97年から書き続けたweb日記を、このたびブログに移行。
大相撲初場所中日、写真日記
両国国技館で行われている、大相撲初場所、中日8日目を観戦したので、写真日記など。

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いつも通り「雷電」でちゃんこ定食頼んで一杯。

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この天皇賜杯は果たして誰の手に。

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場所入りを待つ南側通路にはコーンが設置されているのだが、よく見ると大相撲仕様なのであった。

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観戦は面白かったのだが、前の席のカップル男性のほうが、大砲みたいなレンズつけたデジイチ持った、いわゆる「前ノメラー」で、前に身を乗り出して観戦するのにはずっと悩まされた。観劇やスポーツ観戦をあまりした事が無い人なんだなあ、きっと。自分の前に「前ノメラー」が居た体験があれば、分かるはずなんだが。

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宇良は声がかかると、けっこう声出した相手を横目で観察しているよねえ(笑)

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小柳は随分寒そうな場所入り。

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栃煌山は怪我の状態良くないのか、今場所は星が上がらないが、相変わらずオラオラとマッチョ歩きで場所入り。しかし土俵上で顔を張られると目を瞑って顔をそむけてしまうところがマッチョじゃないんだよなあ(笑)

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右は貴景勝。しかし左は、貴源治か貴公俊なのか分からない。二人共関取になったら、場所入りでどちらか分からないなきっと。

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中日に行われる新序出世披露。兄弟子に化粧まわしを借りての晴れ舞台。しかし本当に化粧まわしを着ける地位まで上がれる者は何人いるだろうか。勝負の世界の荒波に飛び込む彼らに幸多かれと盛大な拍手が送られるのだった。

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この日は豪栄道に土がついてガッカリだったが、結びの一番では白鵬にも土がつくという大波乱。実に面白かった。

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壽新春大歌舞伎、昼の部を観た
先週土曜日は、歌舞伎座で壽新春大歌舞伎、昼の部を観た。結構団体客が入ってるような。

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最初の演目は、「大政奉還百五十年」と銘打った、「将軍江戸を去る(しょうぐんえどをさる)」

江戸城明け渡しと征夷大将軍辞任を直前に控え、謹慎中ではあったものの、主戦論者の意見に傾いて行く徳川慶喜に染五郎、将軍を諌める山岡鉄太郎を愛之助が演じる。刀のつば競り合いで火花が散るような真山青果独特の会話劇。

「松浦の太鼓」の殿様よりも、こちらの徳川慶喜のほうが、まだ染五郎には合っている印象。尊王と勤皇の違い、水戸藩の心得違いを命を掛けて箴言する山岡鉄太郎というのは史実とは違うらしいが、愛之助が口跡良くなかなか印象的に演じる。

ここで将軍が辞さなければ、大勢の無辜の江戸の民が戦火の犠牲になることになる。そう説得されて江戸を去る決意をする徳川慶喜。オリバー・ストーン監督の「ニクソン」。ウォーターゲート事件で罷免に直面したニクソンは補佐官に最後の打開策が無いか尋ねる。「軍を使いますか? そうした大統領も過去には居ました」と進言され、「それでは内乱だ」とニクソンは大統領職を辞する決意を固める。そんなシーンも思い出した。

栄華を誇った徳川家の将軍が、東京の外れ千住橋から江戸を去ろうとする寂しい朝。江戸から東京に変わろうとする新しい時代の夜明けに、ひっそりと消えていった最後の将軍。なかなか印象的なお話。爺さまの俳優でやるとまた味があるかもなあ。

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30分の幕間で花車膳。花篭食堂も大混雑。ほうおう膳よりも軽めでお昼には結構。

二番目の演目は、「大津絵道成寺(おおつえどうじょうじ)」

「京鹿子娘道成寺」を本歌に派生した道成寺物、河竹黙阿弥作の舞踊劇。愛之助が五役を早変わりで演じる。

大津絵というのは仏教画で、そこに描かれた絵が題材で、藤娘も有名な題材なのだとか。見たことないから分からないなあ。舞台のほうは、本家の狂言同様、引き抜きの衣装替えなどもあるが、「早変わり」や「傘下の入れ替わり」、「見台抜け」、「御簾への飛び込み」など、歌舞伎ならではのギミック満載。最後は「押し戻し」で染五郎演じる矢の根の五郎が登場するなど、飽きさせない演出に満ちている。

