97年から書き続けたweb日記を、このたびブログに移行。
歌舞伎座、「六月大歌舞伎」、昼の部
先週の土曜日は、歌舞伎座「六月大歌舞伎」昼の部。10時半前に入場が始まる。そんなには混んでる印象無いね。

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入場する時にはまだ「六月大歌舞伎」の垂れ幕が下がっていなかった。そんな事もあるんだ(笑)

最初の演目は、「妹背山婦女庭訓(いもせやまおんなていきん)三笠山御殿」

「妹背山婦女庭訓」は、人形浄瑠璃から移された何段もある長い芝居。舞台は大化の改新辺り。細かい風俗は江戸の物を援用しているとは言え、やはり上代独特の雰囲気も感じられる「時代物」。

「吉野川」も見たし、「杉酒屋」から「三笠山御殿」までの通しも見たが、今回は「三笠山御殿」のみ。「杉酒屋(すぎざかや)」、「道行恋苧環(みちゆきこいのおだまき)」など前の段が出ないと、なんで「苧環」持っているのかとか、恋の争いの背景とかがやはりちょっと分かりづらいが、まあそれが歌舞伎の興行。長くなったら長くなったで寝てしまうし(笑)

冒頭の入鹿は楽善。彦三郎、亀蔵の息子2名を左右に従えて。台詞がみんな明晰で良い。玉三郎で見た時の漁師鱶七実は金輪五郎は、今回も松緑だったが、荒事味あり、豪放磊落でかつ可笑しみのある演技が舞台に映えて実に印象的。

杉酒屋娘お三輪は時蔵。嫉妬に狂った「凝着の相」から、切られた後、自分の死は無駄ではなく愛する者を救うのだという安堵、しかし最後に一目会う事はかなわないという哀しい結末まで芸の力で見事に演じる。

本質とは関係無いが、時蔵の頬骨が張っている所を見ると、いつもメリル・ストリーブを思い出して、小娘に見えなくなってしまうのでいかんな(笑)

お三輪を虐める官女達は立役がやるのがお約束なのだそうだが、前回見た時ほど印象的では無かったかな。「三笠山御殿」のみだが幕間無しで2時間近いというのは、最初の演目とはいえちょっと疲れる。

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ここで30分の幕間。今回は昼も夜も幕間が少なくギチギチに演目が詰まっており、30分の幕間が昼夜とも遅い。三階の花篭食堂はガラガラ。だって午後1時近いものねえ。

次の演目は舞踊。六歌仙容彩「文屋(ぶんや)」

先月も菊之助が六歌仙の一幕を踊ったが、今月も続けて。詰め込み気味の時間表だけを見るなら、公演としては無くともよかったが、まあ色々と事情があるのでしょうな。最初の演目で官女が大勢出るので、舞踊にも出そうとか(笑)幕開きと同時に清元に「延寿太夫!」と声が掛かる。人気ですな。「たいめいけん」や「雷門おこし」の若旦那達の如く真っ黒だが、サーファーなんだろうか(笑)

15分の幕間を挟んで、河竹黙阿弥作、「野晒悟助(のざらしごすけ)」

あまり深い展開は無く、男伊達の粋と女にモテモテの格好良さを菊五郎が見せる、気楽な世話物。歌舞伎座では20年ぶりの上演。背景は大阪だが雰囲気は江戸の下町。

住吉神社鳥居前、与太者の乱暴狼藉に会った土器売りの貧乏な親娘を助けて金を与え、敵はきっと打ってやるという颯爽とした菊五郎は、同じく参拝に来ていた大店の娘も助けて、両方の娘から惚れられる事になる。この野晒悟助の出が何のことは無いけれども格好良くて印象的。

児太郎演じる薄幸な娘お賤と、米吉演じる大店のおっとりした娘小田井の対比も良く効いている。その後もドタバタがあり、娘二人が押しかけ女房に来て、嫁の座は先に来た小田井のものに。この辺りも、「もう少し早く来てくれれば」と結構エー加減な埒もない風味である。

そして制裁を加えた与太者の親分、左團次がやってきて揉め事になり、百両が要る事になるが、お賤が身を売って百両を用立てる。自分のために苦界に身を落とすお賤の手を取って「来世はお前と夫婦に」と言う悟助の台詞に「えええ!」と驚く米吉が面白い。米吉は、ポワンとちょっと抜けているような娘役が似合うよねえ。

百両を手にして提婆仁三郎(左團次)を追いかける悟助の立ち回りで大団円。菊五郎劇団の大立ち回りは、大勢がチームワーク良く音羽屋の柄が入った傘を使い、トンボも何度も派手に切って全員の息が合っている。

河竹黙阿弥が五世尾上菊五郎のために書き下ろした作品だそうであるが、菊五郎が粋で格好良く見える、小難しい所のない気楽な世話物。なかなか面白かった。

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歌舞伎座、「六月大歌舞伎」初日、夜の部
歌舞伎座六月大歌舞伎初日、夜の部を見物。

