97年から書き続けたweb日記を、このたびブログに移行。
実に久々、西大島「輿兵衛」訪問。
土曜の夜は西大島「輿兵衛」。午後は日比谷で映画を觀ており、予約した事をすっかり忘れて、銀座辺りで飯でも食って帰るかと考えていたところ、Googleカレンダーの通知がiPhoneに表示されて、ああそうだったと思いだしたのであった。危ない所だったなあ。

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西大島に夜7時ちょっと前に到着。実にご無沙汰しましたと親方、女将さんに御挨拶。今年は初めての訪問だから随分と間が空いてしまった。しかし親方は、「そんなに来てなかったっけ」との反応。ドッペルゲンガーでも来ていたのかな(笑)

日曜日は貸し切りの予約が入っているということで土曜に予約したが、この日の客は私を入れて3組。カウンタはゆったりと。まず本日の大吟醸を一杯。本日は「美丈夫」。

あれこれ昨今の寿司話など。金沢の「めくみ」については良く知っているらしい。神保町の鶴八の話も良く知っていた。結構噂になるんだなあ(笑)

まずお通しの一皿。海老頭ヅケ、白イカのゲソヅケ、マグロ赤身のヅケ、漬込みのシャコ、ホタテ煮浸し。どれも酒に良く合う。お酒のお代わりは、醸し人九平次。親方が、九平次がパリ、クリヨンに採用されパーティーに出張して握りを披露した事など思い出話を。スイートの部屋が4日間無償で提供されたのだそうで、気前良い物ですな。

本日は珍しくニシンが入っているとの事。

適当な所で握りに。お酒は「十四代本丸」を貰って、その後はお茶に切り替え。

マグロ中トロヅケ、カレイ甘酢ヅケは一味と浅葱を噛ませて。夏の香り大変に結構な白身。酢飯はスッキリと硬めに米の旨味を残して仕上げられている。カレイの胡麻醤油ヅケは濃厚な旨味。

白いかのヅケ。ヅケにして皮目を炙ったシマアジは香ばしい旨味のこの店のスペシャル技。海老は甘酢に潜らせおぼろを挟んで握る古式の仕事。トリ貝
昨年は良い物がなかったが、今年は比較的入るのだと。甘酢に潜らせた北寄貝も他の店では出会えない甘味あり。

ここからこの店名物の光り物連続で。最近は、良いキスが入らないとの事。まずカスゴ。ふっくらとした身肉の旨味。コハダも軽めの締めだが身肉の旨味あり。アジは濃厚な脂が乗り、強めに締められて旨味が凝縮している。ニシンもびっしりと脂が乗り、脂が蜜蝋のように固まって噛み締めると酢飯と共に口中で溶け去って行く。

ハマグリには、濃厚ながらくどくない旨味のツメ。アナゴは白醤油で炊かれて、爽煮のように思えるが実に濃厚な旨味でトロトロ。これまたどこにも無い輿兵衛だけの穴子だ。最後は玉子を貰って締め。

勘定を済ませると女将さんに「一つだけ残っていた」と「與兵衛」がいつもお年賀に使う手拭いを戴く。一応なんとか本年もご縁が繋がったという安堵感と良い気分あり。また通わないと。與兵衛だけにしかない仕事を堪能して、気分良く夜道を帰る。

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遅れ馳せながら、大相撲三月場所写真日記など。
大相撲三月場所、いわゆる大阪場所に、都合3日間遠征したのだが、blogに上げるのをスッカリ忘れていた。写真だけを拾い上げて備忘のために。

(3月17日)

7日目は会社の相撲好きに混ぜてもらって枡席で観戦。大阪には前日金曜の夜に前乗り。

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泊まったホテルのエスカレーター。まず数段階段を上がってからでないと乗れない。なんなんやこれは(笑)

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場所入りの前に、なんばの串カツ店で一杯。10時からカウンタで一杯飲めるというのは大阪ミナミらしくて結構ですな(笑)

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枡席で大勢で観戦すると行楽気分で酒飲んで酔っ払う。打出し後も、河岸を変えてちゃんこ屋でまた宴会。ヘロヘロでホテルに変える。

(3月18日)

翌日の中日も椅子席を取っていたので、再び一人でエディオン・アリーナへ。椅子席からでも土俵は近いが椅子は流石に体育館で、プラスチックに薄い座布団をくくりつけただけ。座り心地は悪いよね。

