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97年から書き続けたweb日記を、このたびブログに移行。
銀座「鮨 み富」訪問。
先週、水曜日の夜は、銀座「鮨 み富」。当日の夕方、外での仕事を終えて電話をかけると手伝いの女性が出て「入店から1時間ほどでよろしければ」と。まあ、私の場合、お酒の量とつまみを調整すれば、幾らでも時間は短縮可能。「しみづ」でも元「新橋鶴八」でも、飲んでつまみと握りで1時間以内に切り上げた事は幾らでもある。現「新橋鶴八」は大常連O氏に合わせたノッタリペースで仕事をするので1時間で切り上げるのは不可能なのだが(笑)

それでも早く着いたほうが、余裕がある程度生まれるわけで、急いで銀座に向かい入店。早い時間なのだが既に3組お客さんあり。席について直ぐに酒を発注しようとしたら三橋親方が「時間は大丈夫ですので、ゆっくりやってください」と。何か行き違いがあった模様。まあ時間をあまり気にしなくてよいのは結構な話。

お酒は白龍の冷やおろし。米の旨味を感じるふくよかな口当たり。

何時も通りつまみから切ってもらう。まずヒラメ。次にブリ。腹の脂がある部位と尾の脂の軽いほうと聞かれたが、やはり腹の身が旨い気がする。貝類では平貝。ミル貝。ヒモは炙ってスダチを添え別に出てくる。このヒモも歯ごたえあって旨し。

おまかせの握りが終了したお客が、まだ食べてない貝類を確認して、握りにするならどちらが旨いか尋ねると、三橋親方の答えは明快で「うちはお寿司屋なんで、何でもお寿司にしたほうが旨いです」との事。まあそりゃそうだ。〆物も煮物も、基本的につまみではなく酢飯に合う事を考えていると以前に聞いた事あり。

お隣のご夫婦は、以前よく「銀座 新富寿し」に行っていたのだが、雑誌の記事か何かを読んで、ようやく本日「み富」にたどり着いたのだと。ネットで検索すると直ぐなんだけどねえ。

ちょっと昔の「新富寿し」の話など隣のお客さんとも雑談。三橋親方によると、以前の新富のカウンタは広かったし、社長はあまり商売気が無く、お客が気に障る事を言うと無視するなど、あまり愛想も良くなかったので、お客さんとの会話やお客さん同士の会話は無かったと。自分がやるなら、お客さん同士が会話できる小さな店がやりたかったとの事。その通りの店ができた訳である。

昔の「新富」はいつも空いていたので常連も大抵予約などせず、フラっと来る。だから顔は知っていても名前を知らないお客さんが多かったとのこと。まあ「み富」は小さな店なので予約推奨。予約電話で、初めて名前を知った新富時代からのお客さんもいるのだとか。

ずっと閉めたばかりの「新富寿し」の社長は、もう商売やる気は無いのだが、初代を継がなかった父親がご高齢ながらまだご健在で、自分が家業を継がなかった引け目もあるのか、店を畳む事に難色を示しているようだと。まあ歴史ある店だったからなあ。

漬け込みのシャコもつまみで。シャコは一時、新富の社長が今風にしようと軽い味付けに変えたのだが、この店で、昔習った通りの古式に味付けを再び戻したのだと。

この辺りで握りに。赤身づけ、中トロ、コハダ、春子、酢〆のアジ、ハマグリを1貫ずつ。サッパリした酢飯に、種には昔風のしっかりした味の仕事。最後はカンピョウ巻。ここにも昔の「新富寿し」がそのままに残っている。訪問するお客さんは殆ど最後に頼むのだとか。

1時間で帰るつもりで入店したが、三橋親方と昔の「新富寿し」話などしていると結構時間が経っていた。社長のエピソードなんかも面白いんだ(笑)


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吉例顔見世大歌舞伎、昼の部
月曜日の振替休日に歌舞伎座、吉例顔見世大歌舞伎昼の部を。月の中盤以降は大相撲九州場所があるので、初旬にまとめて歌舞伎観劇。この月だけ歌舞伎座前には古式を残した櫓がかかる。

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最初の演目は、「研辰の討たれ(とぎたつのうたれ)」

これは、野田秀樹が演出した「野田版」が有名で、シネマ歌舞伎などにもなった。しかし見たことがない。歌舞伎版も今回初めて。大正時代の新歌舞伎で、敵討ちという封建的な遺風に対する批判精神が底流に流れている所が面白い。

