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97年から書き続けたweb日記を、このたびブログに移行。
「新ばし 笹田」訪問。

土曜日は「新ばし 笹田」訪問。今週中盤に電話をして空きを問うと、土曜日が空いていた。

霧雨のような天候だが、相撲放送をAbemaTVでチェックしながら新橋に移動。6時前に入店。カウンタにはまだお客さん無し。

まず冷酒「麒麟山」純米大吟醸。実にドライな飲み口。夏には実に爽やか。ただ食事にはもう少しふくらみがあって優しいほうがよいかな。

まずウニと湯葉の冷製ゼリーかけ。ゼリーは鯛骨で出汁を取っている。爽やかな旨味ある一品。

最近言った熊本の話をしたら、奥さんは八代出身とのこと。魚河岸移転の連休には奥さんの実家に帰省してレンタカーで天草に行ったのだが、なんという事のない店の海鮮が美味くて驚いたと笹田氏が。天草は海産物の宝庫だなあ。

笹田氏が本日の鮎を見せてくれる。最近の大雨で九州や西日本各地の川が増水して鮎は大変なんだそうだが、これは奈良県の天川産。つやつやと光る綺麗な魚体。

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1本でも2本でも。なんだったら何本でも焼きますがと言われたのだが、一応2本。旨いものは幾らでも食えるのだが、やはり、過ぎたるは及ばざるが如しということもある。「しみづ」の親方も、旨いマグロも幾らでも出せますが、もう少し欲しいくらいが一番旨い食べ方なんですよと言っていた。しかしここで、鮎を5匹食した人もいた由(笑)

穴子の棒寿司。トロトロの穴子。粒は立っているが、江戸前とはちょっと違う甘めの味付けの酢飯は、これはこれで実に旨い。お土産で売っていたら1本買って帰りたいが、そんな大量生産向きの作り方はしてないのだな、きっと。

お造りとは別に、先付の一品として皮目を焼き霜にした、気仙沼のカツオ。背の部分だが、身肉に脂というよりネットリした旨味あり。今年は良いカツオがなかなか入らなかったが、ようやく出てきたと。

お酒は、二杯目からは「 伯楽星」純米に切り替え。ふっくらした米の甘味を感じる爽やかな飲み口。

イチジクの味噌田楽は、冷たく冷やしたイチジクに田楽味噌の味が不思議にマッチする。そして、いつもの、壬生菜と油揚げの煮物。「笹田」に来たなと安心する一品。

ここでお造り。マグロは噴火湾。珍しくヅケにしてあるが、切るとちょっと水分があるのでヅケにしたと。まあこの時期のマグロはね。明石の鯛は身がしっかりと活かっており、しかし旨味あり。すだち塩でもOK。タコは肉厚の横須賀産。半分生のような食感だが、皮目を柔らかくするため3分だけ茹でるという。刺身の如き歯ざわりと甘味あり。

本日個室のお客はないようだが、次々にカウンタの客が入店して店は忙しくなってきた。しかし、奥で焼き物などやっている「笹田の海老蔵」は、前を通りかかった時に目ざとく冷酒の器を見て、「お替りをお持ちしましょうか」など聞いてくれて、なかなか気が効く。良い料理人になる為には、目配りや注意力というものもおそらく必要で、真面目な笹田氏の下で働いていると、そんな素養も身について来るのだろう。

お造りのあしらいに見慣れないものが入っているので笹田氏に聞くと、「防風」だと。セリ科の植物だが、葉先を口にするとミントほどではないが淡い印象的な爽やかさあり。

お椀は、淡路の鱧に新玉ねぎと九条ネギを添えて。鱧の旨味と野菜の甘味が混然と溶け合った一椀。

焼き物は、勿論、鮎が。30分かけて、強火の遠火で焼き上げたので、骨は触らず、頭からバリバリ食せる。香ばしい皮目に、きちんと鮎らしい爽やかな香りも残して。蓼酢も、この店で食するまでは、まったく旨いものとは思えなかったが、これが鮎に合うのだなあ。

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煮物は、冬瓜と鴨治部煮。「冬の瓜」と書くのだが、夏の野菜。冬瓜の身は出汁の旨味でトロトロ。鴨切り身は濃厚な味付けで。

ここで食事に。番茶が出て、牛肉佃煮、お新香、わさび漬け、ちりめん山椒、赤出しに、炊きたての薫り高いご飯。漬物には、ズッキーニが入れられており、笹田氏によるとこれが旨いので最近凝っているのだとか。
炊飯土釜で炊かれたピカピカ炊きたてのご飯は、何時もと同じしみじみする旨さ。お焦げのお替りを貰って大満足。最後は何時もの、冷製白玉ぜんざいと煎茶。

この店ではどんな一品も出す前に笹田氏が最終チェックするし、お新香も食事を出す直前に笹田氏が自ら切り分ける。人を使っていて、こんな真面目な店は無いと思うなあ。

勘定を済ませて、笹田夫妻の見送りを受けて帰路に。派手なプレゼンテーションやあかさまあケレン味など敢えて廃して、端正で真面目な旨さだけを追求した店。笹田氏の料理人としての真面目さと矜持が現れている。今までの来訪で期待を裏切られた事は一度も無い。満ち足りた気分で帰宅。

