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97年から書き続けたweb日記を、このたびブログに移行。
8月末、夏の銀座「鮨 み富」
8月最後の日曜日は銀座に出る用事があったので、その後「鮨 み富」で夕食。早い時間で入店してもカウンタはまだ他の客おらず快適。

検温の後、手を洗い手指消毒して着席。席間は客ごとに1席空いてアクリル板設置。

お盆後の景気など聞きながらノンアルビールを。酒無しでも、まあつまみから。揃った種を確認しながらお好みで切ってもらう。

マコカレイは上品な脂。タイは皮目が美味い。石垣貝。フルーツのような甘酸っぱい風味。昔は東京湾でもよく取れたのだとか。置いてあるか問い合わせてくるお客もいる由。今は岩手産。夏は貝が少ないのでラインアップに入れていると。タイラギもつまみで。

カツオも切ってもらう。気仙沼産。7月辺りはよりも段々と脂が乗ってきた。今年は結構取れているようだ。光り物ではサンマも入れたのが、まだまだ脂が乗っていないと。新聞によるとこちらは今シーズンの出だしは不良だとか。松輪の〆サバをつまみで所望。ここのは夏場でも大丈夫と「鶴八」が言ってたなあ。

アワビは酒の提供が無くなってから仕入れていないのだとか。まあ、どちらかというとつまみ用の種だよねえ。煮物はタコを。シャコもつまみで。ノンアルビールをお代わりしようかと思ったが、酔わないのに2本目飲んでもしかたがない。途中から冷たい緑茶で。

親方によると、なんでも最近、アサヒビールの0.5%アルコールの「ビアリー」という飲み物があり、業務用で売れているのだとか。なんでも厚労省の定義では、ノンアルビールは1%以下となっているので出してもよいのではとのことだが。まあでも0.5%では飲んだ気がするかな。

ここから熱いお茶に切り替えて握り。比較的軽めの酢飯、形は小ぶり。カレイ昆布〆。シマアジ。ここの酢飯は昆布〆や光り物に合うと思う。新イカがあったのでこれも握りで。1匹丸づけ。しかしもうパキパキしたスミイカの食感が出てきている。スミイカは成長が早いと親方。

コハダは新子と大きいのと両方あるというので、3枚づけと大きいのと2種類。新子はやはり、旨味というより爽やかな季節感を楽しむ種。アジとイワシの酢〆。これまた夏場には脂が乗って酢〆が美味い。ハマグリとアナゴを1貫ずつ。これも「銀座新富寿し」伝来の煮物。なんだか小柱が食べたくなって軍艦巻で1貫。小柱は海苔に合うなあ。もう結構お腹一杯だったが、これまた新富伝来、客の8割が頼むというカンピョウ巻。濃い色に煮られた甘辛のカンピョウがたっぷり入って、これはこれで新富にしかない独特なもの。

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次の客が入ってきたタイミングで勘定を。開店2周年記念の手ぬぐいを貰った。そうかもう3年なんだ。こちらも年取るはずだよ(笑)


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歌舞伎座、「九月大歌舞伎」を見た
9月最初の土曜日に、歌舞伎座「九月大歌舞伎」第一部に。

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第一部は、「六世中村歌右衛門 二十年祭」「七世中村芝翫 十年祭」と銘打つ。

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最初の演目は、川口松太郎作 「お江戸みやげ(おえどみやげ)」は、十七世勘三郎が初演したこの演目は、七世中村芝翫がお辻役を引き継いで何度も勤めた。お気に入りの役でこの演目がかかっている時は、家での夕食の時に七世芝翫は何時もご機嫌だったとイヤホンガイドで。役者にも好きな役と嫌いな役があるのだろう。

湯島天神の境内興行でかかっている江戸芝居を見た、田舎から来た堅実な結城紬行商人のお辻が、初めて見た江戸芝居の俳優に心奪われ、やめときなよと相棒のおゆうが諌めるのだが、その俳優の恋の成就に有り金全部出してやり、その幸せをそっと願うという人情噺。

茶屋冒頭の場面では常磐津文字福を、七世芝翫の長男、福助がリハビリ中にも関わらずなかなか堂々たる佇まいで演じて去り際には満場の拍手を得る。

お辻を七世芝翫の次男、当代の芝翫。その息子たち成駒屋も総出演。親戚の中村屋も、おゆうを勘九郎が付き合い、どちらも後家の商売人だが対象的な性格の二人をコミカルに演じ。阪東栄紫を七之助、お紺を莟玉が。当代芝翫は、前の身替座禅の奥方もなかなか面白かったが、このお辻も堅実な商売人から年甲斐もなく役者に惚れて、その幸せを祈って江戸で稼いだ金を全て渡してやる一途な女心の純情を演じて、これまた印象的であった。