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貴源治と貴公俊が関取で揃って場所入りするのを再び見れるのは何時の日か。貴公俊も、若く未熟なのは分かるが、付け人を殴ったりしない普通の真っ当な人間になって戻ってきてほしい。五月場所も出場停止だから幕下の何処らへんまで落ちるだろうか。

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普通なら昇進できない星だったが、十両から大勢陥落したので大僥倖で関取昇進した炎鵬は、4勝11敗と大負け。やはり家賃が高かった。今度こそは十両で通用する力をつけてから戻って来るよう捲土重来を期してほしい。

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この日も満員御礼。

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ご当地だけあって豪栄道の応援は凄い。豪栄道タオルは何処の売店でも売り切れ。この日は琴奨菊に勝利して大きな拍手を受けていた。

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打出し後、高島屋地下でスペシャル鰻弁当を購入して一路新大阪へ。大阪場所の帰りは、表面パリパリの大阪風鰻がよろしい。

(3月21日)

日曜夜に帰京。月曜、火曜と仕事して仕事終わりに再び新幹線で大阪に。翌日祝日は、大相撲三月場所11日目を観戦。

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水戸龍は10日目に勝ち越しでこの場所調子が良かったのだが、この日翔猿に敗北。消沈して花道を帰って行ったが、この相撲で怪我をして翌日から休場。勝ち越していたから良かったが、しかし、大勝ちして十両上位に上がるチャンスだったのだが。五月場所で復帰できるのだろうか。

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打出し後はまた一路新大阪へ。いつも鰻弁当では芸が無いので、この日は和食弁当。これもまた結構。

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まあしかし、新幹線で往復できる距離とはいえ、短期間に二回も大阪遠征はちょっと疲れた。三月場所は鶴竜が優勝。素晴らしい達成であった。

歌舞伎座、「四月大歌舞伎」昼の部。
先週の日曜日は、歌舞伎座、歌舞伎座百三十年「四月大歌舞伎」昼の部。

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歌舞伎座前では、何が気に入らないのか、歌舞伎座正面の晴海通りに停車したタクシーに向かって、延々と怒鳴り続ける爺さんあり。おい、爺さん。お前のほうがずっと世の中の迷惑なんだよ。

入場の列も短く結構空いている印象。

最初の演目は「西郷と勝(さいごうとかつ)」。明治百五十年記念上演。真山青果作「江戸城総攻」より松竹芸文室 改訂とある。「将軍江戸を去る」は以前に見た事があるが、歌舞伎座で西郷どんを見るのは初めてだな。

将軍徳川慶喜の助命を嘆願し、無血開城を提案する勝海舟と、江戸の街を戦火に巻き込むのを忍びなかった西郷の、江戸城総攻撃前日の会談。真山青果らしい科白劇。松緑も亀蔵も良いが、勝海舟役の錦之助はちょっと線が細く影が薄い気も。薩摩弁はNHK大河「西郷どん」のおかげで、あまり違和感無く聞き取れる。ただ台詞だけに頼った作劇で、松緑は大奮闘で喝采するけれども、歌舞伎としてのスペクタクルな面白さはあまり無いかもしれない。

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30分の幕間は花篭で「花車御膳」。客席には空きが目立ったが、食堂はほぼ満席という不思議。

次の演目は、「裏表先代萩(うらおもてせんだいはぎ)」

有名な仙台藩の御家騒動を描いた名作が「伽羅先代萩」であるが、これは二つの視点でその騒動の裏を描いた派生作品。仁木弾正、正岡が出る筋を「表」、毒薬を調合した町医者の下男小助の物語を「裏」として同時進行で描いて行く。

菊五郎が小悪党の下男小助に、幻術も使う大悪党の仁木弾正を二役で。時代物と世話物の世界が交錯するなかなか奇妙な世界。仁木弾正は、菊五郎のニンにあるとは言えないが、小助の物語と交互に語られると、これはこれでなかなか興味深い。

政岡が出る御殿の場は、「伽羅先代萩」でも見たことはあるが、演出の違いか、何かちょっと淡々とサラサラ軽い気がする。雲に乗ったようにという仁木弾正の花道引っ込みは、菊五郎がやたらとユックリ歩き、途中で危うく寝落ちする所であった。

