97年から書き続けたweb日記を、このたびブログに移行。
VAIOのバッテリー購入
先週末にお亡くなりになったVAIOのバッテリーだが、SONY直販サイトでは前述のように在庫なく、Amazon.comで発注。もっともAmazon在庫ではなく、外部業者の販売。「New」とあるのに75ドルという破格の安値が気になるが、ヘタったバッテリーを個人的にリフィルして「新品」と称して売ってるのかもしれない。発注したら2日で到着した。

送り主が、NJに済む個人名というところがまた怪しいが、無地のダンボール箱に入っていたのは確かに同型のバッテリー。新品かどうかというのは外見ではサッパリ分からない。

一応、VAIOにセットアップすると充電開始。100%充電となってAC電源を外してみると、残量は約4時間半と表示される。インジケータがどれだけ信用できるか分からないが、一応使えそうな印象。

しかし、このバッテリーがお釈迦になると、アメリカでの新品入手はまた手間取りそうだ。今後は、「手に入りにくい消耗品」として、普段は使わず、外して大事に保管しておくか。なんだか本末転倒な気もするんだがなあ。
メキシコの飲酒検問
メキシコで夜の会食後のお話。メキシコ・オフィスで雇った日本人の運転でホテルに帰ろうとしてた時。夜もだいぶ更けてたのだが、交差点で警官が検問をしていた。仲間はおらず、なぜか一人で車止めてるような印象。

このスーパーマリオ似の警官に、ドライバーの彼が「酒飲んでるだろう」と言われ、路肩に停車を命じられる。私は勿論飲んでたが、運転してた訳ではない。その点は気楽だが、通訳兼ドライバーを失うと、今後の仕事にも支障がある。実際には、ドライバーの彼は運転があるからほとんど飲んでいない。大丈夫とは思うのだが、同乗していた社員と一緒に、離れたところでの彼と警官との交渉を見守る。

警官としばしの交渉の後、戻って来て彼の言うのは、「アルコール検査して、ほんの少しでもアルコールが検出されたら刑務所だ」、「8000ペソ払えば検査受けなくてよい」とのこと。ほんのすこしのアルコールでも刑務所とは、アメリカのDUIより厳しいが、本当にそんな規則かね。彼もそこのところは交渉したのだが、BACゼロ以外は刑務所だと強硬に主張しているとのこと。要するに金払えということか。8000ペソというと800ドル弱だが、同乗者誰もそんな現金を持っていない。更に交渉続けることに。

スペイン語で、再度スッタモンダやってたのだが、戻ってきて、「2500ペソ払ったらOK」まで値切ったとのこと。財布を見るに、私が100ドル、もうひとりの同乗者が1000ペソ持っていた。実際にはちょっと足りないが、為替レート考えたら同じだと、また再交渉している。しばらくして戻ってきて、「いや〜、解決しました」と。

免許証は戻してもらい、反則金の切符など何もなし。警官がくれた手書きのメモには、名前と金額と、なにやら記号みたいなものが書かれている。どこかでまた警官に捕まったらこれを見せろとのこと。最近ワイロ払ったことが分かると、「なんだ、じゃあ見逃してやる」となるらしい。

芸が細かいのは、この手書きのメモに有効期限が記されていること。ずっと放免ではない。おそらく警官が個人のポケットに入れるのではなく、警察署あるいは地域の警察全体でプールして、全員に賄賂を分配するようなキチンとした裏のシステムが存在するのではないだろうか。

後進国での警官の腐敗は、噂では聞いたことがあるが、実際に体験して、いや本当だったんだと妙に感心。「金の持ち合わせが無い」というと警官がATMまで連れていってくれるとも聞いた。どうせならクレジットカードが使えるとよいと思うが、さすがに裏金だからなあ。

私が払った100ドルについては、もちろん領収書がないし、会社では精算できない支出。メキシコ出張も余計なコストが必要だと、勉強になったことは勉強になったが。いやはや。
Lunar eclipse 月蝕
月曜の夜は、日本からの出張者を入れ、アメリカ人3名を含む6名で会食。何度か来た、会社近くのイタリアン・レストラン。アメリカ人が一人でも入ったら、会食の時でも、やはり日本語で話さないのがあるべき姿。海外に慣れた出張者なので、全編英語で通しても大丈夫なのが逆に助かる。

バカの一つ覚えで、Beefeaterのジン・トニックで始め、次はイタリア出身の部下がセレクトしたトスカーナの赤ワイン。アペタイザーは何品かをシェアして、サラダとシーフードのパスタを注文。食後酒にグラッパ。この蒸留酒も以前、イタリア系アメリカ人に教わって大好きなのだが、結構度数がきつい。

6時半に入ったのだが、店を出ると9時半近く。こっちで語りながら会食となると、たいして酒飲まなくても、まあ、だいたいこんな時間になる。

駐車場で夜空を見上げると、まるで怖いような、黄金色に冴え渡った満月。月が綺麗になってくると、もう秋だ。

東京からの出張者が、「今夜が確か、Eclipse(月蝕)だった」と。それは知らなかった。しかし、あの時間のあの空で、そのまま皆既月食だと、本当に素晴らしく綺麗だったろう。実際にはアメリカ時間の、本日早朝だったらしいのだが。


バッテリーのソニー・タイマー
自宅で使っているラップトップ、ソニーVAIOのバッテリーが急にお亡くなりになった。「あれ? 黄色いランプが点滅してるな」と思ったら、バッテリーが死んでもう認識されない状態に。

05年4月に購入したTYPE-Tというモデル。昨年、アメリカ上陸してから一度バッテリーがいかれて、新しいのを購入したのが去年の8月。新品のバッテリーにして1年4ヶ月しか寿命がなかったのだが、交換した新品もキッカリ1年でお陀仏。こんなことがあるから、「ソニー・タイマー」伝説が生まれるんだよなあ。

AC電源をつないだままだと、リチウムイオン・バッテリーは充電を繰り返すため寿命が短くなるのは理解している。SONYサポートページでは、バッテリーは、40%程度に充電して取り外し、冷暗所に置いておけと買いてある。しかし、そんな面倒くさいことをするのなら、ノートPCたる製品の意味がそもそも無いような気がするのだが。バッテリー外したままで使ってると、急な停電時に作業中データが全部消えてしまうのも心配だ。

個人的経験では、VAIOのバッテリーの寿命が一番短い。会社で使ってるノートPCもAC電源に繋ぎぱなし。出張の時だけ持ち出すが、別に問題ない。以前個人で使った東芝やNECのPCを思い出しても、バッテリーがこんな短い間に次々とお釈迦になったことはない。

まあ、バッテリーは消耗品で1年ちょっとで替えるのが世の常識だというなら受諾する。しかし、それならば、湯水のごとく途切れなく供給してもらわねばならない。以前使っていた同じくVAIO PCG-C1は、やはりバッテリーがお陀仏となり、ソニー・ショップに訊いたら、「このバッテリーは、もう生産中止で在庫ございません」とぬかす。

で、今回のバッテリーも、USのソニー直販サイトにアクセスして検索すると、すでにアクセサリーのラインアップから消えている。品番で検索すると在庫切れ。いつ入るか分からんとのこと。05年4月に買ったノートPCの「消耗品たる」バッテリーがもうありませんというのも、ちょっと納得行かない気が。

Amazon.comで検索すると、Amazon直売ではなく、聞いたことのない独立業者が同じ型番のバッテリーを販売している。以前購入した新品の半値以下で「New」と称しているのが不気味なところ。更にネットを検索すると、世の中には、死んだリチウムイオン・バッテリーをリフィルする会社があり、そこに死んだバッテリーを送るとチャージしなおして戻してくるのだとか。この会社のWebページもまた、なんだか胡散臭い感じ。しかし、持ち運びできないノートPCなど意味ないから、当面、バッテリーは不可欠。どっちにするか。

