97年から書き続けたweb日記を、このたびブログに移行。
東日本大震災から2年経って思うこと
東日本大震災から丸2年。時の経つのは本当にあっという間だ。

揺れが来た時は、都内のオフィスにいた。何度も地震の揺れは経験しているが、今まで経験したことのない長周期の激しい揺れ。鉄筋のビルがギシギシ軋んでいた。強い余震が何度も。情報収集でつけた会社のTVでは、凄まじい津波の襲来映像が次々と流れる。恐ろしい被害を目の当たりにして暗澹たる気分に。

東京の交通機関は全て麻痺していたが、徒歩で帰宅できたのが幸い。帰宅途中で新橋の「しみづ」に。予約してなかったが、キャンセル続出で店はガラガラ。東北地方の豊かな海はどうなるだろうかと話したのを思い出す。

その夜には、既に福島第一の電源喪失と冷却が困難になっていることが報道され、不安な一夜に。就寝した後も、携帯の緊急地震速報で何度も叩き起こされる。あんなバカでかい音が鳴るとはそれまでまったく知らなかった。システムの障害から、結果的に誤報が連発されていたのだが、震源がどんどん関東に近付いてくるので、あわや日本沈没かと不安に感じたなあ。

翌日の土曜日は朝からずっと震災被害を伝えるTVにかじりついていた。午後になって、原子炉工学の学者が原子炉冷却について解説中、1号機建屋が水素爆発で吹っ飛んだ。ライブ映像が流れるスタジオを支配した唖然とした沈黙は今でも忘れられない。津波に続く新たな悪夢の始まり。

余震と爆発の恐怖に怯えながら、全交流電源喪失した原子炉を制御する作業は困難を極めただろう。しかしサイトからスタコラ逃げ出した者は誰もいない。吉田所長以下福島F1の現場は決死の覚悟でよく頑張ったと思うが、設計の想定を超えた過酷な事態は、やはり誰がやっても収拾不可能だったのだ。

帰宅した部屋では、エレベータとガスは一晩止まっていたが、それ以外のインフラはまったく異常なし。それ以降も計画停電や節電、物資の不足など、東京でも生活の不便は若干あったけれど、被災地の苦労に比べれば何ほどのことでもなかった。

2万人もの人が無念にも亡くなった恐ろしい大災害には今でも言葉がない。津波に呑まれるまで半鐘を鳴らし続けた消防団の親父や、役場が津波で崩壊するまで防災放送で避難を叫び続けた女性。人間の勇気と善なるものを深く記憶に刻みつけた震災でもあった。

原発事故に関しては興味があり、昔から何冊も本を読んでいたので、ある程度の予備知識はあったが、この2年で、またあれこれ調べてずいぶん勉強になった。言説から、誰が信用できて、誰が信用できないかも次第に明らかに。

危険を煽るデマを商売にするジャーナリストやタレント学者がいた。反原発運動で食っている海外の「反原発御用学者」も好き放題に危険を煽るデマを発信。日本で昔から反原発運動をやってきた運動家も、よいニュースは無視して恐怖を煽る事ばかり語る感心しない態度が多々あった。このあたりについては、「検証 大震災の予言・陰謀論 "震災文化人たち"の情報は正しいか」が参考になる。(ただこの本には、ところどころ相手に揚げ足を取られかねない粗雑な反証あり。まあ取り上げられたのが信頼できない連中だというのは間違いないが)

もちろん廃炉への道は遥か遠い。ズタボロになった原子炉のメルトダウンした燃料と増え続ける汚染水をどうするかの問題は長期に残り続ける。しかし原子炉の第一義的な危機は、まがりなりにも冷却水が循環できるようになった時にほぼ去っていたのだ。灼熱の燃料がズブズブ地中に沈んでゆき大爆発すると吹聴していた輩は結果的に間違っていた。構内MPの値も安定しており、福一近辺の大気にも海水にも新たな放射性物質の放出は検知されていない。

勿論、これからの我々は、広範囲に撒き散らされたやっかいな放射性物質と向き合って生きて行かなければならない。除染もまだまだこれから。原発近くの高濃度汚染地帯では、実際にはもう戻れない村も出るだろう。しかしそれでもなお、この世の終わりが来た訳ではない。

健康被害については、チェルノブイリの際、確定的影響で急死したのは28名。福島はゼロ。これがなによりも明確に、汚染の度合いが違う事を物語っている。住民が何も知らされなかったチェルノと違い、まがりなりにも食品汚染は測定されコントロールされていた。地震と津波により事故直後に付近の食品の流通がストップしていた事、そもそも海沿いで普段からヨウ素の摂取量が内陸のチェルノよりずっと高いはずなのも有利な条件。極端な反原発運動家は、被害が出たほうが自分の運動に好都合なのでいまだに危険を叫び回っている。しかし、普通に考えれば、若干の確率的影響はあるけれども、統計ではほとんど有意な差が出ないとの見積もりが正しいのだと思う。

まあ確かに、政府の対応も東電の対応も後手後手に回り、まずいところが多々あった。1000年に一度の大津波への対応はまったく想定されていなかった。これについては真摯な反省が必要。真相が隠されていたという陰謀論にはくみしないが、普段から準備しておけば、被害をもっと小さくする策があったのではとも思うのだ。

3月11日は、日本を襲った大災害の日として、誰にも忘れられないものになった。無念にも亡くなられた方のご冥福をお祈りし、まだ復興には程遠い被災地の現状を胸にしっかりと刻もうと思う。そして被災地に真の笑顔が戻る日が早く訪れるよう祈りたい。


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ストロンチウム90の月間降下物
都道府県別環境放射能水準調査(月間降下物)におけるストロンチウム90 の分析結果について

原発周辺の土壌や海水のストロンチウムやプルトニウムの測定はすでにいくつか結果が発表されており、文科省のモニタリングサイトで誰でもチェックできるのだが、月間の降下物データの発表は今回初めて。ストロンチウムの測定は化学的処理をして抽出しなければならず、時間がかかって大変らしい。

結果としては、10の都道府県で、大気核実験が盛んに行われていた時の月間最大値を越えた数値を昨年3月、4月において検出。しかし、一番値が大きかった茨城県ひたちなか市の昨年4月の6MBq/平方キロは、事故前に観測された茨城県内土壌中のストロンチウム90 沈着量、72~950 MBq/km2に比べて0.6~8.3%。既に核実験で降り積もった量のほうが10倍から100倍大きいということだ。

福島原発の近隣は別として、今回の事故によって、日本の穢れない土壌が大変な汚染になったというよりも、核実験で既に降り積もったストロンチウムやプルトニウムに、ごく少量が付け加わったという印象。考えてみると何百発も核爆弾を大気中で実験していた1960年代や70年代は、本当に無茶やってたんだよなあ。


役所と官僚の責任も問わなければ
菅前首相の叱責場面も…東電、会議映像公開へ

東電は事故対応を行っていた社内TV会議を含む映像を公開する準備に入ったとのこと。

ただ、これらの記録は、国会事故調査委員会には既に開示されており、先だって発表された調査報告書にも、福一のサイトと本店対策本部との生々しいやりとりの一部が採録されている。

報告書の276ページでは、菅首相が3月15日の5時35分頃、東電本社に来訪し、怒気を込めてこのように演説したとも書かれている。

「被害が甚大だ。このままでは日本が滅亡だ」
「撤退などありえない。命懸けでやれ」
「逃げてみたって逃げ切れないぞ」
「60になる幹部連中は現地に行って死んだっていいんだ。俺も行く」
「社長、会長も覚悟を決めてやれ」


などなど。これらの発言は既に活字メディアでも紹介されており、まあ映像がいまさら公開されても何か新たな意義があるのか分からないが。

この発言の時点では、官邸と首相は明らかに、東電が福島第一のサイトを捨てて総員撤退すると理解していた。しかし、国会調査委の東電への聞き取りでは、総員撤退ではなく事態収拾に必要な最低限の人員は残し、残りの人間を撤退させる計画であった事が判明している。

福島第一の吉田所長は「つきあいの長い10人くらいは、一緒に死んでくれるかなと思っていた」と語っており、最後までサイトに踏み止まる覚悟ができていた。

しかし同時に、官邸との連絡役を務めていた東電清水社長は、官邸の意向を探る御用聞きのような役割に終始し、現場の決意や事態収拾にかける東電の姿勢をハッキリ伝えることに失敗したのも明らか。この東電と官邸にあった大きな齟齬は、事故収拾に大きな混乱を生じさせたが、双方に大きな責任があった。

この国会事故調の報告書本文は、時間を見てちょこちょこ読み進めているのだが、前回書いたSPEEDI活用について同様、ところどころに初めて知る興味深い調査結果あり。

例えば先日、避難に活用できなかったと騒がれた、アメリカDoE(エネルギー省)が事故の初期に観測した航空機モニタリングだが、この報告書によると、外務省を通じて、文科省と保安院にはデータが伝えられたが、官邸には上がっていなかったとの調査結果が記されている。

このデータを避難に活用できなかった事について責められるべきは、官邸ではなく官僚である。事故の責任を取って東電のトップは交代しているが、文科省や経産省、安全保安院のお役人は、まだ誰も責任を取っていないのもおかしな話。

絶対に責任は取らないというのはお役人の本能。官僚は、東電と政治家にだけ責任負わせて、自分たちには火の粉が飛んでこないよう、今までのところは実に素晴らしい立ち回りを見せている。しかし、この国会事故調の報告は、監督官庁の責任も厳しく問うもの。なし崩しで原発を再稼動したら、これで事故処理終りましたとなっては困る。今後のエネルギー政策を見直し、大きな事故を再度起こさないためにも、やはりきちんとお役所と官僚の責任は問われるべきだと思うのだが。



厳しく責任を問う「国会事故調査委員会報告書」
国会東京電力福島原子力発電所事故調査委員会は、昨日報告書を発表。ただ、アクセスが集中して、ダウンロードページがずっと倒れていた。FacebookやTwitterに専用アカウント持って情報発信するのも結構だし、福一事故が想定内だと主張するのも結構だが、肝心の自分の報告書へのアクセス集中について、まったく想定してないとはちょっとお粗末だ。

