97年から書き続けたweb日記を、このたびブログに移行。
「昭和の店に惹かれる理由」 を読んだ。
銀座教文館は、演劇系のみならず飲食関係の本も充実している。神保町の寿司屋「鶴八」が取り上げられていたので、「昭和の店に惹かれる理由」を購入。

私が寿司屋巡りを始めた遠因は、この神保町「鶴八」の先代、諸岡親方が書いた「神田鶴八鮨ばなし」を読んだから。勿論、読んだ時は下っ端の若手サラリーマンだったから、寿司屋巡りする金銭的余裕なんて無かったけれども。

「鶴八」を引退した後の諸岡親方には、「新橋鶴八30周年パーティー」で石丸親方に紹介して頂いてお会いして、なんだか憑き物が落ちたような気になったが、先代が健在の時も、代替わりした今の神田「鶴八」にも一度も行っていない。

店を引き継いだ田島親方のインタビューは、「鮨を極めるで読んだ時とあまり変わり無し。元々が真面目、愚直な職人で、そんなに面白みは無いのかなあ。しかしそれでもなかなか興味深い記事。今度一度訪問してみるか。

その他、とんかつ「とんき」、天ぷら「はやし」、おでんの「尾張屋」、餃子の「スヰートポーズ」など、まさに昭和を体現した店の紹介が実に面白い本なのであった。「食べもの屋の昭和―伝えたい味と記憶」を思い出した。本棚からまた発掘して読まないと(笑)


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「大放談! 大相撲打ちあけ話」を読んだ
Twitterで出版を知った、「大放談! 大相撲打ちあけ話」を購入。金曜午前にAmazonに発注すると、帰宅した時にはもう届いている。素晴らしい。さっそく昨夜に読了。

NHK相撲解説でもお馴染みの元横綱、北の富士勝昭と、嵐山光三郎が相撲について縦横無尽に語る対談集。嵐山光三郎は東京の場所ではいつも砂被りに座っているのだとか。

稽古が足りず、もはや単なるデブに堕した逸ノ城を「怪物」扱いしている部分など、ちょっと対談の時期が古い部分があるかもしれない。これからの力士で琴奨菊が一度も登場しないのも、既に全ての対談が先場所前に終わっていたから。まあ先場所も、最初は誰も琴奨菊が優勝するとは思ってもいなかったが。荒れる大阪場所はどうかな。

隠岐の海は素質だけなら大変な大器だが、稽古とやる気がないのが困りものというのは、いまだに元師匠として、九重親方や八角親方を育てた九重部屋元総帥の歯がゆさか。

輪島や北の湖との話など、随所に昔話が出てくる。「初代大塩撒き」の青葉山についての言及が懐かしい。肩越しの上手を取って振り回す大きな相撲だった。青葉山が塩を撒き過ぎで無駄使いだと批判が出た時には、青葉山の後援者から「もっと撒かせろ」と、ドーンと相撲協会に大量の塩を送って来たのだとか。昔は剛気なタニマチがいたんだなあ。

昔の勝負審判は花形で、少なくとも三役経験者でなければならなかったが、最近はヘンなのがおるという話やら、昔の解説者の玉の海梅吉さんに自分は嫌われていたとか、北の富士の話は放談気味で脱線も多いが、洒脱で粋なトーンがあり、実に面白い。

巻末の相撲部屋地図も、最近は埼玉奥地や千葉奥地など、相撲部屋の位置が分散している事が一目で分かり興味深い。湊部屋もこんな所にあったら、それは逸ノ城も出稽古に行きませんわなあ(笑)。

対談の司会役は、嵐山の知り合いであるギョーカイ系の人のようだが、黒子を超えて得意になって喋りすぎる所があり、そこがちょっとウザいかな。まあ、我慢できる範囲ではあるが。

「エンジニアとして世界の最前線で働く選択肢 ~渡米・面接・転職・キャリアアップ・レイオフ対策までの実践ガイド」
「エンジニアとして世界の最前線で働く選択肢 ~渡米・面接・転職・キャリアアップ・レイオフ対策までの実践ガイド」

Amazonから届き、この週末で一気に読了。

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著者の竜さんは、以前「日記猿人」で「がりゅう日記」を公開されていた事があり、昔からネットでの知り合い。アメリカ駐在中に、ドクター・エンドーと一緒にシリコンバレーでお会いした事もある。懐かしいなあ。

この著作は、海外駐在からアメリカのIT企業に転職し、ソフトウェアエンジニアとして、Amazonを含む複数のIT系企業でエンジニアとして働いて来た現役ITエンジニアである竜さんが、アメリカで職を得るにはどうするか、面接を切り抜けるには、コーディング面接を切り抜ける具体的なコツ、日米で働くことの違いやそのメリット・デメリットなどを自分の具体的な経験から極めてフェアにかつ詳細に指南するというもの。

高度成長期の昔から、生半可な海外体験を引き合いに出して「海外では~」「アメリカでは~」と上から目線で外国礼賛し日本を卑下する手合は「出羽の守」と呼ばれて陰で馬鹿にされて来たが、この著作にはまったくそんな胡散臭さが無いのが驚異的。

ハッタリも自慢話も、上から目線もアメリカ礼賛も一切無く、アメリカでソフトウェア・エンジニアとして働く良い点も悪い点も、実体験を引いて、率直にリアルに語られているのが実に読み応えのあるところ。ちょうど部活の優しい先輩が、後輩に問わず語りに自分の知っている事を教えているような印象さえあるが、これはやはり、著者の温厚で誠実な性格と、柔軟な知性に裏打ちされているのだと感心する。実物にお会いしても、その通りの印象だった。twitterもそうだが、文章や著作には、本当に人間性が出るのだなあ。

私自身の滞米生活は駐在員としてだったし、財務系の仕事であったから、この本で具体的に指南されているIT系のスキルそのものには門外漢なのだが、アメリカで働くということ、アメリカで人を採用し評価するということ、外国人として働くということ、アメリカの転職や解雇事情等については、私自身の実体験からも著者の書いている事にまったく異論は無い。良い事についても悪い事についても、実にフェアに両面を懇切丁寧に説明しようとする態度がまた素晴らしいところ。これからアメリカでIT系の(あるいは他の職種でも)職を探そうとする人には、必ず座右に置くべき良き参考図書と言えるだろう。

昔、「10年後に食える仕事、食えない仕事」という本を読んで感想を書いた。その本では仕事を縦軸に知的集約度を表す「スキルタイプ」、横軸に日本人としての強みを活かせるかどうかという「ジャパンプレミアム」を置き、知的集約度が低く、日本人でなくても出来る左下エリアの仕事は、ドンドンと沈み込んで行く「重力の世界」であり、この仕事を日本でやっていては将来が無いと説く。

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私自身はこの分類に得心して、社内で海外要員への研修の講師など務める時には必ず引用し、「駐在員として成果出す為にはローカルスタッフで代替できる仕事をやってはいけない」と教えるようにしているのだが、それは本当の意味でグローバルな仕事である左上の象限、「無国籍ジャングル」は、世界中から「Best & Brightest」な人材が集まり、殴り合いをしながら血みどろで勝ち残って行く大変に生き残りが困難なエリアだから。

しかし、アメリカに渡り現地で職を得て、既に「重力の世界」から垂直に脱出して安定軌道に乗り、「無国籍ジャングル」でキチンと評価を得て生きている日本人の優秀な男がいるということを、この著作で確認できるのは、同じ日本人として誇らしいことだ。勿論このエリアは甘い「夢の世界」ではない。過酷な競争もリストラもあり、このエリアの真の上位に到達するのは日本人には至難の技。著者はその事についてもキチンと冷静に言及している。

面接の場であっても一発で雰囲気を変えるジョークの重要性、子供をバイリンガル環境で育てる良い点と悪い点、時として牙も剥くぞと相手に知らしめる自己主張の重要性、同僚とのフランクな付き合い方など、随所にある、アメリカで企業人として生きて行くための様々な知恵についても、アメリカでの同様の体験がある人なら深く頷いて同意できるものばかりだし、これから渡米を考える人には大いに参考になるだろう。

芥川賞受賞作、「火花」を読んだ。
遅ればせながら「火花」を読んだ。著者の又吉直樹が「おかんに電話したら『花火』面白かったで、言うてました。『火花』なんですけど」とTVの番組で客を笑わせていたが、熱海の花火で話が始まり、最後も熱海の花火で終わるのだから、題名は確かに「花火」でよかった気もするけどなあ(笑)

お笑い芸人が初めて書いた小説という事で最初は際物扱いされたと思うが、実際に読んでみると真面目にきちんと書かれている。

文章中の所謂文学的表現も、余りにも華美なレトリックだらけだと、逆に文学かぶれの鼻につくアマチュア仕事という気がしてしまうが、この小説の表現はギリギリ抑制が効いており、本好きの著者が、幾多の小説を丹念に読み込んで来た経験を真面目に活かしたのだと納得のできるもの。

心に妙な引っ掛かりを残す叙述表現があちこちにあり、それがこの小説の随所に陰影を与えている。
「耳を澄ますと花火のような耳鳴りがして、次の電柱まで走った」

「僕は憧憬と嫉妬と僅かな侮蔑が混じった感情で恐れながら愛するのである」

「自分の肉が抉られた傷跡を見て、誰の太刀筋か判別出来ることを得意気に誇っても意味はない。僕は誰かに対して、それと同じ傷跡をつけることは不可能なのだ。なんと間抜けなことだろう」

「ビールはこんな味だっただろうか」

「東京には全員他人の夜がある」


小説の舞台は、著者が実際に身を置いているお笑い芸人の世界。

舞台に上がって頼るのは自分たちの漫才師としての腕だけ。まったく客に受けない恐怖と歓声を浴びた時の歓喜。そしてその煌めきを貪欲に求めながらも、どこまで落ちて行くのか、怯えを感じつつ、闇の先にあるはずの夢の光明を求めて無頼を繰り返す若者たち。自分が何者なのかを、焦燥と共に探し求め続ける若者たちの姿とその青春の終わりを描いた、実に印象的な小説。

