97年から書き続けたweb日記を、このたびブログに移行。
TV史上もっとも多くが見た番組
日曜のスーパーボウルはビール飲みながらTV観戦。Time of Possessionも拮抗してるし、総ヤードではコルツのほうが上回ってるのだが、ここ一番で攻め切れなかった印象。後は、セインツがファンブルやインターセプトなどのターンオーバー無しで最後まで切り抜けたのに、コルツのQBペイトン・マニングが終盤にパスをインターセプトされたのが大きかった。これで最後に以外な大差が。しかし、なかなか面白いゲームだった。

ハーフタイム・ショーの「The Who」は、実に懐かしい顔。ヴォーカルのロジャー・ダルトリーが65歳。ギターのピート・タウンゼントが64歳。いやしかし、まだ健在とは(笑)。 ちゃんと声も出るし、ギターも弾いている。

タウンゼントは、昔はもっと細面の馬面だったのだが、歳取って、だいぶ顔が太ったのか、あんまりそんな印象なかったような。 腕をグルグル回してギター弾くパフォーマンスは健在。しかし、還暦過ぎたロッカーを見るたびに思うけれど、白人というのはパワーあって元気ですな。

Super Bowl is most watched TV show everという記事によると、今回のスーパーボウル中継は、アメリカで1億6百万人が見た計算で、これはアメリカのTV史上、最も多くが見た番組の記録を更新したのだという。長らくTVドラマ「MASH」が王座を守ってきたのだが、王座交代。

要因のひとつには、もちろんアメリカの人口が増え続けていることもあるだろう。ハリケーン、カトリーナから復興をとげたニューオーリンズの代表と、2つ目のスーパーボウル・リングを目指すスターQBの戦いという構図もなかなか興味深かった。しかし、それでも、この試合が史上一位になるとは思わなかったなあ。

しかし、試合を決めたインターセプトまでは拮抗したよい試合。ペイトン・マニングは、試合終了後、勝利したセインツのQBを祝福せず、そのままスタジアムを去ったということで話題になったが、まあ、よほどフラストレーションがたまってたのだろう。

スーパーボウルではいつも金かけたCMが話題になるのだが、今年は、Kick Off Showの段階から、HYUNDAIが大々的なCMを展開。同じ自動車業界でも、GMやクライスラーはCM流れてなかったような。まあ、再建中ということもあり、目立つところのCMは自粛したのかも。通常シーズンのプロスポーツの試合では、結構CMは流れてるのだが。日本勢ではホンダのCMが目に止まった程度か。

大半のCMは、例年同じで、ビールやソーダ。今年はペプシがCM中止したのだという。スナック菓子のDritosはずいぶん流してたな。TVCMの効果はもう無いという意見もよく目にするが、例年スーパーボウルの広告は大きな話題を集める。

アメリカ人の半分は、田舎の小さな町に住んで、トラクター乗って、毎週教会に行くような人々。ワイオミングやネブラスカやサウスダコタなんかでは、i-PhoneやTwitterどころか、インターネットすら使ってない人が多いんじゃないだろうか。そうすると、今でも世界と繋がる窓はラジオやTVということになる。TVの前に座ってスーパーボウル見てるそんな層は、ビールのCMが流れれば、冷蔵庫に取りに行くし、DritosのCMが流れれば、袋を開けるだろう。相変わらず、TVのCMというのは、アメリカのそんな層には、それなりに有効なんではと考えたり。

田中森一元検事に更に懲役加算
田中森一元検事、上告せず懲役3年の判決確定との記事。

既に別の事件で懲役刑が確定しており、ご本人は刑務所の中。しかし、服役中に再逮捕されて、今般また3年の実刑判決が確定。

この判決により、また今回の懲役が加算されるのだという。争わずに早く判決受けたほうが結果的に娑婆に早く帰ってこれるという判断だとは思うのだが、ご本人は66歳。この歳でムショにいて、服役中に更にあと3年懲役追加の判決を聞くというのは、いったいどんな気分だろうか。もちろん罪は罪であるが、なかなか厳しいものがあるよなあ。

ある意味では、たてつくもの、裏切り者は絶対に許さんという、検察の執念が感じられるような訴追。そういえば、検察内部の裏金を告発しようとしたとたんに逮捕された検事もいた。検察を、単純に無謬の正義の番人と考えるのも、あまりにもnaiveすぎるかもしれない。

過去日記にも書いたが、田中森一の「反転〜闇社会の守護神と呼ばれて」は、バブル紳士達の信じられないような栄華と転落を描いたドキュメントとして、実に面白い本。

いったんは、弁護士として、とてつもない成功を納め、天上の栄華を体験した後に、当時は多分ゴミのような金だった9000万ポッチの金の詐欺で刑務所での懲役3年追加。成功と転落の落差が大きいだけに、実に辛いだろうと推察する。