まあ、一日以上経って若干アクセスが落ち着き、ZIP版もアップされたのでそちらをダウンロード。報告書本編、要約版、ダイジェスト版、参考資料の4つが入ってたのだが、本編は実にページが多い。要約とダイジェストは何が違うのだろう。Digestの和訳が「要約」なのだが。ページ見るとダイジェストのほうが格段にページ少ないので、いわばこれが「Executive Summary」なのだなと判断して通読。あとは本文の気になったところだけを拾い読み。時間ある時にゆっくり眼を通そう。

この国会調査委報告は、政府調査委が「原因究明はするが責任追及はしない」という立場だったのに対して、責任追及をする構えが満々であるところがスタンスの違いか。まあ、後知恵で断罪すれば何でも言える訳でやり過ぎてはいけないが、ダイジェスト見る限りでは、まあ内容は妥当な範疇に思える。

【事故の根源的原因】の部分では、原発の安全対策について東電、安全委員会、保安院、経産省がそれまで当然に備えておくべきこと、実施すべきことをしていなかったからだと明言しているのが特徴的。

本来原子力安全規制の対象となるべきであった東電は、市場原理が働かない中で、情報の優位性を武器に電事連等を通じて歴代の規制当局に規制の先送りあるいは基準の軟化等に向け強く圧力をかけてきた。この圧力の源泉は、電力事業の監督官庁でもある原子力政策推進の経産省との密接な関係であり、経産省の一部である保安院との関係はその大きな枠組みの中で位置付けられていた。規制当局は、事業者への情報の偏在、自身の組織優先の姿勢等から、事業者の主張する「既設炉の稼働の維持」「訴訟対応で求められる無謬性」を後押しすることになった。このように歴代の規制当局と東電との関係においては、規制する立場とされる立場の「逆転関係」が起き、規制当局は電力事業者の「虜(とりこ)」となっていた。その結果、原子力安全についての監視・監督機能が崩壊していたと見ることができる

現在までの報道でも明らかにされている事ではあるが、やはり原子力に関する規制・監督機能には実効が無かった。この改善こそがなによりの急務。世間では、値上げの前にボーナスゼロにしろ、もっと給料下げろと東電叩きだけが目立つ風潮もあるのだが、本来は保安院や経産省のお役人も東電とまったく同罪で「人災」の一翼を担っている。保安院や経産省の役人のボーナスや給与も下げてしかるべきだと思うのだが。

【事故の直接的原因】については、津波が全電源喪失の原因ではない可能性に言及し、1号機において地震によって既に小口径配管破断(LOCA)が起きていた可能性にも言及しているのが、政府事故調とトーンが違うところ。ただ、これについては明確な証拠は無いので、ここまで言及するのは若干踏み込みすぎの感もあるのだが。

【運転上の問題の評価】については、そもそもの東電の備えが悪かった組織的問題で、運転員の責に帰すべき大きな非はないとの意見。

【緊急時対応の問題】では、事故が発災した後の緊急時対応について、官邸、規制当局、東電経営陣には、その準備も心構えもなく、その結果、被害拡大を防ぐことはできなかったと明確に断罪。確かにその通りで、原発近くでは避難訓練も行われてはいたが、訓練のための訓練に堕しており、実際に大きな事故が起こった時に役に立つような代物ではなかった。

事故の原因を踏まえた各種の提言については、それぞれ納得のゆくもの。ただ、実効ある規制がきちんとできるような改善がまだ何もなされていないうちに、電力不足解消のためとはいえ大飯3号機4号機は再稼働。抜本的な改善がなされないまま、なし崩しにどの原発も再稼働されてしまうと、万一の事故が起こったらまた大変な事になる。それだけは政府にきちんと考えてもらいたいところだ。

余談ながら、SPEEDIの活用について本文の39ページにこうある。

しかし、ERSS とSPEEDI は、基本的に一定の計算モデルをもとに将来の事象の予測計算を行うシステムであり、特にERSS から放出源情報が得られない場合のSPEEDIの計算結果は、それ単独で避難区域の設定の根拠とすることができる正確性はなく、事象の進展が急速な本事故では、初動の避難指示に活用することは困難であった。(中略)本事故においては、ERSS から長時間にわたり放出源情報が得られなかったため、保安院や文部科学省を含む関係機関では、SPEEDI の計算結果は活用できないと考えられ、初動の避難指示に役立てられることはなかった。安全委員会が公表した逆推定計算の結果は、あたかも予測計算であると誤解されたために、すみやかに公表されていれば住民は放射線被ばくを防げたはずである、SPEEDI は本事故の初動の避難指示に有効活用できたはずである、という誤解と混乱が生じた。

SPEEDIの計算結果が隠蔽された。SPEEDIさえ公開されていれば無用な被曝が避けられた。という誤解はずいぶん世間に広がっており、政府への信頼を損なう大きな要因となっている。このあたりは陰謀論の人、放射能恐怖症の人にもよく読んでもらいたいところだなあ。

SPEEDI計算結果は隠蔽されていたか
SPEEDIで実測も非公表

SPEEDIの計算結果が浪江町の汚染を示唆しており、これが使えたのに情報が隠匿されたと非難するトーン。しかし「SPEEDIの計算結果さえ公開されていれば、被曝はもっと防げた」という意見はよく眼にするのだが、真実かね。

津波直後に福一構内のモニタリングシステムは全て死んでおり、正確な放出源情報は把握されていない。いったいいつ、どの号機からどれだけの放射性物質が放出されたのかは、実際のところ現在でも未だに推定しかできていない深い謎。

後になって継ぎ合わされた福一構内のモニタリングポストの空間線量率記録を見ると、15日朝9時頃に正門付近で12mSv/hを観測しており、これはそれまでの観測記録を何倍も超える最高値。8時25分には2号機から白煙が上がっており、これが2号機からの大放出だったのかもしれない。しかしMPの記録には欠落が多く、風向きもあって正門のデータが全ての放出を代表しているとも言えない。2号機の格納容器破損状況もまだはっきり分かっておらず、確実な事は何も言えない状態。

SPEEDIの計算結果は、文科省のページで公開されている。

そしてこの15日時点でのSPEEDIの図を見ると、放射性物質の拡散状況は浪江町や飯館村方向を示しているのは事実。しかしこれは後知恵で、実測した航空機モニタリングの結果と比較したから、これが正しいのではと分かるだけの話。あの混乱の時点で、リアルタイムに、15日朝に一番大きな大放出があり、この単位量放出計算結果が使えると誰が判断できただろうか。

万一、判断できた者がいて、SPEEDI計算結果を隠せと指示したのなら、まさしく悪魔の業だが、真実の計算結果を隠して、国や経産省や文科省や東電が何か得するだろうか。この陰謀論には合理的な理由がない。だいたい結局のところ後で発表する事になり、文科省や政府はボロカス叩かれているのだから。「SPEEDIの計算結果が意図的に隠された」と言い募るのは、非合理な陰謀論だと思う次第。

15日の時点で放射性物質の大放出があったとは把握できてなかったし、まず一般の耳目を集めたイベントはやはり建屋の水素爆発。1号機建屋の空気爆発が、12日の午後3時36分。これは衝撃的だったが、この日に回したSPEEDIの図はこれ。

F-1-1.jpg

ちっとも実測と合ってない。

そして放射能危険症の人が大好きな、ガンダーセンとか言う怪しげな反核科学者が「核爆発だ」とチャランポランなデマを飛ばした3号機建屋の水素爆発が、14日の午前11時。本当に核爆発なら、この際に最大の放射性物質が大放出されているはずだが、この時点のSPEEDIの計算結果も実測と全然違う。

F-1-3.jpg

これらの結果を使って避難を決断していたら、飯館村方面に逃げてまた余計な被曝をしたのでは。

もちろん、SPEEDIの運用がこれでよかったと言ってる訳ではなく、政府の対応は実にお粗末。SPEEDIをどう活用し、避難を誰がどう決定するか、一度も考えた事が無かったとしか思えない対応。SPEEDIの運用とリスク評価も、文科省と原子力安全委員会の間をたらい回しで押し付け合っていたのだから、結果を隠すなどという陰謀を考える余裕が誰にもなかったのは明らか。情報隠蔽の陰謀があったのではなく、対応が考えられないほどお粗末だったというのが真実では。

しかし次の事故が起こった時同じでよいはずはない。大飯原発は安全ですなどと大見栄を切って野田首相は再稼働への理解を求めたが、百歩譲って原発本体が安全だったとしても、政府や官庁の事故対応システムは何か改善されたのか。ちっともそう思えないなあ。今度事故が起きても同じドタバタが繰り返されるだけのように思える。本当にそれでよいのかねえ。

福島第一原発事故を予見していた電力会社技術者
福島第一原発事故を予見していた電力会社技術者

この元原発技術者の語ることは確かに正論で、福島事故の際そのように迅速に判断していたら、公衆に与えた被曝は少なかった可能性もある。

しかし、「私なら5秒で判断した」「私なら10秒で計算する」と書かれてはいても、この元原発技術者は、そのような判断を行える地位にはいなかったし、実際にその地位にいた者(原災法15条通報の後ならば内閣総理大臣?)はそのような判断を下す準備も能力もなかった。

もしも30キロ圏内の退避を即決していたとしても、地震と津波による広域停電の中で本当に実行が可能だっただろうか。原子炉事故だけが起こった訳ではない。福一事故は、1000年に一度の大地震と津波のごく一部分に過ぎない。

結局のところこの記事は、「たられば」「後出しジャンケン」の世界で、「こうしたらよかった」と言い募っても、事故が起こった後ではもはや空しいのだよなあ。放出された放射性物質はチェルノブイリより一桁少なく、ヨウ素による甲状腺被曝も、チェルノブイリ並にはならないと推定されているのが救いではあるのだが。