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午後4時に歌舞伎座前到着したが、まだ昼の部の客が大勢出てきているところ。昼の部の打ち出しが3時52分で、入場は4時5分からとのこと。

結構昼の部も遅い終わりだが、夜の部も演目は2つで幕間は15分と30分の2回だけ。夜の打ち出しが9時15分というのもやはり遅い気が。比較的長い演目が2つ続く。

最初の演目は、「夏祭浪花鑑(なつまつりなにわかがみ)」

人形浄瑠璃由来の世話物作品。以前海老蔵で観た時は、話の筋があまりよく分からず、人物の関係もイマイチ納得ゆかなかったのだが、さすがに二回目に見ると筋がある程度良く分かる(笑)もっとも、お梶が徳兵衛に気付くところなどは、前の段から出ないと分からないが、まあ歌舞伎は長い狂言を有名な所だけ切り取って出す上演が普通だからしかたない。

吉右衛門演じる団七九郎兵衛の最初の出はムショから出たばかりのヨレヨレ。ちょうど「石切梶原」の二つ胴を切る際に牢から引き出された罪人の如し。しかし着替えて出てくるとパリッとしてその差が際立つ。久しぶりに会う息子の一松役で、娘婿である菊之助に連れられて孫の寺嶋和史が出演。デレデレの様子に客席も沸く。米吉演じる傾城琴浦も可憐な感じで良い。

「鳥居前」での立ち回りは、様式的にあれこれ面白い形がつけてあり興味深い。「三婦内」で雀右衛門お辰が焼けた鉄串を顔に押し当てる演出は、なかなか印象的。

今は念仏三昧の好々爺だが、昔はさんざん喧嘩もして悪かった強面の爺さんである釣船三婦が、訪ねてきたごろつき権と八を待たせて昔の鉄火な着物に着替えながら「分かっとるわい、ちょっと待っとれ」「やかましいわい」等と関西弁で怒鳴る。歌六が新喜劇のように軽妙に演じており、実に面白かった。

吉右衛門は初日ながらさほどアーウーなく台詞は殆ど入っており存在感あり。歌六の重厚と軽妙を交差する演技も印象的。大阪のうだるような暑さの下町の情景が描かれていると、どの解説にも書かれているのだが、あんまり夏の風情を感じないのが不思議なところ。江戸下町の夏を感じさせる演目はたくさんあるのだけれどもねえ。

大詰めの「長屋裏」橘三郎演じる三河屋義平次は、憎々しい爺様としてなかなか印象的に成立。もみ合う内にうっかり傷つけてしまい、更に憎々しく騒がれたために、義父であってももはやこれまで、殺さねばならぬと深みに嵌ってゆく焦燥と絶望。そして祭りのダンジリの賑わいを背景に風のように去る団七九郎兵衛を吉右衛門が印象的に演じる。あれこれと決まる型もあり、吉右衛門は立ち回り大奮闘。

ただ、汚い爺さん相手の立ち回りであって、情景としてあまり華は無く、立ち回りは全体として長過ぎる気がしないでもないかな(笑)団七内の場、大勢の立ち回りはカット。

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途中に15分の幕間を挟んで最初の演目が終わった所で30分の幕間。花篭食堂はガラガラ。6時55分から食事というのはちょっと遅い印象だが、やはりそのせいだろうか。

切りの狂言は、「巷談宵宮雨(こうだんよみやのあめ)」

宇野信夫作、十七世勘三郎の当たり役を芝翫が演じる。24年ぶりの上演なのだそうで、まったく予備知識無かったが、実に面白かった。

笑いを誘う軽妙な世話物から、後半は怪談風味に。松緑は、愛嬌も人情味もある悪党、虎鰒の太十を印象的に演じる。ニンにあるんだね。芝翫も、金に汚い因業な破戒坊主の爺様、龍達役であるが、時代物の男臭い立役よりも世話のこんな軽妙な役のほうが合っているような気もしないでもない。白塗りではなくあまり化粧っ気を感じさせない雀右衛門も、世話物の女形として印象的。

隠していた金を掘り出した分け前で怒鳴り合いの喧嘩になる所もおおいに笑わせるが、怒り余った虎鰒の太十が龍達に毒を盛った所から舞台は急にサスペンスあふれる怪談風味に。前半とのコントラストも面白い。亡霊となった龍達が現れ、背筋が寒くなった所で幕。ただまあ、夜の切としては、ちょっと後味悪いかな(笑)

夜の部は、最初から、鶏爺さんの声も「空耳アワー」の如く、時折幽かに聞こえる。そして、前回の歌舞伎座もそうだったのだが、今回も一階席前方から声掛けるオッサンが。

イキった声で「二代目!」「キオイチョ!」など実にウザいんだ、これが(笑)そして、「巷談宵宮雨」の最後の場面、芝翫が亡霊として立ち尽くす所でまたイキった声で「ン~ナリテヤ~!」とデカイ声を。あの場面に成田屋出てたとは知らなかったな(笑)

