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97年から書き続けたweb日記を、このたびブログに移行。
「バットマン ビギンズ」と「ダークナイト」
リブートしたバットマンシリーズの第三作、「ダークナイト・ライジング」が劇場公開中。観に行くかと思ったが、前2作を観てないことに気付き、Amazonにブルーレイ、「バットマン ビギンズ」「ダークナイト」を発注。

なかなか観る機会がなかったのだが、もう夏休みも終わってしまう。昨日午後にまず「バットマン ビギンズ」を鑑賞。最初のシーンから、何か微妙な既視感あり。渡辺謙が出てきたところで「あ、この映画は観たことある」と気付いた。調べてみると2005年の過去日記に感想まで書いてたというテイタラク。だんだんボケが始まったか(笑)まあ、観てもあまり感心しなかったので記憶にきちんと残っていなかったのだな。

筋書きはほぼ思い出したので、時折カシャカシャ早送りしながら視聴。まあくよくよ悩むバットマンというのは、割とリアルではあるのだが、そもそも原作に思い入れが無いので切実に感じられないところが難あり。

「ダークナイト」のほうを続けて視聴。この作品は観ていなかった。これも前に観てたなんて事になると自分の記憶に根源的な疑問を抱くところだった(笑)


何が善で何が悪か。正義と悪は何が違うか。正義のためなら何をしても許されるか。ジョーカーという異形の悪役を得て、この映画は哲学的な問いを観客に突きつけてくる。

バットマンは正義の味方となっているが、自分の正体は世の中から隠し、殺人だけは直接行わないものの、悪を葬るためなら、盗聴、誘拐、破壊と、数々の犯罪を犯している。正義のための犯罪は許されるのか。バットマンが正体を明かさなければ市民を一人ずつ殺すというジョーカーの邪悪なゲームと、正邪の判断を巡って揺れる人々の心。

ジョーカーはある意味バットマンの暗黒サイドの鏡像であり、ジョーカーが体現する不条理で虚無的な深い闇が、映画に実に大きな陰影を与えている。正義を体現する象徴であったハービー・デントが墜ちた陥穽の闇も正義と悪の境界線はどこにあるのかを考えさせられるエピソード。ジョーカーを演じたヒース・レジャーは実に印象的な好演。公開前に薬物中毒で死亡したのが悔やまれる。そうか、西オーストラリア、パース生まれなんだ。

「ダークナイト」は、実に見ごたえのある映画。第一作の「悩めるバットマン」というモチーフは、ジョーカーという強烈な悪役を得た第2作で、実に印象的に結実したともいえる。

さて、一応、これで「ダークナイト・ライジング」を観る準備は終了。しかし第2作が強烈で大ヒットしただけに、結構3作目は大変だったろうなあ。果たして2作目を超える出来になってるのだろうか。今度はそこが心配になってきたな。



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