あと半年ばかり使ったら、VISTAに切り替えてPCも新しくするか。3台継続したが、今度はVAIOは止めたほうがよいかと考えているところである。

「反転〜闇社会の守護神と呼ばれて」
貧しい漁村に生まれた少年が、司法試験を突破して検事となり、大阪地検特捜部で経済事件を中心に、数々の大型事件で敏腕検事として注目を集める。しかし、政治に配慮する上層部との対立もあり、辞職後、所謂「ヤメ検」として弁護士を開業。バブル経済まっさかりの中、法曹世界と裏社会を知り尽くした彼は、ヤクザや政治家、地上げに狂奔するバブル紳士達の「守護神」となった。しかし、つかのまの栄華を極めた彼も、古巣特捜部の告発によって実刑判決を受けることになる。

元特捜検事、田中森一の自伝、「反転〜闇社会の守護神と呼ばれて」読了。実に面白い。

前半部分で面白いのは、著者の大阪地検特捜部時代の活躍ぶり。ヤクザとマル暴担当の刑事は見分けがつかないとよく言われるが、著者の検事としての捜査活動や取調べは、暴力団担当の刑事とあんまり相違がない。取調室で灰皿を壁に叩きつけ、「何ぬかしとんじゃ」と容疑者を怒鳴りあげる。まあ、法曹資格を持ったデカという感じだろうか。

犯罪追求に専心するあまり、検事時代の著者は、闇世界の住民を独自の情報源として活用するのだが、これが地検退職後の闇世界との深いかかわりの発端となってゆく。

全員が自家用のヘリを所有し、自己所有のゴルフ場を回る。1ラウンド数千万円が動く賭けゴルフ。電話一本で動く何十億円の金と株。ポンと渡される何百万ものプレゼントや弁護士報酬。バブル経済に暗躍した「バブル紳士」達の、驚くべき栄華と放逸にはまさにあっけに取られる。

そしてそのバブルの分け前に群がった政治家達と、暴力装置の黒光りする威光を背景に、調整役として暗躍する暴力団幹部。バブルという金城湯池に、彼らと一緒にドップリとひたりきっていた著者でなければ書けなかった「裏社会のバブル回顧録」である後半部分も、また読み応えあり。

同じくバブルにひたりながらも、特捜検事としての醒めた観察眼が活きた人物評定がまた面白い。「五えんや」の中岡信栄、「イトマン」事件の許永中、伊藤寿永光、山口組若頭宅見勝、「チンネン」山口敏夫など、本書から、実に興味深い人間像が浮かび上がってくる。竹下登や安倍晋太郎などの著名政治家や芸能人達と、バブル・マネーとの関係も、余談としてサラリと書かれている部分に真実味があり、本書の陰影をさらに深めている。

佐藤優のように、今後次々暴露本が出せるのか、他人事ながら心配になるほど一気に題材を投入しきった感あり。おそらく自分の事については、真に都合の悪いことは省いて書いているに違いないのだが、それを割り引いても、実に面白い本。

私が買ったのはもう10刷。やはりずいぶん売れているようだ。それにしても、彼らがわが世の春を謳歌した「バブル」とは、実に妙な時代であった。
大雨と停電
メキシコ出張の前は、ユカタン半島に上陸したハリケーン、Deanの心配をしてたのだが、出張先はだいぶ北のほうで、やや雨模様だったもののほとんど影響なし。しかし、土曜の昼過ぎにO'Hare空港に帰着し、オフィスに戻ってみると、留守にしてた木曜日、このあたり一帯をストームと大雨が襲い、何十万軒が停電したとか。

まだ復旧してないところも多く、近くの大きな日系スーパーも停電でずっと閉鎖。倉庫で冷蔵や冷凍になってる食品はどうなってるのか、なかなか大変だろう。レストランも閉店しているところがあるし、信号機が動いていない交差点もあちこちに。この場合は4ウェイ・ストップとなり、どちらの方向に行く車も必ず一度止まって、交差する側の車と交互に進んで行くのだが、中西部は比較的マナーのよいドライバー多く、あんまり問題ないのが感心するところ。

本日午前中は、いつものForest Preserve内のトレイルをランニング。あちこちで木が倒れた形跡あり。ずいぶん風も吹いたようだ。トレイルをふさぐ形で倒れた大きな樹は、すでにチェインソーでバラバラにされ、道の外に片付けられている。ちゃんと整備してる係がいるんだなあ。これまた感心。

この辺りが雨で停電など大きな被害があるというのも珍しい話。前回駐在したCalifornia、シリコンバレー付近は、そもそも乾燥した地帯で雨に弱く、冬に長雨が続くと、オフィスが停電したり、スーパーの天井から雨漏りしたり、信号機があちこちで壊れたりは、何度も経験した。

一度、長雨が続いた折、夜に借りてたアパートメントに帰ると、隣のショッピングモールも含め付近一帯が停電していたことがあった。駐車場に車を止めて、ライターの火を頼りに(そう、当時はまだタバコ吸ってたんだなあ、懐かしい)、自分の部屋へと真っ暗な廊下を進んで行くと、いきなり知らないドアが開き、ガウン着たバアさまが、ロウソクを持ってヨロヨロ出てきた時は、ホラー映画のシーンみたいでビックリした。あれは怖かったなあ。
メキシカンな入出国
空路でのメキシコ入出国の手続きは、アメリカとの相違が面白かったので、記録しておこう。

今回の出張では、先日購入したTUMIのトロリーバッグ、20インチを機内持ち込み。オーバーヘッド・ビンにもタテにピッタリ収まり、2〜3泊の出張にはなかなか使い勝手がよい。

入国審査のあと、バゲージ・クレームを通り過ぎ税関に。税関の出口にまた荷物を通すX線のような装置がある。バッグを通す必要あるかと聞くと、職員は頷く。搭乗の際もセキュリティ・チェックしてるのに、メキシコ到着して再度全数機械通す意味がよく分からない。(後でメキシコ滞在長い日本人に尋ねるに、確かに何の意味あるんでしょうねとのコメント)トロリーバッグだけでなく、ブリーフケースもそのままコンベアに乗せる。

税関申告書を渡すと、今度は目の前にある機械のボタンを押せという。この職員は英語をしゃべらないので、身振り手振りでしか意思疎通できないのが困りもの。押すと上にあるランプが青になり、職員が「行ってよい」と頷く。いったいこれは何のボタンだったのか。

ひょっとすると、ランダムにランプがついた人間の荷物だけを集中的に調べる仕掛けか。同行した部下が私の次にボタンを押したら、ランプが赤になった。しかし職員は同様に、「行ってよい」と頷く。??? いったい何だったのか、実に不可思議だなあ。

今度は出国の話。今朝、タクシーで空港まで。

Mexicana Airline、チェックインの列に並ぼうとすると係員が、バッグを預けるかどうか聞く。キャリーオンだと答えると、バッグに紙のタグをつける。このタグの意味が分からない。荷物を預ける客の場合、バッグはすべて列に並ぶ前の机で、係員が全て開け、内容物を確認する仕組み。税関の出口にはX線透視らしき機械があったが、Departureには機械導入してないのだろうか。まあ、メキシコでは人手はいくらでも余ってるから人間がやるほうが安いのは事実だが。

チェックインするバッグには、紙のタグに住所や名前を書かせてつけている。そして、乗客は荷物なしで列に並び、開けて検査した荷物は別途係員がチェックイン窓口に運ぶ。このオペレーションもずいぶん非効率な気がするのだが。