愛之助演じる藤娘の女形は初めて観たが、目元もクッキリ、結構印象的に成立している。その他、早変わりで鷹匠、座頭、船頭、鬼を演じ分ける。

最後の演目は、伊賀越道中双六「沼津(ぬまづ)」

呉服屋十兵衛を演じる吉右衛門は、花道からの軽妙な出が良い。駄賃稼ぎに荷物持たせてくれと持ちかけてくる雲助平作の歌六も、滑稽ながら味のある演技。客席に下りて楽屋落ちを取り交ぜて観客を笑わせながら歩く様も良い。そして花道に戻り、怪我をした平作に、十兵衛が印篭から妙薬を取りだして塗ってやるとたちどころに治り、雀右衛門のお米と行き会って家に招くところから、既に悲劇の萌芽が始まっている。

貧乏なあばら屋の風情に雀右衛門のお米のクドキが可憐に映えて、歌六の親父も実に人情味があり、安定感がある。雲助平作が実の父であると気付いた吉衛門十兵衛の思い入れも胸に響く。

最後は先に旅立った十兵衛に父娘が追い付き、暗闇の千本松原での、親子の情と義がせめぎ合う悲劇となる。ここでも吉右衛門の親を思う悲嘆が見事に成立している。近松半二作、義太夫狂言の名作。円熟の名優揃いで実に見応えがあった。

「新橋鶴八」で本年の寿司始め
火曜日は、会社帰りに「新橋鶴八」。夕方に電話すると「新橋鶴八最後の弟子」が出て、「明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします」と実にしっかりして丁寧な挨拶。

全般に鶴八系のお弟子さんはみんな電話の受け答えがしっかりして素晴らしい。そもそものルーツ、神保町「鶴八」の諸岡親方が修行した「柳橋美家古」では、弟子が電話取る時に後ろで加藤親方が拳骨握り、粗相があるとすぐに頭をゴツンとやったと「神田鶴八鮨ばなし」に見える。「寿司屋を作るんじゃない、人間を作るんだ」という「鶴八」伝来の弟子仕込みが伺えますな。

ニュー新橋ビルに入って、エスカレータを上がり、まず「分店」に顔を出して新年の挨拶。まだ客は居ない。「年末は、来てくれなかったじゃないですか」と五十嵐親方に言われたが、忘年会続きで疲れている時に、来たら大常連O氏にカラオケに誘われて長居し深酒する事になるものなあ。今日はO氏は本店だという。なんだ、事前に教えてくれたら分店のほうに来たのに(笑)

本店に入店すると、あっ、本当だ。一番奥の席に大常連O氏が既に座り焼酎飲んでトグロを巻いている。しかし、石丸親方の計らい(笑)で一席空けて座り、O氏や親方に新年の挨拶など。本年の寿司始めである。例年は「しみづ」に三ヶ日の間には行くのだが、今回日程が合わなかった。

お通しはハマグリの柱ヅケ。旨味が濃い。冷酒を貰って飲みつつO氏と年末年始の話などしていると、ヒラメは何も言わずともつまみで切られて出て来る。何時もながら肉厚。新鮮な活かった旨味を感じる身肉。

塩蒸しもつまみで。店はまだ混んでいなかったので、築地移転の話やら、マグロ初セリの話、元号変更の話など、親方や女将さん、大常連O氏など交えてあれこれ。O氏の横には、私はほとんど面識無いものの、古参の常連氏がやってきて、その後は相手しなくてよくなって助かる(笑)

ブリはまだ脂があり、心地よい噛みごたえ。そしてサヨリ。爽やかな香り。皮は串に巻いて炙って供される。このあたりでお茶を貰って握りに移行。

まず中トロ2。ほぼトロと言うべき部位。ふっくらした酢飯の具合が実によろしい。コハダもここの名物だが、ネットリした旨味が充満。アナゴはトロトロの身に濃厚なツメ。最後はカンピョウ巻で〆。新年初寿司を堪能。

まだまだ居座る気満々の大常連O氏を置いて勘定を。O氏は横に来たこれまた古参常連氏に、彼は歌が巧いから、今度三人で一緒にカラオケ行こうと。そんな余計な輪を広げられても困るんですが(笑)

