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97年から書き続けたweb日記を、このたびブログに移行。
今年初めての銀座「鮨 み富」。春の寿司種の香り。
先週金曜日は、久々に銀座「鮨 み富」。仕事帰りに入店するとまだカウンタにはお客さんなし。

三橋親方が、何時も通りお勧めの季節の酒の一升瓶を並べている間に予約の二人客が入って来た。

1月初旬に嗅覚障害になり、3月一杯寿司屋通いを中断していた旨を説明。だからここにくるのは今年初めてになる。最初に頼んだ酒はアルファベットの名前だったが名前失念。お代わりはここの定番、「不動」と「富久長」の酒。

お通しはホタルイカ。現地でスチームしてあるとか。もう既に身は大きくなり味も濃厚になってきた。

つまみはまず白身から。ホシガレイの身と縁側を切ってもらう。身は歯応えありしっかりした旨味。カツオはショウガ醤油で。香りがよい。このところ花粉症で改善は停滞気味だったとはいえ、嗅覚が戻ってきた幸せ。

アジは表面に細かく包丁を入れて。鹿児島産。ふっくらと脂が乗ってきた。トリ貝は三重。この店は握りに拘るので1貫取りの大きさを選んで入れるのだが、比較的肉厚で香りも風味も良い。小柱は細く切った海苔を散らして。海苔と紫蘇の香りは回復のごく初期から感じる事ができた。これも嗅覚の不思議。漬け込みのハマグリもつまみで。

昨今の景気を聞くと、食べログでオンライン予約は英語サイトと連動しているようで、最近外国人の予約が多いのだとか。まったく日本語しゃべれないお客も来るのだが、注文取るのも一苦労なので、今後は日本語NGの客はお断りにしようかとの事。

確かにここも英語メニューが無い。まあ日本語の種札もないから、つまみも寿司もおまかせにするか、お好みならどんな寿司種が入っているかまず聞いて選ばなければいけない。外国人で「俺は寿司マスターだ」なんて威張っていても、日本の寿司屋で季節の寿司種を知って注文できるような者はそうそう居ないからなあ。インバウンドで持っているような寿司屋もあるようなのだが。

この辺りでお茶を貰い、お好みで握りに。まず、ヒラメ、タイ、それぞれ昆布締めで。軽い昆布の風味が同じく軽めのこの店の酢飯に良く合う。光り物はまず稚鮎。3匹づけ。酢で柔らかくなった頭も添えて。風味あり。締めたイワシとコハダ。古式を残す独特の甘さを感じる酢締めが酢飯と相性が良い。車エビは生きた海老の茹で上げを供する。癖の無い甘味。アナゴも軽く炙り返して。ツメも昔風を残す。最後はここの名物、カンピョウ巻で〆。

全般に春の種の香りを感じられるまでに嗅覚が戻って来た事を感じられてよかった。今はスギ花粉が終わり、ヒノキ花粉がピークだが、これが収まってくれたら、もう一段と香りが分かるようになるのではと期待。ほろ酔いでブラブラと帰宅した。



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歌舞伎座「四月大歌舞伎」、仁左玉の夜。
昼の部に続いて、歌舞伎座「四月大歌舞伎」夜の部。

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最初は、四世鶴屋南北作、「於染久松色読販(おそめひさまつうきなのよみうり)」

大阪の質屋「油屋」のお嬢さん、お染めと丁稚の久松が心中した事件は大きな話題になり、様々な物語が作られたのだが、この物語もその一本。

玉三郎と孝夫のコンビがスタートした最初の作品で、評判が良く再演を重ねたが、近年では、玉三郎が演じる悪婆のお六と、仁左衛門演じるその亭主の鬼門の喜兵衛が出ている場だけを抜き出して上演。小悪党として金を稼ごうとして失敗するという滑稽な小品として、仁左玉が息の合った所を見せる。

安っぽい算段で強請に来て、簡単にバレて、しょうがねえなと諦めて、二人であらよっと籠を担いで帰って行く。人が死んだ、生き返ったという薄気味悪い南北風味もあるのだが、人気者がやると気楽な世話物として明るく成立するのがよい。錦之助の山家屋清兵衛は、きちんと場を締めている。時間も1時間と短いのがよいね。

