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97年から書き続けたweb日記を、このたびブログに移行。
疑わしき小沢を罰する
小沢幹事長は再び不起訴の公算との記事。

先日の検察審査会では、審査員の前回一致により「起訴相当」議決がなされたのだが、それでもやはり、公判を維持して小沢を有罪に持ち込める証拠が無いというのが検察の結論のようだ。

ひとつ不思議に思うのは、一般市民で構成された審査会が、どんな検察の証拠を見て「起訴相当」との判断を下したかということ。小沢一郎の土地取引を巡る政治資金規正法違反事件では、検察のリークとしか思えないような様々な情報がメディアに飛び交った。しかし、最終的に訴追のプロである検察が起訴をためらうというのは、「これこそ動かぬ証拠」、いわゆる英語で言う「Smoking Gun」が、単に捜査の結果として出てきてないからでは。検察には、世間の評判を落としてまで小沢を守る動機などひとつも無いのだから。

逆に、もしも検察審査会のメンバーが、真偽の保証のないメディアの報道に影響され、動かぬ証拠が検察から提供されてないのに、「小沢はクロに違いない」と予断を持って「起訴相当」議決を決めたのだとしたら、「疑わしきはこれを罰せず」という法律的常識から大きく逸脱した判断ということになるのだが。

もちろん小沢の政治資金にまつわる問題は暗黒の闇に沈んでおり、実に怪しい。角栄や金丸信の寵愛を受けた旧田中派直系として、土建業界からの闇献金が小沢の政治資金に流入していなかったら驚きである。しかしそれでもなお、挙証責任を負う検察が確実な証拠を呈示できなければ、「疑わしきは被告人の利益に」という原則は守られなければならない。

小沢自身はこの政治資金規正法の成立に深くかかわっており、どこが最終の防衛ラインかも熟知している。秘書さえ小沢の関与を頑強に否定すれば、訴追が及ぶことはないと判断しているに違いない。

しかし、刑事上の訴追と市民の政治への信頼は、また別の問題。田中角栄が首相の座を降りたのは、起訴されたからではなかった。起訴されなかったというのは、自らが清廉潔白であるという証明ではない。もしも小沢が現在の地位に居座り続ければ、民主党に壊滅的な打撃を与えると思うのだが。

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