六世歌右衛門も、七世芝翫も、現役には間に合わず、映像でしか見た事がないのが残念。

第二の演目は、「須磨の写絵(すまのうつしえ)」。行平名残の巻。

在原行平が罪を得て兵庫須磨の浦に蟄居していた時、地元に住む海女の姉妹のどちらとも深い仲となったが、許されて都に戻る際、姉妹と別れを惜しむ。松風、村雨という姉妹の名を取って「松風村雨物」と呼ばれる能の名曲を歌舞伎化。

六世歌右衛門の養子である梅玉、魁春が、在原行平、海女村雨を、福助の息子、児太郎が松風を演じる。梅玉は貴公子然として自分を巡って姉妹が恋の鞘当てをしても、置き去りにされる事を非遇に感じても、どこか呑気になだめる風などがニンに合ってよいな(笑)須磨の海岸風情がなかなか良い。昔、隣の塩屋に住んでいたから須磨浦海岸は良く行ったっけ。

歌舞伎座三階、「思い出の歌舞伎俳優」の写真。以前、酒田藤十郎丈が亡くなった時にはもう余白がなく、これ以上写真飾る場所がないのが逆に演技が良いのではと思ったが、最近見ると、片岡秀太郎丈の逝去により、また、まるで追加を待っているかのような空白が2つ生まれてしまったのであった。なんだかなあ。

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歌舞伎座、「八月花形歌舞伎」
8月は夏休みとオリンピックがあり、歌舞伎座、「八月花形歌舞伎」は三部とも行ったのだが、これまたグータラしていたらすっかり記録を忘れてしまった。一応、備忘の為、記憶に残っているところのみ残しておこう。

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第一部は、河竹黙阿弥 作、三代猿之助四十八撰の内、「加賀見山再岩藤(かがみやまごにちのいわふじ)」

三代猿之助の早変わりの原点と言われた作品との事だが、4時間以上の作品を石川耕士と猿之助が補綴・演出して2時間に編集。「市川猿之助六役早替り相勤め申し候」として上演。しか8月興行前の定期PCR検査で主役の猿之助が7/29にコロナ陽性が判明。8/3初日の公演だったが、巳之助が猿之助の代役をやる事で公演継続を決定したという経緯。巳之助の役は鷹之資が代役。

巳之助は、多賀大領、御台梅の方、奴伊達平、望月弾正、安田隼人、岩藤の霊を早替りで演じる。早替りは舞台から引っ込むとお弟子さんが何名も取り囲んで衣装や頭の変更を手伝うのだが、代役で演じるのはそれは大変だろう。しかも、この役の中には御台梅の方、岩藤の霊という、巳之助があまり演じた事の無い女形の役が含まれている。

しかし岩藤の亡霊はなかなか凄みのある台詞で見事に成立しているし、梅の方も無難に演じる。除幕の最後にはお局の姿での派手な宙乗りまで披露して大活躍。勿論、立役の多賀大領も望月弾正もきちんと成立しており、巳之助の対応力の高さに感心。

加賀藩のお家騒動を題材にした狂言。宝物の奪い合いや騙されての暗殺など、筋書きはやたらに転換が多く短く編集したせいか、あっという間にトントンと進んで行く。昔ながらのゆったりした演出というのは、やはり現代の上映ではスピード感に欠けるので、今回くらい展開が早いほうが飽きないかもしれない。まあ、早替りを、おおっと楽しむのが眼目でもある。白骨を使った怪談風の演出は夏芝居にふさわしい。次回は猿之助で見る機会があると良いな。

第二部は中村屋兄弟の公演。最初の演目は、「真景累ヶ淵(しんけいかさねがふち)」、豊志賀の死。

落語の怪談を明治に歌舞伎に脚色したもの。豊本節の師匠、豊志賀を七之助。その若い恋人新吉を鶴松。豊志賀は顔に腫れ物が出来る病に臥せっている。病を得て顔が醜くなった豊志賀は、新吉が自分を見捨てて近所の若い娘、お久と浮気して、良い仲になっているのではと疑心暗鬼となり、心を病んで更に追い詰められていく。

年増女の嫉妬と最初はその女に尽くしているのだが、その嫉妬に辟易して心が離れて行く若い男を、七之助と鶴松コンビが息も合ってなかなか印象的に演じる。怪談仕立てなのだがやはり元が落語だけあって怪談の凄みはあまり無く、どちらかというと軽妙な仕上がり、随所にくすぐりがあり場内でも笑いがこぼれる。