刀の「研ぎ屋」だった守山「辰次」が侍に取り立てられ、揉め事から家老を殺し、その息子の敵討ちで「討たれる」からこの題名だったとも初めて知った。

口八丁で頭の回るお調子者。上へのゴマすりを同輩に軽蔑された事に反発して虚勢を張る所も面白い。この研ぎ辰は、辱められた家老を計略で殺す悪党でもあるが、よく回る口とその場しのぎの軽妙な行動は滑稽で妙に憎めない所あり。

ニンとしてはやはり勘三郎を思い出すが、幸四郎も「弥次喜多」で見せた喜劇風味が、なかなかこの辰次役に合っている。

父親を殺された義務として敵討ちを果たさねば故郷に帰れないのが封建の習い。全国を行脚する平井九市郎、平井才次郎の兄弟を、坂東彦三郎、坂東亀蔵の兄弟が演じるのも息が合っている。大詰めのドタバタ喜劇部分もアドリブ感あり、客席が沸く。口八丁の才覚で、なんとか逃れたと思った最後の場面も実に印象的。「敵討ち」の虚無感を感じさせる演出も近代の感覚。

ここで30分の幕間。花篭で「花車御膳」など。

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この食堂で出す冷酒は歌舞伎座の絵柄が入った特製なのだが、なかなか結構である。

次は「関三奴(せきさんやっこ)」

15分の賑やかで短い舞踊。しかし、前後の狂言が長く、この昼の打ち出しは3時55分と大分遅いので、この演目は無くてもと思ったが、まあ舞踊が無くて2本立てもバランスが悪いか。

威勢のよい奴の踊りだが、松緑も芝翫も踊りは達者。正確で生真面目な踊りの松緑に対し、赤っ面の芝翫のほうが柔らかく踊りを崩している感じがあり、良くいえば大きい、悪くいえば雑で大まか。同じ踊りでも個性が出るものだなあ。

最後の演目は、「梅雨小袖昔八丈(つゆこそでむかしはちじょう) 髪結新三」

実は隔週発売の雑誌「歌舞伎特選DVDコレクション」でこの前買って、菊五郎2011年新橋演舞場での「髪結新三」を観たばかり。音羽屋家の芸。以前、DVDで見た勘三郎も良かったが、菊五郎も世話物では「髪結新三」が一番生き生き見える当たり役。

ホトトギス、長屋裏の青葉、初鰹、朝風呂帰りの浴衣を吹き過ぎる江戸の風。初夏の江戸。その季節感が一杯。何時、何度見ても面白い河竹黙阿弥作、世話物の傑作だ。

手代忠七は時蔵。女形が演じる事の多い白塗りヘナヘナの色男役。家主長兵衛は左團次。何度か演じた事があるはずだが、まだ公演4日目とあって、途中で台詞が飛んで「なんだったっけ」としばし考える間があり。しかし全般にこの人のはまり役である。丑之助が丁稚長松で成長ぶりを見せる。音羽屋劇団の息の合った演目。

新三内の場で「泥棒が入った」と聞いて慌てて大家が出てゆく所で場面転換の幕。そうすると客席の内側にいた3人がドドドと出て行った。まだ焔魔堂橋の場があるのになあと思っていると、大詰めの幕が開く前に、またドドドと戻って来る。どうも終演と間違えたらしい(笑)

閻魔堂橋の前で切り結ぶ髪結新三と弥太五郎源七。閻魔堂は今も門前仲町に現存している。橋はさすがにもう無いが。

新三が一太刀食らった後、舞台が明るくなり、二人が舞台に直って昼の部の終演を告げる、ちょんぱの終わり。これまた粋な打ち出し。




歌舞伎座、「吉例顔見世大歌舞伎」夜の部
先週土曜日は、歌舞伎座「吉例顔見世大歌舞伎」夜の部。松之助や脇役陣に、所々台詞が入っていないアーウーがあるのがいかにも開幕二日目だなあという感じ。

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最初の演目は、「鬼一法眼三略巻(きいちほうげんさんりゃくのまき)」いわゆる「菊畑」

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一般家庭の出身で梅玉の部屋子であった中村梅丸が、梅玉の養子となり、初代中村莟玉となった事を披露する狂言。「奴寅蔵実は源牛若丸」という、普通は御曹司でないとできない役に梅丸が抜擢。その従者である「奴智恵内実は吉岡鬼三太」を養父となる梅玉が。皆鶴姫を魁春、吉岡鬼一法眼を芝翫、笠原湛海を鴈治郎が付き合い、劇中で襲名披露の口上が述べられる。

