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97年から書き続けたweb日記を、このたびブログに移行。
たった42時間の滞在
先週火曜日に西海岸出張の仕事を終えて、水曜から金曜まで3日年休を取り、両親が住む西オーストラリア、Perthまで往復。San Franciscoからは直行便が無く、シドニー乗継で移動時間がかかる。もともと向こうで3泊という大変な強行日程だったのだが、米国を発つ火曜深夜のUnited航空シドニー行きが、なんと直前になってキャンセルに。UAの野郎は時々これをやらかすんだよなあ。

ドタバタの顛末はまた別途追記しようと思うのだが、結局のところ、もともと短かったPerthでの滞在は、2泊、およそ42時間と、更に短縮。

到着2日目にして早くも最後となる土曜の夜は、近くのチャイニーズ・レストランに、近隣に住むオーストラリア人夫妻を招待しての会食。そこの息子さんが日本語を勉強しており、日本にも来たことがあるという知日家の一家。

リタイアメント・ビザ取って長年住んでるとはいえ、やはり異国。うちの両親は、病気した時や、外部的な折衝の時など、親身になって心配してくれるこのオーストラリア人ご夫妻に、いったいどれだけお世話になったかわからない。今回、むこうでの生活を畳んで日本に帰国するのだが、不動産や動産の処分についても、何から何までアドバイスをくれ、助力をしてくれている。

「両親のためにしてくれた全てのことに深く感謝します。異国にいる両親のことを、気にかけてくれている友人が側にいるということが、どれだけ心強く素晴らしかったことか。あなたがたの親切は、我々の家族全員にとって、とてもpreciousでspecialなものだったし、この西オーストラリアの街、Perthは我々にとって、本当にspecialな場所になりました。決して忘れることはないでしょう。」と心から感謝の言葉を述べる。奥さんは涙もろい人で、これを聞いてもうメソメソ。旦那さんのほうは、うちの両親も怒った顔を見たことがないという温厚な知識人である。「どこかでまた、必ずお会いましょう」と握手をして別れる。

アメリカから、たった42時間の滞在のため、遥遥とPerthまでやって来た最大の目的のひとつは、彼らに直接会って御礼を言うためだったし、そしてその目的はここに達した。日本から行くのに比べて旅費も余計にかかったが、やはり来てよかった。

人種や言語を超えて、人の輪は広がるし、友情も存在する、そんなことを教えてくれた、美しくも素晴らしい街。しかし、これがおそらく最後の、PerthでのFamily reunionとなる。いつか再訪の機会があるとよいのだが。

しかし、帰りの旅程がまた大変。PER-SYD、SYD-SFO、SFO-ORDと、飛行時間だけで22時間。部屋に帰着したのは日曜の真夜中。月曜から仕事なので止むを得ない。ひとつ助かったのは時差ボケがほとんど無いこと。オーストラリア時間に適応するヒマがなかったんだな。はは。
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