ただ、斜め後ろの席で、ガハハとやたらに大爆笑する親父がうるさい。暗闇から豊志賀が急に現れた時も、驚いてウァーと大音声。今まで歌舞伎座で会った客で一番やかましい。頭と口が直結したタイプの人類なんだな。しかし寄席やお化け屋敷じゃないんだし、あんな大声で笑ったり叫んだりしなくてもなあ。そもそも大向こうも禁止なのだから、馬鹿笑いや叫び声も禁止にしてほしいものだが。

扇雀の伯父勘蔵は、さすがにベテランの味があって物語をまとめる役。勘九郎の噺家さん蝶は、喋りが達者で確かに落語家に見える出来。

二部次の演目は、「仇ゆめ(あだゆめ)」

十七世勘三郎が初演した舞踊劇。中村屋代々に伝わった演目。狸が太夫に恋をして、踊りの師匠に化けて恋を成就させようとするが、そこへ本物が現れる。狸が勘九郎、太夫が七之助。

正体がバレて悲嘆にくれる狸と、それを思いやる太夫のやさしさを中村屋兄弟が軽妙にかつ情深く演じる。揚屋の亭主、扇雀も貫禄があって舞台に深みを与えている。

第三部は、源平布引滝「義賢最期(よしかたさいご)」

義賢を幸四郎が初役で務める。この演目は、もう随分前、まだ歌舞伎を見る習慣が無かった頃、アメリカから来た客を歌舞伎座に連れて行った、私が初めて見た演目の一つ。あれは仁左衛門だったか。

筋立てとしては、前半は、源平復興を願って正体を隠す人物同士の前半の駆け引き。後半では、兄義朝の髑髏を足蹴にして平家への忠誠を示せと迫られた義賢が、憤激のあまり使者を斬る。しかしその時には運命は決している。最早最後と観念した義賢が死を覚悟で暴れまわる立ち回りが見どころ。

襖がバターンと倒れると、大広間を背に血みどろの義賢が現れるのも歌舞伎の様式美。「戸板倒し」は上手くいった。仁王立ちのまま階段に倒れる「仏倒れ」は若干カクカクして息を飲むような迫力が若干欠けたろうか。まああれは難しいのでしょうな。以前、愛之助で見た時は大変な迫力であったが。

梅枝の九郎助娘小万はなかなか良く、このまま通しで「実盛物語」を見たいなと思う出来。

この後は、短い幕が2題。「伊達競曲輪鞘當(だてくらべくるわのさやあて)」は、歌昇、隼人、新悟。「三社祭(さんじゃまつり)」は染五郎、團子。

「鞘当」は絢爛たる桜の吉原を舞台に、伊達男二人が刀の鞘が当たった事で揉め事になるというお話だが、郭情緒に溢れた歌舞伎様式美の世界。ただ、前にも見たけれど伊達男2人が笠を取るまで延々と渡り台詞があって、この場面が長過ぎるような気がするのだが。「三社祭」は若手二人の元気ある舞踊。息も合っている。これからもずっとコンビで売って行くのだろうか。

八月花形歌舞伎は月の前半に見たのだが、コロナで休演していた猿之助は、20日から舞台復帰。まあしかし、緊急事態宣言の現況ではもう一度見に行くのは止めるかな。そうこうしているうちに九月大歌舞伎はチケットを取ってなかった事を今頃発見。まあ、今後の感染状況次第か。

歌舞伎座、七月大歌舞伎を見た
七月は大相撲名古屋場所やオリンピック開幕もあり、歌舞伎座にも間を縫って3部とも見たのだが、blogに残すのをすっかり忘れていた。一応、備忘のために思い出した所だけ。もう大分忘れているな(笑)

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歌舞伎座七月大歌舞伎 第一部

最初は、「あんまと泥棒(あんまとどろぼう)」

中車が歌舞伎界に入って、あんま役として最初の頃に出て、何度も再演を重ね当たり役となった演目。相手の泥棒役は松緑。最近は泥棒の役が多いな(笑)

中車が歌舞伎界にデビューして当初の頃は、時代物には出番が無く、出るというと世話物の汚い爺さんの役ばかりで、歌舞伎の配役もなかなかシビアだと思ったが、この演目はラジオドラマの歌舞伎化で、中車の引き出しにあるものだけで十分通用する。

ふとした出来心で泥棒に入ったが、強欲で図々しい按摩と酒を酌み交わすうち、人の良さが出てすっかり按摩に同情してしまい、金を与えて去る按摩を松緑が好演。中車も強欲で抜け目ない按摩を、松緑との丁々発止のやり取りでコミカルに演じている。

