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97年から書き続けたweb日記を、このたびブログに移行。
いまさらながら「ソーシャル・ネットワーク」
アカデミー賞は、「英国王のスピーチ」が作品賞、監督賞など4冠。「ソーシャル・ネットワーク」は、下馬評は高かったものの、割と小粒な賞ばかりに終わった印象。脚色賞というのは、確かにその通りかも。

この映画は、アメリカ最後の出張、ダラスからサンフランシスコに帰る機内で見た。世界最大のソーシャルネットワーキング・サービス、フェイスブックの創立者マーク・ザッカーバーグを描いた映画。いまさらながら感想など。

映画の最初、バーで、ザッカーバーグがいきなりガールフレンドといさかいをする場面では、ザッカーバーグが、頭はよいがいかにも社会不適合で鼻持ちならない「NurdあるいはGeek(コンピュータ・オタク)」である事が実に印象的に描かれる。

「人間には3種類あって、コンピュータに向く人、向かない人、コンピュータにしか向かない人がいる」、というのは古典的ジョークだが、この映画では、全編を通して、まさしくザッカーバーグがその第三の類型として描かれる。

もっとも報道によると、実際のザッカーバーグはこのような人物とはちょっと違うらしい。本人も映画で正しいのは服装だけだと語っている。

この映画の原作は、「facebook」という題名で邦訳もされており、先日読んだのだが、映画は基本的にこの本に忠実に描かれている。

ただ、この本の英語の原題は、「The Accidental Billionaire(たまたまなった億万長者)」という悪意を感じさせるもの。本人には取材拒否され、周辺への取材のみで書かれたようだが、大成功の課程で、ザッカーバーグの周りには、親友の切捨てや訴訟問題など、もめごとが多々実際に起こっており、そちら側に取材するとやはり悪い人物像のみが出てくるということなのだろう。アメリカン・ドリーム実現の課程では、実に様々な陥穽が待ち受けており、それを切り抜けたものだけがとてつもない成功を掴むというのがよく分かる話でもある。

この映画も、ザッカーバーグの真の姿を必ずしも描いてはいないのだろうが、しかしそれでもドラマとしては印象的に成立している。

何不自由なく育ったエリート達が集い、入れば一生食いっぱぐれがないという、名門ハーバードのファイナル・クラブの様子。名門に生まれ、裕福でスポーツもでき、社交的な学生と、ユダヤ系でコンピュータ・ギークで社交的でないザッカーバーグの印象的な対比。

親友の切捨て、連続する訴訟。そして示唆される、ショーン・パーカーの麻薬問題を密告したのはザッカーバーグではないかという疑惑。自らが巨万の富を得たフェイスブックで、別れた彼女の登録を見つけ、「友達になってください」とボタンを押し、返信を待ってリロードを続けるラスト。

一種異形の天才の光と影、栄光と孤独を描き出して、実に陰影深い映画になっていた。ただ、一般受けするかというと、主人公にあまり感情移入できないところがなあ。

「英国王のスピーチ」は未見だが、シノプシス聞いただけで、主人公に感情移入できる種類の作品だと分かる。そこらへんがひょっとするとアカデミー作品賞を逃した理由だろうか。