ホロ良い気分でタクシー帰宅。


大相撲初場所二日目を観戦
成人の日の祝日は、両国奥義感で大相撲初場所二日目を観戦。備忘の写真日記など。

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この日は和装デー。着物姿の女性多し。

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二階椅子席A。正面と東の間。前の席おの間が若干ゆったりしている。

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まずいつもの「竜電」で腹ごしらえ。チャンコ鍋には餅と紅白蒲鉾が入る正月バージョン。しじみエスプレッソも貰ってなかなか結構である。案内とレジを担当する着物の綺麗なお姉さんが、今度東側の二階に寿司の売店も出しましたのでそちらも宜しくお願いしますねと(笑)。

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店を出て東側に行くと、確かに「すし処雷電」が新装開店。小さな立ち食いのカウンタも。大相撲観戦中に、ちょっと寿司を摘むのも良いなあ。

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初日に除幕された大関豪栄道の優勝額。この1年で日本人の優勝額が二枚増えたことになる。

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大露羅が出ると、つい写真取ってしまうよなあ(笑)

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栃煌山は何時も場所入りが早い。関脇の時だって十両や前頭下位と同じくらいの時間に入って来た。真面目なんだね。しかしこの虚勢を張ったマッチョ歩き。好きだなあ(笑) ただ先場所からいまいち調子悪い。今場所も怪我が結構深刻なのでは。心配だ。

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怪我で幕下陥落した豊ノ島は羽織も着れないが、それでも観客の前を堂々と場所入りして盛んな応援の声を受けていた。錦木は何時かきっと、メガネを外し忘れたまま、化粧廻しをつけて本場所の花道を、土俵入りに歩いて来る。錦木ならきっとやってくれると信じている(笑)

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先の東京場所までは、入り待ちする観客の後ろから場所入りしていた小柳も、今回の両国では、堂々たる関取となって観客の眼の前を土俵入りしてゆく。

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この日も勿論、満員御礼が出た。

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稀勢の里の塩撒きは、何時もながら美しいよなあ。小さじ一杯分だけちょっと土俵に置きに行くような宇良の塩撒きはあんまり格好良くないので、ちょっと所作を見習ってもらいたい(笑)

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打ち出し後、テンテケテンとリズムの良い跳ね太皷を聞いつつ国技館を後にしてタクシー帰宅。夜空の明星は金星か。面白かったなあ。


歌舞伎座壽初春大歌舞伎、夜の部で本年初歌舞伎
先週末三連休の初日は、歌舞伎座、壽初春大歌舞伎、夜の部を観劇。

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歌舞伎座もお正月の雰囲気。

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最初の演目「井伊大老」は、以前、吉右衛門で観たが今回は幸四郎。御両人の実父白鴎の当たり役。しみじみした情感は、なんとなく吉右衛門の方が優っていたような印象もあるが、最初の幕、裃で屹立する井伊大老の幸四郎は威風堂々として威厳あり。足軽の娘だった昔から、何一つ変わらず井伊直弼をひたすらに愛し続けるお静の方を可憐に玉三郎が演じ、故郷彦根の酒を酌み交わす場面は圧巻。

屏風に書いた井伊直弼の字に剣難の相と死に向かう運命を見抜き、「一期一会」とだけ書き残して、一目も会わずに風のように去る禅の高僧、歌六演じる仙英禅師は格好良いですな。そして禅師の態度から、自分は日本の将来の為に、その礎となって死なねばならぬのだと天命を悟り、生まれ変わったら大老にはなるまいとお静の方に静かに語る井伊直弼。小品だが印象的な筋立て。

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次の幕間では、花篭食堂で『ほうおう膳』を。ごく少量ながら紅白なます、いくら、数の子、黒豆など随所にお正月の雰囲気。まあ、雰囲気のものだから、ほんのちょっとで良いのだよね。

次は舞踊。五世中村富十郎七回忌追善で長男の鷹之資が踊る「越後獅子」。

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鷹之資は、筋書きの写真でも実に若い。孫でもおかしくない年格好だが、富十郎がエラく年取ってからの子供なんですな。調べると、中村鷹之資は平成11年4月11日生まれ。父親の5代目中村富十郎は、昭和04(1929)年06月04日生まれ。没が平成23(2011)年01月03日。70歳の時の子供。

梨園では血縁が物を言うが、逆に親父が早く亡くなって後ろ盾が無いと子供は大層な苦労をする。富十郎が亡くなった時には、まだ11歳の小学生。富十郎もこの世を去る時はさぞや心を残しただろう。しかし播磨屋が後見役になっているとのこと。七回忌追善で歌舞伎座の舞台に上がれて幸せな話。