しかし夜の部は仁左衛門、昼の部は菊五郎という人間国宝がどちらも二役で悪役に徹するという面白い趣向の興行。これはこれで面白かった。




「分店」改め「新橋鶴八」訪問。
木曜日の夜は、「分店」が名前から取れたニュー新橋ビルの「新橋鶴八」に。石丸親方の「新橋鶴八」本店は、さらにその大親方、諸岡親方が開いた神保町「鶴八」を継ぐために神保町に移転してしまった。なかなかややこしいな(笑)

ショートメッセージで空きを確認すると、5時半から7時までならとのこと。仕事を早上がりして、まず5時過ぎに「P.M.9」に。

神保町「鶴八」に、この店で選んでもらったスコッチを引っ越し祝いに持参したら、石丸親方が「三好君が選んでくれたんですか」と喜んでいた話を伝えに。初めて入った「鶴八」の店内の事などカウンタで喋っていると、窓の外から声が。開店前の清水親方が扉から顔を出して「「鶴八」に行って頂けたんですね。どうもありがとうございます」と笑う。師匠は弟子を心配し、弟子は師匠を心配する。新橋鶴八一門の結束。

5時半に入店すると既に先客あり。話を聞いていると随分寿司に詳しそうな女性であったが、後で聞くと某料理雑誌の編集をしている人なのだとか。

五十嵐親方と、暖簾が変わった事や、訪問した神保町「鶴八」の事など。なんで店名を「ニュー新橋鶴八」にしなかったのかと問うと「そんなの嫌ですよ」と。せっかく考えてあげたのに失礼な(笑)「新橋鶴八」にしても、本当は兄弟子の「しみづ」が継ぐべきではなかったのかと問うと「だって全然仕事が違うじゃないですか」と。まあどちらが近いかというと此方ではあるけれども。

お酒はまず新潟の純米吟醸「謙信」を所望。爽やかな酸味の後にすっと米の甘さが抜けて行く。お通しは酒盗。まず白身はカレイ。身の活かり具合は本日の締め。大きな個体を仕入れるので熟成するというが、本店のように当日締めたのをブツブツ切って食するのが好きだなあ。

カツオはネットリした旨さ。歌舞伎の世話物「髪結新三」で初鰹を食して大家が「まるで餅のようだ」と云う場面があるが、江戸の初夏を思い出した。もう房総のほうにも上がるらしい。

シャコは立派な大きさ。伝来の漬込み仕事。トリ貝も段々と肉厚に。独特の軽い酸味と甘味。次にまた白身が出て、カンパチかと思ったらイサキであった。イサキは昔々勝どきの今は無い某寿司屋で食したが、それ以来だろうか。

ここからは握りに。昆布〆、マグロ赤身ヅケ、コハダ、ハマグリ、アナゴと。米の甘みを感じるスッキリした硬めの酢飯が素晴らしい。幾分香ばしい香りがするのも独特なところ。

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この日の食べたものメモはドラえもん入り(笑)

ということで、一週間で、「新ばし しみづ」。「新橋鶴八」改め神保町の「鶴八」。「新橋鶴八分店」改め、ニュー新橋の新「新橋鶴八」と巡ったことに。暖簾も新しい「新橋鶴八」に。電光看板も分店が取れて「新橋鶴八」になっているのだが、これは本店がそのまま置いて行ったので、五十嵐親方が勝手にかっぱらって来て付け替えた由。

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運命の輪は巡る。神保町「鶴八」訪問。
火曜日は神保町の「鶴八」に。「新橋鶴八」石丸親方が自分の店を閉め、寿司屋人生の集大成として、自分を寿司職人として鍛え上げてくれた師匠である師岡師匠の築いた店の暖簾を、最後に引き継ぐ事となったのだ。

この承継の話を聞いたのは年明けに「新橋鶴八」を訪問した時。その前から、田島という人が後を継いだ「鶴八」が12月で閉店するとネットで見て、石丸親方に神保町の「鶴八」も閉店らしいねと聞くと「いや、多分来年もやってますよ。また行ってみてくださいよ」と妙な事を言うのであった(笑)後で「しみづ」に聞いた話では、12月頃になって急に本人が継ぐと言い出して、弟子もビックリしたとの事であったが。