もちろん、原発再稼働にあたっては、今回のこの大失敗の教訓を活かすべき。大事故はまた必ず起こる。大飯原発再稼働にあたっては、SPEEDIの活用、ヨウ素剤の配布、30キロ内の広域避難を想定した大訓練を、政府と規制官庁、都道府県で行うくらいしないとダメだと思うがなあ。

小林信彦の上杉隆礼賛はうんざりする
先週の週刊文春、小林信彦の連載コラム「本音を申せば」は、上杉隆とその新刊を礼賛した内容でちょっと度肝を抜かれた。私の個人的な上杉への評価は、(特に原発関連報道で明らかになったのだが)彼は、きちんとしたジャーナリストとしての訓練を受けていない病的な嘘つきで、到底信頼に足る人間ではないというもの。それについては過去日記で何度も書いた。

上杉隆が更にデマを連投
上杉隆がまた得意の捏造
上杉隆の記事は全てデマ
「上杉隆 vs 町山智浩 徹底討論」を見た

コラムによると、小林は新聞では東京新聞しか購読してないのだそうだ。小林は、そもそも昔から東京しか知らず、関西に関してもずいぶんと偏見としか思えないことばかり書いていたが、寄る年波で更に視野が狭くなってきた気がするなあ。

まして、東京新聞(あとはおそらくラジオ番組)以外にデータソースが無いのなら、更にその狭量な世界観を狭くしているだろう。まあ、行きつけの床屋で放談しているだけならよいが、全国週刊誌でお粗末な上杉隆礼賛は止めにしてもらいたいのだが。

東京新聞は特に、原発問題に関しては「売らんかな」の姿勢で危険を煽る話題が多く、勇み足の誤報が多いのは真実の情報を調べていれば誰にでも知られていること。東京新聞読者と上杉信奉者は、だいぶ層が重なる気がするのだよなあ。


古賀茂明の「停電テロ」発言
大阪府市統合本部特別顧問・古賀茂明が、TV番組で、
「火力発電所でわざと事故を起こす、あるいは事故が起きたときにしばらく動かさないようにして、電力が大幅に足りないという状況を作り出してパニックをおこすことにより、原子力を再稼動させるしかないという、いわば停電テロという状態にもっていこうとしているとしか思えない」
と発言。

関西電力はニュースリリースで事実無根だと反論。まあ、普通そうだよなあ。

「放射能怖い」「原発・東電が憎い」に凝り固まった「放射能恐怖症」の人は、なぜか極めて他罰的傾向が強く、「国」、「東電」、「御用学者」、「汚染瓦礫」などの仮想敵を作って、金切り声で糾弾している。しかし、ネットのいい加減な言説ならともかく、仮にも公的な立場にある人が、「放射能恐怖症」の人がふりまく陰謀論みたいな言説を繰り広げてはいかんだろう。

東電も関電も(トップ連中は知らないが)現場で働いてる人々は、「電力インフラは何があっても維持し、絶対に停電は起こさない」という高い職業意識を持って日夜働いているはず。世界一の品質と言っていい日本の電力インフラが今まできちんと維持されてきた結果を見れば、現場の人間が高いモラルを維持して懸命に働いてきたのは自明のことだ。「電力は足りてる」と連呼していたので、もう引っ込みがつかないのかもしれないが、どうにも承服しがたい発言。

古賀茂明は、元経産相のキャリア官僚であり、以前に著書、「官僚の責任」を読んで感想を書いたことがある。

改革派の経産省キャリアだったが、政治に接近し過ぎて、公務員改革に知恵を出したため、古巣の経産省から追われることに。といって必ずしも「正義の人」ではなく、本人なりに自分の損得で動いた結果なのではと思える顛末。上記の本にも、大して目新しいことが書いてある訳ではなく、所詮官僚の枠から出られない人なのだなという印象を持った。

この関電批判発言の背景には、やはり自分を追放した「経産省憎し」の感情があり、それは極端な「反原発派」と共通するもの。しかしまた、庶民を馬鹿にする、高級官僚上がり・エリートの悪い処が出た部分もあるのでは。

例え若気の至りで入れ墨いれていたとて、今は現場で真面目にやってるなら、そんな大阪市の職員のほうがまだマシで、こんな適当なデマを飛ばす人間は、そろそろ大阪市の特別顧問の座から去ってもらうべきだと思うがなあ。
大飯原発再稼働問題
大飯再稼働「安全確保できる体制」県安全委員長
大飯安全宣言、絶対おかしい…8提案の橋下市長

大飯原発再稼働問題は、ずいぶん混迷の度を増してきた。

やはり避けなければいけないのは、夏場の突発的な大停電。都市機能が急にマヒすると社会生活や経済への影響が多大。昨年夏の東電は大丈夫だったといっても、関東地区ではずいぶん過酷な節電をして、火力もフル稼働状態でなんとか大丈夫だったのが実情。

今までの大停電の記録を見ても、広域の送電網は倒れ始めると、あれよあれよという間に将棋倒しに停電エリアが拡大してゆく。需要のピークは数時間しかないと言われるが、たとえ数時間でも広域大停電が起これば影響は甚大だ。それを考えると、供給余力がギリギリではまずい。かなりの余裕を持った計画を立てておかなければならないのは当然だろう。

ただ、「原発止めても電力は足りてる」論者の中には、「放射能怖い!」「東電憎い!」に極端に凝り固まった「放射能恐怖症」や過激な反核・反原発運動家が含まれており、彼らの電力需給に関する主張は、再稼働阻止のためにずいぶんバイアスがかかっているように思える。

もっとも、政府の大飯原発再稼働方針が拙速なのも事実。なし崩し的に稼働できるものからどんどん稼働してしまえば、後は野となれ山となれとも思える対応。電力が足りても、本当にそれで国民と国土の安全が守れるのか。

原発全部止めろ、電力は安定供給しろ、電気料金は上げるな、を全部充足することが不可能なのは最初から分かりきっている。トレードオフを考慮して着地点を探す粘り強い努力が必要。

まず、全原発を全て止めたままで電力が本当に足りるのか、足りないとしてどれだけ足りないか、経済や社会生活への影響がどれくらいか、等々をきちんと検証することではないか。現状の議論では、反原発派と再稼働派が押しあいへし合いする怒号しか聞こえてこない。電力インフラのプロはいるはずだが、あまり発言聞かないような。

しかし電力が本当に足りないとしても、「では今ある原発を全て再稼働しましょう」は到底全国民が納得できる解ではないだろう。

原発を動かさねば影響が甚大だとしても、本来は福島事故の教訓を生かし、日本全国のどの原発が危険か、どこが比較的安全かの徹底的なスクリーニングが必須。「福島第一は大事故を起こしましたが、調べてみたら、他の原発は、結局のところ、全部安全でした!」などと電力会社や安全・保安院にケロっと言われても、そんなものは到底信用する気にはならない。

工学に「絶対安全」はあり得ない。想定外の事故はいつでも起こりうる。福一事故は原子力安全利用への「Wake-up Call」だ。「原子力安全神話」の神殿に再び推進派が逃げ込むなら、また必ず大事故は起きるだろう。

老朽化した炉、地震危険地帯にある炉、事故を繰り返している炉を仕分けして、継続運転してはいけない原発は即刻廃炉を決定する。そして当面、ある程度の安全が見込める新しい原子炉のみに限って、厳格な審査の上で運転を部分的に再開するという手順が必要なのではないか。

まあ、それでもどうしても電力が足りなければ、最終的には需要のほうを更にカットするより他はない。たとえ経済に甚大な影響があったとしても。

将来を見据え、順序を踏んで検討してゆくほうが、大停電があろうがなかろうが「とにかく全て原発停止!」あるいは「とにかく大飯再稼働!」の二択よりは国民全体の理解が得やすいのでは。夏場まであまり時間は無いのだが。

新書で再版された「廃炉時代が始まった この原発はいらない 」は、もう10年以上も前に出版された本。しかし、今まで廃炉が決定したのは電力会社が採算合わないと判断した炉だけ。福一事故までまったく「廃炉時代」が始まってなかった事にも、ちょっと唖然とする。


上杉隆が更にデマを連投
昨日に続いてまた上杉隆ネタだが、ご本尊はまた、快調にいい加減なデマを飛ばしている

茂木健一郎との対談で「朝日新聞は記者にtwitter利用を禁止し言論封殺している」と語ったのだが、朝日新聞記者から事実誤認と抗議を受け、茂木は誤りを認めてさっさと謝罪。上杉は今のところ反応してないようだが、いつも通り、そ知らぬ顔でやり過ごすつもりだろう。

「海外特派員から聞いた」等と他人の口を借りて自分に都合のよいように「デタラメな話を盛る」のは上杉隆の習性で、ある意味虚言癖に近いと思うが、今までこれでずっと人生渡ってきたし、気の毒にもう治らないのだろう。

ところでその記事にある、
アメリカ政府が3月17日に自国民に対して80㎞圏外への避難勧告を出したのは、この情報(SPEEDIのこと)に基づいてのことだった。今年2月に出されたNRC(米国原子力規制委員会)による報告書で、それは明らかにされています。
と述べる上杉の発言にもちょっと疑問あり。

確かに情報公開法に基づいて、当時のNRC(米原子力規制委員会)の会議議事録が今年の2月に公開されているのだが、これを受けて例えばWSJは、Bad Data Guided U.S. Fukushima Call(間違った情報に基づく米国の福島に関する判断)という記事を掲載。ここには、NRC(米原子力規制委員会)が日本政府よりも広い50マイル(80キロ)の避難エリアを米国民に推奨したのは、4号機プールが干上がっているという(結果的には)間違った情報に基づくものだったと書かれている。SPEEDIの話なんかサッパリ出てないのだが、これも上杉の捏造では。

80キロ避難エリアに関しては、ネットでも、米国だけが日本の知らぬオリジナルな情報を持っておりそれで判断したという話があちこちで飛び交ったが、この記事からはそんな事情はまったく伺えない。日本に派遣したNRCの代表からは、TEPCOからの情報提供が遅いと文句が出ているくらいなのだから。

