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97年から書き続けたweb日記を、このたびブログに移行。
歌舞伎座「四月大歌舞伎」第三部を見た。
先週木曜日は、歌舞伎座「四月大歌舞伎」第三部を観劇。演目は、仁左衛門、玉三郎の「桜姫東文章」

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元々は、webでの発売日に、土日のA2、A3ブロックが全て押さえられており、後で戻りを取るかと軽く考えていたら、公演は始まってほどなく大人気となり、歌舞伎座地下売店ではポスターを求める長い列ができ、土日どころか全日程で全ての席が完売に。

一旦諦めていたのだが、東京都にまん延防止特別措置が出て、8時までに終演とする為、開演時間と終演時間が変更に。戻りが出るのではとチケットweb松竹を時折チェックしていると、一階の16列に一席だけポッと戻りが出たのをゲット。ラッキーだったな(笑)

今回はコロナ対応もあり、「上の巻」として前半部分を。後半部分は6月に上演するという趣向。仁左玉での上演は34年ぶりと言う事で、さすがに見た事の無い演目。事前に「歌舞伎の101演目解剖図鑑で事前に見所をチェック。


発端の「江ノ島稚児ヶ淵の場」。僧と稚児が自殺したという伝説のある江ノ島に実在する場所なのだそうである。僧の清玄が仁左衛門、衆道の仲である稚児の白菊丸が玉三郎。生まれ変わって夫婦になろうと誓った道行きの花道で顔を寄せ合った時は、本当にキスするのかと思った(笑)しかし海に飛び降りる際に清玄はためらい、死に損なう。白菊丸が桜姫に転生するという輪廻の輪が巡り始める。

序幕第一場「新清水の場」は、コロナ禍の興行では珍しいほど大勢人が出て、渡り台詞も賑やかで、歌舞伎の様式美に溢れた美しい舞台。発端から17年。玉三郎の二役、桜姫が生まれ落ちてからずっと握りしめていた掌中から白菊丸の形見の香箱が現れ、高僧となっていた清玄は桜姫が白菊丸の生まれ変わりである事を知る。しかし姫の家を巡るお家騒動は華やかな舞台のあちこちに陰謀の影を落としているのだった。

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次の「桜谷草庵の場」が玉三郎の桜姫と仁左衛門の二役、盗賊の権助との濡れ場。歌舞伎屈指とも言えるエロティックで迫真の舞台。観客席は静まり返って息を呑む。

そして零落した不義の罪を着せられ、零落した清玄と桜姫が交錯する第二幕。「隅田川物」が投影されているのだそうであるが、そういえば、三月大歌舞伎で舞踊劇の「隅田川」を玉三郎、鴈治郎で演じていたっけ。

「上の巻」はここまで。6月の公演も待たれる。

200年も前に書かれた物語、転生輪廻と運命の輪。貴人の零落。歌舞伎の様式美を背景に、鶴屋南北独特の奇想を元にした退廃かつ耽美な世界が、仁左衛門と玉三郎に憑依して舞台上に現出する。奇跡の舞台。呆気にとられるうちに夢幻の如く終了していた。

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歌舞伎座、四月大歌舞伎、初日に第二部を見た
歌舞伎座、四月大歌舞伎、初日の日に第二部を見たのだが、感想書くのをすっかり忘れていた。

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最初の演目は、「絵本太功記(えほんたいこうき)尼ヶ崎閑居の場」。いわゆる「太十」。

吉右衛門が倒れて入院中という時節柄では、どうしても吉右衛門の武智光秀を思い出す。落ち武者風の藪の中からの出にして、実に古径で大きかったなあ。芝翫も物理的な顔は十分大きいのだが、役は大きく見えないのが不思議。

初出陣だが死を既に覚悟している光秀の息子、武智十次郎が菊之助、許嫁の初菊が梅枝。どちらも大変に印象的。喜びと悲痛が交錯する祝言の酒坏。それは絶対不利な戦局を理解した若武者には別れの酒坏でもある。死を覚悟した若武者と許嫁を襲う戦乱の悲劇。

武智光秀の登場の後は、主君への忠義を説く母親と、暴虐な主君なら討ってよいのだ。天下の為だ、中国の故事にもある、と革命論を振りかざす光秀の親子を襲う悲劇。光秀の息子は命からがら戻ってくるが、もはや目も見えない。三代の家族を巻き込んでいく残酷な運命。義太夫狂言の名作。