新年になって訪問した時に、「もうご存知でしょうが」と貰ったのがこの案内状。

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それから何度かニュー新橋ビルを訪問したが、3月に神保町「鶴八」の訪問予約を入れておいたのだった。この火曜日が開店2日目。

「新橋鶴八開店30周年の夜」でも書いたが、私が寿司屋巡りをしたいなと思った原点とも言うべき本が「神田鶴八鮨ばなし」。しかし実際に懐に余裕が出来て寿司屋巡りをするようになった時には師岡親方は既に引退。、「しみづ」、「新橋鶴八」と、弟子筋をさかのぼるような形で「鶴八」系の店に行くようになったが、不思議と代替わりした「鶴八」には行こうと思わなかった。

当日は、「P.M.9」に寄って軽く一杯やり、用意して貰った店へのお祝いを引き取って内幸町の駅に。都営三田線の神保町駅から2ブロックほど。こんな所に店があるのかと思うビルの間の細い道を曲がると「鶴八」と小さな看板が光っている。

狭い間口の引き戸を開けると、カウンタには先客一組。石丸親方が笑顔で「いらっしゃい。どうぞ、私の眼の前に」と奥から三席目を指さす。尊敬する親方にそう大歓待されると、なんだか感激かつ恐縮する。

開店お祝いに「P.M.9」で手配したスコッチの「ウスケバ」を持参した事を告げると「ああ、三好君が選んでくれたんですか」と石丸親方が相好を崩す。スッキリした味わいのブレンデッド・ウィスキーで、いつも石丸親方が飲んでいるのだそうである。

まず菊正の冷酒を所望。お通しはホタルイカ。やはりこの店に入るのは初めてなので、あちこち物珍しく見まわしてしまう(笑)店は間口は狭いが縦に長い長方形かと思っていたら、割と矩形で、石丸親方によるとひし形なのだとか。つけ台は新調したのですかと訊くと、前の物がボロボロになっていたので削ったのだと。素材がヒノキだからまた白木の目地がきちんと出るようだ。

すぐ後から、カウンタ奥の席に女性連れで入って来たのは、「鮨に生きる男たち」や、「鮨12ヶ月」の著作もある、鶴八系の古い常連、作家の早瀬圭一氏であった。「新橋鶴八」でも、「鶴八30周年パーティー」でもお目にかかった事がある。

他にもお客さんが次々と。カウンタは7席。前の店を知る人は、中が明るくなったと。客席側は壁も明るい色に変えて、電球はLEDにしたせいもあるのだろう。ただつけ場は、穴子を煮る引き笊や酢飯を切る飯台が壁に掛かっており、古くなったステンレスの洗い場と蛍光灯とちょっとレトロな昭和の感じが残る。

元々は小上がりだったという部分も小さな椅子席に。石丸親方は、昔の修業時代、兄弟子とこの小上がりでずっと寝泊りしていたんですよと懐かしそうに語る。

「新橋鶴八最後の弟子」君もちゃんと居てワサビをつけてくれたので「連れてきて貰って良かったな」と冗談を言うと「お暇を出されずにすみました」と(笑)

女将さんとバイトの女性が3名位か。小さな店だが結構人手多し。二階の部屋も椅子席で8名入るとの事なので、まあ人は必要だよね。

種札は前の店の物も正面にあるが、親方によると「これは偽物」という事で、カウンタからつけ場を見て右側上に前の「新橋鶴八」から持ってきた種札が新たに付けられている。若干長さが足らずに切り落としたが、種札の数は「新橋鶴八」のほうがずっと多いとの由。

早瀬氏は結構なお年だと思うが、ワインボトルを自分で持って来て、親方と、「この店はつけ場の床が低く、客席とも近いので、親方の顔が近くて威圧感あるな」など、結構憎まれ口を叩いて和気藹々とやっている。

お酒は菊正の冷酒を貰ったが、今度の店では他にもラインアップあるらしい。お通しはホタルイカ。カレイ、塩蒸し、シマアジ、アジ、ハマグリなど貰い、握りはニュー新橋ビルにあった時通り。しかし、つけ場には昭和の雰囲気を残しつつ、客席側の内装は新しく、つけ台も新しく削って、雰囲気の良い店。女将さん以下サービスの人数も多いので実に居心地がよい。

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寿司屋遍歴の最後に、戻るべくして、実は今まで来ていない此処に戻って来たのだ。これは、ある意味運命なのだと思う場所。「神田鶴八鮨ばなし」の場所だ。