次は、仁左玉の短い舞踊、「神田祭(かんだまつり)」。別の組み合わせで演じられる事もあるが、ほとんど二人の専売特許のようなもの。

粋で鯔背な鳶頭と艶やかな芸者のクドキ。頬を寄せてまるで口づけせんばかりの二人の美しい図に観客が陶酔する。しかし演じる役者の年齢を考えれば、歌舞伎の芸の魔法というものは凄いなあ。仁左玉コンビは、背丈もちょうどよい具合に揃っているのも舞台に映える要素なのだろう。感心して見ているうちに、あっと言う間の20分。

「於染久松色読販」が1時間。その後、35分の幕間。花篭で夕食。そして「神田祭」が20分。この後、1時間弱の舞踊劇「四季」があるのだが、朝から観劇で疲れたしお酒も飲んだ。明日は仕事。最後の幕はスキップすることにして歌舞伎座を後にした。


歌舞伎座「四月大歌舞伎」昼の部。「引窓」「夏祭浪花鑑」
先週の日曜は、歌舞伎座の「四月大歌舞伎」。昼夜通しで。

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実は今まで、疲れるので二部制の昼と夜とを同じ日に観劇した事は無いのだが、今月はチケットを取る時に曜日を間違えて同日に取ってしまったのであった。チケット松竹は一度とると変更が利かない。仕方ないなあ。

昼の部最初は、「双蝶々曲輪日記(ふたつちょうちょうくるわにっき) 引窓」

以前の歌舞伎座、吉右衛門の濡髪で見た時は大変に感銘を受けた。今回の濡髪長五郎を演じる松緑は吉右衛門の厳しい指導を以前受けたのだという。

義理立てから止む無く人をあやめ、お尋ね者となった力士濡髪。彼は今生の別れに再婚している実母を訪れる。その母が再婚した相手の義理の息子、南方十次兵衛は濡髪を追う村の役人。侍に取り立てられたばかりの彼は、濡髪に気づくが、逃がそうと懸命な義母の態度から、彼が母の実子と気付き、自分の手柄を捨てて濡髪を見逃してやろうとする。しかしそれを悟って縄につこうとする濡髪。

母親を中心とした義理の息子と実の息子を巡る人間ドラマ。誰もが他者を思いやるよい話。

南方十次兵衛の梅玉は、最初は淡々としているが、東蔵の母親が実子を逃がそうとする葛藤に気づいた後の思いやり深い人物像が実に印象深く立ち上がる。

板挟みの葛藤を演じる母親、東蔵も実にしみじみと良い。縄につこうとする濡髪を、引き窓を開けて月光を入れ、もう夜が明けて自分のお役目は終わった。今日は放生会だと濡髪を逃がす場面の南方十次兵衛に、梅玉の真骨頂を見た。松緑も葛藤を内に秘めた演技は分厚く見応えがある。扇雀の女房お早も気働きの利いた同情深い女として印象深い。良い話であった。

次の幕は若手の舞踊劇、「七福神(しちふくじん)」

歌昇の恵比寿は素顔が分からないほど滑稽に顔を作り大仰な踊りで奮闘。弁財天の新悟は隼人と同じ位背が高いのだなあと感心。歌昇と頭一つ分大きいね。他は鷹之資、虎之介、尾上右近、萬太郎。それぞれ七福神の扮装で踊るのだが、尾上右近はヒゲ以外はほぼ素顔で、いかにもつまらなそうにやっていた印象。役者にもあまりやり甲斐のない演目なのでは。いや、知らんけど(笑) 宝船が登場する舞台は明るく福々しくも目出度い。

昼の部最後は、「夏祭浪花鑑(なつまつりなにわかがみ)」

よくかかる演目でもあり、吉右衛門の団七でも海老蔵の団七でも見たことがある。今回は愛之助。徳兵衛女房お辰で女形と二役という趣向。大阪の風情や人情が色濃く出た上方芝居であるが、元々関西出身の愛之助は地の関西弁で喋るので違和感なく芝居に溶け込む。

釣船三婦は歌六。関西風というのでもないが、何度も務めて慣れている。気風の良い年寄り。昔はさんざん暴れた器の大きい親方を安定感を持って演じて、物語に奥行きを与えている。

菊之助の一寸徳兵衛は愛之助とのコンビ2回目。ただちょっと印象は薄いか。

大詰「長町裏の場」で、団七と絡んで刃傷沙汰の場面を演じる、団七の因業な義父、三河屋義平次は、この役を当たり役として何度も務めている橘三郎。本当に欲の皮が突っ張って意地の悪い因業な爺様で、団七も腹が立つだろうなあ、と思わせる所が芸の力。髪結新三の大家同様、やりがいのある役なのだろう。

