97年から書き続けたweb日記を、このたびブログに移行。
「Journey of a Songwriter 旅するソングライター」
先日、「Bose QuietComfort ノイズキャンセリング・イヤホン QuietComfort20i」を購入。

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すると、何故かやたら音楽が聞きたい気分になり、ずっとiPodにつないで、浜田省吾の新しいアルバム、「Journey of a Songwriter 旅するソングライター」を聴き続けている。このアルバムが実にしみじみと良い。



カラオケで「もうひとつの土曜日」を熱唱する奴は好きではないが、浜田省吾は昔から妙に好きだ。もう還暦を過ぎているのだが、写真見てもスリムで、相当節制してトレーニングもしてるのだろう。髪がフサフサなのも凄いな。何か隠された秘密が?(笑)

後半のプロテスト色が強い楽曲は、あまり好みではない。しかし、「光の糸」、「きっと明日」、「マグノリアの小径」、「五月の絵画」などは、やはり年齢による円熟を感じさせる素晴らしい歌。

人は誰しも人生の黄昏に近づいて行くが、蹉跌を乗り越え、幸せも不幸も経験した最後に見つける小さな愛の豊穣。そこには心の平安と滋味深い豊かさがある。人は年を取るごとに何かを失って行くのではなく、美しい記憶が次々と結晶化してゆくのだ。「路地裏の少年」は、長い旅の果てにそんな境地まで辿り着いた。そしてこの先に待っているものは。

例えば「五月の絵画」は、離婚で捨てた娘が立派に成人した後で再会した時の歌。浜田省吾自身の人生がどこまで投影されているのかは知らないが、この歌は、おそらく「Edge of the knife」に収録された「Sweet Little Darling」の後日譚だ。 「愛だけが最後の答えと分かるまでは、俺もひとり彷徨ってる悪い夢の中を」 と歌った男が、目の前で微笑む大人になった自分の娘が与えてくれたかもしれない「許し」に言葉を失くし、魂を奪われる。

楽曲は全て日本語なのだが歌詞カードが、中国語、ハングル語、英語、スペイン語と多言語対応になってるのが珍しい。英語はnativeが訳していると思うが実に平易で上手いなあと思う表現。日本人の英作文とはやはりちょっと違う。それにしてもなんでこんな多言語歌詞カードがついているのか(笑)

「BOSE QC20i」のノイズ・キャンセリング機能は、やはりヘッドホンには及ばず、無いよりはマシという程度。これは飛行機の中ではあまり活躍しないかも。まあ街歩きの時に使えばよいが。酔っ払ってる時にAmazonに発注したのをちょっと後悔したり(笑) 設定をもう少し見直すが、低音は大変によく響いて迫力あり。



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岡崎律子の「For Ritz」を聞きながら
過去ログ、「原爆忌の日に「夕凪の街 桜の国」を読み返した」にコメントしてくれた人から教えてもらった「For Ritz」を聞いている。



このアルバムを製作したシンガーソングライターの岡崎律子は、スキルス胃癌を発病し闘病生活を送りつつ創作活動を行っていたが、2004年に44歳の若さで病没。これは一部未完に終わった遺作アルバムとなった。

このアルバムに収録された曲の端々にも、明らかに岡崎律子が自らの死を悟り向き合っていたと思しい歌詞がちりばめられている。

ごめんね お別れが突然で
今は ちょっとね 寂しいけれど
かなしみじゃないの
いつか ちゃんと想い出になる

約束 お願いはひとつだけ
生きて 生きて
どんな時にも なげてはだめよ
それは なによりチャーミングなこと


最後までいえないことがあった
でも、すべて告げるのがいつもいいとは限らないの

いつかは わかるから
大丈夫すべてがわかるから

さよなら 青い空はまるで祝福
旅立ちね

希望と諦観、そして喜びと哀しみの間を揺れ動く、澄み切った繊細でか細い声。

どんなにか彼女が生きたかったろう明日を、今、我々は普通に生きている。こうして生きていることは、あるいは生かされていることは、ただそれだけで素晴らしいのだ、きっと。澄み切った寒空の下を歩きながら、iPodで聞くと実に心に染みる曲の数々。




MADONNA Complete Studio Albums (1983-2008)
マドンナの歌はラジオから流れてきたり、TVでプロモーション・ヴィデオ見たりして何曲も知ってるのではあるが、実は一度もCD買ったことがなかった。

しかし今回、デビューから2008年までの11枚のアルバムが紙ジャケットで全て入って、3,324円という驚異のボックス、MADONNA Complete Studio Albums (1983-2008)が発売に。

古いアルバムでもう売れてはいないのかもしれないが、アルバム一枚あたり300円ですよ。タダみたいなもんだ。マドンナのこの太っ腹は凄いなあということで早速Amazonで購入。

朝から晩までこればかり聞くほどのファンではないのだが、iPodに落としてボチボチ聞いてゆこう。ずいぶん長い間楽しめそうだ。そして実に安上がり。デフレ時代にもよいことがあるなあ(笑)。