神保町駅からすぐなので、これからもまた通わないと。



歌舞伎座、「四月大歌舞伎」夜の部。
先週土曜日は、歌舞伎座、「四月大歌舞伎」夜の部を。

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四世鶴屋南北の作。通し狂言「絵本合法衢(えほんがっぽうがつじ)」。片岡仁左衛門一世一代にて相勤め申し候と添えてある。歌舞伎座での上演は初回なるも、監修・主演の片岡仁左衛門がこれで演じ納めなのだと。

まったく予備知識無く見たが、仁左衛門の、血を吸った刃が濡れた光を放つような、妖しい悪の美が随所にあって感嘆。一世一代というのは実に勿体無い気気がする。

仁左衛門は、大名の分家である左枝大学之助、その家来の太平次。偶々瓜二つの相貌であったという悪役を二役で。時代と生世話と演技も違うが、どちらも黒光りする迫力の悪漢を美しくもダークに、実に印象的に演じる。

冒頭から、悪巧みに加担した下っ端を切り捨て、鷹狩りの鷹を殺めてしまった子供をも躊躇なく切り捨てる大学之助には呆気に取られる。諌める家臣を心を入れ替えたふりをして殺し、幕切れに扇で顔を隠しながら真っ赤な舌を出して哄笑する。邪悪な笑みに深い魔の心を見せつける迫力。彌十郎が二役で、役名のひとつも弥十郎なのでちょっと混乱。

二幕目から生世話の演出になり、もう一方の悪役、太平次の登場。仁左衛門は全幕出ずっぱりでこれは確かに大変だろう。河原乞食の女親分、うんざりお松を演じる時蔵は、軽妙で妙に色っぽい女非人を印象的に。質屋の後家を毒殺し、謀事に協力したお松も呆気なく殺す太平次も、小気味が良いほどの悪役ぶり。江戸時代には大変に人気のあった狂言であるというが、一種の良くできたピカレスク・ロマンである。

幕間は花篭で「芝居御膳」。

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春の雰囲気があちこちに感じられる献立。ただ、今日の食堂は大変に空いている。客席も所々空きあり。有名ではないが見ると面白い演目なのだが、時蔵も彌十郎も二役。役者陣にはあまりバリエーション無く、仁左衛門以外にはあまり役者の華は無いかな。

大詰めは巨大な閻魔大王の像が迫力。奸計が功を奏し追手の弥十郎夫妻を自殺に追い込んで嘲笑う左枝大学之助であったが、これは弥十郎の策略。逆にその隙を逆襲され討たれてしまい、悪は滅びましたという大逆転のカタルシスある大団円。討たれた大学之助も最後は起き上がって観客席に向き直り、これにて本日の終了で御座いますと深々と礼をして幕。実に面白い狂言であった。誰が後を継がないものか。

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久々に「新ばし しみづ」。
先週の日曜日、お昼に実に久々に「新ばし しみづ」。

その前、金曜の夜には「P.M.9」で一杯。 久しく「しみづ」に行ってないとバーテンダーM氏と雑談して、帰宅しようと外に出ると「久」の親方にバッタリ。やはり行かねばならんなと土曜日に「しみづ」に電話。清水親方が電話に出る。日曜日が空いているか尋ねると、夜は法事があって営業お休みなんですと済まなさそうに。しかし昼なら1時から大丈夫だというのでお昼に予約。

1時丁度に入店。既に入れ替わりで1時からと思しい客が左右に。実に久々に来たのでなんだか懐かしい気さえする。入り口に立つのは新しいお弟子さん。前に入ると聞いてはいたが。昼ではあるけれども、常温のお酒を貰って始めてもらう。

おまかせのつまみから。ヒラメは上品な脂。熟成して柔らかい旨味あり。アオリイカは皮目に細かく包丁を入れてネットリした甘味。甘海老昆布〆は甘海老を並べて朧昆布で挟んで〆た上品な酒の肴。サヨリは細切り生姜醤油。アジも既に結構な肉厚に。

「新橋鶴八」神保町移転の事や、分店の名前から分店が取れた事など清水親方と。清水親方も「新橋鶴八」を襲名したがっていたはずだが、割と恬淡としたもの。分店も暖簾が変わってムードが変わりましたねと。神保町は明日からですよと。なんでも前日の土曜日には、店でレセプションをやってで大親方など読んでお披露目したとの事。