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大阪松竹座、「七月大歌舞伎」昼の部に遠征
令和元年七夕の日は、名古屋で大相撲初日を観戦予定。土曜に前乗りする予定であったのだが、どうせなら金曜の夜に大阪まで出て、土曜日は、久しぶりに大阪松竹座で「関西・歌舞伎を愛する会 結成四十周年記念 七月大歌舞伎」、昼の部を見物。

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ここで初日前に「船乗り込み」があったんですかなあ。

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グリコの横には中車が。

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この日は祇園の総見とかで、一階上手側壁際には綺羅びやかな着物の舞妓さんがズラリと。他にも落ち着いた着物の「お姉さん」が沢山来場。会場は実に華やかである。

最初の演目は、「色気噺お伊勢帰り(いろけばなしおいせがえり)」

松竹新喜劇の舞台を歌舞伎化。伊勢参りの旅から帰った大阪庶民の巻き込まれるドタバタを描く喜劇。

伊勢参りは大阪庶民の娯楽で、お参りを済ませた後は、精進落としとして、遊郭に繰り出すのが通例。昔から門前町には悪所が付き物とも聞く。「伊勢音頭」でも出てくる、「御師」という、今でいうツアー・コンダクターのようなものが居たのだが、結構な金額がかかり、庶民は「講」に入り、毎月少額を積立し、クジで当たったものが順番に積立金を使って伊勢参りに行ったのだとか。

貧乏だが二枚目の大工清八が、郭で遊女に適当な事を言って大モテしたのだが、その遊女が清八を訪ねてきた事から始まるドタバタ。ラチも無い気楽な喜劇だが、芝翫はチャランポランな色男が良く似合っている。鴈治郎はんも、歌舞伎辞めてもそのまま松竹新喜劇か吉本新喜劇で通用する出来。

扇雀も壱太郎も軽妙に演じて上手いものだが、実は底なしの悪女であったという遊女を演じる梅枝は、軽い役であってもちょっと手に余った風があった。最後に丸く収める秀太郎は流石の風格あり。

次は短い舞踊劇、「厳島招檜扇(いつくしままねくひおうぎ) 日招ぎの清盛」

この世を我が世と思い権勢をふるった平清盛が、扇で呼び戻すと落日が戻って来たという故事を舞踊劇化。平清盛を、病気で倒れて以来久々に片岡我當が演じる。動きは片腕しかないが、セリフはちゃんと入っているしなかなか堂々たるもの。進之介、萬太郎、壱太郎、中村福之助など若手を配して。

幕間のイヤホンガイドでは弟の仁左衛門のインタビュー。兄の我當が舞台に上がれるようになった事を喜びながらも、歌舞伎を知らない人が見たら「なんだこれは」と思うかもしれない、しかし、歌舞伎のお客様の中には、不自由な身体で演じても、「ここまでよくなったのか」と喜んで頂けるお客様もいる、まあお客様への甘えではあるのですが、それでも復活はよかったと。

様式美にあふれた豪華絢爛な舞踊。


最後の演目は、「義経千本桜(よしつねせんぼんざくら)」より、「渡海屋・大物浦の段」。いわゆる「碇知盛」。

渡海屋銀平実は新中納言知盛を仁左衛門。関西ではこの演目はおそらく演じ納めとの事で見物に来たのであった。

源義経は菊之助。高貴な若武者として印象的に成立。女房お柳実は典侍の局が孝太郎。

仁左衛門は生まれついての立ち役で、知盛は大きく輪郭がクッキリしており圧巻の迫力。演出としては物語が分かりやすい。
渡海屋奥座敷、注進に来た家来が伝える戦の劣勢、沖の船から明かりが次々と消えて行くのを見て、知盛の奇襲が失敗した事を知り、平家の女官達が驚愕し慄いて泣く場面は、歌舞伎の様式的な美に満ちているのだが、歌舞伎座で見たほうがずっとスケールが大きかった。これは小屋の大きさで仕方がない。

西国に落ち延びる義経の船が嵐に会い、平家の亡霊のせいだと言われた故事に、史実では、壇ノ浦で平家滅亡と共に死んだ平知盛と安徳帝が実は生き延びていたと言う虚構を巧みに持ち込んだ筋書きが優れている。

復讐の鬼となった知盛が、最後には父清盛の悪行を振り返り、昨日の敵は今日の味方と、安徳亭を義経に託し納得して死んでゆく人間劇。しかし、壇ノ浦で平家を滅ぼした大殊勲の義経さえも、今や頼朝と不仲になり落ち延びる身。運命の輪が巡る歴史の無常の中に、虚構を見事に挿入した歌舞伎の名作。碇を海に投じ、それに引き込まれて海に消えて行く知盛を演じる仁左衛門は実に大きく、年齢を感じさせない見事な動き。凄かったなあ。

