97年から書き続けたweb日記を、このたびブログに移行。
歌舞伎座八月納涼歌舞伎、第一部を観た。
土曜日は歌舞伎座八月納涼歌舞伎、第一部。前の日からどことなく空模様が怪しかったが、出かける時には土砂降りの雨。タクシーで歌舞伎座まで。

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最初の演目は「嫗山姥(こもちやまんば)」 岩倉大納言兼冬公館の場。元々は近松門左衛門の人形浄瑠璃。

以前は傾城として鳴らしたが、今は零落した荻野屋八重桐を扇雀が。紙衣を着て登場し、出奔した夫と再会して当て付けに廓の話を延々と語る。竹本との掛け合いが見所。語りは妙に分かりやすい気がしたな(笑) しかし、観ていて何となくおかしいなと思ったら前半はまったく大向うの声無し。大雨だったから出足が遅いのか。しかし木戸御免なんだから盛り上げ役をサボっちゃいかんよねえ。

相手役は橋之助だがさしたる出番無し。女形が主役を張るのは珍しいが、最後は夫の霊が宿った女武道として顔に隈取りし、立役級の立廻り。扇雀にはなかなかよく似合っている。古くから残った作品ではあるが、話自体にはさほどのカタルシスを感じないかな。

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ここで30分の幕間。花篭で「ほうおう膳」など。何事かと思うほど喧しい団体客がいた。あんなに煩い団体も珍しい気がする。まあ仲良き事は美しきかなだけれども。

次の演目は、「権三と助十(ごんざとすけじゅう)」。岡本綺堂作の生世話物。権三が獅童、助十を染五郎。初夏の風物詩、井戸を浚う「井戸替え」の最中の江戸長屋が背景。大家と共に権三と助十は図らずも、冤罪事件に巻き込まれた親父を助けようと上方からやってきた息子の力になる事になる。

冒頭のやり取りでは染五郎に台詞があまり入っていない風だったのでちょっと意外。第二部の「弥次喜多」が大忙しだから第一部には力入っていないのか(笑) あるいは単に当日調子が悪かったのかね。

獅童は、口は悪いが腹の中には何も無い、おっちょこちょいの江戸っ子を軽妙に演じている。女房おかん役の七之助との喧嘩の言い立てもお互いのテンポ良く面白い。七之助は花魁役もよいが、世話物の女房も見事に演じている。

彌十郎の大家も手慣れた調子で、話の進行役となる。助十の弟、巳之助も爽やかな好演。真犯人の悪党を演じる亀蔵は、嫌味と凄みがあって見事に成立している。

物語のほうは、「大岡裁き」の伝説を背景に、あれよあれよという間にハッピーエンドの大団円に。軽い演目で深みは無いけれども、気分良く打ち出しとなる。

外に出ると午前中の土砂降りがまるで夢だったかのようなカンカン照り。台風が3つも迷走していると天気がすぐに変わるなあ。蒸し暑いが爽快な気分で歌舞伎座を後にした。



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歌舞伎座八月納涼歌舞伎、第二部を観た。
夏休み最後の日曜は、歌舞伎座八月納涼歌舞伎、第二部に。2時45分開演、5時10分終演。短いのも助かる。

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最初の演目は、「東海道中膝栗毛(とうかいどうちゅうひざくりげ)」

十返舎一九 原作の所謂「弥次喜多道中」。歌舞伎でも何度も上演されているらしいが、今回は新作歌舞伎として書き下ろされた台本。江戸からラスベガスまで行くのだから壮大な話。

染五郎が弥次郎兵衛、猿之助が喜多八で珍道中を繰り広げる。金太郎と團子も、弥次喜多の道連れ主従として登場。子役ながらなかなか達者なもんである。

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看板の写真の染五郎、猿之助見たらまるで松竹新喜劇の如しだったが、実際にはもっと突き抜けて荒唐無稽な悪ふざけ満載。松竹新喜劇の関係者が見たら「うちのほうがずっと真面目でっせ」と呆れるのでは。

澤瀉屋一門が総出演。「ワンピース歌舞伎」の登場人物は出てくるし、染五郎アメリカ公演の背景もちりばめ、更には劇中劇あり、怪談風味あり、ミュージカル風味、ドタバタ劇ありの大喜劇となっており、テンポよい展開で飽きさせない。

そもそもの歌舞伎は面白い物ならなんでも取りこんで来たし、街の流行りもすかさず作劇に活かしてきた芸能。この演目でも時事ネタや楽屋落ち満載。弘太郎の読売屋文春と云うかわら版記者が、「今朝起きたらSMAPが解散していてビックリ」と、くすぐりを入れたり、「五日月旅館に家族で泊まって経費で落とす」など、明らかに枡添前都知事をネタにした部分も。しかし枡添も、うっかり家族で歌舞伎見物にも来れないとは気の毒に。