搭乗チェックインの列がまた進まない。ホテルのチェックアウトでもそうだったが、メキシカンが行列すると、なぜか遅い気がする。まあ、アメリカ人にも、時折、いったい何を長いことしゃべってんだなんて後ろから思うのがいるけれど。

ようやくボーディングパスを入手してゲートに。すると今度はアメリカのセキュリティ・チェックと同様の機械あり。なんだ、ちゃんと機械あるじゃないの。しかし、靴も脱がないし、PCをカバンから出せとも、液体の持ち込みはダメだとも、ヘアスプレーや化粧品はカバンから出して機械通せとも指示なし。ただそのままカバンをコンベアに通すだけ。係員は機械の画面をほとんど見ていない。

テロリストには、メキシコ経由でアメリカ入国するよう薦めたい気がしたが、なんと、搭乗の際にもう一度セキュリティ・チェックがあった。ボーディングパスをチェックして半券を返してから、机を並べた係員が、全員の機内持ち込みのカバンを開けてチェックするのである。なんで前のセキュリティ・チェックの時に一緒にやらないんだ。

まあ、杜撰なのか丹念なのか実によくわからん、メキシカンらしいファジーなシステムであった。
出張でメキシコへ
出張で現在メキシコに滞在中。

サンディエゴから南下して、陸路で国境を越え、ティファナに入ったことは何度かあるし、昔、短いクルーズで客船に乗って、バハ・カリフォルニアのエンセナダという町に海から上陸したこともある。しかし、空路でメキシコに入るのは今回が初めて。人口でいうとメキシコ第三位の都市だとか。でも、産業の街で、観光に来るような場所ではない。

オヘアからノンストップ。アメリカン航空だと思ってたのだが、実際にはコード・シェア便で、Operated By Mexican Airline。中華航空の事故あったばかりだし、あんまり小さな会社の飛行機は乗りたくないのだが、もうずいぶん前に予約済みだからしかたない。ハリケーンDeanがメキシコ・ユカタン半島を直撃してるのも気がかりだったのだが、コースよりやや北側のこのあたりでは、あんまり影響ないようだ。

フロリダ発サンパウロ行きのアメリカン航空のアナウンスがまずポルトガル語で始まるのと同様、アメリカ発とはいえ、メキシカン航空のアナウンスはまずヒスパニック。その後で英語。

機内は結構空いており、フライトは定刻通り到着。メキシコの入国は、「何日いるか」とひとつ質問があっただけで、「Welcome to Mexico」とイミグレ書類の下部を切り取ってパスポートに挟んでよこして終了。これが出国カードになるようだ。

こちらのオフィス勤務の日本人に迎えに来てもらい、事務所に立ち寄った後、メキシコ料理のレストランに。やはりかなり蒸し暑い。メキシコのビール飲んで、タコスやらチキンやビーフのグリルなどシェアしてすっかり満腹。メキシコ産ワインなども一杯試したが、なかなか結構。明日はずっと打ち合わせ。
「兵士」になれなかった三島由紀夫」
船腹の耐熱タイルに損傷が見つかったスペースシャトル・エンデバーは、本日無事にフロリダに帰還。もう退役寸前とはいえ、スペースシャトルもあんまり安全な乗り物ではなかった。

「「兵士」になれなかった三島由紀夫」読了。

著者は「兵士をみよ」、「兵士に聞け」、「兵士に告ぐ」など、自衛隊に取材した「兵士物」のルポルタージュが多い杉山隆男。何度も自衛隊に体験入隊を繰り返し、過酷な訓練に没頭していた三島由紀夫の実像について、当時の訓練教官や、同じ訓練を受けた自衛隊員に取材して明らかにするというもの。

三島由紀夫の評伝としては、猪瀬直樹が書いた、「ペルソナ―三島由紀夫伝」も面白かったが、この本も、「兵士になろうとした三島由紀夫」像を丹念に再現して、実に興味深い。

有名作家の体験入隊に、宣伝効果を期待した自衛隊は、訓練中も個室で執筆を認めるなど、特別待遇を与え、その後も三島自前の民兵組織「盾の会」の訓練も引き受けるなど、一種の蜜月状態にあった。しかし、その関係は、三島とその私的民兵組織「盾の会」幹部が陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地に立てこもり、割腹自殺するという、いわゆる「三島事件」をもって断絶する。それ以降、自衛隊内部では、「三島」は一種のタブーと化したことが、本作のインタビューのあちこちに伺える。

小さい頃から虚弱体質で、頭でっかちの秀才タイプであった三島は、20代後半からボディビルにのめりこみ、自らの肉体改造に成功、隆々たる筋肉を手に入れる。2.26事件で決起した青年将校に心酔し、改憲と自衛隊の国軍化、治安出動とクーデターを提唱するまでに右傾化してゆくその思想と、この肉体改造は、三島由紀夫という人物の奥底のところで関連しているように思える。

流行作家としての仮面を捨て、訓練では「レンジャー平岡」と呼ばれながら、「よき兵士」たらんとした三島。しかし、上半身に素晴らしい筋肉をビルドアップしたその肉体も、根本の骨格は貧弱で、下半身が極端に弱く、陸軍兵士としての基本、「走る」ことにおいてその脆弱性を露呈する。彼の肉体は、兵士としての「実用」には耐えなかったのである。しかし、何事にもひたむきで全力でぶつかる三島は、苦手のランニングでも、何百メートル遅れようが決して自分から止めることはなかった。同じ訓練を受けた自衛官から、ある種の尊敬を勝ち得たことも事実のようだ。

当時は珍しかったミニスカートで訓練場を視察に現れ、ロープ訓練で落ちて宙吊りになり、もがく三島に、「頑張りなさい」と声をかけたという三島夫人のエピソードも妙に印象的。

三島と同性愛の関係にあったと称する著者が書き、後に出版差し止めになった「剣と寒紅」、野坂昭如の「赫奕たる逆光 私説三島由紀夫」など、思い出してみると三島関係で読んだ本は他にもあり、どれも面白かった。そもそもは、三島由紀夫自体が、実に興味深い人物であることに由来すると思うのだが。
中華航空機炎上
那覇空港で、中華航空の飛行機が着陸直後に炎上、爆発。燃料漏れが発見された直後、乗客はすぐに脱出して死者は出てないのだそうだが、怖い話だな。

炎上したB-737は、もう古い飛行機だが、アメリカでもまだ現役就航中。NY行きなどでも何度も乗ったことがある。原因はまだ不明なようだが、なんらかの整備不良か。世界各地でずいぶん使われており、構造的な欠陥があるようには思えないのだが。

中華航空は、羽田からハワイに行く時に一度だけ乗ったことがある。ワインばかり飲んで寝てたので、その時はどんな機体だったかサッパリ覚えてないな。さほどボロい感じもしなかったのだが。

SeatGuruでB-737の座席表など見るに、この機体は、座席数の割には、前方、後方、機体真ん中と非常口が3つ確保されており、777に比べると、割と避難は容易に見える。真ん中のExit Rowは座席2席になっており、これも脱出スペースの確保には役立ったか。まあ、Exit Rowに座るのはよいが、実際に非常口開けたり、脱出シューターからすべり下りたりは、したくないもんである。
Golfing in the rain
土曜日は日本人会からみのゴルフ・コンペ。特に参加したかった訳ではないのだが、何事にも浮世の義理はつきもので、断り切れなかった。

気温が低く、朝から雨模様。これまた出席意欲がそがれるが、参加をすでに連絡してるからしかたない。知り合いと回るなら気が楽だが、同じ組の3名はすべて初対面の違う会社の人だから緊張する。そして何故かまた、みんなゴルフが上手いのだ。