次の演目は、「再びのご熱望にお応えして」と添え書きがある、「蜘蛛の絲宿直噺(くものいとおよづめばなし)」。昨年11月の歌舞伎座でも同じ演目が出ている。土蜘蛛に由来する澤瀉屋がよく出す演目。去年の上演の際に整理して、45分程度に短くなった変化舞踊。猿之助は六役を早変わりで演じ分ける。

土蜘蛛は他の演目でも、源頼光が病に伏せている所に土蜘蛛の化身が現れるという段取り。猿之助は、途中で早変わりのケレンも随所に入れながら、女童熨斗美、小姓澤瀉、
番新八重里、太鼓持彦平、最後の土蜘蛛と演じる。

中車が渡辺綱、松緑が平井保昌を付き合う。立ち廻りでの蜘蛛の糸は今回の澤瀉屋のほうが、松緑が5月に歌舞伎座で演じた「土蜘」の音羽屋バージョンのよりも細くて派手に遠くまで広がるような気がした。一門によって作る弟子は固定されており伝承されているというが、ロットによる出来不出来もあるのかな。

コロナ禍を引き合いに出した台詞がうける。最後に松緑が押し戻しで出て、前回の音羽屋「土蜘」では猿之助と役が反対だったことを述べてまたうける。最後は舞台上からも蜘蛛の糸が下がり派手な切り。

歌舞伎座七月大歌舞伎 第二部

最初の演目は、新古演劇十種の内 「身替座禅(みがわりざぜん)」

恐妻家の山蔭右京を白鸚が初役で務める。この歳で初役に挑戦するのは偉いものであるが、さすがに分厚い経験があるだけに軽妙に演じる。これまた初役、芝翫の奥方玉の井はどうかと思ったが、これが意外に面白い。まあ元々頑強な立役がやるだけで面白い訳であるから、芝翫も顔が大きいので外見だけでも大丈夫。橋之助の太郎冠者はなかなか達者に務める。侍女の米吉と莟玉は他愛もないが可憐に賑やか。

次の演目は、四世鶴屋南北作、「御存 鈴ヶ森 (ごぞんじすずがもり)」

最初に演目発表があった時には、幡随院長兵衛を療養中の中村吉右衛門が錦之助と交代で演じる事になっており、復活を期待していたが、早い時期に休演が発表され、播磨屋の回復状態が心配に。実現していたら、菊之助が岳父と演じる舞台になったのだが。菊之助の白井権八は運命を背負った美しい若者の、怜悧で凄みのある立ち廻りを見せて印象的。錦之助も吉右衛門と比べられては大変だったろうが、無難にこなしている。コロナ禍で若干の配役交代あり。

歌舞伎座七月大歌舞伎 第三部

第三部は海老蔵の通し狂言、「雷神不動北山櫻(なるかみふどうきたやまざくら)」

市川海老蔵五役並びに空中浮遊相勤め申し候とあり、鳴神上人、粂寺弾正、早雲王子、安倍清行、不動明王の五役を演じる。成田屋の家の芸、歌舞伎十八番のうち、「毛抜」「鳴神」「不動」が一気に見れるお得なパッケージ。海老蔵は何度も演じており、手慣れたもので「あらよっ」と演じる。鳴神上人も粂寺弾正も江戸荒事の伝統を体現した立派な出来。「鳴神」の後で大立ち回りがあり、最後は「蘭平物狂」を思わせるような花道で梯子を使った派手な演出。なかなか面白かった。

この演目だけ17日が千秋楽で第一部、第二部よりも早く公演が終了する。海老蔵がオリンピック開会式に登場するという噂は前からあり、その準備に当てるのかなと思っていたら、やはりその通りで、開会式に「暫」の派手な扮装で登場。しかしジャズピアノと共演するといっても何のコラボもなく、随分と雑な扱いをされて、ただ唐突に登場して去るだけ。あれなら出ないほうがよかった気がしたなあ。


歌舞伎前、銀座 鮨「み富」訪問。
7月4日の日曜は、歌舞伎座七月大歌舞伎初日。第三部のチケットを取った時は、名古屋場所が第一日曜に初日と、何時もより早くなっている事に気づかなかった。普通は第二日曜に初日なのだが。白鵬復活、照ノ富士綱取りの場所に初日をライブ中継で観戦できないのは残念。

歌舞伎座開演は5時40分であるからその前に食事を済ませておく必要あり。銀座「鮨 み富」を予約。入店するとカウンタには先客2人あり。

手を洗って手指消毒してカウンタ着席。前回来た時はまだ禁酒令下であったが、今回はアルコールの提供が復活している。アクリル板も新規に設置。親方に聞くと、前から準備はしていたのだが、アルコール提供にあたって都の検査があるかもしれないので念の為に設置したと。元々客間は1席空けてあるからディスタンスには配慮しているのだが。