揉めているうちに弾みで刀が当たって傷がつき、それを「人殺し~」と大げさに騒ぎ立てるので、手を焼いた団七が「これは本当に殺すしかないか」と思い詰めていく心理も、前半からの爺様の嫌な野郎ぶりが効いている。

川を使った刃傷沙汰の部分は「泥場」と言うそうであるが、何度も斬られそうになっては抵抗し、傷を負って川に落ち、終わりかと思ったら、またまるでゾンビのようになって爺様が川から上がってくる。歌舞伎の様式美に満ちた「殺し」の場面。ただ何度も愛之助が見得を切り、「松嶋屋~!」と大向うがかかるので、こちらも拍手する訳なのだが、これがあまりにも何度も続くので、ちょっとうんざりしてくる。様式化されているものの、陰惨な刃傷沙汰だからなあ。このコッテリくどい感じは関西風味なのであろうか。

しかし背景で動く祭りの大提灯は大阪の夏の風情で美しい。そして神輿を担ぐ喧騒に紛れて風のように去る団七。殺しの場面は長いが、最後は美しく終了となる。

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夜の部を待つ間、近隣の公園でお花見。セブンイレブンで買ったハイボールを飲みつつ。日本では外飲みは大丈夫だっけ(笑)
久々に「新ばし しみづ」を訪問。 
たまたま月曜日にOMAKASAにアクセスすると、翌日の夜が空いていた。予約して仕事帰りに「新ばし しみづ」訪問。朝は雨だったが午後は雨が止んでいた。

入店して清水親方と、1月から寿司屋通いを停止していた理由の、嗅覚異常の事など。飲食業なら大変だったが、勤め人の仕事には支障無かったのが幸い。

お酒は常温で。お通しはワカメと煎酒。おつまみからおまかせでスタート。

ヒラメ、スミイカ。ヒラメは煎酒で。スミイカは塩で。トリ貝は兵庫県瀬戸内側の産。香りも独特のフルーティーな甘酸っぱい風味も感じるものの、昔の良かった頃のトリ貝には及ばない。舞鶴同様種貝を撒いているようだが、海の養分が減っているのではないだろうか。

ホタテ、青柳。子持ちヤリイカは煮ツメで。ホタルイカはオリーブオイル和えと沖漬けの両方を。オリーブオイルの香りが良い。

アジはとても良い脂が乗っている。カスゴは酢〆のホロホロした白身の具合が良い。漬け込みのハマグリ。あん肝の赤酒煮は、何時もは正月だけだが今年は作成継続中だとか。素材が良いのだろうが、これが素晴らしい。ウニは赤と白と盛り合わせて。

清水親方と雑談していると、「しみづ」は開店して25年なんだとか。親方は「新橋鶴八30周年パーティーに来られましたよね? うちもあと5年で石丸親方のあの年数と同じなんですよ」と。にわかに信じがたいが、開店した年からすると、正にその通りなのである。光陰矢の如し。人生は夢幻の如しだなあ。

「そういえば東京の店を畳んでロンドンに行った「あら輝」が日本に帰国して今週末から赤坂で店を出すらしいですよ」とも教えてもらった。ロンドンでは超高級だったらしいが、日本でも10万円以上する店になるのかね。

あの店が上野毛にあった時には結構通ったものだが、場所が遠いし、予約を取るのが億劫になって足が遠のき、やがて2度目のアメリカ駐在しているうちに店が銀座に移転して、そのままになってしまった。祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。人生はサヨナラに満ちている。そう考えると「しみづ」や「鶴八」は通いだしてからずっと続いているのだから店との相性というのはやはりあるんだなあ。

このあたりで握りに。中トロ2,コハダ2、穴子塩とツメ、干瓢半分といつものペースで。塩と酢が効いた力強い酢飯。種との相性も良かった。

握りの数は食べないのでいつも通り一番最初に勘定を。相撲は五月場所も行くんですかと聞かれ、「そうそう行くよ。3月場所も千秋楽は大阪まで行ったんだ」と相撲話など少々。

5時から始めると店を出てもまだ少し明るい。駅から乗った個人タクシーの運転手と、日本は安全で綺麗なタクシーがあるのに、シェアライドを導入して何がよくなるのかねと話しながら帰宅。


「新橋鶴八」、アメリカ人4人をアテンドの夜。
2月初旬だったか、アメリカに居た頃同じ会社に居た社内弁護士のA氏から久々にメール。既に会社はリタイヤしているのだが、コロナ禍も一段落したので日本に遊びに来るという。

