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97年から書き続けたweb日記を、このたびブログに移行。
伊丹十三の映画
先週号の週刊文春、「阿川佐和子のこの人に会いたい」には宮本信子が登場。松山に「伊丹十三記念館」がオープンしたことを語っていた。 四国の街はどこも、ポカーンと突き抜けたような明るさがあるが、一度訪問した松山も、静かな街並みに光が宿ってるような美しい場所だった。機会があれば、この記念館にも行ってみたいなあ。

同じくして、Amazon.co.jpに発注していた、「伊丹十三の映画」(新潮社)が到着したので、これまた一気に読了。以前に出た「伊丹十三の本」は、人間伊丹十三の全体像にスポットを当て、子供時代の思い出から、俳優時代、そして映画製作に乗り出した時代と、実に様々な角度からその人間像を再現するものであったが、この本は特に「伊丹映画」に関わった関係者達が、映画監督、脚本家、演出家としてのトータルな「映画人」伊丹十三を語りつくす企画。

セリフの一字一句まで練り上げられた脚本と、俳優の息継ぎにまで注文を出す丹念な演技指導。ベスト・ショットを掴み取るまで何度でも繰り返されるテストと、完成された画面への執拗なまでのこだわり。「伊丹十三DVDコレクション BOX」に収録された「メイキング・ビデオ」でも、随所に監督としてのいかにも「伊丹」ブランドらしいこだわりを見ることができた。そして、この本に収録の、山崎努、津川雅彦、宝田明、大地康男などの俳優のインタビューは、製作の現場で一緒に映画を作った者達の証言として、実に生き生きと伊丹流演出術の深さを語り、これが実に面白い。

巻頭の口絵ページには、映画撮影風景など写真が数多く掲載されているのだが、その中に、「マルタイの女」の主題歌として宮本信子のために伊丹十三が作詞した歌詞が掲載されている。結果的にこの映画に主題歌は作られず未発表に終わったのだが、これがどことなく寂しいものなのだ。その一部にはこうある。


でも
いつか別れの時がやってくる
ありがとう
僕なしで
しあわせな人生を
つかまえるんだよ


「マルタイの女」は、伊丹十三が自殺する直前に完成し、結果的に遺作となった映画。この歌詞は、宮本信子が手元に置いていたのだが、没後10年を経てこの本で初公開。同映画の中の津川雅彦の台詞にも、、「人生は実に中途半端な、そう、道端のドブのようなところで終るもんだよ」という、本人の自殺を投影しているかのような一節がある。自殺へと収斂していった彼の心象風景が、この歌詞にも投影されているのだとしたら、なんとも遣る瀬無いような、あるいは痛ましいような気のする話である。
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