歌右衛門家は元々血縁が薄く、梅玉も魁春もどちらも六世歌右衛門の養子。彼らにも後継ぎの実子は無し。役者の地位が向上するまでは、実子に継がせるのが当然ではなく、顔の良い子を連れてきて跡取りにする事も普通にあったと聞くが。

梅丸は、爽やかで甘いマスクの二枚目。女形が多いが、今回演じる「実は美少年牛若丸」は大変ニンにあった役とも言える。

「ほうおう」の巻頭インタビューでは、養父となる師匠梅玉の指導について述べている。師匠は「こうしろ」という部分と「やりやすい方でよい」という部分が自在にあるのだとか。自らの芝居も、風情で構えているだけではなく、肚の中は大変に細かく「お客に分からない程度に相手のセリフを受けて演じるのだ」と教える事もあるとか。そうか、梅玉は、いつも殿様を機嫌よくやってるだけではなく、計算もきちんとあるのは流石に歌右衛門の指導を受けただけある。梅丸にも、寅造と牛若丸は分けて演じなければいけないが、牛若丸になった途端急に大人になっても駄目なのだと教えたとのこと。。

幕間のイヤホンガイドのインタビューも梅玉、梅丸の師弟コンビで、師匠がこの弟子を可愛がっている事がよく分かる微笑ましいもの。「浅草花形歌舞伎にも、部屋子なのにお坊ちゃん方に仲間に入れて頂いてありがたかった」と親心。芸でつながっているだけに、どの話題も冗談を入れながら和気あいあいとしている。逆に実の親子でも共通の話題が無いとギクシャクするものなのかもしれない。

一面の紅葉と菊の花。賑やかな襲名披露演目であった。ここで35分の幕間。花篭食堂で「芝居御膳」を。

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次の演目は、「連獅子(れんじし)」

幸四郎と染五郎、高麗屋親子の競演。これから何度となく演じられるだろうが、ファンは染五郎の成長を確認しながら、何度も見物するのだろうなあ。幸四郎は結構一杯一杯に激しい毛振りを見せていた。


切りの演目は、「市松小僧の女(いちまつこぞうのおんな)」。池波正太郎が、梅幸と先代又五郎にあて書きした新作歌舞伎が42年ぶりに歌舞伎座にかかる。

剣術の稽古に打ち込み男勝りのお千代に、父親は婿を取らせて身代を継がそうとするが、なさぬぬ仲の継母に気を使うお千代は家を出て乳母の家で暮らす。

剣術稽古に打ち込む袴で登場した時蔵は、こんなにデカかったのかと驚嘆する印象。しかし、鴈治郎演じる年下の市松小僧の又吉と恋に落ち、可愛い女となって行くにつれて、だんだんと身体が丸みを帯び小さくなってゆくかのよう。衣装もあろうが、これがやはり芸の力なんだねえ。鴈治郎は美少年というには無理があるが(笑)可愛げがあり、時蔵との息の合った仲良しぶりを見せて印象的に成立している。

掏り上がりで手癖の悪さを改める事ができない市松小僧を厳しく諫める南町奉行同心永井与五郎は、お千代の剣術修業の兄弟子でもある。お縄を打とうとするが、必ず更生させますと、掏摸ができぬように市松小僧の指を包丁で落とそうとするお千代の必死さにほだされ、これを見逃してやる。

新歌舞伎べらんめえ調のこの人情にあふれた粋な役は、芝翫が実に印象的に演じる。まさにはまり役だ。芝翫で感心したのは初めてかもしれない(笑)こんな役をもっとやればよいと思うが。 大番頭を齊入が演じるのだが、出てすぐの場面は、まだしぐさが婆さんに見えたが、だんだんと番頭に見えてきた(笑)

江戸の人情と粋を描いた池波正太郎らしい新歌舞伎。42年も歌舞伎としては埋もれていたなんで勿体ないなと感じるほどの見ご
たえがあった。

「新ばし しみづ」訪問
先週の木曜は「新ばし しみづ」。

朝8時から予約の電話を受け付けているのは知っているが、普段は午後にしかかけた事がない。「席が空いてなければそれまでよ」でやっていたのだが、この日は何故か電話をかけてみる気分になった。5時半からで大丈夫ですかと言われたのでちょっと早めに仕事を終えて店に。