廻り舞台にラップが流れて登場人物にスポットライトが当たり、次々と踊りながら紹介したり、通路から役者が登場したり、桟敷席の後ろに役者が現れたり、本水を使ったり、随所に歌舞伎らしいケレン味ある演出。「志村、後ろ後ろ!」などドリフ風味も。

どの登場人物も派手で滑稽なのだが、ラスベガスの場面で登場する獅童の劇場支配人は特にテンション高く、「あんた正気ですか」と思うほどの壊れっぷりで爆笑した。あそこまで突き抜けると、演じてるほうも清々しいだろう(笑)さすが「ピンポン」の獅童。もっとも歌舞伎で他の役を演じる時の引き出しにはならないかなあ(笑)

余韻を残さない馬鹿馬鹿しいだけの喜劇だし、設定におかしいところも勿論あるが目くじらたててもしかたない。これこそ歌舞伎だと言われると勿論違うけれど、これも歌舞伎だ。客席は大賑わい。

最後は、猿之助と染五郎が二人揃って宙乗り。「歌舞伎座で三カ月連続の宙乗りもこれで最後でございます。またお会いする日まで」と猿之助が去り際の口上。確かに3カ月連続で歌舞伎座の演目に猿之助の宙乗りが登場していた。お疲れさま。染五郎は空中で全身をグルグル何回転も回して、これも凄かった。歌舞伎役者の身体能力というものにはやはり感心する。

15分の幕間の後、舞踊 「艶紅曙接拙(いろもみじつぎきのふつつか) 紅翫」

小間物屋の紅翫というのは実在した人物らしいが、初夏の江戸風情を背景に、橋之助、勘九郎、七之助、巳之助、児太郎、彌十郎、扇雀など勢ぞろいして楽しげに踊る。でも、舞踊はやっぱり分からない(笑)




歌舞伎座八月納涼歌舞伎、第三部を観た
夏休み最後の週末、土曜日は歌舞伎座八月納涼歌舞伎第三部。

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納涼に大幹部は出演しないが、染五郎、猿之助、橋之助が主演を務める。三部制で短い時間で観劇できるのもなかなか便利。第三部の開始は6時でもう暑さも和らいでいた。

最初の演目は、「新古演劇十種の内 土蜘(つちぐも)」。松羽目物の舞踊劇。橋之助は中村芝翫襲名前の最後の歌舞伎座で、来月同時襲名する三名の息子を率いて、主役である叡山の僧智籌実は土蜘の精を演じる。

中車の息子の市川團子が太刀持ちを演じる。大事な所で台詞もあり、子役にとっての大役。なかなか達者で感心した。親父が相当仕込んでいると思うのだが、今月は親父は歌舞伎座出演無し。まだ子供だし面倒は誰が見てるのだろうね。歌舞伎に限らず、子供の頃からヘンに達者だと、小さく固まってしまって大人になって伸びないのが人生の常という気もするけれど。

前半は舞踊が続く。舞踊というのは、まあこちらの責任なのだが、やはり何を見るべきか、それぞれの動きがどんな意味を持っているか、などの基本的な素養が無いと分からない部分が多い。こればかりは今更日本舞踊習う余裕など無いから仕方ないなあw

橋之助は叡山の僧智籌実は土蜘の精。花道の出は何時しか忽然と現れて実に不気味な印象。團子に正体を見破られて立廻りになり蜘蛛の糸を発して逃げる。後見は蜘蛛の糸の片付けに大わらわだ。

猿之助、勘九郎、巳之助三人の番卒は軽妙で舞台の雰囲気が変わる。石神の像では勘九郎の次男が登場。最初は後見が操る人形かと思ったが、あんな小さいのに舞台に出るとは。

橋之助が蜘蛛の精として再び現れてからの立廻りは実に不気味で圧巻であった。ここで30分の幕間。

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花篭で「納涼御膳」を。まあ普通に「ほうおう膳」のほうがよかったかも。三部制だと食堂も結構空いている。

切の演目は、新作歌舞伎 「廓噺山名屋浦里(さとのうわさやまなやうらざと)」

笑福亭鶴瓶の落語を歌舞伎化。もともと歌舞伎は能、人形浄瑠璃、落語、瓦版を騒がせた世間の事件などを自由に題材に取り入れてきた歴史。古い作品の古層には、当時の人しかもう分からない世相やユーモア、常識などが積み重なっている。逆にまったくの新作歌舞伎だと、そういった不明部分が無く、イヤホンガイド無しでも物語の全てを観客が理解できるから、実に分かりやすいお話となっている。

参勤交代の合間、殿様がいない江戸留守居役は寄り合いと称して藩の金で遊興に興じて贅沢三昧。真面目で実直で、田舎者の堅物と嘲られる酒井宗十郎を勘九郎が演じる。これはニンにあるので手慣れたもの。寄り合いで宗十郎を「田舎者の野暮天」と嘲る秋山は彌十郎がこれまた手堅く演じる。