一升瓶を並べてもらって酒を選定 夏吟醸「不動」を選択。この後行く歌舞伎の演目「雷神不動北山櫻」に引っ掛けてちょうど良い。ふくよかな旨味。その後で「富久長」に切り替え。こちらは淡麗な辛口。

せっかくお酒が飲めるのでつまみを切ってもらう。まずマコガレイ。そしてシマアジ。どちらも上品な脂。カツオは三重。生姜醤油で。爽やかな香りが良い。今年は気仙沼のカツオはあまり良くないのだとか。

北寄貝があるというのでこれもつまみで。赤貝もトリ貝もシーズンが終わり、貝の種類が揃わないので入れたのだとか。そういえば西大島「與兵衛」では甘酢に潜らせた北寄貝がいつも出ていたっけ。石垣貝が出たら入れるとの事。紐は炙って酢橘を添えて供される。つまみには好適。タイラギも切ってもらい、あとは塩蒸しのアワビ。なかなか大きな個体。

歌舞伎座開演が5時40分なので、あんまり長居する訳にも行かない。この辺りでそろそろ握りに。

カレイとイサキの昆布〆。スッキリした味のこの店の酢飯には、やはり昆布締めが合う気がする。アジとイワシも酢〆したものを握って。キスも昆布を当ててあるが、なかなか大きなもの。酢〆の稚鮎は2枚付。頭も珍味として供される。

親方と雑談しながらのんびりやっていたら、5時15分。歌舞伎座はすぐ近くだが、そろそろ行かないと。最後に干瓢巻で〆。

予約の電話でちょっと揉めていたので聞いてみると、5人で入店して酒が飲めるかという電話だったとか。蔓延防止で種類提供は2名までとなっているので飲めないよ(笑)交渉したら大丈夫と思う人間もいるんだなあ。だいたい寿司屋のカウンタに5名で座るという発想が野暮だ。居酒屋じゃないんだし。そんな事を話ししていると、更に時間が経過したので慌てて勘定して歌舞伎座へ。

久々に外食で酒を飲んで楽しかったが7月12日からまた緊急事態宣言で飲食店はアルコール提供禁止。また我慢の日々が続くな。


歌舞伎座「六月大歌舞伎」、第一部。
先週末は歌舞伎座「六月大歌舞伎」、第一部。

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最初にチケット取った時は、「芋洗い勧進帳」は、芝翫だしどうかなと席は取ってなかったのだが、週末が近づいて見てみると座席に空きあり。ふと思い立って前日に取ってみた。

という訳で、最初の演目は「御摂勧進帳(ごひいきかんじんちょう)」加賀国安宅の関の場。

歌舞伎十八番よりも成立が古く、豪快で古風な江戸荒事の特徴を残す演目。勧進帳を読む所は同じだが、富樫が義経主従の通行を認めた後、疑いを持たれた弁慶は捕まる。弁慶は泣き出して、番卒に馬鹿にされ嘲笑されるという展開。

しかし、これは義経を遠くまで落ち延びさせる時間を稼ぐ計略。もう十分遠くに行ったと悟った弁慶は名乗りを挙げ、大立ち廻りで番卒達の首を次々に引っこ抜き、大水桶にぶち込み、芋を洗うように豪快に仁王立ちでかき回すという大詰め。

芝翫は、どの演目でも花道の出は顔が大きくいつも立派。その後で萎んで行く印象がつよいが、この演目の武蔵坊弁慶は、荒唐無稽な荒事として意外に柄に合っている。「いずれも様のお陰で、なんとかこの大役を務める事ができました」とご機嫌で大樽を金剛杖でかき回し、番卒達の生首がどんどん舞台に転がって行く大詰めも、十八番の勧進帳とはまた違って、なかなか面白かった。

雀右衛門の義経は、最近何かで見た気がしたが、この演目ではそれほど見せ場は無いような。鴈治郎の富樫左衛門。

短い幕間を挟んで「夕顔棚(ゆうがおだな)」

田舎百姓屋の軒先。夕顔棚を見ながら酒を飲んで夕涼みする爺さん婆さんは、折から聞こえて来た祭り囃子に、若かった昔を思い出す。詩情にあふれた夏の一夕。清元の舞踊。菊五郎の婆さんが風呂上がりに前をはだけて笑わせるが、左團次の爺さんと共に品が良い。巳之助の里の男は、流石に踊りが流暢で巧いものである。