打ち出しの後、新大阪駅構内の居酒屋で串カツを肴に一杯やった後、新幹線で名古屋に移動したのであった。









令和元年、大相撲名古屋場所。七夕の初日観戦。
令和元年の大相撲名古屋場所。七夕の初日を観戦。

土曜日は大阪松竹座で歌舞伎見物。その夜に名古屋に移動。

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しかし濃尾平野は実に広いですな。

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例年だと名古屋場所はカンカン照りで、名古屋城のお堀は草いきれで、息詰まるほど蒸し暑いのだが、この日の気温はさほどでもなかった。

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名古屋は土俵との距離が近い。入り口には七夕飾りがあって、力士が書いた短冊が飾られている。面白かったのを幾つかご紹介。

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阿炎は健康体じゃないのかな(笑) ジャンクフードが好きだと聞くが。

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明生も、カメラくらい自分で幾らでも買えますがな。

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V43は、言わずと知れた大横綱。

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自分を知り、極める。どこか貴乃花の教えを彷彿とさせるような言葉は貴景勝。今場所は休場で大関からの陥落が決定してしまったが、来場所の捲土重来を期待したい。

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V6と書いてあって、ジャニーズファンかと思ったら、鶴竜でした。白鵬の短冊を見て真似っ子したらしい。

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シンプルに「優勝」とあるのは豪栄道。実現してほしいものだが。

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名古屋名物弁当で腹ごしらえ。売店には11時頃から納入されるようだ。なかなか結構。

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誉富士に天風。元幕内の力士が怪我で番付が下位に落ち、若手力士に混じって、客も少ない早い時間に土俵に上がっているのを見るのは胸が痛む。しかしこれが厳しい勝負の世界。観客からは暖かい拍手と声援が送られ、この日は二人とも勝利したのだった。

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協会ご挨拶には、貴景勝の姿はなかった。栃ノ心も休場してしまうとは。

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この日も満員御礼。

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栃煌山は何時もの仏頂面で土俵入り。面白いなあ。

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炎鵬、照強に挟まれると魁聖は鬼のように大きい。しかし、今場所は、この二人にちょこまか動かれてどちらにも負けてしまったのであった。相撲の面白さだ。

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初日恒例、正面の解説は元横綱、北の富士さん。本日初めて気づいたが、放送席が映る時以外は、放送席は照明が消えて暗くなっているのだった。

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朝乃山の天皇賜杯、優勝旗返還。来場所は両国国技館で優勝額の除幕式もある。

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栃煌山には大声援を送ったのだが、この日は残念ながら敗北。

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逸ノ城の背中には、吸い玉というのか「カッピング」療法の後が無数に。血の巡りを良くするというが、効果あるのかねえ。この日は「中の強い人」がまだ名古屋に到着していなかったのか、呆気なく敗北。しかし、二日目からは見違えるような相撲に。

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御嶽海の大応援団が会場に。ただ、この日は碧山に呆気なくはたきこまれてしまった。

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豪栄道は土俵上の塩撒きの際、上にポーンと塩を撒いてそれを見上げる。この瞬間が良いなあ。しかし、この日は朝乃山に呆気なく敗北。

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栃ノ心も破れたが、高安と二横綱は安泰。まあまあの初日だろうか。

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という事で、打ち出し後はタクシーで名古屋駅に。何時もの高島屋地下「しら河」で「特製うなぎまぶし」弁当を。


銀座「鮨 み富」で新子を食す
6月最後の週末。なんだか天気も悪く肌寒い夕方だったので、季節はずれではあるが、「やす幸」で、おでんでも食するかとタクシーで銀座まで。しかし四丁目の交差点で降りると、何故か寿司が食べたい気分になって、銀座「鮨 み富」に電話。入れるというのでそのまま入店。

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二階の窓の看板は、今まで気付かなかったなあ。

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一階入り口に掲示されていたメニューも、後ろにLEDが装着された電飾のメニューに。

入店すると、まだ夕方早い時間なので他にお客はおらず、三橋親方のハマグリの仕込みが終了する所。

お酒は夏酒。福井、女性杜氏の酒蔵「白龍」の、「きりり」。爽やかで軽い飲み口。夏には良いなあ。

まずつまみを切ってもらう。本日の白身はホシガレイ。いつもマコを求めるのだが、時折「今日は星があるよ」と勧められた時は入れてみるのだとか。コツンと舌に来る濃い旨味あり。次にシマアジ。これも天然にしかない、上質なプルンとした舌触り。

開店してまだ1年経たないが、商売が軌道に乗って、明らかに以前より良い物を入れている。結構な話である。

まだ他にお客さんがいないので、親方に最近のマグロ仲卸事情など聞く。前にTVのドキュメンタリーに出ていた「やま幸」が、廃業する店の権利を買って次々に勢力を伸ばしているのだとか。「石宮」が豊洲移転を機に店を畳んだというのは知らなかった。「石司」は健在とのこと。なるほどねえ。