隅田川での花魁浦里と酒井の出会いは、ちょっと「籠釣瓶」を思い出す印象的なエピソード。一本気に吉原までやってきた酒井の相手をする「山名屋」主人平兵衛を演じる扇雀は、酸いも甘いも噛み分けた苦労人ながら、商売人としての筋は一本通すという、吉原の大店主人の風格を感じさせる。最後の場面、奉公人を演じる鶴瓶の息子駿河太郎と関西弁で、「俺にもまだマトモな心が残っていたのかな」と染み染みと述懐する場面も良い。扇雀は二枚目であるから、こんな立役も似合うな。

七之助の花魁姿も華麗だし、「やはり江戸の妻を帯同せず一人で来たか」と宗十郎が散々に笑われる宴席に、燦然として花魁衣装で現れ、皆の度肝を抜く場面も美しいカタルシスを持って描かれる。そしてお礼に来た酒井に自らの生い立ちを語る場面。廓言葉ではなく(廓言葉というのは、田舎から買われてきた娘達の訛りを隠すために、大仰に皆同じ語り口で喋らせたそうであるが)故郷の訛りで話だすという設定も、吉原が本当は苦界なのだという厳然たる事実を感じさせながら、実はまだ汚れていない花魁の本音の心をさらけ出す部分。

傾城の花魁も吉原大店の主人も、自身が幾多の苦労を乗り越えて来た身だからこそ、直情径行で真面目な侍が追い詰められた危機を救うために、その願いを叶えてやろうとするのだった。

華やかな花魁道中で終わるのも爽快。以前に中村屋兄弟で演じた「鰯売り」ともどこか似ている。落語になった原型は、「ブラタモリ」で取材した今の千束町、昔の吉原で聞いた話とイヤホンガイドで聞いたが、実話というよりも、そこには一種江戸の夢物語が伝承されているのでは。歌舞伎のお約束の中で、廓を舞台にした人情話に手慣れた印象で仕上がっており、大変分かりやすく楽しんだ。


グアム滞在写真日記
今年は6日から長い夏休み。最初の土日は予定が入っていたので8日の月曜日に羽田からグアムに。

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まだお盆休みに突入していないせいか、Unitedのラウンジは閑散としている。10時半から搭乗だったのだが、10時から土曜発売のチケット大相撲座席の戻りが出ているのと、歌舞伎9月秀山祭のチケット発売があるので、ラウンジからiPadで、まず大相撲のチケット争奪戦に参加。大相撲9月場所は既に初日、中日他幾つか席を押さえてあるのだが、14日目の椅子席Aを追加でゲット。この時点で搭乗時刻に。

慌ててゲートに行き、機内で座席についてから今度はiPhoneでチケット松竹にアクセス。相撲観戦の日程を勘案しつつ、9月歌舞伎座も座席を無事ゲット。空港と機内でバタバタ何してるんだという話だが、チケット販売の開始に重なるとどうしてもねえ。

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機内はB-777の古い機材でパーソナルスクリーンはセットされてないが、WiFi接続が可能で、タブレットやスマホで映画が視聴できる仕組み。ネット接続も可能なので、Twitterにアクセスしたり。土日に飲み過ぎたので、機内でサービスされるアルコールも控えめに。南に行くにつれ、積乱雲が元気に立ち上がっている。

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グアムの空港に到着したのは3時過ぎ。入国審査もESTA取得してあるので、スイスイ。7月にパスポート更新して今回が初めての使用ということになる。まだ真っさらなページに入国スタンプが。

今回泊まるHyatt Regencyはシャトルの送迎サービスが無いようなのでタクシー乗り場に。車は並んでなかったのだが、どこかにプールがあるのか、係員にタクシーに乗る旨を告げると、電話で呼び出してくれる。ホテルまで22ドル。荷物1個で1ドルだというので、チップ込みで25ドル渡すと、ドライバーは結構喜ぶ。あんまり皆チップ払ってないのかね。

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特段何もやる予定はなく、ただのんびりと。南に来ると、時間がゆったり流れている気がする。

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飯も大して行きたい場所もないので、二日目の夜は、Hyatt内のジャパニーズ、「Niji Restaurant」を試してみた。働いているのはローカルばかり。値段は結構する。

特上刺身盛り合わせなるものを注文。日本の居酒屋よりもちょっとマシ程度なものが出て来るのでグアムでは随分健闘しているのだと思う。ハマチもヒラメと思える白身も養殖臭がする。タコは冷凍だ。イカは旨味なくスカスカ。甘海老だけはなんとか食える。マグロはキハダかな。ただ脂も旨味も無い。江戸前の寿司屋通いを重ねると、もうこのレベルの刺身は食えなくなってしまった。だったら頼むなよという話だし、人生の喜びを自ら少なくしているようにも思えて寂しい気がするのだけれども。

