97年から書き続けたweb日記を、このたびブログに移行。
50年ぶりの遭難機発見と「アンデスの聖餐」
1961年に消息絶った航空機、アンデスに残骸という見出しを見て、最初は昔「アンデスの聖餐」として知られたあの事故機が見つかったのかと思った。アンデス山脈で遭難した飛行機の乗客が、救助が来なかったため、雪山で70日間も乗客の遺体を食べて命をつないだという有名な事故。しかし考えてみると、救助を呼びにいった者達が成功し、生存者は救出された訳だから、残骸が見つかってないはずはない。

確認すると、「アンデスの聖餐」と呼ばれたのは、ウルグアイ空軍機571便遭難事故なのだがこれは1972年。報道によると、この見つかった残骸は、1961年にアンデス山脈で消息を立ったチリの航空会社の機体なのだという。

周りには白骨も見つかったというが、結局救助は来なかった。墜落当時にまだ生存者がいたとしたら、救助を待ちながら、凍死、あるいは餓死したに違いない。なんとも無残な話。アンデス山脈にはまだまだそんな事故機が人知れず眠っているのでは。

「アンデスの聖餐」については、ドキュメンタリー映画にもなったが、「アンデスの聖餐」「アンデスの奇蹟」などの著作も出ている。自らの生存のために屍者の死体を食料とすることは認められるか。極限状況下においての生と死を巡って当時は実に議論を巻き起こした悲惨な事故だった。

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太地町の「イルカ追い込み漁」は擁護に値するか?
キャロライン・ケネディ駐日大使がtwitterで「イルカ追い込み漁」批判をして大きな話題に。しかし、ネットで見られる反論は脊髄反射的かつ感情的で、あまり有効ではないように思える。

まず、ケネディ大使の発言を再度引用しておこう。
米国政府はイルカの追い込み漁に反対します。イルカが殺される追い込み漁の非人道性について深く懸念しています。

Deeply concerned by inhumaneness of drive hunt dolphin killing. USG opposes drive hunt fisheries.

大使の個人的な暴走に過ぎないという観測もあったが、米国務省、「イルカ漁懸念」日本政府に伝えるという記事では国務省副報道官が正式に、ケネディのコメントはアメリカ政府の公式な立場と相違ない事を言明。

そして、このケネディ大使のコメントに反論するのなら、押さえておかなければいけないポイントがある。

まず、このコメントは日本の捕鯨全般については何ひとつ述べておらず、あくまで「イルカ」の「追い込み漁」についてのものであるということ。

もうひとつ確認しておかなければならないのは、wikiの「イルカ追い込み漁」に書かれているように、 「批判の対象であるこの漁は、日本では和歌山県太地町でしか行われていない」 ということ。シー・シェパードの活動に比べれば、ケネディの批判対象は実に限定的で穏当なもの。

また上記wikiに記載があるように、太地町の「イルカ追い込み漁」は1969年から始まっており、古い伝統がある訳では無い。そもそもは、世界各地のイルカショー用のイルカを生体捕獲するために始まった漁の形態。

相手が批判してないものにまで反論しても空振りになるだけ。「捕鯨は日本の文化だ」という反論は最初から大きく的外れ。問題は「イルカ」だ。「他国の文化を批判するな」というのも大きな空振り。批判されているのは「ひとつの町でだけ行われている特殊な漁」に過ぎないのだから。

もうひとつ忘れてはならないのは、この太地町の「イルカ追い込み漁」を批判するアメリカ人はおそらく全員が、この漁を批判してアカデミー賞を取ったドキュメンタリー「The Cove」を観ており、それが批判の根本にあるということ。逆に言うと「The Cove」も見てない日本人が脊髄反射的に相手に罵倒を返しても、ほとんどポイントを外してしまう。

この映画については、私自身はアメリカ在住時にDVD購入して観ており、感想は過去ログ「The Cove」を見たに書いた。

この映画の主役であるイルカ調教師リック・オバリーは、イルカ解放運動家で一風変わった人物。彼もまたこの映画で「捕鯨」のことなどひとつも言及していない。彼が主張するのは、「イルカを殺すな」、「イルカを捕獲するな」、ただそれだけである。国際捕鯨委員会(IWC)に乗りこんでいって「イルカも保護せよ」と力説したが、「鯨とイルカは違う」と門前払いされており、捕鯨反対のシー・シェパードとの連携にも積極的ではない。

この映画の上手いところは、あらかじめ太地町側の典型的な反論を封じるシーンも入れこんでいること。リック・オバリーは、「太地の漁師は、イルカの屠殺は伝統であり文化だ、お前達が牛を食うのと同じことと言う。しかし、そんな説明は嘘っぱちだ」と語り、東京や大阪での日本人への街頭インタビューを映し出す。

「イルカを食べますか」と聞かれて「大好物だ」とか「日本の食文化だ」と答える者はいない。「イルカなんて食べないよ」と言うばかり。「イルカが年間2万3千頭も殺されて食肉にされていることを知っていますか」と聞かれた街頭の人の反応は、「そんなことまったく知らなかった」というもの。

都内でイルカ肉を探してもどのスーパーにも売っていない。食べたことある人もほとんどいないだろう。牛や豚のように普通の畜肉として流通していないのだから。鯨ならば、尾の身、ハリハリ鍋、ベーコン、さえずり、大和煮缶詰など様々な、料理法があって頭にも浮かぶ。イルカはどんな風に調理するか、答えられるものもほとんどいないだろう。昔は鯨肉として流通した事もあるらしいが、いまはJAS法改定によりイルカ肉を鯨肉と称するのは食品偽装だ。

「鯨は日本の伝統食」、「牛や豚食べるのと同じ」、「牛や豚も屠殺しているだろう」という反論は、太地町の「イルカ追い込み漁」に関する限り、まったく有効な反論ではないのだった。

「The Cove」にはまた、リック・オバリーが「イルカの肉を売る分のお金をあげるからどうかイルカを殺さないでくれ」と太地町の漁民に懇願するが断られたと語るエピソードもある。沖合の網から血だらけで逃げようと岸に泳いでくるイルカを見て涙ぐむ女性を「見るな!」「あっちに行け!」と怒鳴りつける太地町の漁師たち。この場面は恣意的に編集されており、実は同時に起こったことではないらしいが、太地町の漁師を無知蒙昧で野蛮な連中として描き、観客が彼らを嫌いになるように、実に巧みに演出されているのだ。

その点ではこの映画はやはりバイアスのかかったプロパガンダなのだが、この映画が日本で上映されようとした際の、太地町や和歌山県、捕鯨推進派の対応がまた幼稚でお粗末だった。映画館に圧力をかけ「上映するな!」、人々には「みんな見るな!」。そんな対応されたら誰だって、「ははん、太地町の連中には何か後ろめたいことがあるのだ」と思うに決まっている。

「The Cove」でのもう一つの主張は、イルカは沿岸での食物連鎖の最上位にあり身肉の重金属汚染が高く、肉は食用にすべきではないということ。太地町での小学校給食ですら、汚染を心配した親の反対でイルカ肉は出していない。太地町で売られているイルカ肉からは厚労省食品基準の10倍の水銀が検出された。

この映画を「反日レイシズム」だという反論も当たっていない。映画が糾弾しているのは太地町の「イルカ追い込み漁」をする漁民たちだけなのだから。しかし対象を極限まで絞っているだけにこの映画の持つ糾弾の力の鋭さは侮れないものがあり、太地町や和歌山県がムキになって正当性を主張しようとするほど、結局自ら墓穴を掘って自滅するような事になっている。

上記で述べてきた状況を概括するに、どう考えても太地町の「イルカ追い込み漁」の分は相当悪い。

残された策というと、「韓国では犬を食っている」というところまで戦線を後退して「これは食文化なり」と擁護の論陣を張るくらいか。しかし、何度も言うが批判されているのは日本全体ではなく「太地町」の「イルカ追い込み漁」のみ。一つの町の零細な産業を守るために、日本全体で立ち上がって、 「イルカなどいくら殺してもよい。そして、その血の責任は、我々と我々の子孫の上にかかってもよい」 と宣言する必要がどこにあるだろうか。

マグロやカツオが捕獲禁止となったら日本料理の豊かさが失われるのは確実。鯨も失われるにはあまりに惜しい食材。しかしイルカ肉はそうではないだろう。

「The Cove」に依る批判が止まらない状況を考えるに、落とし所としては、申し訳ないが太地町の漁民に「イルカ追い込み漁」を止めてもらうしかないのではと思う。(リック・オバリーは納得しないだろうが)金になる水族館向けの若い個体の生け捕りだけは残してもよい。殺しさえしなければ、国際的な批判は止むだろう。