「天王寺屋」という大向うは、普段あまり聞かないので珍しい気がするけれども、親父が亡くなって残された若者を応援する自然な気持ちは誰だって持っている。随分と大向うも賑やかにかかっており観客の拍手も盛大。荒波だが、頑張れよと観客は誰も分かっている。追善には良かった。舞踊も若々しく達者な印象。ただ、こう言ってはなんだが、華はあんまり無いのかなあ。

もっともこの舞踊は上下に分かれており、後半は玉三郎の「傾城」。まあ、好意的に考えれば鷹之資だけでは持ち切れないので、助っ人に強力な玉三郎を置いたとも言えるが、やはり玉三郎の存在感は素晴らしく、後から出て全てを浚って持って行くのだった(笑)

「傾城」の玉三郎は実に美しい。傾城と呼ばれる最上級の花魁は背高が条件で、当時でも五尺五寸、165センチあったとイアホンガイドで。江戸時代では、今で云うスーパーモデル級。高い履物もあるから花魁道中に出くわした慣れない人は口をポカーンと開けて魂消ただろう。まさに「籠釣瓶花街酔」の世界。

20分の幕間の後、切りの「松浦の太鼓」は染五郎。来年は幸四郎襲名であるから染五郎は今年限り。ラストスパートか最近は、実に出演演目も多く、まさに獅子奮迅の活躍。シンプルでカタルシスのある良い狂言。これも前に吉右衛門で観た。

ただ、染五郎は達者できちんと成立しているのだが、やはり若い俳優でやると松浦の殿様が若干「バカ殿」に見える。爺さまが演じると「なんで討ち入りしないんだ」という焦れた憤激が、赤穂浪士贔屓の江戸の雰囲気を伝え、物語に逆に興味深い陰影を与えるのであるが。

しかしどの演目も面白かった。新春初歌舞伎を楽しんだ一夜。

「新ばし しみづ」で2016年の寿司納め。
昨年12月、仕事納めの翌日29日夜は、「新ばし しみづ」で寿司納め。

予定が確定せず、前日の夜に電話したのだが、8時からなら空いているとのことで早速予約。遅い時間の予約の場合、早めに空きが出ると何時も携帯に電話貰えるので若干早く新橋に到着。取り敢えず待つかと「P.M.9」に入店して、ジン・トニックを一杯。

バーテンダーM氏と年末の予定などあれこれ雑談。烏森口「しみづ」グループは顧客予約情報共有がしっかりしているので、私が「しみづ」に8時で予約が入っていることをM氏も把握している。

そうこうしているうちにそろそろ8時近くになったのだが、清水親方が店を出た他の常連さんを案内して「P.M.9」のドアを開けて顔を出し「ここがバーなんです」と紹介している。私には「声かけますからもうちょっとこちらでお待ちください」と。やはり結構立て込んでいるのだな。

私自身もお酒を飲むから人の事は言えないが、どんな店でも遅く入店するのは酔った客が居て好きではない。開店と同時に全員始まる場合は皆似たようなペースだから気にならないのだが、カウンタだけの店の場合、こちらが素面なのに横に長居している酔っ払いがいるという状況は好きじゃないんだなあ。

まあしかし8時ちょっと過ぎにはなんとかカウンタが空いたようで女将さんが「P.M.9」に呼びに来た。精算しようとするとバーテンダーM氏は、「いやいや、どうせ戻って来るんですから後でいいじゃないですか」と上手い事言うので、それもそうかと取り敢えず「しみづ」に。

入店するとカウンタは一席だけ空いている。年末はここだけ本当に一席だけ空いていたとの事。今年は「しみづ」で寿司納めできないかと思っていたが、前日夜に席が確保できて奇跡的であった。

お酒は常温で。お通しは、なめこおろし。

何時ものようにつまみから。ヒラメ、タコ。牡蠣は軽く熱を通して味付けしてあるが、以前出していた塩辛に近いような強い漬け具合と違う。尋ねてみると、ノロ騒ぎもあるので供し方を変えたとのこと。