ここから貝類。トリ貝、赤貝は立派な肉厚、青柳も。漬込みのハマグリ、ウニなど貰ってつまみ終了。お茶に切り替えてそろそろ握ってもらう。

まずマグロは赤身。そして中トロ。どちらも熟成が進み、肉質なシットリして柔らかく、ここの強い酢飯にもピッタリ合う。コハダは相変わらず酢の効いた厳しい〆。この店独特。生臭さと水分は飛んでコハダの旨味だけが身肉に。噛み締めると鼻から喉の奥にツーンとするような鮮烈な酢の香りあり。これはこれで癖になる。アナゴは塩とツメと1貫ずつ。トロトロの煮上がり具合が良い。最後はカンピョウ巻きを半分貰って〆。久々の「しみづ」寿司を堪能した。

新橋鶴八分店訪問。
書き忘れていたので、遅ればせながら更新。

3月13日の火曜日に「新橋鶴八分店」訪問。当日の午後、ショートメッセージを入れると空いているとのこと。

入店するとカウンタ一番奥に案内される。右隣に大常連O氏用の座布団が。その更に右横には既に常連らしいお客が座っており、五十嵐親方と喋っている。O氏と知り合いなのだろう。顔広いからなあ(笑)

お通しはホタルイカ。もうそんな季節か。まず日本酒。お酒は新潟の謙信だっけか。ふくよかな丸みがあり、軽い甘みがすっと舌の上を抜けてゆく。二杯目に加賀鳶に変更。

白身はヒラメとカレイ。もうそろそろ種替わりの時期。トリ貝。まだ薄い。ただ独特の風味あり。ヒラメの卵の煮付けが出てくる。もうこんな大きな卵を抱いていますから身の脂が落ちてくるのだと。

サクラマスのカマ塩焼き。上品な脂が乗っている。つまみにはもう少し塩を効かせてもよいかなというと、「自分でかけてください」というのだが、身を焼いた後で塩を振っても駄目なのよ(笑)骨が多いねと言うと、「だって元々捨てる部分ですから」だと(笑)

身のほうはどうするのかと尋ねると、寄生虫がいる事があるので一旦冷凍してから、今度は解凍して寿司種にするらしい。サクラマスなんて珍しい。確かにこの時期は魚が少ない。「しみづ」でも使ってますよと言うのだが、記憶にないなあ。

サヨリ、サバもつまみで。シャコ、ヤリイカ煮付けも貰う。

種札にはコハダ無し。アナゴも今日は5本しか仕入れられなかったのだとか。季節の変わり目は仕入れも大変なようだ。なかったと。

この辺りで握りに。中トロ、ブリ、ハマグリ、アナゴ。

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何時ものように最後に食べたもののメモを貰ったのだが、ブリとハマの間に「人」と書いてある。ハテ? これは一体なんだっけ? メモを貰った時に尋ねて一度納得した記憶があるのだが、家に戻ったら忘れてしまった(笑) 隣にO氏がいると余計な事ばかりしゃべることになるので、寿司に集中できないのだった。


歌舞伎座、三月大歌舞伎昼の部。
更新が遅れてしまったが、先々週の土曜日は、歌舞伎座、「三月大歌舞伎」昼の部。

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夜の部が仁左玉揃い踏みであるが、昼の部はどちらかというと若手が中心の座組みか。

まず最初の演目は「国性爺合戦(こくせんやかっせん)」

台湾で活躍した英雄鄭成功(ていせいこう)を題材に近松門左衛門が書いた時代物。

愛之助演じる和藤内(わとうない)という主人公の名前は、「和」でも「唐」でもない出自を洒落て表現しているとイヤホンガイドで。この人物の演技は全体に荒事として演じられ、飛び六法の花道引っ込みが2回もあってなんだかお得な感じがする。ただ人物造型としては単純で、さほどカタルシスある見せ場無く、ただ力みかえっているような役柄。

一見して和藤内が主人公に思えるが、逆に城内での物語の部分では、老練な秀太郎が筋と意地を通す継母役を演じて、前面に立つ。夫の前の夫人の娘である錦祥女に対して、「継母としての義理が立たない」などの理屈の応酬やら情愛やら、芝翫演じる甘輝が「妻を殺さねばならない」という理屈は、単に日本流の義理人情や忠義と考えてはなんだか納得行かない部分もあるのだが、物語転換の演出と役者の押し出しでなんとなく乗り切る。まあ中国のお話だから(笑)

