FC2ブログ
97年から書き続けたweb日記を、このたびブログに移行。
懐かしの街、青春の街、神戸。
3連休はブラッと神戸まで小旅行。

たまには景色見ながら新幹線の旅もよい。出発はお昼前の新幹線だったので、乗車前に「孤独のグルメ」でも描かれていた東京駅隣接の大丸地下ほっぺタウンで弁当を購入。秋の味覚が詰まった松茸弁当。

kb111001.jpg

この大丸地下のお酒コーナーでは、プラスティックのカップがついた日本酒も売っており、実に便利。駅の売店でもワンカップ大関は売っているのだがよい酒がない。車窓を過ぎる景色を眺めつつ、弁当を肴に、八海山をユルユルと。え、昼から飲んでよいのかって? だって休みだもの(笑)

伊丹十三の「日本世間噺大系」では、新幹線の食堂車のマズさに業を煮やして、会員制で何千円もする弁当を販売する秘密組織の話が出てくるのだが、それを偲んで、大丸地下でなだ万の一番高い特選弁当など購入してみた。それでも2500円程度。客待ちの弁当ではロスが多いから、デパ地下ではこのあたりが限界だろうなあ。伊丹十三のような弁当は、本当に予約制でないと無理だろう。まあでも、この弁当は美味かった。

kb111002.jpg

神戸の街からは、六甲山系が実に近くに見える。東西に伸びた神戸に慣れた神戸人は、山があるほうが北、海が南、坂を上ると北、下ると南という事が当たり前に思っており方角を常に気にする習慣が無い。だから目印のない街に行くと(東京も含め)とたんに道に迷うのだよなあ(笑)

今回、久しぶりに昔通った高校の校舎まで歩いてみた。阪急電車で通ってた当時は「西灘」駅、現在は「王子公園」と名前が変わった駅から摩耶山のふもとにずっと登って行く。

kb111004.jpg

あの当時、毎朝ここを登ってたとは信じられないような急坂。まあ、神戸はどこでも坂の街なんだけれども。時間に余裕がある時は、駅で顔を合わせた同級生と話ながらダラダラ登ってたが、遅刻寸前の時は実に大変なんだこの急坂は。

kb111005.jpg

そして、校門への最後の坂。これを「地獄坂」と呼んでたなあ。同じ高校の先輩、村上春樹もこの坂を登ったと、エッセイで記述があったと聞くが。同窓生なら誰しも懐かしいこのとんでもない坂。

kb111006.jpg

そして、その地獄坂を登り切った高校の正門。ちょっと化粧直しして壁面の色が新しいが、形は概ね昔と変わってないような。しかし懐かしき我が母校「神戸高校」。

当時、阪急六甲からバスに乗ると地獄坂のふもとまでバスで来れたのだが、毎日「西灘」駅から坂を上ってた我々は、坂を嫌ってバスに乗る連中を馬鹿にしてた気味合いもあった。しかし今見ると、毎日登るにはとんでもない坂だ。ケーブルカーがあってもしかるべきというか。(高校の近くには確かにその上の摩耶山に登るケーブルカーの駅があるのだが)

しかし、当時うちの高校で勤務してた教諭連は、どうやって通勤してたのだろうか。ああそうか、車通勤だったのかもしれない。

スポンサーサイト