主人公と「師匠」が「お笑い」だけを真剣に追求し、しゃべるたび、メールのたびに繰り返す、本音とも韜晦ともつかぬボケと突っ込みの繰り返しは、まるで武者修行の武芸者がお互いの強さを常に間合いで図る真剣勝負の如く、登場人物たちの青春が鮮やかに切り取られている。

ただ最後、神谷の豊胸のエピソードは本当に必要だったか。髙樹のぶ子は、「終わり方が判らなかったのではないか」と辛辣な選評を文藝春秋に書いていたが、確かに突飛なエピソードで、それまでの神谷の尖った魅力と物語の抒情を壊しているような気もするのだった。

又吉直樹は、最近お笑いの世界を超越して売れてきており、最近本屋では、「芥川賞作家又吉さん推薦」とのポップで、「紙の動物園 (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)」が平積みになっていた。先月ホノルルに持って行って読んだが、ちょっと前に別の帯で刊行されたケン・リュウの珠玉のSF短編集。しかし、テコ入れにわざわざ又吉の推薦文付きで増刷したとは又吉人気のほどが分かりますな。こちらのほうも「又吉芥川賞効果」でもっと売れるとよいなあ。


「浅草の勘三郎: 夢は叶う、平成中村座の軌跡」を読んだ。
本屋の平積みで見つけて購入した、「浅草の勘三郎: 夢は叶う、平成中村座の軌跡」を読了。

浅草の老舗舞扇店「文扇堂」四代目主人、浅草のれん会会長の荒井修氏が、亡き十八代中村勘三郎との40年に渡る交友を語る本。

今ちょうど浅草寺境内の平成中村座では、橋之助と勘九郎、七之助ら中村屋一門の「平成中村座 陽春大歌舞伎」が公演の最中。「平成中村座」は、十八代目勘三郎が生前に、浅草に歌舞伎小屋を復活させようと著者と奔走してこぎつけた興行。この本では、その勘三郎の夢が実現するまでが克明に描かれている。 勘三郎お別れの葬列は、「平成中村座」が最初に公演した隅田公園に立ち寄り、地元浅草の人々が大勢お別れに訪れた。「僕はいずれ浅草に住むんだからね」と語っていた勘三郎が、本当に「浅草の勘三郎」になった瞬間。

歌舞伎を誰よりも愛し、浅草が大好きで、サービス精神満点で、常にお客さんを喜ばせる事を考え、アイデアマンで、せっかちで、常に夢を追い続けた勘三郎。その生身の姿が大親友だった著者の視点から生き生きと語られる。

著者の荒井修氏は、「浅草 老舗旦那のランチ」にも登場していたので顔には見覚えあり。

浅草老舗の旦那連は、大学出てから家業を継ぎ、地元密着の趣味人で、暇も金もあるのだろう。企業社会でアクセクと身を削る身にはうらやましい限りだが、こんな旦那衆がいないと、江戸の文化も継承されていかないだろうなと思わせる。

勘三郎存命の時には中村座に行くことはかなわなかったが、今月観劇に行った「平成中村座」では、まさに江戸の芝居小屋を彷彿とさせる、客席と舞台が一体となった臨場感を体感することができて感心した。 今回の中村座の小屋内には、この本の表紙絵にもなっている「勘三郎の眼」が劇場のあちこちに隠されているのだとか。幕の上手にあるのだけは分かったけど(笑)

歌舞伎役者は60歳超えてからが円熟期と言われる。勘三郎が存命だったら、もっともっと活躍したろうと、なんとも実に残念な気がするのだった。

「すし、うなぎ、てんぷら~林 修が語る食の美学」
日曜日の午後、銀座に出たのだが、ちょっと時間があったので、コアビルの本屋をブラブラして目についた、「すし、うなぎ、てんぷら~林 修が語る食の美学」を購入。

「今でしょう!」先生が出したグルメ本。人気が継続しているまさしく「今」のうちに、何の分野ででも稼ぐぞという逞しい商魂が素晴らしいですな(笑) 普通、芸能人の書くグルメ本など買わないが、購入したのは、時折尋ねる築地の「天麩羅なかがわ」が掲載されていたから。

寿司、鰻、天麩羅のジャンルで一店ずつ紹介して店主に仕事を聞くインタビュー集となっている。「今でしょう」先生は学生時代からアルバイトで稼いであちこち食べ歩いていたというのだが、自身の食道楽の遍歴については、割と曖昧模糊とした部分あり。しかし、インタビューは実に的確で興味深く仕上がっている。

寿司屋は根津の「かじわら」。この店は先日BSの「早川光の最高に旨い寿司」に出ていた。温厚でおとなしく見える親方だが、番組での応対見ていると、ちょっと踏み込むと衣の内に偏屈の鎧が見え隠れするような気がした。この本のインタビュー読んでも、割と変わったところあり。「類友」というが「今でしょう」先生も人間が相当変わっているから、波長が合う職人ということだろうか。

鰻の店は江戸前ではなく九州の店が紹介されているのだが、この職人の話は従来の常識を覆して面白い。「蒸しにほとんど仕事させる江戸前は楽な仕事」、「鰻は客の顔を見てから裂くものだというが、それは冷蔵庫のなかった江戸時代の話。実際には先にさばいて身肉のアミノ産を熟成させたら旨味がある」等、なるほどそれも道理だと頷いた。

さて、肝心のこの本購入した理由である「天麩羅なかがわ」であるが、真面目な天麩羅職人の仕事を中川氏本人が語って実に面白い。

実際に、この店のカウンタに座って天麩羅が揚がるのを待ちながら仕事を見ていると、海老やイカを揚げる際には秒単位で真剣に油から出すタイミングを測っているし、キスなどは香ばしく焦げる寸前まで水分を抜いてじっくり揚げているのが分かる。衣のつけかたや油の温度コントロールにも実に細心に気を配っている。

中川氏は仕事中は寡黙で、あまり話好きではないように思えるが、他の客がおらず手が空いた時に、天種の旬の事や仕事の事を尋ねると、実に真剣に語ってくれる。聞くと何でも話してくれるのは、寿司屋でもそうだが職人の自信の現れでもある。

この本のインタビューでも、中川氏は実に真摯に、自分の仕事や店の事を語っているのだが、どの話も実に印象的。

キスをさばいて仕込むと、どれが一番良いかはきちんと分かる。「例えば30匹仕込んだ後で良い順に並べろと言われたら、1番から30番まで並べられますよ」とサラっと言う凄み。仕込みの作業の中で、どれだけ細心に心を澄ませて素材と対話しているかが窺われるのだった。

おきまりのコースとおまかせに出す種の違いについて裏表なく率直に語るところも興味深い。自分の仕事を分かってくれるおまかせの客には、その時の最高の物を最高の状態で供したいという職人の静かな矜持。いつ行っても裏切られることのない実によい店。そうだ、去年は白魚の時期をすっ飛ばしてしまったのだが、そろそろ白魚を食しに行かないと。

94歳の歌舞伎役者、「小山三ひとり語り」を読んだ。
今月の歌舞伎座昼の部、「伊勢音頭恋寝刃」の冒頭、中村小山三が暖簾の後ろから出てくると客席がどっと沸いた。小山三は中村屋、十七世勘三郎の一番弟子。なんと94歳。勘九郎、七之助が子供の頃から舞台に出る時は付きっきりで指導し後見についた大ベテラン。十七世には「俺が死んだら小山三を棺桶に入れとくれ」と冗談言われたほど信頼されていた由。

その小山三に取材した「小山三ひとり語り」をAmazonで取り寄せて読んでみた。実に面白い。

大正十三年、四歳で十七代目中村勘三郎に内弟子として入門以来、歌舞伎の世界一筋に生きてきた女形。今でも「先生」と呼ぶ十八代勘三郎や昭和の名優の思い出、興味深い芸談、戦前戦中戦後の歌舞伎役者の生活や興行の様子などを、とっておきの話を随所に挟んだ自由自在な回想で語る。

同じく十月の歌舞伎座「野崎村」で お染めのお伴に来た女中が、「立てば芍薬座れば牡丹」と称えるところがあったが、元々は十七代勘三郎に「こうやってごらん」と言われて小山三が始めた台詞とのこと。他にも「小山三十種」と勘三郎が命名してくれた、小山三がそれぞれの役に合わせて工夫して考えた演技が残っているとのこと。

歌舞伎はこんなトリビアが幾つもの関連を持って歴史と共に重層的に残っているので、知れば知るほど奥深いところがある。

後見につくのは大変だという芸談も、見知らぬ世界を垣間見せてくれる面白さ。扇を後ろに投げ、後見が受け止める舞踊があるのだが、落とすと演者にも音で分かる。十七代勘三郎は、後見が落とすと舞で後ろを向く時に必ず後見を睨みつけたとか、小山三が後見で吹き替えする台詞を間違えたら激怒し、逃げた小山三を芝居を放り出して追いかけて来たとか。明治生れで役者一徹の頑固者、勘三郎を眼前に彷彿とさせるエピソード。

昔の事を細部まで覚えている小山三の記憶力も素晴らしいが、「銀座もちょっと前まではレンガの通りにカフェが並んで女給さんがいたのにねえ」と、いったい何時の事やらと思うほど自在に時空を超越するタイム・リープぶりもまた傑作。「スローターハウス5」に出てくるトラルファマドール星から来た異星人なのかもしれないな(笑)。

現在の芝居の型が昔と変わっていることを嘆いて、「本当は違うんですよ」と言いながら、「でも、こんなこと言うとまた煙たがられちゃうわね」としゃべる語り口がまた味わいがある。

この語り口は、山川静夫が六代目歌右衛門にインタビューした「歌右衛門の六十年―ひとつの昭和歌舞伎史」にある歌右衛門の口調とも不思議にどこか似ている。

しかしこの口調は現実でもどこかで聞いたことあるよなあと、思いだしていたら、そうそう、以前築地の本願寺裏「鮨つかさ」でよくお目にかかった、昔は新橋の芸者だったという80歳超えたビルオーナーの女性。あの女性の昔語りに似ているのだった。あの話も、外貨割り当てが厳しい頃に、お客さんの招待で着物来てニューヨーク行ったとか、昔の花柳界の反映を物語る実に面白いものだったが。