二束三文のイルカ肉の漁業収益など、高がしれている。眼を三角にして網に追い込んだイルカを今後も殺し続ける必要が本当にあるのだろうか。和歌山県が漁業補償して太地町の「イルカ追い込み漁」をおしまいにすれば、「いや、もう別に誰も日本ではイルカなど殺してませんけど」と言って批判の旗を降ろさせることが可能だ。これはどうしても無理な事かねえ。







ソロモン流 「上原浩治」
テレ東「ソロモン流」、上原浩治の回を録画で見た。船越英一郎がしゃべる時間が短く、ドキュメンタリー部分が多いのがよい。船越のコメントも台本読んでるだけだから、シャカシャカ早送りするとドキュメンタリー部分だけを快適に視聴できる。

大巨人軍のエースでエリートだと思っていたが、高校では控えの外野手、大学受験に失敗して浪人。プロに入るまで紆余曲折あり、本人は「自分は雑草だ」と。

びっくりしたのは、長期契約でレッドソックス割引があるというが、ボストンでの住居が、一泊100ドルのホテルだということ。普通に我々が出張で停まって泊るホテルより安いじゃない。部屋も確かに広くない。フロントやロビーもあまり豪華な感じしないし、あんなところに大リーガーが泊まってるとは。

大リーグの契約は分厚いもので、内容によっては住居や通訳、トレーナーの費用も球団が持つ事もあるらしい。福留がシカゴにいた頃はダウンタウンの高級ホテルを住居にしてると聞いたが、上原はトレーナーや通訳の部屋代も自分が払ってるとか。今シーズン、テキサスから移籍した時にあまり有利な条件で交渉できなかったのかもしれない。大リーグに移籍した際、最初の赴任地、ボルチモアに一軒家を買い、奥さんと子供はそちらに住んでおり、ボストンには単身赴任というのも、住居に拘ってない理由かもしれないが。もともと大リーグというのは旅から旅の仕事だからなあ。

LAでドジャースと試合やった後、夜中のフライトで東海岸に移動する場面あり。時差が3時間あるから、西海岸の真夜中に出発すると東海岸の早朝に着く。これを「Red Eye Flight(みんな睡眠不足で赤い目をして降りてくる)」と称するのだが、これはシカゴに帰る時など時々利用したが、大変なんだよねえ。まあそれに耐える体力がないと大リーガーとしてはやってゆけない。

そうそう、食生活も、そのへんの独身サラリーマンのようなもので、これにもよくそれでやってるなあと感嘆。レッドソックスには球場に日本人のコックがおり(別に日本人専用ではなく、たまたまのようだが)、試合前、おにぎりに、豚肉野菜炒めと目玉焼きを乗っけたのをいつも作ってもらって食べてるという場面も印象的。しかし、もうちょっとましな食生活できないのかねえ(笑)

まあしかし、今回はリーグ優勝決定シリーズでのMVPを獲得。ワールドチャンピオンに輝いた最後の試合でもクローザーとして最後の投球。契約がいつまでか分からないが、好調を続ければ、更に大きな契約獲得も可能。最後に大輪の花を大リーグで咲かせてもらいたいが。

「終わっていいかな?」
「笑っていいとも!」来年3月で終了 タモリは「まだ半年ある」と余裕

2013年10月22日放送の番組内で、タモリ自身が来年3月一杯で番組が終了すると告げたのだという。

フジテレビは視聴率の低迷で、あれこれ番組のリストラが取りざたされており、ギネスの長寿番組記録に載ったといっても、「笑っていいとも」も聖域ではなかったということなのだろうか。

「とくダネ」も前からリストラの噂があるそうだが、人気者のMCになるとなかなか切る訳にゆかずギャラは高騰してTV局の採算は悪化してゆく。みのもんたも、先日の息子の不祥事で、報道番組どころか、バラエティからも次の編成変えでお払い箱になっても不思議ではないような。人気者だから取りあえず起用しておけというのは、単なる惰性でやってるだけという面もあり、バッサリ変えてよい結果になることだってあるからなあ。

それにしても、こんな長寿番組の最終回はどうなるだろうか。特番でも組むか。

しかし、「涙と感動のフィナーレ」というのは、タモリが一番小馬鹿にして唾を吐きかけてきたものだから、自分の番組でやってもらっては困る。感動とも一生懸命とも無縁。それがタモリの番組のはずだ。

最後の日も、淡々といつものコーナーをこなし、ヘラヘラとやってこそのタモリだろう。

普通に出演を終えたタモリが、「終わっていいかな?」と客席に問うと、観客が全員「いいとも!」と叫んで終わり。そんな風にやってほしいね。

あるいは、最後のコーナーが終って呼びに行ったら、もうタモリは楽屋を去って帰っていた。そんな退場もタモリらしくてよい。もう68歳。本人は常々、「一生懸命やる奴が嫌い」だと公言している。だったら年取っても一生懸命稼ぐのを止めて、全ての番組降板し残りの人生を楽しんでもよい頃では。幾ら稼いだとて、金は冥土には持って行けないのだから。

村上春樹のノーベル文学賞受賞騒ぎも8年目か。
「村上春樹さんにノーベル賞」と一時掲載 産経新聞

あまりにも期待しすぎたのか、産経新聞がやらかしましたな(笑) 予定稿ってのはやはり存在するんだなあ。

ノーベル文学賞は、アルフレッド・ノーベル個人が文学好きであったから制定したらしいが、自然科学の研究業績と比較すると、作品の重要性や与えた影響などが客観的に把握できるようなものではない。どうしても主観がからむから予想は難しい。

国別の枠がある訳ではないとは言われるが、やはり多少の影響があるのでは。日本語というのは日本でしか通用しない言葉であって、その日本語で書いた作家で、川端康成と大江健三郎2名が既に受賞。Wikiによると、受賞者では、中国語で書いた作家が2名。ハングルは未だゼロ。アジアだけでバランス見ても、日本で3人目というのはちょっと厳しいような気がする。そもそも川端や大江だって受賞前に欧米でさほど知られてた訳じゃないのだから。

著作が多数の国で翻訳されているというのが受賞理由なら、ハリポタの作者やスティーヴン・キングが既に貰ってないとおかしい。ファンタジーやSFではダメなのだ。対象に関してもおのずから通俗文学と純文学を色分けしている感もある。

公開された記録では、対象者はキャンセル待ちリストのように、先着順にずっと掲載される訳ではなく、推薦によって何らかの形で更新されているようだ。そうするとやはり受賞には「旬」みたいなものがあり、ある時候補になってもいずれは外れる。

私自身の過去日記を見ると、村上春樹とノーベル文学賞の話題について初めて書いたのが2006年から。もう8年も毎年、今年こそは今年こそはと話題になってたのだ。しかし、結局取れていないところを見ると、そろそろ、村上春樹の「受賞の旬」も終わりつつあるのでは。毎年騒ぐのもそろそろ終りにしてはどうだろうか。


(村上春樹関連の主な過去日記)

ノーベル文学賞はダメでしたか
村上春樹は本年もノーベル賞見送り
なぜエルサレムに行ったのか
ゴアのノーベル賞、村上春樹のノーベル賞
Nobel lit prize often goes to unknowns~はたしてノーベル文学賞は誰の手に


文春記事 薬物疑惑を“一部”認めた飛鳥涼の「不可解」
週末が3連休だからか、今週の週刊文春は昨日発売。

告訴も抗議もナシ 薬物疑惑を“一部”認めた飛鳥涼の「不可解」

巻頭には、8月に同じ週刊文春で覚醒剤使用と暴力団からの脅迫疑惑を報じられたASKA「飛鳥涼」のインタビュー。

報道があってから、事実を認める事も名誉棄損で訴える事もないまま随分時間が経過。当の文春の単独インタビューを受けるのだから、本人は事前に相当準備したものと思われる。

覚醒剤については明確に否定したのだが、「安息香酸ナトリウムカフェイン」という興奮剤を服用していたとの説明。違法薬物ではないが劇薬指定でしかも暴力団から譲渡を受けたのだと。実に微妙なギリギリの落とし所を考えたのではないかとも思えるストーリー。

記事中では、この薬物は覚醒剤の増量剤としても使われると説明が。ASKA自身も「アンナカ」という符牒を使っているのだが、普通の堅気でそんな用語使うものは聞いたことがなく、どうもずいぶん薬物に深入りしているのではないかという疑念が増すばかり。