メルトダウンしているという推測については、米国のほうが早かったのは確かで、これは自国でTMIというメルトダウン事故を経験した上で、岡目八目で福島事故を見ていたというアドバンテージがあった。しかし日本でも、建屋が水素爆発した後、燃料棒が無事だと考える専門家は誰もいなかったし、あとは燃料溶融の程度をどう評価したかの問題なのだが。

まあ、基本的にNRCの会議議事録に日本人の知らぬ話が出ているとは思えないので、上杉の言説が正しいかどうか英文を全部漁る気には到底ならないのだが、WSJの記事は明らかに上杉と違う事を言っており、今までの我田引水のデマ連発を考えれば、やはり上杉の主張は信じるに足りないと思うのだが。

政治ジャーナリズムの世界では、それなりに見るべき仕事をしてたのだから、原発事故と放射能汚染という、ほとんど知識の無い分野で商売しようとせず、分野をわきまえて仕事したほうがよいと思うがなあ。
上杉隆がまた得意の捏造
過去日記に、「上杉隆の記事は全てデマ」を書いたが、ご本尊はまた捏造をやらかしたようだ。懲りないねえ。

このヤカラが書き飛ばした「この人がこう発言した」という放射能恐怖を煽る伝聞記事はだいたいデタラメ。今回は外国の会議であり、まさか裏を取られるとは思わずに自分に都合のよい発言を捏造したのだろう。ジャーナリストとしての資質というよりも、人間としての原初のモラルを疑うね。

「危険ですよ~! 私だけを信じてくださ~い!」とドンドカ危険太鼓を叩いて人寄せし、恐怖にかられた人々を講演会に呼び込み著書を買わせる商売人、武田邦彦と同じ穴の狢だ。

彼らはよく、「政府や東電は情報を遮蔽して国民を被曝させようとしている」と言う。常識で考えれば中学生でも分かる話だが、国民を被曝させても政府も東電も何も得しない。しかし、「政府や東電は情報を遮蔽して国民を被曝させようとしていますよ~!」と大声で騒げば、武田邦彦や上杉隆は得をするのだ。どちらが正しいか誰にでも明らかな話。しかしカルト信者と同様で、いったん彼らの我田引水でデマだらけの言説を盲信すると、洗脳が解けないんだなあ。

事故後に何度も繰り返されて、すでにバレてるのだが、外国の報道を持ってきて、日本の情報が遮蔽されていると騒ぐのも大概がデマ。

日本は言語からして欧米社会と隔絶しており、リアルタイムのデータや発表、ニュースはほとんど日本語でしか出ていない。外国メディアから日本に来ている特派員ははっきり言って2線級で、まして日本語など誰もできない。外国の報道機関のほうが福島原発事故の真相に明るい道理が無いだろう。

昨年出版された、「検証 大震災の予言・陰謀論 "震災文化人たち"の情報は正しいか」にも詳しいが、この福島事故を奇貨として欧米で騒いでいるのは、反核・反原発で飯を食っている、「反核御用」学者クリス・バズビーやガンダーセン等であり、彼らにとっては福島は所詮対岸の火事。しかしその被害を過大にしゃべればしゃべるほど彼らの運動に有利となる。彼らの言説など信用するに足りない。

そしてそんな彼らの言説を真に受けた「放射能恐怖症」の人は、危険情報ならどんなデマでもネットで拡散する。困るのは、後で間違いだと分かっても訂正しない傾向が顕著な事。彼らは「それが予防原則」だと言い張るのだが、「予防原則は、疑わしいものは全てダメという意味ではない」ことには注意が必要だろう。危険サイドの情報は、真実なら有用だが、デマであっては何の価値もないのだから。


上限350ミリシーベルト
福島第1原発:作業員被ばく上限350ミリシーベルト要求

なんで今頃、こんなことを発掘して毎日新聞が騒いでいるのかよく分からないが、ネットでは食いついて騒いでる人もいるようだ。もっとも現時点では基準は元の100ミリシーベルトに戻っているとのこと。

この発表で、放射線審議会が、昨年3月に緊急作業従事者の被曝上限100ミリシーベルトを、250ミリシーベルトへの引き上げを承認した際も、「国際的には、この値として500mSvが推奨値として示されており」とある。ある意味250ミリは国際基準よりも低めに設定してあり、350ミリシーベルトが即非人道的な数値ともいえないのではないだろうか。もちろん被曝が少ないにこしたことはないのだが。

ICRP国際放射線防護委員会が、福島事故を受けて昨年3月21日に発行した声明でも、ICRPの過去の勧告を引きながら、緊急被曝状況時に救助活動に従事する者の線量として、確定的影響が発生することを回避するための線量である500mSv又は1000mSvを推奨することが繰り返されている。その点では、350ミリに上げても、まあ日本の基準だけが高かったとはいえないが。

しかし、このICRPの勧告が怖いのは、上記の推奨値に続けて、「危険を知らされた志願者による人命救助のためなら、救助によって得られる利得が救助者のリスクを上回る限りにおいて、被曝には限度無し」としていること。

これが指し示すのは、「あの弁を開けるために誰か死を覚悟して行ってくれるか」という決死隊のこと。チェルノブイリの時は、爆発した炉のすぐそばの緊急消火活動に投入された消防士等が高線量被曝による急性病状で30名以上が事故直後に亡くなっているが、彼らは危険を知らされていなかったので、実はこの基準には当てはまらない気の毒な犠牲者。

幸いなことに、今回の福島事故では、シーベルト単位を被曝して急性病状が出た作業員がいない。それにしても、果たして原子炉の過酷事故が進行中の最中に、確定的影響は出るが作業に行ってくれと命じることのできるものがいるだろうか。もしも決死隊を編成して何らかの作業をしていたら、燃料溶融と水素爆発は防げただろうか。繰り返す余震と津波の恐怖、そして全電源喪失という手足をもがれた状態で、福島第一の現場で達成できた事は少なかったとも思うのだが。

もっとも、原発事故が曲がりなりにも安定化した現在、そこで働く作業員の被曝については、これを更に極小に抑えるべきなのはその通り。原発作業者の実態を描いた潜入ルポルタージュの名作、「原発ジプシー」では、原発内部を熟知した作業の班長である「ボーシン」が、下請けや臨時雇いの作業者に事前に指示手順を教え、自らは低線量領域に留まって、部下による高線量作業領域における仕事を監督する場面が出てくる。自分が現場でやればもちろん一番早いのだが、そうすると自らの被曝線量が増え、後の作業の遂行が不可能になる。自らの被曝量をコントロールしながら、高線量エリアに未熟練工を人海戦術で投入して作業を進めて行くのである。

炉心溶融や放射性物質漏れを起こしていない稼働中の原発定期点検においても、被曝線量を常に気にしながら作業しなければいけないのであるから、建屋内や敷地内に放射性物質が漏れ、あちこちで未だに高線量が観測されている福一の廃炉作業にあたっては、今後、被曝限度を遵守しながら、本当に人手が足りるのかが問題。

数値的には確かに8分で死に至るのだろうが
2号機格納容器内「被曝すれば8分で死に至る」

2号機格納容器内部に入れたセンサーで測定した放射線量率が、毎時73シーベルトであったとの記事。計算上は確かに数分居れば命の危機。普通の原発であれば、格納容器内でも(時間は限られるが)一応人間が作業できるような環境であるから、やはり圧力容器から燃料が漏れ出しているのは確実。しかし、それは事故後から予想されていたことでもある。

チェルノブイリの黒鉛炉には格納容器が無く、反応度事故で何百トンの重さがある遮蔽蓋が吹っ飛んだ後は、炉心が大気に剥き出しに。事故直後の原子炉周辺では、3万レントゲン/時(300シーベルト/時)の放射線量率で、30名以上が急性の放射線障害で亡くなっている。

しかし、福一2号機のこの数字は格納容器内部の測定値。格納容器の外ではずっと少ない。東電のトーラス室予備調査によると、格納容器を収納している原子炉建屋地下の線量率は、一番高いところで100~160ミリシーベルト。今回測定された格納容器内の数百倍も小さい。これは、圧力容器/格納容器から放射性物質がダダ漏れなのではなく、遮蔽の用途をある程度果たしているということで、よいニュースとも言える。チェルノでは、原子炉内部の核燃料が、何の遮蔽も無く全て爆発して外部に放出され大変な線量だったのだが、福一では、まだ原発構内で作業員が働けるレベルであり、誰も急性の放射線障害で倒れてはいないのだから。

しかも、格納容器内の水温は50度以下で、沸騰していない。水位が60センチだと騒いでる人もいるのだが、60センチの水の温度が50度以下なのだから、格納容器内に落ちた燃料は予想外に少ないのでは。

もっと下に大量に落ちてるにしては、格納容器外の空間放射線量率は低く、上記トーラス室予備調査を見ても、原子炉建屋地下は全て完全に水没しており、これまた沸騰していない。福一の1~3号機について、燃料が大量に格納容器や、あるいはその外に抜け落ちてまだ灼熱の状態にあり、ズブズブと地中に沈みつつあると、何のデータも無しに恐怖を煽る輩がいるのだが、そうとは到底思えないのだけどねえ。

上杉隆の記事は全てデマ
一昨日の日記で、上杉隆のジャーナリストとしての資質に疑問を表明し、「郡山市が毎日公式測定している空間線量は測定直前に水を撒いて低い値にしている」というヨタ話を発信と書いたのは、ネットで「上杉隆氏による福島・郡山の記事の検証」を読んだから。

「【原発崩壊】"放射能汚染の真実"福島、郡山市に人は住めない」という扇情的な題名の夕刊フジの記事について郡山在住の人が逐一検証を加えたもの。これを読むと上杉の記事はデタラメばかり。

ローカル紙が放射能問題が存在しないかのような報道をしてるというのがまずデマ。行政が発表している空間放射線量率の測定場所が間違い。水を撒いた後で測っているというのもデマ。だいたいにおいて水を撒いただけで線量率が簡単に下がるわけではないからこれもデマ。