そして、この本の「聞き書き」は、歌舞伎界を舞台にして、大正から昭和にかけての芸能史の周辺を見事に描いているところも素晴らしい。

戦後の誰も生活が苦しかった時期に歌舞伎の内弟子として生き抜いてきた生活。歌舞伎座も焼失し当時の十七代中村勘三郎も、小劇場を回り、決して恵まれた環境ではなかったことが分かる。息子の勘九郎が琴平の古い劇場を復刻して「こんぴら歌舞伎」を復活させた時、出演を頼まれた十七代勘三郎は、「俺は昔はさんざん小さい劇場を回って苦労してきたんだ。もう沢山だ」と最初は断ったというのも頷けるエピソードがあちこちに。

芝居小屋のことを「しばや」というのも興味深い昔の下町口調。ちょっとしか出てこないが芝居茶屋の話も面白い。昔の歌舞伎見物には茶屋経由で切符を買い、まず茶屋の座敷で一服したり着替えたり。開幕前に席に案内され、「かべす(菓子、弁当、寿司)」が桟敷に運ばれてくる。一日通しの興行だったので、お気に入りの役者が出てない時は茶屋に戻って一休みしたりして、歌舞伎見物は一日がかりの行楽のようなものだったのだ。

歌舞伎と大相撲には、髷や拍子木、太鼓の使用や独特の書割文字など多くの江戸文化を継承する共通点があるが、茶屋制度は歌舞伎では廃れ、まだかろうじて大相撲には残っている。この辺りも興味深い。

全編を通じて歌舞伎の芸談や裏話だけではなく、貴重な歴史の証人的な価値も見出せる実に面白いインタビュー。聞き書きというのは大変な仕事。相手の懐に飛び込み、信用されていないと話は聞けない。そしてきちんと話を聞き、内容をまとめる為には自分も語られている背景を理解している事が必要。「聞き書き」のクレジットには「矢口由紀子」とある。よい仕事だ。実に面白い読み物として完成している。

「球童 伊良部秀輝伝」
「球童 伊良部秀輝伝」読了。

野球選手が早い球を投げるのは、練習によってではなく、持って生まれた才能だという。伊良部は恵まれた才能で周りが眼を見張る剛速球を投げ、若い頃から投手としての頭角を現した。しかし、人間としては、人見知りして他人には心を固く閉ざして開かない。上から偉そうに押さえつけられると倍返しで凶暴になって暴れる。売られた喧嘩は必ず買う。しかし心を開いた人間から、静かに諭されると涙を流して謝ったのだという。

本人ですらもてあまし飼い慣らせなかった心の中に潜むデーモン。有り余る才能でメジャーリーグにまで到達するが、人間関係でトラブルをあちこちで起こし自ら世間を狭くしてゆく。

ヤクルトの元総監督大沢親分はドラフトで伊良部を獲らなかった理由を、後年「あいつは目付きが悪かった」と言っていたそうだが、この本では高校にわざわざ練習を見に来たプロの大沢監督に何の気も使わず、適当に投げて「もういいですか」と練習を上がった伊良部に、大沢は腹を立てたからなのだという。

乱暴者であり、もめるとすぐに手が出たが、しかし、投球に関しては、ちぎっては投げちぎっては投げと体格にまかせて無茶な事をやっていた訳ではない。足の踏み出し方や最後まで球の出所が見えない投球フォームについて細心の注意を払って練習し、心を開いた選手たちとは倦まずに何時間でも眼を輝かせて野球談義をしていたのだという。

日本球団の理不尽に一切後に引かず、結局後輩達がポスティングでMLBに移籍する道を開いたニューヨーク・ヤンキース移籍の顛末も、実に興味深いもの。団野村は日本球団からは蛇蝎の如く嫌われているが、日本野球にも本来、野球選手を野球だけに専念させるためにも、きちんとしたエージェントが必要なんだよなあ。

MLB退団後はLAでうどん屋を開いたが結局それも成功しなかったようだ。家庭内にもあれこれ問題があったというが、結局のところLA自宅で謎の自殺を遂げることになる。才能にあふれ、野球の事だけはまるで童子のように大好きだった男の気の毒な末路。

沖縄生まれで実父はアメリカ軍人。この出自によってうけた差別も彼の人格形成に大きな影響があった。著者はアメリカで実父に再会しインタビューが巻末に。沖縄で適当に女性と付き合って、子供も出来たが、いずれアメリカに呼ぶからと米国帰任してそれきり。当時はこんないい加減な米兵がたくさんいたのだろう。この実父もロクデナシの部類だ。

もっとも子供は親を選べない。伊良部はアメリカで実父に一度会ったらしいが、それきり。著者とのインタビューでは、MLBには父親を探しに来たわけではないとキッパリ否定している。逆に心にどれだけ大きな傷を彼が抱え続けていたかが窺えるようなエピソード。しかし、それでもなお、自殺などする必要なかったのになあ。

「やくざと芸能と 私の愛した日本人」
「やくざと芸能と 私の愛した日本人」読了。

俳優でありコメディアンでもある、なべおさみがその半生を語る本。パッと見はおとなしく柔和な風貌だが、この本で自ら語る本性はとんでもない。生まれもったすぐ頭に血が上る鉄火な所と、上には絶対服従で仕えて筋を通す性格は、義理と人情の任侠世界とピッタリの親和性。若い頃からヤクザと芸能の世界にどっぷり。付き人として芸能界の大物に重用されるのと、ヤクザ者として親分に認められるのとは結構似ているのだなあ。

芸能人、文化人、ヤクザ、政治家と、誰でも知っている人間に、いかに可愛がられたかという、いわゆる自慢話が延々と続くのだが、出てくる名前が凄い。

水原弘、勝新太郎、石原裕次郎、石津謙介、白洲次郎、花形敬、司忍、安倍晋太郎、小針暦二、鈴木宗男などなど、超大物との呆気にとられるエピソードが満載。天下の奇書だ。

歌舞伎の役者も江戸時代は「士農工商」という身分制度の枠外の存在だった事は歌舞伎の歴史を語る本にはどれにも書いてあること。芸能者と河原者と言われる被差別民の関係というのは昔は根強く深かったし、そして同じく疎外された民であるヤクザとの関連も深かっただろう。そしてもうひとつ厳然とあるのが政治家とヤクザとの関連。

被差別民の歴史から、眉つばの日本・ユダヤ同祖説まで、「です、ます」と「だ、である」が同じ章の中でも混在する奇妙で縦横無尽な文体で語り尽くす圧巻の自叙伝。年寄りの自慢話をゴースト・ライターが聞き書きしたのかもとも思うが、仮にもライターが、「常体」と「敬体」がこんなにゴチャまぜの破格な文章を書くかな。だとするとやはり本人が書いたのかもしれないが、それなりに異様な迫力を持って読ませる文章になっている。

政治の世界との関係を書いた後半部分は、いくらなんでも話を盛り過ぎではという気さえするもの。ただ、鈴木宗男を当選させたのは自分だという自慢話等はあけすけに語るのだが、実の息子であるなべやかんの替え玉受験問題については、若干トーンダウンというか、割とぼやかしてあり、しゃべると本当にマズい事が実際にあるのではという印象が残る。芸能もヤクザも政治も、堅気ではない商売はやはり怖いねえ(笑)

まあそれにしても、久々に面白い本だった。もちろん全部を鵜呑みにはしがたいのだが。

「エンダーのゲーム」新訳版を読んだ
劇場で観た映画、「エンダーのゲーム」の原作が新訳で出版されているので購入、読了。

早川SF文庫で出た「エンダーのゲーム」は長く絶版になってたらしいが、ヒューゴー賞/ネビュラ賞受賞というSFとして傑作の太鼓判押された作品。原作がなぜ絶版になってたのかねえ。

内容は実に面白い。映画はこの原作に実に忠実に作っていることも分かるが、主人公の心理描写や少年の成長譚としてのディテイルはやはり小説のほうが描写が詳細。

映画との明らかな違いというと、原作では、エンダーを虐待しようとしたスティルソンとボンゾーの二人とも、エンダーは実は殺しているという事が読者にだけは明らかになっているという点か。しかしそれも、地球を攻撃してきた昆虫型宇宙人バガーの更なる攻撃を座して待つのではなく、逆襲の殲滅戦に赴く人類が、どんなリーダーを選ぼうとしているのかという伏線に沿ったもの。

リーダーシップ論の参考図書として米海兵隊の推薦図書に載ってるという話だが、確かにエンダーが単なる最下級の兵隊からどのように部下の信頼を勝ち得て昇進してゆくかが丹念に描かれており、一種のゲーム論、組織論としても面白い。そして人類がその命運をかけて育成した天才少年リーダーを一人前にする最終訓練と、そこに隠された大きなどんでん返し。ストーリーもよくできている。やはり、ヒューゴー賞、ネビュラ賞受賞の作品にハズレはないなあ。

そうだ、この前買ってまだ手をつけてない、「ねじまき少女」も読まないと。


恋と仕事とお鮨に生きるバブル期OL大河小説! 「その手をにぎりたい」
書店で平積みになっていた、「その手をにぎりたい」の帯をなんとなく見ると、「恋と仕事とお鮨に生きるバブル期OL大河小説!」とある。なんじゃそれはという話ですな。

ということで、思わず手にとって購入。<購入したんかい!(笑)

1983年、会社を退職して故郷に帰る予定だった主人公の若いOL青子は、送別会で上司に連れられて入った銀座の超高級寿司店で、初めて食べた江戸前寿司の味に衝撃を受け、同時にそこで働いている若き職人一ノ瀬にほのかな恋心を抱く。そして彼女は、自分で稼いだ金でこの超高級店に通うために、このまま東京で生きて行こうと決心する。時はまさにバブルが始まらんとする頃。そして小説は、83年から92年まで、激動のバブル期に翻弄されながらも時代を駆け抜けた、青子の仕事と恋の遍歴を追いかけてゆく。

バブル期の世相は若干実体験ではなく本で読んだ話のような気もするなあと著者紹介を見てびっくり。著者の柚木麻子は1981年生まれ。小説の始まり、1983年にはまだ2歳じゃないか(笑) 小説では、自分が育ったより一世代前の社会を描くのが難しいというが、やはり若干の無理があるかな。それでもあれこれ資料が読み込まれており、よく書けている。