サバは甘い脂が乗る。赤貝も立派なもの。ブリは照り焼きにして辛子を添える。ナマコとこのわた合え。最後はウニもつまみで貰う。

お茶に切り替えて握りに。マグロは、赤身から中トロに変わるあたりの部位。いつも通りシットリとして柔らかく旨みがあり、この店の強い酢飯とよく合う。コハダも2貫。しっかりした〆。アナゴは塩とツメと。これまた幸せを感じるトロトロ具合。最後はカンピョウ巻で〆。お酒は2本飲んだが1時間ちょっとしかかからない。

よいお年をとご挨拶して勘定を。10月から中を手伝いに来ていた、あちこちの寿司屋で同席した事のあるI氏の奥さんは今年一杯で終了との事。見送りを受けながら「また何処かの寿司屋でお会いしましょう」とご挨拶。最後にお目にかかれてよかった。で、そのまま「P.M.9」に。再び。一体何やってんだ(笑)

ドライ・マティーニを一杯。そしてアイラ島のシングル・モルトを一杯。なんだかんだで結構酩酊したので、こちらもよいお年をと挨拶して店を出て新橋からタクシー帰宅。

年末から三が日はいつも通り九州に行っており、本日帰京。普段の年は必ず3日か4日に「しみづ」にて寿司始めの予約を取っていたのだが本年は年末までバタバタして結局予約できなかった。まあ築地市場が開いて落ち着いてから訪問するかなあ。

午後に帰宅してから初詣を。

正月三日目だとまだ混んでいる。

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境内裏の横綱碑も見物。いよいよ今週末から大相撲初場所だ。新春は早いなあ。

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歌舞伎座、「十二月大歌舞伎」第一部「あらしのよるに」
先週土曜日は、歌舞伎座、、「十二月大歌舞伎」第一部に。

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獅童が主役を務める新作歌舞伎「あらしのよるに」。狼と山羊の友情を描いた絵本が原作だが、実に面白かった。獅童はまさしく獅子奮迅の大活躍。八月納涼歌舞伎「東海道中膝栗毛」で、ラスベガス支配人役の獅童を観て、
どの登場人物も派手で滑稽なのだが、ラスベガスの場面で登場する獅童の劇場支配人は特にテンション高く、「あんた正気ですか」と思うほどの壊れっぷりで爆笑した。あそこまで突き抜けると、演じてるほうも清々しいだろう(笑)さすが「ピンポン」の獅童。もっとも歌舞伎で他の役を演じる時の引き出しにはならないかなあ(笑)

と書いたものの、今回の「がぶ」役とは結構テンションの共通項あり。やはりちゃんと芸の引き出しになっていたのであった。歌舞伎は凄いね。真っ暗な嵐の夜、相手が捕食者である狼と知らずに仲良くなった相手役の山羊を松也が演じるのだが、これもなかなか印象的に成立していた。

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途中の幕間、花篭で「つきじ膳」。

絵本が原作だけあって観客に子供もちらほら。がぶとめいが客席に降りて練り歩く演出、A2ブロック6列目から客席の間を無理やり通って花道に上がって行くのだが、「こんなところにかわいいお花が咲いてるでやんすよ」とがぶが観客席に座った子供の頭を撫でる面白いアドリブ。

「山羊を食いたい」と狼の心情を語る浄瑠璃に向かって、「食わねえよ!」「お前、何を勝手に語ってるんだ!」と主役の獅童が舞台から突っ込み入れるなど、歌舞伎の約束事を踏襲しつつもそこからは敢えて踏み込んで行く面白い演出。後半では客席前方にも送風機を使って風が吹く。歌舞伎座前方では時折、本水がかかったり、煙管のタバコ臭やら着物に炊き込めた香などが漂ってきたりするものだが、映画の4DXのようだ(笑)歌舞伎の演出とケレンの妙も堪能した。実に面白い舞台。


「新ばし 笹田」訪問。
木曜の夜は「新ばし 笹田」訪問。

入店すると部屋のほうにはもう客が揃っており宴会を始める所。この客達は全員声が大きくて煩かったが、まあ12月は宴会シーズンですからな(笑)笹田氏によると店も今月は結構忙しいのだとか。年内は28日まで営業。

お酒は「羽前白梅」純米吟醸を。サラリとした癖のない淡麗な酒。最近飲み過ぎなのでお水も一緒に。

まず最初は鯛にゅうめん。熱々が小さな塗りの器で供されて身体が暖まる。実に濃厚な旨味が溶け込んだ出汁。丼一杯でも食せる気がするが、ほんの少しというのも程が良い。

香箱ガニ。昨今は禁漁期が厳しくなり、漁は年内でもう終わりなんだとか。外子を敷いた上に綺麗に掃除された身肉が乗り、オレンジの内子とカニ味噌が乗る。冬の宝石箱のような旨味。蟹酢も効いている。