柳ジョージ逝去
「雨に泣いてる」がヒット…柳ジョージさん死去

過去日記にも書いたが、アメリカ駐在中に日本からCDを取り寄せて、私のiPodには、柳ジョージのアルバム、「Y.O.K.O.H.A.M.A」と「Woman and I...OLD FASHIONED LOVE SONGS」が入っている。

ちょうど先日の神戸旅行中に聞いていたところだったので、訃報には驚いた。63歳。糖尿病だったとの報道だが、やはり原因はきっとお酒だよなあ。分かってはいるのだけど飲む自分にも自戒をこめた愛惜の念を送りたい。

シンデレラ・リバティ
ハーバー・フリーウェイ
アフリカの夢
娘よ…/She's our daughter
青い瞳のステラ、1962年夏・・・
コペンハーゲン・パーク
プリズナー
Fenceの向こうのアメリカ、そして、もちろん大ヒットとなった「雨にないてる」。

どれも実に懐かしく、心に染み入るような歌ばかり。それにしても、横浜のことを「ハマ」と呼ぶ人も、もう最近ではほとんどいなくなったような気もするなあ。懐かしい昔がだんだんと消えてゆくような、そんな気もする。

「僕と彼女と週末に」 再び


過去日記にも一度書いたことがあるのだが、YouTubeに上がった浜田省吾の歌を再掲しよう。

この歌に投影されているのは、地球環境問題や核問題。昔のコンサートでは、巨大な原発を背景スクリーンに映してこの歌を歌ったこともあったとか。

そして、大震災と福島原発問題の波紋に揺れる今、再び聞くと、これは、実に現実を予見していたと身につまされる歌。ずいぶん昔の歌ではあるが、こめられたメッセージは決して古くなっていないのだ。
畏れを知らぬ 自惚れた人は
宇宙の力を 悪魔に変えた

市井でつましやかに生きる恋人達をも包み込んでゆく終末の予感。題名の「週末」は、ひょっとするとダブルミーニングで「終末」にかかっているのかもしれないとも思わせる。

しかし、それでもなお、浜田省吾が歌いあげるのは、祈りにも似た愛と人間性への信頼であり、それがこの歌に深い陰影と救いを与えている。そう、信じたい、人を、そして我々が語り継ぐ希望を。

いつか子供たちに、この時代を伝えたい
どんな風に人が希望(ゆめ)をつないできたか。

君を守りたい ただひとつの
君を守りたい この手で
愛を信じたい 人の心の
愛を信じたい 今こそ


歌い継がれるべき歌である。

BEGIN
このところ、日本での遅い夏休みに備えて節酒している。お酒を飲まないと、夜の眠りが浅い気がするのだが、朝は快適な目覚め。

何日か100度Fを超えた気温もウソのように下がった。朝8時半から外をランニングする時の気温は60度F(16℃)を割っており、シャツ一枚では寒いくらい。それでも汗をかくのが心地よい。およそ4マイル。

運動の後でのんびりネット接続。YouTubeで、初めて「イカ天」に出た時のBEGINのビデオが上がってるのを興味深く見る。この頃から既にBEGINの歌はもう完成していた。



バンド紹介を聞いた司会の三宅裕二から、「沖縄の音をブルースに取り入れて、とは例えば?」と聞かれて、「いや、あの、それはこれから(笑)」とボーカルの比嘉栄昇が答え、「なんだオイ、これからかよ(笑)」と三宅に突っ込まれているのも初々しくも微笑ましい。

しかし、彼らは5週勝ち抜き、プロのバンドとしてデビューした後、ちゃんとその言を守っている。同じくYouTubeに上がった「島人ぬ宝」は紅白でも歌われた曲。




沖縄で聞いてももちろん素晴らしい歌だが、ハワイで聞いてもよい気分になるのでは。いや、もっと言うならば、日本本土を含めて、太平洋の島に住むパシフィック・アイランダーならば、誰でも心の琴線に触れる歌という気がするのだった。メンバー・チェンジもせずにいまだ活動。BEGINも息の長いバンドである。


「人間椅子、そして「袈裟の力」
土曜の夜は部屋で焼酎飲みながら、YouTubeで昔のイカ天バンドの映像をあれこれ漁っていたら、すっかり飲みすぎてしまった。

たま、マルコシアス・バンプ、BEGIN、BLANKEY JET CITY、そして人間椅子と、探してみるとあれこれアップされている。

特に「人間椅子」のビデオがなかなか面白く、あれこれ検索。ヘビーメタルなギター・リフに合わせて、実に奇妙な、おどろおどろしい日本的幻想が繰り広げられる。年月は過ぎたが、イカ天に出た時からバンドのコンセプトにまったくブレが無いというのが凄い。