茶碗蒸しとタラの西京焼きなるものは、ご飯に合う濃い目の味付けで、これはこれでよかった。

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プールサイドで空を眺めてポカンと。あとはウトウト昼寝。

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「シン・ゴジラ」を観た影響か、どの雲もゴジラに似ているような気がするのだった。南の海からは勢い良く雲が立ち上がり、そして瞬く間にその形を変え、流れあるいは散って行く。

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今回は夕暮れに雲が重なり空はほとんど焼けず。しかし日中は大体晴れていた。帰国の朝も快晴。

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飲み疲れで胃が荒れており、搭乗待ちのラウンジでもお酒は控え、ダイエット・コークとチキン・スープを。すっかり軟弱になってしまった(笑) フライトは順調で定刻より前に成田着。長い休暇の前半はこれで終わり。


「新橋鶴八」訪問。
水曜の午後、分店から「そろそろ分店の日じゃないですか」と携帯にメッセージが。ということは今晩は分店に大常連O氏の予約が入っているなと察して、「新橋鶴八」本店のほうに電話予約(笑)立て込んでいるらしく、電話に出たお弟子さんが石丸親方と相談していたのだが、7時までならということで入店可能に。

入店するとまだカウンタには人影無し。石丸親方が、「時間切っちゃってすみませんね」と云うが、まあ1時間ちょっとあれば寿司屋滞在には十分だ。

冷酒を貰って始めてもらう。お通しはスミイカゲソ。まず白身はホシカレイ。マコに比べて身肉の繊維に弾力があり、コツンと当たるような濃い旨味あり。石丸親方によると、カレイだけれどヒラメに似ているという。

お店は来週後半から1週間のお盆休みとか。親方は東北のほうに旅行に行くらしい。仕事がバタバタしてすっかり忘れていたが、もうお盆だよなあ。

塩蒸しアワビは実に立派なもの。香りが実に良い。アジもつまみで。アジもだいぶ脂が乗ってきたでしょうと親方。確かに身肉がふっくらとして旨みも乗ってきた。他の客につまみで出しているコハダを見ると、新子が。そろそろ二枚づけにして一貫になる大きさ。スミイカも新イカが出ておりお盆が明けたら使うのだそうだ。新イカも癖の無い甘味が良いよなあ。

お酒をお代わりして、ハマグリもつまみで。残り時間30分弱の頃でお茶を所望して握りに。

まず中トロ2。粒を感じる硬さだが、それでもふっくらとした米の甘さを残す酢飯が実に結構。コハダは2枚漬けの新子と肉厚の2年物と1貫ずつ。ネットリとした旨味を引き出すここの〆方では、ペラペラの新子よりやはり肉厚のほうが旨い。穴子は親方自ら軽く炙る。ふっくらトロトロ。豆腐の吸い物が出て、最後はカンピョウ巻で〆。何時もの物が何時もの通り美味い幸せ。

店を出て、「分店」に顔だけ出すと案の定O氏が一番奥の席でとぐろを巻いているのだった。店は結構繁盛している。なるほどねえ。タクシー帰宅。
「シン・ゴジラ」を観た
「シン・ゴジラ」を観た。



冒頭のタイトルもなんだか昔懐かしい東宝怪獣映画風味。ゴジラの咆哮や背景に流れるテーマ曲が旧作オリジナルなのが、やはりハリウッド物と違う本場日本発。総監督庵野秀明については「ヱヴァンゲリヲン」も観たことがなく作風の知識無し。「風立ちぬ」でとんでもない棒読みの声優をやらかしたのは記憶にある(笑)

怪獣映画は最初に船の沈没など謎の事件が起こるのがお約束だが、本作も冒頭は同じ。しかし映画はその後、首相官邸内部の危機管理にまつわる政治家と高級官僚の駆け引きが緊迫した、一種政治ドラマの如き様相を呈して行く。総理を中心とした、政治家の思惑と透けて見える権力争い、各省庁の縄張り争いや杓子定規の対応は、実にリアル。政治家たちの人物造形もなかなか細かい。モデルになった政治家が伺えるようなキャスティングもw

昭和の怪獣映画では、ゴジラが現れると逃げ惑う群衆の中で、何故か怪獣の名前を知っている男が指さして「ゴジラだ~!」と叫び、すぐに自衛隊のF104が飛来して雨あられとミサイルを発射し、海岸や川岸には戦車がズラリと並んでガンガン大砲を発射する。しかし、実際の世界に本当に異形の怪物が登場したら、そんなすぐに対応できるはずがない。

映画中で政治家と官僚が、自衛隊の出動を何の法規に依るか、安保による米軍の援助の可能性など、真剣にもめる様子も実に興味深い。日本に上陸した禍々しい破壊神ゴジラは、日本を存亡の淵に追いやる全ての危機のシンボリックな表現でもある。

