97年から書き続けたweb日記を、このたびブログに移行。
熊本で復興城主になった。 写真日記
先週の金曜からGWに突入。何処かに行こうかとは思っていたのだが、決めかねていたが、ちょっと前に熊本地震から丸一年の報道番組が結構放送され、一度熊本に行って熊本城の復興城主になるかとフライトと宿泊を手配したのだった。天草は以前ったことがあるが、熊本市内は初めて。

空港からタクシー乗ったが、車は片側2車線の並木道を走って行く。熊本はあちこちの緑が濃く多い印象。

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宿泊したのはJR熊本駅付近のホテル。まだチェックイン時間になっていないので、荷物だけ預けて取敢えず昼飯でもと市街に出る。熊本の路面電車はPASMOやSUICAが使えるのが実に便利。市内はどこでも170円均一なのだが、まず中央部の扉から乗った際に一度PASMOを読み込ませて、降りる時に車両前部の料金収納端末にまたカードをタッチして支払する形式。

まったく予備知識なくフラっと来たので、どこが繁華街なのかよく分からない。路面電車の電停に近づくたびにこの辺りに飲食店が集まっているかどうか、嗅覚を働かせて判断(笑) 祇園橋や河原町と聞くと京都の連想から盛り場かと思うのだが、どうも雰囲気が違う。辛島町まで来て、商店街のアーケードがあるので、そろそろ賑やかな場所ではと下車。

歩いてみると、この辺りから、花畑町、通街筋辺りまで商業街が続き、ちょっと横に入ると飲食店があるという雰囲気なのだった。ただ昼を結構過ぎており、なかなかピンとくる店がない。熊本ラーメンの店もあれこれあるのだが、これまたどこに入ってよいか分からない。放浪している内に、桂花ラーメン本店なるものに遭遇。新宿にある支店には何度か行ったことがあるが、そうか、ここが本店だったのか。

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入店して、新宿でも食した事のある太肉麺とビールを注文。入店すると愛想のよい、若干年配の店のお姉さんに、どうぞ此方にと言われてカウンタに腰掛けて注文したのだが、後から入ってくる客は入り口左の食券機で食券を買っているようだ。あれ? 場違いな事しちゃったかな。新宿店はどうだったっけ。

後から入ってくる客を観察しながらラーメンを食しているうちに、勘定書が置かれる。だとしたら食券で無くてよいのだよなあ。と思いながら食べ終えて、お勘定をお願いすると、愛想のよいお姉さんが入り口のレジで勘定を。「券売機を使わないといけなかったんだよね」と確認すると、「いえ、うちは本当にどちらでも良いんですよ。でも、お客さん、途中で気にされてたでしょ(笑) なんだかこっちが申し訳なくて」と明るく笑う。よくお客を見ているんだねえ。熊本に来たらまた寄ろう。しかしもうヘビーな太肉麺を旨いと感じる年齢は過ぎてしまったんだなという感慨が。

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熊本市役所の14階展望フロアに登って熊本城と市内を一望。しかし同じフロアで、いまだに震災補助金の申請受付が行われており、結構な人が訪れている。震災復興の様々な手続きもまだまだ完了していないのだと実感。

そこから熊本城に。本丸には入れない。二の丸公園周囲から観れるだけだが、回ってみると城壁や城塞には深刻な崩壊があちこちに。

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完全復旧には20年かかるというが、やはり石垣を再び組むのに時間がかかるのでは。仙台の青葉城址の石垣も、東日本大震災で崩れて大変だったようだが、同じ素材で同じものを組み上げるのは大変な労力が必要だろう。

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加藤神社から修理中の本丸を望む。瓦が全部落ちて実に痛ましい。

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そしてわずかながら寄付して復興一口城主に。城主証明書は後日郵送されるとのことだが、たとえ些細な比率でも、持分があるから「我が城」(笑)  完全復旧には時間がかかるだろうが、何年か後にでも、我が城の復旧度合いなど検分に来るか。