以前は日本に仕事でもプライベートでもよく来て、その都度「新橋鶴八(元分店のほう)」に連れて行ったのだが、今回もまた行こうと言う。ただA氏の奥さんと弟夫妻が一緒だと言うので、アメリカ人が総勢4名。私が案内したら5名という事になる。

来るのは4月の頭。「新橋鶴八」に確認してみると、予約はまだガラガラで大丈夫だというので5名で予約。本当は小体な寿司屋のカウンタで5人は他のお客に迷惑でよろしくないんだけど、遥々アメリカから来るのだから勘弁してもらおう。

予約した時点で心配だったのは嗅覚異常が戻っているかどうかだったが、3月末の時点で外食をなんとか楽しむ程度には復調したので大丈夫。

さて当日、「新橋鶴八」には彼らとの待ち合わせ時刻前に顔を出して五十嵐親方に「今日はよろしく」と挨拶。しかし既にカウンタに1名、手前のテーブルに3名客がいる。予約は元々こちらが早かったはずだが、5名で騒いで迷惑かけないようにしないといかんな。

で、ニュー新橋ビル前で彼らの到着を待つ。アメリカ人はチャランポランなのが多いが、弁護士資格を持った者なら、まあ普通に気が利いて約束守る日本人と同じ感覚で付き合える。定刻前にご一行到着。A氏の奥さんは何度もあった事があるが弟夫妻は初対面。挨拶して店へ。

A氏は「イガラシサ~ン」と親方との再会を喜び、「彼のこの笑顔が良いんだ」と全員に説明している。この店に来るのは4年3か月ぶりだとか。コロナでそんなに間が空いたか。

最初はビールで乾杯。その後で日本酒に。お酒はおまかせで次々に変えてもらった。最初はにごり系からドライなもの、そして爽やかな甘みを感じるもの。酒を変えるたびに瓶の写真を撮らせろというのが面倒臭いのだが(笑)

寿司屋でのマナーについては、醤油は天塩皿にドブドブ注ぐな、アワビ塩蒸しや蝦蛄、タコなどの煮物には醤油は不要、江戸前寿司の真髄は、ただ魚を切って出すのではなく仕事した種にあるが、魚よりも酢飯のほうが重要なのだ、などとA氏をアメリカに居る頃から教育しているので、彼が弟夫妻に講釈してくれるからその点は楽である。

最初はつまみでヒラメ、赤身と中トロ、平貝、シャコなど。平貝は英語名称がさすがに分からないのでGoogle翻訳先生に聞いたが、回答はどうも胡散臭い。「ホタテのようなもんだが、貝殻は三角形でもっと大きいんだ」。シャコは「エビの親戚だ」で勘弁してもらう。

握りも一通り出してもらったが、マグロづけやヒラメ昆布〆、薬味利かせたアジ、山盛りのウニ軍艦巻き、漬け込みのハマグリなどアメリカ人にも人気が高かった。酢飯の具合もふっくらと米の旨味を残して炊き上げて実に結構。

握りが置かれる度に彼らは写真を撮っていたのでよい思い出になっただろう。写真もOKで、癒し系で常に笑顔の五十嵐親方は、外国人にも馴染みやすいだろう。もっとも日本語分かる外国人しか予約は取っていないようだが。

A氏は、このあと「P.M.9」に行こうという。ここも何度も連れて行った事がある。電話してみると、バーテンダーM氏の言うには、団体は3名までしか取っていないのだと申し訳なさそうに。一人で営業で、一階カウンタのみの営業だから、まあ仕方ない。

勘定はA氏がおごってくれるというので好意に甘える事に。しかし「新橋鶴八」はカードが使えないので、A氏は弟からも日本円借りて支払い。日本円だと一人1万8千円だが、ドルで考えると120ドル程度なんだからアメリカ人にとっては安く感じるだろうなあ。

そのあと、全員で新橋レンガ通りをブラブラして、看板が英語で書いてあった地下のバーで食後の一杯。A氏夫妻は当日成田に到着だったので、奥さんのほうがさすがに眠そうになってきた。ここの勘定は私持ち。バーを出て新橋駅でA氏夫妻とハグしてお別れ。A氏はしかし「もう一軒ついてくる?」といたずらっぽく笑う。彼らはこれからラーメン屋に行くのである。これがアメリカ人の怖い所なんだなあ(笑) 勿論、ついて行かない。新橋からタクシー帰宅した。




