97年から書き続けたweb日記を、このたびブログに移行。
太地町の「イルカ追い込み漁」は擁護に値するか?
キャロライン・ケネディ駐日大使がtwitterで「イルカ追い込み漁」批判をして大きな話題に。しかし、ネットで見られる反論は脊髄反射的かつ感情的で、あまり有効ではないように思える。

まず、ケネディ大使の発言を再度引用しておこう。
米国政府はイルカの追い込み漁に反対します。イルカが殺される追い込み漁の非人道性について深く懸念しています。

Deeply concerned by inhumaneness of drive hunt dolphin killing. USG opposes drive hunt fisheries.

大使の個人的な暴走に過ぎないという観測もあったが、米国務省、「イルカ漁懸念」日本政府に伝えるという記事では国務省副報道官が正式に、ケネディのコメントはアメリカ政府の公式な立場と相違ない事を言明。

そして、このケネディ大使のコメントに反論するのなら、押さえておかなければいけないポイントがある。

まず、このコメントは日本の捕鯨全般については何ひとつ述べておらず、あくまで「イルカ」の「追い込み漁」についてのものであるということ。

もうひとつ確認しておかなければならないのは、wikiの「イルカ追い込み漁」に書かれているように、 「批判の対象であるこの漁は、日本では和歌山県太地町でしか行われていない」 ということ。シー・シェパードの活動に比べれば、ケネディの批判対象は実に限定的で穏当なもの。

また上記wikiに記載があるように、太地町の「イルカ追い込み漁」は1969年から始まっており、古い伝統がある訳では無い。そもそもは、世界各地のイルカショー用のイルカを生体捕獲するために始まった漁の形態。

相手が批判してないものにまで反論しても空振りになるだけ。「捕鯨は日本の文化だ」という反論は最初から大きく的外れ。問題は「イルカ」だ。「他国の文化を批判するな」というのも大きな空振り。批判されているのは「ひとつの町でだけ行われている特殊な漁」に過ぎないのだから。

もうひとつ忘れてはならないのは、この太地町の「イルカ追い込み漁」を批判するアメリカ人はおそらく全員が、この漁を批判してアカデミー賞を取ったドキュメンタリー「The Cove」を観ており、それが批判の根本にあるということ。逆に言うと「The Cove」も見てない日本人が脊髄反射的に相手に罵倒を返しても、ほとんどポイントを外してしまう。

この映画については、私自身はアメリカ在住時にDVD購入して観ており、感想は過去ログ「The Cove」を見たに書いた。

この映画の主役であるイルカ調教師リック・オバリーは、イルカ解放運動家で一風変わった人物。彼もまたこの映画で「捕鯨」のことなどひとつも言及していない。彼が主張するのは、「イルカを殺すな」、「イルカを捕獲するな」、ただそれだけである。国際捕鯨委員会(IWC)に乗りこんでいって「イルカも保護せよ」と力説したが、「鯨とイルカは違う」と門前払いされており、捕鯨反対のシー・シェパードとの連携にも積極的ではない。

この映画の上手いところは、あらかじめ太地町側の典型的な反論を封じるシーンも入れこんでいること。リック・オバリーは、「太地の漁師は、イルカの屠殺は伝統であり文化だ、お前達が牛を食うのと同じことと言う。しかし、そんな説明は嘘っぱちだ」と語り、東京や大阪での日本人への街頭インタビューを映し出す。

「イルカを食べますか」と聞かれて「大好物だ」とか「日本の食文化だ」と答える者はいない。「イルカなんて食べないよ」と言うばかり。「イルカが年間2万3千頭も殺されて食肉にされていることを知っていますか」と聞かれた街頭の人の反応は、「そんなことまったく知らなかった」というもの。