この日の打ち出しは9時15分。翌日以降の時間表をwebで見ると、進行がちょっとだけ早くなったようだ。


「新ばし しみづ」訪問。
水曜夜は実に久々、「新ばし しみづ」に。前日に今週来週の空きがあるか電話したら翌日が空いていたのだった。

6時に予約したが、前の予定が早めに終わったので5時50分頃入店。しかしもう既にカウンタには4組5名が居て、握りも終盤、お吸い物が出てる人もいる。一体何時から来店してるのでしょうな。

お酒は冷たいのを所望。お通しはしらすおろし。このしらすが立派で上手い。

奥に立つ弟子の「しみづの錦木」君は、しばらく見ないうちに随分体重を増量したような。本人はあせって「太ってません」と云うのだが、鶴八伝統の体型になってきた気がするなあ。ちゃんこの味が染みてきたんだな(笑)

つけ場入り口側に立つ職人は弟子ではなく、もう一本立ちしており手伝いに来て貰っているだけなので、鶴八体型じゃないんですよとの清水親方解説。

何も言わずともつまみが切られてくる。

カレイはまるでヒラメの如くネットリ脂が乗って旨味が濃い。今月から解禁のアワビは明るいびわ色。海の滋味深し。

カツオはネットリ、モッチリ。薬味醤油で。青葉の時期の江戸を舞台にした歌舞伎「髪結新三」の初鰹は、きっとこんな味だったろう。

トリ貝は甘み十分。そろそろ終わりかと聞くと、舞鶴のトリ貝はこれからどんどん出るのだとか。ただ、ここ数年は大きな個体が無かった由。ここの貝は海底を整備して種貝を撒いている蓄養と聞くが、貝の場合、魚の養殖の如く餌を撒く訳ではない。自然の貝と同じ餌で育つ訳だ。海流やら海水温やらの変化が生育に影響するのだろうか。

アジも身肉が厚く旨味あり。漬け込みのシャコ。お酒もお代わり。ホタルイカのオリーブオイル漬けが。これはイタリアン・バルの一品みたいで旨い。ホタルイカもそろそろ終盤か。

親方が予約の二人客がまだ来ないなと弟子に予約を確認。10分程遅れると電話があったが、もう45分経っていると。次の予約が入ってたりすると困るよねえ。

すると扉が開いてその予約客登場。しかしなんと何も悪びれずに1人だと言う。親方もグッと堪えて飲み物を聞くとお茶でと。おまかせで握ってくれとのこと。しかしこの客はなんと、「僕はなま物が駄目なので火が通したものだけで」とのたまう。

清水親方は流石に憮然として、「それではうちは無理ですよ。どうかお引取りください」と。客は「少しでも火が入ってたら大丈夫なんですけど」とちょっとだけ抵抗したが、やがておとなしく席を立つ。わざわざ寿司屋に予約して入ってきて、なま物駄目って、とんだ珍客がいるなあ。外国人ではなく日本人である。

「せめて予約の時に言ってくれてたら考える事もできますけど、座っていきなり言われたら仕事できないですよ。寿司屋はなま物ばっかりなんですから」と清水親方。まあその通り。しかも、30分以上遅れてきて、2名が1名になって、なま物駄目だというのだものなあ。

その客が去った後、カウンタに残った客と親方で、あの客はいったい何だったのか議論。隣のお客さんによると、「すきやばし次郎」でもカウンタに座り、「なま物は食べられません」と言った客が居たらしいとのこと。

反対側のお客さんの推理では、「何かの罰ゲームで、無理やりやらされているのでは」と。舞台に選ばれた店は大迷惑(笑)確かに入店して来た時から、どうも挙動不審な所があった。割と若い男性だったと思ったが。

私の推理は、「あれはミシュランの調査員で、わざと無理難題言って店の対応を見ているのでは」というものだったのだが、「ンな事ないですよ」と清水親方に一蹴される(笑)

店の電話が鳴ると「おっ、さっきの客の逆襲じゃないか」とか、店中の客が和気藹々で盛り上がって面白かった。時には珍客の来訪も良いものだ。

つまみの続きは、漬け込みのハマグリ。ウニは二種盛りで。最後に何かもう一品所望すると、親方はしばし考えていたが、カラスミを出してくれた。酒に合うね。

この辺りでお茶を貰い握りに。マグロはシットリと旨味あり。塩も酢も厳しく効いたこの店の強い酢飯によく合う。コハダは大きめのものの片身づけと、小さめの個体の片身を二枚重ねたものと。コハダの〆も酢が効いて酢飯との相性が良い。穴子もトロトロに煮あがっている。塩とツメで。最後は干瓢巻を半分。実に充実。

