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97年から書き続けたweb日記を、このたびブログに移行。
大阪松竹座、「七月大歌舞伎」昼の部に遠征
令和元年七夕の日は、名古屋で大相撲初日を観戦予定。土曜に前乗りする予定であったのだが、どうせなら金曜の夜に大阪まで出て、土曜日は、久しぶりに大阪松竹座で「関西・歌舞伎を愛する会 結成四十周年記念 七月大歌舞伎」、昼の部を見物。

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ここで初日前に「船乗り込み」があったんですかなあ。

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グリコの横には中車が。

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この日は祇園の総見とかで、一階上手側壁際には綺羅びやかな着物の舞妓さんがズラリと。他にも落ち着いた着物の「お姉さん」が沢山来場。会場は実に華やかである。

最初の演目は、「色気噺お伊勢帰り(いろけばなしおいせがえり)」

松竹新喜劇の舞台を歌舞伎化。伊勢参りの旅から帰った大阪庶民の巻き込まれるドタバタを描く喜劇。

伊勢参りは大阪庶民の娯楽で、お参りを済ませた後は、精進落としとして、遊郭に繰り出すのが通例。昔から門前町には悪所が付き物とも聞く。「伊勢音頭」でも出てくる、「御師」という、今でいうツアー・コンダクターのようなものが居たのだが、結構な金額がかかり、庶民は「講」に入り、毎月少額を積立し、クジで当たったものが順番に積立金を使って伊勢参りに行ったのだとか。

貧乏だが二枚目の大工清八が、郭で遊女に適当な事を言って大モテしたのだが、その遊女が清八を訪ねてきた事から始まるドタバタ。ラチも無い気楽な喜劇だが、芝翫はチャランポランな色男が良く似合っている。鴈治郎はんも、歌舞伎辞めてもそのまま松竹新喜劇か吉本新喜劇で通用する出来。

扇雀も壱太郎も軽妙に演じて上手いものだが、実は底なしの悪女であったという遊女を演じる梅枝は、軽い役であってもちょっと手に余った風があった。最後に丸く収める秀太郎は流石の風格あり。

次は短い舞踊劇、「厳島招檜扇(いつくしままねくひおうぎ) 日招ぎの清盛」

この世を我が世と思い権勢をふるった平清盛が、扇で呼び戻すと落日が戻って来たという故事を舞踊劇化。平清盛を、病気で倒れて以来久々に片岡我當が演じる。動きは片腕しかないが、セリフはちゃんと入っているしなかなか堂々たるもの。進之介、萬太郎、壱太郎、中村福之助など若手を配して。

幕間のイヤホンガイドでは弟の仁左衛門のインタビュー。兄の我當が舞台に上がれるようになった事を喜びながらも、歌舞伎を知らない人が見たら「なんだこれは」と思うかもしれない、しかし、歌舞伎のお客様の中には、不自由な身体で演じても、「ここまでよくなったのか」と喜んで頂けるお客様もいる、まあお客様への甘えではあるのですが、それでも復活はよかったと。

様式美にあふれた豪華絢爛な舞踊。


最後の演目は、「義経千本桜(よしつねせんぼんざくら)」より、「渡海屋・大物浦の段」。いわゆる「碇知盛」。

渡海屋銀平実は新中納言知盛を仁左衛門。関西ではこの演目はおそらく演じ納めとの事で見物に来たのであった。

源義経は菊之助。高貴な若武者として印象的に成立。女房お柳実は典侍の局が孝太郎。

仁左衛門は生まれついての立ち役で、知盛は大きく輪郭がクッキリしており圧巻の迫力。演出としては物語が分かりやすい。
渡海屋奥座敷、注進に来た家来が伝える戦の劣勢、沖の船から明かりが次々と消えて行くのを見て、知盛の奇襲が失敗した事を知り、平家の女官達が驚愕し慄いて泣く場面は、歌舞伎の様式的な美に満ちているのだが、歌舞伎座で見たほうがずっとスケールが大きかった。これは小屋の大きさで仕方がない。

西国に落ち延びる義経の船が嵐に会い、平家の亡霊のせいだと言われた故事に、史実では、壇ノ浦で平家滅亡と共に死んだ平知盛と安徳帝が実は生き延びていたと言う虚構を巧みに持ち込んだ筋書きが優れている。

復讐の鬼となった知盛が、最後には父清盛の悪行を振り返り、昨日の敵は今日の味方と、安徳亭を義経に託し納得して死んでゆく人間劇。しかし、壇ノ浦で平家を滅ぼした大殊勲の義経さえも、今や頼朝と不仲になり落ち延びる身。運命の輪が巡る歴史の無常の中に、虚構を見事に挿入した歌舞伎の名作。碇を海に投じ、それに引き込まれて海に消えて行く知盛を演じる仁左衛門は実に大きく、年齢を感じさせない見事な動き。凄かったなあ。

打ち出しの後、新大阪駅構内の居酒屋で串カツを肴に一杯やった後、新幹線で名古屋に移動したのであった。









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