それでも時は流れた。イカ天の時は文学青年風だったギターの和嶋慎治は、どこかのジャズ喫茶の親父のように。もっとも当時はねずみ男の扮装だったベースの鈴木研一のインパクトは衰えていない。このPVでは、丸坊主になって顔は白塗り、袈裟を着た「悪坊主」の扮装。この「悪坊主」の存在感は凄い。

やはり袈裟という衣装には「袈裟の力」とも言うべき独特の重みがあって、それで余計に扮装の破壊力が増しているのだろう。

袈裟は、そもそものインドでは、糞掃衣といって打ち捨てられるようなボロ布で作られたらしい。今でもガンジス川縁にいるヒンドゥーの行者はそんな衣服をまとっているのだろう。しかし大乗仏教が中国に伝来して袈裟も装飾化し、一種の権威を表すものになり、日本の仏教にも中国伝来の袈裟の階層別の権威が持ち込まれた。

日本人としての長年の刷り込みによると思うのだが、坊さんが袈裟着てると、やはりなんだか不思議な威厳を感じるものなあ。しかし、この扮装で演奏したら海外進出してもウケけるのではないか。まあ、仏教界からは怒られるかもしれないが(笑)。



こちらのPVでの鈴木研一は、一転してどこか禍々しいまでの長髪。

「裁きの時が近づいた、終りの時がやってきた」

と繰り返すサビは、これまた不吉な予感が暴風雨のように吹き荒れて圧巻。浮世絵や絵巻をコラージュした和風な映像も、黙示録的歌詞と奇妙なコントラストで、これまた素晴らしい。実にオリジナリティあふれるインパクト。外国人に見せても、訳がわからないうちにあっけにとられて受けると思うのだが。実に面白いものを見せてもらった。

しかし、YouTubeだけ見て「あ~面白かった」では、アーティスト側もたまったものではないだろう。

ということで、Amazon.co.jpに、「人間椅子傑作選」と、「見知らぬ世界 [DVD]」を発注。在庫があったから、アメリカにも今週中には届くのではないだろうか。楽しみだ。

YouTubeで見た「落陽」


YouTubeに転がっていた吉田拓郎の「落陽」。これまた懐かしい。使われた写真には、なんらかの画像処理や合成がされてるのだが、なかには息を呑むほど美しいものがある。

旅を続ける若者が、賭博で身を滅ぼした老人と出くわして仲良くなる。そのふとした出会いを歌った、ロード・ムービーのフォーク版というべき拓郎の名曲。

「ろくでなしの男たち、身を持ち崩しちまった」
「この国ときたら、賭けるものなどないさ、だからこうして漂うだけ」


直接関係ないが、この歌詞を聴くたびに不思議に思い出すのは、寺山修司の短歌。

「マッチする、つかの間海に霧深し、身捨つるほどの祖国はありや」

この歌が優れて視覚的なのは、視線に奥行きがあるから。寒い海風の中、手でマッチを包むようにしてタバコに火をつける。手のひらにほんの少しの暖かさを残してともるタバコの火。そしてそこから視線を上げたその先には霧に煙る海。しかし作者の思索はそこで留まらず、遥かその先、霧の奥へと移動してゆく。

復員兵の歌だとも言われているが、だとしたら街は舞鶴、海は日本海ということになる。復員兵でなくとも、故郷を捨てた男の歌なのかもしれない。

寺山修司が発表した有名な短歌には、俳句を剽窃したものとの説が根強くあり、ネットで検索しても、当時、元歌と指摘された俳句と寺山の短歌の対比をいくつかのサイトで見ることができる。

しかし個人的には、寺山の短歌は、オリジナルの俳句の感興よりも更に突き抜けた次元に達していると思えるものが多い。

いわゆる俳句に光る文言をコラージュのように自在に使い、更にその先の自分の表現を追及した人だったと思うのだが。しかし「7+7」の2句が付け加わるだけで俳句と短歌がこうにも違ってしまう不思議。

あれ、吉田拓郎の話から、ずいぶんと脱線してしまった(笑)。
きみしかいない
YouTubeには、昔のイカ天系バンドの映像がたくさん転がっている。

たまはこの番組がきっかけでメジャー・デビューし、最初のシングル「さよなら人類」は、どこかSFの幻想漂うキーボード担当柳原幼一郎のシュールな曲で、これが大ヒット。

そして、何枚目か後のシングルになったのが、この「きみしかいない」。



ギターの知久寿焼は、どちらかというと和の風情漂う寂しく変った曲が得意だったが、この「きみしかいない」は、まるで柳原の詩情を感じさせる幻想にあふれる曲。アンチユートピアSFの雰囲気あり。

この曲が入ったアルバム「きゃべつ」はよく聞いた。「満月小唄」も忘れがたい。

言葉が余りにも削ぎ落とされ、絞り込まれているため、逆にどんな解釈も可能だが、例えばこれが、世界最終戦の後シェルターで細々と生き残った人のラブソングだとしたら。そして主人公の歌う「きみ」すら、主人公の頭の中にしかいない幻影だとしたら、これはなんとシュールで寂しくも哀しい歌だろうか。