まあ、当たり前だが、悪いことせずに、地道にコツコツやるのが一番平穏ということですな。

消え行く関西たべもの言葉
消えゆく関西たべもの言葉の記事を読んで、昔から親しんだ関西言葉を懐かしく思い出した。食に関する言葉というのは、日常よく使われるので、比較的昔の言葉が残りやすい傾向があると思うが、それでもTVの影響などもあって、関西独特の言葉もずいぶん廃れていってることが分かる。

私自身が生まれ育った神戸は、もちろん関西圏であり、歴史もそれなりにはあるものの、新興の港町として近代になって発展したという感じがあって、外国人も多く、日本人でも流れ者も多いし、何代も続いた旧家がある訳でもない。京都や大阪とは、またちょっと違う感じがある街。

この言葉の調査でも、「もみない・あじない」は、ほとんど聞いたこともないし使ったこともない。大阪か京都独特の方言なのでは。「煮抜き(ゆで卵)」も知識として知ってはいたが、どちらかというと大阪の言葉じゃないかなあ。神戸では、身近で使ってた人の記憶が無いのだが。

「なんば(とうもろこし)」は、この記事読むまですっかり忘れてたが、そういえば、父方のばあさまが使っていた。実に懐かしい。「かしわ(鶏肉)」もそうだった。昔も、だいたい年寄りが使っていた言葉という気がする。

反対に「お造り(刺身)」は、この記事では消えつつあるようなニュアンスで書いてあるが、京料理の関東進出(というか江戸料理を駆逐して征服してしまったのだが)に伴って、関東圏でも結構通用する言葉になってるような気がするのだが。逆に本家の関西の日常で廃れつつあるとすると、なんだか皮肉な話である。

酒のつまみのことを「アテ」というのも関西言葉であるが、これは関東圏ではまったく市民権を得ていないローカルな方言に留まっている気がする。まあ、日本のような小さな国の中でも、地域によって明らかに言葉や文化が違うというのも、実に面白い話。

さて、本日の午後は、ビール飲みながら、スーパーボウル観戦予定。
二重引き落としでドタバタ
今住んでるアパートメントには、Webサイトがあって、メンテナンスのリクエストや家賃のオンライン・ペイメントもそこで行えることになっている。

先日、そこのカスタマー・センターからメール着信。今月分のレントの引き落としが二重になっている。こちらではキャンセルできないので、銀行に連絡するようにとのこと。

家賃は毎月オンラインで支払い入力しているが、二重入力には細心の注意を払ってるから、2回送信したはずはない。そっちのシステムの問題なんじゃないかと思ったが、一応口座をオンラインでチェック。確かに引き落としが2件ポストされており、ペンディング状態に。なんとかしないといかんなと、一応銀行に連絡することに。

いつもはオンラインで全て処理してるから、Webからカスタマーサービスの電話番号探すのに手間取る。電話をかけると、今度は、コンピュータの自動音声のガイダンスがまるで迷路のようで、堂々巡り。なかなか人間にたどり着かないのには心底うんざり。しかし、ようやく係に繋がった。

オンライン・ペイメントが二重になってる旨を伝えると、「引き落とし会社のほうに連絡しろ」という。「いや、だから、その会社が銀行に連絡して引き落としストップしろと言ってきたから電話してるのだよ」と伝えると、今度は、「トランザクションがペンディング状態だとどうにもできない、今日中にリバースされる可能性もあるので、明日まで待って、トランザクションが正式にブックされてから、Disputeしたほうがよい」という。たらい回しの嫌な雰囲気もするのだが、これ以上言ってもラチがあかないようなので、一日待つことに。

次の日、オンライン・バンキングで、やはり口座からしっかり2回落とされていることを確認してまた電話。自動音声の迷路をようやくくぐりぬけてたどり着いた係員は、「paymentに関するdisputeはこちらではないので、担当窓口に繋ぐ」という。これがまた数分。その後、電話に出た係員にまた同じ説明を。

係員は、なにやら調べていたが、処理が終わったら後で書類を電子メールで送るという。数分で着くというので待ってたが、これが全然着かない。

更に一夜あけてメールチェックすると、昨夜遅くに、銀行から同じメールが3通届いてるのを発見。書類が添付されてるのかと思ったが、カスタマー・クレイム・サイトへログインするパスワードが記入されてるだけ。しかし、肝心のアクセスするべきアドレスは書いてない。

昨日の電話では、サイトのurlなんて一切聞いてないがなあ。しかも、パスワード通知のメールが3通来ており、「ログインネームは別のメールで送付しております」、と書いてあるのに、そちらのメールは一通も到着していない。

アメリカのシステムというのは、ルーチンで処理することに関しては、誰でもできるよう、よくデザインされているのだが、ちょっとイレギュラーな事を頼むと、もうてきめんにガタガタになる。ほとほと嫌になった。

