97年から書き続けたweb日記を、このたびブログに移行。
「中国はいかにチベットを侵略したか」
ラサ暴動を発端とする最近のチベット問題報道がきっかけで購入した、「中国はいかにチベットを侵略したか」(マイケル・ダナム/講談社)読了。あれこれ考えるところが多かった興味深い本。

インド、中央アジアなどの滞在が長い米国人の著者が、チベット人からの聞き取りを中心に、中国の武力によるチベット侵略と圧政、解放を求めるチベット民族による抵抗運動について描いたルポルタージュ。

ダライ・ラマ14世が、この本に寄せた序文では、「中国の侵略により100万人以上のチベット人が殺され、仏教建築、書籍、芸術などはほとんど破壊された」とある。中国がチベットに中国人民軍を派遣し、侵略によって国土を実効支配してから半世紀。恥ずかしながら、これほどの人が亡くなっている大問題とはまったく知らなかった。

しかし、チベットの情勢に無知だったのは、中国がチベットに人民解放軍を送った当時の国際社会もまったく同様。山岳地帯に広がり、交通網もまったく発達していない過疎の仏教国チベットは、当時、自らの意志でほぼ鎖国状態にあり、外国人ジャーナリストの入国も禁止されていた。中国による侵略行為は、インドから漏れ聞こえてくる程度にしか国際社会には伝わらず、当時のインド政府も、チベットの国難に対してはまったく無関心であったのだ。

中国に蹂躙された原因は、当時のチベット中央政府の弱さにもある。その国土は、仏教を中心とした文化でゆるやかに結ばれていたものの、国土を実効支配する政府の権力が強く確立していたとはいえない。しかし、この本に描かれたチベット人達は、国家という紐帯への忠誠ではなく、チベットに住む民族としての誇りから、戦士として勇敢に中国人民軍と戦っている。漢民族は、昔からチベットに住んでいなかったのは明らかな話で、やはりこれは侵略というしかない。

チベットを襲った命運について、もうひとつ印象に残るのは、大国の都合で翻弄される小国の悲哀。

中国侵攻後のチベットには、CIAが支援の手を差し伸べ、チベット民族に武器や資金を援助し、選ばれた戦士に軍事訓練を与えている。まるでキューバ事件や、イラン・コントラ問題を彷彿とさせるエピソード。もちろんCIAの目的は、人権擁護ではない。共産中国の支配圏拡大を牽制する反対勢力をチベットに育成する。それが米国の国益に合致すると考えての活動。

結局、このCIAのチベット支援は、ニクソンによる米中国交回復時に、中国からの強い抗議にあう。台湾とチベットこそが、中国が外国に勝手に手を突っ込まれたくない、敏感な2つの「懐(ふところ)」だ。キッシンジャー国務長官は、チベット支援中止に合意。ここに、チベットに対するアメリカの政治的関心は失われた。大国の都合にただ翻弄されるチベットの悲劇。


ここからは、この本から離れた私の勝手な感想だが、チベットの悲劇を定着化させた遠因のひとつには、亡命政府の政治力の無さもあるのではないか。

ダライ・ラマ14世は3歳の時、ダライ・ラマ13世の生まれ変わりを探す捜索隊に、チベットの寒村で見出された「転生者」。チベット仏教の最高指導者。卓越した知性を持つ仏教指導者であることに勿論異議はない。しかし、インドでチベット亡命政府を率いる政治家としての力量はどうか。

今回のラサ暴動に関する、ダライ・ラマの一連の発言は、中国の武力使用を批判しつつも、「中国にはオリンピックを開催する資格がある」、「私は常に扉を開いて中国側との接触を待っている」という穏当なもの。中国は、「暴動はダライ・ラマの陰謀だ」と決め付け、あとは今まで通り、チベット亡命政府を完全に無視して交渉する気配もない。

ダライ・ラマは、世界を回りチベットの現状を説くが、彼の発言は、1989年のノーベル平和賞受賞時でさえ、中国政府には完全に黙殺され、チベットの現状は変わっていない。

もしも彼が、権謀術数に長けた政治家であるならば、「チベットでの人権弾圧が収まらない限り、中国にはオリンピックを開催する資格などない」と公言するべきだったのだ。国際世論の圧力によって中国を動かし、チベット人民の苦しみを軽減するために。

しかし、諦観の中で非暴力と慈悲を説く宗教指導者に導かれた国が、隣国に武力で蹂躙されるというのも、実に皮肉で気の毒な運命。

昔から血で血を洗うモメ事を繰り返してきたキリスト教やイスラム教に比べるなら、仏教は、もともとおとなしい宗教。しかし、ラサの暴動には、僧侶がずいぶん参加していると聞く。チベット民衆の積年の不満は、大変なことになってるのではないだろうか。

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