ゴルフ上手は、練習にずいぶん時間を費やしてるから確実性があり、しかも真面目にプレイする。グリーンに上がると、みんな必ずホールの反対方向に回ってラインを読んでから、自分のボールに戻ってパットする。こっちはボール側からホールを一回見たらポンとパットするだけ。パット数が違ってくるのも当たり前か。

すでに3名がグリーンに上がって待ってるのに、実に短い寄せのチップショットをグッサリとやって失敗した時の、なんとも暗澹たる気持ちといったらない。

上手な人間ほどプレイ時間に余裕ができ、下手ほど余裕が無くて更に失敗する。なんだかゴルフは、「格差社会」を絵に描いたようなスポーツだな。はは。ま、上達への道は迂遠である。大迷惑はかけてないつもりだが、ついて行くのに実に忙しかった。

中盤から冷たい雨が降り出す。身体は冷えるしグリップはすべる。更にやる気なしモードに突入。ゴルフ名人達は雨への備えも万全。レイン・ウエアも上下完備して、傘まで持ってきている。こちらは防水着は上だけで下はずぶ濡れ。傘もないからティーグランドで打順を待つ際にも大濡れ。スコアにも影響する。しかし、ゴルフ用の傘をショップで買う気にもならないし。だいたい普通に差す傘だって、アメリカでは1本も持ってないのだから。

雨が止まないと見て、よそのパーティーのアメリカ人達は、次々にプレイを中止して帰って行く。アメリカで、雨が降ってもガツガツとゴルフやるのは、日本人と韓国人くらいだ。土曜の場合は、4組揃った会社対抗のコンペであったから、更に輪をかけて途中で中断しづらい。また雨もどういう訳か、時々スッと止む。「これなら大丈夫だ」と思って次のホールに行くと、またドッと降るといった具合。気温もどんどん下がり、最後は摂氏16度くらい。スコアもボロボロ。

表彰式が終わるともう夕刻。いや〜疲れた。いつも行く日本食レストランに直行すると、メインのカウンタはアメリカ人で一杯。脇のほうで静かに一杯やりながら適当なところで退散。実に消耗した一日。日曜も朝からずっと雨。今週末はランニングも中止。貯めておいた本を消化中。

エンデバーは無事帰還できるか
スペースシャトル・エンデバーは、国際宇宙ステーションとドッキング中。来週に地球帰還予定だが、船腹の耐熱タイルに損傷が見つかり、軌道上で修理するかどうかNASAが検討を続けていた。結果として、大気圏再突入の熱には耐えられるとして、修理せずそのまま帰還することに。

耐熱タイルの損傷は、打ち上げ中に外部燃料タンクから剥落した断熱材等によるとのこと。2003年の再突入時、テキサス州上空で空中分解したコロンビアも、打ち上げ時に剥落した部品によって損傷を受けていたのだった。思い出せば不気味な話。本当に今回は大丈夫なのか。もっとも、コロンビアの事故後分析すると、それまでにも打ち上げ時の断熱材剥離によるタイル損傷はたびたび起こっていたとの話も聞いた。

SF映画などでは、宇宙船に不具合が見つかれば、すぐに船外に出て修理ということになるのだが、今回のミッションでも、別の船外作業時に手袋に穴が開き、空気漏れを起している。実際の宇宙空間での作業は、それほど安全でも容易でもないということなんだな。

スペースシャトル計画が、そもそも最初の概念的設計の段階から大きな問題をかかえた失敗プロジェクトであったことは、昔読んだ、 「スペースシャトルの落日」に詳しい。

シャトルのペイロードは100トンあまり。しかし、オービターだけで70トン。実際に宇宙に運べるのは20トンを切り、実に効率の悪い運搬手段。周回軌道に人間を打ち上げ、使い捨てのカプセルでパラシュートにより地球に帰還するというのは、ロシアのソユーズでもいまだに採用されている円熟した技術であって、安価に実現できる。重たい荷物はサターンで別途打ち上げる案と併用すれば、シャトルを使わずとも、今頃宇宙ステーションは安全にもっと立派なものが完成していただろう、と著者は述べているのだった。

まあ、それにしても、エンデバーは無事に帰還してもらいたいもんだが。
ペルー沖地震
今朝のアメリカのニュースでは、ペルー沖地震の死者は355名となり、まだ増え続けているとAP電が。第一報では数名の死者となっていたが、どんどん増えてくる。午後になると、死者の数はさらに450名に増加。損壊した家屋の写真など見るに、不明者はまだいるはずで、おそらくもっと増えるのでは。

1995年の阪神大震災の時は、前の駐在で北California、Sunnyvaleに住んでいたのだが、まだインターネットというよりPC通信の時代。日本語の情報などアメリカではほとんど取れず、AOL経由で英語のニュースだけが頼り。CNNは、倒れた阪神高速と炎上する長田の映像を真っ先に伝えたが、日本語の音声はカットされており詳しい状況が分からない。それ以降は、1時間に一度終夜通じて臨時ニュースは放送されたが、映像は最初と同じものを流し続けるだけだった。

AOL経由で最初に読んだロイター電の第一報は、地震は大きく、死者はおそらく数千名の規模と伝えた。しかし、その後、日本側公式発表がリファーされると、死者の数は一気に数十人にダウン。それから刻々と増えていったのだ。公式発表というのは、やはりどうしても遅くなる。結果的には死者は6000人を超えたのだから、第一報のイメージが一番正しく被害を伝えていた。

神戸が実家だったから、ずっと国際電話をかけ続けたが、呼び出し音がするも誰も出ない。後で聞くと、もうその時点で電話はすでに不通になってたようだ。向こうが鳴ってないとはこちらで確認しようがない。実に不安をかきたてる電話だった。

何度もかけなおすうち、日本側で電話が殺到して回線がパンクしたか、NTTのメッセージで、「この地域への電話がかかりにくくなっています」と自動音声が流れ、通話自体がブロックされるようになってしまった。それでもダイヤルし続けると、今度はアメリカ側から日本への回線そのものが混雑してきたのだろう、AT&Tの英語メッセージで「この国への電話は今かかりにくくなっています。またおかけなおしください」と自動音声が流れて、日本への電話そのものが、かからなくなったのだよなあ。

故郷に不慮の災害が起こった時、遠く離れた海外に住んでる事の不安をあれほど感じたことはない。
幾つが天寿か神のみぞ知る
高校の同級生には、同窓会活動の幹事を熱心にやってくれている頭の下がる偉いのがいて、最新の同窓会名簿などが定期的に電子メールで送られてくる。郵便でしか連絡できなかった昔なら、海外にいる連中は忘れ去られていたろうが、今ではメールアドレスだけ教えておけば、世界中どこでも連絡がつく。世の中は確実に進歩した。

名簿はかなり頻繁にメンテナンスされているのだが、我々の代の卒業生がだいたい460名。そのうち30名くらいが住所不明で音信不通。行方が分からなくなってるのは、確かに高校の時から人付き合い悪く、いかにも音信不通になりそうなのばかり。人間変わらんなあ(笑)。変わらないといえば、職業欄も興味深い。例えば医者になってるのは、当時から責任感があり真面目で優秀だった者がほとんど。なるほどねえ。ま、確かにスチャラカで無能なのがなれる訳もないのだが。

そして、名簿の最後には、物故者の欄。すでに亡くなった同級生が7名。本来ならば亡くなるような年齢ではない。やはり不幸な死が含まれており、見るたびに胸が痛む。

2名が阪神大震災で亡くなっている。そもそも神戸の学校であるから罹災した人は多い。

1名は、たいへん成績優秀な女性であったが、共通一時試験の朝に飛び降り自殺。生きてさえいれば、大学受験など人生においては瑣末なチャレンジであり、人生にはもっと楽しいことがたくさんあると得心する機会がいくらもあったろうに。