一応、サービスの名称でGoogleを検索すると、アメリカ人のこんなブログがヒット。私が使ったのと同じ、Chaseの「Customer Claims Secure Document Exchange」サービスがロクでもないということをボロカス書いてるのだが、まさにその通りである。

結局、昨日、オンライン・バンキングで口座残高調べてみると、一応、2重引き落としされた1件分が取り消されているのを発見。まあ、結果として正常に処理されたので、一件落着。しかし、オンライン・ペイメントは信用ならないから、来月からチェック支払いに戻すかだなあ。


加藤和彦 「暮れる想い」
加藤和彦のアルバムを何枚か聞き返していて、特にしみじみと心に迫ってきたのは、YouTubeにも上がっていたこの曲。



第二次のサディステック・ミカバンドのアルバム、「天晴(あっぱれ)」は、どれも名曲揃いで、何度聞き直したか分からない。そこに収録された「暮れる想い」。

遥かな憧憬(ゆめ)優しい朝 心にある 哀しみにゆれる
とめどもなく 暮れる想い 青い花に 錆ゆく時計に


なぜ僕達はいつも 果てない空を見ていた
なぜ切なさは いつでも 失くした日々を抱く

いつの間にか時は巡り 君の声は此処に届かない
昨日まで草は唄い 明日まで僕は信じる

なぜ僕達はいつも 果てない空を見ていた
なぜ愚かさは いつでも 見飽きた傷になる

The game is over
The dream is over


加藤和彦が自ら命を絶ったということを知らなければ、たんなるセンチメンタルな歌に聞こえるかもしれない。しかし、最後の英語のリフレインは、いかにも加藤和彦の歌として、不思議な懐かしさと痛みで胸を締め付ける。
「ベル・エキセントリック」


加藤和彦の過去のCDを何枚か発注。昔、この「ベル・エキセントリック」を聞いた時は、ヨーロッパに憧れたなあ。しかし、結局のところ、仕事でアメリカには通算で8年以上住むことになったものの、ヨーロッパには旅行で3度ほど行っただけ。特にパリには一度しか行ったことがない。

ヨーロッパ3部作といわれるアルバムは、どれもバンド・メンバー全員を連れて、ドイツやパリで合宿しながら製作されたのだという。いかにも外国慣れした趣味人であった加藤和彦らしいエピソード。

ロスチャイルド夫人、ディアギレフ、ジャン・コクトー達が夢幻のように現れては消える。陰鬱で、しかし煌びやかで、美しくも深い、幻想のパリ。

「トロカデロ」の暗く沈潜した孤独。「American Bar」で軽やかに歌われる、「ラストメッセージ」で加藤和彦が語ったレストランやバーでの過ごし方を彷彿とさせる洒脱。「Adieu,Mon Amour」は、まるで加藤自身への鎮魂歌のよう。

どの曲も懐かしくも美しい。そうだ、またいつか、パリを再訪しよう。



大相撲・朝青龍問題の話
朝青龍の引退は、一夜明けた報道を見ると、そもそも処分を決定する予定ではなかった4日の理事会で、外部理事から急に強硬な解雇の動議が出て、大騒ぎのうちに朝青龍本人を呼んだりして議論するうち、解雇派が多数を占め、九重親方等の説得によって朝青龍が自ら引退を決断したのだという。

しかし、外部の理事にしても、おそらく週刊誌やスポーツ新聞の記事以上に、何か起こったかの客観的事実を把握している訳ではないだろう。大相撲に貢献した不世出の大横綱に引導を渡すには、あまりにも拙速で、礼を逸してると思うがなあ。基本的には、何の問題に拠らず、他者を目を三角にして糾弾する人間を私は信じない。

横綱には品位を求めるが、引導を渡すほうの品位や礼儀はどうでもいいのか。正確な事実を把握した上で処分するなら納得もゆくが、メディアの記事読んだだけで行ったとしたら、理事会の強硬な態度は、単なる石投げによるリンチと同じという気がするのだが。

振り返ると、昨今の大相撲不祥事や朝青龍問題に関しては、結構日記を書いている。朝青龍が引退しては、もうこれ以上あれこれ書くこともないだろうか。しかし、カテゴリーに大相撲・朝青龍問題を追加して独立項目に。まあ、朝青龍をもう、本場所の土俵で見ることができないというのは、ずいぶん寂しい話である。


朝青龍引退
朝青龍引退発表との速報にちょっとびっくり。

新潮の記事に、メディアが次々に飛びついてバッシング報道が過熱し、横綱審議委員会すら、その報道を元にあれこれ意見してたが、本当に誰かが殴られたのか、殴られたとしたら誰なのか、なぜ殴られたのか、どんな経緯で。匿名の証言と憶測だらけで、何ひとつ明らかになっていない。

そんな段階で、土俵上では誰よりも強かった不世出の横綱を、本当に引退に追い込んでよいのかという気がするのだがなあ。まあ、本人が引退するというのであるから、それはしかたないのだが。