冒頭、ゴジラが鶴見辺りに上陸して川を遡上するシーンには、東日本大震災津波被害の映像が投影されている。現実の映像は時として映画のイマジネーションを超える。スペースシャトル打ち上げが失敗して、青空に流れ星となって散って行く映像は、その後の映画のCGにも影響を与えたし、911のワールドトレードセンター倒壊とその爆風が道路に広がってゆく映像が「クローバーフィールド」に投影されていたように。

ゴジラの進路でモニタリング・ポストの放射線量が上がったり、高圧コンクリート注入車の使用など、福島原発事故もデジャブとして映画の背景に映り込んでいる。

ゴジラ対策に奮闘する官邸の外にデモの映像が映り、ドンガドンガの太鼓とシュプレヒコールが聞こえてくる部分も印象的。「ゴジラを倒せ」という声も一瞬聞こえる気がするが「ゴジラを守れ!」という声も聞こえる。内閣は既に超法規的措置でゴジラ撃退のための自衛隊の防衛出動を決定している。この時点で「ゴジラを倒せ」などとデモするはずがない。自衛隊の武力使用を認めたくない共産党やシールズが、「戦争反対、ゴジラを守れ」とデモをやっているのではと思える皮肉な演出。本当に日本に軍事的な危機的事態が到来しても、「武力行使反対!」、「自衛隊帰れ」とデモする層がきっと出てくるだろうと思えるのもまた現代の日本。

ハリウッド映画ならお約束の突出したヒーローは出てこない。個々の人間ドラマは描かれず、むしろ群集劇として映画は進行する。主役は敢えて言うなら内閣官房副長官の矢口だが、危機一髪で修羅場を走り回るアクションも無いし、感情丸出しにして怒鳴ると、「まず君が落ち着け」と制され、最初は対立するヒロインと心が通じ合ってキスする場面(笑)なんかも皆無。ハリウッドが大好きな場面はまったく無いというのも珍しいが、それでもゴジラ造形のすさまじい迫力もあり、実に手に汗握る映画として印象的に成立している。

災害に慣れた日本人は、とてつもない危機に際し、たとえ突出したリーダーがいなくとも、真面目に粘り強く英知を集めて対応して行くのだというのは、小松左京が「日本沈没」、「復活の日」、「物体O」などで繰り返し描いたテーマだが、この映画の基調低音にも、「日本は何があっても復活する」という明るい意志が流れている。この辺りはゴリゴリの左翼の人が観ると腹が立つところだろう。彼らにとっては今の日本が最低で、自分たちが愚かな人民を領導する未来こそが理想なのだから。

多国籍軍による熱核攻撃を受ける寸前の東京。派閥の年功序列で農林水産大臣になった小物大臣の平泉成が、火中の内閣を押し付けられたボンクラに見えて、最後に開き直り、意外に頑張る演出もなかなか泣かせる。

石原さとみは頑張っているのだろうが、アメリカ人という現実感無くちょっと浮いているか。この役は日本人の誰がやってもおいしい目にはあえず難しい。昭和の怪獣映画にはよく外国人が出てきて、英語のセリフがあるのもお約束であったから、オマージュとしてアメリカ人の女優連れてくればよかったのに。まあ、しかしやたら男ばかりが出てくる映画であるからして、やはり華のある女優が必要なのかね。

さて、ゴジラであるが、ビックリするくらい形態を変えて行くという設定もなかなか興味深い。第二形態は最初に見て、あまりの異様さに、「一体これ何じゃ」と驚愕する(笑) 最終形態になっても、眼が哺乳類とは全く違うウツボの眼で、歴代ゴジラの中でもなかなか怖い。

武蔵小杉から丸子橋を渡る多摩川での自衛隊とゴジラの決戦は、昔のゴジラ対自衛隊を踏襲しながら、CGによって何倍もパワーアップしており圧巻の見所。空中からの引きの鳥瞰画像が多用されるのだが、これも実に禍々しくも不気味。都心に来てからのゴジラは、赤坂、霞が関、新橋、銀座四丁目、東京駅と、狭い範囲でやたら暴れるので東京都心は滅茶苦茶である(笑)

ゴジラの背中から口から尻尾から、禍々しい熱線が空を縦横に駆け巡り、ドローンを落とし、都市を破壊してゆくシーンは、圧巻にして幻想的な美しさをさえ感じさせる実に印象的なシーン。生物というよりも巨大終末兵器。口から火を出すのはゴジラ物のお約束だが今回の熱線が一番破壊的で凄まじい。新幹線や在来線の扱いも、東京駅ならではで盛り上がるところ。

全編を通じて疾走感がありながら、実に重厚な政治ドラマであり、恐ろしい終末モンスター物でもある。大成功作だ。日本発のゴジラだけではなくハリウッド発も含めた全てのゴジラ物の中でも、いや日本のSF映画の歴史上でも、おそらく長く語り継がれる金字塔になるだろう。