大学時代に、急死した女性が1名。彼女とは小学校から高校までずっと一緒の友人。親元離れて京都の大学に行ってたのだが、体調を崩していわゆる突然死だったと聞いた。当時の私は、家を出て、大学にはほとんど顔を出さずにバイトに明け暮れ、毎日酒を飲む野良犬のような生活。喪服など持ってるはずもなく、旧友と一緒に告別式には参列したものの、こんなところに顔を出してはいけないような、実に居心地悪い疎外感を感じて、ただ立ち尽くすだけだった。ご家族も実に気の毒だったな。

もう1名、これも小学校から高校まで一緒だった男性。「太く短く生きる」がモットーの破天荒な奴だったが、頻繁に訪問していたアジア某国で、何者かに殺されたと聞いた。何か危ない橋でも渡ってたのだろうか。今でも信じられない気がするのだが。

しかし、こうして考えると、私自身は普通のサラリーマンで、実に平々凡々たる生活。まあ、今迄なんとか死ぬような事故にもあわず、自殺もせず、殺されたりもせずにやってきた。一応今のところ健康だし、このまま天寿をまっとうしたいもんである。いやまあ、幾つが天寿か神のみぞ知るであるが。
アメリカで日本風焼肉
昨日の夜は同僚と連れ立って、焼肉の店に。日本人の経営で、日本風の韓国焼肉(?)が売り物。以前、ソウルに2度ほど出張した時にも気づいたのだが、日本の「韓国焼肉」というのは、なぜか割と日本独自のアレンジがされている。韓国では胡麻油に塩を混ぜたタレで食べるか、辛い味噌をつけて野菜に包んで食べるのがポピュラーで、日本風のあの甘辛いタレはあんまりお目にかからなかったような。

米国の韓国系料理屋でも、どちらかというと本場韓国風の料理が主体。もちろん商売なので、日本風のタレを出したりするところもあるようだが、日本人がやっている焼肉の店というのは、この辺りでは意外に珍しい。

ダウンタウンと北西郊外のちょうど中間地点くらい。この街にやってきた、イチローやら松井やらの日本人大リーガーもよく訪問する店だとか。野球選手は焼肉好きだなあ。

歴史ある古い住宅地なのだが、スプロール化が進み、地価が下がり治安が悪化するという悪循環で、すでに多数の白人が郊外に逃げ出したエリア。全体にうらぶれた雰囲気。今この辺りに住んでるのは、韓国人、メキシコ人、黒人といった層か。ハングルの看板多数あり。大きな駐車場が近在になく、パーキング・メータ使って路上駐車というのが少々面倒なところ。

店に入ると、この店を訪問した日本人大リーガーやら芸能人の写真や色紙がやたらと壁に貼ってある。そういえば芸能人も焼肉好きだよな。

焼肉は炭火で焼く方式。しかし、ずいぶん煙が出る。生ビールを飲みつつ、ユッケ、タン塩、ミノ、テッチャン、カルビ、ロースなど。後半は日本酒に切替。甘辛の焼肉タレで食すと、日本の焼肉を思い出して実に懐かしい。肉質も日本風のサシが入った肉に近く、なかなか美味い。ただ、一人前が30ドルとか40ドルするから、アメリカの肉の値段としては破格。安い肉もあるようなのだが、アメリカ風のサシが入ってない肉は、分厚いステーキにすると風味あって美味いんだが、焼肉にはあんまり合わない。

仕上げには韓国風冷麺を。住んでるところから遠いのが難だが、なかなかよいレストラン。たまに日本風焼肉が食いたくなったらまた来るか。もっとも、最近は、焼肉を食べたいという気持ちがあんまり無くなってしまった。20代の頃は、寿司屋でまず飲んで、焼肉屋に河岸を変えてまた飲んで、酩酊して、深夜に仕上げにラーメン食べて帰宅なんてフルコースを試したことがある。今となっては、まるで夢まぼろしの如し。
人間の寿命は120歳
ギネスブック認定世界最高齢の皆川ヨ子(みながわ・よね)さんが13日老衰のため死去。114歳。先日認定された男性の世界最高齢も日本人で、男女の記録を日本が独占していたのだが、ちょっと残念な話。今度の女性最高齢はどこの国の人だろうか。

長寿の話を読むたび、人間の長寿に限界があるかが気になる。その際に必ず思い出すのが、旧約聖書、創世記の一節。第6章には、主の言葉としてこう書いてある。

「わたしの霊は人の中に永久にとどまるべきではない。人は肉にすぎないのだから」 こうして、人の一生は百二十年となった

確かに、長寿といっても120歳超えた人は聞かない。人間の寿命の限界は、案外このくらいかもしれない。

最近の研究が伝えるところでは、染色体の先端には、テロメアと呼ばれるDNA部分があり、細胞が複製されるたびにそれが短くなる。複製のカウンタのようなもので、これが細胞の寿命を決めているのだという。体細胞クローンで作られた動物は、元のテロメア・カウンタを引き継ぐから寿命が短い。

旧約の「人間の寿命120歳」記述は、人間の設計図にあらかじめ設定された寿命の秘密について語ってるのだろうか。なんとも不思議な符合である。

もっとも、旧約創世記の物語には、明らかに2系列の物語が混在しており、相互の矛盾も存在する。ノアにしても、900歳以上生きたと書かれている。「120歳」記述も人間の寿命ではなく、大洪水まで神が与えた猶予年限を示したものだなど、あれこれ異論もあるようだ。まあ、やはり単なる偶然か。

PGAチャンピオンシップ
土曜、日曜と、それぞれ朝のうちにランニング6マイル。52分から53分。週末の土日は、だいたい12マイル走る訳だから、一月では50〜60マイル、キロにすると80キロから100キロ近く。知らないうちに結構走っている。ただ、本日は結構気温が高くずいぶん消耗した。新陳代謝よくして気分爽快になるために走ってる訳で、体を壊す苦行のためではないから、そこにちょっと注意しないといけないな。

運動の効果か、体重は1.5〜2.0キロばかり落ち、昨年アメリカ再上陸した頃の水準に回復。一時期20を超えるかと思ったBMIは19.3程度に。まあ、でもこれから冬場になると、また運動量が落ちて体重が増える。ここに住んでる限りは、毎年同じことを繰り返すかもしれない。冬場も室内ジムで運動するなどすればよいのだが、室内で機械使った運動は好きじゃない。かといって、こちらの冬は、到底外走れるような気温じゃないし。そこが考えどころか。

本日午後は、全米プロゴルフ中継をTVで。オクラホマでの開催だが、気温は連日華氏100度を越えるとてつもない猛暑。アメリカの今年は、ダラスでも100度超えが一度しかなかったと言ってたから、なんだか珍しい気がする。

ウッズは寒いより暑いほうが得意らしいが、それでも炎天下の中汗ダクダクで、だいぶ朦朧としてるように見えた。実に美しいコースだが、フェアウェイは結構狭く、そして曲がり、グリーンはほとんど砲台グリーン。距離を間違えたりちょっとショットがブレると、たちまち球がこぼれる難しいコース。

アーニー・エルスは素晴らしいプレイヤーだが、先行する者を追いかけて引きずり下ろすような根性と迫力が無い。Woody Austinも、攻めのショットと素晴らしいパットを連発してスコアを伸ばし猛追したのだが、ウッズはスタート時のリードを守って逃げ切り。メジャー・トーナメントの最終日にトップでスタートしたウッズは、今まで負けたことがないというジンクスを今回も立証。