これだけでも既にうんざりする、実にエー加減なヨタ記事なのだが、この記事に更に大きなデマが含まれていた。

オリジナル記事では、上杉が測定した郡山、福島の空間線量率を聞いてウォールストリートジャーナルの記者が「とてもではないが人間が生活できるような数値ではない」ともらす。この嘆息が記事の見出しになっているのだが、なんとこの会話が「無かった」として削除され、記事の題名も、「【原発崩壊】"放射能汚染の真実"人体への危険性減らず」に訂正されてしまった。あれれ?? この会話が無かったら、そもそも記事になりませんがな。(訂正後の記事)

最初に書かれたのは記事本文であり、誰か他人の勘違いではない。上杉本人が自分に都合のよいウソをついていたとしか理解できない訂正。要するに、この記事は最初から最後まで事実無根のデマばかりだったということになる。

そして今までも、上杉隆が福島事故後にタレ流してきたのは、東京でプルトニウムが検出された、アメリカの福島原発からの80キロ退避は米軍だけが知る情報に基づく正しい判断、日本の避難基準はチェルノよりも甘い、などなどの危険を煽るデタラメばかり。

ここまで来ると、上杉隆は、病的な虚言癖の持ち主か、記事が評判になるためならどんなデマでも平気で書きなぐる狡猾な詐欺師としか思えない。訓練されていおらず、モラルもないジャーナリストを世に放つと、世間に深刻な害悪を流すという実例。

しかし、上杉のこのスタンスは逆に考えれば、我々に放射能を巡る報道の虚実を判定する実に優れた原則のひとつを提供することになる。時として間違う人間の発言は常に検証する必要があるが、いつもデマしか飛ばさない上杉隆の発言は検証する必要すらない。

「上杉の危険を煽る記事は、すべてデマで信じる必要がない」それが唯一の真実だ。


原発再稼動はソフトの大訓練も必須
原発事故直後の拡散予測を消去=メール受信に気づかず―福島県

まあ実にお粗末というしかないが、福島県庁舎は地震直後に半壊して使えなくなっており、地震と津波対策でテンヤワンヤの所に、メールでポンと送られても、緊急避難計画等に活用することなどできなかったとも思う。福島原発事故独立検証委員会 調査・検証報告書を読んでも、SPEEDIについては国でも活用に失敗しているのだから。

しかし巷では、SPEEDIのデータさえ公開されてれば無用な被曝が防げたという人も多いのだが、本当にみんなSPEEDIから出力された実データを見て言ってるのだろうか。

文科省のページで計算結果は既に公開されているが、時間によりまったく結果が違う。それは風向きが刻々と変わるから当然。しかし、当時原発の計測系や周辺のモニタリングポストは全て死んでいたか、意味のあるデータ収集が不可能。いつどんな放射性物質がどれだけ放出されたかのデータは、リアルタイムではまったく把握できていない。

あの混乱の中で、膨大なデータからSPEEDIの一枚をつかみ取り、これが正しいからこれに基づいて避難計画を実施するのだと決められる人間が対策本部にいたとは思えない。といってあの生データをそのまま一時間ごとに天気予報のようにTVに流したら、ただ人々のパニックを呼ぶだけだったと思うのだが。後に行われた航空機モニタリングの汚染結果と比較的一致する図があるというのはあくまで「後知恵」であり、リアルタイムにその時その図を信じるべきであった理由を説明できる人などいないと思うがなあ。

もっとも、SPEEDIの活用がそれでよい訳はない。今回の原発事故への対応が大失敗だったのはその通り。もともと机上ですら万一の時にどうするか訓練がなされてなかったのは明らか。

ストレステストによって、原発ハードの安全再検証が進んでいるが、もうひとつストレステストをしなければならないのは、政府や地方公共機関の原発事故対策というソフト面。今回の事故の反省を検証するべき。

SPEEDIが避難計画へまったく活用できなかったこと。原発近隣の市町村と連絡が途絶え、組織的な避難ができず、ヨウ素剤の配布ができなかったことなどの教訓を生かすなら、本来はそれぞれの原発集中立地地点において、毎年、シビア・アクシデント発生を仮定した大避難訓練をやってしかるべき。

SPEEDIを回してシミュレーションを行い、原災本部で避難計画を立て都道府県市町村に指示、もしもSPEEDIの結果が指し示すなら、たとえ30キロ以遠の大都市であっても住民全員を避難させ、若年層にはヨウ素剤を服用させるという大訓練を、国と都道府県市町村、自衛隊、警察、消防全て動員して毎年行うくらいでなければ、原発再稼動は怖くて行えないと思うのだが。

ただ、大規模事故を仮想して、SPEEDIを回して、その結果を見て、サテ、どこまでどんな風に避難させるかと判断するのは至難の技だと思うなあ。要するに、システムだけは昔に作ったが、一度も真の本番を想定して、出力した結果をどのような政策判断に使うか、使えるかのテストなどしたことが無かった。上記民間事故調の報告書でも、当初SPEEDI所轄だったはずの文科省が、事故後にリスク判断は我々の仕事ではないと、システムの管轄を原子力安全委員会に放り投げているのには呆れる。

福島しか話題になってないが、もちろん、新潟や福井の原発群の事故を想定したSPEEDIもちゃんと整備されてるんだろうなあ。ストレステストと原発再稼動の前には、最低限、過酷事故の際の避難支援システムがどんな風になっているか、それが本当に稼動するか、住民がチェックできるようにすべきだと思うのだが。

「さんてつ」と震災からの復興
「さんてつ: 日本鉄道旅行地図帳 三陸鉄道 大震災の記録 (バンチコミックス)」読了。

岩手県沿岸部を走る第三セクター経営の「三陸鉄道」略称「さんてつ」は、昨年の東日本大震災で線路や駅の多くを被災。車の無い人々の日常の足であったこの鉄道は、しかし、社員の必死の復旧活動により、一部路線をわずか5日で復旧。無料運転を行い、沿岸で被災した人々に勇気を与えた。

未曾有の大災害に、前を向いて勇敢に立ち向かった鉄道マン達の姿を描いたドキュメンタリー・コミック。随所に描かれる津波被害の途方も無い甚大さにはまったく言葉がない。路線全部が復旧した訳ではなく、完全復活にはまだ多大の援助が必要。鉄道復興には反対意見もあり、「さんてつ」完全復興にはまだ多大な時間が必要なのだという。

それにしても早いものであの未曾有の大震災から1年。復興はまだ始まったばかり。そして津波により福島第一原発で起こった原子力災害は、広範囲の汚染と人々の放射能への根源的な恐怖を引き起こし、震災瓦礫処理問題すらまだ遅々として進んでいない。

常磐、三陸の被災地の悲惨とは比べものにならないが、あの日、都心のオフィスで経験した揺れは今までの中で最大。都内でも公共交通機関が全て止まり、それに続く計画停電や節電、輪番休日で、生活にも大きな影響があったことは忘れられない。

地震の夜から電源喪失により冷却機能がストップしているという報道で、翌日朝から福島第一原子力発電所の動向は、ずっとTVで動向を注視していた。1号機建屋が12日午後に水素爆発を起こした時の衝撃と暗澹たる気分は、今でも忘れられない。

私自身は特定の信仰を持たないけれど、本日の午後2時46分には、津波で無念にも命を落とした人々の魂の平安と、被災地の復興、そして日本の新たな未来のために心から祈りたいと思う。

内閣審議官のTweet
過去日記で書いた福島事故の民間調査委員会報告だが、あちこちのメディアでツマミ食いのような形で断片が報道されているのだが、メディアによってずいぶん着眼点が違って、自説に都合のよい部分だけ引用してるような印象。

前の日曜のTV番組、「サンデーモーニング」では、この報告書には、事故収束に必要なバッテリーのサイズや運搬方法まで自分で電話で問い合わせて克明にメモする菅首相を見て側近が、「首相がこんなことまでする事にゾッとした」と放送され、今週の週刊文春の記事にも同様の記事が。

しかし、取材に応じた当の側近、内閣審議官の下村健一氏の「民間事故調」報告書に関する呟き を読むとこんな風に違う事が書いてある。
私は、そんな事まで自分でする菅直人に対し「ぞっとした」のではない。そんな事まで一国の総理がやらざるを得ないほど、この事態下に地蔵のように動かない居合わせた技術系トップ達の有様に、「国としてどうなのかとぞっとした」のが真相。
この審議官は菅首相寄りの人であるから、もちろん幾分か割り引いて聞く必要はあるが、東電の首脳、安全・保安院、安全委員会が、未曾有の原子力災害に際して、いかに機能していなかったことがよく分かるエピソード。目の前にいる専門家と称する面々にいくら訊いても、情報も判断も出て来ないなら、首相が自分で動くのも理解できないでもない。原災法はそもそも首相に全ての権限が集中する立法なのだから。

事故当初から官邸と官僚が真実を隠蔽しているという陰謀説がネットでは多々語られたが、真相は要するに対策本部では情報収集がまったく機能せず、何の判断もできずに、福一現場の対応まかせであったということなのでは。国民に真実を知らせないようにする陰謀など、ここに描かれたお粗末な状況下で成立するはずがない。発表すべき情報など、そもそも対策本部でも把握してなかったのだ。

菅が原発に視察に行ったからベントが遅れたというのも、当時あちこちで見てきたように語られたが、これも疑わしい。上記の審議官の発言を見るならば、福一原発の現場は戦場のような混乱と悲惨にまみれており、首相の来訪など気にしてたように思えない。火急であることは分かっている。もし可能ならば菅のヘリが上空にいたとしてもベントしただろう。

菅首相の判断や言動が事故対応に全て役に立ったとは思わないが、福一現場からの撤退を申し出た東電首脳を東電本社に乗り込んで怒鳴りつけた事だけは誉めるべきという気がする。当時は、菅が現場を混乱させている証拠のように取り上げているメディアもあったが、あのまま対応を放り出していたら、炉のメルトダウンは更に進み、使用済燃料プール冷却水も全て干上がり燃料損傷して放射性物質大放出。放射能汚染の拡大は今の何十倍にもなってたのでは。首相が鳩山だったらもっとエライことになっていたかも。まあ、今でももうエライことになってる訳ではありますが。

