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97年から書き続けたweb日記を、このたびブログに移行。
「ヒアアフター」を見た


先週見逃した「ヒアアフター」を、今度こそはと忘れず、本日鑑賞。日本版のサイトでは、ヒアとアフターの間に微妙に空白が空いてるようなのだが、原題は「Hereafter」という連続した単語で「将来」とか「来世」を意味するのだそうである。実は、この単語は知らなかった。通算10年近くアメリカに住んだが、所詮外人であるから、知らんものは知らんのである(笑)

超常現象、サイコメトリー、リーディング、死後の世界、臨死体験などのキーワードは、この日記の過去ログでも結構でてくるが、昔から興味ある分野。コリン・ウィルソンなど最初に読んだ時は実に面白かったなあ。立花隆の「臨死体験」物も実に興味深かった。映画にも出てくるが、臨死体験者の見た記憶というのは、人種や文化に関係なく、不思議なことにみんな似通っているのである。

(ここから先はある程度映画の内容に触れた部分あり。鑑賞前に読んでも、必ずしも邪魔になるとは思わないのだが、どうしても気になる人は読まないほうがよいかも)



映画冒頭、フランス人の女性TVキャスターが巻き込まれる津波のシーンは、実際のスマトラ大地震が投影されているのだが、このCGが圧巻。彼女が生と死の間を彷徨うショットの水中と水面は、ちょうど此岸と彼岸、現世とあの世を象徴的に現しているようにも思える。

マット・デイモンは、死後の世界とコンタクトできるサイキックという役柄には合ってないのではと予断を持っていたが、誠実がゆえに自己の異常な能力に悩む男を演じて、実に印象的に成立している。TVキャスターを演じたセシル・ドゥ・フランスと、ジョージとクッキングスクールで知り合う女性を演じたブライス・ダラス・ハワードも実に心に残る好演。

臨死体験をしたパリのTVキャスター、麻薬中毒の母親を持ち、双子の兄を亡くしたロンドンの少年、引退したサンフランシスコのサイキック。3つの物語は、世界の別の場所の物語として、なかなか交錯しない。しかし、それを飽きさせないのはイーストウッドの端正な演出の力。

クッキング・スクールでの女性との出会いと、どことなくエロティックな目隠しのテイスティング。麻薬中毒の母親を福祉委員の訪問から懸命にかばう兄弟。辛い体験の後での、精神世界への探求と偽物との出会い。

冒頭の津波のシークエンスだけは唖然とするほどの迫力だが、その後のシーンは全て静かな雰囲気の中で淡々と語られる。しかし、イーストウッドの演出が巧みで、画面の全てに映画的緊張が満ち溢れ、まったく見飽きない。

そして、サンフランシスコ、ロンドン、パリで別々に語られていた物語が最後に交錯してからは、物語は急展開してこれまた圧巻。それぞれの物語が見事に重ねあってゆく。

ラストシーン、マリーと視線を合わせる寸前のジョージが見たのは、死後の世界と過去しか見たことがなかったジョージが初めて見た現実の未来であり、呪いだと思っていた自らの超自然の力の受容と超克、ひょっとするとその能力を失ったことさえも現している。少年がジョージとの対話で得た救いと、自らの運命に対面しようとする勇気も実に印象的。

ただ、死後の世界の描写については、イーストウッドの演出は抑制が効いており、フラッシュバックする場面もごく瞬間。ほとんど何の情報も与えていないのは、実際にはイーストウッドはその存在を信じてないのだろうとも思わせるところ。

もちろんこれも当然で、イーストウッドがこの映画で描きたかったのは「死後の世界」ではなくむしろ「生」である。死んだ双子の兄を追い求める少年とのリーディング、去りかけた後で戻ってきたというあの世の兄が弟に語る最後の言葉は、ジョージ自身の発言のようにも思える。この瞬間、彼はあの世の死者の語り部であることを止め、生について語ることを選択したのだ。少年に救いを与えたことにより、ジョージの「呪い」も解かれ、ジョージもまた救いを得た。

実は今まで、死後の世界の存在を信じ、死んだら向こうから連絡するからと約束した人間は多数いる。しかし、死後の世界からの通信は、今までただの一回も証拠で証明されたことはない。これはいったい何を意味するか。やはり存在しないのだとしたら、なんとも寂しい気もするのだが。

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