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97年から書き続けたweb日記を、このたびブログに移行。
吉例顔見世大歌舞伎、昼の部
月曜日の振替休日に歌舞伎座、吉例顔見世大歌舞伎昼の部を。月の中盤以降は大相撲九州場所があるので、初旬にまとめて歌舞伎観劇。この月だけ歌舞伎座前には古式を残した櫓がかかる。

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最初の演目は、「研辰の討たれ(とぎたつのうたれ)」

これは、野田秀樹が演出した「野田版」が有名で、シネマ歌舞伎などにもなった。しかし見たことがない。歌舞伎版も今回初めて。大正時代の新歌舞伎で、敵討ちという封建的な遺風に対する批判精神が底流に流れている所が面白い。

刀の「研ぎ屋」だった守山「辰次」が侍に取り立てられ、揉め事から家老を殺し、その息子の敵討ちで「討たれる」からこの題名だったとも初めて知った。

口八丁で頭の回るお調子者。上へのゴマすりを同輩に軽蔑された事に反発して虚勢を張る所も面白い。この研ぎ辰は、辱められた家老を計略で殺す悪党でもあるが、よく回る口とその場しのぎの軽妙な行動は滑稽で妙に憎めない所あり。

ニンとしてはやはり勘三郎を思い出すが、幸四郎も「弥次喜多」で見せた喜劇風味が、なかなかこの辰次役に合っている。

父親を殺された義務として敵討ちを果たさねば故郷に帰れないのが封建の習い。全国を行脚する平井九市郎、平井才次郎の兄弟を、坂東彦三郎、坂東亀蔵の兄弟が演じるのも息が合っている。大詰めのドタバタ喜劇部分もアドリブ感あり、客席が沸く。口八丁の才覚で、なんとか逃れたと思った最後の場面も実に印象的。「敵討ち」の虚無感を感じさせる演出も近代の感覚。

ここで30分の幕間。花篭で「花車御膳」など。

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この食堂で出す冷酒は歌舞伎座の絵柄が入った特製なのだが、なかなか結構である。

次は「関三奴(せきさんやっこ)」

15分の賑やかで短い舞踊。しかし、前後の狂言が長く、この昼の打ち出しは3時55分と大分遅いので、この演目は無くてもと思ったが、まあ舞踊が無くて2本立てもバランスが悪いか。

威勢のよい奴の踊りだが、松緑も芝翫も踊りは達者。正確で生真面目な踊りの松緑に対し、赤っ面の芝翫のほうが柔らかく踊りを崩している感じがあり、良くいえば大きい、悪くいえば雑で大まか。同じ踊りでも個性が出るものだなあ。

最後の演目は、「梅雨小袖昔八丈(つゆこそでむかしはちじょう) 髪結新三」

実は隔週発売の雑誌「歌舞伎特選DVDコレクション」でこの前買って、菊五郎2011年新橋演舞場での「髪結新三」を観たばかり。音羽屋家の芸。以前、DVDで見た勘三郎も良かったが、菊五郎も世話物では「髪結新三」が一番生き生き見える当たり役。

ホトトギス、長屋裏の青葉、初鰹、朝風呂帰りの浴衣を吹き過ぎる江戸の風。初夏の江戸。その季節感が一杯。何時、何度見ても面白い河竹黙阿弥作、世話物の傑作だ。

手代忠七は時蔵。女形が演じる事の多い白塗りヘナヘナの色男役。家主長兵衛は左團次。何度か演じた事があるはずだが、まだ公演4日目とあって、途中で台詞が飛んで「なんだったっけ」としばし考える間があり。しかし全般にこの人のはまり役である。丑之助が丁稚長松で成長ぶりを見せる。音羽屋劇団の息の合った演目。

新三内の場で「泥棒が入った」と聞いて慌てて大家が出てゆく所で場面転換の幕。そうすると客席の内側にいた3人がドドドと出て行った。まだ焔魔堂橋の場があるのになあと思っていると、大詰めの幕が開く前に、またドドドと戻って来る。どうも終演と間違えたらしい(笑)

閻魔堂橋の前で切り結ぶ髪結新三と弥太五郎源七。閻魔堂は今も門前仲町に現存している。橋はさすがにもう無いが。

新三が一太刀食らった後、舞台が明るくなり、二人が舞台に直って昼の部の終演を告げる、ちょんぱの終わり。これまた粋な打ち出し。




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