最後は場面が展開し、扇雀の真柴久吉(何故かこの場に居て風呂を沸かしたりしている)と久吉家来の彌十郎の佐藤正清が駆けつけ、光秀と共に見得を切って決まる。どうでもよい事だが、最後の見得で前に伸ばした彌十郎の左足の親指だけが大きくそっくり返っている。帰宅して試してみたが、足の親指だけあんな風に動かすなんて、ちょっと無理だなあ。よほど練習しないと。

次は、「団子売(だんごうり)」

大坂天神橋で、餅屋台を担いだ団子売の杵造とお臼夫婦が餅つきをして団子を作る体の舞踊。梅玉と孝太郎は踊りが達者である。仲睦まじい夫婦ものが杵と臼で踊るというのは、セクシャルな寓意が含まれているのだと思うが、あっけらかんと明るく幸せな舞踊。五穀豊穣、子孫繁栄の願いが込められているのだとか。



実に久々、「新橋鶴八」訪問。
先週の水曜は「新橋鶴八」。今年になってから初めてだから実に久々。先々週にSMSで空きがあるか聞いたら「この所毎日は営業していないのだが、来週の水曜なら空いてます」という事で久々に新橋に。

新橋駅界隈はサラリーマンが随分と多い。ニュー新橋ビル地下もちょっと巡ってみたが、中国人女性の客引きも、店内飲み会で「ゲハハハ」と大声で笑うサラリーマン達もコロナ禍前と変わらない感じ。それは感染が止まらない訳だよなあ。

店に入ってみると、カウンタ一番奥の指定席には大常連O氏が。私は一人で黙って飲み食いしたいのに、なんでO氏が居る時を、何時も空いてますと指定するんだろうね(笑)ただ、五十嵐親方がマスクをかけていたのは大きな進歩。客にも大分文句言われたものと思われる。このご時世、他の飲食店見たら全員マスクしてるのだから、当たり前といえば当たり前だけどねえ。

O氏との間に一席空けて座っていかと聞くとダメだと(笑)まあ、この日は5席しか設定してないので、普段よりはましかもしれない。

日本酒冷酒を貰って、おまかせで初めて貰う。そもそもこちらが頼んでも出てこないからなあ。お通しはホタルイカ。鶴八系のホタルイカはきちんと口に触る目を取って掃除しているからいつも結構。コロナ禍で在宅勤務ばかりしているうちに、もうそんな時期か。

景気を聞くに、神保町と同じで、予約は仮受けでその日に一組しかなかったら営業をしないのだとか。まあ鶴八系のように毎日市場に行って毎日仕込むという仕事では、確かにロスのほうが多くなるだろう。種が古くなっても平気で出す街場の寿司屋なら平気の平左だろうけれども。

白身はカレイ。これもまた季節の移り変わり。次はシマアジ。背の身だが随分と大きいのでカンパチか何かだと思った。爽やかな脂が乗っている。次にはタコを切ってきた。「大丈夫か。三日前のじゃないか」と聞くと、昨日煮上げたとの事。

大常連O氏ともあれこれ雑談。小声で(笑)たまたま歌舞伎の話になると、O氏は三世松緑を追贈された初代辰之助と中学高校の同級生で、学校帰りに近くの食堂に入って一緒にビール飲んだりしたとか。お金持ちの素行の悪い御曹司だったんだなあ(笑)

アナゴの一夜干し焼き物。これは何時も旨い。「次に旨いのを出しますよ」と言うので何かと思ったら、マグロ血合いの煮付け。大常連O氏といると何時も出てくるのだが、客に出す部位ではないんだよなあ。ただ、生臭さは無い。旨いと言うのなら、他の客にも出せと言っているのだが、出しているのは見た事がない。「出すのは常連のみです」と笑うのだが。いらないけどねえ(笑)

サバもつまみで。この辺りで握りに。日本酒は止めて芋焼酎の水割りを所望。まず中トロ、次にヅケ。米の旨味がしっかり残ったふっくらした酢飯が旨い。スミイカの後はイワシ。酢締めにしてあるがここで出るのは珍しいかな。旨味は凝縮している。肉厚で立派な赤貝も1貫。関西の産だったっけな。