久々に「新ばし 笹田」で春を感じる。
先週末は、「新ばし 笹田」。実に久々の訪問。1月から嗅覚の障害が出て、外食は控えていたのだが、かなり改善してきたのでそろそろ楽しめるかなと。

まずお酒は九平次純米大吟醸を選択して最後まで。笹田氏と奥さんに年初から嗅覚障害であまり外食しなかった話を。昔、笹田氏も風邪で一時的に嗅覚が飛んで、奥さんに食材や調理中の香りなどチェックしてもらった事があるのだとか。

私のほうは嗅覚は仕事に影響しないが、料理人にとっては嗅覚異常は大問題だ。最近、Xで、嗅覚異常で廃業したカレー屋の話も読んだっけ。

最初は、海老と蛤の蒸し寿司。温かい酢飯と胡麻の香りが感じられるのに感動。嗅覚が大分戻って来た。ナガス鯨尾の身は、胡麻油と醤油、うずら玉子を落としてユッケ風の仕上げ。最近はニタリ鯨が多かったが、ナガスが久々に入ったと。ナガスのほうが大きいせいか、濃厚でまったりした味がする。ユッケ風の調理は初めて食したが実に美味い。

蛍イカは、煮たのと沖漬けと。これから味が乗って濃厚になってくるのだと。今年は大漁らしい。

花わさびと北寄貝酢の物は実に香りが爽やか。貝類が美味いと春だなという感じがする。壬生菜と油揚げ煮物は定番のほっとする味。

お造りは鯛、縞海老、中トロ。どれも上質。北海の縞海老は随分と前からこの店の定番だが、ほんのり上品な甘みが実に良い。

お椀はアイナメ、ワラビ添え。癖のない淡い旨味の身がホロホロと出汁に溶け崩れる。ある意味お椀の為にあるような魚。出汁がまた香りも品も良い。

焼き物は、サクラマス塩焼き、菜の花添え。塩味が濃すぎると旨味が消えるが、上品に身の脂と甘さを引き出すちょうどギリギリの塩加減。

煮物は筍と蕗の炊合せ。濃い目に煮た魚も添えてあったのだが、名前を聞き忘れた(笑)筍は口中で砕ける食感と香りが素晴らしい。早い筍は鹿児島産などが新春から出るのだが、食材には季節感が大事なので、ここでは春先になって産地を選んでしか使わないと前に聞いた。この筍は確かに素晴らしい。

ここで食事に。いつもの定番、牛肉しぐれ煮、ちりめん山椒煮、お新香、わさび漬、赤出汁に炊飯土釜で炊きたてのご飯。ご飯の香りがきちんと感じられ、嗅覚の戻りが嬉しかった。日本人ならやはりパンよりお米だ(笑I

ご飯はお代わりしてお焦げも頂く。しかし、このお焦げが美味いという感覚も、生まれた時から素晴らしい性能の電気炊飯器しか知らない世代では、一体何の事やらと、失われていく味覚なのかもしれない。

煎茶を貰って、これも定番の甘味。冷製の白玉ぜんざい。去年の11月に訪問してから随分と久々だったが「笹田」ならではのきちんと真面目に手がかかった料理を堪能した。

冬のフグ、マグロやカニなどの魚介、初夏の鮎、夏の鱧やアワビ、秋の松茸などに比して春の食材には長距離砲があまり無いと思うが、奇をてらった食材は使わない「笹田」は、随所にさりげなく春の彩を入れ込んできちんと献立が成立している。

店を去る時の満足感もいつも通り。この良き店と開店早々からお付き合いができて、実に良かったと感じる。そうだ「新ばし しみづ」から紹介されて訪問したんだ。そんな色々を思い出しながら帰路に。


寿司日記番外編。失われた香りを探し求めて。
昨年末から正月明けにかけて鼻風邪が長引き、気づいてみると嗅覚が殆ど失われていた。正月5日に「しみづ」の後で「P.M.9」に寄ったのだが、この時も鼻水が出て、シングルモルト、ラフロイグの香りが分からなかったからなあ。

自然に回復するかとしばし放置したのも正しい選択ではなかったが、1月末に最初に耳鼻科を受診。点鼻薬を2種類と漢方薬を貰って気長に治療に。

耳鼻科の問診票には最初から「香りが感じられない」の項目があり、受診理由としては結構ある症状なんだなあ。医師によるとコロナでも有名になった後遺症だが、普通の風邪でも鼻の奥の嗅覚探知領域がウィルスに影響されると、嗅覚異常は普通に起こるとか。