歌舞伎座「六月大歌舞伎」、第三部を見た。
六月最初の週末日曜日、歌舞伎座「六月大歌舞伎」第三部。

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観劇の前に銀座「鮨 み富」で腹ごしらえ。ノンアルビールしか飲んでいないので、素面で見物。そういえばコロナ禍で、歌舞伎座内のドリンクコーナーでも「令和禁酒令」以前からアルコールは販売されていないし、食堂でもアルコール販売なし。すっかり劇場内で飲む習慣を無くしてしまった。健康によろしい(笑)

最初の短い演目は「京人形(きょうにんぎょう)」

左甚五郎を白鸚、京人形の精を染五郎が演じる。高麗屋の祖父と孫の共演。染五郎は美しく女形も良い。魂の入らないぎこちない人形の動きと、傾城の鏡を胸元に入れられた時の妖艶な女の動きも見事に演じ分ける。若いうちは女形も勉強の内なのだろう。高麗屋の跡取りがずっと女形という訳にも行かないだろうが。

太夫を模した自分の人形が動くのに相好を崩す左甚五郎と孫との共演を寿ぐ白鸚の姿が重なる。常磐津と長唄の豪華な掛け合い。後半は大工道具を印象的に使った立ち廻り。白鸚も身体は動いて、なかなか元気ですな。

20分の幕間の後、日蓮聖人降誕八百年記念、「日蓮(にちれん)」─愛を知る鬼(ひと)─。

荘厳な読経で始まるオープニング。比叡山で法華経こそ唯一無二の法典と説く猿之助、蓮長(後の日蓮)に怒った坊主がお堂に詰めかける場面から始まる。この部分は緊迫したオープニングではあるのだが、猿之助が神々しいライティングで登場すると、いきなり胡散臭くて、なんだか笑ってしまった。あの照明は、狸か狐が化けた仏様が出てくる時使うお笑い用の物なのではと感じるなあ。

笑三郎演じる賤女おどろが、一度は信じた蓮長に何一つ良い事はなかったと呪詛を吐く場面は、キリスト教で言うなら「何故神は我々を助けてくれないのか」という根源的な、所謂「神の沈黙」のテーゼに似て実に迫力あり。しかし「えっ、そんな程度で、また法華経をありがたがって、再帰依してしまうんですか」と心配になる筋書き。

市川右近の善日丸と猿弥演じる阿修羅天が、日蓮の両極端の心象を表しているというのも分かりやすい設定ではあるが、ちょっと深みがない。隼人は、単純無垢で騙されやすそうな美形坊主として見ると、なんだか妙に似合っている。逆に言うと帰依に至った説得力があまり無いのでは。

元々この「日蓮」は、降誕八百年記念として数年前から新作歌舞伎大作としての企画を進めていたのだが、コロナ禍で1時間の短編に縮小したのだとか。澤瀉屋がやるのだから、本来はもっとケレンもあって、最後は日蓮が宙乗りして去っていくラストなんかがあったはずなんじゃないかな(笑)。音楽なんかはそれなりに壮大、荘厳なんだけど、最初に企画した理想像とはかけ離れたものになったのかな。分かりやすい作品ではあったけど、その分薄っぺらい出来になった気もする。このままでの再演は、ちょっと無いような気が。

歌舞伎座「六月大歌舞伎」、第二部を見た
六月最初の週末土曜日、歌舞伎座「六月大歌舞伎」第二部。「桜姫東文章(さくらひめあずまぶんしょう)」下の巻。

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四月に「上の巻」が上演されて満員御礼。六月の公演で「下の巻」。そもそも全段演ずると一日かかるような演目らしいが、コロナ禍では二部に分けて正解。しかし、間に一ヶ月挟んでいるため、まず開演前の幕外で、上の巻のあらすじ解説があるのは親切。

小姓との道ならぬ恋に落ち、心中に失敗して生き残った清玄は、桜姫が死んだ小姓の生まれ変わりと悟るが、しかし何故か袖にされるという不条理。そこから始まる止めどない流転。桜姫は盗賊に手篭めにされ道ならぬ子供を生むのだが、あろうことか腕の入れ墨しか覚えていないこの盗賊に惹かれ、自分の腕にも同じ入れ墨を入れて、人生を奔放に生きて行く事になる。

仁左衛門は、運命の坂道を途方もなく転落していく哀れな高僧清玄と、粋でスッキリ伊達男の悪漢、釣鐘権助を見事に演じ分けて印象的。玉三郎も、悪党釣鐘権助に対するひたむきな愛と、その為に女郎にまで身を落としながらも、あっけらかんと生きて行く桜姫の艶やかさと強さを鮮やかに演じる。