ところで、Youtubeには、他にも色々イカ天バンドのその後の映像が上がっている。知久がこの独特な髪型を止めて丸坊主になってたり(おそらく剥げたのではないかと気の毒に思うのだが)、人間椅子のベースねずみ男があの衣装やめて、暗黒舞踏の人のようになってたり(まあ、確かにずっとねずみ男ではやってられんよなあ)、時の流れというのもが如実に感じられて、実に感慨深いのであった。



僕と彼女と週末に
YouTubeに、懐かしい浜田省吾がアップされていた。

80年代初頭に発表された「PROMISED LAND(約束の地)」に収録された「僕と彼女と週末に」。


この星がどこへ行こうとしてるのか、もう誰にも分からない。

昨日の絵の具で汚れたキャンバスに、明日を描く愚かな人

売れるものならどんなものでも売る、それを支える欲望

ずいぶん昔の歌なのだが、ここには、地球環境汚染や核問題はもちろん、はては昨今の世界金融危機までが投影されている気がして、その内容は決して古くなっていない。

そして、曲の間奏部分に挿入される浜田のモノローグは、世界の片隅で幸せに生きる恋人達をも、静かに包み込んでゆく終末の予感に満ちている。しかし、この歌に救いを与えているのは、浜田が歌い上げる、祈りにも似た愛と人間性への信頼。

この曲の発表からもう30年近くになる。考えてみると、最近の人類も、あまり進歩してない気がするなあ。

「永遠の嘘をついてくれ」
昔懐かしい吉田拓郎の歌がフト聞きたくなって、YouTubeを放浪していたら、2006年、つま恋でのコンサートの映像が出てきた。中島みゆきが途中でゲスト登場する「永遠の嘘をついてくれ」。




この歌は、中島みゆきが吉田拓郎に提供したもの。歌の内容を普通に受け取るなら、立ち去った男に、取り残された女が、どうせ騙すのなら最後まで騙してほしいと語る、いかにも中島みゆき風の失恋歌なのだが、しかし実際に聞いてみると奇妙に硬質な、まるで運命を歌い上げる叙事詩のような趣がある。

1995年のアルバム製作時、吉田拓郎は自身の歌製作に深刻に悩んでおり、中島みゆきに楽曲の提供を頼む。吉田拓郎が他人に曲の提供を頼むというのは極めて珍しい事なのだそうだが、その時、中島みゆきが渡したのがこの「永遠の嘘をついてくれ」。中島みゆきは学生時代、追っかけをしていたほどの大の吉田拓郎ファンだったのだという。

そして、2003年の肺がん手術を経て復活した吉田拓郎が、この曲を2006年のステージで歌うとき、観客の胸に去来したのは、青春と人生を歌って一世を風靡した不世出のシンガー・ソングライターが、やはり老いつつあるのだという悲しい諦観。それを踏まえて聞くと、この曲はまるで運命の女神が、この稀代のスターに対して、「ステージで走り続けて、人に夢を与え続けろ、最後に倒れるまで」と囁きかけているかのように聞こえるのだ。

君よ永遠の嘘をついてくれ
いつまでも種あかしをしないでくれ
永遠の嘘をついてくれ
一度は夢を見せてくれた君じゃないか

そう、この歌はまるで、「あしたのジョー」で矢吹丈に、「リングに帰り、そしてそこで死になさい」、と囁いた白木葉子の言葉のよう。

拓郎の独唱の後、観客のどよめきと共にステージに突然現れた歌姫、中島みゆきは、吉田拓郎と共に立ったステージで、吉田拓郎の背負った運命を神託の如く高らかに歌い上げ、そして颯爽と一人で去ってゆく。

歌は常に真実を語る訳ではない。いやむしろ、あえて言うならそれは全部「嘘」である。しかし、「嘘」にしか語れない真実というものが常にある。だから我々は、時として歌の世界に迷い込んで行くのだ。

吉田拓郎は、2009年、自ら「最後」と称した全国ツアーに旅立ったが、体調不良によりその大半をキャンセル。もう人前に立って歌う機会は無いのではないか。そして中島みゆきは、もし吉田拓郎がいなくなったとしても、この歌を彼への鎮魂として歌い続けるだろうか。


賑やかな酒場
風邪引いて、この週末は実に体調悪し。なんとか月曜までには治さないと。



YouTubeで見つけた、みなみらんぼうの、とても懐かしい歌。

シンガーソングライターとしてデビューしてヒットしたのが「ウイスキーの小瓶」だが、その後の第二弾シングル。歌の世界も、いわゆる二匹目のドジョウまでは確かにそこにいて、ある程度ヒットする。しかし、これは、第一作とはまた違った情緒があって、なかなか好きだなあ。