この店の定番、壬生菜と油揚げの煮物。ふっくらとした揚げに上品な出汁をたっぷり吸っている。胡麻の香りもよし。

自家製のカラスミとあん肝。プリン体満載(笑)今年のカラスミは質にバラつきがあり、お土産用に良い物を揃えるのが大変だとのこと。炙ったカラスミは皮が香ばしく、生のものはネットリと発酵した旨味がある。あん肝は脂が乗るが癖が全くなく、濃厚な旨味だけが口中に広がる実に上質なもの。

お造りは、ヒラメ、天然ホタテ、青森のウニに生海苔を添えて。ヒラメはなかなか寿司屋でも出会えない上質な旨味。ホタテはサラリとした旨味。生海苔は市場でおっつけられたのだそうだが、ウニに合うのではと薄味で炊いてみたのだとか。確かにウニは生海苔ともよく合う。軍艦巻きだって合うものなあ。

お椀は、粟麩と甘鯛。上品で澄んだ出汁は最初軽く感じるが、甘鯛が淡雪のように椀の中に溶け崩れ、身肉からの出汁が混然一体となって旨味が完成する。

焼き物は、まながつおの幽庵焼き。遠火で焼き上げたふっくらした身肉の旨味。

煮物は、京野菜のおでん。このサイトにも書かれているが、おでんと称するものの、これは実に手のかかった京野菜主体の煮物。

九条ネギが一杯に入ったさつま揚げ、うずらの卵も自前で丹念に半熟に茹でている。出汁を一杯に吸った聖護院大根、京人参、ネットリした海老芋、鶏皮。全てが別々に出汁を煮含めて最後に合わせる仕事。家庭料理ではまず出せない味。いや、おでん屋でだって無理かもしれない。冬にこの店に来る至福のひとつ。

最後は何時も通り、炊飯土鍋で炊きたてのご飯。艶々した炊きたてのご飯に勝るものなし。お新香ひとつ取っても供する寸前に主人の笹田氏自ら切りつける。小さな赤出汁、ちりめん山椒、ワサビ漬けに、今回はイカの塩辛も添えて。この塩辛が実に濃厚でご飯との相性が最高。ワタの脂が実に乗っている。お替りを所望してお焦げと共に。最後は煎茶が供され、甘味は珍しくワラビ餅。一杯のきな粉を添えて。

全てが素晴らしかった。弟子の海老蔵も松山ケンイチも真面目に頑張っているが、弟子任せにした仕事など一品も無い。全て笹田氏の鋭い目が光り、一品出すと必ずそれとなく感想を聞きに来る実に真摯な仕事ぶり。ケレン味のある派手な食材を、これでもかと見せつけるような仕事ではない。実に真面目に美味さのみを追求した仕事を堪能。

最終の営業日にカラスミを取りに来る予約をして勘定を。笹田夫妻の見送りを受け、実に満ち足りた気分で店を後にした。たまの贅沢だが、払ったお金以上の価値をきちんと与えてくれる素晴らしい店。


歌舞伎座で、「十二月大歌舞伎」第三部を観た。
土曜日の夜は、歌舞伎座で「十二月大歌舞伎」第三部。玉三郎が若手を率いる舞踊中心の演目。

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しかし、昼に映画「この世界の片隅に」を観て、夜は歌舞伎座第三部というのは、何処がと言われても困るが、微妙に気分の切り替えが必要な気がするものだなあ。

最初の演目は「二人椀久(ににんわんきゅう)」。以前、歌舞伎座、玉三郎ー海老蔵で観た。

豪商椀屋久兵衛が傾城松山に入れ揚げた為、家督を取り上げられて座敷牢に幽閉されて狂死したというのは大阪で有名な実話であったらしいが、その久兵衛が牢から逃れでたのかあるいは全ては夢幻の中なのか、一夜だけ松山と再会して踊るという幻想的な舞踊劇。

定刻となり柝が入ってから、幕が開くまでやや時間あり。何かトラブルあったかな(笑)