小柱の軍艦巻き。大星というのだろうか。サイズが実に立派。小柱は海苔の香りに合うなあ。最後はノドグロ炙りの握り。これもこの店では珍しいかな。上品な脂が乗っている。短い滞在にしようと思っていたが、なんだかんだで結構食べたな(笑)結局のところ新橋駅からタクシー帰宅。



歌舞伎座「四月大歌舞伎」第一部、弁慶A,B日程を見た。
4月の第一日曜日は、歌舞伎座、四月大歌舞伎の第一部。

最初の演目は「小鍛冶(こかじ)」

猿翁十種にあるものの、上演は24年ぶりという珍しい演目。伴奏は本来、歌舞伎の竹本ではなく、特定の楽団が伴奏するらしいが、今回は歌舞伎スタイルで。三味線の事は一つも知らないが、弦のチューニングが普通の義太夫よりも低いんじゃないかな。開放弦で引く時にビビり音が聞こえる。バチで下から上に掻き上げるようにピッキングするのも、普通の義太夫三味線のスタイルではあまり見た事がない。

まず出てくるのは、三條小鍛冶宗近を演じる中車。能掛かりの舞踊を丁寧に踊る。「稽古を重ねている中車にこの役を」と思いお願いしたと猿之助が筋書きで。やがて現れるのが、猿之助の狐の精の童子。やはり主役は猿之助であるから、中車は横に控えて、ケレン味がありながらも実に美しい猿之助の舞を見る事になる。

稲荷明神の場が終わると、三條小鍛冶宗近の邸宅の場。笑三郎、猿三郎、笑也、猿弥の澤瀉屋勢が弟子役で賑やかに舞を。そこに壱太郎が巫女役で華を添える。

最後の鍛冶場では、猿之助が稲荷明神として登場。澤瀉屋の従兄弟同士でトンカントンカンとリズミカルに刀を打つ場面が微笑ましい。「相槌を打つ」という慣用表現がこの刀鍛冶から来ているとは知らなかった。珍しい演目を見れてよかった。

次の演目、「勧進帳」は、今回A,B日程があり、この日は新幸四郎が弁慶を演じるB日程初日。A日程は白鸚が本興行では最高齢の78歳で弁慶を演じる。

B日程では、松也が初役で富樫を。最初の出での初ゼリフは、最初の発声が若干上ずってアレッと思ったが、秒速で修正。若干ぎこちなく始まったが、段々と調子を上げて行った。山伏問答は、弁慶と火花が散るような丁々発止とまでは行かなかったが、まだ初日であるしこれから進歩していくだろう。幸四郎の弁慶は、独特の明るい重厚さを持って丹精に成立している。

松也の富樫のセリフは、声の強弱と抑揚があちこちで振れ過ぎな気がした。菊五郎に教えてもらったらしいが、幸四郎の富樫とはちょっと違う印象。雀右衛門の義経は、演技の線が細いのだが身体は肥えており、顔がちょっと福々しすぎるかな。

4月の第一部はこれで終了の予定であったが、先月は吉右衛門の体調不良入院もあり予後も不明。見ておける時に見ておかなければと次の週に、白鸚が弁慶を演じるA日程も戻りで拾った。本興行最高齢の弁慶。花道での弁慶第一声は、おっ、これほど声が出るのかと驚く大音声であったが、第二声から急速にエコモードに。これはまあ仕方ないね。雀右衛門の義経は先週よりも大きかった。

幸四郎の富樫は松也と比較すると明確に安定した出来。何でもできる器用な役者だが、そもそも弁慶よりも富樫のほうがこの人のニンにあるのだろう。白鸚の弁慶は、もう1000回以上務めている訳で、老獪な風格があり、これまた安定の出来。「延年の舞」以降では、幸四郎が「滝流し」を入れて花道まで使って舞うのに比較して舞台で動く場所は限定されており時間も短いが、きちんと弁慶として成立している。

義経を見送り、富樫に深く一礼した後の幕外の引っ込み。静まり返った劇場の中で天に感謝する弁慶、白鸚の荒い息遣いが二階席まで聞こえてきた。歌舞伎役者というのは、命を削る仕事である。飛び六方の引っ込みには万雷の拍手。勿論、観客の声援があるからやっていられるという事もきっとあるのだろうが。


久々に「新ばし しみづ」訪問。
先週木曜は、久々に「新ばし しみづ」。新年3日以来かな。在宅勤務が続いているとやはり外食を控える気分になる。まあしかし馴染みの店はたまには応援しないと。当日電話予約。新橋に来てみると随分と人多し。