酒場のカウンター。タバコの煙やハードリカーの香りの中で、失った愛を回想する男の、喧騒の中の孤独。

賑やかな酒場には
さざめきがたちこめて
別れの哀しみを持ち寄る人もなく
取り残された僕は
酒が染み入るままに
優しさも忘れて
あなたを憎みそう


電話のむこうで泣いていたあなたの
さよならの言葉がこんなに重いなんて
誰もがこうして人生を知るのなら
傷ついたお互いを責めるのはよそう


Wikiによると、みなみらんぼうは、まだご健在で、活躍されてるらしい。なによりである。

午前3時の東京ベイ
朝一度、フト目が覚めて、まだベッドでうとうとしてた時、ほんの短い間にまた夢を見て、なぜか脳内に、こんな唄が流れた。

「午前3時の東京ベイは 港の店のライトでゆれる」

夢を見るのは、REM睡眠の時だという。そして、REM睡眠は、HDDにたとえると、デフラグしてるようなもんだという説も読んだことあり。そうすると、何か昔の記憶が脳内でショートして、急に出てきたのかねえ。人間の記憶というのは本当に不思議だ。

ネットで調べて再確認すると、これは中原理恵の「東京ららばい」という昔の曲。そうそう、思いだした。懐かしい。調べると、YouTubeにもちゃんと上がってるのであった。



東京ららばい 
地下があるビルがある
星に手が届くけど

東京ららばい
ふれあう愛がない
だから朝までないものねだりの子守唄

東京ららばい
部屋がある窓がある
タワーも見えるけど

東京ららばい
幸せが見えない
だから死ぬまで
ないものねだりの子守唄


作詞は松本隆、作曲は筒美京平。アメリカンなポップを歌謡曲に、日本独特の情緒を残しながらも易々と移植した黄金コンビ。

賑やかな都会の喧騒、そしてそこに集まる人間の、心に潜む疎外感と孤独。我々はなぜ、自分達の人生を、自分達で使い尽くしてゆくのだろうか。バブルの昔を振り返るような、なかなか心に染みいる歌。都会に生きる孤独を歌った曲として、実に印象的な一曲。

Wikiによると、中原理恵は芸能界から姿を消してしまったのだそうで、なんだかそれも惜しい気が。

加藤和彦 「暮れる想い」
加藤和彦のアルバムを何枚か聞き返していて、特にしみじみと心に迫ってきたのは、YouTubeにも上がっていたこの曲。



第二次のサディステック・ミカバンドのアルバム、「天晴(あっぱれ)」は、どれも名曲揃いで、何度聞き直したか分からない。そこに収録された「暮れる想い」。

遥かな憧憬(ゆめ)優しい朝 心にある 哀しみにゆれる
とめどもなく 暮れる想い 青い花に 錆ゆく時計に


なぜ僕達はいつも 果てない空を見ていた
なぜ切なさは いつでも 失くした日々を抱く

いつの間にか時は巡り 君の声は此処に届かない
昨日まで草は唄い 明日まで僕は信じる

なぜ僕達はいつも 果てない空を見ていた
なぜ愚かさは いつでも 見飽きた傷になる

The game is over
The dream is over


加藤和彦が自ら命を絶ったということを知らなければ、たんなるセンチメンタルな歌に聞こえるかもしれない。しかし、最後の英語のリフレインは、いかにも加藤和彦の歌として、不思議な懐かしさと痛みで胸を締め付ける。
「ベル・エキセントリック」


加藤和彦の過去のCDを何枚か発注。昔、この「ベル・エキセントリック」を聞いた時は、ヨーロッパに憧れたなあ。しかし、結局のところ、仕事でアメリカには通算で8年以上住むことになったものの、ヨーロッパには旅行で3度ほど行っただけ。特にパリには一度しか行ったことがない。

ヨーロッパ3部作といわれるアルバムは、どれもバンド・メンバー全員を連れて、ドイツやパリで合宿しながら製作されたのだという。いかにも外国慣れした趣味人であった加藤和彦らしいエピソード。

ロスチャイルド夫人、ディアギレフ、ジャン・コクトー達が夢幻のように現れては消える。陰鬱で、しかし煌びやかで、美しくも深い、幻想のパリ。

「トロカデロ」の暗く沈潜した孤独。「American Bar」で軽やかに歌われる、「ラストメッセージ」で加藤和彦が語ったレストランやバーでの過ごし方を彷彿とさせる洒脱。「Adieu,Mon Amour」は、まるで加藤自身への鎮魂歌のよう。

どの曲も懐かしくも美しい。そうだ、またいつか、パリを再訪しよう。



柳ジョージ&レイニーウッド
最近、「柳ジョージ&レイニーウッド」の古いCDなどAmazonで取り寄せ、iPodに落として聞いている。

「Y.O.K.O.H.A.M.A.」や、「Woman and I...OLD FASHIONED LOVE SONGS」など、実に懐かしい。しかし、発売からもう30年も経つのだなあ。柳ジョージはまだ健在で音楽活動してるそうだが、1948年生まれだから、もう61歳。会社員なら定年で引退してる年齢である。時の過ぎ行くのは実に早い。