踊るのは玉三郎と勘九郎。遊興に身を持ち崩した若旦那というのは、海老蔵には合うが、勘九郎には合わない気もするけれど、これは台詞も無い舞踊であるからして、勘九郎はカッチリと真面目に勤めてきちんと成立している。

玉三郎は主舞台セリの出から暗い舞台での幻想的な舞踊、スッポンからの引っ込みまで、実に妖艶でコケティッシュでもある傾城を演じて印象的。しかしまあ、正月に豆まきだと金銀を撒いたというほどの散財できる財産を持ちたいもんですな。座敷牢に幽閉は嫌だけど(笑)

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ここで35分の幕間。最近は襲名の舞台が続き「襲名御膳」ということになっていたので、「ほうおう膳」は久しぶりな気がする。夜の7時過ぎ、後の演目は舞踊の1時間だけであるから、寝る心配も無く日本酒も飲んでいい気分。

切りの演目は、「京鹿子娘五人道成寺(きょうかのこむすめごにんどうじょうじ)」。道行より鐘入りまで。

玉三郎が、勘九郎、七之助、梅枝、児太郎と4人の花形を白拍子として従え、自分は主役として、格の違う所を見せ美味しい所だけ全てさらって行く豪華絢爛かつ賑やかに行う宝塚レビューのような舞踊劇。総勢五人の「京鹿子娘道成寺」は興行初だとか。

最初の道行き、七之助が花道から出る時に「成駒屋ァ~!」と云う大向うが複数聞こえた気がしたんだけど、あれは空耳かな。それとも何か意味があってそう掛けてるんだろうか。時折、素人の私でも、アレ?屋号が違うんじゃないかと思う時があるけれども、あれも私の空耳か、あるいは何か訳があって今スポットライトが当たっている人以外に掛けたりする事があるんだろうか。大向うも奥が深いですな。何言ってるか元々分からない「鶏爺さん」はご愛嬌だけれども(笑)

勘九郎の女形は、意外にと言っては失礼だが美しく、一瞬アレ誰だっけと思うほどキチンと成立している。まあ親父も女形をやったし、母方の祖父先代芝翫は女形だったからなあ。

引き抜きであっと云う間に変わる壮麗な衣装。清純な娘ぶりから恋を知った妖艶さ、そして鐘を見つめる狂気を演じ分ける舞踊もそれぞれに面白い。七之助が花道で紅を拭った懐紙を客席にポイと投げたり、所化坊主達が手ぬぐいを客席に撒いたり、昔の小屋の人気興行を思わせる賑やかな趣向も面白い。元々があれこれ趣向があり、五人も白拍子がいると実に賑やかであっという間に大詰め。鐘に絡みつくような蛇身を模した5人の見得も、玉三郎を最上段に見事に決まった。

本筋には関係無いんだけど、恋焦がれた僧安珍が隠れた鐘を蛇に化し焼き尽くして殺した清姫を巡る道成寺物語は有名。歌舞伎の演目でも幾つものバリエーションを観たがそれぞれに面白い。しかし清純な清姫を狂わせた安珍は、若く美形で相当な破戒のエロ坊主だったんでしょうなあ、と余計な感慨が(笑)

打出しは8時45分頃。考えてみれば玉三郎の舞踊劇2本で幕間を除く実質上演時間は1時間40分。昼に観た映画「この世界の片隅に」が2時間6分だから、それよりもずっと短い時間で歌舞伎座の第三部が成立して、幕間で食堂も営業して、一等席が1万5千円。なかなか効率のよい営業なのでは。まあ二部制の興行は時として長過ぎる時があるけれども。


映画「この世界の片隅に」を観た。
土曜日のお昼は、映画「この世界の片隅に」を観に劇場へ。小さな箱なのだが、結構混んでいる。予告編でやたらにアニメ作品が紹介されるのにはちょっと閉口したが、観客層にはあまりコアなアニメファン感無し。


 
そもそも、こうの史代の原作を読んでいたく感動し感想を過去ブログに書いたのは2009年の8月。まだアメリカに住んでいる時。

絵を描くのが好きで、空想癖のある主人公すずは、18歳で軍港、呉の家に嫁ぐ。戦時下の質素な婚礼が開ければ、次の日から毎日真っ黒になって、掃除や洗濯、裁縫や畑仕事、薪での風呂炊きなどの家事に朝から晩まで追われる日々。しかし、そんな当時としては平凡な市井の暮らしにも、幸せや愛や思いやり、嫉妬や哀しみや諦観、そして切ない別れの物語が存在している。その背景には、登場人物全てを覆い隠し、次第に広がる戦争の暗く重い影。

