97年から書き続けたweb日記を、このたびブログに移行。
歌舞伎座「秀山祭九月大歌舞伎」、昼の部
本日は歌舞伎座秀山祭九月大歌舞伎昼の部に。台風の影響か随分と涼しくなった。

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若干早めに入場が始まる。そんなに混雑していない印象。二階売店は、以前パニーニなど売っていたが、何時からかまたテナントが変わったようだ。スパークリングワインを一杯貰って、前回夜の部で購入した筋書きなど読んで予習。まあ、毛谷村も幡随長兵衛も初めてではないけども、やはり忘れているところあり。

最初の演目が、「彦山権現誓助剱(ひこさんごんげんちかいのすけだち) 毛谷村」

初代吉右衛門を記念する興行だが、養子である当代吉右衛門の甥、染五郎と、自らの娘婿の菊之助が主演。歌舞伎座しか定点観測していないが、染五郎は随分と出演している。御曹司で陽の当る場所ばかり歩いているから目立つんだ、という声もあるかもしれないが、それでも随分と忙しいと思う。まあ、それはそれで勿論、大変に幸せな事なのだろうが。

毛谷村はやはり、女武道のお園が目立つ芝居。以前、殆ど予備知識無く歌舞伎座で見た時に、花道から出て来た当然男だと思っていた虚無僧が、途中で「あれこれ女じゃないか」と違和感を感じ、その後の声が女形の声、笠を脱ぐと女の髪で、現れた時蔵の芸には実に感じ入った記憶あり。

その後で同じ「毛谷村」で見た孝太郎は、こちらの余計な先入観もあるのだろうが、最初から女女し過ぎていると思った。今回の菊之助は、声出すまであんまり女を感じさせない印象。人によって色々ある(笑)

古くからある義太夫狂言なので、ほぼ形は決まっており、染五郎と菊之助は上手く組み合っている印象。染五郎もこの六助はニンに合っている。

ただ、元々長い物語を切って出しているので仕方ないが、微塵弾正が関係ない老婆を母親と偽って六助を騙した後で殺した経緯や、その後を描くと物語としてのカタルシスがあると思うのだが、そうやると他の物語があれこれ流入してトータルとして退屈になるのだろうなあ。

お昼は何時も通り「花篭」で。本日はステーキ丼。 牛肉は上品なサシで、実に旨い。

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次は舞踊。仮名手本忠臣蔵から「道行旅路の嫁入(みちゆきたびじのよめいり)」。仮名手本忠臣蔵から派生した舞踊は他にもあれども、本来の原作にある「道行」はこれだけ。それを歌舞伎に移した所作事なのだとイヤホンガイドで。勉強になるな(笑)

坂田藤十郎と孫の壱太郎が本舞台せり上がりから登場。祖父と孫の舞踊ということになる。孫が踊っている間、藤十郎の手が動いていたのは、あれはそういう形なのだろうかね。壱太郎は実に美しい若女形なのだが、なぜか不倫疑惑の山尾志桜里議員の顔が思い出されて困った。なんかちょっと似てるよねえ(笑)

最後は藤十郎老も孫と一緒に花道をそのまま歩いて下がり万雷の拍手。

20分の幕間を挟んで河竹黙阿弥作、「極付 幡随長兵衛(きわめつき ばんずいちょうべえ)」

最初の「金平」劇中劇。客席を巻き込んで、まるで江戸の芝居小屋での揉め事のように感じさせる花道と客席を使っての演出は、何時もながら良く出来ている。

イヤホンガイドでこの劇中劇解説の際、江戸の芝居小屋では桝席に半畳(座布団)売りが来て、芝居が面白くないと観客はその座布団を舞台に投げたのだと。相撲の座布団投げもルーツは同じ江戸の昔。やはり歌舞伎のように全部椅子席にしないと座布団投げは収まらないのかもしれない(笑)

しかし、江戸時代は殆ど同じような興行形態だった歌舞伎と相撲だが、今では大分違っており、大相撲のほうが良く言えば伝統を残しているし、悪く言えば古い。茶屋制度はまだあるし、枡席などの切符配分も不明解。そして、相撲取りOBが全部を取り仕切っている相撲協会が全てを決めているというのが、松竹株式会社が全てを仕切る歌舞伎と違うところなのだろうか。

そうそう、「幡随長兵衛」だった(笑) 

前にも、前橋之助の芝翫襲名で観た演目だが、さすがに吉右衛門が演じるともっと重い。死ぬと分かっていながらも、男伊達の面目を貫き通すために、どうしても死地に赴かなくてはならない男の背負った運命と、男の決断の重さがひしひしと分かって実に感動した。芝翫で観た時は、理屈では勿論分かるのだが、ここまで心は打たれなかったのだけれども。

そして、魁春がさりげなく巧い。町奴の分際で、揉めている旗本奴の水野十郎左衛門屋敷に呼ばれたのは殺されるという事。夫が早桶(棺桶)を既に頼んだと聞いた時のハッとした顔、一度言い出したら言うことは聞かない夫と知ってはいても、玄関に向かう後ろから、女の細腕で刀の柄を握り、行って欲しくない自分の心情を伝える。女形の芸というのは、なまやさしい「感性」とか言うものでやってるのではなく、受け継がれた形と、見物にどう見えるかの客観的な計算の歴史的蓄積で成り立ってるのだなあと感じ入った次第。