隅田川花火大会の夜
梅雨が明けたらカンカン照りに。

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外を歩くにはあまりには暑いので、映画でも観るかと、「シン・ゴジラ」をシネコンで。まったく予備知識無しに観たが、ハリウッドのゴジラ物を遥かに凌駕する本場物ゴジラとして実に印象的に成立している。面白かったなあ。

子供連れも多かったが、単なる怪獣物ではなく、社会派サスペンスのような部分あり、小学生にはちょっと難しいか。いや、大人の鑑賞に足る映画を小学生が観るのも実によい経験になるだろうけれども。

映画が終わってから、ちょっと銀座に出てブラブラ。暑いねえ。マック赤坂と増田ひろや両候補に遭遇。マック赤坂は醒めた印象であまり熱いやる気は感じられない。いよいよ明日が投票か。

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夜になると風は若干涼しく。

今夜は隅田川花火大会。昔、花川戸のマンション7階に住んでいた時は、目の前に第二会場の打ち上げが見え、バルコニーから第一会場の花火も見えたっけなあ。今や遠くに見えるだけだが、逆に懐かしい気分がする。

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夜空に一瞬煌いて儚くも消えてゆく花火。夏だなあ、と思ったら、すぐに夏は過ぎてゆく。

歌舞伎座七月大歌舞伎、昼夜の部を観た
7月の9日に夜の部、10日に昼の部と歌舞伎座七月大歌舞伎を観た。

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しかし10日から、大相撲の名古屋場所も始まり、中日の名古屋遠征もあったりして、歌舞伎日記更新がすっかり遅れてしまった。だいぶ忘れた部分もあるような。これでは備忘録にならんな(笑)

公演は、澤瀉屋と成田屋のタッグ。海老蔵と猿之助が交代に主演して「大歌舞伎」というのは、やはり歌舞伎にも世代交代の波が来ている事を感じさせる。まあ若いとはいえ一門を率いる総帥二人が座頭だから、大歌舞伎といっても一応はおかしくなかろう。しかし、音羽屋、播磨屋、高麗屋などの総帥、今の大幹部連はほとんど70代。この世代がバタバタ逝ったらどうなるのか。もっとも歌舞伎は何度もそんな世代交代の危機を乗り越えてきたと聞くけれど。

夜の部、最初は、「江戸絵両国八景 荒川の佐吉」。先代猿之助の当たり役なのだとか。真山青果作。 新作歌舞伎の世話物。

猿之助はやくざにあこがれる三下奴の佐吉としてまず軽妙に登場。大工辰五郎は、最後まで佐吉とからむ役だが、弟分のような子分のような微妙な役の肌合いは、巳之助によく合っている。

切られて落ちぶれた鍾馗の仁兵衛を猿弥。恰幅良く大親分の風格があるが、逆に恰幅良すぎて落ちぶれた後の悲哀があんまり感じられないか。

海老蔵の成川郷右衛門は序幕の薄情な登場も、お八重の恋人を一刀のもとに切り捨てる凄みも印象的。ただ、最終的には悪役として猿之助に斬られてしまう。脇に回った悪役というのもちょっと珍しいが、海老蔵の成川郷右衛門で「荒川の佐吉」をやりたいと猿之助に頼まれたのだそうである。

手塩にかけて育てた盲目の子供を返してやってくれと恩義ある親分に頼まれ、反発するも子供の将来を考えて受容する心理のやりとりの中に己の運命を悟り、全てを捨てて旅に出る決心をする佐吉は大変に印象的。

まだ暗い早朝から段々と明るくなると、そこは一面の桜、隅田川土手。そこを背景に、もう二度と帰らぬと佐吉が江戸を立つ大詰めの場。幸せに敢えて背を向ける男の一本気な決意が胸を打つ。猿之助は素晴らしかった。世話物であるから、中車の演技も生き生きとしている。休憩無しの2時間。

二番目の演目は、「壽三升景清 歌舞伎十八番の内 鎌髭(かまひげ)と 景清(かげきよ)」

台本が散逸して残っていない歌舞伎十八番を海老蔵が成田屋家の芸として再構成。オリジナルが無いだけに、「助六」や「暫」の「これが歌舞伎十八番だ」という大らかな面白い場面だけを参考に作ってあるので、全編に渡って、あれ、これはどこかで観たようなと感じるものの、総集編を観ているようで妙に面白い。

澤瀉屋でコミカルな役というと猿弥担当だと思っていたが、市川右近も軽妙な、なまず入道役で、「ホワイ、ジャパニーズ・ピーポー」やら「厳正なる第三者の」とか時事ネタのくすぐりを入れて客席を大いに沸かせる。幕外の引っ込みでは、海老蔵が来春の右近の襲名を話題に出して楽屋落ちでイジる部分なども笑わせた。

