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97年から書き続けたweb日記を、このたびブログに移行。
「木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか」
「木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか」読了。

格闘技好きなら、木村政彦は、「鬼の木村」と呼ばれ、「木村の前に木村なく、木村の後に木村なし」と称された日本柔道界に燦然と輝く稀代の柔道家であることを知っているだろう。そして、日本プロレスの黎明期、柔道からプロレスに転じた木村が力道山と第一回プロレス全日本選手権を戦い、敗れ去った事を。

もう少し状況を知る者なら、プロレスにはすべてアングル(事前に仕組まれた筋書き)があり、この試合は「引き分け」と事前に打ち合わせがされていたのだが、力道が突然本気を出して、油断していた木村の顔面への張り手、頭部へのキック攻撃を雨あられと浴びせ、木村を葬り去ったことも。

この試合は現在でもYouTubeに残っているのだが、力道山の掌底によって意識が飛び、崩れ落ちたところ頭部に執拗にキックが炸裂し、失神KOされる木村の姿が残されている。しかしこの時、木村は柔道の現役を離れて長く、トレーニングを積んでおらず、前夜も大酒を飲むなど、明らかに油断しきっていたのだった。

この著者は、柔道側の立場から、木村政彦が本当はどれだけ強かったのかを、木村の師であり同じく「鬼」と呼ばれた牛島辰熊、そして木村が育てた弟子岩釣兼生と3代に渡って俯瞰しながら丹念に取材してゆく。

病気によって不覚を取り、天覧試合に敗れた師の牛島は、自分の夢を託する弟子を探し求め、逸材木村に出会い、自らの家に下宿させながら、拓大柔道部で、木村を極限まで鍛えに鍛えて行く。毎日9時間の道場での稽古。そしてその後でのウェイトトレーニングと座禅、深夜に庭のイチョウ大木へ綱をかけた打ち込み練習。戦前の全日本選士権を3連覇し、天覧試合にも勝利した木村は、古式柔術を身につけた怪力。寝技になれば誰にも負けず、立ち技の切れでも練習中に大外刈りの体勢になるだけで相手がしゃがみこんで「お願いだからそれだけは止めてくれ」と嘆願するほどだったという。

この本に掲載された全盛期の木村の写真を見ても、大胸筋がはちきれんばかりに盛り上がっているし、無駄な脂肪ひとつ無く、太ももや上半身の筋肉も異形と呼べるほど発達している。当時は、パワーと技を兼ね備えた、まさに無敵の格闘家であった。

講道館柔道、武徳会柔道、高専柔道(帝国大学柔道連盟)の勢力争いから戦後はスポーツ志向を強めた講道館柔道が全盛となり、立ち技主体になった日本柔道の、時代に沿った変遷の歴史を振り返る本としても優れた著作。古式の柔道は、戦場での実践格闘技として、当て身(打撃)や投げで相手を倒した後は寝技で相手を支配し、手足を折り、あるいは馬乗りになって相手に拳骨の雨を降らせるような、ちょうど今のグレイシー柔術がブラジルで継承した柔道なのであった。「柔道は打撃が無いから弱い」という説が人口に膾炙してしまったのは柔道にとっては誠に残念なことだった。

選手としての絶頂期に向かえることになった太平洋戦争。徴兵され、何年も稽古すら出来なかった木村は、戦後の混乱期、食う為にプロ柔道に転じ、そしてプロレスの興行で世界を巡ることになる。

のちにヴァリー・ツゥード(総合格闘技)に君臨することになるグレイシー一族の長、エリオ・グレイシーとのブラジルでの対決を描いた部分もまさに壮絶。毎晩大酒を飲んで女と遊びながら、昔培ったとてつもない練習量の蓄積はちゃんと残っており、エリオを圧倒して寝技で支配し、絶対にタップしない彼の腕を折って完全勝利している。グレイシー一族にとっては、木村は今でも崇拝すべき柔道の絶対王者なのだとか。

視聴率100%と言われた力道山との試合で、力道が約束破ったとはいえ、なすすべもなくやられてしまったのはまさに痛恨の油断。柔道の全盛期は、敗北したら腹を切って死ぬ気でいたというが、戦後プロレスのリングに上がった時にはその気迫は残っていなかったということか。その敗北を恥じた木村は、短刀を持って力道を殺そうと付け狙った時期があり、本書の題名はそこから来ている。

力道山は自分のイメージを作り上げることに巧みであり、シャープ兄弟との試合でも、木村は常に引き立て役に回らされた。「巌流島の戦い」と呼ばれたこの試合に勝利した後、名実共に日本プロレスの帝王として君臨して行くことになる。逆にこの試合に負けた木村がどれだけ大きなものを失ったか。そして「柔道はやはり弱い」という評判に柔道界がどれほど苦しんだか。この著作でも克明に述べられている。

しかし、全盛期の木村であれば、セメント(本気)の勝負でも力道山を寝技に引き込み、あっけなく勝っただろうと思わせるほど、前半部分の「鬼の木村」の鬼神の如き強さの描写は凄みがある。そして最後の部分で明かされる、木村の弟子、岩釣兼生のエピソードも印象的。3代に渡って「最強」だけを求め続けた柔道の「鬼」師弟の深い絆。

格闘技関係では、「大山倍達正伝」や、「1976年のアントニオ猪木」などが、まさに圧巻の本だったが、この本も本棚にずっと置いて時に読み返したい素晴らしい一冊。

木村の評価は、グレイシー柔術が総合格闘技に進出して観客の度肝を抜いた頃から、エリオを破った伝説の柔道家として、日本よりアメリカやブラジルで名高く、探してみると昔の画像が結構YouTubeにもあがっている。これからちょっと検索してみるか。




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