数少ない台詞の変更と背景などの追加はあるが、原作の持つ深く静かな感動は、ほぼ正確にアニメーションとして再現されている。アニメの声優は苦手だが、主人公すずを担当する能年玲奈(本名)は、最初のシーンから上滑りすることなく既にマンガで確立した主人公に、静かで自然な血肉を与えている。違和感の無い実に良い出来。事務所と契約問題で揉めて干されているらしいが、勿体無い話だ。

こうの史代原作の叙述形式には独特の癖があり、寄せては返す波のように、新たな物語と過去の物語とを自在に繋いでゆく。コマに描き込まれた情報量は実に多く複雑で、時として読者を混乱させるほど。しかしアニメーション化にあたっては、ストーリーは十分に吟味され整理されて組み込まれており、原作よりも逆に分かりやすい作品として成立している。

ただ、おそらく「戦争のできる美しい国ニッポン」を声高に礼賛する勢力の昨今の台頭を考慮したのか、語るべき事を残し無用な軋轢を避ける為の用意周到な微調整だとも思われるのだが、原作と比較すると、いくつか削除されたり、変更された台詞がある。

すずを訪ねて来た幼馴染の水兵水原の言葉。「わしが死んでも一緒くたに英霊にして拝まんでくれ」という台詞は原作でも印象的な言葉なのだが、確か映画では無かったんじゃないかな。

そして玉音放送を聞き、集落に朝鮮の国旗が掲げられた家があるのを見て、すずを襲った激しい感情。「この国から正義が飛び去って行く」、「暴力で従えとったいう事か」、「じゃけえ暴力に屈するいうことかね」、「それがこの国の正体かね」、「うちも知らんまま死にたかったなあ」という、裏切られた絶望と憤激を吐露する一連の台詞は、もっと穏当な物に差し替えされている。

そして白木リンを巡る物語が何故か語られていないのも、尺の問題というよりも(楠公飯のエピソードなんて描く暇あるんだからw)軍港にある軍人用の遊郭の話だから、慰安婦問題などを考慮して忌避したようにも思われるのだが。

しかし映画のラスト、全員が原作を読んでいると思われるクラウド・ファンディング協力者への謝辞ページの下に映されるのは、原作通りの、すずの想像力(あるいは右手)が紡ぎ出した物語。草津のお祖母ちゃんの家の天井から出て来た座敷童子と白木リンを結びつけるファンタジー。そして映画の数少ない白木りんの登場場面で語られる「アイスクリームとウエハー」がこの場面に登場している事に注意深い観客は気づくだろう。歌舞伎ではないが「芸が細かい!」と大向うを掛けたい(笑) こうの史代の芸風だ。

もっとも、微妙な調整はあるものの、語りたかった事の真の根幹は用意周到に全て語られ、物語はオリジナルの持つ底深い力を全く失ってはいない。原作を読んだ人も、読んでいない人もこの映画には深く心を打たれるだろう。実に素晴らしい作品。

原爆で焦土と化した広島で、すずの右手に縋り付いて来た孤児。すず同様右手を失くした母親、しかし逆の左手に手をつながれていたこの子は、いわば助かったかもしれない「晴美さん」の生まれ変わり。原作にある、「よう広島で生きとってくれんさったね」というすずの言葉はそれを踏まえて発せられていると思うのだが、映画では省略されていた。 まああまりにも説明的か。しかし、エンド・ロールでは、この孤児が北條家に受け入れられ、すくすく育ってゆくポートレートが明るく描かれ、物語に最後の大きな安堵と救いを与えている。

こうの史代が丹念に綴る物語には、いつもながら深く感心する。そしてこの映画化も、戦争下の市井の生活を描いた素晴らしい作品として長く人の記憶に残るに違いない。これは、ドンガドンガと太鼓を叩く反戦映画ではない。しかし原作の持つ静かなメッセージはしっかりと伝わっている。過去ブログにも書いた私自身の感想を再掲しておこう。

我々は大切なものを、いつだって失い続ける。しかしその、光きらめく記憶が胸に宿り続ける限り、日々の暮らしを、ただ静かに生きて行くことは、きっと意味のあることなのだ。