暴力団との交際については、飲み会で知り合った男と素生を知らずに付き合っていたのだが、ふとある事から疑念を抱き、「組に入ってるの?」と聞いたら「バリバリ入ってるよ」と言われ、よく見たら小指が無かったと云う。しかし、寄って来た時に暴力団と分からないものかねえ。

五千万貸してくれないと殺されてしまうなどと頼まれたが全て断ったと説明するのだが、「アンナカ」の授受や「覚醒剤吸引」と称されるビデオをASKAの自宅で隠し撮りしたのもこの暴力団員。素性を知った後でも食事に一緒に行ったりしており、かなりズブズブの関係であったのではと伺わせるもの。

大成功して巨額の金が入ってくると、ろくでもない取り巻きが沢山寄ってくるのは世の常だが、やはり闇の勢力もその手を伸ばしてくる。そもそも芸能というのは、闇の世界との接点が多い業界であるから、やはり食い物にされてずいぶん金を吸い上げられたんではないかなという感想を持たざるを得ない。まあ、逆に黒い交際が明るみに出たということは、それを断ち切る良い機会でもあり、薬物中毒があるのなら、それはそれできちんと治療し、元気に復帰してほしいもんだが。


原爆忌の日に「夕凪の街 桜の国」を読み返した
広島原爆忌のこの日に、「夕凪の街 桜の国」を再読。今まで何度も読み返したが、いつ読み返しても落涙を禁じえない。実に細かいところまで書き込まれて良くできている。

著者が「夕凪の街」について書いた後書も忘れられない。

「このオチのない物語は、35頁であなたの心に湧いたものによって完結するものです。これから貴方が豊かな人生を重ねるにつれ、この物語は激しい結末を与えられるのだと思います。そう描けていればいいと思っています」

心ならずも戦争で、そして原爆という悲惨で亡くなった人の無念を、我々は忘れるべきではない。戦争からどんどんと年が経ち、日本の敗戦そのものが忘れられてきてはいるが、だからこそ思い出さなくてはならないのだと思う。この本は、これからもずっと書棚に置いて読み返すだろう。






寿司や洋食、ゴルフへの支出が増大
すし、ゴルフ、腕時計…5月家計調査、高額消費は堅調

総務省が28日発表した5月の家計調査では、すしや洋食といった外食、遊園地やゴルフといった国内レジャー、腕時計などが前年比で目立って伸びたという。やはり株価上昇が家計の好転に影響してるのか。

5月の連休は途中に平日が3日あり、海外長期旅行よりも国内消費にお金が向いたとの観測もあるという。

主な前年増減比は以下の通り。

外食
・すし 21.3
・洋食 22.2

教養娯楽
・ゴルフプレー料金 13.6
・遊園地入場・乗り物代 53.0

被服および履物
・背広服 5.6
・婦人服 12.4
・婦人用上着 46.7

その他消費支出
・装身具 16.8
・腕時計 68.3

寿司に関する外食費が前年比2割増しというのは凄いよなあ。先日、ゴルフの練習場がえらく混雑しており、アベノミクスの影響かと過去ログに書いたが、やはり数値的にもゴルフへの支出が増えてるのだ。なるほど。時計の68%増も凄いなあ。

昨夜は、有楽町交通会館地下の「照鮨」で一杯。親方に、すしの外食費用は5月に前年比20%以上になってることを伝えるも、この店は波があって、とても前年比2割も増えた印象無いというのだが。

しかし、「新橋鶴八」や「しみづ」は、最近電話しても、結構立て込んでる時が多かった気もする。他の寿司屋でも聞いてみなければ(笑)


元CIA スノーデン容疑者の逃亡
元CIA職員はモスクワの空港に プーチン大統領、引き渡し拒否

香港にいる時は、中国政府の庇護をうけ、対米交渉カードとして使われているという憶測もあったが、出国してロシアに向かったのだからどうも違うような。

記事によると、プーチン大統領は元米中央情報局職員エドワード・スノーデン容疑者について、モスクワ・シェレメチェボ国際空港の到着ゲートと入国審査場の間の乗り継ぎエリアにいると言明。

これはまだ正式にはロシアに入国していないという事で、いかようにも対応できるよう、取りあえずロシア政府が、正式な入国は許可せず、あえて宙ぶらりんでスノーデンを囲っているということではないのか。彼の米国パスポートは既に取り消されており、各国には連絡が行ってるはずであるから、それを無視して入国させても揉める事になるだろう。入国がロシアの国益に反するなら送還すればよい。

ロシアは特段、スノーデンをかばい立てする合理的な理由は無いが、対米交渉カードとして手の中に囲っておくと何か有効に使えるかもしれないという思惑も感じられる。この辺りはロシアの外交もなかなか老獪。

スノーデン容疑者の飛行機代や宿泊代など肩代わり―ウィキリークスという記事を読むと、彼は金がないか、あるいはアメリカに残した預金が封鎖されたりクレジットカードも既に失効されているのかもと推測できるところ。

徒手空拳でアメリカを相手に喧嘩をしかけて、反米政権があるエクアドルに逃げ込めるかどうか。もしも親米の国家を経由した場合、超法規的措置でCIAに身柄を確保され、失踪後、アメリカに突然拘束された状態で現れ、訴追されるというシナリオも十分ありうる気が。この件からは、なかなか目が離せない。


エベレストは死ぬ為に行く場所ではない。
三浦さんライバルのネパール人81歳、登頂断念

この人は三浦さんの一歳上で、前回の登頂の時も直後に高齢記録を更新し、今回もやる気満々だったらしいが、体調不良でヘリで引き返したとのこと。もう、エベレスト登頂の最高齢記録を競うのは、大概にしたほうがよいと思うなあ。三浦さんも登頂後に体調不良になりヘリで下山したらしいが、相当の体力があっても登山は自然が相手。エベレストは天候が急変したり、クリティカルな判断を誤ったりすると、あっけなく命を落としてしまう極限の場所。登頂ルート近辺には、亡くなった大勢のクライマーの遺骸が未回収のままゴロゴロしているという。

「そして謎は残った~伝説の登山家マロニー発見記~」でも書いたが、80年以上前に遭難したマロリーの遺骸も、あの極寒の高地で乾燥はしたが、ミイラの如く腐敗せず残っていた。

1996年には、お金を払えば登頂させるという商業登山ツアーが、気候の急変に遭い大量遭難事故を起こした。この悲惨な事故はツアーに参加して幸運にも帰還できたジャーナリストにより本になっており、過去日記、「空へ~エベレストの悲劇はなぜ起きたか~」で感想を書いた。何度も登頂を果たした熟練のガイドでも、あっけなく死を迎える極限の状況。

また、この大遭難では、捜索隊に発見された時は虫の息でもう助からないと放置されたクライマーが、その夜に自力でキャンプまで戻ってきたという、まるでホラーのようなとてつもないエピソードが残っている。その当人、アマチュア登山家かつ医師のベック・ウェザーズが、その軌跡の生還を語った本についても、過去日記、「死者として残されて~エヴェレスト零下51度からの生還~」で書いたことがある。

この人の生命力にも感嘆するばかり。当時49歳で中年ではあったけれども、恐ろしいほどの基礎体力があったのだ。80歳超えてこの事故に遭えば、同様の奇跡の生還はおそらく不可能。むしろ周りのサポートメンバーを道連れにしてしまうことになるだろう。エベレストというのは、実に恐ろしい場所で、登頂最年長を競ってパーティーに犠牲者出したりしたら、それこそ本末転倒だ。生きて戻ってこそ登山。まあ三浦さんも無事生還してよかった。高齢登頂競争が過熱して犠牲者が出たりしないことを願いたい。


ワクワクが才能を呼び覚ます。麻薬探知犬育成・菊地昭洋
先週金曜に録画した、「プロフェッショナル仕事の流儀」、ワクワクが才能を呼び覚ます。麻薬探知犬育成・菊地昭洋を見た。

航空機のチェックイン荷物や貨物をチェックする麻薬探知犬は、日本でもアメリカの空港でもよく見かけたことがある。

あの訓練はいったいどうしてるのかと思ったら、何度も練習させ、成功したら誉めてやり、犬が喜ぶダミー・タオルを与えて一緒に遊ぶ、それが犬への一番のモティベーションになっているのだという。麻薬探知犬は、麻薬中毒にさせてるから、麻薬を発見するのだというヨタな噂話を読んだ事があるが、冷静に考えれば探知しなければならない薬物は、ヘロイン、コケイン、大麻、MDMAなど実に多岐にわたり、全ての中毒になってるはずはあり得ないよなあ。まあ、大方どこかの中学生が思いついたデマなんだろう。