生き返った清玄と、桜姫の庵室での立ち回りは、経文をサラサラと投げ流しながらの見得が実に幻想的で美しい。そして場面の最後は清玄の頭に包丁が刺さるスプラッタ・ホラーの展開。そこからは、生き抜く桜姫に取り憑いた、妄執の清玄の幽霊が何度も権助と交互に現れる。

鶴屋南北先生は、200年も前に、輪廻転生に奇想天外、エロ・グロ・ホラー満載のこんな物語をよく書いたなあ。そして仁左衛門、玉三郎が年齢を超えてなんと楽しそうに演じる事か。上巻、下巻とも見れて実によかった。

大詰では場面転換。浅葱幕が切って落とされると舞台は、浅草の雷門。最後にはお家再興が成り、桜姫はお姫様に戻って大団円。仁左衛門も三つめの役で登場。最後は客席になおって「まず本日はこれぎり」と切り口上で幕。上演はあっと言う間に感じた。歌舞伎の、ある意味、娯楽としての最高の到達点を見た気分で歌舞伎座を後にした。

銀座「鮨 み富」訪問。
先週の週末、歌舞伎座第三部観劇の前に、銀座「鮨 み富」訪問。4時半に入店すると他の客はまだ誰も居ない。手を洗ってアルコール消毒してからカウンタに。

普段なら、親方がお勧めの日本酒の瓶を並べて説明してくれる所だが、「緑のタヌキ令和禁酒令」の最中。しかし店員が見せてくれた飲み物メニューには、ノンアル・ビール以外にも、ノンアルコールのハイボールやレモンハイなどの銘柄が。結構あるんだねえ。ということで、ノンアルコール・ビールを注文。

昔のノンアルビールは酷かったが、最近のものは進歩しており、なんだか本当のビールを飲んでいるような気分に。無いよりましかな。折角なので何時も通りつまみから。

まず白身は、マコガレイとシマアジ。日本酒が無いと妙な気もするがお茶で刺し身食べるよりはノンアルビールのほうが良いかな。

親方によると、酒屋からの仕入れは激減したとか。まあそれはそうでしょうな。酒の売上は減って5月は開店以来の赤字だったが、給付金が入ればようやくトントンだと。給付金は大事だなあ。

なんでも、銀座でも焼き肉店では6月からアルコール提供する店があると。確かに焼き肉をビールでなくお茶で食うなんて考えられない。クラブなども有名所は閉まっているが、やはり闇営業しているところがあり、お姉ちゃんは同伴してお客を引っ張り込む者だけが出勤を許されるのだとか。漫然と出勤してきてやってくるお客を待つのは駄目なのだろう。

もっともこの「令和禁酒令」では、規制を守らずに酒を出して満席まで入れる居酒屋や、闇営業するお姉ちゃんのいる店が儲けて、真面目にアルコールを提供しない普通の飲食店だけを痛めつけている。ズルするものだけが儲かる実効ない規制はどうかと思うなあ。緑のタヌキは自分が目立つ事以外はサッパリやる気がないようだが。

親方によると、豊洲の仲卸で、二回目にコロナ感染した従業員が出たという。11月に感染して抗体がもう減っていたのではというが、それにしても、よほど悪所に頻繁に出入りしているのではないか。魚河岸相手に午前中から空いているクラブなんかが銀座にあると昔聞いた事があるけれども。

カツオを切ってもらうと、つけ台に置かれだけでカツオの爽やかな香りがする。茨城と宮城の間辺りまで上がっ来ているのだとか。トリ貝は、今日は天然が揃っておらず、やや小ぶりの京都の養殖だとか。今年は全般にトリ貝は良くなかった印象あり。タイラギもつまみで。愛知の実に大きなもの。

煮物で、タコ、ハマグリもつまみで。漬け込みのシャコも立派だったが、「今日はアワビがあります」というのでこれもつまみで。メガイアワビ。アルコール提供無しになってから、つまみ用途が多いアワビは入れてなかったのだが、仲卸がおっつけられたとのことで久々に入れたのだと。

ここまでカウンタは一人だけ。お茶に切り替えて握りを。この店では、握りだけのおまかせが増えたので、以前は10貫のコースのみだったが、12貫と15貫と数を増やしたコースも用意したのだと。

この辺りで2人組入店。しかしカウンタ反対側なので密にならず快適。

握りはお好みで。白身は昆布〆。マコカレイとスズキ。スズキはここで食するのは初めてかな。昆布を当てると癖が消えて旨味が増す。〆アジ、〆イワシもこの店の酢飯によく合っている。〆た稚鮎は2枚付。コハダ新子の如し。鮎独特の香りもある。頭は別に切り落として供される珍味。