入店してみると、相変わらず清水親方以下、店の職人も誰もマスクしていない。感染予防策我関せずは徹底している。これでよく客が減らないな(笑)まあ私も来ている訳であるが。店は程なく満席に。

お酒は常温で。お通しは、しらすおろし。この日は赤ワインやらシャンペンやら白ワインやらの客が多かった。

つまみは見計らって出てくる。まずヒラメと鯛。ヒラメもそろそろ終了でカレイに交代の時期か。

寿司屋カウンタに一人で座って、黙々と食している分には感染予防上も別に問題ないと思うが、清水親方とは時折雑談。新橋鶴八は、この所、毎日は営業してないと聞いた事を伝えると、「あの野郎、甘い営業しやがって」と兄弟子の厳しい意見(笑)あいつも千葉のボンボンだから考えが甘いんですよねえと語る。まあ、確かに毎日営業をしていない寿司屋には行きたくない気もするが(笑)

スミイカは細切りで。タコ。白魚とホタルイカの小皿は、温かいオリーブオイルを掛けて。これは「しみづ」独特の春のつまみ。これは確かにワインにも合うだろう。サヨリ細切り。漬け込みのハマグリ。ウニ。甘鯛の蒸し物も貰ってお酒終了。

お茶を貰って握りに。中トロを2。コハダ2。アナゴは塩とツメを各1。〆にカンピョウ巻半分。酢が強めの酢飯が実に旨い。何時もと同じ、しみづの確かな技を堪能した。

久々なので寄るかと向かいの「P.M.9」に。カウンタには誰も居なかった。バーテンダーM氏に聞くと、常連は来ているものの、昨今の客足はばらつきがあるとのこと。

まず何時も通りジンのドライ・マティーニ。日本酒でまったりした頭が、急にスッキリする気がするが、それは錯覚で酔いは次第に回っているのであった。客は私ひとり。M氏と雑談しながらのんびりと飲んでいるうちに、女性が一人で入って来て、マティーニを一杯だけ飲んで、風が吹くようにサッと帰って行った。なかなか格好良い(笑)

私はそのままダラダラとM氏におまかせで次の飲み物を。だからダメなんだなあ。シングルモルト「白州」をストレートで。ピート臭はあるもあっさりしている。次は「厚岸(あっけし)」。これはシングル・モルトではなくブレンデッド。ガツンとくる香りではないが、しかし爽やかに旨いな。

ここまで飲むと結構酩酊したのでお勘定を。「しみづ」「P.M.1」の前の通りでは、廃業したのか店2軒分くらいの土地が何時の間にか更地に。小さなビルが立つらしい。そんなに広い土地でもないけれども、売却価格2億だとか。そんな相場なんだ。凄いね。と感心しつつタクシー帰宅。





久々に神保町「鶴八」訪問
先週の火曜日は神保町「鶴八」。当日の昼過ぎに電話すると「鶴八最後の弟子」君が出て「随分久しぶりですねえ」と。確かに今年になって初訪問。なんだかんだ言っても緊急事態宣言が出てから外食は控え目にしている。そういえば今年は「新橋鶴八」にも一度も行ってないな(笑)

段々と日も長くなってきた。入店すると今日最初の客。親方も女将さんもマスク着用。カウンタにはマスク袋にと各人にビニール袋が置かれている。

お酒は「田酒」の冷たいのを所望。お通しはハマグリの柱づけ。味が濃厚で旨い。

随分と久しぶりなので緊急事態宣言下での営業状況など石丸親方に伺うと、2月のカレンダーを見せてくれて、半分以上は営業を休んだと。予約が一組だと仕入れのロスのほうが大きく、営業してもしかたないので店を閉じたのだと。毎日河岸に行って仕入れ、その日の分だけ毎日仕込む真面目な商売形態だからなあ。前日の月曜も休業したのだとか。たまたま火曜日に電話したが他にお客が入っていてよかった。今日は2階の部屋にもお客が入り、カウンタも何組か入っていると。