久々に「しみづ」の寿司を堪能。勘定を済ませて外に出ると、女将さんが「今日は騒がしくてすみません」と。いやいや、偶にはあんな珍客が居て盛り上がるのも面白い(笑)

雨が強くなってきたので新橋からタクシー帰宅。



「新橋鶴八」(元分店)訪問
先週水曜日の夕方、珍しく「新ばし しみづ」から携帯に「本日空いております!」とメッセージあり。急なキャンセルでも出たかな(笑) しかし既にこの日は予定が入っており断念したのだった。

次の木曜日、朝。「分店」が取れた「新橋鶴八」に、今夜空いているかメッセージを送ってみると「今、築地なので後で連絡します」と。昼前にメッセージが来て7時までならとのこと。長居するつもりは無いので、さっさと出してくれれば望むところである。

時間が限られているので何時もより早めに入店。

五十嵐親方が「ブログが炎上してましたね」と笑う。何言ってるんだ、炎上なんかしてないよ(笑) 変なコメントがちょっと付いただけじゃないか。それだって考えてみれば、貴方が喋った「鶴八」が出て行った事情なるものを、聞いた通り書いただけなんだ。そっちの責任だと思うがなあ(笑)

お酒は純米吟醸。銘柄は失念。お酒は最近各種置きだしたのだが、あまり有名な銘柄ではないので記憶に残らない。お通しは鯛の酒盗。

まず白身は鯛とカレイ。鯛は皮目に旨みあり。カレイは大きな個体。ヒラメを思わせるようなネットリした旨み。

アワビ塩蒸しは、房総と三陸産を食べ比べ。房総は身肉の色も明るくクリーミーな旨さがあるが、三陸産はちょっと野趣があるというか、身肉の色も若干濃く、仄かに磯臭い風味がある。この店ではなるべく房総の物を入れるようにしている由。マダカの大きいものも素晴らしいが値段もまた張るのだね。

トリ貝は本年出荷順調だったがそろそろ名残の時期に。まだジューシーで肉厚。アジは鹿児島だという。身は厚くネットリと全身に脂が乗って実に旨い。昔はアジをコハダの替わりに強めに酢〆にしたものだし、最近、「すきやばし」でも酢で〆たアジを出していると聞くから、やってみたらどうかと提案。鶴八流では皮を剥く前に酢をくぐらせるけれど、漬けないのだよね。以前、築地の「つかさ」で夏場によく食した酢〆のアジは旨かったなあ。

カツオは炙った皮目が香ばしく身肉にも上品な脂が乗っている。生姜醤油で食すると旨し。

隣には、大常連O氏。もっともこの日は7時までに退散と決まっているので、長々と付きあわされる事が無いのが助かる。これからこの店には当日予約だけにしよう(笑)

先日訪問した「神保町」の事など。偶には顔出してやるかなどと強がりを言っている(笑)。まあ仲直りしたほうが良いと思うけどねえ。新装開店ラッシュもそのうち引くだろうから、6月にまた訪問するか。

今週、ここに何時も連れて来るアメリカ人弁護士が来日したのだが、今回は新顔のベジタリアンの同僚を帯同。卵と牛乳のみOKだという。事前に「新橋鶴八」でベジタリアン・メニューあるか聞かれたのだが、江戸前寿司屋の玉子は小柱のすり身が入っている。ベジタリアンに食せる物というと、かっぱ巻き、紫蘇巻き、カンピョウ巻くらいだものなあ。

この辺りで握りに。

昼が満席で忙しかったとのことで、握る直前に飯台を出して来て、奥で酢飯を切っている。数分で出来上がったので、永谷園の「すし太郎」使っているのか聞くと「これがキチンと修行した腕なんですよ」と五十嵐親方は威張る。「しみづ」で聞くと、「すし太郎」使ってますと冗談返してくるけれどもねえ(笑)

握りのほうは、イカ、昆布〆、コハダ、ハマグリ、アナゴ。 切ったばかりの酢飯はまだ酢が落ち着いていないかと思ったが、いつも通り固めに炊き上げ、米の旨みが一粒一粒感じられる旨い酢飯である。「すし太郎」凄いな(笑) 

イカも白身昆布〆も、この店の薫り高い酢飯の美味さを堪能できる種。ネットリした肉厚のコハダも鶴八伝来の技。煮物も良い。最後に海苔巻きを半分。鉄火巻なんて要らないなあ(笑)

他所の鉄火巻きを見ていると、赤味からトロまでのグラデーションがイマイチ鮮やかではない。まあ確かにマグロは厳しい時期である。

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最後に本日食したもののメモを貰ったが、アジを書き忘れている。パーマンなんか書く暇あったら、付け忘れを無くしたほうがよいと思うがなあ(笑)