最後の大詰めでは、背景に巨大な海老の張りぼてが出てくる派手な演出。津軽三味線の嵐が吹き荒れる。大海老の上で、これでもかとばかり海老蔵が睨み、大見得を何度も何度も切る。海老蔵見物のお客も多いようで、場内は大喝采。幕の内弁当のようにあれこれ詰め合わせてあって、随分お得な成田屋の一幕といった気がした。

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幕間では涼夏御前。

日曜日は昼の部に。

最初は宇野信夫 作・演出の新歌舞伎、「柳影澤蛍火(やなぎかげさわのほたるび) 柳澤騒動」

お犬様 徳川綱吉の時代、貧乏浪人から策謀で老中にまで成り上がった柳澤吉保の生涯を描く。史実とはかなり違う演劇的な脚色がほどこされているものの、柳澤吉保は実在の人。文京区の六義園はこの人が趣味を凝らして作った庭園なのだそうである。一度行ったことがあるが、壮大な日本庭園で、大変な栄華が感じられた。

あばら屋に住む貧乏浪人が出世を願い、将軍の生母桂昌院に取り入り、武家の風習として衆道好みであった将軍綱吉に自分の許嫁を差し出して側室とし、正室追い落としなどの策謀を巡らせて、次々に出世してゆく。所謂、江戸時代のピカレスク・ロマンであるが、海老蔵がこの柳澤吉保の成り上がり過程を、黒光りする悪の凄みと共に印象的に見せている。

おさめの方尾上右近は、吉保をひたすら愛した貧乏だった頃の純情と、吉保に言い含められて将軍のお手付きとなってから、将軍を欺いて吉保と密会するようになる悪女の姿の両方に実感があり、なかなか印象的に成立している。

猿之助演じる護持院は、眼光鋭く、いかにも怪僧、悪坊主といった風情が登場の時から漂って、海老蔵と桂昌院の寵愛を巡って凌ぎを削る印象に残る怪演。東蔵演じる桂昌院もさすがに重厚な貫禄あり。

気楽に観ていて実に面白いが、ただ終盤に柳澤吉保が、あれよあれよという間に破綻してゆく場面は、脚本のせいもあるだろうが、どうも唐突で脈絡がなかったように思うのだが。

せまじきものは宮仕えなどともいうが、あそこまで出世に対する執着を見せつけられると、サラリーマンとしてはちょっと辟易。しかし、あの壮大な六義園の土地を賜り、粋を凝らした造園ができる財が形成できるのだったら、それは出世に執着するなあとも思うのであった(笑)

切の演目は夏らしい舞踊劇「流星」

尾上右近の織姫、巳之助の牽牛が、まるで宝塚のようにセリ上がった派手な舞台から階段を下りてくるように登場。

4つの面を次々と早替えで演じ分ける猿之助の舞踊はキレがよい。最後の宙乗りのための装具を着物の下に装着しているはずだが、えらいもんだね。

最後は猿之助が、時折空中を平泳ぎするような動作も見せて機嫌よく宙乗り。観客席は割れんばかりの拍手で大盛り上がり。宙乗りという得意技があるというのは歌舞伎役者として大きなアドバンテージですな。

昼の部も夜の部も、海老蔵、猿之助がほぼ出ずっぱりで奮闘する、なかなか面白い七月歌舞伎であった。

大相撲名古屋場所、中日観戦写真日記
日曜日は大相撲名古屋場所中日を観戦。ネット事前抽選予約を忘れて、結局のところ中日のゆったり一人桝席の中日だけしか取れなかった。

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1年ぶりの名古屋だが、なんだか懐かしい。名古屋駅の大混雑も、地下街、地下鉄の案内表示が至るところで分かりづらいのも、これはこれで不思議な名古屋テイスト。

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入り口のモギリは、元琴錦、朝日山親方。いつもTV見てますよと声をかけると笑顔で頷いてくれて握手。入場券を預かって席に案内してくれたお茶子さんによると、あの親方は下の者にも威張った所が無く、いつも笑顔で優しく、お茶子さん皆に大人気なのですよとのこと。大関こそ逃したが三役経験豊富な強い関取。部屋持つのは遅かったように思うが、人間としても成長したんだなあ。

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席は二階のゆったり一人桝席なるところ。広くてよい。名古屋は会場が小さく、ここからでも土俵は随分と近く見える。席まで持って来ますというので、お茶子さんに弁当と酒を注文。

ところがこれが待ってもなかなか来ない。20分以上待っても来ないので、自分で弁当買いに行ってキャンセルするかと靴を履いて席を立つと、ちょうど案内してくれた年配のお茶子さんがビニール袋を持って走ってきた。「すいませ~ん。早く来ようと思ったんですけど、あれから次々お客さんの案内が入ってしもて。遅れてホンマにごめんなさい」と。

何故か言葉が関西風味なので許す(笑)

