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97年から書き続けたweb日記を、このたびブログに移行。
「死海文書」をデジタル化
「死海文書」をデジタル化、ネット上で全編公開へ

このニュースを読んで思い出したのは、ずいぶん昔に読んだ「死海文書の謎 (ポテンティア叢書)」(マイケル・ベイジェントリ、リチャード・リー)。なかなか面白い本だった。

死海のほとりのクムランの洞窟で偶然発見された2000年前の羊皮紙や銅の巻物に書かれた文書群。旧約、新約聖書にしても、すべて後年書き写されたものしか現存しておらず、ユダヤ・原始キリスト教時代に遡る2000年前の写本がそのまま残っているというのは、世紀の大発見。

この本は、1947年にクムラン洞窟で発見された、いわゆる死海文書について、発見後45年も経つのに、バチカンの影響下にある解読国際チームのみが原本を独占保管し他の研究者に見せようとしない、その秘密主義的なやり方を批判し、文章の公開を迫る為に1991年に英国で出版された。

しかし実際には92年に、カリフォルニアの図書館が、(当該文書がイスラエルの手に渡る前に撮られた)死海文書の完全な写真コピーを保有している事を発表し、全世界の研究者にアクセスを認めた為、この本の目的は果たされ、死海文書はもう隠された謎ではなく、全世界の学者の自由な研究の対象となっている。

古代のヘブライ語やアラム語など読める人は地球上でもごく限られた数しかいないから、今更ネットで公開したとしても、利便を感じる人はほとんどいないような気もするのだが。

しかし、Wikiを読んでみると、上記の本を読んだ当時から、更に研究が進んだ部分があって、実に面白い。

「死海文書の謎」が書かれた段階では、国際研究チームは、この文書は紀元前100年以前の、ユダヤ教の他の勢力とは隔絶した、エッセネ派の手になるものである、という暫定的な結論を公開。

同時に、考古学や書誌学的な見地から、テキストの年代は紀元前から紀元後1~2世紀までに渡ると思われる事、また、世間から隔絶したエッセネ派ではなく、政治的にも宗教的にも、ユダヤ世界で他の勢力と色々関係のあったゼロス党に帰すべきものではないか、との反論も紹介されている。

最近の研究では、写本の筆跡分析から、これらを書き写した職業的筆記者の人数は数百人に及ぶことが判明し、小さな共同体の手になるものではなく、ローマによって滅ぼされる前のエルサレム神殿から直接持ち出されたものだとの推定がされているらしい。

ローマ軍に過激な異端的文書が渡るのを恐れて、神殿から持ち出され、隠されたとの仮説も呈示されている。この仮説が正しいとすると、神殿に収められた正統的ユダヤ教文書はユダヤ戦争によって完全に焼失し、持ち出された異端文書のみが2000年間保存されたという皮肉な結果になるとのこと。

異端的文書とはいえ、正統派ユダヤ教のエルサレム神殿由来の文書だとすると、昔考えられたように、「この写本の分析が原始キリスト教成立に何か新しい光を与えるのでは」という推測はおそらく成り立たない。バチカンにとって都合が悪い文書が存在するということもないのでは。

それにしても、栄華を極めたユダヤ王国エルサレム神殿の文書原本が、洞窟に隠されたこの死海写本を除いて完全に消失したというのも残念な話。エジプトではアレクサンドリア図書館の文書も全て失われ、中国の焚書坑儒でもどれだけたくさんの書物が消え去ったことか。

もっとも旧約や新約聖書、仏典等は、同じ時代に流布した原始テキストこそ散逸しているものの、広く筆写された写本が、今でも全世界に連綿と受け継がれている。昔の文書を着実に筆写して後世に残そうと続けられた、この人間の飽くなき丹念な営みにも感嘆するのだが。

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