枯れた独特の声質は、昔は若干暑苦しく聞こえたが、今、聞きなおしてみると、そんなに気にならないのが不思議。味わいのあるギターもよろしい。

バックバンドのレイニーウッドは、実に綺麗なコーラスを歌うのだが、「チャイニーズ・クイーン」で、一人一人がソロを取ると、実に滑稽というか素っ頓狂な歌いっぷり。最後のサビで、満を持して柳ジョージがメイン・ボーカル取ると、やはり違うもんだなあと感心する。ソロを取れるボーカルかどうかというのは、やはり天性の素質で決まってしまうのではないか。

吹き過ぎる懐かしいアメリカの風。都会の闇に生きる孤独。バーボンの酔いに沈み、幸せに背を向ける男達の哀愁。そんなアルバムの基調低音とも言うべき多くの歌詞を担当しているのが、トシ・スミカワという人だということは、今回、歌詞カードを眺めていて初めて気付いた。

「プリズナー」、「Fenceの向こうのアメリカ」、「シンデレラ・リバティ」、「娘よ…/She's our daughter」、「ハーバー・フリーウェイ」、「逃亡者」、「アフリカの夢」など。彼の作詞した曲は、どれも実に心に染み入るものばかりである。

「Pretty Maids All in a Row」を訳してみた
過去日記で、「Tequila Sunrise」(テキーラ・サンライズ)を訳してみたのだが、YouTubeで同じくイーグルスの「Pretty Maids All in a Row」を発見。シングルでヒットしたナンバーではないのだが、しみじみとした哀歓あふれる、ジョー・ウォルシュの歌。YouTubeのコメントにも、A definite favorite and a very under-rated song from The Eagles. とあるが、まったく同感。

この歌は、私の考えるに、おそらくずいぶん昔に卒業した学校の同窓会で、懐かしい人たちに出会い、昔を回顧している状況の歌だ。

「Pretty maids all in a row(一列に並んだ乙女達)」とは、「Mistress Mary」というマザー・グースの一節らしい。子供の頃歌った懐かしい歌を思い出すのと同時に、何十年ぶりかで次々に昔の女友達と会って、(もちろんどちらもよい大人になってるのだが)昔の可愛かった少女の面影が、次々に胸に蘇ってくる。そんな心情を歌っているのではと、試みに訳してみた。

ジョー・ウォルシュの枯れたボーカルと絶妙なギター。青春の爛熟と退廃を描いた、イーグルスの歴史的名作、Hotel Californiaに収録されたのだが、アルバムのテーマと実によくマッチして記憶に残る佳曲。



Hi there,
How are 'ya?
it's been a long time
Seems like we've come a long way

やあ、元気かい?
本当に久しぶり。
とても長い道を来たような気がするよね。


My, but we learn so slow
and heroes, they come
and they go
and leave us behind as if
we're supposed to know
Why
Why do we give up our hearts to the past?
and why must we grow up so fast?

でもさ、みんな幾つになっても、ちっとも利口になれない。
ヒーロー達はやってきては、まるで当たり前のような顔をして
僕たちを置き去りにしてゆく。

なぜ。
なぜ、なぜ、僕たちは過去に心を残したまま、
こんなに早く大人にならなければいけないんだろう。


And all you wishing well fools with your fortunes
someone should send you a rose with love from a friend,
it's nice to hear from you again
And the storybook comes to a close
Gone are the ribbons and bows
Things to remember places to go
Pretty Maids all in a Row
Oh, oh oh, oh......

そう、君はいつだって、自分の運命をもてあそぶように、多くのものを求めた
誰かバラの花を頂戴よ、友達からの愛の証だって。
そんなジョークを、君の口からまた聞くのもいいもんだ。

でも、そんな物語も、そろそろおしまい。
リボンや蝶ネクタイは、もう、僕らのものじゃない。
懐かしい思い出と、懐かしい場所、
そして懐かしい乙女達が、次々に僕の目の前に現れてくる


北鎌倉で降りて、歩いてみませんか
ちょっと前の過去日記で書いた、「北山杉」は、岡本正の実に懐かしい歌。

そういえば、印象に残ってる彼の歌が、確かもう一曲あったなあ、とYouTubeを検索すると、ちゃんとアップされてるのですなあ。 ネット恐るべし(笑)。曲の名前は、「北鎌倉」。