秀太郎は縄をかけられ手を使わずに演技というのは結構大変な役。立ったり座ったりも大変だ。東蔵が爺さん役というのも珍しかった。途中では「もぐもぐタイム」に「そだねー」もサービスで。中華風の派手な舞台、荒事の派手な所作、人間のドラマもあって、なかなか楽しんだ。

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ここで30分の幕間。花篭食堂はそんなには混んでいないね。花車膳など。

次の演目は、四世中村雀右衛門七回忌追善狂言として「男女道成寺(めおとどうじょうじ)」。

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所謂「道成寺もの」のバリエーション。恋に狂った清姫が蛇身となり焼き尽くした鐘を巡る物語。若手総出の所化坊主が大勢現れた後、大谷右衛門が高僧のいでたちで舞台に現れ、四世雀右衛門追善公演の口上を述べる。

その後に二人の白表紙が登場。当代の雀右衛門が白拍子花子。白拍子桜子実は狂言師左近を松緑が演じる。松緑の女役は初めて見たが、元々踊りも素晴らしいし、なかなか綺麗に成立している。そして実は男の狂言師であったという展開に。長唄と常磐津の掛合の」舞踊劇。引き抜きの美しい衣装転換。清純な娘ぶりから恋を知った妖艶さ、そして鐘を見つめる狂気を、雀右衛門演じ分ける舞踊も、連れ舞いの松緑の舞踊も両人踊り巧者であるから、それぞれに面白い

道成寺物恒例の手ぬぐい撒きもあり。あまり前のほうには飛んでいるように見えなかったが、私の右隣の人も前の席の人も手に入れて広げている。いったいいつ飛んできたのだろう(笑)そういえば、以前歌舞伎座で観た玉三郎「娘五人道成寺」だったか、偶然に手ぬぐいが私の膝の上に落ちたが、隣のオッサンが横から手を出してサッとかっさらっていった。まあしかし、世の中浅ましい輩もいたもんだよねえ。

20分の幕間を挟んで最後の演目は、「芝浜革財布(しばはまのかわざいふ)」

落語の人情話「芝浜」を元にした世話物狂言。この落語は名作でよく知られている。

今日くらいは一杯やったらと女房に勧められるも、「よしとこう。また夢になるといけねえ」という落語のサゲは、落語では絶妙なのだが、劇の切りに使うには確かに難しい。歌舞伎の舞台では最後の部分の演出をちょっと変えている。

話の筋は単純で分かりやすい。人は良いが大の酒好きの魚屋政五郎を芝翫が軽妙に演じる。ニンにあるので手馴れたもの。この演目でお披露目の愛之助の部屋子も親切に紹介。大宴会のシーンも賑やかで下町の人情に溢れて暖かい。政五郎女房おたつの孝太郎も、情愛に溢れたしっかり者として見事に成立している。

打ち出しの演目としては大変に後味が良い。まだ明るい中、銀座をブラブラ。どこかに財布落ちていないものか(笑)

歌舞伎座、「三月大歌舞伎」夜の部を。
先々週の日曜は、歌舞伎座百三十年「三月大歌舞伎」夜の部。温かい日だったが前日のゴルフ疲れがあり、花粉症が出て薬を飲むも鼻水は出るし眼はかゆいし、頭はボーッとして体調は最悪。

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歌舞伎座横までタクシーで。襲名披露の1月2月ほどには入場の混雑無し。

最初の演目は、四世鶴屋南北の作、「於染久松色読販(おそめひさまつうきなのよみうり)」

いわゆる「お染久松」物。通しの上演では女形が七役を演じる趣向らしいが、今回初見。この上演では、「小梅莨屋の場」、「瓦町油屋の場」のみを、お六を玉三郎、その連れ合いの悪役、鬼門の喜兵衛を仁左衛門が演じる。

土手のお六は「悪婆」と呼ばれる鉄火で伝法な女の悪役。仁左衛門の悪役は凄みと色気があるが、軽妙さも兼ね備える。あちこちで笑いを誘う、軽いくすぐりあり。カーリングの「そだねー」も登場(笑)