そもそも調子よい時のウッズには誰も勝てない。今回は、最終日の調子はあまりよくなかったようだが、悪い時でもそれなりに崩れないのがやはり卓越した実力か。
「キリスト神話〜偶像はいかにして作られたか」
「キリスト神話〜偶像はいかにして作られたか」読了。

クリスチャンではないが、「史的イエスの復元」問題には昔から興味があって、この手の本はよく購入する。興味深いものもあれば、時として「トンデモ」系にあたってガッカリする時も。

この本で説かれるのは、新約聖書のイエス・キリストの物語は、古代エジプトの神話にあるモティーフを借用して捏造された神話であるという説。著者は、教会は正統を誇らんがため、最初期のキリスト教が異教と共有していた豊かな神話的魂を抹殺したと述べる。

旧約の洪水伝説やモーセの物語に、シュメールの神話やエジプトの伝説が投影されているというのは、何度か読んだことがある。イエスの「癒し」の物語に、中東からヨーロッパにかけて昔から存在した「治癒神」のモティーフが投影されているという説も昔読んだ記憶あり。旧約一神教とエジプトとの関連は、フロイトも書いている。

しかし、新約のイエスのストーリーとエジプト神話の類似を述べる本は割と珍しいかな。

トロント大学でギリシャ語や新約聖書を教えていたという著者は、真面目にこの説を述べており、なかなか説得力あるように思える。ただ、彼が新約聖書とエジプト神話との類似性を語る際に全幅の信頼を置いて引用する、ジェラルド・マッシーやアルヴィン・ボイド・クーンという先達は、巻末の解説読むに、アカデミックな世界では業績が認められていない、在野の研究者達。

在野だから全部ダメという訳でもなかろうが、エジプト神話テキストとの異同について、彼らの研究だけに頼って語るのも、やや信頼性を欠くような気がする。エジプト神話テキストについて、これが決定版と同定され研究者が共有できるデータベースが存在するのか、そのあたりにも少々不審を感じる訳でもある。

しかし、「史的イエスの実在」問題に触れた部分は、本筋は置いてもなかなか面白い。新約マタイが伝えるイエスの死の場面には、「神殿の幕が裂け、地震が起こり、岩が裂け、墓が開いて、眠りについた聖なる者たちの体が生き返った」とある。こんな驚愕の出来事が事実なら、なぜ福音書以外の歴史に一切記述されていないのか。この著者の問いは確かにもっとも。

研究者は一生懸命探し続けてきたが、同時期の近隣諸国の歴史に、イエスが実在した証拠となる記述を発見したものはいまだ誰もいない。もっとも、だからといって、それが、イエス伝説がエジプトの神話を借用して誕生したことの証明にはならないのであるが。なかなか面白い本だった。
高砂部屋の伝統
昨日の朝青龍の話題で書いた、昔、本場所を休場してプロ野球観戦していた横綱、前田山。この逸話は、昔、大相撲関係の本で読んだことがあるのだが、前田山本人についてはほとんど知識がない。どんな力士だったのか、ちょっとネットで検索。

Wikidepiaによると、前田山英五郎は、第39代横綱。休場中に見に行ったのは、来日中だったサンフランシスコ・シールズという球団の試合で、グランドでオドール監督と握手した写真が大々的に新聞に掲載され、サボって何やってんだと大騒ぎになった。これを「シールズ事件」と称するのだと。

前田山英五郎は、若い頃から乱暴者で、横綱の免許には、「粗暴の振る舞いこれありし時には免許を剥奪する」と条件がつけられていたという。なんかこのへんは、朝青龍を彷彿とさせるな(笑)

知らなかったのだが、この前田山が第4代の高砂親方。今、朝青龍が所属する高砂部屋の、3代前の親方なのであった。前田山は高砂親方となって後、大相撲初の外国人力士、高見山を育てた。海外巡業にも熱心な国際派だったという。後年、高砂部屋には小錦も所属。こうしてみると、「乱暴者」と「サボり」と「外国人力士」というのは、高砂一門にまつわる伝統のようなものかもしれない。なんだか奇妙な因縁である。

それにしても、現在の7代目高砂親方、元大関朝潮は、師匠としてもう少し指導力を発揮できないものか。まあ、現役時代も、余計なところでは勝つけれど、肝心なところでヘナヘナと負ける「ノミの心臓」ぶりを発揮してた力士ではあるのだが。
朝青龍を本当に廃業まで追い込んでよいのか
朝青龍問題はどんどんこじれてきた。元朝潮の高砂親方は、師匠として誠にだらしないし、朝青龍本人の行状も、勿論誉められたことではない。しかし、ヘタをすると本人を引退・廃業にまで追い込みかねない現在の世論の反応を見ると、あまりにも叩かれすぎのような気もする。

その昔、前田山という横綱は、本場所を休場してプロ野球観戦していたのがバレて引退に追い込まれた。今回の朝青龍の行状は、果たしてそれに匹敵するだろうか。

怪我の診断書を提出して巡業を休み、故郷モンゴルに帰国していた際、サッカーの親善行事に出席してプレイしたのが問題の発端。仮病と断定したメディアが多いが、激しい格闘技である相撲の力士が満身創痍なのは当たり前。損傷が無いほうが不思議だが、素人サッカーができたから、仮病とまで断定するのはどうだろうか。

また、この試合自体は、本人の遊びではなく、モンゴルの国が主催した少年向けのチャリティーイベント。「日本外務省を通じて無理に参加を要請し、ご迷惑をおかけしました」と在日モンゴル大使館からも相撲協会に謝罪がされている。前田山のプロ野球観戦とは、だいぶ意味合いが違う気がするがなあ。

巡業に対する意識も、世間の反応と朝青龍で、だいぶ差があるように思える。「大事な巡業をサボってけしからん」という批判が多いのだが、朝青龍には多分、本場所だけが大事で、巡業はどうでもいいんだな。いや、もちろんそれが正しいかと問われるなら答えに窮する。しかし、本場所についてなら、朝青龍は誰よりも真摯に勤めているとだけは言えるだろう。

今までの総合戦績が、539勝137敗17休。初土俵から優勝21回を飾るまで、たったの17休。サボりの片鱗も感じられない成績。この点についても、本場所サボった前田山とはだいぶ違うと思うのだが。

ま、しかし前田山も「本場所サボって引退した横綱」として、再び脚光を浴び、「昔のことを蒸し返すな、ほっといてくれ」とあの世で怒っていることであろう。

協会が課した「本場所2場所出場停止の謹慎中は、病院と部屋以外は外出禁止」という処分も、実に厳しい。仮釈放中の刑法犯罪者だってこれほど自由は制限されていない。人権侵害とさえ思えるくらいの厳罰。

ま、もともと日本相撲協会にとってみれば、たとえ大横綱であっても力士に人権などないのだろう。「嫌なら廃業してモンゴルに帰れ」というメッセージか。それもちょっとひどい話のような気がするのだが。
テロリストに乗っ取られたJR東日本
「マングローブ〜テロリストに乗っ取られたJR東日本の真実」読了。週刊誌の書評で見て、Amazon.co.jpに発注したもの。

「マングローブ」とは、JRの中に存在する革マル派秘密組織のコードネームであるという。「革マル派」の正式名は、「日本革命的共産主義者同盟革命的マルクス主義派」。いわゆる暴力革命を目指す極左セクト。

JR東労組の絶対権力者として君臨する松崎明は、実は「革マル派」の最高幹部であると噂される。この本は、「妖怪」とも「鬼」とも呼ばれて組合を支配する松崎が、組合の力と「革マル派」という暴力装置をもって、いかにJR東日本の経営に介入し、支配するまでの力を持つに至ったかを明らかにするルポルタージュ。メディアで報道された松崎自身にまつわる組合私物化の疑惑についても多くのページが割かれている。