貝は今週でもう終わりだというトリ貝を名残に。能登産だとか。来週からは、石垣貝を入れるとのこと。石垣貝はミルク色のトリ貝の如き味の貝。江戸前の伝統的な種ではなく、置いてある店は少ないが、なかなか旨い貝ではある。

つまみでは、アジを生で。生姜醤油で食す。フックラした旨味。アワビ塩蒸しは房総のなかなか立派な身。肝も添えて。

夏酒「きりり」は2回お替りしたが、この辺りで握りに。

まず、マコカレイ昆布〆。昆布の旨味が、さっぱりした軽いこの店の酢飯に良く合う。「銀座新富寿し」の仕事は江戸前仕事でも古い部類だったが、この店がきちんと継承しなければいつか途絶えて居ただろう。古い仕事は新しい船に受け継がれ、新しい航海に出たのだ。「銀座新富」は新しい職人も探していたようだが、結局閉める事に決めたようだとのこと。

コハダ新子は、ちょっと前から出ているのだが、最初はキロ13万円とかしており、とんでもなかった。しかし、最近、ちょっと値が落ち着いて、100グラムずつ小袋に入れてあるのを、2袋残ってたので買ったとのこと。三橋親方も修行を始めた頃は精々お盆過ぎに二枚づけくらいだったとのことだが、だんだんと5枚付とかになってゆき、最盛期は10枚づけとか握ったと。メダカですな。

コハダ本来の味はしないのだが、爽やかな香りがある初物を喜ぶ種。5枚付を握ってもらう。6月中にコハダ新子を食するのは初めてかもしれない。普段寿司屋では写真など撮らないが、今回は他のお客さんもいないし、初物の記念で1枚撮るかと言うと、「煮切りを塗る前に撮ったほうが良いですね」と出してくれ、iPhoneで写真を撮った後に煮切りを塗ってくれる。

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ペラペラで旨味は無いのだが、爽やかな香りあり。

小柱軍艦、酢〆のアジ、酢〆のイワシ、アナゴ、漬け込みのハマグリと貰って、最後は、この店の名物、甘辛のカンピョウ巻。これを食わないとこの店に来た気がしないのだった。

熊本場、復興城主訪問写真日記
6月15日の週末と月曜に年休を取って、熊本まで。2年前の訪問で復興城主になっており、ちょっと熊本城の復旧を確認に。

飛行機で熊本空港、そしてタクシーで熊本駅前のホテルまで。荷物を一旦置いてから市電に乗って熊本城まで。PASMOが普通に使えるのが良い。路面電車でPASMO、SUICAが使えない市もあるからなあ。

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石垣は一部パイプ組による補強が。しかし櫓の下で崩れた部分などはまだまだ前のまま。 後で乗ったタクシー運転手の言うには、石垣の復旧は30年かかると。

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しかし、一時期はまったく見えなくなっていた天守閣は、結構復旧が進んでいる。10月5日には一部公開が始まるとか。また来ないと。

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JR熊本駅は、改装されて前の面影はまったくない新しい建物に。駅前のビルも立て直しで、建物の取り壊しが始まっていた。

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現代美術館には熊本城の立派な模型が。

午後からは観光タクシーをチャーターして阿蘇方面を。

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地震で倒壊した阿蘇大橋には言葉もない。前方の山、ゴルフ場のフェアウェイに見える部分の土砂が全て、橋と共に谷に崩落した。もうここに橋を掛け替えるのは無理なのではと老齢の運転手談。この橋を車で渡っている最中に地震に巻き込まれた学生の両親が何ヶ月も遺体を探し続けて、とうとう見つかったという報道は今でも記憶している。しかし凄まじい爪痕。

案内してくれた老齢の運転手の家は伝来の農家造りで、揺れの激しかった地域にあり、倒壊して大変だったとか。最初の揺れの後、近所の知り合いにも避難を勧めたが、家に残ったその人は、続いた深夜の本震で、家が倒壊して亡くなったのだと。大きな家だったから大丈夫と思ったかねと。

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実に大きなカルデラ。その中にも町がある。一つの岳からは、ずっと噴煙が。以前はロープウェイが火口を見下ろせる場所まで通っていたが、熊本地震で崩壊。南阿蘇で崩壊した阿蘇神社の河口近くの上宮もここにあったが地震被害があったまま、まだ復旧していないとか。

地元の運転手は、年寄りで耳が遠く、よく話が分からないのだが、

・阿蘇山という山は無い
・あか牛は、元々農耕用の牛
・高菜は阿蘇の冷涼な空気で育つから旨い
・水前寺という市電の駅があるが、水前寺清子は熊本出身
・他に八代亜紀も石川さゆりもそうだ
・しかし、熊本出身で言うと、オウム真理教麻原、天下一家の会の親玉など悪いのもいる

などなど、地元ならではの話を聞いたのだった。

(熊本グルメ)