寿司についても巻末に「次郎本」始め何冊かの参考文献が挙げられ、著者の勉強の跡がうかがえる。これらの本は全て私も読んだことあるが、ただ、寿司関係の記述には(私自身も80年代の寿司屋なんてほとんど知らないが)若干の違和感ある点が散見されるのも事実。

寿司屋のカウンタでお握りを作ってもらう常連のジイサマの話。同様の事は伊丹十三のエッセイでジョークとして描かれているが、本当にそんな店があるかね。小説の寿司屋は、握り鮨が全て手渡しされる銀座の店ということになっているが、これまた銀座にそんな店があるかなあ。寿司種についても、コハダ新子やマグロのヅケが復活してきたのは割と最近の話、バブル期にそんな種が珍重されただろうか。「三厩のマグロです」という記述もあるが、マグロの産地をあれこれ詮索する習慣も、バブル期の後になって「寿司マニア」が出てきてからのように思えるのだが。

思うに、バブル期の寿司屋を振り返るなら、最近の「寿司本」より、ごく初期のマスヒロの「東京味のグランプリ」や、池波正太郎や山口瞳を参考にしなければならないのでは。

もっとも、「握りを全て手渡しする寿司屋」というコンセプトは、この小説世界を支える重要なファクターとなっており、実に効果的。最初に会った時に衝撃を受けた一ノ瀬の手の美しさ、そして小説のラスト、寿司カウンタで心が揺れ動くちょっとエロティックなシーンは、この設定が無ければ成立しない。もちろん題名にも影響を与えている、この小説の中心ともいえる官能的なアイデアなのだ。

全編を通じてなかなか面白かった。寿司好きの女性が読むと面白いんじゃないかな。

「握り手渡し」に関しては、私は箸で食べるので、いったんつけ台に置いてほしい派。実際にすべて手渡しする「すし游」という店が浅草にあり、「沈み込む」ほど柔らかく握っているからだというが、個人的にはそこまで柔らかく握ってもらう必要は感じない。手に乗せた握りを箸でつまんだら、そこの親方は怒るだろうなあ。<オイ(笑)





「伊丹十三の本」再読
過去日記にも書いたけれど、このところ暇があればDVDで、伊丹十三の監督作品を見返している。

そして、昨夜、本棚からふと再発見した「伊丹十三の本」を読み返すと、これがまた実に懐かしくも興味深く、つい読みふけってしまった。

昔、感想書いたはずだと過去ログ探すと、2005年6月15日であった。なんだかほんのちょっと前のような気がしたが。

俳優にして映画監督。映像作家としてCMやドキュメンタリーも制作。デザイナーであり、エッセイスト、イラストレーターでもあった才人。 プライベートではファッションも車も音楽も料理も好きだった、何事にも確固たるプリンシプルのある人物。

若き日の未公開写真、映画「お葬式」の舞台にもなった湯河原の家、愛用品の数々、妻や息子への書簡集、スケッチ、映像作家としての作品記録、親交のあった人のインタビューなど、この本には偉大な才人にして趣味人であった「伊丹十三なるもの」が満載だ。エッセイでお馴染、ネコのコガネ丸が背中を按摩する処の写真なども、「ああ、これが」と思わず感嘆の声が出る貴重な記録。

伊丹十三のエッセイでは、「ヨーロッパ退屈日記」を始めとして、「女たちよ!」、「再び女たちよ!」、「日本世間噺大系」、「小説より奇なり」など昔実に熱中して読んだ。

初監督作品の制作過程を自ら記録した「「お葬式」日記」も素晴らしいドキュメントだったなあ。最初に買った本はほとんど散逸したが、新潮文庫で大部分再版されたので、大部分は復刻版で手元に。ただ残念なのは、「フランス料理を私と」がどこかに行ってもう手元に無いこと。写真満載のよい本だったしもう一度読んでみたいが。Amazonで中古品を買ってみようか。

そうそう、暖かくなったら、愛媛県松山市の伊丹十三記念館に行ってみようとも思ったのだった。


「WORLD WAR Z」を読んだ
映画、「ワールド・ウォーZ」
Amazonで、
「WORLD WAR Z(上)」
「WORLD WAR Z(下)」の2冊をKindke本としてダウンロード。一度購入すれば、iPhoneでもiPadでもPCでも同じ本を共有し、前回までに読み進めた続きから読書を続けることができる便利さ。

著者のマックス・ブルックスは映画監督メル・ブルックスの息子。架空のゾンビ対応マニュアル「ゾンビ・サバイバル・ガイド」で小説デビューしたが、本書はその構想を更にふくらませ、インタビュー形式の小説に発展させたもの。

突然発生した死者をゾンビ化する疫病は、またたくまに世界に蔓延し、死者の大群が人間を襲い始める。

世界のあちこちで、都市が壊滅し、政府が転覆し、人々はゾンビに襲われ、そしてゾンビ化して人間を狩る存在になる。しかし破滅の淵まで追いつめられながら、人類は世界の各地で、ゾンビ達の掃討に向かって立ちあがる。

成功した地域も、失敗して滅んだ地域もある。ゾンビとの世界戦争にほぼ終結の光明が見えてきた時代、世界の様々な国で、ゾンビとの戦いに関与した、一般人や兵士、将軍や政治家など、あらゆる種類の人々を著者がインタビューするという体裁で、架空の物語をノンフィクション仕立てにした小説。

インタビュー集として、様々な人々が、自らの主観でゾンビとの世界大戦の悲惨と混乱を語るという着想が実にリアルで面白い。ゾンビが世界に蔓延しだした時、何が起こるかという思考実験が丹念に重ねられており、人々がそれぞれの視点で語る作品世界に深みを与えている。

映画でのストーリーとはかなり違うが、小説は小説で違った面白さあり。映画もこのようなドキュメンタリー仕立てで制作しても、奇妙なゾンビものとして立派に成立したとは思うが、そうするとブラッド・ピットが出演する見せ場が無くなってしまうからなあ。

読み終えた巻末に、「この本を着想する源となった三人」への献辞が挙げられており、そこに「スタッズ・ターケル」の名前を見つけて、「ああ、そうだったのか」と納得。

ターケルはピュリッツアー賞受賞のノンフィクション作家。特に市井の一般市民に話を聞いたインタビュー集が有名。「仕事(ワーキング)!」は、市井のアメリカ人に自分の仕事を語ってもらうというインタビュー集だが、冒頭のレンガ積み職人の話は「神田鶴八鮨ばなし」に出てくる職人話のような趣があり、今でも覚えている。

「人種問題」でも、アメリカの人種差別問題について、市井の名もなき人の本音をインタビューで聞き出す。「街では走らないようにしている。何もしてなくても警官が追い掛けてくるからさ」と語るシカゴ育ちの黒人の話や、南部で生まれ育って生粋の差別主義者だったが、ある日、「俺は金持ち白人に利用されてるだけだ」と気付いて回心したレッドネックの話、話の相手が白人だからと気を許して有色人種をボロカスに言う白人など、実に興味深いインタビュー満載だった。

マックス・ブルックスは、ゾンビとの世界大戦という架空の世界に生きた人々のインタビュー集を、スタッズ・ターケルのインタビュー集を意識してフィクションとして作り上げているのだった。

献辞の最後に名前が挙がっているのはもちろんゾンビと言えば最初に名が挙がるあの監督。

「ジョージ・A・ロメロの天才と恐怖に」





「私たちがプロポーズされないのには、101の理由があってだな」
通勤時に聞いている、宇多丸の「ウィークエンド・シャッフル」Podcastで、ジェーン・スーなる女性がゲストに来て自著の紹介をしてたのだが、これが実に面白かった。ジェーン・スーは筆名で、実際は日本人。目下売り出し中で、「たまむすび」Podcastにも出演していたので、Amazonで本を発注。

「私たちがプロポーズされないのには、101の理由があってだな 」がその本だが、到着して読んだら番組での語り同様に面白い。題名の最後についた、或る意味余計な「あってだな」が、この本で扱われる女性達の心性を何ともいえず凝縮しているような気がする(笑)

「未婚のプロ」、「自分ジャンキー」と自称し、「独身は麻薬(シングル・イズ・ドラッグ)!」と唱える著者が、「同族の友人達」と、「なぜ私達は結婚できないのか」を語り合い、リストに書き出していった時の体験が元だというが、自分達の恋愛がいかにして失敗したか、「それをやっちゃいかんよ」と自虐ツッコミを入れながら語る趣向が面白い。女性が読んで、「あるある」ネタとして笑えるような「話芸」になっているのだ。

例えば「発言小町」に「私は悪くないですよね?」と書いてる女は、「100%お前が悪い」と断言しても過言ではない愚かさだが、自分達のしでかした間違いを振り返って笑い飛ばすこの著者のレトリックは、軽やかな知性を感じさせてなかなかよい。

「101の理由」に並んでいるのは例えばこんな項目。

・彼が連れて行ってくれるレストランで、必ず空調や店員の態度にケチをつける。
・誕生日やクリスマスに、彼の好みを変えようとするプレゼントを贈ったことがある。
・車、ゲーム、スポーツなど男の領域に詳しすぎる。
・彼の方が稼ぎが少ないことをあなたはなんとも思っていないが、買い物に一緒に行くとあなただけ大人買いをする。
・『アルマゲドン』を観て泣いている彼を、馬鹿にした。
・正直に言えば、ひとりで生きていける自信がある。
・そろそろ「初めて経験すること」が仏門に入ることだけぐらいになってきた。
・病めるときも健やかなるときも、バカ笑いができる女友達に囲まれている。
Amazonの書評でも総じて大好評。この手の本は、女性に嫌われては終りであるから、同性には嫌われないように、ずいぶん気を使って書いてる気がするな。もちろん男性として読んでも面白い。若干居心地悪いのは、この著者の頭のよいレトリックは巧みで、男をも怒らせないように注意深く書いており、この本をくさすと、極めて器の狭い男と思われるのではないかという危惧が頭をかすめるところか(笑)