ひとつ民間版事故調査委員会に文句つけるなら、調査報告書電子版は1,000円也でも既に書いた通り、webにフリーで報告書のpdfを上げないこと。アメリカでは911の報告書もwebではフリーで公開され、書籍版だけが有料。なぜ電子版で金取るのだろうか。

批判が相次いだからか、電子版の実費除いた剰余金は海外での報告書発行などの諸費用に使われるとWebには書いてある。しかしこれもまた、海外で紙で出版せんでも、英語版をWebにフリーで上げればそれで済む話なのだが。この委員会も、ネットの進展を知らない相当お年を召した人々がやってるのかねえ。

調査報告書電子版は1,000円也。
一昨日の日記でも書いた、いわゆる福島事故の「民間調査委員会」の報告書であるが、メディアでの取り扱いにあれこれ違いがあるのに、ネットで探しても肝心の原文がどこにもない。

福島原発事故独立検証委員会 調査・検証報告書を見ると、報告書は出版予定で、一冊1,575円、そして電子版が1,000円なんだとか。

政府調査委員会の中間報告は、一昨日の日記でもリンクしたが、Webで全文がタダで手に入る。米国の9.11調査委員会の報告書も、web版はタダで入手できた。

書籍については紙代も流通費用もいるだろうから、タダで配るという訳にもゆくまい。値段取って売ってもよいが、ダウンロードできる電子版で1,000円取るというのは、なんとも悪辣な商売と言う気がする。さすが「民間版」の調査検証委員会というか、もうちょっと考えたほうがよいのでは。

「なんだ結局、商売のためにセンセーショナルにやってたのか」と、調査報告自体の信憑性にも波及して行くような気がするのだが。




総理の介入自体は
福島原発事故の調査委員会というのは何故か、政府、国会、民間と3本立てで行われているようだ。

政府事故調査委員会は、昨年12月、詳細な中間報告を既にwebに上げており、これは福一事故について語るには一読すべき文書。

そして、本日は、民間事故調査委員会が会見して報告書の内容を公表。しかし、メディアによって何を報道するかのトーンがずいぶん違う。

読売は、菅首相が介入、原発事故の混乱拡大…民間事故調という記事を書いているし、「アメリカでは大統領がベントを指示するなど考えられない」という記事も見た。

しかし、日本の原子力災害対策特別措置法では、原子力災害が起きた時に、原子力緊急事態宣言を発令した内閣総理大臣に全権が集中し、政府だけではなく地方自治体、原子力事業者を直接指揮し、災害拡大防止や避難などをする権限が認められている。介入したのが間違いだったと言わんばかりの報道は、法律の趣旨から言って筋違い。総理大臣が介入してはいけないのなら、法律を改正せよと主張したほうがよい。まあ、では誰が指揮を執るべきなのかが問題だが。

「スッカラ菅」のリーダーシップがアホな内容で、それが事故収束を悪化させたという批判であれば、それはそれで納得のゆく部分あり。しかし、この総理や官邸の事故収束指示についても、反原発のためならウソついてもかまわないという運動家が、あれこれ推測でデマを飛ばしており、うかつにすべての情報を信じる訳にもゆかないのだった。

本日夜のNHK 「ニュースウォッチ9」も、この報告書の内容について特集。

事故当初、「水素爆発は起きない」と言った原子力安全委員会の斑目委員長を、1号機の水素爆発後に菅首相は信用しなくなり、自らの知り合いを内閣参与に次々任命して彼らだけの意見を聞くようになった。官庁や東電からは官邸にまったく情報が上がってこなかった。官邸の政治家は、SPEEDIの存在など誰も知らなかった等の調査結果が報じられている。

報告書原文そのものが一般に公開されていないのでまだ細かく検証はできないが、NHKのこの報道からすると、事故当初から極端な反原発派や原発事故で商売している武田邦彦等が主張した、「政府と原子力ムラは結託して情報を遮蔽して国民を被曝させようとしている」、「SPEEDIさえ公開されていたら被曝は防げたのに政府が情報を隠した」などの言説は、やはり真実ではないような気がする。

政府、官僚、東電の対応は確かに大きく混乱して、後から振り返れば愚かだった。しかし前述の政府事故調の中間報告を読むならば、津波の後の福一の現場は恐ろしい混乱。全ての交流電源が喪失し、何が炉心に起こってるかが分からず、手持ちの線量計の目盛りは跳ね上がってゆく。そして余震と更なる津波への恐怖。現場の職員は本当によくやったと思う。

いくら東京から、「早く報告しろ! 報告しろ!」と言ってもうまくゆくはずはない。『「事故」は現場で起きている』のだから。隠蔽の陰謀を企む余裕など、東電にも政府にも到底あったとは思えない。

まあ、いずれにせよ、何がどう起こり、誰がどのような対応をしたのかの詳細は、今後の継続した調査を経て、徐々に明らかになってゆくのだろうし、その結果はきちんと検証して、同じ失敗を繰り返さないよう、何らかの対策を迅速に行わなければならないと思うのだった。

(酔っ払って推敲せずに書いたので、表現に細かい間違い多々あり、後日若干の文章修正。しかし文意には大きな変更なし)


平田教授の発表はもう忘れてよい。
政府地震調査委、首都直下地震の確率「30年以内に70%」の評価に変わりないとする見解

昨日の日記にも書いた、「M7地震確率が4年以内70%」という東大地震研究所の試算であるが、政府の地震調査委員会は本日、この数字には公式の見解として発表できる精度がないとして、震災前に政府が公表した「30年以内に70%」という評価に変わりはないとする見解を発表。

ということで、これまた昨日も書いた繰り返しだが、東大地震予知研究センター長の平田教授が吹聴した、「4年以内70%」という数値については根拠が無く、いったんキレイサッパリ忘れてよいということに。

もちろん地震はいつか来る。おそらく「30年以内70%」よりも高くはなってるのだろうし、地震への備えはきちんとしておかなくてはいけない。

しかし、メディアに得意そうに登場して表舞台で踊る信用できない学者の根拠の無い数字に、右往左往する必要は当面無いということなのであった。おい平田、もう一度メディアにきちんと出て謝罪しろ(笑)。


「首都圏直下地震、4年以内に70%」はアテにならない!
2012年1月23日読売新聞朝刊で、「M7クラスの首都圏直下型地震の発生確率は4年以内に70%」と報道され、全国を震撼させる大きな話題に。TVや週刊誌は首都圏直下型地震をどう生き延びるかの報道ばかり。ホームセンターやスーパーでも防災用品の売れ行きが昨年の大地震以来再びピークに。「4年以内の確率70%」というのは、人々の脳裏に深く焼きついてしまった。

しかし、あまりにも殺到する問い合わせに手を焼いたのか、東京大学地震研究所は、この報道について、「2011年東北地方太平洋沖地震による首都圏の地震活動の変化について」という解説ページをWebに掲載。

この説明によると、そもそもこの試算は昨年9月の研究所談話会で発表されたもので、その後専門家の検証を経ている訳ではない。

「地震調査委員会の『余震の確率評価手法』を東北地震による首都圏の誘発地震活動に適用し、今後誘発されて起こりうるM7の発生確率を計算したが、試算の対象である東北地震の誘発地震活動と、いわゆる首都直下地震を含む定常的な地震活動との関連性はよくわかっていない。

試算結果の数値に大きな誤差やばらつきが含まれている。

などの説明と訂正がなされている。研究所の公式見解でもなく、あまりアテになる数字ではないということだ。

この話をあちこちのTV取材に登場して吹聴したのは、同研究所、地震予知研究センター長の平田教授なのだが、この教授について、今週号の週刊文春が「東大地震研 平田教授の正体」という記事で取り上げている。

読売の記事があまりにも扇情的だったためか取材が殺到し、この教授は夕刊紙に「最近のデータを加味すると、4年ではなく5から7年」となぜか修正したのだが、これにも当然ながらまた取材が殺到。

文春の更なる取材にも逆ギレしたのか、平田教授は記者の電話取材に不機嫌そうに、「だからね、「その数字に意味は無い」って何度も言ってるでしょ。5年から7年というのも僕のヤマ勘ですよ!ヤマ勘!」、「でも、ヤマ勘って書くなよ!」、「どうせ書くんだろう、じゃあ、これで」と電話を切ったのだとか。

実際のところ「4年以内70%」というのは、この平田教授が計算した訳ではなく、別の教授の計算でしかも本筋ではない傍論の部分。もともと±30%の誤差を含んでいる。 要するにこの平田教授は、他人の仕事を調子に乗ってメディアで喧伝して舞い上がっていたのである。まあ、学者としてはあんまり大した人ではないのかもなあ。

そもそも地震学による地震予知そのものが、阪神大震災にしろ今回の東日本大震災にしろ、ひとつも当たっていない。三宅島噴火の時には、火山噴火予知連絡会の言うことがことごとく外れるので、「噴火無知連」と揶揄されたが、そもそも、地震にしろ火山にしろ、地球の内部の研究というのは、観測はできても、短期的に活動を予知できるほどには進んでないというのが現実なのでは。

学者は学問が仕事で、メディアに得意そうに登場して表舞台で踊るのは、やっぱり本物の学者ではない。文春の記事によると、東大地震研究所は日本の地震予知関連予算を牛耳っているのだが、目立った成果はほとんど上げてないとのこと。

まあとりあえず、この平田教授が吹聴した「関東直下M7地震、4年で70%」説は、眉唾としてまず一度、綺麗サッパリ忘れるのが正解では。

もちろん地震国日本に大地震はいつかは来る。日頃から防災の準備をしておかなければならないのはその通りだ。しかし人間ができる対策を行ったら、あとは運を天にまかせるのみ。功を焦ったヘンな教授の、あまり根拠の無い説に毎日毎日怯えて暮らすのも、なんだかつまらない話だよねえ。