何回か鎌倉には行ったのだが、一度、北鎌倉で降りて、そのまま歩いたのは、この歌の影響だ。

約束通り今年も、君の愛したこの町、歩いているんです。

「北鎌倉で降りて、歩いてみませんか」という曲冒頭のフレーズは、鎌倉に住んでいて、今は亡くなった恋人が、昔、主人公に語りかけた言葉なんですな。

茶木みやこの「泪橋」
過去日記で書いた「北山杉」がアップされているTouTubeの、同じ「昭和の隠れた名曲」シリーズに、他にも懐かしい曲を発見。

茶木みやこの「泪橋」。ラジオでしか聞いたことなかったが、関西ローカルのヒットなのかもしれない。しかし、実に懐かしい。そういえば、これもまた京都の歌。

京の日暮れは東山
雨に打たれる疎水べり
ゆきつ戻りつしのびつつ
あの日の友はいまいずこ・・・

泪でかすむこの橋は
誰が名づけた泪橋


京都、東山に本当に「泪橋」という橋があるのかどうかは知らないのだが、むしろ形而上学的な、青春と大人の世界を分け隔てる橋のようにも思える。

大人になるとは、なにかを捨て去ることだ。誰もが渡って行き、そして戻っては来ない橋。そして、年を取るとは、その過去に捨て去った何かを、懐かしく思い出すことなのかもしれない。



中島みゆき「歌旅」
過去日記で、酔っ払った時にAmazon.co.jpに発注した中島みゆきの古いアルバムに感心した話を書いた。ごく初期のアルバム2~3枚以外は聞いたことなかったのだが、ちょっと聞いてみるかと、更にアルバムを追加発注。

しかし、キャリアがあるだけにやたらにアルバムが多い。到底全部はフォローできないので、ところどころを抜粋して、とりあえず80年代末まで聞いてみることにした。しかし、デビューから80年代末まででアルバムが17枚もある。

「親愛なる者へ」、「おかえりなさい」、「寒水魚」、「はじめまして」、「36.5℃」、「グッバイガール」と追加発注。iPodに落として最近ずっと聞いていたが、心に染み入るよい歌多し。「寒水魚」と「グッバイガール」が特に気に入った。

まあ、この歳になると、新しい物をアタフタ追いかけずとも、聞いてなかった昔の歌を遡るだけで、人生十分に楽しめるかもしれないなあ、などと妙な感慨あり。

何枚もCDを発注したので、Amazonのお勧めに、今度はDVDが出てきた。そういえば、中島みゆきが歌ってるのを見たのは、昔の紅白しかなかったよなあと思って、これも購入。



2007年に行われた全国ツアーのステージを記録したもの。本番の歌以外に、旅先での移動の様子や、設営中の舞台裏、ツアー前の稽古などのドキュメント映像が収録されている。大型トラック3台で機材を運び、バンドやコーラス隊、ストリングスの一団、裏方など、大勢での団体移動。音楽の公演というのが実に大掛かりで大変なことが分かって、これも面白い。

もうひとつ興味深いのが中島みゆきの素顔。普段の中島みゆきは、ほとんど化粧気が無く、カジュアルな格好で眼鏡をかけ、飄々とした態度のごく普通の中年女性なのだが、本番のステージでスポットライトを浴びると、何かが憑依したかのように、すっくと背筋が伸び、美しい歌姫に変貌する。

Wikipediaによると、ご本人は1952年生まれなのだそうで、このツアーの時点では、55歳だったはずだが、とてもそんな年齢には見えない。歌ごとに、歌唱法も声も表情も変幻自在に操るステージは、歌唱というより演劇に近い。実に感心した。
加藤和彦と「賑やかな孤独」
加藤和彦が亡くなったとネットのニュースで読んでビックリ。軽井沢のホテルで自殺と伝えられているのだが、これは本当だろうか。

世に出たのは「ザ・フォーク・クルセダーズ」だが、彼自身は、ずいぶんとバタ臭い欧米の雰囲気を、常に身にまとっていたように思う。サディスティック・ミカ・バンドの第一期は、残念ながらほとんど知らないのだが、桐嶋かれんをボーカルに加えたその後のアルバム「天晴(あっぱれ)」は、実に素晴らしかった。しかし、それだって、もうずいぶん昔の話になる。

私が当時乗っていた車は、リトラクタブル・ヘッドランプのセリカだったのだが、室内は10スピーカーのオーディオが装備してあり、そういえば、ずいぶんと色んなアルバムを聞きながら走ったよなあ。余談ながら、この年式のセリカは、アメリカでも、ごく稀に、もうずいぶん年季が入ったボロボロの車が走ってることがあり、見かけた時は実に懐かしい気分。当時、セリカは、アメリカでも結構売れたんですな。まあ、アメリカには、もっととんでもなく昔の車もずいぶん走ってますが(笑)

ああ、そうか、サディステック・ミカ・バンドの話だった。

「天晴」で、今でも一番心に残っているのは、「賑やかな孤独」。

詐欺師が見せる手品につられ、ワン・キャラット大きな夢と引き換えに、輝きを失う君

ルーレットが選びだす主役
演し物(だしもの)は、賑やかな孤独

飽きもせずくりかえす歌劇(オペラ)
気がつくと外せない仮面(マスク)

ルーレットが選び出す主役
演し物は賑やかな孤独


アンビバレンツで煌びやかな世界、ちょっとアンチ・ユートピア的SFの香りもする、実に印象的な歌。

ミカ・バンドは、最近、木村カエラをボーカルに据えての第三期もあったようだが、加藤和彦のバンドにとって、女性ボーカルは、あくまでも話題獲得のための人寄せであったようにも思える。