ただ、この本を読み進めると感じられるのは、この本が、「わたしたちのような未婚のプロにならないで」という女性への親切な警鐘を鳴らしているのではない事。

むしろ、この本に書かれた自虐は「メタな構造」になっている。この未婚のプロ達は、自分達のことを「私達って馬鹿でしょ」と自虐をこめて笑い飛ばす。この部分は、女性にとって共感できるよう、面白おかしく書かれているのだが、しかしその自虐の森に更に分け入って行くなら、そこに見え隠れするのは、「ヘタな男達よりもこっちのほうが稼ぎも教養も上なんだよ」というどこか男を閉口させる女達の身も蓋もないプライド。それこそ、ジェーン・スーの持ち味であり、自分ジャンキーたる所以でもあるのだが。

まあしかし、仲良しの女友達のことは馬鹿にしないのに彼氏を馬鹿にしたら、それは彼氏もよい気持ちしませんわなあ(笑)

ひとつ言えるのは、因習深く頑迷固陋なイスラム諸国に比べたら、日本は、いったん社会に場所を見つけた独身女性には、まさに天国のような国だという事。この本の著者をうらやむ女性達も多いことだろう。

安部公房と「ひかない魚」
今週の週刊文春、「阿川佐和子のこの人に会いたい」ゲストは山口果林。昔から活躍している女優であるが、ちょっと前に、安部公房との長い間の愛人関係を描いた自伝を発表して、また一躍時の人に。以前、書店の平積みでその著作、「安部公房とわたし」を手に取ってパラパラ読んだ時は、なかなか興味深かったのだが、安部公房自体にあまり興味が無かったせいもあって、結局買わずじまい。

その際に思い出したのが、「ひかない魚―消えてしまった「きよ田」の鮨」にも、そういえば、安部公房の話が書いてあったなということ。

「ひかない魚」は銀座にあった有名な寿司屋の主人(雇われだったとも聞くが)であった新津武昭が、店の常連であった著名文化人の事を、プライバシー問題は大丈夫かと心配になるくらい、あれこれ語ったエッセイ。安部公房も客であったらしい。新津は、公房が亡くなった時、この店の常連であった作家の辻邦生が御通夜に行き、新津に「安部さんのところに綺麗なお嬢さんがいたんだよ」と言ったと語り、こう続ける。

辻さんああいう人だから、お嬢さんだと思い込んでる。カノジョですよ。後で他の人から聞いたんですが、女優さんかなんかだったらしい。

もうその当時から一部では有名な話ではあったらしいが、しかしまあ、顧客の事をこんなにペラペラしゃべってはイカンよなと再び思ったのも事実なのだった。


「失踪日記2 アル中病棟」
「失踪日記2 アル中病棟」読了。

前作の「失踪日記」は、漫画家の吾妻ひでおが、鬱を発症し、家から突然失踪してホームレスになったり、アルコール依存症になって精神病棟に入院したりの顛末を自ら描いたエッセイ漫画。

今回の作品は或る意味その続編であり、前回あまり描き込まれなかったアルコール依存症治療病棟での入院生活を克明に描いたもの。しかし、前作からもう8年も経つのか。

前作は、雑木林の中で原始人のように野宿し、ゴミ捨て場を漁って捨てられていた天ぷら油を飲んで空腹をしのいでいたなど、生活の破天荒ぶりが逆に突き抜けた明るささえ感じさせたが、今回の作品は閉鎖的な入院生活が舞台で、随所に死への言及があるなど、若干暗い印象。吾妻ひでおも既に60歳を過ぎているから、年齢も反映してるのだろうか。

凄まじい症状が描かれるアルコール依存症は、単なる大酒飲みとは明らかに違う領域。朝目が覚めた時からずっと飲み続け、まず食物は受け付けなくなり、酒だけでカロリー摂取するように。吐いては飲みを繰り返し、やがて酒すらも胃が受け付けなくなるのだが、アルコールに対する禁断症状は凄まじいので、吐きながらも飲酒を止めることができない。このような連続飲酒の末に死の寸前まで行って倒れ、病院に担ぎ込まれる。

アルコール依存症は心の病であり、意志による完全な断酒しか治癒の道は無い。ほんの少しでも飲めばまた元の黙阿弥で、必ず連続飲酒に陥るのだという。これを「トリップ」と称し、この本でも退院してはまた連続飲酒に陥って再入院する患者が後を絶たないことが克明に描かれている。

アルコール依存に関しては、吾妻ひでお本人と、これまた依存症であった鴨志田譲の妻であった西原理恵子、そしてアルコール依存を克服した元患者の対談形式で、自身や身内が経験したアルコール依存の実態を語る、「実録! あるこーる白書」の感想を以前に書いた。

それまで問題なく飲酒していたのに、何かの拍子に坂を転げ落ちるようにアルコール依存になる酒飲みもいるという事。そしてアルコールに起因した鬱病状も、いつ誰がなるかは分からないという酒飲みには恐ろしい話が語られていた。

「完全主義者は身を滅ぼす」という表現が本書には出てくるが、物事を突き詰めて考え、自分で自分の退路を断ってしまう人が依存症になりやすいのだという。

依存症になって、お酒を適度に楽しむ人生が打ち止めになってしまうというのは厳しい宣告。依存症にはなりたくないもんだ。

ということで、アルコール依存症チェックを。

「正常な範囲にあります。まずひと安心。」と出た。安心じゃないの(笑) ただ、このチェッカーはちょっと甘い気がするな(笑)「うさ晴らしを酒ばかりに求めず、ストレスは別の方法で発散し、むしろ飲酒は楽しい人づき合いや食事などのために役立てたいものです」 とのコメントも。ま、誠におっしゃるとおり(笑)。

時代はいよいよ「カラスヤサトシ」か
Amazonから届いた、「カラスヤサトシの初体験」読了。

著者が書いたあちこちの連載を集めたものだが、初めて経験した「バイト」、「サーフィン」、「キャバクラ」などの体当たりルポルタージュと、著者の日常がごった煮になって、相変わらずの「カラスヤ」ワールド全開。

「モテないのではない モテたくないのだ! !」 を読んだ時の感想にも書いたが、日常に潜むささいなことを見逃さないオタク的観察眼と、自身と世間との微妙なズレに対する鋭敏な自虐が織りなす不思議な味わいが実によい。「カラスヤサトシ」第一巻の名コピー「キモカッコ悪いが癖になる」は実に秀逸に作者の芸風の面白さを切り出している。自虐が笑って読める芸にまで昇華しているところがよいのだ。

カラスヤには、他にも究極のカレー店を探して歩くルポルタージュ漫画、「カラスヤサトシのびっくりカレー おかわりっ!! 」などでB級グルメ界レポートにも積極的に進出。

そして、Amazonを検索してたら、なんとこの10月に一気に3冊も新刊が出る。時代はもうカラスヤサトシだなあ(笑)。

「カラスヤサトシ(7)」

「オレなんかが親になって大丈夫か?」

「大カラスヤサトシの大発明大王」

いずれ東海林さだおが引退したら、週刊文春の「タンマ君」も週刊朝日の食べ歩きエッセイも、カラスヤサトシになっても不思議ではないと思うのだった。


「鎮魂 さらば、愛しの山口組」
書店の平積みで見つけた、「鎮魂 さらば、愛しの山口組」読了。

元山口組構成員、本物の極道だった「伝説のやくざ」盛力健児が書いた自伝。若い頃からやんちゃくれで、腕っ節が強く、一本気で義理人情に篤い男は、極道者の素質を備えていた。もちろん、これだけでは「良い」極道になるためには不十分。暴力によって善悪を簡単に逸脱する黒光りした「悪さ」、「凄み」が無ければ極道稼業で生きてはゆけない。

半グレで極道とも付き合いながら白タクをやってた若い頃の著者のエピソードはその点で実に印象的。粗悪な改造車を売り付けられて、その会社に文句を言うと、「山口組も知っとる」「文句あったら来んかい」と脅されて頭に来た著者は単身で殴りこみに行く。その描写が凄い。
ドア開けるなりその息子が「待ってくれ」言いよったけど、その時はもう顔面に俺の右足が飛んでるわな。後ろのウィンドーまで吹っ飛んで終いですわ。その頃は元気な盛りやし、足もボンボン上がるし、昼間は鋼材運んどるからパワーもあるしね。そりゃ素人はたまったもんじゃないですよ。
これで警察に捕まるのだが、有望な若い者と見た極道から勧誘され、やがて三代目山口組の若頭だった山本健一から杯をもらい山健組に。しかし、田岡組長が襲撃されたベラミ事件で、相手団体への報復を行い、16年という長い懲役を受ける。

その間に、山口組三代目田岡一雄組長は死去。直属の親分だった山本健一も死去。田岡を継いだ四代目竹中は射殺。懲役を終えた時には、自分よりも元々は格下であった渡辺芳則が五代目の山口組組長となっていた。

山口組幹部にも、頭脳派やしのぎに長けた経済やくざが台頭しており、古参だったにもかかわらず、愚直な武闘派である盛力健児は、政治的にあれこれ動く権力闘争にはあまり強くなかった。五代目六代目の山口組の直参となり、盛力会を率いて、周りからは恐れられたが、それ以上の出世はしていない。

しかし、この本は普通では覗いしれない極道の世界をドキュメントとして克明に描き出しており、実に興味深いもの。特に、五代目渡辺芳則から六代目司忍への権力承継の真相を暴く部分は迫力あり。渡辺が若頭である宅見の射殺に深く関わっており、権力継承は、その「子殺し」の証拠を突きつけた若頭、司忍が行ったクーデターであったという謎解きがされている。

この承継式の模様は、以前Youtubeに上がっており、山口組六代目組長継承式に感想を書いたが、この動画はもう見れなくなっている。実に興味深かったのだが残念。

その他、昔の大阪府警は殴る蹴るの無茶苦茶な取調べで極道にも恐れられていたことや、キャバレーやクラブへの極道の深い関与、拳銃所持も昨今は大変な厳罰が来ることや、極道としての筋の通し方など、堅気にはまったく知ることのない珍しい話が満載で、なかなか面白かった。

山口組の裏面以外に興味深いのは、この聞き語りによる自伝が、戦後の山口組を巡る暴力団史を俯瞰する壮大なドキュメントにもなっていること。戦争から復員して職が無かった者の中には極道になる者が大勢いた。やがて街の愚連隊をも取り込み、経済発展につれ裏社会はより巨大に更に大きな利権に食いついて行くことになる。