この店は開店時間前に入るお客が多く、5時半ピッタリに扉を開けると既に殆どのお客がカウンタに並び、もう飲み物が出ているという場面に何度も遭遇した。この日は平日であるせいか、私が最初の客。その後で一人客が入って来たが、この日のお客は何故か登場が遅かった。

「P.M.9」で聞いてはいたが、まだ摩宙君が奥で働いている。デンマークの労働ビザがなかなか下りないとの事。しかしデンマークで職人として働くというのは大変なのではなかろうか。私も行った事がないから詳しくは分からないが。

やはり人が足りないせいか、久々に女将さんが店に出ている。お酒は常温。ラベルは「開運」。お通しはなめこおろし。何も言わずともそのままつまみが出てくる。

まずヒラメ、そして鯛の腹の身。どちらも上品な脂が乗っている。スミイカも細かく包丁を入れて。塩で食す。お客も段々と入って来て満席に。

タコも香りが良い。青柳、赤貝と貝類も。この日は一人客が多く、誰も喋らないのでまるでお通夜の如し。時々こういう事があるんだよなあ。

鯖はしっかり〆てあり旨味あり。アジは季節外れと思ったが脂が乗っている。青森産とのこと。昔は青森のアジなど入らなかったというが、やはり温暖化の影響か。

カツオ背の身は青ネギを叩いた薬味で。ブリは煮切りを塗って軽く炙ってつけ焼きに。天然のヒジキの小鉢。バリバリした食感が珍しい。いくらとウ二の盛り合わせでつまみ終了。

ここでお茶をもらって握りに。

握りは、まずマグロ2。脂も段々と乗ってきて身肉は実にシットリ。強めの酢飯が美味い。強く〆たコハダ2。この店独特。「鶴八」系の仕事から更に水分を抜いた仕事。これはこれで酢飯との相性が抜群なのだ。アナゴは塩とツメで半分ずつ。ハマグリが1貫。最後にカンピョウ巻を半分。久々に「しみづ」の寿司を堪能した。

勘定を済ませて外に出て女将さんとちょっとだけ雑談。結局「P.M9」に寄り道する事に。
マティーニを飲んだ後、ラフロイグ25年なるものを。10年もちょっと貰って飲み比べ。まったりした芳醇な飲み口。度数が高いので結構酔いが回った(笑)

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歌舞伎座、芸術祭十月大歌舞伎、昼の部リベンジ
先週の日曜日は、歌舞伎座、「芸術祭十月大歌舞伎」、昼の部。元々は12日の昼を買ってあったのだが、台風の影響で公演自体がキャンセルに。そのチケット代はカードに返金されると松竹から連絡もあり、戻りを見て新規のチケットを購入したのだった。

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入場してみると、意外に空席多し。一階席前方だったが、私の左、前方とその左は最初から最後までずっと空席。この所、座高の高い輩が前に座って大迷惑が続いていたが、この日は快適。しかし後方にも空席が目立つ。数日前にチケット購入した時には、そんなに席は戻ってなかったと思うのだが。

最初の演目は、「廓三番叟(くるわさんばそう)」

三番叟は五穀豊穣、天下泰平を祈念する目出度い舞踊で、歌舞伎にも様々なバリエーションあり。これは煌びやかな吉原の座敷を舞台に、傾城、新造、太鼓持が揃って踊るという賑やかで艶やかな所作事。扇雀が傾城、梅枝が新造。巳之助の太鼓持。いつ見ても、梅枝の瓜実顔は、江戸の浮世絵に出てくる女を彷彿とさせるなあ(笑)

20分の幕間の後、「御摂勧進帳(ごひいきかんじんちょう)」

頻繁に上演される、歌舞伎十八番の「勧進帳」のパロディに思えるが、実際にはこちらの演目のほうがずっと古い成立。「荒事」としての原型のような演目。「芋洗い勧進帳」の別名でも有名。

芝居としての洗練度はさほど無いのだが、舞踊などの入れ事がなく、ストーリーがどんどん進み、立ち回りがあり、荒事としてのプリミティブな魅力がある。松緑は、隈取を施した稚気あふれ豪快な弁慶に、実に良く似合っている。

木に縛られて泣き出す弁慶というのも見ものだが、これは義経主従を十分に逃がす策略。もう十分遠くまで行ったと分かってから、剛力無双に縄を切って暴れだし、番卒たちの首を次々引っこ抜き、最後は水桶に入れて、両手に持った金剛杖でガラガラかき回すと首が次々に飛んで行く。これが「芋洗い」の語源。何百年も前のシュールなスラップスティック喜劇。