湯殿の吉右衛門も、ここで死ぬと既に恬淡と納得しており、しかしただでは済まさないという肝の座った覚悟も見せて実に良かった。

前回、歌舞伎座の芝翫ー長兵衛で観た時の旗本の水野十郎左衛門は菊五郎。単なる行儀の悪い悪党ではなく、武士としての胆力も鷹揚さも兼ね備えた男だが、自身の立場を考えるなら、この町奴は殺さざるを得ない。しかし「殺すには惜しい」と呟くところは、男が男を知るという大きさを見せて、ちょっと主役を食った感すらあった。これは役者の重さの差だろう。

今回の染五郎は、主役の格と考え合わせると、まあ順当な出来。主役を食うまでは行かない(笑) しかし、吉右衛門の幡随長兵衛を観れて実に良かった。


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大相撲九月場所初日、写真日記
先週の日曜は、大相撲九月場所初日を観戦に、両国国技館までタクシーで。個人タクシーで運転は物静かな爺さまなのに、急発進、急制動、急な車線変更と大変に運転が荒く、ぶっ飛ばすのでびっくりした。あれは反射神経が鈍った老化現象なのかも。

入り口のもぎり役は旧友綱親方。TVの審判長でよく見たので懐かしいね。定年で部屋を譲ったはずだが、まだシニア親方で協会に残っているのかな。立合いのタイミングが合ってるのに、些細な手付きにばかり拘って何度も立合いをやり直させ、土俵の充実を阻害したけれども、定年で審判部辞めてよかったよ。ま、本人に言うと張り倒されるから言わなかったが(笑)

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(懸賞)
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初日から横綱3人、平幕2名がいきなり休場という予想外の事態で、盛り上がりはどうかと思ったが、懸賞もきちんとついているし、若手が上位に挑む面白い取組が編成されている。

(場内)
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本日は二階椅子A席5列目。まだ場内はガラガラ。

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絶対王者がいない場所、この賜杯は誰の手に。

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今場所から高安の等身大パネルが国技館に登場。しかし3日目から休場してしまうとは、誰が初日の時点で予想しただろうか。

(お昼)
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お昼はいつもの「雷電」で、ローストビーフを前菜に、きのこ入り秋のちゃんこ定食。初日はさすがに久しぶりの営業なので、オペレーションがバタバタしてましてとは、入り口レジの着物の綺麗なお姉さん談。

(力士の場所入り)

腹ごしらえの後、南側通路で関取の場所入りを見物。

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新十両の矢後どんは「頑張って」と声をかけると小さく「ウム」と頷いた。まだスレてない初々しい感じですな。もっとも負けてしまって残念。

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宇良は付け人とにこやかに談笑しながら場所入り。初日は勝利したのだが、まさか二日目にあんな大怪我をして休場してしまうなんて。

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栃煌山は何時ものマッチョ歩きで場所入り。しかし初日は日馬富士にあっという間に転がされてしまった。

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メガネがよいねえ、錦木。

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遠藤の怪我は果たしてどれくらい回復しているだろうか。巡業も休んだらしいが、本場所の土俵が注目だ。

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国技館では横綱、大関は車で奥の駐車場に直接場所入りする。しかし、高安が徒歩で入って来たのでびっくり。後でニュースを見ると大相撲の世話人で力士達に慕われていた友鵬勝尊さんが場所直前に亡くなっており、世話人たちが常駐する両国国技館の南門に、友鵬さんの写真や似顔絵が飾られていたのだという。高安は、2日目に大怪我した後でもお通夜に行ったというから、南門で最後のお別れをして場所入りしてきたのだ。

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写真を撮りながら、「おっ、貴景勝だ」とか呟いていると、母親に連れられた小さな女の子が、「どうしてそんなに名前が分かるの~?」と話かけてきた。そして次に入ってきた魁聖を指差して、「この人誰~?」と聞いてくる。ところが恥ずかしながら、お酒が入っていたせいか、魁聖という名前が直ぐに出て来ない。仕方ないので、「この人はね、ブラジルから来たんだよ」と言うと、女の子は隣の母親に「ママ~!この人ブラジルから来たんだって!」と余計な事を報告する(笑) 魁聖がこちらを見たのは多分そのせいだ(笑) 名前が直ぐに出てこなくて失礼。

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阿武咲も今場所調子が良い。どんどん暴れてほしいね。

(3時過ぎには)
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夕方につまむ分の「横綱寿司」を二階の売店「寿司竜電」で購入。なかなか結構であった。

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しかし、他の横綱弁当は全て売り切れているのに、「稀勢の里弁当」だけが東の売店でも西の売店でも売れ残っている。休場したというなら、白鵬や鶴竜も同じ。何故かねえ。