カスゴは白身を酢〆にした独特のホロホロした旨味。煮物でハマグリにアナゴ。古式を残したツメで。酒を飲まないと種と酢飯の味がよく分かる気もするなあ。最後はこの店の名物、カンピョウ巻。ドタバタ声の大きい3人組が入って来たので、早々に勘定して歌舞伎座へ。


歌舞伎座、「五月大歌舞伎」、第一部。
五月大歌舞伎は、三部ともチケットを取っていたのだが、GWの最中、大相撲開催前の月初に取っていたもので、全て緊急事態宣言発出に伴い公演中止で払い戻しに。五月は見物は無理だなと思っていたが、大相撲が観客を12日から入れるのに合わせて公演が開始に。チケットは既に結構売れていたのだが、大相撲7日目の土曜日に出ていた第一部の戻りを取った。

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この日は11時から歌舞伎座、終わってから国技館に行ってマスB席で観戦という、結構忙しいし、マスクしているとはいえ11時から夕方6時まで周りに人がいるという、どうも観戦リスクを考えると気の進まない状況だったが、松緑の舞台だけは見ておきたかった。

歌舞伎座の席は西の二階桟敷。前も後ろも観客は居ない。左右も離れており快適である。

最初の演目は、河竹黙阿弥作、「三人吉三巴白浪(さんにんきちさともえのしらなみ)」。大川端庚申塚の場のみ。

夜鷹おとせで出た莟玉は、前夜の客がたまたま落としていった百両を返そうと相手を探しているという、薄幸ながら心優しい女性の雰囲気が良く出ている。出番は短い端役だが、人気の花形女形が出ると「哀れだなあ」と同情してもらえる印象的な良い役。二階から見ると、ああいう風に舞台下に消えているのだとなかなか面白い。

右近は花道の出も派手であったが、おとせの懐の百両に手を出す所で、いきなり立役の迫力ある低い声が出て、そのコントラストにちょっと度肝を抜かれる。

「月は朧に白魚の 篝もかすむ春の空」の名台詞も朗々たるもので、実に立派。清元の経験も活きているのか。美しい女(実は劇中でも女装した盗賊だが)が、夜鷹から百両奪って隅田川に蹴落として「春から縁起がいいわい」とあっけらかんと台詞を唄う姿は倒錯したピカレスク・ロマンの感があって、今まで見た大川端の中でも印象的。

隼人は何時も肩肘張って頑張っている。体格も台詞もなかなか立派ではあるが、どこか生硬な所があり、一歩崩れるとガタガタになりそうな、大根と表裏一体の危うい感じがある。そこがよい。ま、偏見ですが(笑)

人気の演目、場面で、様々な座組で見た。中には一人だけ大看板というバランス悪い座組もあったが、今回の「三人吉三」は全員花形。和尚吉三の突然の仲裁に応じて義兄弟になるのは突然にも思えるが、この日は、なるほど、これも実に奇妙な運命のトライアングルだったのだと、今までで一番腑に落ちた出来。3人の醸し出す絶妙なコンビネーションだ。和尚吉三の巳之助は松緑に教えて貰ったというが、人間の良さ、大きさが出ている。そして時折、三津五郎の面影がよぎる。

そして次の演目が、新古演劇十種の内 「土蜘(つちぐも)」

松緑が叡山の僧智籌実は土蜘の精。音羽屋の家の芸であるが、同様の蜘蛛の精が暴れる演目は澤瀉屋でも出る。「蜘蛛の絲宿直噺」は昨年の11月に猿之助で見た。その猿之助が源頼光として相手に座っているのだから、舞台に重みと迫力あり。

源頼光主従の土蜘蛛退治を題材にした変化舞踊。智籌の花道の出は観客に覚られぬよう、静かに出てくるのだそうであるが、ボーッとしていたので七三の所に来る迄気づかなかった。

松緑は怪異な眼力鋭く実に印象的。猿之助もギラギラ光る存在感を舞台に与えていた。澤瀉屋「蜘蛛の絲宿直噺」は、今度の七月大歌舞伎でまた出て、猿之助が最後は女郎蜘蛛になる五人早変わりの役を演じる。この演目で、松緑は頼光ではないが、家臣の平井保昌を付き合うのも面白い。

松緑は七月「あんまと泥棒」に主演。あんま役は中車。2月の歌舞伎座「泥棒と若殿」で巳之助相手に泥棒役を演じたが、七月もまた泥棒役。なかなか興味深い。