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97年から書き続けたweb日記を、このたびブログに移行。
「知られざる魯山人」 
今月号の文藝春秋で、大宅壮一ノンフィクション賞受賞の記事を読み、早速発注した、「知られざる魯山人」(山田和)が届いたので読了。

サスペンス映画を思わせるような導入部から、本人の死後行われた白木屋即売会に出された作品の大半が贋作だったとの疑惑へと話は進む。次第に内容に引き込まれ、一気に読ませる興味深い魯山人の評伝。

ずいぶん昔だが、食に関するエッセイに凝って、邱永漢、吉田健一、檀一雄、玉村豊男、池波正太郎、丸元淑生、荻昌弘などなど、手当たり次第読み漁った。「魯山人味道」もその際に読んだ一冊。美食談義の根底を流れる独特の美意識と個性は今でも印象に残っている。

小林秀雄や青山二郎の本を読んでも、芸術家としての側面や人となりが描かれた部分が記憶に残ってるが、断片的な知識はあるものの、本人についてのまとまった評伝を読むのは今回初めて。

著者、山田和の父親は、北陸在住の魯山人支援者で、頒布会なども企画して、魯山人作品を地元に紹介し、本人とも親しく酒を酌み交わすほどの仲だったという。家中に、普段使いの魯山人作品があり、本人の素顔も知っていたという点が、この評伝をなすにあたって他者には無い一番大きなアドバンテージ。そして、それは確かに本作に生かされているように思われる。

悲惨とも言える不幸な生い立ちであったが、能書家としての特異な才能から書の道で世に出た魯山人。篆刻家、日本画家と、活躍のフィールドを広げるうちに、「美食倶楽部」を設立。生来の食への興味と料理に使う食器への探求は、やがて自ら調理場に立つ会員制の料亭「星岡茶寮」の設立と共に、自家で使う食器を全て内製する「星岡窯」での陶芸家としての活動に結実することになる。しかし、事業は繁栄するも、無軌道で金に無頓着な浪費ぶりと対人関係の軋轢は、経営を巡る内紛を呼び、結局「星岡茶寮」を追われる。

傲岸不遜、頑迷固陋で、人を信じず、好き放題に毒舌を吐く性格は、多くの敵を作ったし、妻が出奔するなど不幸な家庭生活の災いも、大部分は彼自身の性格が招いた面も多かろうと思える。しかし、自らの才能と美への追及だけを信じて生きた壮大なる奇人・才人の一生として、読んでいてまったく飽きないのは驚くばかり。ひとつには、実際の魯山人を知る著者の目が、「とんでもない野郎、魯山人」という世間の風評とは、また違う別の側面からの「魯山人の素顔」を描き出しているから。
大概の人は私を嫌いだという。私が誉めてやらぬからだ。別にけなすわけではない、本当の事を言っているだけなのだが、(中略)心にもない誉め言葉を言って、北大路は善人だと言われるよりは、ひとりぼっちで座っているほうが安らかだ。

と自ら書いた魯山人は、誰にも愛されなかった出自に最後まで惨めなコンプレックスを抱き、愛情に飢え、悲惨な境遇の人間には深い同情を抱き、唯我独尊の凄まじい自負と、脆い芸術家としての魂を併せ持つ、孤高の巨魁であった。

「星岡茶寮」時代は料理人を上の部屋から見張っており、食材の無駄使いなどの不始末を見つけると、料理人を怒鳴りつけに飛んでくる。「ドサンジンが来る!」と料理人が恐れおののいたとか、晩年はTVを見てよくもらい泣きしていたとか、丹念に収集整理されたエピソードも実に印象的。

没後50年を経て、もう本人を知る人も続々鬼籍の人となりつつある。評伝としては、これを超えるものは今後もう書かれることはないと思える秀逸なノンフィクション。人間というのは実に面白い。


さて、ここからは、本とはまったく関係ない、どうでもよい余談であるが、以前とある寿司屋のカウンタで、「久兵衛で魯山人の皿見たけど大したことないねえ」と得意気に語るお客が居た。常連顔で親方を独占し、ウンチク語るのが何より好きという、寿司屋によくあるタイプの人。

私自身に、魯山人の作について語る資格はひとつもないし、その判断は保留するが、それが何によらず、「大したことないね」と軽々しく一蹴するその態度によって、実は自分が一番大したことないように見える。そんな世間の常識を教えてくれた「他山の石」として、今でも感謝している。
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