(前ノメラー)
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十両の取組が始まった頃、前に座ったのは、座高高く、頭が大きく、ピテカントロプスの如く首が前方斜めに生えているような「前ノメラー」。私が普通に座ると土俵は全く見えない。国技館二階席は時々これがある。まあ運次第だが。幸い通路側だったので、身体を半分通路側に乗り出して観戦。この姿勢は疲れた

(朝日山親方)
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欠場の親方に変わって元琴錦、朝日山親方が初めて勝負審判の席に。なにやら心細気で借りてきた猫の如し。最初はやはり緊張するんだねえ。振分親方も大阪場所で面白かったものなあ(笑)

(協会ご挨拶)
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四横綱時代とはいえ三横綱が休場で役力士の数が少なく、ちょっと寂しい雰囲気。

三横綱の休場は誠に遺憾でございますが、新進古豪の各力士は皆様の期待に答えてくれるものと思います。と八角理事長の協会御挨拶。場内は大きな拍手。しかし、この後、二日目に高安、宇良が休場に追い込まれるとは誰も知る由も無く。

(土俵入り)
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(賜杯返還、優勝旗返還、優勝額除幕)
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賜杯返還、優勝旗返還では、白鵬が休場の為師匠の宮城野親方が代理で出て来たのだが、拍手はまばらで盛り上がらなかった。まあ、それはそうだよなあ。やはり優勝した後の東京場所を休場してはいかんよね。白鵬だってそれは十分承知だったろうが。

(幕内の土俵)
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隠岐の海は期待されると負けるが、余計な時にケロっと勝つ。しかし遠藤も相撲勘はまだ戻っていない感じがある。そしてあの廻し。同郷の輪島を意識したのかもしれないが、黄金というより黄色で違和感あり。輪島のはもうちょっと落ち着いたウコン色だったと思うけれども。

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貴景勝は低い突き押しが次々と炸裂して逸ノ城を押し出し。的が大きいせいもあるだろうが合口が良い。しかし逸ノ城も「怪物」から何時の間にか「ただのデブ」になってしまった。指導する力の無い親方の小部屋に入ったのが悪かったと思うが、各部屋外国籍力士は1名という決まりがあるから進路は難しいところ。水戸龍も、油断しているとドンドン弱くなるだろうから本人の自覚が必要だ。

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宇良ー正代には平幕同士では一番多くの懸賞がかかる。正代は出足が良かったが、宇良は左手をたぐって逆転。場内はとったりを取ったが、そこまで腕はきまってなかったかもしれない。正代は相手が目の前から消えて自分から土俵外に飛び出したかのよう。宇良は逆転の後「えっ? どうかしましたか、皆さん」という顔をしてチョコチョコ歩くのだが、これが愛嬌あって良いなあ。しかし、二日目にあんな大怪我をするとは、この時点で誰が知ろうか。相撲に怪我はつきものだけれども。早い回復を祈る。

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琴バウアー。琴奨菊は元々愚直に真っ直ぐ当たって行く力士。逆に、大関陥落の時もそうだが、さんざん相手に変化されて星を落として来た。平幕にも落ちたし「そろそろワシもやってもよかろうもん」という事で、立合いに左に変わって注文付けたのでは。まあ、これは豪栄が脆かったか。しかし初日のこの変化を見て、他の力士は「あれ、今場所の琴奨菊は変化するんだ」と不気味に感じたのでは。後半に効いてくるかもしれない。

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フンガーと気合を入れる高安。館内どすこいFMは、現役引退して間もない親方が複数解説に来て掛け合いの気楽な話が聞けて実に面白いのだが、今場所で終了とか。残念。その中で、高安の黒の廻し後ろの結び目で光っている金色は何かと言う話に。廻しの繻子の布には確かにああいうマークというかすべり止めというか、ああいう部分があるのだそうであるが、普通はあんな目立つ場所には出て来ない。

「俺の時は前袋のほうに隠れていた」とか「廻しを切った場所に依るんじゃないか」とかあれこれ話が出たが、結局、結論は、「なぜあんなに目立つ場所に金色があるか分からない」ということに(笑)

初日の高安は攻めが早く安心して見ていられた。しかし二日目に怪我して休場するとはなあ。どうも四日目が終わってから初日の記録なんか書くと、特に今場所は既に色んな事が起こったから、あれこれ考えていけない(笑)

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結びの一番、西側横綱日馬富士の前二人が負けたので、西側に勝ち残りの力士が居なくなり、片肌脱いだ付き人が力水をつけることに。負けた力士は土俵に上がる次の力士には水をつけられない。一種の神事の名残なのだろうか。

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栃煌山は、右下手がスパっと入ったが、同時に日馬富士にしっかりと左上手を取られ、左は差せずに動けない。アッと言う間に上手投げを食らって土俵に転がされる。両差しで相手に廻しを許さず寄って行く事にしか勝機が無いなあ。残念。

(弓取り式と打出し)
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大相撲九月場所初日打ち出し。まだ空は幾分明るいが、千秋楽にはもっと暮れた夜空で、もっと涼しい風が吹くだろう。まさしく秋場所の名前通り。13日目と千秋楽にはまたここに戻ってくる。優勝争いは果たしてどうなっていることやら。