体調のほうは大丈夫でしたかと伺うと、寿司屋はいつも手を洗う習慣がついているので、昔から風邪は引かないんですよと。まあ寿司屋は頻繁に手洗いをする。

まずつまみを切ってもらう。白身はヒラメ。分厚い立派な身。アワビ塩蒸しも香り良し。

「鶴八最後の弟子」君は気仙沼出身。地震から10年目という事でTV番組では随分と当時の映像が流れている。フラッシュバックしないかと問うと「それはしますよ」と。特にドラマ仕立てになった映像は絶対に見ないという。あの夜、高台に避難して湾内が一面に燃えているの光景は今でも忘れないと。自分の家の辺りが燃えていると声を上げた人も何人も居たのだと。気仙沼は湾岸の重油タンクが壊れて湾内が火の海になった。燃え盛る気仙沼の映像は、カメラクルーが内陸から入っており、東京でも戦慄して見たのを覚えている。

つまみで貝を所望すると、トリ貝は仕入れたけどまだ薄いですねと。ミル貝を所望。肉厚の立派な身。仕入れに行ってる「最後の弟子」君が「赤貝もいいですよ」というので赤貝も貰った。これまた立派な身。

他のお客さんも入って来たし、この辺りでお茶を貰って握りに以降。中トロ2。結構脂の乗った柔らかい身。コハダも2。もう随分と肉厚で立派な身だがネットリと旨味が乗っている鶴八系独特の〆。アナゴも2。ふっくらと柔らかく煮上がっている。最後にカンピョウ巻で〆。久々に「鶴八」伝統の仕事を満喫した。



歌舞伎座、「三月大歌舞伎」第二部を見た
先週日曜日は、歌舞伎座で「三月大歌舞伎」第二部。

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最初の演目は仁左衛門の、一谷嫩軍記「熊谷陣屋(くまがいじんや)」

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チケット松竹での発売当初から、一階一等のA2,A3ブロックは全て空き無しという人気。仕方ないので西の一階桟敷席を。本来なら人気のある席だが、飲食が出来ず一人席というので結構チケットは取りやすい。前後に人が居ないのでコロナ禍でもソーシャル・ディスタンスが完璧。花道が見やすいのは結構。

ちょうど前夜には録画でNHKで放映された吉右衛門の「須磨浦」を見ていた。吉右衛門が新たに台本を書き、能楽堂で収録された一人舞台。時系列で言うと「一谷嫩軍記 熊谷陣屋」前の二段目、「陣門」「組打」に相当するか。主君の命とあって敵の若武者16歳、敦盛の命を助け、替わりに同じ年の自分の息子の首を討つという極限の悲劇。

歌舞伎の舞台になっているのは須磨寺で、昔は故郷であって隣の塩屋にも住んでいたし、石屋弥陀六の御影にも住んでたので、この演目は懐かしい気分あり。

「熊谷陣屋」は何度も見たが、今回の仁左衛門「熊谷陣屋」は圧巻の出来。

昨年12月の南座でも仁左衛門主演で出たのだが、孝太郎がコロナ感染、仁左衛門も隔離でしばし休演、秀太郎が体調不良と主要演者に休演が続出して、代役ばかりのテンヤワンヤに。しかし歌舞伎というのは偉いもので、ちゃんと公演を乗り切った。

以前のオンライン配信「紀尾井町家話」で門之助が、同じ公演で相模と藤の方の両方を代演で出た大変さを語っていた。それは大変だろう。しかし歌舞伎というのは、いきなり「代演しろ」と言われて「出来ない」というと「なんで出来ねえんだ、見てなかったのか」と言われる古い世界でもある。勉強になりましたと言う事だなあ。

今回は満を持した座組で歌舞伎座の公演。仁左衛門は、一点一画も見逃せない重厚な熊谷。この仁左衛門の熊谷は、昔からの型だけを重視しているのではない。自分の妻の相模、かつての主人の奥方であり恩人の藤の方、そして現在の主君である義経、それぞれへの関係性が違っている事を鮮やかに演じ分けている。相模と藤の方への対応が違うのは、昔からよく目立った型であるが、特に主君への対応は、勧進帳の弁慶を思わせる。

制札を義経の前に置き「敦盛を助ける為に自分の息子を殺した行動は、本当に御意にかなっていたのでしょうか」と血を吐くような気迫で問い詰める熊谷は初めて見た気がする。僧形になった熊谷が去る花道。義経が熊谷の実子小次郎の首を掲げ、最後の別れをさせる場面は松嶋屋の工夫なのだそうである。義経は視線を熊谷から外し、大将としての慈悲深さを見せる。最初の花道の出から切りまで、仁左衛門からは目を離せなかった。