歌舞伎座、團菊祭五月大歌舞伎、昼の部を観た
ゴールデンウイーク最後の週末、土曜日は、歌舞伎座にて團菊祭五月大歌舞伎、昼の部。

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十二世市川團十郎五年祭と銘打ってあり、昼の部は「雷神不動北山櫻(なるかみふどうきたやまざくら)」の通し狂言。

「市川海老蔵五役相勤め申し候」とあるが、海老蔵が鳴神上人、粂寺弾正、早雲王子、安倍清行、不動明王を一人で演じ、江戸時代に市川團十郎が定めた成田屋「歌舞伎十八番」のうち「毛抜」「鳴神」「不動」と3つが出るというお得なパッケージ。

同じ十八番の中の「押し戻し」というのも筋書は無く、花道で怪異な物の怪を剛力が押し戻す「ひとつの場面」なので、「鳴神」の後に入れたら4つも出る更に更にお得なパッケージになるのだが、主要な立役のキャラクターを全て海老蔵が演じている興行なので、海老蔵の鳴神上人を押し戻す役が居ないのだった。

最初は幕が開くと舞台付きで海老蔵が座り、十二世市川團十郎五年祭が開催できるお礼の口上を。今年は成田山開基1080年。成田屋所縁の新勝寺から「大本山成田山新勝寺 不動明王勧請」と不動明王の出開帳が2階ロビーに行われており「ご利益があると思いますのでどうぞお参りください」と口上に。次の幕間ではお参りの列が出来ていた。

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最初は、発端、序盤で20分の幕間に。2014年12月にも海老蔵で観ているが、この部分を観ていると、磁石と笄のセットを与えたり、序幕に小磯が殺されて短冊を奪われる場面があったり、干ばつの説明があったりなど、後に続く「毛抜」や「鳴神」の説明になっている。

そして次の幕は「毛抜」。海老蔵演じる粂寺弾正が、大らかに色好みの所も見せ、悪人の奸計を見破り征伐するという荒事特有の筋書き。海老蔵が座頭ということになるのだが、ただ雀右衛門が出てくると浮くほどに、他にあまり大物が出ていないのだった。

「毛抜」が大団円となって30分の幕間。

花篭で「花車膳」で一杯。

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次は「鳴神」。天下を旱魃に導いた鳴神上人の封印を解くために、色仕掛けで海老蔵演じる鳴神上人を籠絡する雲の絶間姫を菊之助が演じる。ただ此処でちょっと眠気に襲われ、白雲坊、黒雲坊と掛け合いで艶かしくもエロティックな場面を語る絶間姫の「クドキ」と、素知らぬ振りで聞き耳立てていた上人が引き込まれて興奮し、庵から転がり落ちる部分、そして癪を起こしたのも絶間姫の胸に手を入れて解放するという、江戸時代の観客が大興奮で観ていたと思しい見所を全て寝落ちしてしまった(笑)目が覚めると上人が酒を飲む盃事の場面。しまったなあ(笑)

高僧がメロメロになって堕落するという設定は、いわゆる久米の仙人の寓話にも似て、江戸時代のエロティック・コメディーの雰囲気。還俗したら名前を「市川海老蔵」等という辺りの海老蔵の軽妙な演技にも客席が沸く。

大詰めの派手な大立ち回りは観客を飽きさせずに実に凄い。花道で梯子を使った演出は「蘭平物狂」を思い起こす。最後の「不動」は、歌舞伎十八番とはいえキチンとした形が現存してないらしいが、筋書きではなくシーンを表すものらしい。最後は幻想的な演出で切りとなる。

「雷神不動北山桜」通し狂言は、海老蔵自身が五役主演で組み上げて何度も演じており、実に手慣れたもの。まさに成田屋の芸。

最後の演目は「女伊達」。時蔵が踊る短い舞踊。賑やかな新吉原仲之町の絢爛を背景に、気風の良い女伊達時蔵が、時に強さを時に女らしさをあしらって踊る。時蔵に華を持たせるような演目か。粋で洒脱で上手い。

長崎食日記
長崎旅行で食べたものの記録など。飲み食いしたのだが、「街さるき」に労力を使ったので、帰京後に測定すると体重も体脂肪も減っている結果に。

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初日は空路で長崎空港入り。リムジンバスで40分程度で長崎駅まで。しかし意外に遠いんだなあ。泊まったホテルは駅の近く。ホテルには荷物を預けたらもう昼時。ホテルの中華でちゃんぽんでも食すかと思ったら、予約で満席だとか。仕方なしに外に出る。
しかしこのホテルの回りには飲食店無いね。

路面電車で移動するにしても何処が賑やかな所かよく分からない。しかしホテル近くで一軒の中華発見。店をやってるのは爺さんひとり。正午なのに客は誰もいない。嫌な予感がするなあ(笑)

まずはビールを頼むと、瓶とコップはすぐに出してきたが、栓抜きが見つからない。爺さんが幾つも引き出しを開けて探して随分時間かかったがようやく見つかって栓を抜いてくれる。大丈夫か(笑)