山口組が昔は港湾荷役に関わっていたのは有名だが、土木の世界、護岸建築や砂利砂採取でも常に裏社会の影がちらつく。関空や中部国際空港では、山口組や弘道会が大きな利権に食いついて途方も無い利益を上げたのだという。

自民党政治は土建政治だから、官僚・政治家が利益を分けあう下部構造には、更に極道という暴力装置が長年存在してきた。自民党政権下で東京オリンピック招致が決まった。これから始まる巨大な土建工事にも、また裏社会が深く食い込んで行くことになるのだろうか。

「クレイジー・ライク・アメリカ: 心の病はいかに輸出されたか」
週刊文春の書評で見た、「クレイジー・ライク・アメリカ: 心の病はいかに輸出されたか」をAmazonに発注。日曜の朝にポチったらその日の夜に届いた。Amazonの物流扱うヤマト運輸恐るべし(笑)

この本は、精神医療の分野を扱ったノンフィクション。著者はアメリカ人ジャーナリストで、原題は「Crazy Like Us」。

アメリカ精神医学会は「Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders」、「DSM」と呼ばれる精神障害に関する統一ガイドラインを策定。これが実際には、精神疾患に関する世界標準の診断基準となっている。

しかし、精神の疾患やその病態の現れの違いは、世界各地固有の風土や文化、社会史や生活史と密接な関連があるのではないか。「医療のグローバル化」の名の元に、アメリカ社会だけでの知見による診断マニュアル「DSM」を全世界で画一的に使用する事は、様々な地域固有の症状をもアメリカ流のバスケットに放り込んで「癒し」を固定化する事にしか役だっていないのではないか。「DSM」の画一的利用は、逆にアメリカ発の心の病を輸出していることに他ならないのではないか、というのが著者の主張。

例として挙げられる話題に関する解説は丹念で実に興味深い。

「香港で大流行する「拒食症」」では、香港の精神科医が、元々、香港文化圏では、欧米基準で言う「肥満恐怖」からの「拒食症」に当てはまる症例は報告されていなかったと述べる。しかし、カレン・カーペンターの死や、ダイアナ妃の摂食障害の報道がメディアを賑わし、「拒食症」とは何かと言う解説がメディアに充ち溢れると、不思議な事に欧米型の「拒食症」症例が増加してきた。これは、発見されていなかった症例が明るみに出たのか? それとも、香港の女性達は、自らのストレスによる体調不良を説明できる「拒食症」という欧米発の新たな病気を、メディアの報道により「発見」したのではないか? この洞察はなかなか興味深い。

「スリランカを襲った津波と「PTSD」」は、インドネシア大津波後のPTSD(心的外傷後ストレス障害)を扱う。

悲惨な事件や大災害が起こると、メディアや有識者は「心のケアが大事」と書きたてる。インド洋大津波後には、「PTSDで大変な事になる」と(もちろん基本的には善意からだが)欧米の精神科医が現地に殺到した。しかし、現地語がまったく話せず現地の文化も理解していない欧米の医師達が、鵜の目鷹の目で治療すべきPTSD患者を現地で探す活動は、結果的に顕著な成果を上げたとは到底言えない。これは単に言葉の壁なのか、あるいは「DSM」マニュアルが通用しない文化があるということなのだろうか。

日本人にとって衝撃的なのは「メガ・マーケット化する日本の「うつ病」」の章だろう。

そもそも日本での治療薬の治験には膨大な投資が必要。日本人はアメリカ人ほど精神科にかかる習慣がなく、精神疾患に薬を飲むのも好まないという常識が1980年代までは存在し、うつ病治療薬「プロザック」が日本での治験を行わなかったのも、欧米製薬会社が日本をうつ病治療薬のマーケットとして捨てていたからだという。

しかし、「パロキセチン」というSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)を開発した英国グラクソ・スミスクライン社は、日本を有望なマーケットとみなし、巨額の投資をして積極的なマーケティングを行った。「うつは心の風邪です」というのもその宣伝文句の一環。日本人の深層心理にある「精神病の薬」への忌避感を取り払い、風邪を引いた時に誰でも飲むように、抗うつ剤を服用するように勧めるキャッチフレーズ。また、上記のキャッチフレーズとはある意味逆行するのだが、うつが自殺に至る病だと大きく宣伝した事も大きい。

SSRIが販売されると、世界各国で軒並みうつ病患者が増える。そこには製薬会社の巨大な金をかけたキャンペーンが影響しており、SSRIの導入した各国で、うつ病の患者が倍増するという経験則があるのだそうである。日本ではすでに100万人以上が服用している。

まあ、基本的に新薬が発表されると、盛んに対症療法的適用例が増えるので、服用患者も増えるのは、糖尿病や高血圧の薬でも同じ事ではある。それで治れば文句はないが、問題はSSRIが本当に効くのかということ。

著者によると、うつ状態にある人はシナプスにおけるセロトニンの濃度が低下し、セロトニン受容体にセロトニンが作用しにくい状態となっているという「モノアミン仮説」には既に否定的な反証が出ており、SSRIの薬効についてもプラセボ(偽薬)と同じか、ほんの少しマシな程度しか効かないという治験データも次々に提出されているのだという。

欧米流の「DSM」による画一的診断と薬剤大量投与治療は本当に精神疾患の解決になるのか。精神疾患診断のグローバル化と巨大ビジネス化が世界に与えた衝撃を俯瞰する実に興味深い本だった。

Webには「うつ病の怪 「悩める健康人」が薬漬けになった理由 『生活習慣病としてのうつ病』 井原裕氏インタビューという興味深い記事もある。

また、このSSRI販売のための一大キャンペインは、欧米の巨大タバコ産業が、いかにしてニコチン中毒者を作り出すことに精を出していたかを描いた映画、「インサイダー」をも思い起こさせるもの。欧米列強の連中は、産業革命の昔から、世界をまたにかけてさんざん悪い事してきたから、「悪」の格が日本なんかとは比較にならないものなあ。


「風の谷のナウシカ 全7巻函入りセット」
この週末は体調がイマイチで、台風も来て雨降り。時間をもてあましたので、「風の谷のナウシカ 全7巻函入りセット」を本棚から引っ張り出してきた。

特段、宮崎駿ファンでもジブリ・ファンでもないのだが、この本は、アメリカに住んでた頃にふと読んでみたくなり、Amazon.co.jpに発注し日本から取り寄せたもの。アニメのほうはずっと前に観たが、このコミック版は2巻まで読んだものの、その後を読みそびれてしまった。そのまま帰国時に日本に持って帰ってきて本棚にあったが、今回続きを初めて読んだもの。いったい何やってるのやら(笑)

しかし、一度読み始めると引き込まれて7巻まで一気に読了。アニメ版よりも話は更に進み、ナウシカはなぜこの世界がこのような世界となったかの更なる大きな秘密に向い、直面することになる。

火の7日間と呼ばれる世界大戦で技術文明が崩壊し、地球は汚染にまみれ、文明のたそがれを生きる人類。王家の家督を巡る血なまぐさい確執、不死を願う権力者の飽くなき欲望、狂った王女、敬愛する姫のために命をかける家臣達など、描かれるモチーフはある意味類型的ではあるのだが、宮崎駿は様々な題材を自らのストーリーに取り入れるのが実に巧みで、息を飲む物語に仕上げている。

火の7日間の直前、地球と人類復活を図って立てられた壮大かつ禍々しい地球再生計画。その予定調和には背を向け、あるがままの環境と共存して生きる道を選び、「命は闇の中のまたたく光だ」と叫ぶナウシカは、慈悲と破壊の二つの顔を持ったアンビバレンツな女神。

彼女は暗黒面に沈んだ者を希望に再生させ、しかし、何者かが古代より残した復活の計画には「否」と断を下す。善も悪も、正も邪も、清浄も不浄も関係無しに受諾し、「この世は生きるに値する」と伝える使徒。コミック最後のコマは、焦土を背景に「生きねば」との一言で終わる。20年前に描かれたこのコマが「風立ちぬ」に繋がっていたとは。

コミック版は、映画版よりも更にダークで奇怪なイマジネーションに満ち溢れているが、ただアニメ版はアニメ版として完結している。続編の噂もあったが、既に宮崎駿は引退。おそらくアニメでの続編は製作されることなく、アニメ版はアニメ版として、コミック版はコミック版として残り続けるのだろう。そして、それはそれでよいことのように思えるのだった。


「聖書考古学」を読んだ
「聖書考古学 - 遺跡が語る史実 (中公新書)」読了。

旧約聖書の記述には、果たしてどれくらい歴史的事実が反映されているか。聖書のエピソードを裏付ける考古学的知見はあるのか。なかなか興味深いテーマ。

世の中には逆に、「聖書は無謬である」、「聖書は神の言葉であり、書かれている事は全て事実であるる」という前提でその証拠を探そうという人も多々いる。「ノアの箱舟発見」、「モーゼが紅海を渡った際、追ってきて海に沈んだエジプトの戦車の残骸が見つかった」など、欧米のタプロイド紙を時折飾るセンセーショナルな記事が大抵そうだが、この手のキリスト教原理主義者が発見したという「事実」は、たいていその後は検証報道がされない、要するに学問的価値のないデマに過ぎない場合が多いのだ。

たとえ信仰を持っていたとしても、聖書という文献の史実性を批判的に読み、考古学的事実とどのように符合しているかを丹念に検証してゆく事は可能であり、昨今ではユダヤ、キリスト教への信仰を持ちながらも、学問として聖書の考古学を研究する学者も増えているのだとか。

ただ、判明してきているのは、シナイ半島にはそれなりに古代に遡る遺跡はあり、ある部分で聖書の物語の記述を裏付けるような痕跡もあるものの、旧約の記述の真実性そのものを完璧に証明する考古学的知見はほとんど無いということ。有名な、アブラハムの物語や、モーゼの出エジプトにしても、その時期や経路を裏付ける考古学的な史料はない。むしろ分かるのは、旧約聖書の様々なエピソードには、古いシュメールやエジプトの伝説が反映している部分があるのではということ。しかし、そのような考古学的な知見をフィードバックする事により、逆に聖書の各編がどんな目的で、どのような時代に編纂されたかを逆に照射することも可能となる。