犬を機嫌よくさせて、飽きさせないように、次々に刺激を与えて、麻薬の探知をさせる。そして成功したら犬を操るハンドラーも一緒になって喜び、犬と本気で遊んでやる。それが秘訣。

「犬は機械ではない。犬が出来ないのではなく、出来ないのは、訓練した人間、あるいは取り扱う人間の責任だ」という菊地の言葉は、人間の人材育成にも通じると思わせるもの。根気よく、誉めて育てる。それが人間の場合でも重要。しかし、言うは安しだが、なかなかこれが出来ないのだよなあ。


哀しき護国の鬼達の御霊は、多分、千の風になって
靖国神社:衆参168議員が集団参拝 春季例大祭

今回の大祭に参拝した国会議員は、今までで最多なのだそうだ。民主党政権が結局、何もできず崩壊してから反動で、世の中がとみに右傾化した気がするが、それを象徴するようなニュース。私自身は自分の立場を穏健な保守と考えているが、頭の悪い「右」は嫌いだ。

この問題については、過去日記、「靖国問題の原点」を読んで考えたに書いた事に尽きているのだが、本日、備忘のためにtwitterにポストしたつぶやきを再構成してもう一度。

靖国は、富国強兵策の元、徴兵した兵隊に、「国のために死んでくれ、後は功績を顕彰し、安らかに鎮魂するから」と国が兵士に言うための装置だった。もちろん戦時下で「靖国で会おう」と戦没した人の遺族が参拝するのを咎める気はないが、現代の政治家がなぜ必死になって参拝する必要があるのだろうか。政教分離はどこにいった。A級戦犯合祀以来、靖国には天皇陛下も参拝していないのだから、戦没者追悼式典で十分だ。

中韓ですら、天皇陛下が出席する戦没者追悼式典に文句言った事はない。戦火に倒れた人々を慰霊するのは当然で、批判できるはずがないのだ。やはり問題は靖国のA級戦犯。この話が出ると、「A級やB級は戦勝国が勝手に決めた」とか、「東京裁判は不当だ」と言う話が必ず靖国擁護とセットで出てくるところが、靖国問題の根の深いところ。この神社には昔の帝国陸海軍がまだ怨霊として生きている。

A級だろうがB級だろうが、当時の首相、東条英機など、誰が見ても負ける戦に「大和魂で打ち勝てる」と愚かに突き進み、南洋で兵隊を大勢餓死させ、日本を焦土に変えた輩。本来、ムッソリーニのように国民に吊るされても文句は言えない。「生きて虜囚の辱めを受けず」と戦陣訓を兵隊にだけ押しつけたから、戦場で皇国日本に殉じた真面目な下士官が、圧倒的な不利の中、自殺としか思えない決死の総攻撃をしかけた。結果は死屍累々の山。その自分は短銃自殺の失敗で裁判に。拳銃でも本気で死ぬ気なら口に銃口入れて頭打てば死ねたはず。むしろ、なぜ腹を切らなかったのだろう。そんな輩を、何の罪も無く戦死した人々と一緒にありがたく祀っていったいどうする。

大戦で亡くなった下っ端は、職業軍人よりも徴兵された国民ばかり。心ならずも異国に倒れた哀しき兵隊たちの御霊は、たとえ祀られるにしても、東条英機なんかと一緒では嫌だろう。まして、最近靖国に鼻息荒く参拝するのは、憲法を改正してまた戦争できるようにしようとする国会議員達ばかり。そんな輩たちに、心ならずも戦に倒れた英霊達は本当に参拝してほしいだろうか。

東京裁判は無効だウンヌンの議論については、格闘技ではないが「ではもう一回、あの終戦間近の、連合国がマウント・ポジション取ってグロッキーの日本を好き放題殴り続けていた体勢に戻ってやり直すか」と問わなくてはならない。あのまま、一部の頑迷固陋な陸軍軍人が主張していたように、本土決戦に突入していれば、東京や大阪、あるいは京都にも原爆が落ちていただろう。アメリカは新兵器を試したくてしかたなかったのだから。そうすると、その後、いくら朝鮮戦争の特需があっても。日本の復興が今のようになったかどうか。

日本の神道というのは、はっきりした経典もなければ教義もない。今の靖国にしても明治に出来た招魂社という新たな形態に過ぎない。本当にそこに英霊達が眠っているのか。私自身は靖国に魂は眠っていないのではと考える。

心ならずも異国で散ることとなった哀しき護国の鬼達の御霊は、多分、千の風になって、ニューギニアやフィリピンや、レイテ沖やガダルカナル島を今でも吹き過ぎているのではないだろうか。

イスラム原理主義よりも、アメリカの狂気が憑依したのでは
米に抱いた夢挫折…死亡の兄はイスラム教に傾倒

ボストン・テロ事件の兄弟は、キルギス出身 チェチェン民族。トルコ経由でアメリカに移民したとも伝えられている。キルギスはもともとイスラム教人口が多いというが、ロシア正教徒もおり、場所も中央アジアで旧ソ連邦。成り立ちからすると必ずしもイスラム国家ではない。犯行の背景はこれから捜査が進むだろうが、狂信的なイスラム原理主義の政治的影響にあったとは言えないのではないか。

むしろ、過去日記、コネティカットでの銃乱射事件にも書いたが、シリアル・キラーやサイコは実はアメリカ名物。ユナ・ボマー、オクラホマ連邦ビル爆破のティモシー・マクベイ、コロンバイン高校銃乱射事件の若者達、サンディフック小学校銃乱射のアダム・ランザ。

今回のような悲惨な事件が起こると、人々は犠牲者に深く同情を寄せ、現場は献花に溢れ、犠牲者の為に祈る。そして、捜査に進んで協力。犯人の一人が射殺され、もう一人も大怪我を負って逮捕された事が報じられると、警官達は握手を交わし、人々は歓喜の声を上げ、パトカーに星条旗を振る。正義は実現されたのだ。

これは極めてアメリカ的な反応ではあるが、「我のみ正義なり」というある意味極めて尊大で排他的な反応。アメリカ人の中にもこのようなコミュニティから疎外されてゆくものがいる。それは、上にあげた、マクベイやランザのような「サイコ」だ。

アメリカは世界一の経済大国で世界中の富が集まる場所であり、他民族国家となっているが、その社会の根幹にあるのは、白人のピューリタニズム的社会。極めて同質性がある反面、ドメスティックで孤立主義。アメリカの白人社会から零れ落ちた人間は、もうどこにも行く場所がない。

今回の兄弟は、清教徒的白人ではないが、旧ソ連から移民して、おそらく属するエスニック・グループがなかった。将来がない事が分かっても、やはり、どこにも行く場所を見つけることが出来なかったのだ。

テロというとすぐに「狂信的イスラム原理主義」ということになるが、今回の犯人達は、自らの命を捧げたら、アッラーの約束する楽園に行けると本当に信じていたのだろうか。彼らに憑依したのは、そんなイスラム的な狂気ではなく、「私にはもうどこにも行く場所がない。さあ、外に出て人々を殺さなければ」という恐ろしくも虚無的な「アメリカの狂気」だったのではないかとも思えるのだ。



維新の会と「大阪お笑い百万票」伝説、そして、兵庫と大阪が違う件
維新の会:戦略の見直し必至 2市長選で惨敗

14日投開票された兵庫県伊丹・宝塚両市長選は、大阪府外の首長選で初めて公認候補を立てた日本維新の会の惨敗。維新の会への追い風はもう止んでいるのかもと思わせる出来事。

大阪には、もともと、「大阪お笑い百万票の伝説」というのがある。「おもろかったらエエねん」、「なんや知らんけど、おもろい方に入れたろ」という投票態度で選挙に行く連中が、大阪には百万人いるという説。実際、横山ノックや西川きよしや中村鋭一は、この票を取り込んで勝ったと言われている。

過去日記、「橋下弁護士と「大阪お笑い百万票」の行方」でも書いたが、橋下弁護士はTVタレントとして活躍していた時から、そもそも「調子乗り」で、人目を引くためだけの浮ついた発言が多い。頭のよい人物だが、実に軽薄な態度。そしてこんな態度が「大阪笑い百万票」にはもってこいの候補者なんだなあ。

政治家を目指した最初のステップ、大阪府知事選では、「阪大のガリレオ」との差が83万票差の圧勝。「お笑い百万票」が動いたのだ。これも過去日記、「大阪お笑い百万票」の計算で書いた。