歌舞伎座 「秀山祭九月大歌舞伎」夜の部
先週の日曜日は、歌舞伎座「秀山祭九月大歌舞伎」夜の部。

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最初は「ひらかな盛衰記(ひらがなせいすいき) 逆櫓(さかろ)」の段。

これは以前、橋之助の船頭松右衛門で見た事があるのだが、題名の影響か(笑)途中で船を漕ぎだす観客が多数。義太夫狂言はやはり筋をよく知ってたり言葉が聞こえないと難しい。

しかし、今回は、爺さまの権四郎役で歌六が奮闘して実に感心した。

取り違えた孫が返って来ると勘違いした無邪気な歓喜、人形の頭が落ちて感じる不吉な疑念、そして孫は実は死んだのだと聞かされた時の憤激と復讐心。しかし実は婿が身をやつした武士であった事を知り、その忠義に打たれ、気丈にも犠牲になった自分の孫の死を受け入れようとする諦観。未練を捨てる為「笈摺」を捨ててしまえと娘に云うのだが、樋口に「何の誰が笑いましょうぞ」といたわられて流す涙。そして全てを大団円に導く最後の機転。

物語の主役は、松右衛門実は樋口次郎兼光であろうが、この爺さま権四郎は、喜怒哀楽の全てを自在に操らなければならず、初代吉衛門も演じたという大役。やはり達者な役者が演じると実に迫力あり。

そして松右衛門が「実は」の正体を明かしてからの後半は、いよいよ時代がかってきて、吉右衛門が大きく迫力を持って演じる。播磨屋軍団は安定してますな。最後の左團次が畠山重忠で最後を締める。演者が変わったからか、こんな面白い演目であったとは新しい発見。

前の席は3人並んでドイツ系のように思える年配の御婦人3人。日本語ができるようにはさっぱり思えなかったが、筋書きも持たず、字幕ガイドもイヤホンガイドも使わないという勇気ある観劇。しかし「逆櫓」は、外国人にどこまで受け入れられるか。第二場の、遠見に子供を使って遠い船を表す演出はちょっと面白いし、第三場の碇を使った演出は、義経千本桜「碇知盛」がこの演目から拝借したらしい。櫓を使った立ち回りも歌舞伎の様式美に満ちてはいるが、予備知識もガイドも無しで筋書が分かるだろうか。

大向うには「鶏爺さん」が。なんだか久々な気が。「ウニャワヤ~」と元気にヘナチョコな声を。ご健在でなにより。大詰め、花道の引っ込みで一階席前列から「大当たり!」とデカイ声かけたオッサンは大迷惑。一階でデカイ声を出されると予想していないから、ビックリするんだよね。

「逆櫓」が終わってから幕間の休憩。

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秀山祭御膳。真ん中の船は「逆櫓」にちなんでいるのだとか。食事の後席に戻ると、案の定、前列にいた外国人女性3名は戻って来ない。やはり、筋書き無し、イヤホンガイド無し、字幕ガイド無しで「逆櫓」観て、もういいやという気になったのかねえ。

もう随分前だが、出張で日本に来たアメリカ人女性を歌舞伎に連れて行った事があるのだが、英語のイヤホンガイド借りてあげて、観た演目の一本が「義賢最期 」。大広間で決死の形相で戦う歌舞伎の様式美に満ちた、しかし壮絶な立ち回り。戸板倒し、最後の仏倒れなど、スペクタクル満載。歌舞伎は江戸時代の映画だったんだなと思わせる演目で、評判が良かった。「逆櫓」でも立ち回りがあるし、イヤホンガイドだけでも借りていると、もっと興味深く観れたと思うのだが。

そして第二の演目は、歌舞伎座初演の「再桜遇清水(さいかいざくらみそめのきよみず)」。当代吉右衛門が「四国こんぴら歌舞伎」で上演するために、古い狂言を母体に脚本を手がけた歌舞伎。江戸の芝居小屋の雰囲気を残そうという趣向で書いたという。今回は主演を甥の染五郎に譲って、中村吉右衛門は監修に。

全く予備知識なく観たが、これが結構面白かった。外国人には義太夫が語る丸本物よりもこちらの演目のほうが、歌舞伎らしさのエッセンスがあれこれ盛り込まれていて、馴染みやすかったと思うのだが。「逆櫓」だけ観て帰って気の毒であったな(笑)しかし前方三席が空くと大変に舞台が見やすい。

吉衛門の甥に当たる染五郎が、桜姫の色香に惑い転落してゆく破戒坊、清水法師清玄と、奴浪平を二役で、早変わりも見せて大奮闘。清玄桜姫物というのは、歌舞伎における一種のモチーフで、僧清玄が高貴の姫、桜姫に恋慕して最後には殺される。その死霊がなおも桜姫の前に現れるという事らしい。女に恋焦がれて堕落する坊主というのは、「鳴神上人」にも似ている。