都内でイルカ肉を探してもどのスーパーにも売っていない。食べたことある人もほとんどいないだろう。牛や豚のように普通の畜肉として流通していないのだから。鯨ならば、尾の身、ハリハリ鍋、ベーコン、さえずり、大和煮缶詰など様々な、料理法があって頭にも浮かぶ。イルカはどんな風に調理するか、答えられるものもほとんどいないだろう。昔は鯨肉として流通した事もあるらしいが、いまはJAS法改定によりイルカ肉を鯨肉と称するのは食品偽装だ。

「鯨は日本の伝統食」、「牛や豚食べるのと同じ」、「牛や豚も屠殺しているだろう」という反論は、太地町の「イルカ追い込み漁」に関する限り、まったく有効な反論ではないのだった。

「The Cove」にはまた、リック・オバリーが「イルカの肉を売る分のお金をあげるからどうかイルカを殺さないでくれ」と太地町の漁民に懇願するが断られたと語るエピソードもある。沖合の網から血だらけで逃げようと岸に泳いでくるイルカを見て涙ぐむ女性を「見るな!」「あっちに行け!」と怒鳴りつける太地町の漁師たち。この場面は恣意的に編集されており、実は同時に起こったことではないらしいが、太地町の漁師を無知蒙昧で野蛮な連中として描き、観客が彼らを嫌いになるように、実に巧みに演出されているのだ。

その点ではこの映画はやはりバイアスのかかったプロパガンダなのだが、この映画が日本で上映されようとした際の、太地町や和歌山県、捕鯨推進派の対応がまた幼稚でお粗末だった。映画館に圧力をかけ「上映するな!」、人々には「みんな見るな!」。そんな対応されたら誰だって、「ははん、太地町の連中には何か後ろめたいことがあるのだ」と思うに決まっている。

「The Cove」でのもう一つの主張は、イルカは沿岸での食物連鎖の最上位にあり身肉の重金属汚染が高く、肉は食用にすべきではないということ。太地町での小学校給食ですら、汚染を心配した親の反対でイルカ肉は出していない。太地町で売られているイルカ肉からは厚労省食品基準の10倍の水銀が検出された。

この映画を「反日レイシズム」だという反論も当たっていない。映画が糾弾しているのは太地町の「イルカ追い込み漁」をする漁民たちだけなのだから。しかし対象を極限まで絞っているだけにこの映画の持つ糾弾の力の鋭さは侮れないものがあり、太地町や和歌山県がムキになって正当性を主張しようとするほど、結局自ら墓穴を掘って自滅するような事になっている。

上記で述べてきた状況を概括するに、どう考えても太地町の「イルカ追い込み漁」の分は相当悪い。

残された策というと、「韓国では犬を食っている」というところまで戦線を後退して「これは食文化なり」と擁護の論陣を張るくらいか。しかし、何度も言うが批判されているのは日本全体ではなく「太地町」の「イルカ追い込み漁」のみ。一つの町の零細な産業を守るために、日本全体で立ち上がって、 「イルカなどいくら殺してもよい。そして、その血の責任は、我々と我々の子孫の上にかかってもよい」 と宣言する必要がどこにあるだろうか。

マグロやカツオが捕獲禁止となったら日本料理の豊かさが失われるのは確実。鯨も失われるにはあまりに惜しい食材。しかしイルカ肉はそうではないだろう。

「The Cove」に依る批判が止まらない状況を考えるに、落とし所としては、申し訳ないが太地町の漁民に「イルカ追い込み漁」を止めてもらうしかないのではと思う。(リック・オバリーは納得しないだろうが)金になる水族館向けの若い個体の生け捕りだけは残してもよい。殺しさえしなければ、国際的な批判は止むだろう。

二束三文のイルカ肉の漁業収益など、高がしれている。眼を三角にして網に追い込んだイルカを今後も殺し続ける必要が本当にあるのだろうか。和歌山県が漁業補償して太地町の「イルカ追い込み漁」をおしまいにすれば、「いや、もう別に誰も日本ではイルカなど殺してませんけど」と言って批判の旗を降ろさせることが可能だ。これはどうしても無理な事かねえ。







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