今度はサンディエゴの原発
Radiation Leak At San Onofre Nuclear Generating Station: Officials Say 'Tiny Amount' Could Have Escaped

アメリカの原発は主として中西部から南部、東部に集中しているのだが、今度はカリフォルニア州サンディエゴ近郊の原発で配管からの汚染水漏れが見つかり、運転が緊急停止したというニュース。まあ、緊急事態を宣言するほどの事故ではないというのだが、ごく微量の放射性物質が外部に漏れた可能性があるとのこと。

Google Mapで見ると、このオノフレ原発は、LAからサンディエゴへ向かうSan Diego Freewayのすぐ横。Google Viewではフリーウェイから半球状の建屋が見えている。この道は出張で何度か走っているが、見た記憶が無いなあ。しかし、知らぬ間に原発の近くを通っているもんである。

昔から原発で事故が起こると、その規模によらず反原発派は鐘や太鼓で大騒ぎ。広瀬隆も出てきて「一歩間違えたら大事故だった」と危険を叫んで電力会社を糾弾する。昔から原発問題についてはフォローしていたので、応力腐食割れ、大口径配管のギロチン破断、脆性破壊などなど、そんな言葉をよく聞いたよなあ。

そして、重なる糾弾に手を焼いて、結局、原子力推進側は、都合の悪いことはなるべく隠すように隠すようになってゆく。実に不毛な歴史でもあった。

先日NHK BSで放映された映画「チャイナシンドローム」でも、原発プラントの責任者が、事故を取材しようとするジェーン・フォンダ扮する記者に、「お前達メディアは、悪いことばかり嗅ぎまわってニュースにするだけじゃないか」と怒鳴るシーンあり。この映画は単純な反原発映画ではなく、原発を巡る反対派と推進派の描き方にリアリティがあった。

まあ、しかし、あの深刻な福島原発事故の後では、ちょっとした事故のニュースを聞いても、「まあ大したことないな」と思ってしまう自分がちょっと怖いなとも思うのだった。
イリノイの原子炉が緊急停止
Officials investigating Illinois reactor shutdown

米国Exelon社のイリノイ州Byronにある原子炉が外部電源喪失により緊急停止。このニュースをネットで見て、福島事故の実に嫌な記憶が蘇った。まあ、しかしスクラムして現在は安定状態にあるとか。

このプラントはシカゴから北西150キロのRockfordの近く。オヘア空港から北西の90号に乗ってゆけば一時間半くらいの場所。昔、私が住んでた場所から100キロ程度だが、こんなところに原発があるとは知らなかった。

なんでも、配電盤の部品故障により電源が流れなくなり、非常用のディーゼルで発電して緊急停止したのだが、蒸気の圧力を逃がすためにベントをしている。

この炉はPWR(加圧水型)で炉心を巡回する高圧水の熱を交換器を通して二次系に循環させるもの。ベントしてるのは、この二次系の水蒸気だというので、炉心に直接触れた放射性物質が放出されてる訳ではない。

米国の規制当局NRCによると、「異常事態」ではあるが、「緊急レベル」でいうと4つのランクで一番低い事故とのこと。ベントされた水蒸気にはトリチウムが若干含まれているが、構内の放射線量モニタも上がっておらず、公衆には影響が無いとの発表。まあ、日米どちらも事故の時の発表はなんだかよく似ているなあ。まあ、このまま大問題にならず解決してもらいたいが。

そういえば、自らの反原発運動のために、福島事故の危険を煽りに煽っていたクリス・バズビーなるベレー帽のオッサンは、「セシウムではなくトリチウムこそが健康に害があるのだ」とか、どこかで言ってた気がするな。それを信じてるのなら、早速イリノイに行って、自説を開陳し、イリノイの人間は何十万人も死んでしまうぞと、恐怖を撒き散らしてきたらどうか。事故がこのまま収まったなら、殴られた上で塩撒いて追い払われると思うのだが。あ、塩撒くのは日本流か(笑)

「老人と放射能~FUKUSHIMA 第二章」
第一回を見て過去日記で感想を書いたフジテレビの「ザ・ノンフィクション」、「老人と放射能~FUKUSHIMA」の「第二章」を録画で見た。

そもそも原発事故を目的にした取材ではなく、福島の自然に囲まれた山村で余生を送る老人の人生に密着する取材だったはずだが、取材開始1年後の東日本大震災と福島原発事故が、取材対象の人生そのものを大幅に変えてしまった。

福島原発事故後、原発北西の浪江町の人里離れた一軒家に住んでいたこの老人は、耳が遠かったため防災放送や警察の呼びかけが聞こえず、取り残されていたのだが、発見され二本松の小学校に設置された避難所に移動。しかし愛犬は家に残して行かざるをえなかった。

地震直後から老人と連絡が取れなくなった取材クルーは、原発事故一週間後には浪江町入りして、老人の住居を訪ね、犬だけが残されていること、老人は既に避難しただろうことを知る。そして避難所の老人にたどり着く。老人の住居近辺の放射線量率はまだ100数十マイクロシーベルト/時もあった時点。原発事故取材ではないのに、この時点で避難エリアに入ってゆくこのドキュメンタリークルーのプロ根性には驚いた。

ドキュメンタリーの結末は、もちろん我々が既に現在知っている通り。浪江町の美しかった山里は、放射性物質に汚染され、文科省の航空機モニタリングでも、セシウム137で、1,000KBq/㎡ 汚染のひどいところは3,000KBq/㎡を超え、これはチェルノブイリの強制移住エリア指定となった555KBq/㎡を遥かに超えている。

読売新聞、低線量地域を最優先、警戒区域などの除染の記事にあったが、該当の浪江町の大部分は年間50ミリシーベルトの外部被曝が予想されており、除染はおそらく不可能。現時点でいつ戻れるか確約できるような場所ではない。

老人は、現在ではなんとか犬を自宅から引き取り、仮設住宅住まい。自然と共生して、自給自足で余生を送っていた老人の生活を全て奪ってしまった原発事故の悲惨には言葉を失う。なんとかどこかで静かに余生を送ってもらいたいものだが。

ビックリするものは見えなかった
東電は昨日、福一の2号機格納容器に工業用内視鏡を入れて内部をチェック。写真も公開されているが、まあ今のところ、よくも悪くもビックリするようなものは見えなかった。

やはり、まだもう少し時間がかかるな。

格納容器内の水位が予想していた位置に見えず、もっと低いようだというのは、あまり喜ぶべき話ではないが、水蒸気がずいぶんあって、気温が45度くらいということであるから、まあ燃料が圧力容器から落ちて格納容器の下に溜まってるにしても、カラカラになって冷やされてないということはないと思うがなあ。

まあ、今後もコツコツ何が起こっているか調べてゆかなくてはならない。安全を確保しつつ廃炉に持ってゆくのは、実に迂遠な道である。

食事からの内部被曝は少ないと思うけどなあ
福島の食事、1日4ベクレル 被曝、国基準の40分の1

朝日新聞は、どちらかというと放射能の危険を煽るほうだと感じてたが、これは割と穏当な見出しでは(笑)

実際に測定した食品からの内部被曝はかなり低いという結果。他に給食など測定した例が次々と報告されているが、この水準で推移するなら実害あるようにも思えないのだが。

もっとも、なんでも悪いほうにしか考えない人はいて、中央値よりも最大値を取り上げて、問題だと言い募るかもしれない。

しかし、棒グラフを見ると、福島での17ベクレル、関東の10ベクレルという最大値は、第二位の数字と比較しても何割か高く、一種の異常値であって、他の家庭の水準と比較してもこの水準が毎日出るとは考え難い。

現在は、キロ当たり500ベクレルというかなり高い食品の暫定基準値によって規制がされており、この調査での最大値は、たまたま食材の中に、キノコ、淡水魚、和牛などの特異的に高い食材が含まれていた、要は「ジャックポットを引いてしまった」結果ではないだろうか。

現状の暫定基準下では、例えば、450Bq/Kgのセシウムが含まれている原木シイタケも、「安全だからたくさん食べてケロ」と普通に出荷されている。どこの食品売り場に置かれていても不思議ではない。そしてこのシイタケが、食事に25グラム入っていたら、それだけでもう11ベクレル。関東での最大値を更新してしまう。

しかし、この暫定基準値は4月に100Bq/Kgに下がると見込まれている。基準が大幅減に改定されれば、たまに「大当たり」があっても、その「ジャックポット」で摂取する量が大幅に減ることになる。半年後に同じ測定を行えば、最大値ももっと下がると期待しているのだが。

福一2号機格納容器の内部は?
東電は、明日19日、福島第一原発第2号機の格納容器に内視鏡と温度計を入れて状況を探索するとのニュース。

内視鏡を格納容器内に入れたとたん湯気で曇ったり、内部の水がドロドロで視界が悪く、「結局、何も見えませんでした」という脱力の結果も予想できるものの、格納容器内の様子が判明する事故後初めての機会。果たして圧力容器の損傷はどうか。溶融した燃料がどれだけ格納容器に落ちているか。。

今までに事故を起こした原発でも、事故後に炉内を覗いた時には、かならず予期していなかった知見があった。

エンリコ・フェルミ炉では、配管の中に妙な物が転がっており、調べるとこれが事故原因を作った脱落した部品だと判明。

スリーマイルでも、廃炉の過程で圧力容器内を見ると、予想外に溶融した燃料が圧力容器に食い込んでおり、よく圧力容器が持ったなと調査団を驚かせた。

チェルノブイリでは、線量率がようやく下がった炉内をロボットで覗いてみると、予想外に何も残っていなかった。炉外に飛散した燃料が想定よりも多かったのかもしれないし、炉心炎上後のメルトダウンでほとんど建屋の下に流れ込んだのかもしれない。

さて、福一の2号機ではどうか。炉心事故シミュレーションでは、1号機の燃料はかなり部分格納容器に落ちている可能性があるものの、2号機のメルトスルーは限定的だと言われている。しかし、外部への放射性物質放出量では、2号機由来が一番多いとの推定もある。