熊本は魚も美味い。昨最初の夜は、寿司「橘」のカウンタで地の魚を堪能。

天草は有名な良い産地。つまみでは、タコ、ポン酢で食す薄造りのコチ、落としの鱧。お隣の長崎産では、プリプリの生の鯖、金目鯛昆布〆など素晴らしい。握りでも、天草のプルンとした海老、コハダなど実に良かった。 若鮎の塩焼きも薫り高い。

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二日目のお昼は「桂花ラーメン」本店で。新宿で昔、初めて食した時の新鮮な衝撃は今でも覚えている。濃厚だが嫌な癖のないスープ。中太でコシのある麺。スープと脂の混然とした旨味

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この日の夜は、「孫三郎」で焼酎飲みつつ、サラダと赤牛ウエットエイジング炭焼300グラム。美味かったが馬刺しを頼むのを忘れたw

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空港で、馬刺しと、あか牛、天草大王の溶岩焼き定食で酎ハイ一杯。熊本は美味いものばかり。その後、空港「鶴屋」内「菅乃屋」で冷凍特上馬刺しとユッケを、今夜の晩酌用に購入。

さらば熊本、また来る日まで。


西大島「與兵衛」訪問。
昨夜は西大島の「與兵衛」。

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金曜に電話して週末の空きを確認すると、土曜のほうが空いているよと親方。確かに私以外はあと1組だけ。大勢で来て賑やかなお客も同席すると場が盛り上がって面白い場合もあるけれども、煩い場合もある。カウンタ商売は難しい。6名位の予約だと貸し切りにしてしまうとのこと。来週は結構貸し切りの日があるとの事で商売繁盛ですな。

まず最初のお酒は大吟醸、静岡「醴泉」。軽く爽やかな飲み口。親方と雑談していると、女将さんが裏から一眼レフを持ってきて「ちょっと写真撮らせて」と。なんでも亡くなった父親の遺品で幾つも古いカメラがあったのだが、使えるかどうか、試しに常連客の写真を撮ってみるのだとか。

デジタルではなく、ニコンの銀塩フィルムカメラ。シャッター音がなんだか今のデジカメよりも、実に精巧な機械感があって趣きがある。しかし最近は、写真の現像を頼むような町の写真屋がすっかり少なくなったよなあ。フィルムの現像を頼むような場所は、言われても思いつかない。

まずお通しの一皿。海老頭づけ、立派な房総の塩蒸しアワビは切り付けて煮切りを。北寄貝ひものづけ、白イカゲソ、マグロ赤身づけなど。どれも酒の肴に好適。お替りしたお酒は醸し人九平次。軽い酸味が立った旨味。

親方も女将さんも話好きなので、親方がデュッセルドルフ時代の話や、季節の寿司種の話で、もう一組のお客さんも含めて、あれこれ場が盛り上がる。寿司種の仕入れも、それに施す仕事も、なんでも気さくに教えてくれるのは、自分の仕事に対する確固たる自信の故と何時も感心する。

この辺りで握りに。まずマグロづけ。相変わらずの旨さ。本マグロの最高級を握る寿司も確かに旨いと思うけれども、づけにして旨味を引き出した赤身が、この店の硬めに炊かれた酢飯と口中で崩れて行く時、寿司のマグロの旨さというのは、此れ位で程よいのだと言う気が確かにするのだった。

マコカレイは、最初に甘酢づけ。一味とアサツキを噛ませる。爽やかな白身の脂に薬味が効いてこれまた安定の旨さ。胡麻醤油づけも同じ身がネットリした旨味に変わって変化を楽しめる。イカの軽いづけは白イカ。握りにはスミイカが一番で、アオリは酢飯との相性が悪いのでこの店では使わないとのこと。

皮目を炙ったシマアジもこの店のスペシャリテ。巻海老にはおぼろを噛ませて。途中でお酒は十四代本丸にお替り。その後はお茶で。北寄貝は甘酢につけて、この店でしかない独特の甘味を引き出している。握りはここまでが何時もと変わらない序盤の定番種。どれもいつもながら上出来。

ここから季節を反映した光り物の連続になる。皮目を軽く焼き霜にしたキスは軽い夏の脂。アジは軽く〆てあるが脂が爽やかで甘味あり。そしてイワシは〆て皮目を焼き霜に。3枚に薄切りしてつけるのだが、濃厚で実にネットリした脂が蜜蝋のように固まっている旨味。酢飯と一緒に口中で崩れ消えて行く。そしてこの時期だけ供される鮎は、香りが良い。

ハマグリは古式を残すツメとの相性が素晴らしい。フンワリと白く爽煮のように煮上がったアナゴもトロトロの脂の旨味濃厚。最後に玉子をつまみに。

最後に、古酒を盃に一杯振る舞われて味見。実に芳醇な香りと旨味を堪能していると、親方が、「うちで使っている味醂も旨いですよ」と盃に注いでくれる。アルコールの無いシェリーの古酒みたいな感じがする。調味料にも拘りあり。