次の演目は、河竹黙阿弥 作「雪暮夜入谷畦道(ゆきのゆうべいりやのあぜみち)」。いわゆる「直侍」。

時ならぬ雪が深々と降る江戸下町、入谷の風情がよい。そしてここに菊五郎が登場すると、なんともいえない江戸の情緒ある光景が再現されているような気がする。江戸世話物の伝統は、誰が引き継ぐだろうか。

按摩丈賀の東蔵は、味があってよい。そして暗闇の丑松の團蔵も出番は短いが、使い込んだ出刃包丁のようなギラリとした光を放つ。長谷川伸が新歌舞伎で「暗闇の丑松」を書いたのも、この狂言からの発想だろうか。

「江戸から逃げるのなら自分を殺してくれ」という、時蔵演じる恋人の花魁、三千歳をなだめ、追手に追われ無頼の主人公が「この世ではもう会わないぜ」と最後の声をかける江戸の粋と悲痛な別れ。直次郎が深々と降る雪の中を去っていく幕切れも印象的。菊五郎もまだまだ元気でやってもらいたい。

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「直侍」の後はやはり蕎麦屋だなあ。「天で一本つけてくれ」と言うと「天は山です」と言われたので、酔鯨純米吟醸に蕎麦前で白魚天ぷらと玉子焼き。締めはゴマだれせいろ。実は、熱燗とかけ蕎麦はどうも苦手なんだ<直侍と全然違いますがな(笑)




歌舞伎座、「三月大歌舞伎」第一部を見た。
先週の土曜日は歌舞伎座「三月大歌舞伎」第一部。 11時開演。

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最初の演目は「猿若江戸の初櫓(さるわかえどのはつやぐら)」

歌舞伎は、京の河原で出雲の阿国が始めた踊りが原型。これが江戸に「歌舞伎おどり」として伝わったが、江戸歌舞伎は、初代猿若勘三郎が390年前に京から江戸に下り、官許を得て今の京橋辺りに「猿若座」を常設歌舞伎小屋として開設したのが始まり。

猿若勘三郎が中村勘三郎の初代だが、血統は明治になって断絶。松竹創業者の預かりとなっており、これを時を経て襲名したのが十七世中村勘三郎。十八世勘三郎を経て、中村屋の当代は勘九郎、七之助の兄弟。その中村屋兄弟が、初世勘三郎として中村座を立ち上げた猿若と出雲の阿国に扮して、両名が連れ立って江戸にやって来たという架空の物語を舞踊劇で。

勘九郎の踊りは達者かつ軽妙。七之助は艷やかに美しい。一座には高麗蔵、彌十郎、扇雀が脇を固め、虎之介、千之助、など鶴松若手も出て賑やか。活気に溢れた派手な祝祭。歌舞伎は相撲と並ぶ江戸の華だ。

次の演目は、「戻駕色相肩(もどりかごいろにあいかた)」

松緑、愛之助が駕籠を担ぎ、乗った禿(かむろ)が莟玉。終盤で衣装がぶっかえり、駕籠を担いでいたのは、石川五右衛門と真柴秀吉だったと知れる荒唐無稽な舞踊劇。

この3人は、前夜のオンライン配信番組「紀尾井町家話」で、オンライン飲み会をしていたのだが、翌日に同じ3人が歌舞伎座の色鮮やかな舞台で踊るのを見るのも面白い。松緑はこの夜会では毎回そうだが、そもそも酒が強くやたらに飲む。1時間半経った時点でウィスキーのボトルが1本空いていたが、続けて更に飲んでいた。

松緑が巡業の舞台の話で、前日に飲み過ぎてようやく舞台を務め、引っ込んだ舞台の袖で気分が悪かったなどと昔話をしたので、愛之助が「そんな飲んで大丈夫? 明日「戻し」駕籠にしないでね」と冗談を言ったので大笑い。しかし翌日は、松緑はちゃんと舞台を務めた(笑) 酒が強く体力あるんだねえ。ただ役者が早逝するのは若い頃からの不摂生と飲み過ぎもあると思うな。海老蔵も若い頃は無茶苦茶だったが、もう酒は飲んでいない。松緑も健康で長く舞台を務めてもらいたいね。