桜姫の恋の相手、千葉之助清玄を演じる錦之助は、爽やかな二枚目だが中身空っぽという役をやると実にはまるねえ(笑)

桜姫に雀右衛門、山路に魁春、小姓坊主に児太郎、米吉と新旧女形揃い踏み。小姓坊主は衆道の相手にされるわ殺されるわ、エライ目にあって気の毒であった。笑いも随所にあり、切って落とす浅黄幕、傘を使った様式美に満ちた立廻りやだんまりの場面など、随所に歌舞伎のエッセンスが詰め込まれており、気楽に観れてなかなか面白かった。




「新橋鶴八」訪問。
水曜日は、日中はバタバタしていたのだが夕方になって一段落。「分店」に今夜は空いているか携帯でメッセージ送ると「明日6時にお待ちしています」と。ははん、明日大常連O氏が来るんだな。じゃあ明日は行くのを止めよう(笑)

「新橋鶴八」本店のほうに電話。お弟子さんが出てしばらく調べていたが、「7時までなら大丈夫なんですが」と。滞在時間が短いのはむしろ望むところ。

会社帰りに入店してみると、カウンタにはもう結構な数のお客が。皆始めるのが早いねえ(笑)あと数席しか空いてないのに、7時からまた満席とは、大繁盛ですな。その後からも何名かやって来たが、「分店」の客。結構、間違えて入店してくるんだよねえ。「分店」は本日団体で満席のようだ。

菊正冷酒を所望。お通しは軽く湯通ししたスミイカのゲソ。まず白身を。本日はホシカレイ。立派な身で、舌にコツンと来る旨味がマコカレイよりも濃く強い。アワビ塩蒸しは実に立派なもの。煎り付けたような香ばしい香りが独特の仕事。弾力のある身肉に深い旨味あり。

石丸親方と夏休みの事など雑談。親方は車で九州方面に行って来たとか。大旅行ですな(笑)関東から九州というのは、そういえば直行のフェリーは無いんだっけか。

アジも実に肉厚。ふっくらいした身に脂が乗る。くどくない旨味。漬け込みのハマグリもつまみで。

この辺りでお茶を所望して握りに。握りはまず中トロを2貫。コハダも2。ネットリした旨味。アナゴもトロトロ。最後はカンピョウ巻で〆。

つまみを少々切って貰って酒を3杯。ホロ酔いで何時も同じ種を握ってもらい、立て込む前に小一時間で席を立つ。何時も安定した江戸前の伝来仕事。浮世の憂さを忘れて帰宅する。実に良い店である。


歌舞伎座、八月納涼歌舞伎第三部を観た
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金曜日は、歌舞伎座、八月納涼歌舞伎第三部。食事予約は出来るが開演前になるので、別の入口から花篭に入り、食事してから開演となる。面倒なので先に食事を済ませてから入場。今回の納涼はどの部も随分と人出がある。

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今回はA2ブロック、花道近くの席。舞台中央方向の前列に座高の極端に高い人が居なくてよかった(笑)。

イヤホンガイドについては、今回の納涼は新作や見たことのある新歌舞伎なので、第一部、第二部は借りなかったのだが、Twitterで借りたほうが良いという意見を読んで三部は借りることに。やはり素人であるから、借りたら借りたで何かしら知ることがある。

演目は通しで、野田版「桜の森の満開の下」。

面白く楽しんだが、歌舞伎味は薄い。歌舞伎の演出や形式を殆ど使わないので、歌舞伎役者が歌舞伎座で単に野田戯曲を演じてると言う印象がある。第二幕の大詰めは実に幻想的で美しく、女形の海老反りなど、ここだけは歌舞伎の殺しシーンが若干投影されている。ただ通して見ると、やはり全体に野田秀樹演出の個性に歌舞伎が負けているような印象。

一般的に新作歌舞伎を見ても、大概「これもまた歌舞伎である」という感想を持つけれども、今回の「桜の森」はその感覚が少ない。やはり野田秀樹の引き出しに「歌舞伎」が殆ど無く(なにしろ筋書き読むと七五調の台詞が歌舞伎だと思ってる節があったりする)どうしても演出が野田節に寄って行く。野田節の台詞も、早口で言い立てる形式で、慣れている人には気にならないのだろうが、歌舞伎の台詞術とは合わないような。もしも勘三郎が存命であったら、どんな演出になっただろう。

もっとも歌舞伎風味が薄いからまったく面白くないかというとそんな事はなく、演劇としてはなかなか面白いものを見せてもらった。猿弥は大奮闘だし、高貴と奔放と異界の闇を演じ分ける七之助は後半になるにつれて凄みを増す。勘九郎は奮闘しているのではあるが、野田演劇にはあまり合わないのではないかな。


歌舞伎座、八月納涼歌舞伎第一部
木曜は歌舞伎座、八月納涼歌舞伎第一部。

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最初の演目は「刺青奇偶(いれずみちょうはん)」

長谷川伸原作の新歌舞伎を玉三郎と石川耕土が演出。筋書きを見ると十七代の勘三郎がよく演じた演目のようだ。今回の主役、半太郎を演じる中車は、歌舞伎界に入るかどうかの時、十八代勘三郎が「中車は「刺青奇偶」のような演目で力を発揮するだろう」と語ったと聞いて、何時かは演じたいと思っていたとのこと。