また医師の言うには、嗅覚は使わないとすぐ衰えるので、カレーなど香りを嗅ぐ訓練もしたほうがよいと。スーパーで、ガラムマサラや、その構成要素である、コリアンダー、クミン、クローヴ、そして中華系の五香粉など購入して、毎日香りが感じられるかのテストを。

当初は香りはあまり感じられなかったのだが、次第に回復していることが感じられるように。不思議なもので、ガラムマサラも最初は何やらスパイスの香りが感じられるが、美味いカレーの風味がしなかったのが、次第にカレーの香りと感じられるように。やはり最初は欠落していた嗅覚が回復しているのだろう。

ただ、スパイスは感じられても、何故か肉の焼ける香ばしい匂いが感じられないのには弱った。ちゃんとした焼き鳥屋や鉄板焼屋のランチでも、肉の美味い香りがしないのである。

しかしコンビニの焼き鳥をチンすると、新鮮じゃない悪い肉を焼いたなあという嫌な匂いは感じられたのが不思議。良い匂いより悪い匂いを感じやすくなっているのは生物の防衛本能であろうか。

もっとも味覚にはあまり支障がなかったのは幸い。コロナで嗅覚障害になった人の話を聞くと「香りが感じられないと何を食べてもゴムみたいだ」とあったのだが、それはちょっと極端で、舌の味覚細胞にも支障が出ていたからではないかなあ。香りが薄いと確かに美味いなという感じが薄れるのだが、鶏肉や牛肉、マグロやカツオ、ヒラメなど、何を食べているかの味は分かっていた。もっともこれは、記憶から味覚を再生している部分もあるのかもしれないが。

3月中盤まででかなり嗅覚は戻ってきたのだが、ここで花粉が直撃して、それまでは鼻水が無かったのに鼻の症状に悩まされる事になって、ちょっと改善が停滞した感あり。医者の言うには、4ヶ月くらい改善にかかる人もいるとか。特に甘い香りは戻りが遅いとか、色々と聞いて参考に。

香りがあまり感じられないと旨味の感受性も減衰する。1月5日に「新ばし しみづ」に訪問してからは、寿司屋通いをストップしていたのだが、だいぶ戻って来たので4月からは寿司屋巡りも再開するかという事に。

ただやはり本調子には戻っていないと思われるのは、食材については、近づけると確かに香りが分かるのだが、距離があるとあまり感じられない事。調子良い時には、かなり離れた場所で塩蒸しアワビを切ったり、海苔を巻いている香りがきちんと感じられたものだが。

そうえば、環境香もあまり感じられない。地下鉄銀座線や丸の内線などに乗り込むと、人いきれというのか加齢臭というのか、なんとも嫌な匂いが残存しているのに気づいたものだが、最近それが感じられない。まあ、感じられなくて幸せかもしれないが、匂いがなくなったとは思えないし、やはりかなり鼻の嗅覚感度が落ちたままなのだろう。

食の楽しみについてはもう大丈夫な気がするが、完治まではしばらく気長に治療していくか。それにしても、花粉が早く去ってくれないだろうか。

歌舞伎座「三月大歌舞伎」、夜の部。「伊勢音頭恋寝刃」
歌舞伎座三月大歌舞伎 「夜の部」を見たのは次の週。開場直前に何時も以上に人がごった返している気がする。団体のお客さんか。

最初は、通し狂言 「伊勢音頭恋寝刃(いせおんどこいのねたば)」

伊勢参りで賑わう伊勢の遊郭、油屋で何人もの遊女を斬った実際の刃傷沙汰を歌舞伎に取り入れた作品。本作は、刃傷沙汰を骨格に、伊勢参りを司るコーディネータである「御師」を主人公に据え、伝家の妖刀、その折り紙、密書などの、ヒッチコック映画でいう所謂「マクガフィン」を入れ込んで大作に仕上げている。

歌舞伎座での通し上映は60何年かぶりというが、「追駈け」からは見た記憶がある。

主役の御師、福岡貢を幸四郎。何でも器用にそつなくこなす役者であるが、やはりこういった役が本役というべきだろうか。

今田万次郎が菊之助。愛之助の料理人喜助

前半の、「相の山」、「宿屋」、「追駈け」、「地蔵前」、「二見ヶ浦」などでは、それぞれの段でコミカルな場面も多く、出る役者にとっては、しどころもある芝居なのだろうが、どうもいまいち見ごたえがなかった。配役にも座組の限界があるかな。