どちらも歌舞伎の美しさに満ちた気楽な舞踊劇で楽しんだが、「猿若」が30分。「戻籠」が35分。これで第一部終了というのはちょっと観劇の醍醐味に欠ける。今月は第二部が仁左衛門の「熊谷陣屋」、菊五郎の「直侍」の豪華2本立てで、幕間入れて3時間近くの興行。どちらか一演目を第一部に持ってくればバランス取れたかと思ったが、まあ、あれこれ事情があるのだろう。

銀座「鮨 み富」訪問。

先週土曜日は歌舞伎座「二月大歌舞伎」第一部を二回目の見物。最初に見た「十種香」が印象薄かったので、本当はそんな事ないよなと思って再びトライ。

前回は、門之助にちょっと気を取られたが、そもそも門之助のしどころはあまりなく、あまり注目する必要はない。上手と下手の女形の対比に注目すればよかったのであった。骨太な竹本の語りと、魁春の八重垣姫、孝太郎の濡衣に集中すると、これが実に味わい深い。深窓の赤姫の激しい恋慕、恥じらい、情念と落胆を描き出す歌舞伎の芸の凄み。濡衣も姫とは違う大人の女の落ち着きが印象的。そして最後のアンハッピー・エンド。

次の演目「泥棒と若殿」も、松緑も巳之助が実に印象的。二度目に見ても感動は薄れない。幕が降りても客席から長い拍手が。ただ売り切れの二部、三部と比べると客が実に少なかったのが残念。いつか再演あるとよいな。

ということで、この日は土曜日の12時50分に打ち出しなので「鮨 み富」を1時から予約してあった。歌舞伎座を出た時はもう1時3分前位で、ちょっと終演が押したかな。

なんだかんだで緊急事態宣言下で外食はちょっと控えており、この店も今年に入って初訪問。親方もサービスの女性もマスク装着。入店して手洗い手指消毒。席に着くと紙製のマスクケースが渡される。隣の客との間隔は最低限一席空けてある。なんとなく安堵してカウンタに座れるなあ。

お酒は親方がお勧めの瓶を何本か並べてくれる。春の酒のラインアップ。最初は北光正宗の春仕込純米吟醸。口当たりは爽やかだが米の旨味がふっくらとしている。次に長野の酒、桜の花麹で醸したという「積善」。スッキリと切れがある酒。

昨今の景気を聞くと、やはりコロナ影響はあるものの、昼から通しでやっているので、その点はお客が分散して減少が少ないのではとのこと。今日は歌舞伎座帰りだと言うと「そうそう、昨日も歌舞伎の次の部の合間に来店されたお客さんがいましたよ」と。「新富寿し」も昼から夜まで通しでやっていたので、歌舞伎役者も結構来たとの話を前に聞いた。

お通しはホタルイカ。まだまだこれからだが、既に脂が乗ってきた。お好みでつまみを切ってもらう。まずヒラメ。旨味あり。ブリは腹の身。もうそろそろ終盤か。平貝もつあみで。シマアジ。もうトリ貝があるというので注文。兵庫で上がったと。これから肉厚になっていく走りだが、もう既にトリ貝の香りあり。カツオは太平洋で取れた初鰹。もう取れるんだなあ。寿司種もだんだんと春の気配に。

親方から「新富寿し」に最近工事が入って前の造作を壊しているとの話を聞く。あの長いカウンタは削れば再生できるし値打ちものだと思うが、捨てるとしたらもったいないな。居抜きでやるのはちょっと難しいか。

「新富」は自社所有だったから気にせずやれただろうが、銀座5丁目の一等地の路面店。家賃を払ってあの店を営業できるのは、ある程度客単価が高い店でないと駄目だろう。間口は狭くて奥行きがある。長いカウンタの後ろには個室もある。寿司、鉄板焼、カウンタ和食、天ぷら、フレンチやイタリアン。どんなテナントが入るか、なかなか興味深いと雑談。

この辺りで握りに。ヒラメ昆布〆、サヨリ、中トロ、コハダ、ハマグリ、カンピョウ巻など。〆もの煮物は古式を残す甘味あり。お酒飲んだ後では小ぶりのこの店の寿司もまた好ましい。なんだかんだ喋って結構長居してしまった。昼歌舞伎と昼酒で酔っ払って、タクシー帰宅の後、昼寝したら夕方だった(笑)