上ちゃんぽんを注文して待つほどに、調理場では爺さんが冷蔵庫をやたらに何度も開けたり締めたりして、トントンと食材を切る音が。家庭の主婦が昼を一から作っているかのよう。しかし大分経って一応出て来た。「上」である所以は、海老が一匹と玉子が入っている所。その他は肉も魚介類も小さな欠片がちょっと入っているだけ。具はほぼ野菜と言ってよいが、スープは柔らかな味わいで悪くなく、カロリー低く、健康には良いかもなあ。

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初日の夜は、やはり地元の人間に聞かないとと、タクシーに乗って、食事するので賑やかた所に連れて行ってくれと頼む。運転手は、「歓楽街ですね」と言う。ちょっとニュアンスが違い気がするが、「食事は魚がいいなあ」というと、思案橋のこの店の前まで連れて行ってくれた。

本日一のお勧めは生け簀にいるメジナだというので注文すると一匹まるごと刺身にしてきた。確かに新鮮。いかにも生け簀の魚を捌きましたという刺身。これはこれで旨い。しかし量が多いので、後はハマグリの酒蒸しを貰い、芋焼酎をお替りして終了。魚の頭と骨は「後造り」として味噌汁に。

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二日目の昼は初日の失敗を取り戻すべく、駅前から乗ったタクシーの運転手にちゃんぽんの旨い店を聞いてみた。運転手の言うには、やっぱり中華街だねというので車をそこへ。「店はやっぱり会楽園だね」というので中華街入口の店前につけてもらう。

お昼時は過ぎているのだが店前には入店待ちの客がズラリ。名簿に名前を書いて席が空くのを待つ。客をさばくのはいかにも頑固そうな華僑の爺さんで、呼ばれてすぐ返事をしないと容赦なく次の名前に移るという豪腕ぶりによってドンドンと待ち行列がはけてゆく。またテーブルに着いた後の店員のサービスや気の使い方も結構。

「特製ちゃんぽん」を注文。豚肉、鶏肉、魚介に肉団子と具だくさん。スープも若干甘さを感じるが濃厚。なかなか美味かった。

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二日目の夜は、タクシー運転手に聞いたのではなく、ガイドブックに掲載されていた観光通りの「吉宗 本店」に。持ち帰りも含めて手広く商売している歴史ある店。具だくさんの茶碗蒸しは、出汁が濃厚で、官能的なほどふんわりトロトロ。これは実に美味かった。蒸し寿司の小丼とおかず付き。

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三日目の昼は皿うどんを試そうと、ガイドブックに掲載されている中華街の「蘇州林」に。しかし1時過ぎというのに店の中も外もお客でゴッタ返している。これはちょっと時間がかかるなあと、昨日も行った「会楽園」に。頑固親爺の仕切りが宜しく、直ぐにカウンタに着席。特上皿うどんを注文。長崎流にウスターソースをかけて食するとまた格別。細麺のパリパリが良い。

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三日目の夜は、雨も降っているし移動が面倒だったので、近くの長崎駅ビル内のレストラン・フロアの魚料理居酒屋で。アジの造りは新鮮でなかなか良い。イサキとアサリのアクアパッツアは、見てくれこそ悪いがオリーブオイルにニンニクが効いて、新鮮なイサキの身は弾力がありソースに絡めるとなかなか美味かった。アジの骨はこれまた「後造り」で素揚げにしてもらう。骨せんべいだが、パリパリして実に旨い。

長崎は魚の街とも言われるが、今回行った店でもその片鱗は感じる事ができた。今度来る時には、事前にもっと勉強して、店を探求する旅にするか(笑)

ゴールデン・ウィークももう終わり。明日から出張なのだった。




長崎旅行写真日記、三日目
長崎滞在三日目は雨の天気予報であったが朝は陽が差している。この日は軍艦島観光に。上陸できるツアーがあったのだが、現地で予約すれば良いやと思っているうちに全ての上陸ツアーは満員。軍艦島の回りを周遊するツアーしか空いていなかった。これは痛恨だったなあ。

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乗船する前に近くの「軍艦島ミュージアム」を見物。日本の富国強兵、産業を支えた石炭事業で栄え、そして廃棄された歴史的遺産。

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港近くには歴史を感じる古い建物が。貿易商や税関の跡など。この辺りも神戸や横浜と似ている。

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産業の栄枯盛衰を感じる廃墟。近年、「007」シリーズのロケ地にもなったっけ。上陸してどこまで見れるか分からないが、話の種に一度は上陸してみたかったなあ。

行き帰りは、長崎の発展を支えてきた三菱重工の造船所群を左右に見ることになる。しかし昨今は造船関係のリストラで従業員は最盛期の2~3割しか居ないのではと。史跡は沢山あるので、観光で街を盛り上げないとね。