ただこの無責任な票は、逃げるのも早い。大阪は反権力の街。お上に逆らうおもろい奴には人気が出るが、権力を奪取しようとする体制派になると、波が引くように人気が落ちる面もあるだろう。

そして今回の敗北にはおそらくもうひとつ別の要因がある。それは「大阪都」構想。維新が、兵庫東部を「大阪都」に取り込むと発言したのが、兵庫県下である、伊丹・宝塚市民の反感を大いに買ったと思うなあ。

京阪神と一口に言うけれども、同じ関西でも、都市によって文化風習にはかなりの違いがある。兵庫県と大阪府でもずいぶん違う。兵庫県である宝塚や伊丹も大阪とはまた雰囲気が違う街。「大阪都編入」を聞いた兵庫県民なら「なんで大阪と一緒にならなあかんねん」という文句が出るのは当然。

例えば、阪急電車は、大阪府内も走ってるが、小説「阪急電車」で描かれたように、沿線としては、大阪ではなく、宝塚、西宮、神戸が頭に浮かぶ。大阪というと、南海や近鉄だよなあ。こうしてみると日本文化の深層には、結構近い地域でもあれこれ複雑な違いが交錯しており、選挙の区割りや市町村合併で毎回大騒動になるのは無理ないという気もする。

ただ、私見ながら、兵庫県でも尼崎の辺りは大阪に近い気がする。「尼」くらいなら、大阪に割譲しても兵庫県民の同意は得られるのではと思うけどねえ。勝手な事言ったら尼崎市民に怒られるか(笑)


こんな仕事が本当に技能実習か
広島8人殺傷、屋外まで被害者追いかけ回し襲う

広島県江田島のカキ養殖場で中国人技能実習生が従業員ら8人を殺傷した事件。犯人の陳双喜は、カキ加工場から屋外まで被害者らを追いかけ回して襲っていたのだという。

中国人だからと一律に咎めるのはフェアではない。中国人にも善人はいるし悪人もいるだろう。ただ、全般に日本人よりも、悪い方に振幅が激しいというか、偏りがあるというか、悪い奴はとんでもなく悪い気がするよなあ。ともあれどこの国の出身であろうが、もちろん殺人は言語道断。厳しい裁きを受けてもらわなければ。

ただ子供の頃から鬼畜だと教え込まれた異国に、心ならずも金のために出稼ぎに来て、言葉も通じず孤独で、頭を押さえつけられてこき使われたら、それは心を病んでキレるのも無理はないという気もするのだった。心神喪失認定もありうるのでは。

牡蠣を貝殻から外す、「牡蠣打ち」と言う仕事は辛い単純作業で、日本人のなり手が無いとの解説も聞いた。日本人が嫌なものは外国人だって嫌に決まっている。外国人研修生と称して、後進国から外国人を呼んで、低賃金できつい単純労働につかせるという、このやり方自体もどうなのかね。

先端技術を学ばせるのならば分かる。しかし、この「牡蠣打ち」の場合は、研修という名前を隠れ蓑にして、本来ならば滞在許可の出ない単純労働に外国人を就業させているだけ。研修期間なるものが終わったらハイ帰国。使い捨てである。これでは外国人を搾取していると言われてもしかたない部分があるのでは。

安い賃金でこき使われた彼らが、日本を好きになるか。いや、むしろ恨みを抱くのが普通だろう。デフレの一因にもなり外国人の恨みだけ買うような単純労働に、外国人技能実習制度を取り入れる必要はないと思うのだが。


PC遠隔操作ネコ男は本当に犯人か
PCなりすましネコ男事件 警察はなぜ取り調べ可視化に応じないのか。

PC遠隔操作事件で逮捕された容疑者は、「ネコ男」と呼ばれてるのか(笑) 取り調べが可視化されない限り聴取には応じないと、黙秘してるのだそうである。逮捕された時には検察は確固たる証拠を確保してるのだと思ったし、そう書いたメディアもあった。しかし最初の逮捕事案では処分保留で釈放。同日に別の事案で再逮捕と、どうもなんだか様子がおかしい。

この記事によると、容疑者が江の島のネコに首輪をつけている監視カメラの映像は容疑者には呈示されておらず、犯人が犯行声明に添付したという猫の画像も、警察は容疑者のPCや携帯から見つけてないのだそうである。

これが本当ならば、捜査当局が英語でいう「Smoking Gun」(動かぬ証拠)を持っているかどうか実に疑わしい。もしもこれらの証拠を持っていれば、容疑者にそれを見せない合理的理由がない。これらの証拠が呈示されれば、取り調べの可視化もへったくれもなく、容疑者は全面降伏だろう。いまだに呈示してないということは、ひょっとしてどちらの証拠も捜査当局は持ってないのでは。

今までの有名な冤罪事件でも、逮捕されたのは前科があったり、挙動不審だったり、周囲で奇人変人として知られている者が多い。なかなか犯人が浮かばない時に、こんな怪しいのが捜査線上に浮かぶと、捜査当局は「コイツだ!」と大喜びして即逮捕。喜びすぎて他の容疑者を調べずに無理やり訴追に持ってゆくが、結局冤罪でしたということになる。

今回の事件を普通にプロファイリングすれば、コンピュータに詳しい、プログラマかIT系勤務、独身、非リア充、眼鏡、色白、小太りのオタク系、以前にもネットで揉めた事あり、という辺りが脳裏に浮かぶ。で、逮捕された「ネコ男」だが、この条件に、ピッタリそのまんまなんだよなあ(笑)

真実には、真実だけの持つ奇妙な重みや齟齬というものがあり、ここまでぴったりだと逆に怪しい気もしてくる。犯人が、女性や外国人、あるいは高校生でしたというのなら、逆に真実味があるのだが。

江の島の監視カメラの過去映像を調べると、胡散臭いオタク男が映っていた。この足跡を追うとプログラマでオタクで非リア充で、以前にもネット犯罪で前歴あり。捜査本部は万歳三唱して「コイツだ~!」と逮捕したが、よくよく考えてみると、猫に首輪つけてる映像も捕捉されておらず、いくら調べてもこれだというデータが出てこない。捜査はデッドロックということなのでは。

もっとも、彼自身が清廉潔白な人物かというと、殺人予告をネット掲示板に書き込んで、有罪確定して刑務所に収監された前科があるわけで、まあ、腹に据えかねて条件がそろったら、犯罪をやる男であるとは言える。しかし本件に関して、公判を維持できるような確固たる証拠があるのだろうか。今後の展開に目が離せない事件。


「女子高生が鶏を育てて解体して食べる 「命の授業」は残酷か?」
「女子高生が鶏を育てて解体して食べる 「命の授業」は残酷か?」の記事で取り上げられたからか、「情熱大陸」で放映された番組がネットで話題になっていた。

先週日曜の放送。福岡県立久留米築水高校の真鍋公士が行う授業。生徒達にニワトリを有精卵から育てさせ、飼育の後、自分達の手で命を奪い、解体して、食肉として食べるという、「命を教える授業」。

この番組は私も録画で見た。特に、発育不良でなかなか餌を食べずなかった自分のニワトリを、一生懸命に世話していた女子高生が、その鶏の命を奪う場面で泣きながら嗚咽する姿は実に衝撃的。

そこまでやる必要無い。あまりにも残酷だという批判はたくさん寄せられているようだが、個人的には意味のある授業だという気がする。

まずひとつは、この授業は、普通科ではなく、食品流通科の実習授業であるということ。社会に出たらスーパーや食品メーカーで食品を扱う可能性のある彼らには、食肉は機械から出てくる工業生産品ではなく、命なのだと知ってもらうことは、やはり重要なのではないか。

もうひとつは、鳥の命を奪う部分は生徒自身が選択でき、専門の食肉処理場に持って行ってもらうことも出来るということ。前述の女子高生は悩んだ末、自分にアサインされた鳥を自分で処理することを自分で選択している。この授業が長年続いているのも、当の生徒達がこの実習を自分の魂に触れる意義あるものと感じているからではないだろうか。

まあ、授業が残酷なのではなく、人が生きるためには、他の動物の命を奪わなければならないという事実が一番残酷。機械化が進んだ大都会では、それをまったく意識せずに生きて行くことも可能だが、今でも鳥やヤギを自家で飼育して、折に触れて自分で潰して食肉にしている地域だって日本にはある。後進国に行けばもっと当たり前。殺生せずに生きるためには、ベジタリアンにでもなるしかないが、これはなかなか厳しい道。日本では坊主だってベジタリアンではないのだから。