著者は、週刊文春が1994年に、この「JR革マル派問題」を取り上げた時の担当記者。この記事に対し、JR東日本は、週刊文春の発売をJR東日本の全キオスクで停止するという、言論弾圧とも取れる異常な対応を行った。結果、文春はお詫び記事を掲載してJR労組の軍門に下る。この本は、この著者が近年週刊現代に移籍して、さらに「JR革マル派問題」を追及した執念の連載をまとめたもの。

この本で描かれる、JR労組での反対勢力に対する凄まじい弾圧や、暴力、盗聴など、ここまでやるかという非合法の活動には、実に恐ろしいものあり。巻末には、早稲田大学から革マル派勢力を追放しようとした奥島孝康前総長のインタビューも掲載されているのだが、大学に浸透した左翼活動の恐ろしさの一旦を垣間見せて、これまた実に興味深い。

私自身の通った大学は、実に平穏で、左翼系の活動などほとんど見聞きしたことがない。就職しても、元々ホワイトカラーばかりの会社で組合がなく、労働運動や組合などについてもまったく遠い世界の話。日産自動車の組合問題など週刊誌で読んだことがあるものの、この本を読んで感じるのは、いや、日本に本当にこんな世界があったのかという、ある意味新鮮な驚き。

若いうちに左翼思想にかぶれないような若者は見所がないという俗説があって、昨今のネットウヨなんかを見るに、これも一面の真実ではないかとも思う。しかし、「妖怪」松崎の、ハワイや沖縄などの別荘が組合費着服で建てられたのではとの疑惑や、JR職員でもない息子を組合が設立した会社の社長にしている等、組織私物化の疑惑をこの本で読むにつけ、年取って左翼思想にかぶれているのにもロクなのがいないよなとも思う訳であった。

まあ、右にせよ左にせよ、経営者でも労働者でも、絶対権力は必ず腐敗する。それこそが唯一の真実だろうか。

「姫の虎退治」にやられた!
先の参院選挙で落選した、片山虎之助の敗北の弁が「日経ビジネス参院選スペシャル特集」に掲載されていた。

本人いわく、「「姫の虎退治」にやられた」と。

参院自民党幹事長という要職にありながら、他への応援を一切キャンセルして地元に張り付き、頭を下げて投票お願いに走り回っての落選。前回選挙では民主党候補にダブルスコアで勝ったのだそうだが、今回の逆風は恐ろしいほど。

もっとも、この人は悪漢面。それが青木「密室でコソコソ」幹男参院議員会長とタッグを組んで、参議院で好き放題やってたのだから、それは嫌われるよな。

同じ地元、郵政民営化で自民党公認を外された衆院議員、平沼赳夫の後援会が、「なんで自民党に入れる必要あるか」とまったく動かなかったというのもその通りだろう。

そして、もっと遡れば、この人は住基ネット導入時の総務相。どんな疑念に対しても「まったく問題ない」と官僚の作文をそのままオウム返しにして傲岸不遜に一蹴していたが、あの態度も今にして思えば不人気の原因では。なにしろ、とんでもない金使って、住基ネット導入で国民の生活が便利になったなんて実感ひとつもないからなあ。

しかし、それよりもなによりも、民主党姫井候補の勝因は、虎之助自身が恨み言を述べてるように、「姫の虎退治!」というキャッチコピーである。「猛獣に挑むか弱い女性」というイメージを選挙民に彷彿とさせ、悪者の「虎」は落とさなければイカンなという気分にさせた。

このコピーを考えたのは誰だか知らないが、実にエライもんだな。「姫様より褒美をつかわす」と誉めてやりたい。
「反省 私たちはなぜ失敗したのか?」
「反省 私たちはなぜ失敗したのか?」読了。外務省を巡る疑惑で訴追された衆議院議員鈴木宗男と外交官佐藤優が、私達はどこを間違ったのかを虚心に対談して「反省」するという本。

しかし、彼らの反省は、普通の反省ではない。「我々は悪いことはまったくしてないのだが、脇が甘かったから国策調査でやられてしまった」、「我々が逮捕され影響力を排除されたことで日本の国益に影響を与えてしまって申し訳ない」、「外務省の面倒を親身にみすぎて甘やかしすぎた」など、まあ、どちらかというと我田引水を絵に描いたような「反省」であって、だいぶ割り引いて聞く必要はあるだろう。むしろ題名とは裏腹に、「オレ達はちっとも悪くない」という本音が明白で、逆にそれが面白いところでもある。

対談形式で暴露される外務官僚達の、権力への媚へつらいと裏切り、嫉妬と足の引っ張り合い、金や女を巡るスキャンダルなどの隠された実態は、(すでに佐藤優の著作の数々で指摘済みだが)実にリアリティがあって興味深い。

外務官僚は当初、外務省に乗り込んできた迷惑な怪物、田中真紀子の影響力を排除するために、旧知の鈴木宗男を利用しようとした。しかし、双方が叩き合いになって消耗するのを見るや、これをよい機会に、自分達の裏を知りすぎた「ムネヲ」も外務省の世界から叩き出そうと画策する。このストーリーは、当時からメディアで囁かれてもいたのだが、本人達の回顧を突き合わせてみるに、やはり本当ではないかと思われる。

両人がお互いに誉めあいをしている部分など、やや気色悪い気もするし、ご本人達に都合の悪いことには触れてないに決まっているのだが、彼らが浮き彫りにする事件の真相は、真実味をもって「腑に落ちる」のも事実なのだ。

しかし、鈴木宗男の人となりについては、佐藤優が語るほど、そんなに遠慮がちな善人のはずはないという気がするのだが。地盤も看板もない35歳の男が、秘書として仕えていた中川一郎議員の自殺を奇貨として、その後を襲って当選し、衆議院議員として権力への階段を登ってきた。基本的に、機を見るに敏、転んでもタダでは起きない、権謀術数と恫喝の人であると見るのが相当ではないか。

もっとも、そのムネヲに、宴会の金は全部付け回す、ムネオにもらった小遣いはそのままポッケに入れる、ご注進して他の政治家へ圧力かけさせる、そして、当のご本尊が落ち目となったら、早速に内部秘密情報をメディアや野党にリークして叩きに叩く。こんな行状を見ていると、鈴木宗男よりも外務官僚のほうがずっと「ワル」だなあと、そこがまたこの本を読んで感心する部分でもある。いや、素直に感心してはいかんのだが。

広島平和記念資料館
アメリカではまだ8月5日だが、日本ではもう8月6日。広島に原爆が投下された広島原爆忌の日。

広島平和記念資料館は、「夕凪の街 桜の国」を読んで深く心を打たれてから、05年12月に訪問した。同じ日に行ったひろしま美術館で見たゴッホ「ドビーニの庭」のことは過去日記に書いたのだが、広島平和記念資料館のことについては、心の整理をつけてからと思っていたら、結局書かないままになってしまっていた。

実を言うと、広島は、昔々小学校の修学旅行で訪問したことがある。しかし、路面電車を降りてから、ほぼ爆心地にあたる原爆ドームの敷地に残された凄まじい瓦礫の生々しさに絶句。昔からこうだったとしたら、昔はいったい何を見ていたのやらと、実に不思議な気分に襲われた。広島平和記念資料館の展示については、ところどころ記憶があるのだが。

Wikipediaによると、広島への原爆投下は、都市を対象とした爆撃としては史上最大の規模のものであり、東京大空襲の約8倍相当の規模のエネルギーが、東京の1/10程度の都市の上で一気に炸裂したのだと。確かに、記念資料館に残る、爆心地近くから回収された数々の遺品については、人間の住む都市に対して人類史上初めて落とされた熱核爆弾の想像を超える恐ろしさを示すものばかり。