身投げしようとした酌婦お仲(七之助)を助けた博打打ちの半太郎は、悲惨な境遇から男を信用せず、どうせ自分の身体が目当てなのだろうと考えるお仲に「見損なうな」と突き放す。真実の親切心に気づいたお仲が半太郎を追いかけ、惚れるところはなかなか台詞も良く効いており、中車と七之助が好演。

二幕目になるとそのお仲は病に臥せっており、妻をいたわるものの博打から足を洗えない半太郎を戒めるために腕にサイコロの刺青を自ら彫る。中車も大詰めに至るまで実に達者な演技。

最後の場面でお仲を助けるための金欲しさに賭場荒らしを行った半太郎の事情を聞き、それでは自分と命を掛けた勝負をしようと申し出て、負けて有り金全てをくれてやる親分、鮫の政五郎は、酸いも甘いも噛み分けた大人物で、実に格好が良い。本来ならば、年取った大立者が演じる役であり、染五郎は若干貫禄不足にも思えるが、役そのものが実に格好良いので、十分成立している。

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幕間は花篭でステーキ丼。丼ものは炭水化物過多な気がするが、まあご飯を半分残せば大丈夫(笑)

後半は短い舞踊が二題。

「玉兎(たまうさぎ)」は勘太郎が懸命に踊る。御曹司はこうやって舞台に慣れて行くのだなあ。後見のいてうは背筋が伸び、キリリと真面目に付き合って好印象。

切りは勘九郎と猿之助の「団子売」

妖艶に柔らかな踊りを見せる猿之助に、真面目な踊りの勘九郎の対比。軽妙な舞踊で打出し。






歌舞伎座、八月納涼歌舞伎第二部
夏休み後半戦は、歌舞伎座三連投。一日中歌舞伎座というのは大変なので3日に分けたのだが三部制だから、2日に分ける程度でもよかったか。何度も出かけて来なければならないので帰って手間な気も。

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場内には一階の桟敷席や後方にカメラが入り、舞台の全面にはマイクが。公演を記録しているようだ。シネマ歌舞伎かな。

最初の演目は、初世坂東好太郎三十七回忌、二世坂東吉弥十三回忌 追善狂言。歌舞伎は初心者なのでこの二人は全然知らないのだが、好太郎の三男であり吉弥の弟である彌十郎が主役の夜叉王を務める「修禅寺物語(しゅぜんじものがたり)」。彌十郎の息子である新悟がその娘楓役。猿之助が姉娘の桂、勘九郎が源頼家を付き合う。

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彌十郎の夜叉王は天才面打ち。貫禄もあって主役として立派に成立している。夜叉王が源頼家に頼まれた面をなかなか渡さないのは、死相が出て不吉だからではない。生きた顔の面にならないのが芸術家として不満だから。彼は家来ではないし、頼家に忠誠心など最初から持ち合わせてもいない。頼家の死を聞いた時、自分の面打ちの技は相手の運命までも移し取っていたのだと豪語する夜叉王は、芸術家の狂気を感じさせて印象的な場面。ただ、狂気の表現は若干薄いか。中車の時もそうだったが、娘の断末魔を写させてくれと言う場面で客席の所々で笑いが起こる。本当は笑える場面ではないのだが、役者にとってはなかなか難しいしどころでもあるのだろう。

猿之助は、気位が高く高貴な者の寵愛を得る事を望む姉娘の桂をキリリと演じて見事に成立している。高貴な者の寵愛を得た上は、敢然とその者の身代わりとなって面をつけて敵をひきつけて死に至る傷を追う。勘九郎はいささか茫洋として輪郭がはっきりしない感あり。

25分の幕間の後は「東海道中膝栗毛 歌舞伎座捕物帖(こびきちょうなぞときばなし)」

昨年の弥次喜多同様、猿之助、染五郎のコンビで弥次喜多の珍道中を。開幕直後、スクリーンに去年の弥次喜多のダイジェストが映写された後、弥次喜多が宙乗りで舞台に登場。今回は道中劇ではなく、「義経千本桜」四の切の開演を控えた歌舞伎座を舞台に、劇中劇と舞台裏、楽屋オチを取り混ぜた喜劇。

座元の釜桐座衛門が出て来た時は、猿弥がまた頑張ってるなと思ったが、よく考えてみると猿弥は既に同心役で登場済。アレ? イヤホンガイド借りてなかったので途中で筋書きで調べると、なんと中車であった。しかし勿論、演目にも依るだろうが、歌舞伎役者の中でも違和感感じなくなった。

途中で若干ダレるところもあるし、前回よりちょっと小粒な印象。だが四の切に拘った数々の趣向は実に面白い。客席は大いに湧いた。上手の義太夫を歌舞伎役者が弾いて語るというのも面白いところ。