何時もながらの満足感で店を出て、タクシー帰宅。西大島は、新宿線沿線の人以外は、ちょっと交通が不便なんだよねえ。まあ江東区はどこでも南北の移動が不便だが。

歌舞伎座、六月大歌舞伎「夜の部」
先週、金曜日は年休奨励日。のんびり朝寝して、午後は歌舞伎座「六月大歌舞伎」夜の部に。


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新作歌舞伎、「月光露針路日本(つきあかりめざすふるさと) 風雲児たち」の通し上演。「三谷かぶき」とも銘打たれている。

江戸の鎖国時代、、嵐で難破、漂流。ロシア領アリューシャン列島にたどり着いた伊勢の商船。この船の乗組員たちが日本へ帰国するための許可を追い求め、遥かサンクトペテルブルクまで移動してエカテリーナ女帝に拝謁し、帰国する。この苦労を描いた、みなもと太郎の原作漫画を三谷幸喜が脚本化。今回、新作歌舞伎として歌舞伎座にかけることに。

襲い来るどんな苦難にもめげず、日本への帰国という意志を貫き通し、他の乗組員たちを鼓舞し続けた大黒屋光太夫を幸四郎が印象的に演じる。そもそも実話に基づく物語だという。

三谷幸喜は、あちこちにドタバタと笑いを入れて、実に賑やかにして退屈しない脚本に。幸四郎、猿之助の掛け合い部分も面白く、ロシア版「弥次喜多」の趣あり。

ただ、三谷は、俳優八嶋智人とのまったく歌舞伎味の無い(笑)イヤホンガイドの対談で、幕開きに登場する狂言回し役の松也の名前も覚えていない位だから、歌舞伎知識は殆ど無いと思わせる。登場人物の個性が現れた脚本との評もあるが、白鴎、幸四郎、猿之助、愛之助位しか、おそらく三谷は知らないのでは。

一幕目の冒頭、最初から定式幕は開いており、立体的な舞台装置の上に波をイメージした巨大な布がかけられている。

花道から登場した松也はメガネにスーツ。大学教授風に、「答えないと単位をやらんぞ」などと客をいじって笑わせると共に簡単な状況説明。かなりアドリブも入っているような。

日本には元々優れた大型帆船製造の技術があったが、諸大名の反乱を恐れた徳川家康が、帆が1本の帆船しか建造を許さなかったため、船の操作が安定せず、この頃は海での遭難が多かったというトリビアは興味深い。なるほどねえ。

波が描かれた布を使った嵐の描写の後、最後の手段として帆柱を切り倒し、沈没は逃れたが、操船の手段を失ってあてなく漂流し続ける商船神昌丸と乗組員たちが登場。

手前勝手な個人主義の愛之助や、文句が多いが頭の回転が早く、洒脱で軽妙なセリフで客席を沸かせる猿之助など、人物の個性は良く立っており、面白い。役者同士の楽屋落ちのくすぐりも連発。

イヤホンガイドでの三谷によると、猿之助は最初の舞台稽古からずっとふざけ続けており、最後のほうになって三谷から「一度だけ真面目にやってもらえませんか」とお願いした由。

難破船がアリューシャン列島に辿り着いてなんとか生き延びるところまでが第一幕。ここで30分の幕間。

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「花篭」で芝居御膳で一杯。小皿にパンがついたメニューを食しているお客が結構居て、あれは何かいなと思っていたら、この劇のロシアに引っ掛けた「ボルシチ定食」なのであった。

男女蔵は、切り倒した帆柱で激しく頭を打ち、大分ネジが外れてしまった妙な船員を好演。幸四郎の大黒屋光太夫は、第一幕ではどこか頼りなさを感じさせるが、やがて全員を鼓舞する意志の強いリーダーとして成長してゆく。染五郎も後半になるにつれ、責任感を感じる大人の船員に。高麗屋の成長譚でもある。白鴎は若手中心の座組にきちんと重みを与えている。

大雪原を犬橇で走り続けるスペクタクルなど見所も多く、随所に挿入される笑いの部分と若手による熱演、日本への帰国と別れを描く第三幕も盛り上がった。
 
大詰めでも松也が登場し、「皆さん、私はもう帰ったと思っていたでしょう」と観客を笑わせる。最後にはカーテンコール2回あり。客席スタンディングオベーション状態に。公演としては大いに盛り上がった。

ただ、脚本そのものには、さほどの歌舞伎味はなく、歌舞伎風の演出は、幸四郎、猿之助や愛之助など、歌舞伎役者たちが舞台稽古で「あれを使おう」「こうやろう」など相談して次々に決めて行ったという。歌舞伎役者は元々が演出家を兼ねているから、自在にそんな事もできるのだろう。

つけ打ちや義太夫、簾内の下座音楽など、歌舞伎の仕掛けも一応使用されてはいるのだが、さほど印象には残らず、若干妙な歌舞伎風味ではある。まあだから「歌舞伎」ではなく、「三谷かぶき」と称する所以か。客席にも、歌舞伎ファンではない観客も結構いたと思うのだが、誰でも楽しめる3幕。多様なものを平然と内包できる、歌舞伎の柔軟性と奥深さを感じさせる公演でもあった。これもまた歌舞伎だと感じた舞台。