歌舞伎座「二月大歌舞伎」、二部、三部を見た。
2月の13日は、歌舞伎座の「二月大歌舞伎」二部と三部を見物。

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前の週に見た第一部の客席は、残念ながらガラガラだったが、第二部はニザ玉、第三部は十七世中村勘三郎三十三回忌追善。チケット販売時から一階中央前列は全て空き無し。

一階でかろうじて空いていたのが桟敷席のみ。コロナ前なら二人で座って弁当も運ばれ、飲食できる席だが、コロナ禍では座れるのは1名、飲食禁止とあっては、あまり人気が無い。しかし感染予防の観点からは、前後に客はいないし左右も椅子席よりも距離があり、なかなか快適。そして客席は、前後左右を開けながらもほぼ満席。

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第二部最初の演目は、四世鶴屋南北作「於染久松色読販(おそめひさまつうきなのよみうり)」 土手のお六。2018年3月の歌舞伎座でもニザ玉で見た事あり。

今回も、お六を玉三郎、その連れ合いの悪役、鬼門の喜兵衛を仁左衛門が演じる。

土手のお六は「悪婆」と呼ばれる鉄火な女の悪役。仁左衛門の悪役は凄みと色気があるが、軽妙さも兼ね備えて、二人共あちこちで笑いを誘う演出。策略を凝らして大店を強請るが、歌舞伎では大体、ゆすりたかりは上手く行かない。

最初のうちは勇ましいが、形勢が段々と悪くなって口数が少なくなるお六がコミカルで面白い。さすがに鬼門の喜兵衛もやり込められて負け惜しみ。最後は軽妙な掛け合いで両者が駕籠をアラヨっと担いで花道を去る。気楽に見物できる演目。大店の場では、寺嶋眞秀が小僧で出演。幕間では両親がロビーに居た。

次の「神田祭」も18年3月と同じ、仁左衛門と玉三郎の舞踊。粋な鳶の頭と恋仲の芸者が、目出度い祭りを背景に連れ舞いを見せる。もともと初演時に二人用に振りがつけられたというが、手慣れたもので、まるで本当にキスするんじゃないかというほどデレデレいちゃいちゃの仲の良さを粋な舞踊で表現。最後は花道でもいちゃついた後、「どうも失礼しました」と交代で客席に挨拶してご機嫌で去る。客席は大いに沸いた。

二部の終演と三部の開演には1時間半の間あり。早めの夕食を鰻屋で。アサリのしぐれ煮、鰻の酢の物で一杯。締めは鰻丼。

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第三部の開演は5時半。第三部もA2、A3ブロックは一席も空いておらず、また一階桟敷席で。

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第三部は、十七世中村勘三郎三十三回忌追善狂言。最初の演目は「奥州安達原(おうしゅうあだちがはら)」 袖萩祭文

男と出奔して落ちぶれ果て盲目の瞽女になった娘が、父親が切腹を賜る危機にある事を知る。親に一目会いたい、孫娘に会わせたいと、勘当された家に最後に会いに来る。しかし武士の忠義を通す父親は会う訳にゆかない。封建時代の道理が親子の情愛を引き裂く悲劇。

七之助は袖萩を初演で演じる。見巧者の爺様に言わせるとおそらく、あれこれ芸に足りない所があるのだろうが、例えば雀右衛門と比べて単純に優れているのは七之助が痩せている事。女形が肥えていては、役の哀れさがあまり出ない。先代雀右衛門は、年取ってからも太らないよう節制していたそうであるが。

勘九郎の次男、長三郎は娘お君をなかなか頑張って演じる。歌舞伎での子役のテンプレートは、子役の演技力に依存せずに通用するよう出来上がっているのだが、それでも以前よりずっとしっかりしている。子供が大きくなるのは本当にあっという間だ。勘九郎も出演。追善らしく、芝翫、歌六、東蔵、梅玉と重厚な脇役陣が花を添える。

次の演目は、河竹黙阿弥作「連獅子(れんじし)」

勘九郎と長男の勘太郎が親子の獅子を演じる。十七世勘三郎は子息の十八世勘三郎と度々この演目を務めたが、十八世も子息の勘九郎、七之助と演じている。中村屋の伝統は孫の代へと受け継がれた。

勘太郎の9歳は、歌舞伎座で子獅子を演じた年齢として最年少だそうである。しかし、足を踏む音にも力強い若さが溢れ、親獅子との息もピッタリ。体力も必要だが、しっかりした舞踊で最後まで踊りきってあっぱれ。中村屋の血だねえ。