引き抜いた頭でラグビーをやるという、時事ネタを取り入れがくすぐりも入っている。歌舞伎座ではあまりかかっていない演目だが、「七月大歌舞伎」、海老蔵の「通し狂言星合世十三團(ほしあわせじゅうさんだん) 成田千本桜」の一場面で、この「芋洗い」が取り入れられていた。

松也、彦三郎、坂東片岡の両亀蔵による四天王。愛之助が富樫。最後の「芋洗い」は稚気に満ちて豪快だが、残酷だと嫌う人もいるだろう。しかし、原初の荒事の雰囲気を残し、江戸の昔は疫病退散の呪術的な意味もかねていたとも解説で。

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ここで30分の幕間。花篭食堂で「芝居御膳」。食材にもすっかり秋の香り。

次の演目は、「蜘蛛絲梓弦(くものいとあずさのゆみはり)」

源頼光が酒呑童子や土蜘蛛を退治した話は歌舞伎にも取り入れられ、「土蜘蛛」もそうだ。これもまた、そのバリエーションの所作事。「片岡愛之助五変化相勤め申し候」。蜘蛛の精が様々に変化する所を見せる。

「土蜘蛛」でも使われる歌舞伎独特の小道具、「蜘蛛の糸」が何度も何度も派手に舞台に舞う。一部は客席にまで。派手な立ち回りもあるが、50分と短い上演時間で、あれよあれよと言う間に終わった。「蜘蛛の糸」を見るような演目。

尾上右近が坂田金時。赤っ面の立役というのは初めて見た。新作に古典に自主公演。立役、女形に清元。大変な活躍ぶりだが、結局の所、何処を目指して行くのか興味深い。

最後の演目は、「江戸育お祭佐七(えどそだちおまつりさしち)」。四世鶴屋南北の世話物、「心謎解色糸(こころのなぞとけたいろいと)」の一部を書き換えた派生作品。

「心謎解色糸」は、3組の男女が織りなす奇妙な縁で繋がれた恋愛模様を横糸、赤城家の宝「小倉の色紙」盗難を巡るサスペンスを縦糸に、毒殺や墓暴き、愛と嫉妬、痴情のもつれや子供殺しなど、江戸の町を騒がした実際の猟奇的事件を取り入れ「火曜サスペンス」風に江戸歌舞伎にしたものだが、本作はそこから、鳶の頭、お祭り左七と芸者小糸の物語を抽出している。

音羽屋劇団勢ぞろい。江戸風情を見せる残すべき演目として11年ぶりに上演。冒頭に、祭の見せ物として、眞秀と亀三郎がお軽勘平の道行を踊る劇中劇あり。亀三郎は、名前を襲名して初舞台を済ませているだけあって、踊りがたおやかで実に達者である。周りも真剣に教えているのだろうなあ。

粋で鯔背な鳶の頭。江戸の風が吹くようなこんな役は菊五郎掌中の持ち役。音羽屋、家の芸のひとつ。一途に恋する小粋で鉄火な芸者小糸の時蔵もなかなか印象的に成立している。

起請も交わした真剣な恋は、横恋慕した侍の姦計に嵌り、誤解が重なり、ついには悲劇に終わる。大詰めで殺しの場があって陰惨な終わりでもあるのだが、行燈の灯りで小糸の書置きを読む佐吉は印象的。大作ではないのだが、江戸情緒にあふれたキリっとした世話物。


「新橋鶴八」訪問。
月曜の夜に「明日空いています」と「新橋鶴八」から携帯にメッセージ着信。飛び石の祝日だし、台風の後でもある。河岸も休み。おおかたキャンセルでも出たんだろう。とはいえ予定はなかったので、訪問することに。

5時半からと言われていたのだが、入店すると既に大常連O氏が一番奥でトグロを巻いて飲んでいる。手伝いの女性も休みのようで、飲み物を出すのも全て五十嵐親方一人であるから、なかなか大変そうだ。

お通しは鯛の酒盗。普段より種札は少ないが、やはり台風の影響で仕入れは大変だと。最初に切ってきたのはヒラメ。大振りな身。

その後、立派な身の塩蒸し、香り良し。そろそろシーズンは終わりとのこと。その後は、大常連O氏と、ラグビーの事や即位の礼の事、あるいは昔の寿司屋の話など、拉致も無い事ばかり喋ってたのであんまり記憶が無いなあ。