印象に残ったのは、爆発の前と後を示したジオラマ。平和公園の中を一周歩いた後だけに爆発の規模が実感できた。CNNが伝えたバクダッドでもこんなに壊れてはいない。たった一発の爆弾で、まさに蒸発した都市。こんな恐ろしいものを人間に対してよく使ったもんだ。

日本に来るアメリカ人には、京都や奈良に行く暇があったら、広島に行くべきだと勧めたい。



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西海岸出張とExit Row
水曜から金曜まで、西海岸で会議があり出張していた。

予約したフライトがほぼ満席状態であることは分かっていたのだが、水曜の朝にO'Hare空港に向かう高速はずいぶん混雑。空港のパーキングもほぼ満杯で、空いてる場所を見つけるまでずいぶん時間を要した。

セキュリティはPremierの入り口からだからだいぶマシだったが、一般のラインは長蛇の列。どうも子供連れの家族旅行が多い時期のようだ。ある程度余裕を見て出発したつもりであったが、ゲートに到着したのが搭乗20分前。空港の混雑は日によって変わるから予測できないところが困る。

San Franciscoまでのフライトは米国内仕様のB777。予約するのが遅かったため、「16B」という「Exit Row Seat」しか空いてなかった。このシートをSeat Guruのページで見ると、「Good Seat」と「Be Aware」のミックス。

Exit Rowは、前の座席とのピッチが若干長いのがメリットだが、この777のExit Row座席は、メインの登場口のすぐ後ろでガサガサするし、FAの動きも多い部分。窓もなく、フロントシート前の収納もないから、飛行中にアタッシェからPC取り出す際には、わざわざ上のオーバーヘッド・ビンを開けないといけない。実際座ってみると、確かに前が広く空いてるのはいいが、使い勝手が悪い。

Exit Rowに座る乗客には、規則で制限が設けられている。非常口の横(この777の場合はメインの登場口だが)にある座席であるから、事故など緊急の際は、フライト・アテンダントの指示に従って、非常口を開ける手伝いをしなければならない。

従って、「15歳以上の大人であること」、「英語でFAの指示を聞き、理解して他者に伝え、航空機のドアを開けることができること」、「幼児や助けが必要な障害者を連れていない人」など、細かい条件が規則で決まっている。昔は、必ず空港の窓口でチェックインしたから、Exit Rowにアサインされている場合は、カウンターの係員がいわゆる「Exit Row Duty」に対する説明を行い、乗客を目視してチェックしていた。英語がチンプンカンプンであると判断された外国人が、座席を変わってくれと言われたのも見たことがある。

E-Check-Inでも、Exit Rowの場合は画面に「Exit Row Responsibility」の画面が表示され、同意を求められる。前に乗ったLGA行きのFAは、「皆さん、Exit Row Dutyについては理解されてますよね。ご協力いただける方は手を上げてくださ〜い」と乗客の笑いを誘っていたが、一応、搭乗後にもFAは乗客を観察して聞いてくることになっているのだ。

この便のFAも、簡単に解説した後、「このドアのレバーが重くて開かなかったら助けてね」とジョーク言うのだが、まあ、助けるような事態にはなりたくないよなあ。

フライトは定刻にSan Franciscoに到着。レンタカーをピックアップして走り出す。いつのものように、カーラジオを「96.5 KOIT RADIO」にセットして、Californiaの涼しい風に吹かれながらフリーウェイを南下すると、ここに住んでた頃の事が懐かしくも思い出されるのだった。これで仕事が無ければ最高なんだがなあ。<なんのために来たんだっつーの。

「ジョニーへの伝言」
作詞家の阿久悠が亡くなった。享年70歳。歌謡曲全盛の時代は、年末のNHK紅白歌合戦の歌に、阿久悠作品が呆れるほど並んだ記憶がある。アイドルの歌にとどまらず、フォークやロック、演歌に至るまで、実に幅広い作風が特徴だったろうか。

膨大な数の作品があるのだが、個人的に、一番記憶に残ってるのは、ペドロ&カプリシャスに書いた、「ジョニーへの伝言」。


ジョニーが来たなら 伝えてよ
2時間待ってたと
割と元気よく 出て行ったよと
お酒のついでに話してよ

友達なら そこのところ
うまく伝えて

ジョニーが来たなら 伝えてよ
わたしは大丈夫
もとの踊り子で また稼げるわ
根っから陽気に出来ているの

友達なら そこのところ
うまく伝えて

今度のバスで行く
西でも東でも
気がつけばさびしげな町ね
この町は


今になってこの歌を思い出すと、これは、気立てはよいがおツムは弱い女性と、Pimp(ヒモ)の物語だという気がする。そもそもヒモのジョニーは、用済みの彼女を見送りにくる気などサラサラない。女性が語りかける「ジョニーの友達」とやらも、彼女が2時間待った後で現れている。彼はおそらく、ジョニーに言われて様子を見に来た、彼の気弱な子分である。ひょっとしたら、この女性のことが密かに好きだったかもしれないのだが。

グレイハウンドの停留所で、トランクに腰掛けてジョニーを待っていたこの踊り子の女性は、この子分が現れた時に、そうか、もうジョニーは顔を見せないんだと悟る。何を言ってよいかオドオドするこの子分に、旅立ちの意志を固めた彼女は、気丈に明るくふるまう。それが最後の「ジョニーへの伝言」

「サイは投げられた もう出かけるわ わたしはわたしの道を行く」との最後のサビは、彼女自身の過去への決別の宣言。アメリカ映画のワンシーンを切り取ったかのごとく、実によくできている。舞台はやはり、だいぶ昔のニューヨークだろうか。ペドロ&カプリシャスは、この歌と「5番街のマリー」で、その名を日本のミュージック・シーンに永久に留めることになった。歌詞の持つ素晴らしい力。

阿久悠、享年70歳。合掌。

「生物と無生物のあいだ」
Amazon.co.jpより到着した、「生物と無生物のあいだ」(福岡伸一)読了。

以前読んだ同じ著者の、 「プリオン説は本当か」、も実に面白かった。「病原体とは、どのようにして同定されるのか」という解説を軸として、「BSEを引き起こす犯人は、本当に異常プリオン蛋白質なのか、他に真の病原体が存在するのではないか」というテーマを、まるでミステリーを読むかのように生き生きと語った本。

今回の本は、「生命とは何か」という問いに対する分子生物学の探求の歴史を、研究に携わった科学者達の、興味深いエピソードを紹介しつつ語るもの。結構売れているようだ。

 DNAを増幅するPCRマシンの原理を発見しノーベル賞を受賞したサーファー科学者、ワトソンとクリックによるDNAの二重らせん構造の発見のインスピレーションには、別の科学者のデータ盗用が隠されているのではないかという疑惑、身体を構成する分子は常に壊され入れ替わっているという「動的平衡」説とノックアウト・マウス研究。

分子生物学の地平を俯瞰するそれぞれの逸話には、生命の謎を解き明かす探求に挑んだ科学者達の人間像も印象的に描かれている。

本の題名と内容はちょっと整合していない気もするのだが、エピソードで綴る科学史エッセイとして、気楽に読めて面白い。

野口英世の発見は、今ではほとんど学問的価値がなく、研究者として長く勤務したロックフェラー大学でも、もはや誰にも省みられていないという話も興味深かった。

野口英世は、偉人伝というと日本では必ず出てくる人物。だからこそお札の肖像にまでなったんだが、そうか、科学者としての業績は歴史的には何も評価されていないのか。まあ、当時、海外に渡って研究生活を送るというのは、実に大変だったには違いないのだが。