夜はどうするかと、再度熊本市内繁華街をブラブラしたが、やはり予備知識無しには選定困難。期待せずに、大外れも無かろうと、ホテル日航熊本「弁慶」の寿司カウンターに。しかし、素晴らしい地の魚や日本酒があれこれあり、サービスも実に良かった。

寿司 職人に聞くと、熊本日航ホテルは地場資本が経営。職人も地元で異動は無く、食材はなるべく地の物に拘ると言う。天草の、地タコ、ウニ、車海老、アジなど秀逸。五島列島のカリカリした噛み応えの生鯖など確かに九州は海産物の宝庫だ。天草のコハダは殆ど築地へ直行らしいが。

繁華街で良さげな寿司屋を探すも無かったと職人に言うと、寿司屋の数が減りましたと。しかし、「築地」を店名に冠する大規模チェインの24時間営業大規模店は、盛り場のあちこちに。熊本で「すしざんまい」や「すし鮮」もねえw 日本もどんどん画一化してゆく。

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帰りはブラブラと徒歩で帰宅。日も長くなった。

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熊本二日目。

熊本市電、A列車で行こう(笑)  路面電車が残る街は良い街だ。神戸にだって、昔々は走っていたが。都市の進化としては、地下鉄が出来ると路面電車が無くなるという流れなんだろうが、路面電車に乗ると、先を急ぐよりも、なんというかゆったりと時間が流れている気がする。

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昼間に行った水前寺公園。たまに昔の殿様が築いた日本庭園を訪問すると、その壮大さには驚くし、日本的情緒が溢れて実に落ち着きますな。水前寺清子は熊本の出身だったっけか。

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熊本市内の小泉八雲熊本旧居。松江に住んだのは有名だが、英語教師の職を得て熊本にも妻と住んでいたのであった。震災の影響で場所を制限して無料公開。海外の何処にも居場所を見つけられなかったラフカディオ・ハーンが東洋の片隅に見出した心の平安。人形の墓、耳なし芳一、果心居士、むじな、ちんちん小袴等々、八雲の感性が掴み取った日本の古譚は、今でも読み継がれている。

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昼は三年坂通の寿司屋カウンタで「郷土料理御膳」など。ビルになっており、寿司職人含めてインカムつけて指揮命令するような繁盛店。前に大相撲九州場所に行った時も同じような一軒建てビルの寿司屋があったなあ(笑)

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市内はあちこち歩き回ったが、動植物園は震災影響で平日は閉園、土日のみ入場地域を制限して無料開放と震災の影響はいまだに残る。復興募金箱に千円札を入れようとしていたら、窓口から職員の女性が顔出して「ありがとうございま~す! 頑張りま~
す!」と明るい笑顔で。明るく頑張る人がいる限り復興は大丈夫だ。

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熊本二日目の夜は、馬刺しと阿蘇産熟成赤牛の炭火焼き。馬刺しも極上だったが、ウェット・エイジングした阿赤牛が実に旨味が濃く素敵に美味かった。グラム数の違う部位が切り分けてあり、その日の一覧の中から、ではこの233gのをと指定して焼いてもらうシステム。

子供の頃、神戸東門筋にカウンタだけのステーキハウス「アトランティック」と云う店があり、時折親父に家族で連れて行って貰った。串に差した肉を石窯で焼いて居たのだが、感動するほど美味かったのを覚えている。値段も相当したらしいから、うちの親父もその頃は羽振り良かったんだな(笑)

でもって、何が言いたいかというと、この店の阿蘇産熟成赤牛の炭火焼きを食して、「ああ! アトランティックのステーキはまさにこの味だった!」と思った事を書き留めて置きたかったのだった。もう何十年も前で、当時は熟成肉なんて聞かなかったが、おそらくあの店の主人は、どうやっていたかは知らないが、今のウェット・エイジングと同じ旨味を引き出していたのだろう。しかし肉を食って、子供の頃の記憶が蘇るというのも実に不思議な体験。

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そうやって飲みつつも、一応は城主であるから、伸びた日の中、熊本城を視察してからホテルに帰るのであった(笑)



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