ジークムント・フロイトは、ユダヤ一神教には、エジプト王朝で唯一一神教を信仰した異端の王、イクナートンのアトン信仰が反映されており、出エジプトの伝説も、テーベの放棄が反映されているのではと、「モーセと一神教」 で書き残している。

そして今後とも、聖書学と考古学が地道にその知見を積み上げ、批判的に全ての知見を検証することにより、このような説も含めて、原始ユダヤ教の成立やユダヤ王国の発展、旧約聖書の成立について、更に新たな発見があるのではないかとも思えるところ。もっとも現在の政治的状況を見ると、エジプト、イスラエル、パレスチナ、中東に平和が訪れなければ、考古学的な研究がこれ以上進展するかどうかも分からないのだが。


「チェルノブイリ・ダークツーリズム・ガイド 思想地図β vol.4-1」
「チェルノブイリ・ダークツーリズム・ガイド 思想地図β vol.4-1」(東浩紀編)読了。

事故から四半世紀を経たチェルノブイリ近辺では、事故を起こしたチェルノブイリ原発付近を「観光」として案内するツアーがあり、業者がいる。これはそのツアーで、福島原発事故後にチェルノブイリを訪問した記録。現地で撮影した写真も満載。

悲惨な事故や事件が起こった場所を観光として訪問して、それを深く記憶に留めようという「ダークツーリズム」という概念も実に興味深い。そして、現地で会った、チェルノブイリ近隣に今も住み、そこで生活する人々へのインタビューも実に印象的なもの。「チェルノブイリの森―事故後20年の自然誌」同様、チェルノブイリ近隣では、自然と共に、注意深く放射性物質と共存する人々の生活が営まれており、決して阿鼻叫喚の地獄ではないのだと深く得心がゆく。原発事故とその後の生活を知るためには是非書棚に一冊置くべき本。

ただ、ひとつ注文つけるとすると、チェルノブイリ事故の甚大さとその後のソ連政府のお粗末な対応について、せめて2ページくらいは割いて説明してもよかったのではということ。チェルノ事故の記憶は現地でも風化し始めており、「取材編」で元気に現地で生活している人々の声だけを聞くと、チェルノ事故の甚大さを過小評価し、かえって福島事故のほうを深刻に考えてしまうのではないかと危惧するところ。

この本を書棚に置くならば、福島事故前に書かれたチェルノブイリ事故を扱った本も、必ず一冊読むべきだ。

福島原発事故当初は、「レベル7」という尺度だけにこだわり、「チェルノブイリと同じだ!」、「福島はとっくにチェルノブイリを超えているのに!」とヒステリーになった人が多かったが、「原子炉の暴走―臨界事故で何が起きたか」や、「原発事故を問う―チェルノブイリから、もんじゅへ」等、一冊でも読んでいたなら、事故のレベルが違った事がすぐに分かったはず。

そして、この観点から気になるのは、この本、巻頭見開きの、福島事故とチェルノブイリ事故の比較。汚染地図は、福島と比較してチェルノブイリ事故の甚大さがよく分かるもので、なかなか優れた仕事。ただ、避難者数の比較に、「チェルノブイリ11万6,000人、福島14万6,520人」とあるのは奇妙だ。

これを見て、「福島のほうが避難者が多い」と早速ツイートしている人がいたが、同じ「ダークツーリズム」の69ページ「チェルノブイリ報道年表」では、事故当初「1986年に避難者13万5,000人」、「1989年にベラルーシで10万人が新たに避難」とある。単純に足したらこれだけで23万5,000人。福島の避難者よりずっと多いじゃないか。同じ本の中で避難者数に矛盾が生じているのはいただけない。

上記の、「原発事故を問う―チェルノブイリから、もんじゅへ」の取材では、1986年の事故直後の避難者が13万人。事故から3年後に初めて詳細な汚染地図が発表され、1991年のソ連最高会議で1平方キロ当たりセシウム137で15キュリー以上(55.5万ベクレル/K㎡)の汚染地帯からの強制避難が決定。新たに避難した者が27万人。避難者は合計40万人とされている。また、以前読んだ国連のチェルノブイリ報告では、55.5万ベクレル/K㎡以上の汚染地帯に住む人口が19万3千人ともあった。

当時はソ連邦崩壊の混乱期で統計もはっきりしない部分があるが、いずれにせよ、巻頭にある11万6,000人というチェルノの避難者は明らかに少なすぎる。少なくとも同じ本の中での数の矛盾は正さないと。再版では修正されることを望む。

そう考えてこの見開きの他の数値を見ても、どうも、極端な反核主義者がやる、嘘ついてもよいから素人を怖がらせて反核に引き込もうという「怖がらせ」バイアスのような態度が気になる。

燃料棒の数を、チェルノブイリ「1,661本」、福島「4,604本」としてるのだが、これを何も知らずに見たら、「福島はチェルノの4倍だ!」と金切り声を挙げる者が出てくるだろう。しかし、黒鉛炉とBWRとでは炉形も違い、燃料棒の本数は単純に比較できるものでもない。また、福島のほうには、メルトダウンには至らず、既にプールで冷やされている使用済み燃料プールの3,108本も何故か足してある。福島でメルトダウン起こしたのは、炉心にあった「1,496本」。チェルノブイリで反応度事故を起こし、木っ端微塵に吹っ飛んで、しかも減速剤の黒鉛に火がつき、数日間大気中に露出して燃え盛った燃料棒が「1,661本」と正確に伝えてくれなくては(笑)

事故機の数も、チェルノ「1」、福島「4」とある。まあ、確かに4つ壊れたとも言えるが、4号機は点検中で炉内は空っぽであり、メルトダウン起こしたのは福島では「3」機だ。4号機も水素爆発起こしたじゃないかというのなら、2号機は水素爆発起こしてないので、爆発した原子炉を比較するなら、やはり「3」が正しいのでは。

いずれにせよ、この本の見開きページにある比較数値は、なんとか福島の数字をチェルノブイリよりも過大に書いて「怖がらせよう」という意図を感じて、あまりフェアではない気がする。本自体の内容は実に興味深いのだが、この見開きだけは画竜点睛を欠く汚点だと思う次第。



世界が認めたニッポンの居眠り 通勤電車のウトウトにも意味があった!
今週の週刊文春、書評欄に、「世界が認めたニッポンの居眠り 通勤電車のウトウトにも意味があった!」の著者、ブリギッテ・シテーガが自著を語る記事あり。これが面白かった。

著者はオーストリア生まれだが、日本に留学した際、通勤時や仕事中に日本人がやたらに居眠りするのに衝撃を受けた。それに関する考察をドイツで出版し、それが日本語に訳された本。

私自身、かれこれ通算で10年アメリカに住んだが、アメリカ人は居眠りしないんだよなあ。通勤は電車ではなく車だったが、社内の長い会議や、あるいは国内移動の飛行機、コミュニティ・トレイン、バスなどでも居眠りしてるアメリカ人がいないと云う事を感じて、確か前に過去ログに書いた記憶あり。

日本人の居眠りについては、アメリカ人から聞かれた記憶もあって、それは、「わざわざ日本から来た偉いのが、なぜ我々が一生懸命プレゼンしてる時に居眠りしてるんだ」という事。有体に言うと、日本の偉いのは、英語も出来ないのが多いし、そもそも下々の言うことなどほとんど聞く習慣無いので、海外出張の場合は時差ボケがあり、居眠りすると思うんだなあ。

但し、そんな事は言えないので、「日本の偉いのは、日本流のメディテーションをして、眼を閉じて話だけは聞いている時がある。だから眼を開けると質問があれこれ来るだろう。油断したらダメなんだ」と言ってやると、「そういえば、寝てたと思った後でも質問はあれこれ来るよなあ」と、納得行ったような、行かないような顔をしてたっけ。

まあ、しかし、実際のところ、居眠りは日本だけの文化かとも思うところあり。例えば、日本のTVドラマでは、登場人物が居眠りするシーンはずいぶんあると思うが、洋画で誰か居眠りしてるシーンあったっけ。あまり思い出せない。ひとつには、タクシーで酔っ払って眠り込んでも、ちゃんと家に着くという日本特有の社会の安全もあるとは思うけれども。それにしても、この本は面白そうなので発注しなくては。


「思ってたウツとちがう! 「新型ウツ」うちの夫の場合」
「思ってたウツとちがう! 「新型ウツ」うちの夫の場合」読了。

著者の池田暁子は、以前、週刊文春でエッセイ漫画の連載を持っており、単行本も買ったし、最終回の時は、なんで終了するのかと過去ログにも感想を書いたものだった。独特の、ゆるく、ほんわかした雰囲気の作品は好きだったなあ。

しかし、この本は、池田がその家庭に抱えた問題を実録として描いたもの。結婚した当初は「いい人」だった夫がウツになり、働かず、あれこれと池田暁子にまとわりついては作品を徹底的にけなし、ダメを出しコントロールしようとする、「1ミリも尊敬できない人間」になってしまった顛末と、池田との衝突が漫画で克明に描かれる。「新型ウツ」は、まだその全貌が解明された訳ではないようだが、実に困った病気ではある。

ちょうど家庭で夫との葛藤に苦しんでいた時に週刊文春の連載が打ち切りになっているのだが、著者にはそれも大きなショックだったに違いない。実生活にそんな問題を抱えつつ、のほほんとしたタッチの作品を書き続けるのは大変な苦労だったろうなあ。

読者としてはまったく気付かなかったが、実生活まで知っている編集者には微妙な影響が感じられたのが交代の背景だろうか。しかし、夫の病状は完治していないものの改善過程にあり、池田のこの本にも、本来ののほほんとした「愛媛の楽天」がきちんと現れているように思えるのがホッとするところ。明日を信じて前向きに歩いて行こうという決意が好ましい。

代々女性が描いている文春の漫画連載を引き継いだのは、益田ミリ。最初は、いったいこれの何が面白いのかと疑問を抱いたが、最近、世界観に慣れてきて、熱量の低い不思議な面白みを感じるようになってきたのも興味深い感覚だ。


