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97年から書き続けたweb日記を、このたびブログに移行。
人生はそこまで短くない
先週、山口瞳の「男性自身 傑作選 中年篇」を再読した感想を書いたのだが、書こうと思って、すっかり忘れてた話を思い出したので、追記。

「少年達よ、未来は」というエッセイで、山口瞳はこんな風に語る。ちょうど、社会人となって間もない頃、師事していた先生と駅に来た。切符を買っているうちに列車が駅に入ってくる。急げば間に合う。しかし、先生は、いつもの歩調で悠々と歩き、二人だけが電車に乗り遅れる。しかし、この先生は、このように述べたのだという。
「山口君、人生は確かに短いが、同時に、どうしても目の前のあの電車に乗らなければならないほどには短くないよ」
ここで先生と呼ばれてるのは、おそらく高橋義孝ではないかと思うが、このクダリには、私自身、昔、このエッセイを読んだ時に大きな感銘を受けた。以来、駅で同じような状況の時、常に頭に浮かぶ言葉でもある。もちろん、一分一秒を争う時は走るが、普通はバタバタと電車に走り寄ることは決してしない。そう、人生だって、そこまでは短くないのだから。

でもって、書きたかったのは、実はこの話ではなく、これを再読した時に思い出した、高校の時に同級生から聞いたエピソード。あまりにも良く出来すぎているので、おそらく、深夜ラジオの投稿か何かを自分の体験として語ったのではと今でも疑っているのだが、それはこんな話。

彼は、朝の通学時、駅のホームの電車にドタバタと走っていったが、目の前でドアがぴしゃりと閉まった。無常にも走り去る電車。最後尾の車輌で、ホームの駅員に合図してる車掌に、彼は「覚えてろよ!」と捨て台詞を吐いた。

次の日も駅に着いたのは、電車の出発ギリギリ。またしても、走っていった彼の目の前でドアが閉まり、無常にも動き出す電車。最後尾の車輌からは、車掌が顔を出して彼にニヤリと笑い、「覚えてたぞ!」と。

阪急電車神戸線での事だというのだが、まるでネタのように話が出来すぎている。まあ、だから今でも覚えてるのだが。はは。

やはり、あせって電車に駆け込み乗車するというのは、ちょっとみっともないことだという教訓ですな(笑)

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