銀座「鮨 み富」訪問。
木曜の夜は、銀座「鮨 み富」訪問。数日前に予約したのだが、当日、銀座に出る前に、本屋で今月の「dancyu」をパラパラ立ち読みしていたら、「東京で、いまスゴイ店、7店」にこの店が出ていた。

入店後早速、親方に聞いてみると、やはり「dancyu」掲載効果は、今までのどこの雑誌よりも凄く、ランチの予約も立て続けに入り、夜まで客がひっきりなしとの事。最初は名乗らずに2回ほど覆面で来てその後に取材依頼があり、記事を書くライターが来るのだとか。

「dancyu」効果で仕込みの量も増え、つけ場も忙しくなかなか仕込みも手伝えない。以前は2時頃に終わっていた仕込みが夜までずっとかかるようになって、主として裏で仕込みをやっている元「新富」の兄弟子も働き詰めで大変らしい。ご飯を炊く量も倍近くになったとか。「新富」での22年を振り返っても、今が一番忙しいのだとか。まあ商売繁盛で結構な話。

「新富」時代の馴染みのお客さんは、大体予約無しでフラッと来る人が多いので、最近ちょっと入れなくなって申し訳ないとの事。まあ「新富」は店も広く、何時行っても必ず入れたからなあ(笑) 

ただ、ランチについては、「新富」でもお決まりの一人前を提供していたので残したが、さすがに大変で、来月から4000円に値上げするとか。一人前でのカード使用もご遠慮願うことにするとか。まあ3000円でカード会社に手数料払っていたらやってられない。

私がこの店に来たのが去年の7月末の開店直後。「新富寿し」が長く閉まっていたので、ネットで調べていて、twitterでこの店に辿り着いたのだった。独立したいので退店したいと「新富」の社長に申し出たら、特に慰留もされずに恬淡と認めてくれたが、人手が足らず「新富寿し」は閉店する事に。しかし開店1年で商売が軌道に乗ったのは、やはり「新富寿し」ブランドのおかげもありましたと親方。「新富寿し」が再開しなかったのも競合しなかったので良かったと。それはその通りだろうなあ。

お勧めの日本酒。「白龍蔵元」吉田酒造の夏酒純米吟醸「游」がふっくら米の甘味を感じさせながら淡麗な飲み口でなかなか旨い。

まずつまみから。マコカレイは宮城産の立派な身。肉厚で旨味も十分。シマアジも上質。カツオは生姜醤油で。タコもふっくらした身肉の旨味。タイラギ。生のアジ、トリ貝と。

お茶を貰って握りを1貫ずつ。カレイ握りは昆布〆で。酢飯の酢は「新橋鶴八」と同じだと聞いたが、すっきり目の味付け。握りも「新富」流で若干小ぶり。シマアジ。酢〆のアジ。握りには酢〆のほうが合うなあ。酢〆のイワシ。ネットリとした身肉の旨味。小柱は軍艦巻で。大星はもう無くなって来たと。アナゴは供する前に軽く炙る。古式を残す風味あるツメが結構。甘辛に炊いたカンピョウがぎっしりのカンピョウ巻は「新富」名物。これを食さないと此処に来た気がしないのであった。


久々に「新ばし しみづ」訪問
土曜日の夜は、「新ばし しみづ」。当日の午前中に電話すると、なんと空いているとのこと。ラッキー。

お酒は常温で所望。お通しは枝豆。実に香りがよい。何も言わずともつまみから始まる。

カレイは活かった新鮮な身肉に軽やかな初夏の脂が乗る。タコは若干小型だが、しっかりした身肉に旨味が充満。アオリイカは細切りに包丁を入れて。塩で食すると、ネットリした甘味が引き立つ。

アワビ塩蒸しは既に房総の産。海の芳醇を閉じ込めた豊かな旨味。肝も添えて。カツオは背の身。即席のづけにして、ネギを叩いた薬味を。これがまさにニンニクの香り。「ニンニクのように残らないのがよい所」と清水親方。餃子に入れても良いんじゃないかなと言うと、熱を通すと香りはどうかなという話に。焼き上がった餃子にこの薬味を乗せると、ニンニク無しでニンニク風味が楽しめるのでは(笑)

アジは軽く塩で〆、酢も軽く当ててある。肉厚で旨味が増してきた。トリ貝は舞鶴。1枚で3貫くらい取れた大型も昔はあったが、今年は割と小型で、季節もそろそろ終わりだとか。シャコは卵持ちと卵無しと。卵入りをカツブシと称して好む人もいるが、卵無しのほうが身肉がシットリしている。卵というより卵巣なので、通年あることはあるのだと。

3本目のお酒のお替りは、小さな徳利で所望。つまみの最後は、ムラサキウニとエゾバフンウニを盛り合わせて。夏のウニもまた軽い風味で結構。

この辺りでお茶に切り替えて握りを。まずマグロを2貫。細かい脂が入った柔らかくシットリした身肉の旨味。しっかりした強い風味の酢飯に溶け崩れる。コハダは片身を2枚付で。生臭さを取るために水分をかなり飛ばした強めの〆。鶴八伝来の〆方とは違うが、強めの酢飯とベストマッチ。アナゴは塩とツメと1貫ずつ。トロトロの煮上がり。最後はカンピョウ巻を半分貰って〆。