下船する頃には雨が降ってきた。旅先の雨は難儀なものだが、近くのコンビニでビニール傘を。

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雨に濡れるオランダ坂の石畳を歩くと、クールファイブの「長崎は今日も雨だった」が脳内に再生されるのだった。ワワワワ~♪

この日はホテルに戻って休息。そして次の日も雨。ほぼ観光地は巡り終えたので、午前のフライトで帰京。なかなか良い旅であった。

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長崎旅行写真日記、二日目
長崎二日目は長崎駅から北のほうへ。長崎電鉄の長電アプリに24時間乗車券を600円でダウンロード出来るので後は画面を降車の際に見せるだけ。実に便利である。

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まず平和公園に。高台に広がる公園は、原爆で壊滅した刑務所跡が青々とした緑の公園になっている。

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実に壮大かつ静謐な力をたたえた平和祈念像。

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平和公園の近くが原爆爆心地。いわゆる「グラウンド・ゼロ」である。1945年の8月9日11時02分。

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発掘された当時の地層も残されている。崩壊した瓦礫だけではなく、亡くなった人も血や肉や骨、その叫びもそこにはそのまま封印されているかのよう。この小さな水の流れも当時は死体の山になっていただろう。

この後、階段を登って、長崎原爆記念館に。アメリカ人と思しい若い団体客多し。この悲惨をしっかりと目に焼き付けていって貰いたいものだ。

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広島とは違ったプルトニウム型。プルトニウムの臨界量は10キロ程度と聞いたが、取り巻く諸機構があるのだろう。実に大きな爆弾である。爆心地近くで採集された骨とガラスが溶けて一体化した破片など、正に言葉もない。

資料館を出て、今度はこれまた近くの浦上天主堂に。

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キリスト教信者への迫害と、原爆の被害、両方の悲惨を伝える歴史遺産。アンゼラスの鐘と被爆のマリアでも有名。

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この辺りにはあまり飲食店が無く、捕まえたタクシーの運転手に聞いて、この後、中華街に。

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昼食のあと、近くの出島跡に。ビルに囲まれて、もうスッカリ陸地なのだが、当時はここまで海だったとは。

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日本二十六聖人殉教の地にも行ってみた。これまた小高い丘の上。

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路面電車のある街は暖かみがあって好きだなあ。東京にも神戸にも昔は走っていたけれど、人口が大きくなったり車の量が増えたりすると、どこかで路面電車の利便性が不利になるポイントがあるのだろう。松山も熊本も路面電車があり、時間を気にせずにフラット乗れて実に良いんだけどな。

夜は、ロープウェイで稲佐山山頂に登り夜景見物。

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ロープウェイの駅が神社の境内にあるというのは珍しい。夜景は確かに素晴らしい。この日はまた満月で空も美しい。

香港、モナコに並んで世界三大夜景に選ばれたというのだが、これについてはちょっと異論があって、神戸の夜景のほうが大阪付近までずっと見えて壮大なんだけどなあ(笑)

二日目はこれで終了。「街さるき」に随分と時間を費やしたので実に疲れた。旅行後に体重を図ってみたら、体重も体脂肪も減っていたからなあ(笑)


長崎旅行写真日記一日目
GW2日目から3泊の予定で長崎への旅に。実は今まで一度も訪問した事が無かった県なのであった。これで九州で訪問していない県は佐賀だけとなった。佐賀県は、確か端を通過した事はあるのだが、宿泊した事がないなあ。

備忘の写真日記など。

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見物すべき場所の位置関係や距離もあまり分からないのであるが、取り敢えず宿泊先の駅近くのホテルに荷物だけ置いて、Googleマップで徒歩で眼鏡橋まで。

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結構中国人観光客が多。更に徒歩で「街をさるき」、大浦天主堂まで。路面電車を使ってもよいが、徒歩でも十分歩ける距離。

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大浦天主堂までも徒歩で歩ける距離。長い禁教弾圧の歴史の後、安政の開国後、外国人の為の施設として建築された大浦天主堂に、浦上でずっと潜伏キリシタンとして信仰生活を送っていた日本人達が訪ねてくる。ドラマティックな日本信徒の再発見の物語。今週、長崎、天草地方のの潜伏キリシタン関連遺跡が世界文化遺産へに登録されることがほぼ決まったとか。確かに残すべき印象的な歴史遺産。

更に徒歩でグラバー園に。長崎は小さな坂が多いが、神戸で言うと阪急電車より北側みたいな感じ。初めてなのに、何故か懐かしい気がする。

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グラバーさんは21歳の時に来日して貿易商会を開いたのだが、こんな見晴らしのよい所に広大な敷地を所有して立派な家を建設。建物の設計もやったというから、開国の後は、外国を知り才能ある者にとっては、瞬く間に成功を収めることが可能な世界だったのだろうか。グラバーを頼って次々に来日したオランダ人達の住居も園内に。