弥次喜多と同様、今回も金太郎、團子の息子コンビが狂言回しで登場。客席を沸かせる。金太郎は御曹司らしくおっとりして、台詞にもまだまだ若い、そこはかとない大根風味が残る。まあ子供だから今はこれでよいのだと、そんな方針で舞台に慣れさせるために出しているのであろうか。歌舞伎が嫌いになっては元も子もないものねえ。

團子のほうは、声の張りも台詞回しも子役としては段違いに素晴らしく、親父の中車が相当シャカリキに仕込んでいるのではと思わせる所あり。本人もやる気があるのだろうからそれでよかろうが、ただ、何によらず子供の頃から激しく仕込みすぎると反動など悪影響もあるからなあ。

今回の弥次喜多は犯人探しのミステリー仕立てにもなってるのだが、怪しいのは最初から二人だけ。最後に観客の拍手でどちらを調べるかを決める「どっちを取り調べまSHOW」が開催され、その結果で結末が変わる。一度観客の拍手を募ったものの結果は伯仲。「どっちにも拍手してる人がいますよ~!」と染五郎が茶々を入れて再度観客の拍手合戦で結果は「A」。「裏方さん、いいですか~! Aですよ~!」と猿之助が舞台裏に声を掛けて次の段取りに。毎日交代にやってる訳でもなさそうだ。Bだと犯人が変わるんだろうなあ。

最後は猿之助、染五郎の弥次喜多が宙乗りで去って行く。気楽に観劇できて、歌舞伎の仕掛けなどの解説もお芝居に織り込まれ、劇中劇では「四の切」が演じられる。ちゃんと歌舞伎になっており、なかなか面白かった。







松山旅行写真日記⑥ 松山まつり
松山二日目の夜。食事を終えて大街道アーケードに戻ると実に騒がしい。大音量のパレートが行われている。「松山まつり」なのであった。

数々の連が出て練り歩く。ただ、伴奏は全て大音量の野球拳の歌。「アウト!セーフ!よよいのよい!と全ての連が大騒ぎ。

そういえば、松山空港からホテルまで乗ったタクシーではナビのTVに高校野球が。「高校野球やってますね」というと「済美は一回戦勝ちよりました」と愛媛代表の戦績を教えてくれた。帰りのタクシーの運転手は(聞いてないけど)「ここ済美高校」と指差して県代表の学校を教えてくれる。やはり野球県なんだなあ。

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滞在三日目の夜も「松山まつり」は続く。数々の連が野球拳踊りを披露。昨日は地場企業の連が中心だったのだが、本日はもっと小さな団体多し。中には結構なお年寄りばかりの連もあり、夕方とはいえまだカンカン照りの道もあるのに、倒れないかと余計な心配が(笑) まあ元気者しか参加しないのであろうけど。

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確たる計画も無しに宿だけ取って松山入りしたが、道後温泉、松山城、坂の上の雲ミュージアム、伊丹十三記念館とあちこち回って実に面白かった。温泉も入って、路面電車であちこち移動するのも一興。今度来る時は、道後温泉に宿を取るか。鍋焼きうどんも鯛も食したし、よい旅であった。




松山旅行写真日記⑤ 伊丹十三記念館
松山二日目の昼に「伊丹十三記念館」を訪問。路線バスの駅は近くにあるようだが、ホテルの前でタクシーに乗る。行く観光客も多いと見えて場所を告げると運転手はすぐに走り出す。15分くらいで到着。運転手は、「この辺りはあまりタクシーは流してませんから、お帰りの際は、あそこにバスの停留所がありますから」と指差して親切に教えてくれる。松山は明るく親切な人が多いな。

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明るい風景の中、低層の落ち着いた建物。中に入ると受付の女性から丁寧な挨拶があり、常設展は撮影可能であること、特別展は写真はお断り願っていることなどを説明してくれる。館内は実に静かな雰囲気。

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自動ドアが開くと、まず伊丹十三の写真がお出迎え。まるで伊丹十三の住居に招かれているよう。この写真は「伊丹十三の本」の表紙写真にもなっていたっけ。

常設展は、幼少期の記録から、デザイナー、イラストレーター、俳優、映画監督、エッセイストと綺羅びやかな才能で様々な世界で活躍をした伊丹十三の職業人としての軌跡と、音楽愛好家、乗り物マニア、料理通、猫好きなどの趣味人としての多様さを、芸名にちなんで「13」のエリアに分けて展示するもの。

「ヨーロッパ退屈日記」「女たちよ!」に出て来たイラストやエピソードを思い出す数々の展示は、とても懐かしい場所に帰って来たかのような気分。

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小学生の頃のまるで図鑑のような精密画を描いた観察日記。

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この松山での高校時代の写真は上記の「伊丹十三の本」にも出て来たが、後ろから2列め、右から2番めの伊丹は、全員が詰め襟なのに一人だけ黒いシャツを着ているのがいかにもな印象。

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パスタについて、「アル・デンテ」と言う言葉を最初に日本に紹介したのが伊丹十三かどうかについては確証は無いけれども、私が初めてその言葉と概念を知ったのは、伊丹十三の著作。早くから外国暮らしに慣れ、何事にも本格を愛好する人だった。