しっかりした伝来の寿司種仕事、お客の様子を見計らって供する親方の気配りと軽妙な話術。お酒を飲んでも1時間ちょっとで終了。馴染みになると、こんなに居心地の良い店は無い。久々の「しみづ」を堪能して勘定。

見送りに出てきた摩宙君に、北欧行きの事など聞くと、もう少し時間がかかる模様。「ご馳走様」と去ろうとすると、「どうぞ」と左を指すので、何かと思ったら、「P.M.9」のバーテンダーM氏が何時の間にか横に居て、深々とお辞儀をしている。そういえばしばらく行ってなかったなと思って、入店。それにしても「しみづ」を出たタイミングが良く分かったな(笑)「しみづ」グループの顧客管理恐るべし。

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カウンタにはまだお客無し。「今日は特別な酒が入ったんです」とM氏が勧めるので、「BOW MORE」27年を一杯。実に芳醇な香りと深いボディ。素晴らしい。その後は、何時ものラフロイグを一杯。のんびりと寛いで、M氏と、とりとめもない雑談など。良いバーは心を癒す。


歌舞伎座、「六月大歌舞伎」昼の部。
先週末、日曜日には歌舞伎座で「六月大歌舞伎」昼の部。

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まず短い舞踊が2つ続いてお昼の幕間という、割と珍しい構成。

最初は、「寿式三番叟(ことぶきしきさんばそう)」

イヤホンガイドで最初に出てきた翁役の東蔵が人間国宝だと知ってビックリ。知らなかった(笑) 知っとけよという感じですが。能がかりの舞踊の後、幸四郎と松也の三番叟が揃って踊る。幸四郎は舞踊への出演が多いが、松也は三番叟初役だとか。確かにあまり舞踊で見ないが、なかなか息が合っている。五穀豊穣を願い、邪気を払う。まあお祓いを受けているような目出度い演目。

10分の幕間の後、「女車引(おんなくるまびき)」

「菅原伝授手習鑑」にある、荒事の豪快さと歌舞伎の様式美に満ちた有名な段を、松王丸、梅王丸、桜丸のそれぞれ女房が踊るという、「女暫」や「女鳴神」のような趣向。そもそもは吉原の郭で演じられた芸に由来するとか。実に短い舞踊劇。魁春と雀右衛門という大ベテランに挟まれて、児太郎がまだ初々しい若い女房役で踊って頑張っている。

ここで30分の幕間。花篭にて海鮮重など。

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次の演目は、吉右衛門の、「梶原平三誉石切(かじわらへいぞうほまれのいしきり)」。鶴ヶ岡八幡社頭の場。

梶原平三景時は普通歌舞伎では悪役だが、この演目では智と情を兼ね備えた爽やかな武将。初代吉右衛門から当代に受け継がれた当たり役であるが、播磨屋は実に機嫌よく、格好良く演じて結構な話である。

歌六の六郎太夫は、源氏再興を心に秘め、娘婿の為に二つ胴で切られて命を捨てようとする腹の座った親父役が堂に入っている。長男の米吉が娘の梢を可憐に演じる。

又五郎の大庭三郎、息子歌昇の俣野五郎も大きく脇をしっかりと固めた。よく出来た演目だけあって、最後の「石切」はやはりカタルシスあり。

最後の演目は、「恋飛脚大和往来(こいびきゃくやまとおうらい) 封印切」

実話を元にした上方和事の有名な演目。この段に続く大詰めの、「新口村」はちょっと前に歌舞伎座で出た。雪の降りしきる中、おそらくもう生きては会えない親子の今生の別れ。静かな詩情に溢れた美しい幕切れ。

イジイジウジウジした上方和事の若旦那というのは、ガンジロはんがやるとデップリ太り過ぎて色男に見えないのだが、仁左衛門がやると若々しくも可愛げのある色男に見えるのが素晴らしい。場内の拍手を一身に集める。

秀太郎も孝太郎も出て松嶋屋結集。秀太郎の井筒屋おえんは流石に上方歌舞伎の貫禄あり。大向うでは、鶏爺さんの声が微かに聞こえたような気がしたが、あれは空耳だろか。

愛之助が、傾城梅川を金にあかせて身請けしようとする丹波屋八右衛門。彼に嘲られ、追い詰められて亀屋忠兵衛は飛脚業にとっては死罪となる、公金の封印を切ってしまうのだが、愛之助はペラペラよく口は回るが、憎々しい敵役としてはちょっと軽い。あの煽りで、死を覚悟して封印を切るまで行く気がちょっとしないというか。

八右衛門と梅川が手を取り合って花道を去るラストは、死への道行き、あの雪の降りしきる「新口村」へとつながっているのだった