ホタテに軽く火を入れたもの、ブリ切り身のつけ焼き、漬け込みのシャコが出たのは覚えている。

握りに移行すると、昆布〆、中トロ、コハダ、茹で上げの車エビ、ハマグリが1貫ずつ出たっけか。酢飯の具合は相変わらず秀逸。しかし、ここで海老を食したのは初めての気がするが。他に何か食したか、もうサッパリ覚えていない。

私の方は翌日は仕事。引退して、毎日が日曜日で、本日もまだダラダラ居る気満々の大常連O氏には付き合っていられない(笑)先に勘定を。しかし、全体にこの店はダラダラ居る客が多いが、これはO氏を見習っている影響ではないか(笑)。寿司屋に長居してそんなに楽しいかな。適当な所で切り上げて、立て込む前にサッと帰るのが良いと思うけれども。まあ人それぞれだが。

新橋駅からタクシー帰宅。

神保町「鶴八」訪問。
神保町「鶴八」久々の訪問。

先々週だったか昼間に電話したが出ない。アレ?と思ったら、定休日の水曜日だった。そうかそうかと思って仕事に戻ったら、知らぬ間に携帯に「鶴八」より不在着信あり。掛け直してみると「鶴八最後の弟子」が出た。休みでも何か仕事があって店に居て着信履歴を見たらしい。「今日はでも定休だよね」「はい、お休みです」「じゃあ、また電話します」という、なぜ掛け直したかサッパリ分からない会話であった(笑)

西大島「與兵衛」も水曜日定休だが、電話しようとすると、なぜか大抵、その日が水曜なんだなあ(笑)

この日は入店したらカウンタにはまだ誰も。菊正の冷酒を所望。お通しは、ハマグリの柱醤油づけ。のんびりと親方や女将さんと雑談など。台風やら仕入れの話。親方は、15号の時は計画運休が明けたので駅に行ったら3時間待ったとか。19号の時はさすがにキャンセルばかりで店も休業。まあ仕入れも大変だろうし。

いつも最初は白身の刺身と決めているので、親方が「鯛でいいですか」と切ってきた。ここで鯛があるのはそんなに高い確率ではないのだが、上品な旨味がある質の良いもの。身もまだプリプリに活かっている。

「鶴八最後の弟子」に豊洲の駐車場事情など聞くと、やはり足りなくて大変なのだという。彼はバイクで行っているのだが、「鮨竹」が自転車で豊洲市場から帰るのにすれ違ったと。配送は頼んでいるようだが、朝早くから仕事熱心ですな。「新橋鶴八」はタクシーで行っていると聞いたが。

つまみは、塩蒸し。旨味も香りも凝縮した仕事。北海道の天然ブリは癖の無い脂、噛み心地良し。サバはしっかり〆てあるが脂が乗って味わい深い。

お酒をお代わりしながら、台風の被害の事なども雑談。私自身は、武蔵小杉に昔、住んで居た事があるのだが、その当時は東横線の東側は、ちょっと荒んだような工場地帯で、JR横須賀線の駅も無かったしタワマンなど影も形も無かったなあ。ハザードマップ見ると浸水の予想されたエリア。元は川底などで地価が安いから工場地帯になっていたのかねえ。

この辺りで握りに。まず中トロ2。かなり脂のある部位。旨味もあり。ふっくらした酢飯に脂が溶ける。コハダも2。柔らかくネットリした身肉の旨味は、何時もながら鶴八伝来の美味。アナゴもトロトロでツメも旨し。最後はサッパリとカンピョウ巻で〆。店が立て込んで来たので早めの勘定。しかし美味かったな。

「新ばし 笹田」訪問
先週、木曜の夜は久しぶりに「新ばし 笹田」。

入店して、まず冷酒は「醸し人九平治純米大吟醸」。ほんの少しの酸味の後でまろやかな米の甘さが口中に広がり、すっとそれが消えて爽やかな飲み口に。

笹田氏によると、台風襲来の前だが既に海が荒れており、魚が無くて仕入れが大変とのこと。土曜日には超大型台風19号が関東襲来見込みだが、店のほうからお客さんに連絡を取り「キャンセル頂いて結構ですよ」と説明しだいたいキャンセルを受けた。あと2組の返答待ちだとのこと。

おそらく土曜日は魚河岸でも魚が揃わないと思うので、キャンセルしていただいたほうが気が楽なんですと。確かに無理して来店してもらっても、帰りに交通機関が止まって帰れなくなったらお客さんが困るよねえ。