軽井沢のホテルには遺書もあったと伝えられている。しかし、自殺なんて、いったい何故。享年62歳だそうなのだが、ご冥福を祈りたい。

「Tequila Sunrise」(テキーラ・サンライズ)を訳してみた
「Tequila Sunrise」はイーグルス初期の名曲。車のラジオからたまに流れてくると、やはり聞き入ってしまう。カリフォルニアの夕暮れ、アウトサイドのカフェで一杯飲みながら聞いたりしても、実に心に染み入るよい歌だ。

レストランかバーで働いてるウエイトレスに片思いして、毎日通ってるのだけど、一向に告白できない、気弱な少年の淡い恋の歌なのではと思うのだが、ネットで翻訳した歌詞を探すに、あれこれ解釈に相違あって、ピンとこない。

あまり深読みする必要のない淡い片思いの話だと思うので、試みに訳してみた。「テキーラ・サンライズ」は、テキーラをベースにした有名なカクテルの名前。、



(私訳)

It's another tequila sunrise
starin slowly cross the sky, said goodbye

テキーラサンライズをもう一杯
空をゆっくりと見渡して、サヨナラと言ってみた


He was just a hired hand
Workin on the dreams he planned to try
The days go by

彼はただの下働き
遥かな夢への第一歩さえ、まだ踏み出したばかり
毎日はただ過ぎ去ってゆく


Every night when the sun goes down
Just another lonely boy in town
And she's out runnin round

今日も陽が沈んだら、、
街の寂しい少年がまた一人やってくる
そして、彼女は外で忙しく立ち働く


She wasn't just another woman
And I couldn't keep from comin on
Its been so long
Oh, and its a hollow feelin when
it comes down to dealin friends
It never ends

彼女以外には考えられない
だから毎日、ここに来ずにはいられない
もうずいぶん長い間
ああ、でも結局、このまま友達でしか終われないのなら、
なんて虚しいことだろう。
そんな心配は止むことがなく。


Take another shot of courage
Wonder why the right words never come
You just get numb
It's another tequila sunrise, this old world
Still looks the same,
Another frame, mm...

勇気を出すためにもう一杯、
だけど、どうして、いつも言うべき言葉が出てこない。
ただ、頭が真っ白になって。

テキーラ・サンライズをもう一杯
だけど、ちっとも変わらないこの世界の景色が、同じように過ぎてゆく、


片思いの恋の歌という統一感を優先して、不明な点はあちこちごまかしながら訳したが、平易な語彙なのだが、やはり翻訳するとあれこれ分からんことがあるもんで、未だに疑問あり。

テキーラ・サンライズを、最初から文字通り、夜明けのこととしている訳詞もあるのだが、最初に出てくるのは、anothe shot of courageとの関連で、やはりカクテルでは。あるいは、ダブル・ミーニングか。

「she's out runnin round」については、「run around」と取って訳しているサイトもあるが、歌を聞くとどうもそのように聞こえないので上記のようにした。

「its a hollow feelin when it comes down to dealin friends」も解釈に苦しむが、前後の類推から、ま、こうではないかと。

最後の「Another frame」は、歌自身が一拍空いているので、英文のLyrics掲載されているサイトでは改行されている場合が多く、独立したセンテンスに聞こえて、これまた解釈に苦しむ。

looks the same anoter frameとひと塊の文章で、主人公の心象風景を一枚の絵のように表した表現ではないかと思うのだが、どうかなあ。

まあ、深く考えてみると、翻訳というのは実に大変な作業だ。以前、TOTOのAfricaを訳してみた際にも思ったが、たった何十行の間に疑問に思うことばかり。歌詞というのは、特に背景説明ないから余計に苦しい。

まあ、プロの翻訳者にも色々あって、昔の洋楽のLP、歌詞カードについてた訳詞というのは、とてつもなくひどいのも、ずいぶん多かった気がするなあ。



京都を歌う「北山杉」
YouTubeには、時折とても懐かしいものが転がっている。

岡本正とうめまつりの「北山杉」。

四条通りをゆっくりと、君の思い出残したとこを、黒いダッフルコート着て、背中丸めて歩いてます。。



あの頃ふたりは清水の、長い石段登って下りて、青春色の京都の街を、静かに静かに歩いていました。。。

一種のご当地ソングでもあるのだが、京都はどこを歌ってもサマになる。この歌を聴いた当時は、京都での学生生活に憧れたなあ。結局、大学生活は、生まれ故郷の神戸で送ることになったし、まあ、それはそれでよかったのだけれど。

京都を歌った歌は数多いが、我が故郷、神戸を歌った歌でヒットしたのは、前川清の「そして神戸」くらいしかない。同じ京阪神なのにエライ違い。それがちょっと不思議。なぜだ!(笑)