下働きの人にクドクド文句言うのは愚かな話。「忘れられてなくてよかったよ」と笑顔で料金精算して、「お釣りは取っておいてよ」と鷹揚な大人物らしいところを見せる(笑) 

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お茶子のオバちゃんは、後で館内で配ってる団扇を、「これどうぞ」とわざわざ席まで持って来てくれた。気働きよろしい(笑) 館内は暑いからやはり団扇は必須だなあ。

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相撲を見物した日に幕内最重量大露羅の対戦に出くわすと、アイスキャンディーの当りが出たような気がする(笑) 日が照っていると熱中症で死亡する気がするのだが、曇天なので場所の入り待ちなどしてみた。

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今場所は熱戦の十両の土俵。大輝を応援してたのだが、天風の寄りは凄いなと感服。宇良、里山、石浦と応援してたがみんな負けた(笑)

横綱土俵入りは鶴竜の休場で二人のみ。

栃煌山の取り組みで、「とちおうざ~ん!」と声をかけると、場内からやたらに「高安!」の声が。対抗して散々大声出してたら声が枯れた。しかも栃煌山は負けて踏んだり蹴ったりだ(笑)

打ち出しの後、昨夜は名古屋泊り。

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最後に名古屋メシ入れとくか、と11時にエスカ地下街に出向くも、味噌煮込みうどん、櫃まぶし、味噌カツ全て長蛇の列。皆、なんて名古屋メシが好きなんだw 店で食するのを諦め、デパ地下でうなぎまぶし弁当購入して、新幹線で食しつつ一路東京へ。

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なかなか面白い名古屋遠征。また来年も来るか。今度は千秋楽に来たいな。


「新橋鶴八」訪問。
火曜の夜は飲まずに帰るつもりだったのだが、夕方になってふと「新橋鶴八」の寿司が食べたくなり早速店に電話して席を確保。分店でもよかったのだが、予約すると大常連O氏を呼び寄せるので危ない。本店ではお弟子さんが出て大丈夫だと。しかしちょっと混んでるようだな。

ニュー新橋ビルのエスカレータを上がって二階に行くと、階段の踊り場のところで大常連O氏がなにやら携帯で話込んでいる。私を見つけて、身ぶりで「分店か?」と聞くので、私も身ぶりで「いや、奥の本店です」と回答(笑)

本店に入店すると奥の座敷にはもう何名かの客が宴会を始めている。カウンタにも既に客が2名。一番奥の席には座布団が引かれておらずO氏はやはり分店に予約入れた模様。やはり本店に電話してよかった(笑)

席に着いて、石丸親方に「今日はちょっと涼しいね」と天気の話をしたら、何を間違えたか一番奥の席を指差して「今日、Oさんは分店ですから」と笑う。居ると暑苦しいのは事実だが、私は純粋に外の気候の話をしただけだったのだけどねえ(笑)

まず冷酒を注文。お通しはハマグリ柱のづけ。濃厚な旨味。つまみはいつも通り白身から。マコカレイは身が活かった新鮮な食感と上品な脂。

この辺りから客が次々に入店し、入った客は口ぐちに注文するのでつけ場の中はだいぶ立て込んで来た。私のほうは、私のペースを分かっている親方が見計らって注文を聞いてくれるまで待ってればよいだけの話で、特段何のストレスも無し。

塩蒸しは実に立派なもの。香ばしい旨味が口中に広がる。アジもつまみで。脂が乗って来た。漬け込みのハマグリも貰う。この辺りで握りに。中トロ2、といってもトロに近い部位。ふっくらした酢飯に脂が溶け崩れる。コハダは分厚いもの。新子はまだ4枚づけくらいで、この店ではまだ使わないと。ネットリとした身肉の旨さを引き出すにはペラペラだとダメなのだ。まあ季節に一度くらい話の種には食したいけれども。

穴子も2。柔らかく煮上がりツメのコクが良い。ガスで軽く炙るのだが、まったく焦げ目が無く、温かくなる絶妙な程度なのが毎回不思議。ハマグリ出汁の豆腐椀が出て、最後はカンピョウ巻で〆。いつもながらいぶし銀のような安定した旨さ。入店から1時間15分。店が混んでたのでちょっと何時もより時間がかかったか。

こっそり帰ろうと「分店」の前を通り過ぎ、階段を下りていると、目ざとく見つけて、五十嵐親方が外に走り出てきた。「なんで寄ってくれないんですか。Oさん居ますよ」と云うのだが、Oさんいるとカラオケに拉致されるから行かないんだよ(笑)

一杯だけでも飲んで行ってくださいよと懇願するのは、実際のところ五十嵐親方も、大常連O氏の相手をするのに手を焼いて困ってるからに違いない。まあしかし、客の世話を他の客に求めてはいけない。それは店で対処してもらわないと(笑) ということでニュー新橋ビルを静かに立ち去り、タクシー帰宅。