最初のお通しは、天然の舞茸、マツタケ、ホウレン草の和え物。ナガスクジラの尾の身は雑味の無い濃い旨味。アイスランド産。生姜醤油以外にごま油塩も添えられる。牛を更に濃くしたような旨味なので、ごま油で食するとなんとなくユッケ風に感じる。しかしやはり生姜醤油が一番かな。

きぬかつぎはネットリした旨味。秋を感じる。料理を出してきた「笹田の海老蔵」に元気かと聞くと「最近暴飲暴食が多くて体調悪いです」と。コハダのなめろう。コハダは塩だけで酢〆には回さず小骨を切るために、ミョウガと味噌を混ぜて叩く。この店でコハダを食するのは初めてだが、アジよりも癖が無く、最近コハダに凝っているのだとか。

壬生菜と油揚げの煮物はいつもの定番。出汁が上手い。

お造りは、淡路の鯛、塩釜のマグロ、北海道のつぶ貝。最近は海が荒れて大変だというが、ちゃんと良いものを揃えている。鯛はネットリと旨味あり。マグロも脂より旨味が濃い肉質。つぶ貝もコリコリと鮮度が良い。

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次は松茸と鱧の土瓶蒸し。松茸は岩手産。今年は松茸が不作。出るのも例年より一月遅れたのだが、出た途端に卸業者はもうそろそろシーズン終わりだと言っているとの事。夏の気候が影響するらしい。

焼き物は、鰆の塩焼き。身はフックラして上品な脂が乗っている。

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そして、松茸のフライ。パリパリした衣。松茸の香りが凝縮している。ウスターソースがこれまた実によく合うのだった。

ここで食事の準備。炊飯土釜で炊いた炊きたてのご飯。ちりめん山椒、お新香、ワサビ漬け、イクラ醤油漬け、赤出汁を添えて。お代わりはお焦げを入れてもらった。しみじみ旨いなあ。最後は何時もの甘味。冷製の白玉ぜんざいに煎茶。

勘定を済ませると雨が降っている。笹田夫妻の見送りを受けて何時もと同じ満ち足りた気分で帰路に。なんとか松茸に間に合って良かった。11月に入ると香箱蟹だ。




銀座「鮨 み富」訪問。
日曜日は、暑さも去ったので朝は外をちょっとランニング。気持ち良い気温。午後は録画したラグビー・ワールドカップの日本―サモア戦など観戦。ラグビーを見ると不思議な事に負けているチームを応援したくなる。終盤はサモアに肩入れしていた(笑)Underdogを愛好するイギリス生まれのスポーツだからだろうか(笑)

この所行ってないなと思い立って電話で銀座「鮨 み富」を予約。5時に入店するとまだ他のお客さんはいない。何時もの席に案内される。ほどなく外国人を一人連れたアテンド系会社員のグループ入店。

お酒は白龍の冷おろし。あっさりスッキリした飲み口。二杯目からもう少し米のふくらみがあるものに変更。

昨今の店の景気など聞きながらつまみを切ってもらう。開店したのが去年の夏だから1年ちょっとで店は安定軌道に乗った。三橋親方によると、やはり修行店の「銀座新富寿し」が閉店になったのが一番大きく、元の新富の客がなんだかんだで探して、殆どこの店に来てくれるようになったとのこと。まあむこうは閉店してしまったから、別に修行先の客を盗った訳ではないものなあ。

つまみは、まずヒラメ。そして北海道のブリ。脂のある腹の部分だが、癖は無く軽く感じる良質な脂。ミル貝はまな板に叩きつけると丸まってしまうほどの鮮度。

ふらりと予約無しの爺さんが一人で入って来て握りを注文。空いてれば何時でも入れるのも良い所。ただ「新富寿し」は何時でも必ず入れたが、ここは席数が少ないから予約したほうが安全だが。

漬け込みのシャコ、煮たアワビは古式な仕事。なかなか立派なサイズ。肝も添えて。

この辺りで握りに移行。ヒラメ昆布〆、シマアジ、コハダ、イワシ、秋刀魚。どれも1貫ずつ。〆ものは新富伝来の技。自分の腹具合に合わせて自由に頼めるのが良い所。握りは若干小ぶり。酢飯も赤酢使用とのことだがそれほど酢は立っていないおとなしい物。

勘定を頼んだ爺さんが、「Dancyu」観て来たんだよと。兄弟子はどうしたかと尋ねる。「新富」の昔のお客さんなのだ。「三井さんは今日お休みですが、この店で仕込みをずっと手伝ってもらってるんですよ」と。