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この蟹の殻割り器のイラストもエッセイに出て来た。

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写真ではあまり良く分からないが、愛用の包丁には、極めて丹念に研ぎ込んだ跡が分かり、それがいかにも伊丹十三なのだった。

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どんな疑問が生じても、答えは必ずこの本の中に見いだせた、とエッセイに書かれた愛用のバイオリン教則本。

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文字のデザインを見ても、ああ伊丹十三だとはっきりと分かる個性。

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残された挿絵を見ると本文まではっきりと思い出す。「目玉焼きの正しい食べ方」については私もまだ結論は出ていない。超一流の寿司屋でおむすびを作ってもらう「金のかかる話」については、私も随分寿司屋には金を使ったので、お願いすればできないでもないのではと思うが、さすがにちょっとなあ(笑)

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展示室を出ると明るい光に満ちた美しくも静謐な中庭。そして明るい光の差し込む美しいカフェ。足を踏み入れると係員が、「どうぞ壁面にもイラストの展示がございますよ」と声を掛けてくれる。店の名前は「タンポポ」、イラストも映画「タンポポ」の出演者を描いたもの。

シャンパンを所望すると、店員が「オレンジジュースをお持ちしてミモザにもできますが?」と親切に聞いてくれる。これまた伊丹十三風味だなあ。 この飲み物の名前を知ったのは「ヨーロッパ退屈日記」だっけ。シャンパンにはビターなチョコが添えられている。チーズケーキも一緒に。展示品の余韻にふけって静かな時間を過ごした。

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建物を出ると近くには、一六タルトの建物が。

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車庫には伊丹十三が最後まで乗っていた愛車ベントレー。伊丹十三と親交があり、伊丹プロ社長も兼ねていた一六タルト社長の玉木泰は、伊丹十三が自死したとの知らせを聞いて松山から東京に駆けつけ、現場からこのベントレーを引き取り、泣きながら運転してもう主の居ない伊丹十三の自宅まで届けたのだと「伊丹十三の映画」に書かれている。実に痛ましい話である。

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大街道方面に戻るために近くのバス停に。ここにも一六タルトの店舗あり。

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記念館では、「新しい理髪師」の缶バッジと、「二日酔いの虫」、「スパゲティの正しい食べ方」のTシャツ購入。実によい場所であった。また来よう。

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そしてお土産に一六タルト。

帰京してから、DVDボックスを引っ張り出して、「タンポポ」「マルサの女」「あげまん」と伊丹作品をずっと観ている。メイキングも。実に端正に良くできている。本棚にあった著作もあれこれ引っ張り出して、懐かしく拾い読み。

「ヨーロッパ退屈日記」の後書きで山口瞳は、「私は彼と一緒にいると「男性的で繊細でまともな人間がこの世に生きられるか」という痛ましい実験を見る気がする」と書いている。生涯を自ら終えた結末を考えると実に複雑な印象。その山口瞳もとうにこの世にない。



松山旅行写真日記④ 食べた物あれこれ
初日の夜は、どの辺りが盛り場か分からず大街道をブラブラ。大体において、大きな商店街から1本外れたところに飲食店が集まっていたりするものだが。松山名物でもと思ったが、外から見ると空いていたので、ついフラフラと炭火焼肉の店に。カルビとハラミ、炙りユッケとワカメスープなど。

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別に松山とは関係ないけれども、なかなか美味かった。

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二日目はガイドブックを事前にきちんと調べて、朝昼兼用で「ことり」の鍋焼きうどん。松山のソウルフードだとか。ベコベコのアルマイトの鍋がレトロ。味もレトロに美味い。七味は辛味がピリッと効いて良いアクセント。そもそもメニューはうどんと稲荷寿司しかないので、席につくと、「うどんですね」と聞かれてすぐに出て来る。妙に懐かしい味がする。

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二日目夜は、松山の鯛でも食するかと、大街道交差点角の「かどや」。随分と歴史ある飯屋だったらしいが。若い女性の店員はこれまたキビキビと明るく働いており感じがよい。

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まず松山地酒の飲み比べセット。

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まずは鯛の刺身を。分厚く切りつけられた身はまだ活かっており、上品な脂と旨味が感じられてなかなか旨い。

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他にもお勧めという黄身の白い卵で作った玉子焼き。旨いのだけれども、やはり卵は黄色いものという先入観があって、色が白だとちょっと食欲に触る感じがするなあ。鯛めしも頼もうかと思ったが、鯛の刺身は食べてしまったのでスキップすることに。

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三日目のお昼は、午前中あちこち回っていた為にずいぶんと中途半端な時間に。ホテルに一旦戻ってホテル内の中華でランチ。なかなか立派な内装の店。海鮮の炒飯があったのでそれを所望すると、ウエイトレスは「焼き飯ですね」と確認する。出て来た物を見ると、確かに中華の炒飯というよりも焼き飯だなあ(笑) 美味かったけれども量が多くて参った。

思い出してみると、大してメシ食ってないね。再訪時は、鯛めしと松山鮓を食さねば。