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97年から書き続けたweb日記を、このたびブログに移行。
そういえば、「2012」も見たのだった。
そういえば、「2012」も日本で見たのだった。忘れていた(笑) ローランド・エメリッヒ監督の作品には、「インデペンデンス・デイ」、「紀元前1万年」「デイ・アフター・トゥモロー」などSF大作が多いが、壮大かつ能天気な話で、気軽に楽しめるが、数日もすると筋書きごと忘れてしまうようなものが多い気がする。

マヤ歴が2012年で終わっているという終末論を素材として、地球滅亡を描くSF。大地が割れ、火山が火を噴き、地震が起き、大洪水が地上を襲って、世界の大都市を全て破壊して行く。凄まじいカタストロフィ描写は、大画面で見ると正に呆気にとられるほどで、凄まじい迫力あり。

ただ、この大災害を生延びる主人公達のドラマは、呆れるほどのご都合主義で、本当にこんなのでよいのかなあ、と思うほどの暴走。まあ、そもそも、「インデペンデンス・デイ」では、アメリカ大統領が戦闘機に乗って異星人のUFOに立ち向かうという能天気なエピソードを平然と描いた監督であるから、この程度は当然と言えば当然か。

もちろん、これはエメリッヒ監督がnaiveな訳ではなく、アメリカの平均的観客を想定し、「これがウケる」という冷徹な読みがあった上でプロットを見切り、映画的ウソを多用し、わざと誇張して製作しているものと思われる。それが当るから、次々に大作をまかされているのだ。まあ、しかし、アカデミーの作品賞や監督賞には縁が無いよなあ。

映画の性質からして、配役にもあまりこだわってるとは思えないが、破滅を予見する科学者役が、あんまり科学者に見えないのは、ちょっと気になった。別に人種のことを言ってる訳ではないので、誤解してほしくないが、身も蓋もなく言うと、賢そうに見えない。もちろん、現実世界では、とてつもなく頭がよい学者でも、見てくれはそう見えない人がいるだろう。しかし、映画という虚構の世界を構築するのに、わざわざ学者に見えない役者を持ってこなくてもよさそうなもんだが。

サスペンスあふれる導入部、壮大な破壊場面が与えるカタルシス、薄っぺらいヒューマニズム、ご都合主義でトンデモの香りがするストーリー、そして最後にはとってつけたようなハッピーエンド。

見てる時は、「ほほ~」、とある程度は感心するが、見終わると3日で忘れる。TVの「なんとか洋画劇場」で放映された時に、「そういえば前に見た見た」と思い出す。これこそが、エメリッヒ映画の真骨頂ですな。


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