「追駈け」では役者が舞台を降りて客席を巡る。すぐ近くまで歌昇が来て面白かった。かなり小柄なんだねえ。ただ、まあこんな役をやらなくてもとは感じたけれども。

よく上演される後半、「油屋」「奥庭」 の段では、伊勢遊郭の豪華な風情や伊勢音頭の総踊り、妖刀青江下坂に魅入られた貢の凄惨な刃傷など、見どころも多い。

彌十郎が演じる不器量な遊女油屋お鹿は、貢に恋慕するのだが、取り合ってもらえず、逆に万野が仕掛けで、金を無心する貢の偽物の手紙を信じて金を騙し取られ、最後は妖刀の力に操られる貢に斬られてしまうのだから、まあ踏んだり蹴ったりで誠にお疲れさま。

他にも、彦三郎、市蔵、高麗蔵、彌十郎、又五郎、雀右衛門、魁春など豪華出演陣なのだが、通しでやると物語が散漫で、取り敢えず最初から最後まで段取りでやってみましたという風で、なんとなく終わってしまったという感あり。

大詰では、まるで「籠釣瓶花街酔醒」のように、妖刀に魅入られた幸四郎、貢が次々人を切る。一種のホラー風味であるが、最後は奴を切って、愛之助の板前が血糊を拭き「お見事」と声をかける。見得が決まってチョンと柝が入り、舞台の明かりが煌々とついて終わりとなる。

あれよあれよという間に全部片付きましたという、いわば能天気な終わりなのだが、何人も人を斬っている訳だから、「お見事」で終わられてもなあという釈然としない気がするのであった。

つぎの演目は「喜撰(きせん)」。 松緑の喜撰法師も見たかったのだが、よんどころない事情で歌舞伎座を出て帰路に。

歌舞伎座「三月大歌舞伎」、昼の部。「寺子屋」「御浜御殿綱豊卿」。
大相撲観戦と大阪遠征もあったので、すっかり更新をしていなかったが、blogで歌舞伎日記更新。歌舞伎座「三月大歌舞伎」の備忘録。

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3月初日に昼の部。この日の席は花道七三近く。最初は「菅原伝授手習鑑(すがわらでんじゅてならいかがみ) 寺子屋」

源蔵戻りの花道。愛之助の横顔が仁左衛門そっくりでびっくり。愛之助は別に一族じゃないのだから顔の仕方かな。役は勿論、初役の時に仁左衛門に習ったのだと。立派に成立している。

菊之助初役の松王丸は、凛とした口跡に息子や妻、そして桜丸への情愛が満ちて、これまた印象的。初役なのはやはりニンに合わないということで、時代物の立役はあまり演じてないのだろうかね。

勿論、前半部分は、いかにも時代物の仇役という太さと重みは控えめか。後半の息子と梅王丸への慈愛を語る所は、きちんと聞かせる。まあ、何代目の型がどうしたこうしたという話はよく分からないが。

鷹之資の涎くりは愛嬌十分。「天王寺屋」の大向こうが沢山かかる。花道で親父に「犬のデコピン買ってやる」と言われて喜ぶ所では客席が沸いた。大谷翔平は歌舞伎座でも。

梅枝の瓜実顔は、昔の女性なんかの写真を見るといたよねえといつも思う。

元々が良く出来た物語。義太夫も練られている。老優たちを呼んでこなくても、この座組で十分のような。

大向こうは初日だからか随分と賑やか。鶏爺さんの鳴き声も聞こえたかな。

次は舞踊劇。四世中村雀右衛門十三回忌追善狂言 「傾城道成寺(けいせいどうじょうじ)」

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花道七三近くの席だったので、雀右衛門がすっぽんからいきなり目の前に登場したのでびっくり。近くで見ると意外に重量感がありえらく立派だ。衣装がまた煌びやかである。

雀右衛門、友右衛門に松緑、廣太郎、廣松などが付き合い、眞秀も出て最後は導師尊秀で菊五郎が出て目出度く終了。

最後の演目は、「元禄忠臣蔵 御浜御殿綱豊卿(おはまごてんつなとよきょう)」

2年前の歌舞伎座で、梅玉と松緑のコンビで見た。真山青果が膨大な資料を読み込んで、新たな解釈のもとで書き上げた忠臣蔵を描く新歌舞伎。

仁左衛門の綱豊卿は、鷹揚ながら知も情もあり、赤穂浪士に心を寄せる殿様を見事に演じる。一本気な富森助右衛門に、「赤穂の御家再興が成れば仇討ちは成らぬ」と理詰めで仇討ちの義を朗々と説く大詰も存在感が素晴らしい。梅玉もよかったが、仁左衛門はこの主人公が更に大きい。やがては将軍になって善政をほどこす人間の格の大きさが既に背後に見えているかのように感じるのだ。