個人的楽観論でいうと、圧力容器は意外にそれほど壊れてないのではと思っているのだが。まあ、いずれにせよ、真実を早く知りたいものである。


「老人と放射能~FUKUSHIMA~第一章」
「ザ・ノンフィクション」は、フジテレビには珍しい(?)硬派ドキュメンタリー番組だが、対象を長期に渡って密着取材した興味深い作品も多く、毎週の放送を録画している。

先週日曜の放送は、「老人と放射能~FUKUSHIMA~第一章」。

妻に去られ、子供は既に独立した老人が、余生を自然の中で送ろうと愛犬一匹と福島第一原発に近い浪江町に移住する。しかし老後の蓄えを怪しげなNPOに全額貸しつけたところ、NPOは破綻し代表者は行方不明に。老人は、山水を使い、畑を耕し、自分の食い扶持は自分で作る自給自足の生活で生きることを決意する。電気だけは通っているが、ガスも水道も使わない隔絶した田舎暮らし。しかし浪江の自然は美しい。

TVクルーの取材は2010年に始まっており、全財産を失った後、しばらくは引きこもりがちだったこの老人が立ち直り、ライフワークであった幻灯機を使った子供向けの上映会を、地元の小学校で再開するところまでで第一章が終わる。続きは来週。

しかし我々は既に知っている。浪江町はその後、3.11の福島原発事故で放出された放射性物質によって、山も畑も水も激しく汚染され、避難地域に指定され既に人が住んでいないことを。浪江町の大部分は、航空機モニタリングの結果を見ても、セシウム137の汚染度ではチェルノブイリの強制移住地域を超えている。

チェルノブイリの知見によれば高線量で汚染された森は除染できない。もしも本当にやるとなれば木々を全て根こそぎに切り倒し、地表の植物も土壌も全てはぎ取ってどこかに埋めることになる。しかし、生態系が全て破壊されたハゲ山は、既に故郷の里山とは到底呼べないものになっているだろう。

原子炉の蓋が爆発で吹っ飛び、減速材の黒鉛が数日間燃え盛ったチェルノブイリに比較すると、原子炉近隣におけるプルトニウムやストロンチウムの飛散が2桁ばかり少ないのはよいニュース。しかしそれでも、いつか浪江町に帰れると、現時点でそんな約束ができる者がいるだろうか。落とせない空手形を発行しても、不渡りになるばかり。近隣住民には実に気の毒な話ではあるのだが。

第二章は来週1月22日(日曜)に放送されるのだが、この老人は、既に家には住めず、この山里を追われたのは確実。この原発事故をいったいどのように受け止め、今はどのような生活をしているのだろうか。何が起こったのかを最後まで見届けたいような、逆に見たくはないような、実に複雑な心境になるドキュメンタリー。

旧暫定基準に固執するべきではないと思うが
個人的には若干意見が違うが、たむらと子どもたちの未来を考える会のコメント、「誰のための基準値」を興味深く読んだ。生産者の立場からは、食品の放射性物質基準値が厳しくなることに対する警戒感があるのは理解できる。

特に文中でも言及されている、薬事・食品衛生審議会食品衛生分科会放射性物質対策部会資料は一読の価値があるもの。

資料の中では、「食品からの放射性物質摂取量の推定」が大変によいニュース。流通している実際の食品を購入して測定したが、放射性物質濃度は低く、内部被曝量も非常に低いというもの。食品の内部被曝はもちろん重要な問題だが、全ての食品が高濃度に汚染されている訳ではなく、必要以上に恐れる必要はない。(まあ、自然由来のK-40からの被曝と比較してずっと低いという論法には納得できない人もいるだろうが)

ただ、上記「誰のための基準値」に書いてある、「国内産食品自給率1%の東京都民がなぜ、新基準値100Bq/kgを要求するのですか?」(これは後に修正され、「都市部のみなさんは、国内産の食料品の摂取量が極端に低い事は明白です」に書き換えられたようだが)は論拠が間違っていると思う。

確かに農水省の都道府県別の食品自給率をみると、東京都のカロリーベース食品自給率はたったの1%。これは驚愕の数字だが、しかしこれは、上記サイトが書いてるように東京都民はカロリーの99%を外国食品に依っているという意味ではない。都道府県ごとの食品自給率の解説を読むと、1%とは、東京都の人間が摂取するカロリーの1%しか「東京都内で生産されていない」ということ。摂取カロリーの99%が「外国産食品」ということではない。カロリーベースの食品自給率は、以前読んだ、「日本は世界5位の農業大国 大嘘だらけの食料自給率」によると農水省の利権確保のために低く計算された指標であり、実際には日本の農業生産額は先進国では第二位であるという。

「東京都民の口にする食品は(外国産もあるが)日本全国から集まってきている」というのが正しい理解であり、地産地消のエリアよりもむしろ注意が必要なくらい。「東京都では国内の放射性物質汚染を気にしないでよい」という理屈は成り立たない。

そして、「「誰のための基準値」ではこのように書かれてある。
福島産の干し柿やあんぽ柿が新基準値により出荷停止となります。カレイやヒラメ、ドンコやアイナメ、シイタケやアミタケ、畑ワサビやコゴミにタケノコ・・・。たくさんの福島産が出荷停止となるでしょう。
上記にかかれた産品は確かに調査で100Bq/Kg以上が検出されており、基準値が改定になれば当然出荷禁止になる。放射性物質汚染は福島県の第一次産業従事者の責任ではないのだから、実に気の毒な話。しかし100Bqにしたらそんなに甚大な影響があるかと言われると、それもまた過大評価なのでは。

モニタリング検査における放射性セシウム基準値超過割合を見るならば、10~11月に福島県で100ベクレルを調査した品目数は全体の9.2%。1割が流通できなくなると大きいように思えるが、特に超過が沢山発見されている魚介とキノコ類を除外すると、福島県で100ベクレル以上が検出された産品の割合は4%にすぎない。確かに漁業は厳しいが、農業が崩壊するような率とは思わないのだが。

福島以外の地域の10月~11月の超過品目数は全体の4.8%。しかしこれも、特に数が多く超過しているお茶とキノコを除けば0.7%。食品の放射性物質基準値を100ベクレルに落としても、農水産業に与える影響は極めて限定的だ。

個人的には、福島産だからといって放射性物質が検出されていない産品までヒステリックに避ける必要はなかろうと思っている。農産物の大部分は100ベクレルに基準が厳しくなってもまったく大丈夫。しかし福島の農産物検査への信頼は、安全宣言の後で、後出しでゾロゾロ高い値が出てきた米の検査で崩壊してしまっている。

100ベクレルから499ベクレルが検出される極めて限定的な一部の産品を救うために旧暫定基準値に固執すると、100ベクレル以下の福島の農産物も全て消費者に忌避され、結局は共倒れになって壊滅しかねないと思うのだが。

「緩い」食品暫定基準値の改定案
昨日の毎日jpの解説。

食品の放射能規制:新基準、海外より厳しく 現行の値「緩い」は誤解 改定後はより子供に配慮

ベラルーシで事故の後何年も経って制定されたような極端な数字を持ち出して、日本の暫定基準が甘すぎると叫んでいる人がネットにもいるが、これはある意味事実誤認。しかし同時に、この記事にあるように日本の現行基準が「緩いのが誤解」とも思わない。現行基準はやはり「緩い」。

現状の食品暫定基準は原発事故直後に発表された暫定値。事故がどう進展するかも不明で、あの時点で厳しい基準を出すと最悪の場合、食べるものが無くなって社会的なパニックが起きる。すぐに健康には害が無いような「安全の範囲内で」、「しかし緩め」に勘案して設定したから「暫定」なのであって、最初から厳しい基準のはずがない。

諸外国の基準は、欧州でもチェルノから26年経ち、近隣では原発事故が起こっていない前提の数値。しかし原発事故が庭先で起こった日本では、放射性物質による食品汚染は「現実にすぐそこにある危機」であり、原則、日本産の食品のかなりの部分が放射性物質に汚染されているという前提で規制を行わなければならない。諸外国と同じのんきな基準ではまったくダメなのである。

というわけで、この毎日の記事の、「日本の暫定基準は決して緩くない」というのはミスリーディング。緊急対応として暫定値で「緩く」設定したが、現行基準を生涯に渡って適用して何の影響もないと太鼓判は押せない。だから、原発事故が曲がりなりにも安定してきた今、早急に見直して低く下げないといけないというのが正しい認識だろう。

もっとも、実際のところ食品の汚染は、一部食品で特異的に高いものの、出荷制限がかかっている。暫定規制値上限に近い食品も少なく、各地で行われている学校給食の測定でも、食事に含まれているセシウムは非常に低いレベル。おそらくこの9ヶ月で健康に影響あるほど食品から放射性物質を摂取した人はほとんどいないのではないか。

ともあれ、最大で年間5mSvとなる現在の暫定規制値の建て付けでは、食品安全委員会の「生涯の追加的被曝100mSvで健康影響が出てくる」という食品安全評価を満たす基準を理論的に満たすことができないのは明らか。第一、農水省が決めた豚のエサの基準(400ベクレル/Kg)よりも甘いのだから。

そして、本日のNHKによると、新たな規制値案が固まったとのこと。

食品の放射性物質 新たな基準方針

一般食品が100ベクレル/Kg。牛乳と乳児用食品は50ベクレル。飲料水は10ベクレル。

検査結果見ている限り、一般食品は50ベクレルにしても農水産業に甚大な影響は及ぼさなかったと思うのだが、まあ、あまりに低く設定するのは厚生省のお役人が好まないのだろう。それでもこの改定は、これ以上の食品を流通させてはいけないという公的な規制であって、内部被曝を低減するためには実によいニュース。

厚労省の食品放射能検査をチェックしても、セシウムが3桁出ている食品は、割と少ない。まあ気になるなら今から忌避してもよいのではないだろうか。