「小沢一郎 淋しき家族の肖像」
「小沢一郎 淋しき家族の肖像」読了。

著者は昨年の6月、週刊文春で、小沢一郎の妻が支援者に送った手紙を暴露。東日本大震災と福島事故の後、自らの選挙区である岩手を訪問することもなく、放射能の恐怖に怯えて避難しようとした小沢一郎について、「日本の為にならない人間とわかり離婚いたしました」と書いた手紙はなかなか衝撃的。

当時は小沢側近から、手紙が偽造であるとの発言もあったが、結局のところ明確な反証は無い。小沢自身も何も発言していないのだが、この著作では、岩手の小沢支持者の数々を著者が訪問し、何名もの支持者から、小沢妻からの同様の内容の手紙が来ているという証言を採取している。これを信じるなら、やはり奥さんは小沢一郎に愛想を尽かしたということなのだろう。

小沢の人間性が最低であることは、過去の数々の政治的な行状から推しても明らか。本著作では(前から報道されているが)、結婚前から続く赤坂料亭の娘との関係や、隠し子の存在、奥さんへの「お前には何も世話になってない。いつでも出てゆけ」などの発言なども明らかにされている。

ただまあ、政治家は公人であるとはいえ、ここまでプライベートな面を暴露されて叩かれると、若干気の毒な感もあり。

小沢は、田中角栄と金丸信に可愛がられて党人として権力を握ったが、二世議員でロクな社会経験もなく、人間性も最低で集まった手下は皆愛想尽かして去って行く。高邁な政策もない。あるのは自らの権力の維持拡大を図る権勢欲だけ。あちこちの政党を作っては、周りと衝突して壊してきたが、「生活の党」もほぼ断末魔で、もう後は消え去るのみ。今度の参院選が最後に引導を渡される機会になるのだろう。


「はなしっぱなし」を読んだ
以前に読んだ、「魔女」が実に印象的な作品だったので、同じ作者、五十嵐大介の作品をAmazonで検索。前に「魔女」を読んだ時はまだアメリカにいたんだなあ。時の流れるのは早い。

「はなしっぱなし 上」を発注。寡作な漫画家であるが、本書は幻だったデビュー作を復刻したものだという。

採録されているのは、どこか奇妙なテイストの掌編ばかり。彼岸と此岸に時としてかかる架け橋。日常にぽっかりと現出した異界を、五十嵐の絵は鮮やかに切り取ってみせる。目の前に放り出された謎の解は呈示されず、我々は大自然の精霊の働きにただ驚き、息を呑む。「魔女」に結実した奇想に満ちた五十嵐ワールドの萌芽は既にここにある。

作品はあれこれ賞を受賞しており、コアなファンだけでなく、もっと商業的にも成功してよい人だと思うのだがなあ。


「銀座のすし」
「銀座のすし」読了。

銀座の寿司屋紹介本。著者の山田五郎は、「アド街」で街紹介の薀蓄を語る解説でお馴染み。有名な銀座のタウン誌「銀座百点」の連載を本にまとめたのだとか。

しかし、銀座の名店を数々訪問しているものの、その仕事や味についてはまったく紹介なし。店の来歴や親父の修行経験や寿司哲学などの薀蓄を山田五郎が克明に取材して解説するというもの。この人は本当に講釈や能書きが好きなんだなあ(笑)。そして自分の感想や意見は注意深く隠されている。まあ、それがこの人の持ち味なのだろうが。

ただし世には既に数々の寿司本があり、それらに目を通しているなら、久兵衛、寿司幸、次郎、水谷、小笹寿し、青空、あら輝などの超有名店について山田五郎が語る能書きは、大方はもう全て知ってる事ばかりだろう。ただ、今まであまりメディアに出なかった店についてのあれこれは、なかなか面白いのだけど。

もっとも店の味や仕事を知るグルメ・ガイドとしては使えない。あくまでも、気楽に読めて店の来歴などの能書きや薀蓄を知ることができる文庫本なのだ。まあ、でも、こんな本もあってよいよなあ。



「横綱」を読んだ
「横綱」読了。

第45代横綱、初代若乃花から第70代日馬富士まで、歴代の横綱へのインタビュー集。ただしインタビューは2006年から行われており、すでに物故した横綱は勿論登場していない。初代若乃花は力士にしては長命だったからなあ。

現役引退後のインタビューであり、力士全盛から引退までの軌跡を振り返る様が、人によって様々でなかなか興味深い。結局優勝することなく24歳で廃業となった双羽黒の淡々とした述懐も印象的。同期で素質では何段階も劣った北勝海が、横綱として立派な実績を残したのとは対照的な相撲人生。

大器晩成型で年取ってから横綱になった隆の里の変人ぶりも興味深い。千代の富士は同時期に活躍したライバルだが、千代の富士人気が沸騰する頃行われたご当地の北海道巡業での力士トーナメント。地元の大声援を浴びて決勝まで進出した千代の富士を、隆の里は本気を出してつり出しで破る。大きな落胆の声が上がる会場。

兄弟子の初代貴乃花に「お前、負けてやらなかったのか」と聞かれて、隆の里は、「僕は勝ちに行きました」と答える。巡業でのトーナメントは花相撲で、勝ちを譲っても八百長ではない。むしろ地元力士に「花をもたせる」のが力士の心栄え。無骨で真面目ではあるが、ちょっとKYなところがある力士だったんだなあ。

逆に相撲という狭い世界の秩序を慮るような初代貴乃花の発言は、後年、自分の息子2人が優勝をかけて対戦する前夜、弟である二代目「貴乃花」に「明日は分かってるな」と声をかけたと伝えられているエピソードを思い出させるもの。この発言は逆に若貴兄弟の間に禍根を生み、やがて花田一家崩壊へとつながってゆくのだが。

武蔵丸のインタビューも、気は優しくて力持ちの素顔を彷彿とさせるもの。右膝を大怪我して決定戦に挑んだ二代目貴乃花が鬼の形相で勝利した一番でも、怪我人相手になぜか力が入らなかった、終わった後は相撲を止めようと思ったと語るところも印象的。

相撲取りは、関取になるだけでも大出世。そして横綱とは、その地位に登り詰めたら後はもう引退しか残っていないという、栄光と苦しみが交錯する相撲界最高の地位。伝統の残る古い社会で勝負に生きた成功者達の語る人生が、実に興味深いインタビューとなって鮮やかに描かれている。










「銀幕の東京」と「東京物語」
以前購入した、「銀幕の東京―映画でよみがえる昭和」を拾い読みで再読。古い映画に出てきた昔の東京の姿を解説した本だが、小津安二郎の「東京物語」に出てくる昔の銀座や下町の姿について述べたところがあって、懐かしくなり、DVDを取り出して映画の映像もチェック。

原節子が、はとバスに義理の両親を乗せて東京を案内するシーン。銀座四丁目辺りは、今でも当時の風情を一部残している。地下鉄の入り口の場所も同じだなあ。

松屋の展望塔に登ると、いまだ建物の少なかった銀座の街から国会議事堂が見える。そして、その後ろには丹沢山系が。おそらく晴れた時には松屋から富士山も見えただろう。左手にある大きなビルは、当時のマツダビルで、これが昭和41年に立て替えられて東芝ビルに。

しかしこの東芝ビルも老朽化して、消えつつある旧東芝ビルにも書いたが、現在建替え工事中。松坂屋も新しいビルになるらしい。銀座は戦前から小津が愛した街だが、「東京物語」に描かれたのは、戦災から復興しつつある新しい銀座。しかし、その銀座もまた次々とビルが建て変わりまた変貌しつつある。

この本には、荒川が、隅田川の氾濫を防ぐ為に、低地の下町に土手を盛り上げて作られた人工川で、そもそも荒川放水路と呼ばれたことや、新橋界隈にも昔は汐留川があり、銀座は四方に川に囲まれた土地であったことなど、昔の東京を知る興味深いエピソードが満載。

映画「流れる」に出てくるのは、「神田鶴八鮨ばなし」の修行時代にも描かれた花柳界。「州崎パラダイス」が描いた深川の州崎もすっかり変わってしまったが、今でも州崎神社は弁天橋のたもとに残っている。昔の日本映画を観て現在の街並みの昔を偲ぶのもなかなか興味深い。

「東京物語」を観たら、小津の映画をまた観たくなった。小津安二郎DVDボックスを引っ張り出してこなくては。


「パナソニック・ショック」 パナの凋落はパナだけの問題だろうか
「パナソニック・ショック」読了。

著者、立石泰則が以前書いた、「さよなら! 僕らのソニー」も実に面白かったが、立石は以前からパナソニックについても多数のルポルタージュを発表している。今回の本は、松下電器産業の歴史を振り返りながら、今回のパナソニック経営危機について、その原因がどこにあったのかを探ったもの。

松下幸之助が陣頭指揮を執って企業が繁栄した時代は問題なかった。しかし、幸之助が第一線を退いてからの松下電器の歴史は、松下家の影響力から脱しようとする会社経営側と松下家との暗闘の歴史。

山下社長、谷井社長の後を継いだ森下社長は、ビジョン無きリストラを敢行して松下の体力を削いだが、中村社長を後任指名する際、幸之助の孫、松下正幸副社長を副会長に棚上げにして、世襲問題にけりをつけたのが唯一とも言える功績。

しかし後を継いだ中村社長は、「中村改革」の名の下に、恐怖政治による独裁を行い、創造なき破壊を繰り返して、販売網も製品開発力も疲弊させ、プラズマTV撤退の経営判断にも遅れを取り、現在の壊滅的な凋落を招いたのだと本書は語る。

まあ、確かに経営の結果は数字に表れるので、7000億以上の赤字を出して経営者として言い訳はできない。ただ、プラズマTVは巨額の赤字を計上したが、シャープは液晶TVで巨額の赤字。ソニーの凋落も薄型TVが原因。

他社の失敗も考えにいれると、経営者が液晶/プラズマへの経営資源の配分を誤っただとか、撤退の判断を誤ったというよりも、TVを作ってももはや日本企業では利益が出ないという構造的な問題があるようにも思える。半導体生産も資本を超えて集約化が進んだ。というよりも集約化しなければ最早生き残りは不可能だった。そうすると、将来的に家電で生き残れるのも、日本で一社くらいになるのでは。