幸四郎は富森助右衛門。仇討ちを図る赤穂浪士。幸四郎は、器用にどんな役でもやるが、逆に幸四郎でなくては、という役がないような気も。今回の赤穂浪士は、一本気な強直さや容易に人の意見を聞き入れないような頑なさは感じさせず、サラサラしてちょっと不思議な味わいである。

御座の間、梅枝の中臈お喜世は、セリフの多い主役二人に挟まれて大変であろう。ここで印象を残すのは難しい。歌六の新井勘解由は、この手の役をやると何時も通り安定の出来。総じて仁左衛門圧巻の舞台であった。


歌舞伎座、「猿若祭二月大歌舞伎」夜の部。
2月最初の週末に、歌舞伎座、十八世中村勘三郎十三回忌追善「猿若祭二月大歌舞伎」。最初に引かれた定式幕は江戸時代の猿若座由来、平成中村座でも使われた色使い。

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夜の部は、A2ブロックの花道七三のすぐ近く。花道を使う演目は迫力あるのだが、中央や上手で起きている事は結構遠く感じる。

最初の演目は「猿若江戸の初櫓(さるわかえどのはつやぐら)」

勘三郎の名跡は、血は繋がっていないものの、江戸時代の初代猿若勘三郎に由来する名前。この猿若が、京都から出雲の阿国と一緒に上京してきたという架空の設定で作り上げた、中村屋という家の祝祭劇。

前回の勘三郎追善で見た時は勘九郎が演じた猿若を、今回は息子の勘太郎が演じる。何時の間にか背は随分伸びて立派な姿。

猿若と出雲の阿国がまずは花道に出る。あれがお江戸だよと、花道に出た出雲の阿国、七之助はやはり甥に目を配っている様子が見える。勘太郎はこの後、高熱が出て何日か舞台を休んだようだがかなり気が張っていたのだろう。しかし立派に務めていた。

芝翫福助の兄弟が並んで舞台に出て華を添える。獅童、坂東亀蔵、児太郎、橋之助、鶴松なども出て賑やかに。いったん幕が閉まってから再び、昼の出演者松緑も入れて節分の豆まき。

次の演目は「義経千本桜(よしつねせんぼんざくら)」すし屋。芝翫が初役でいがみの権太を演じる。

23年6月の歌舞伎座の仁左衛門は、関西型でどろ臭く人間味あふれる人物造形で実に感心したが、今回は「木の実」などの前の段がカットされている事もあってか、イマイチこの、いがみの権太に対する共感が持てず、親父に刺されてから延々とやる部分もやはりダレる気がした。芝翫は顔も大きく役者としての押し出しもあって立派なんだけどねえ。仁左衛門の時は随分感心したんだけどねえ。理由はよく分からない。

最後の演目は「連獅子(れんじし)」

最近は「連獅子」ばかりという声もあるが、様々な役者が若い息子とのコンビネーションで演じるこの演目を見ると、大看板が次々亡くなっても、歌舞伎の伝統は着実に次の代に継承されているように思えてある意味心強いのだった。

今回の連獅子は、勘九郎とその次男、長三郎。

TVの中村屋密着などで見る長三郎は、おっとり福々しい坊ちゃん刈りの少年だが、舞台でも仔獅子は、福々しくおっとりしている印象。

前シテで谷底に突き落とされた仔獅子の精は、花道七三に座ってちょうど面前に居たのだが、なんだか小さいパンダのような気がしたなあ(笑)

後シテで花道から出てきた仔獅子が、前を向いたまま揚幕に向かってスーッと後ろに下がって行く見せ場があるのだが、長三郎仔獅子は、割とマイペースで焦ることなく、よっこらしょと長い毛を胸の前に折りたたみ、そして見事に花道を後ろに下がって行く。

親獅子と揃っての毛振りは、年齢も考えてか若干短めに切り上げ。しかし独自のカラーではあるが、きちんと仔獅子を踊りきったのは立派。随分と稽古したのだろう。橋之助、歌昇の宗論も面白い出来。

打ち出しは8時半頃。ちょっと「すし屋」が長いかなあという気もしないでもなかったが、よい追善公演。