東京マラソンのキリスト受難
日曜の東京マラソンは、優勝者が決まるまでTVで観戦。ケニア人がマラソンに強いのには驚嘆する。

「黒人アスリートはなぜ強いのか」
によると、同じアフリカ大陸出身民族でも東と西で明らかに肉体的特性が違うのだという。確かにボブ・サップは、NFLやプロレスには向いているが、マラソンは走れまい。

しばらくして、例年の名物である面白い仮装ランナーを見物でもしようかと沿道に出た。

沿道にはずいぶん声援の人々が出ている。ランナーにイチゴを配ってる人などもいたが、サロンパスのスプレー缶を持って沿道に立ち、ランナーが休みに沿道に近付くと、「サロンパスありますよ」と声掛けてる人などいる。別に宣伝活動ではなく個人で来てるようだが、興味深い。

筋肉Tシャツやピンクのアフロ風かつら程度はごくごく普通で、あちこちで見かけるためあまり目立たない。ドラエモンは全身着ぐるみで気合い入っていた。あと、アイアンマンやダースベイダーも。バットマンはなかなか格好よかったな。一つ目小僧やバカボンパパと思しいのもいた。

そしてスーツ姿で走ってる若者が数名。ビジネスバッグ持ってるのもいたなあ(笑)しかしマラソンに出ると、スーツは一気に型崩れしてもう使い物にならなくなるのでは。まあ安いのを買って使い捨てにするのだろうか。

コスプレ・ランは、昔はふざけてると叱られたこともあるようだが、最近の東京マラソンでは仮装・コスプレ・ランナーはごく普通の背景と化している。考えてみると、バットマンやアイアンマン、ドラエモンなどが途中でヘバって休んだり、ガードレールにつかまって屈伸運動などしていてはシャレにならない。コスプレ・ランナーは、普通のランナーよりも実力が要求される気もするなあ。

今回、実際に観たかったのは、3年連続で出場している「十字架背負ったキリスト」。なんでも、ザ・チャンバーズというバンドのボーカルであるララバイという人で、毎回マラソン完走してはその日の夜にライブをやってるのだとか。超人ですな(笑)

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馬鹿げたことに全力を尽くすその姿勢が潔くも凄い。沿道で待ってたるとようやく現れた。最初のうちは十字架背負ってキロ6分くらいのペースで走ってたというが、さすがにペースダウンか。36キロ地点では、ゴルゴダの丘に登るかのような迫真度合いが加わっていた。まさしく東京マラソンの、The Passion。いや~、面白い。しかし、あんまり人気が出過ぎると、バチカンから苦情が出そうな気もするのだった。


本マグロ1本1億5千万円!
築地の魚市場は毎年5日が初荷と決まっている。このところ話題を集めるのは本マグロの初競りで最高値がどれだけつくか。去年は築地喜代村「すしざんまい」が5649万円と云う市場最高金額が落札。

香港系の「板前寿司」が、2011年まで4年連続で最高値の一本を落札しており、昨年、「すしざんまい」が香港にずっとやられてなるものかと一大奮起して、とんでもない額で競り落とし、今年で2年連続。

もともと本マグロの初競りでの最高値が話題になりだしたのは、10年以上前に2000万円以上というとんでもない価格が出て注目されてから。この時に競り落としたのは、寿司屋や料理屋を顧客に持つ仲卸業者だったらしいが、この業者は後に倒産したという。

今年の最高値段は、昨年3倍を近く上回1本る1億5540万円。この値段になると商売で買う仲卸はもはや手は出せない。築地喜代村は入札に参加する鑑札があり、自ら「すしざんまい」を営業しているので、そのマグロは全部自分の店で出し、損は全て自分で被る事を前提で競り落としたのだろう。

しかし最高値がついたこの本マグロは222キロ。単純に計算してキロ70万円。しかし、この値段には、頭や骨、皮、血合い等使えない部分が含まれている。歩留まり50%と仮定するとキロ140万円。100グラムで14万円。

握り一貫にどれだけマグロを使うかと言うと、昔、有名店の握りを実測して掲載した雑誌があり、それによると、マグロの寿司で、寿司種はだいたい14gから19gとなっている。まあ、15gとすると約2万円ということになる。本来は、赤身は安く、大トロは高く値つけするから、大トロなら原価だけでも1貫6万円ということになるかもしれないが、まあ到底食物の値段ではない。

「すしざんまい」ではこのマグロも通常価格で販売したのだとか。普通は1本数百万円程度か、ひょっとするともっと安いのを使ってるのではと思われるから、このマグロの仕入れ価格、1億5千万円は、ほとんど損失になるだろう。

そしてこの大赤字は、税務上経済的合理性がない取引として原価計上が否認されないか? 「すしざんまい」側は広告宣伝費と抗弁するだろうが、効果を証明することは困難。そもそもそのために支弁した金額ではない。まあ、最終的には会社全体として利益を上げて納税してるのだから、勘弁してねというのが税務署との攻防のボトムラインか。それにしても、初荷で1本だけを競り上げる、こんな異常な取引は、もう止めたほうがよい。

長寿の限界と元気者のDNA
京都の115歳・木村さん、世界最高齢に

日本人が世界最高齢の座を奪還!

人間の寿命には興味があって、過去日記、ヒトは120歳まで生きられるにも書いたが、人間の生物的な寿命にはやはりあれこれ制約条件があり無限ではない。昨今では100歳以上の長寿者は珍しくないが、世界最高齢を争うような人物も、115歳を超えると次々と亡くなるため、トップの入れ替わりが激しい。ごくわずか例外があるが、やはり120歳くらいが限界到達点なんだなあ。

長寿者で目立つのは子宝の多さ。この人も「子が7人(生存5人)、孫が15人(同14人)、ひ孫が25人、玄孫が13人いる。」と記事にある。100歳超えても元気なのではなく、元々元気だから100歳超えるまで生きた訳で、元気ないものは100歳になる前に、既にこの世を去っている。元気者のDNAというのがやはりあるのだ。

こんな元気者たちは、旧約創世記で「産めよ、増えよ、地に満ちよ」と神様に言われた直接の子孫なのかもしれない。そんな気もするのだった。
コネティカットでの銃乱射事件
アメリカでまた、児童ら26人が死亡したコネティカット州での銃乱射事件発生。

銃の乱射事件が起こるたびに思い出すのが、過去日記にも感想を書いた映画、「ボウリング・フォー・コロンバイン」

「なぜアメリカでだけ毎年銃による殺人がこれほど多いのか」という疑問の探索。アメリカの銃による死者は年間1万人以上。ドイツは400名弱、フランスは300名弱。イギリス、日本は100人以下。あまりにも突出している。誰でも思いつく回答は「銃の規制が甘い」こと。確かに誰でも銃と弾丸を買える国。しかし、カナダでの銃の普及率はアメリカ同様。なのに銃による死者はアメリカの何十分の1。

アメリカは銃規制が甘いのが問題、終わり。では解決にならない。乱射事件がアメリカでだけ多発する闇には、何か訳がある。アメリカの闇に潜む「恐怖」の迷宮を解説し、ひとつの解を呈示したのが、「ボウリング・フォー・コロンバイン」のネタ本になった「アメリカは恐怖に踊る」。興味ある人には一読を勧めたい。

乱射事件以外にも、ジョン・レノン殺害犯のようなサイコや、シリアル・キラーもアメリカ名物。シリアルキラーは、ほとんど白人男性と云うのは有名なFBIプロファイラーの説だが、映画「羊たちの沈黙」でも取り上げられていた。実際にその通りに思える。アメリカでは、刑務所のマジョリティは、黒人とヒスパニックだが、シリアルキラーとサイコは白人男性の専売特許。これにも多分なんらかの理由がある。

一つには、アメリカ白人の絵に書いたような平穏で幸せな中流層以上のコミュニティの裏側に、そこに受け入れられなかった者達を厳しく疎外する社会があるのでは。もちろん、外国人としてアメリカに住む「イエロー」には計り知れない世界でもあるけれども。普通の白人の世界から疎外された者が落ちる陥穽の深さは、最初から差別されたマイノリティーの比ではないようにも思えるのだ。

もうひとつ、サイコを製造するひとつの系譜、その可能性として興味深いのは、キリスト教原理主義。似非科学やトンデモは、その多くがアメリカのキリスト教原理主義から来ている。キリスト教原理主義の厳格な親から育てられた子供達は、どこか普通とは違う人間に育つ。スティーヴン・キングが好んで描く、子供の人格を破壊する、圧政的で狂信的な母親は、このひとつの典型だ。

もちろん、今回の事件と関係あるかどうかは分からない。事件や家庭の背景がまだ明らかでないので、現時点で言及するのは不適切だが、犯人のファースト・ネームを聞いて、なんとなく気になっているのだった。

舞鶴女子高生殺害事件、中勝美は逆転無罪か
本日は、朝っぱらから、尼崎連続変死事件、角田美代子被告が留置場で自殺、北朝鮮ミサイル突然の発射、舞鶴女子高生殺害中勝美被告控訴審逆転無罪と、ニュース速報だらけの実に賑やかな朝だったなあ。北朝鮮ミサイルは失敗かと思ったら何らかの物体が地球周回軌道上に乗ったということで、これまた2度目のびっくり。

昔、元参院議長扇千景が昼のワイドショー「3時のあなた」の司会をやってた時、番組冒頭で「○○さんの離婚、XXさんのお通夜など、番組は今日も楽しい話題で一杯です」とやらかした伝説があるけれども、昼のワイドショーも大賑わいだったろう(笑)

舞鶴女子高生殺人の中勝美被告については、過去日記、

中勝美とは誰?