親方によると、「Dancyu」効果もまだ残っているという。ネット使う世代だとこの店もすぐ探せるのだが、紙媒体もなかなか重要。最近、仕込みの手伝いに未経験者を入れたのだが、三井さんはなかなかの理論家で、仕込みにもまず仕事の理由から教えているとのこと。もう見て覚えろの時代じゃないんだな。

予約の3名様がご来店になったので、そろそろ帰るかと勘定を済ませて店を出てる。扉を出てすぐのエレベータに乗り込むと、先ほど入店した中の一人の女性が店を出て来て、「すいませんすいません」とエレベータに乗り込んでくる。びっくりしたが、「お元気でしたか」と名前を呼ばれてまたビックリ。

とりあえず1階まで降りて会話すると、なんと以前頻繁に訪問していた築地本願寺裏「鮨 つかさ」で働いていた女性であった。黒縁眼鏡をかけていたので分からなかったよ(笑)

「つかさ」は、そもそもフジタ水産の藤田社長に紹介されて随分昔に訪問したが、良い物を置いてあるし、親方の人柄も良い。気に入って何年も通っていたのだが、高橋司親方が突然の病気で倒れて急な閉店。それからすっかり顔を合わせる事も無くなってしまったのだった。しかし高橋親方も、病気からなんとか快復したと教えてもらう。とても懐かしい再会。「この店にはよく来るんですか」と聞くと、今回初めてなのだと。実に奇遇だが、嬉しい再会であった。一度高橋親方にもどこかで会う機会があればよいのだが。



「里山引退 佐ノ山襲名披露大相撲」見物写真日記
大相撲が千秋楽を迎えた翌週の土曜、両国国技館で、「里山引退、佐ノ山襲名披露大相撲」。

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そもそもは来る予定ではなかったのだが、5月場所の両国国技館で、引退相撲のチラシを自ら配っていた佐ノ山親方に遭った際、「引退相撲、頑張ってくさい」と握手したら、「お待ちしています」と言われてしまい、やはり行かなければいけないかなと思ってチケットを取ったのだった。取り組み表には協賛企業も多く掲載されており、佐ノ山親方は、なかなかの営業マンである(笑)

引退相撲は観客が一気に入場するので、開門の11時には大行列になる事は今までの経験でわかっていたので、両国駅横「江戸NOREN」で昼飯を済ませてから入場門へ。しかし中学生の団体が大行列をしておりビックリ。なんでこんな団体が。

後で館内放送があったが、埼玉栄中学校の生徒だそうである。しかし里山は奄美出身で埼玉栄中学は母校でもない。ただ日大相撲部出身。高校相撲の名門、埼玉栄高等学校の相撲部監督が日大出身。そんな関係があるのかな。

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と思って取組表の裏を見ると、日大の全面広告。里山はなかなか営業上手であるなあ(笑)

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取ったのは2階の椅子席。正面側

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2階の通路に人だかりがしているので見にゆくと、元豪風の押尾川親方であった。来年の2月が引退相撲。

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花相撲なので入場してくる力士も気楽なもの。阿炎もファンサービスを。

髪結実演、相撲甚句、十両土俵入りの後で、「里山最後の土俵入り」。息子さんを帯同して。

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土俵を一周すると司会者が「撮影タイムです」とアナウンス。この後も、随所で「撮影タイム」が入る親切さ。この後で「初切」が行われ、館内が湧いた後、「里山最後の取組」。人生最大の強敵、長男の瑛汰君に寄り切られて敗北(笑)

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琴欧洲の引退相撲でも息子さんとの一番があったっけ。十両取組の後、後援会長ご挨拶があり、いよいよ断髪式が始まる。前回も同じ趣向の引退相撲があったが、正面から東、向こう正面、西と方向を変え、どちらの方角からでも見てもらえるように工夫されている。

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断髪式には、元稀勢の里、荒磯親方も登場。息子さんも鋏を入れ、里山が土俵を一旦降りて、母親に髪を切ってもらう趣向も。最後は奥さんと二人の子供からの花束贈呈。なかなか心温まる式であった。里山は長い間は幕内に留まれなかったが、小さな身体で闘志あふれる相撲を取る印象的な力士であった。幕下での最後の一番になった、投げを打ち合いながら最後まで諦めずに顔から土俵に落ちて勝利した相撲は忘れ難い。

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引退相撲は開場時には同門の関取もいてファンサービスをするし、取組が終わって帰る時にもみんな気楽にファンサービス。なかなか面白かった。