという仕事では、確かにロスのほうが多くなるだろう。種が古くなっても平気で出す街場の寿司屋なら平気の平左だろうけれども。

白身はカレイ。これもまた季節の移り変わり。次はシマアジ。背の身だが随分と大きいのでカンパチか何かだと思った。爽やかな脂が乗っている。次にはタコを切ってきた。「大丈夫か。三日前のじゃないか」と聞くと、昨日煮上げたとの事。

大常連O氏ともあれこれ雑談。小声で(笑)たまたま歌舞伎の話になると、O氏は三世松緑を追贈された初代辰之助と中学高校の同級生で、学校帰りに近くの食堂に入って一緒にビール飲んだりしたとか。お金持ちの素行の悪い御曹司だったんだなあ(笑)

アナゴの一夜干し焼き物。これは何時も旨い。「次に旨いのを出しますよ」と言うので何かと思ったら、マグロ血合いの煮付け。大常連O氏といると何時も出てくるのだが、客に出す部位ではないんだよなあ。ただ、生臭さは無い。旨いと言うのなら、他の客にも出せと言っているのだが、出しているのは見た事がない。「出すのは常連のみです」と笑うのだが。いらないけどねえ(笑)

サバもつまみで。この辺りで握りに。日本酒は止めて芋焼酎の水割りを所望。まず中トロ、次にヅケ。米の旨味がしっかり残ったふっくらした酢飯が旨い。スミイカの後はイワシ。酢締めにしてあるがここで出るのは珍しいかな。旨味は凝縮している。肉厚で立派な赤貝も1貫。関西の産だったっけな。

小柱の軍艦巻き。大星というのだろうか。サイズが実に立派。小柱は海苔の香りに合うなあ。最後はノドグロ炙りの握り。これもこの店では珍しいかな。上品な脂が乗っている。短い滞在にしようと思っていたが、なんだかんだで結構食べたな(笑)結局のところ新橋駅からタクシー帰宅。



歌舞伎座「四月大歌舞伎」第一部、弁慶A,B日程を見た。
4月の第一日曜日は、歌舞伎座、四月大歌舞伎の第一部。

最初の演目は「小鍛冶(こかじ)」

猿翁十種にあるものの、上演は24年ぶりという珍しい演目。伴奏は本来、歌舞伎の竹本ではなく、特定の楽団が伴奏するらしいが、今回は歌舞伎スタイルで。三味線の事は一つも知らないが、弦のチューニングが普通の義太夫よりも低いんじゃないかな。開放弦で引く時にビビり音が聞こえる。バチで下から上に掻き上げるようにピッキングするのも、普通の義太夫三味線のスタイルではあまり見た事がない。

まず出てくるのは、三條小鍛冶宗近を演じる中車。能掛かりの舞踊を丁寧に踊る。「稽古を重ねている中車にこの役を」と思いお願いしたと猿之助が筋書きで。やがて現れるのが、猿之助の狐の精の童子。やはり主役は猿之助であるから、中車は横に控えて、ケレン味がありながらも実に美しい猿之助の舞を見る事になる。

稲荷明神の場が終わると、三條小鍛冶宗近の邸宅の場。笑三郎、猿三郎、笑也、猿弥の澤瀉屋勢が弟子役で賑やかに舞を。そこに壱太郎が巫女役で華を添える。

最後の鍛冶場では、猿之助が稲荷明神として登場。澤瀉屋の従兄弟同士でトンカントンカンとリズミカルに刀を打つ場面が微笑ましい。「相槌を打つ」という慣用表現がこの刀鍛冶から来ているとは知らなかった。珍しい演目を見れてよかった。

次の演目、「勧進帳」は、今回A,B日程があり、この日は新幸四郎が弁慶を演じるB日程初日。A日程は白鸚が本興行では最高齢の78歳で弁慶を演じる。

B日程では、松也が初役で富樫を。最初の出での初ゼリフは、最初の発声が若干上ずってアレッと思ったが、秒速で修正。若干ぎこちなく始まったが、段々と調子を上げて行った。山伏問答は、弁慶と火花が散るような丁々発止とまでは行かなかったが、まだ初日であるしこれから進歩していくだろう。幸四郎の弁慶は、独特の明るい重厚さを持って丹精に成立している。

松也の富樫のセリフは、声の強弱と抑揚があちこちで振れ過ぎな気がした。菊五郎に教えてもらったらしいが、幸四郎の富樫とはちょっと違う印象。雀右衛門の義経は、演技の線が細いのだが身体は肥えており、顔がちょっと福々しすぎるかな。

4月の第一部はこれで終了の予定であったが、先月は吉右衛門の体調不良入院もあり予後も不明。見ておける時に見ておかなければと次の週に、白鸚が弁慶を演じるA日程も戻りで拾った。本興行最高齢の弁慶。花道での弁慶第一声は、おっ、これほど声が出るのかと驚く大音声であったが、第二声から急速にエコモードに。これはまあ仕方ないね。雀右衛門の義経は先週よりも大きかった。

幸四郎の富樫は松也と比較すると明確に安定した出来。何でもできる器用な役者だが、そもそも弁慶よりも富樫のほうがこの人のニンにあるのだろう。白鸚の弁慶は、もう1000回以上務めている訳で、老獪な風格があり、これまた安定の出来。「延年の舞」以降では、幸四郎が「滝流し」を入れて花道まで使って舞うのに比較して舞台で動く場所は限定されており時間も短いが、きちんと弁慶として成立している。

義経を見送り、富樫に深く一礼した後の幕外の引っ込み。静まり返った劇場の中で天に感謝する弁慶、白鸚の荒い息遣いが二階席まで聞こえてきた。歌舞伎役者というのは、命を削る仕事である。飛び六方の引っ込みには万雷の拍手。勿論、観客の声援があるからやっていられるという事もきっとあるのだろうが。