策略を凝らして大店を強請ろうとするのだが、歌舞伎では大体、ゆすりたかりは上手く行かない事になっている。最初のうちは勇ましいが、形勢が段々と悪くなって口数が少なくなるお六がコミカルで面白い。鬼門の喜兵衛もやり込められて負け惜しみ。最後は軽妙な掛け合いで両者が駕籠をアラヨっと担いで花道を去る。

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30分の幕間は花篭で芝居弁当。

次の演目は「神田祭(かんだまつり)」

仁左衛門と玉三郎の舞踊。粋な鳶の頭と恋仲の芸者が、江戸情緒あふれる目出度い祭りを背景に連れ舞いを見せる。もともと初演時に二人用に振りがつけられたというが、まるで本当にキスするんじゃないかというほどデレデレいちゃいちゃの仲の良さを粋な舞踊で表現。本当に恋人同士に見えるのはやはり芸の力。玉三郎は長身だが仁左衛門と並ぶ場面では膝を深く折って背丈が小さく見えるようにしている。女形の芸というのも大変でござる。

最後は幕間2回挟む長い演目、
「滝の白糸(たきのしらいと)」

泉鏡花の原作を新派が舞台にし、それがまた歌舞伎化されたもの。玉三郎の演出。「新派」というのはウィキによると歌舞伎劇を「旧派」として対比した現代演劇運動なので、新派の劇がまた歌舞伎に戻るというのも妙なもの。何でも飲み込む歌舞伎の懐の深さを感じさせる。

第一幕は20分と短いのだが、ここで花粉症の薬を飲んでいる上にお酒が入ったからか強烈な眠気が襲ってきた。外が暖かいからか鼻の調子も更に悪化。そして最初の第一幕が、主人公の滝の白糸がずっと端にいるばかりで際立たず、派手さがない。体調いよいよ悪化し、これは多分最後まで見ていられないと次の幕間で退場して帰宅。なんだかもったいなかった。

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しかしせっかく上演されているのに見ないままというのも俳優陣にも失礼な話。次週、戻りの席が出ていたので、会社を早めに出て、三越地下で弁当を買い、5時頃に歌舞伎座到着。混まないうちに二階のソファーで弁当食べて、次の「神田祭」から見物する計画。

舞台では「於染久松色読販」がまだ上演中。上演時間中の歌舞伎座に正面から入るのは初めてだが、入り口を入ると係員が早速近づいてきて「席までご案内しましょうか?」「イヤホンガイドがご入用でしたらあちらです」と実にサービスが良いね。

亀戸升本の弁当は江戸前の甘辛の濃い味。二階のソファーは誰も居ないかと思ったら3人ほど座って居るのであった。舞台の上演時間中はドリンクコーナーが閉まっているのではと思ってコンビニで缶チューハイ買って行ったが、やはり閉まっていたのであった。

「神田祭」は、二度目だが、賑やかにもいちゃつきぶりが実に微笑ましい。「滝の白糸(たきのしらいと)」。壱太郎が演じる滝の白糸の声は、最初の一声からなんとなく玉三郎を思わせる。昼の部の「男女道成寺」では、その他大勢、若手出演の所化坊主の一員が、夜の部の半分以上を費やす大作の主役。勿論、大名題の御曹司ではあるのだが、やはりこれは玉三郎が肩入れした抜擢というか。

水芸で旅芸人一座の看板を張る鉄火な美人芸人の強さと、しかし一目惚れした恋に生きる女としての弱さのコントラストが強く出れば出るほど印象的な劇だと思うが、壱太郎と松也は健闘しているものの、やはり初役でもあり、歌舞伎座の大きな舞台はちょっと持ちきれない部分を感じた。

水芸の舞台は派手で見所あり。最後の幕、法廷の舞台、自らの殺人を否認するために、金は取られていないとガンとして否認する滝の白糸の、すっくと伸びた強い背中が、判事代理として帰郷した、恋する村越欣弥の問い詰めを受け、とたんに弱々しい女の背中になるところなどは、玉三郎の演出の冴え。歌六は劇の進行役として、しっかり脇を固めて舞台に程よい重みを与えている。しかしラストの悲惨さは、夜の部の打ち出しとしてはちょっと気の滅入るもの。印象的ではあるけれども。

この日、前の席にはやたら座高の高い、しかも頭の大きい爺さんが座って大分往生した。劇場の席ばかりは運である。