第一審判決「中勝美は無期懲役」

で書いたが、判決には若干の違和感を感じていたところ。

中勝美被告には2名殺害の前科があり、悪人面で近所でも評判の奇人変人。細かい犯罪は逮捕前まで結構繰り返していたので最初は別件逮捕された。

katsumi.jpg

しかし、殺人を証明する証拠というと、現場近くにいたという目撃証言と、被害者遺留品について知識があった発言をした、という程度で直接の証拠無し。

検察は裁判員裁判の導入を前に焦るように起訴して裁判官裁判に持ち込み、一審は無期懲役。冤罪事件の歴史を見ても、警察は捜査線上に前科者や変質者が浮かぶと喜びすぎて他の線を一切捨てて捜査せず、いざ冤罪ですとなったら、もはや真犯人を探すすべがない場合が多い。今回も大きな失態を演じているのではないかと思うのだが。

しかしこれが冤罪かというとちょっと印象が違う。中勝美が犯人であるという明らかな証拠も呈示されていないのでは。「疑わしきは被告人の有利に」という法理が適用された無罪で、冤罪とまではいえないよなあ。

銀行名を語った詐欺メールを添削する
昨日、Gmailのアドレスに、三井住友銀行を騙ったメールが到着。いわゆるフィッシング・メールだ。最近ニュースでも見たが、実際に送られてきたのは初めて。

三井住友銀行セキュリティのページにある「当行を装った不審な電子メールの例 」に書いてある文例(1)とまったく同じだ。こんな文章。

件名 :三井住友銀行より大切なお知らせです
送信元:三井住友銀行
本文 :
この度、SMBCダイレクトのサーバーのバージョンアップを行いましたので、お客様にもご面倒をお掛けしますが必要事項を記入し更新手続きをお願いしております。
更新お手続きを怠るとSMBCダイレクト使用中にエラーなどの発生が生じる可能性がありますので大至急、更新手続きをお願いします。
更新ページ
<フィッシングサイトのURL記載>
ご面倒をお掛けいたしますがご協力お願いいたします。
三井住友銀行

しかし文が少し妙なので添削してあげよう(笑)

メールが来て更新ページなるもののurlを表記してるのだから「必要事項を記入し」はないよなあ。「必要事項を入力し」のほうがずっと素直。この文案はだいぶ年寄りが書いたのでは。

そして、最後の「大至急、更新手続きをお願いします。」というのも、ビジネスの世界では自分の都合でお客様に物を頼む言い草ではない。「誠にお手数ですが早いうちに」とか、あるいは「勝手ながら○月○日までに」と記載するべき。

他の文例では、「一刻も素早いお手続きをお願いします。」とあるのだが、「一刻も素早い」という表現も、ビジネス文書でお客様にお願いする行動に対しては使わない。

全体の体裁そのものは銀行のメールを参考にはしてるのだろうが、社会に出てビジネスの世界であまり文章書いたことのない人物が書いたという気がするのだが。まあ詐欺の片棒担いでいるのだから、犯罪者であって、もちろん普通の人物ではないのだけれども。

若い頃からホラ吹きで
今週号の週刊文春には、読売「世紀の大誤報」iPS虚言男「本当の履歴書」との記事が巻頭に。虚偽治療の発表をした森口尚史の経歴を辿るもの。研究生活の不遇から虚言に走ったのかと思ってたら、学生の頃から、京大法学部にも合格したとか、厚生省のキャリアで採用されたとか、周りが真偽を疑うホラをよく吹いていたらしい。

京大医学部に3度落ち、他の大学に一応合格して仮面浪人して、東京医科歯科大学に合格したのが24歳の頃。通算で6浪という経歴もちょっとびっくり。

一番面白かったエピソードは、行きつけのクリーニング屋では東大教授と名乗り、「聞いてください!」と店主に言っては1時間も2時間も自慢話をしてたというところ。他の客が来たらおとなしく後ろで待ち、客が帰るとまた話を続けるのだとか。寂しい変人だったんだな。

爆笑問題太田は深夜ラジオで、「森口さんは好きだなあ。だいたいあの挙動不審のアレみたら明らかなんだから、マスコミも、嘘でしょう嘘でしょうといじめてやるなよ」と発言していた。確かに社会に大した実害を与えた訳でもなく、研究者生活はもうおそらく続けられない訳で、自業自得とはいえちょっと気の毒なところはある。

せっかく顔が売れたのだから、サンデー・ジャポンにでも出演して、テリー伊藤にいじってもらい、サンジャポ・ファミリーとしてタレントになったらどうか。ただ、残念なのは、あの全国に何度も流れたインタビューの中で、印象に残るキメの台詞が無かったなあということ。惜しかったなあ。やはりタレントも難しいか(笑)


iPS治療虚偽発表事件
iPS細胞で山中教授がノーベル賞という偉業を達成した直後に報道された、日本人医師がアメリカでiPS細胞を臨床医療に使用したというニュース。

アメリカの研究はさすがに進んでるなと、そんな呑気な印象しか抱かなかったが、疑念を抱いた専門家が大勢おり、調べるうちに実はこの発表は虚偽だったということが次第に明らかに。

今朝の情報番組では、どの局も、発表をした森口尚史氏がNYで行ったインタビューを大々的に流してその虚偽発言を叩きに叩いている。
Wikipediaにも、森口尚史で項目が立つという人気者に(笑)

この人は、何年か前からメディアとは接触があったようで、熱心に検索した人によると、研究成果についての記事が何本もメディアに紹介されているのだとか。おそらく昔の報道も、だいぶ「盛って」いるというか、虚偽なのでは。

まあ、最初に報道した読売新聞が、裏取りを怠ったということになるのだろう。報道する際に裏取りするのは報道機関の義務。ただ、本人が意図的に嘘をついている場合、記者の段階で発見するのは容易ではないと思うけれども。同じく本人から接触があって記事にしなかった新聞も、虚偽だという証拠があった訳ではない。どうも怪しいというレベルらしい。

今回の場合はアメリカの会見に本人が出てきて吊るし上げ状態になったので、日本でもアメリカでも医師免許が無いことや、就労ビザを持っていない事などが明らかになったのだが、普通に大学教授が外国との共同研究結果を発表した場合、記者は、医師免許あるのかとか、ビザは、手術した国への入国日は等とチェックしたりはしないよねえ。まあ、一人のホラ吹きのおかげで研究者全体への信頼が揺らいてはいけないと思うが。

なんでこんな事をしたのかは不明だが、研究者として華々しい業績を残せなかった事に、本人が抱いた劣等感というかルサンチマンが、やはりホラに結び付いたのではないかとも思える。

昨年行った最初の手術だけは本当だとまだ言い張ってるらしいが、本人の人格が崩壊しかねない最後の一線なのでは。もしも研究話に金出した出資者がいるなら別だが、ホラだけであれば実害はあまりなく、これ以上叩くのも大人げない。すでに研究者としての生命は絶たれた。あまり追い詰めず、「はいはい」と聞いてお引き取り願うのがよいと思うのだが。

ノーベル文学賞はダメでしたか。
昨夜は、「新ばし 久」で夕食。タクシーで帰宅する途中、Twitterでノーベル文学賞が中国の作家に決まったことを知った。村上春樹は残念だったなあ。受賞を期待していた人は大勢いただろうに。