港は三菱関連の造船所が広がり、船着き場には客船が。なんでも中国人観光客はよく観光船でも来日するということらしいが。

夜は思案橋で食事した後、ホテルに戻って、Kindleに落としてある遠藤周作の「沈黙」を読み返す。



歌舞伎座、「團菊祭五月大歌舞伎」夜の部
團菊祭五月大歌舞伎夜の部を観た。「十二世市川團十郎五年祭」とも銘打たれており、2階ロビーには成田屋所縁の成田山新勝寺から不動尊が祀られている。

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最初の演目は、「弁天娘女男白浪(べんてんむすめめおのしらなみ)」

「知らざあ言ってきかせやしょう」で有名な、河竹黙阿弥原作の所謂「白波五人男」。幕の間のストーリーは厳密には繋がっていないが、細かい事には拘らないのが歌舞伎。様式美に満ちた役者が、格好良い場面だけをつないでいる、いかにもこれこそ歌舞伎といった音羽屋家の芸。勿論大旦那の菊五郎が弁天小僧を演じるのだが、前髪の小僧というよりも「弁天親爺」と呼ぶべき貫禄。まあ本来は役名通り菊之助に譲るべきなのかもしれないが、歌舞伎役者は死ぬまで現役だからなあ。

浜松屋の場は、娘に化けて因縁をつけて金を強請り取ろうとする弁天小僧が、正体を見破られ、開き直って啖呵を切るのが有名な場面。煙管を使った粋な所作や鉄火で粋な台詞、花道坊主持ちの引っ込みの軽妙さも手慣れたもの。丁稚役で菊五郎の孫、寺嶋眞秀がちょこまか出演して会場は大いに沸いた。

「勢揃いの場」は、花道での五人衆のツラネ、本舞台に立ってからの渡り台詞と、黙阿弥の七五調の名台詞と絢爛たる歌舞伎の様式美に満ちた舞台。まさに一幅の錦絵のよう。ストーリーのほうは、なにやら良く分からないのだが、ただただ威勢が良く格好が良い。海老蔵も菊之助も舞台に映える。

立腹の場は、立廻りでの若手奮闘と、がんどう返しなどの派手な演出。菊五郎御大も結構大変だと思うが怪我しないようにやってもらいたいものである。
大詰めの極楽寺山門の場は、海老蔵の華に良く合っており、梅玉は、この手の何やら訳が分からないが取り敢えず大団円になる時の扇の要として、実にピッタリとハマる役者だ(笑)

この日の客席は、一階のトチリ列の辺りだと思うのだが、随分とヘナチョコな声で大向うを掛ける年配の観客が、しかも明らかに妙に何人も居た。一階席で大向うというのは珍しいし、偶に一人会うかどうかだがこの日は随分多い。マナー的にはアカンという説もあるが、ちゃんと声が出て芸になっていればさほど気にはならない。しかしこの日、一階で何名も掛ける大向うは、全部どういう訳かヘナチョコな声(笑)「菊畑」では、しまいには「紀尾井町!」とまでやるのも居たが、屋号も満足に掛けられないのに、応用問題に手を出すと必ず失敗すると思うがなあ(笑)音羽屋の後援会筋か何かの客が競って声を掛けていたのだろうか。しかしもっと練習するべきではと思うなあ。

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幕間には花篭で「芝居御膳」。新緑の頃が献立にもきちんと反映されている。

次の演目は、「鬼一法眼三略巻(きいちほうげんさんりゃくのまき)」から「菊畑」。以前にも同じ松緑で観た。物語の三段目だが次の段が「一条大蔵譚」。

開幕前から花道にも菊の花が置かれ、定式幕が開いた後で浅黄幕が切って落とされると、菊が盛りの大きなお屋敷の庭が広がる。秋の雰囲気にあふれ気持ちのよい風景。

表には見せないが実は源氏に心を寄せる主人公や、源氏再興のための秘宝探索、他人と思えば実は生き別れた兄弟だったというのは歌舞伎ではお約束の設定。別の人物に扮しているがその正体実はというのも時代物ではよくある設定。

知恵内役の松緑は力が強く、忠義に厚く、洒落っ気もあるという「色奴」と呼ばれる格好良い役を粋に演じて立派に成立している。ただ物語的には、ストーリーにあまり大きなカタルシスが無く、若干膨らみがないようにも感じる演目でもあるかなあ。

最後は短い舞踊、六歌仙容彩「喜撰(きせん)」

長唄と清元の掛け合いで、賑やかに踊る。菊之助は喜撰法師が初役というが、坊主姿で踊るというのは、丁度出演中の「西郷どん」月照役を時節柄意識した配役なのでは(笑) TVでの月照役はきちんと成立しているが、女形と美麗な二枚目を得意とする菊之助に、ヒゲの剃り跡青々しく軽妙に踊る坊主役はあんまり合っているとは思えないけれども。時蔵は手練で洒脱で粋で上手いものである。まあ時蔵に華を持たせる演目という位置づけなのかもしれない。