まあ、国別の枠は無いと公式には言われているが、科学分野での業績と違い、文学作品に関しては、明確な業績というものの優劣がつきにくい。科学研究は先進国で盛んだが、文学に関しては必ずしも先進国だけで成果があるとは限らない。やはり世界のあちこちの作家をまんべんなく評価しようという事になると、同じ国から何名も出るのは難しいのでは。

日本では、すでに川端康成と大江健三郎が受賞しており、三島由紀夫も安部公房も受賞していない。日本人から文学賞3人目というのは、やはり難しいかもしれない。

まあ大江健三郎は、ノーベル賞は尻尾振って貰いにいったが、文化勲章は拒否した「日本嫌い」であるから、村上春樹は、大江を日本人受賞枠から除いて考えてもらうように運動したらどうか。二人くらいなら、日本から出ても不思議ではない気もするしなあ。

サムソンvsアップル訴訟合戦
サムスン、アップルの特許侵害せず…スマホ判決

スマートフォンやタブレットに使われている技術の特許を侵害されたとして、米アップルが韓国サムスン電子の日本法人2社を相手取った訴訟で、東京地裁は31日、サムスンによる特許権侵害を否定し、アップル側の請求を棄却する判決を言い渡したとのこと。

先日アメリカで、サムソンの特許権侵害を認めて10億ドルの巨額賠償金を課したのは、アップルのお膝元カリフォルニア連邦地裁。しかも判断を下したのは職業裁判官ではなく陪審団。やはり多分に米国企業であるアップルを贔屓する心情があったのでは。アメリカの陪審裁判は、どれだけ自分に有利な層がいる地域の陪審を選ぶかで結果が違うともいうからなあ。

反面、日本の職業裁判官は、頭に何かつくほど真面目だし、不偏不党でよほどの明確な証拠が無いと侵害は認定しないのではないかな。技術的な問題だと、裁判官は細かいことが分からないだけに、単なる印象ではなく確固たる証拠を求めるだろう。知財関連で明白に侵害を証明するのは結構大変なような。

そして、米国企業にとって日本で裁判するのは言葉の問題もあり大変。日本での訴訟の相手はサムソン本体ではなく日本法人であり、あまり力が入って無かった可能性もある。

しかし、普通にアンドロイドのスマートフォンというデバイスを見たら、iPhoneをみんな真似したというのは明白な気がするが、知的財産権の侵害という専門的な分野で争うとまた違った結果も出るのかねえ。サムソンは逆にアップルに金払えと言う驚天動地の訴訟を提起しているらしいが、まあいかにも韓国人らしいというか。

本件は、韓国の裁判所にも同じ案件が提訴されてるのだろうか。

昔、仕事関係で、韓国の政府機関の執行について韓国の裁判所に訴えるかという話があった。道理的にはこちらに分があるにもかかわらず、こちらが雇った韓国人の専門家は一様に渋い顔で、日本企業が韓国の政府機関を韓国で訴えても絶対勝てないという。裁判所は公平だろうと念を押しても、当の韓国人が渋い顔で「日本企業は勝てない」と首を振るので断念したことがあったなあ(笑)

ひょっとして韓国での訴訟では、アップルに巨額の賠償を課す逆転判決が出たりすると面白いな。

iPhone5はこの秋に発売か
以前過去日記でも書いたが、私のモバイル環境は、通話専用にはauのガラケー。ネット接続のために、iPod touchと合わせてDocomoのモバイルWiFiルーターを持ち歩いている。iPhoneにすると一台で済むところを、「あんた一体何やってますのん」という選択なんだが、まあ考えた上の選択。auには払っても、SBには一銭も払いたくないというのが一番の理由。

ともあれ、いよいよiPhone5がアメリカでは9月に発売されるらしい。日本でも10月初旬には発売されるのでは。充電の問題はあるけれども、持ち歩いてる、ガラケー、iPod touchとDocomoのワイヤレスwifi、iPod Nano(そうなんです、これもtouchとは別に携帯してるのでしたw)を一本化できたら素晴らしいことだなあ。そろそろ乗り替えるかと検討中。


胡散臭い人
小沢元代表に顧問料:報告書を即日訂正…「事務的ミス」

民主党の小沢一郎元代表に対し都内のコンサルタント会社から議員歳費を超える額の顧問料が支払われていたのだが、政治資金報告書には顧問就任の記載が無かったというお話。新聞社からの指摘で即日修正したのだという。顧問料を受領する事自体は法律に触れないらしいが、就任役職を記載しておかなければならなかったという。

まあ、形式的な話で、あんまり大した問題では無いと思うが、アレっと思ったのが、このコンサルタント会社の代表の名前。深見東州(本名・半田晴久)というのだが、どこかで覚えあるなあとしばし考えて思い出した。

この人は、自分の著作「強運」という本の広告をあちこちの地下鉄のドアに貼っている人だ。

この広告ステッカーは、本人の名前、人相、ファッション、歯が浮くほど大絶賛の読者コメント、出版社、全てが胡散臭い代物。あれ見て本買う人はカモネギだと思うがなあ。

Wikiにも、深見東州の名前で項目が立ってるのだが、この内容がやたらに詳しい。よほど本人に近しい人が書いてるんだな(笑)そして延々と列挙される肩書きの多さにもまたびっくり。宗教団体の教祖らしいが、とてつもない数の肩書きだ。

2005年紺綬褒章受章とも書いてあって、褒章までもらってるのかとまたまたびっくりしたが、はて、紺綬褒章なんて聞いたことないな。調べてみると、これは春と秋の定期の褒章ではなく、しかるべき福祉団体などにお金を寄付すると貰えるのだそうで、なんだ、じゃあ黄綬褒章や藍綬褒章とはだいぶ意味が違うよなあ。

まあ、しかしこの人は経歴を見れば見るほど、どうにも胡散臭い気がする人物なのだった。いったい小沢とはどんな関係なのだろうか。


フォアグラの拷問
1日からフォアグラ禁止=駆け込み消費、反発の声も―米加州

日本ではレバ刺しが禁止になったが、7月1日からアメリカ、カリフォルニア州ではフォアグラが店での提供やスーパーでの販売禁止に。フォアグラの製造過程が残酷だという理由らしい。

カリフォルニア州やハワイ州では、既に中華食材のフカヒレも捕獲手段が残酷だということで販売禁止になったが、フォラグラも同じ運命に。アメリカは州の独立性が強く州単位で自由に法律が制定できるから、時折極端な法律が成立するのだよなあ。

フォアグラの製造は鴨に無理やり餌を食わせるのだという事は知っていたが、実際にはどんな畜産が行われているのか、YouTubeを検索すると、フォアグラの製造がいかに鴨を虐待しているかを取材したビデオがアップされていた。



大量に人工孵化された鴨の雛は、まず最初に選別されメスは全て間引かれる。ある程度成長したオスの鴨は、何週間か野外で育つが、その後、一羽ごとに身動きできない狭いケージに入れられ、日に2回、穀物と脂を混ぜた餌をポンプで強制的に胃に充填され、無理やり脂肪肝の状態に。この段階で病気になって死ぬ鴨が大量に出るが、最後まで生き残った鴨の肝臓がフォアグラになる。

まあ、確かに残酷ではあるのだが、ブロイラーや牛肉、豚肉の生産過程と比べて、飛びぬけて残酷かというと若干判断に難しいところ。

原始的な牧畜は1万年以上前から行われており、野生動物の狩猟に依存するリスクを低減して人類の生存に役立ったし、近代以降の牧畜の工業化は、貧しい人々の食卓にも畜肉が供給される大量生産を可能にした。しかしやはり畜肉の大量生産というのは、動物虐待と紙一重のところがある。

ただ昔から、人間は他の動物の命を奪う事で生き延びてきたのだし、それは雑食の人類という種の背負ったある種の業なのだよなあ。人間は、野の青草だけ食って生きていけるようにはなっていない。

「自分が生きるために他の生物を殺してよいのか」という根源的な問いは、実は古代から人の心を捕らえたと見えて、例えば旧約聖書には、「動いている命あるものは、すべてあなたたちの食料とするがよい。わたしはこれらすべてのものを、青草と同じようにあなたたちに与える(創世記9-3)」との神の言葉がある。神様も許してくれたので食べてよいのだという理屈になっているのだった。

フォアグラの場合は、命をつなぐために食するのではなく、もっと美味いものを食う為に、更に余計に家畜を虐待してよいかという問い。フランス人が「残酷だから止めろ」と言われたら、「これは自国の食文化だ」と即座に反論するだろう。確かに鴨に無理やりに餌を食わせてその肥大した肝臓を食べるというのは、よほどの食に対する貪欲な追求の集積と執念がないと思いつくことではないよなあ。