97年から書き続けたweb日記を、このたびブログに移行。
法律の常識と社会の常識
時差ボケは大半解消したのだが、やはり身体の根本的リズムが日本時間には完全に適応しないままで、目が覚めるのは毎日5時頃。ホテルの部屋で早朝からTV見てるので、日本国内の報道にはずいぶん詳しくなった。

この1週間では、検察の捜査絡みで被告の明暗を分ける事件が次々と。

鈴木宗男衆院議員については、最高裁が上告棄却して2年の実刑がとうとう確定。いずれ収監される見通しに。

ご本人の脳内では、自分は一切悪くないというストーリーが確固として成立してるのだろう。国策捜査と反論してるが、秘書として仕えていた中川一郎の寝首を掻くような立候補の経緯を見ても、地盤も看板もなく成り上がったその行動の全てが清廉潔白であったとは、やはり考えがたい。

容疑は検察の空論であり、「これからも検察と戦って行く」とコメントしたが、裁判の過程で反証を挙げることに成功しておらず、すでに勝敗は決した。未決拘留期間を控除しても1年以上塀の中。そしてその後5年間は被選挙権が無いのは厳しい。鈴木宗男の政治生命はこれで実質的に終わっただろう。まあ、鈴木宗男自身は自分の家族や友人に対しては、真摯で誠実な人間であっただろうとは推察するし、そこまで否定されると彼も立つ瀬が無いだろうが。

村木元労働省局長の裁判では、大阪特捜の予断に満ちた杜撰な捜査が明らかに。口利きしたという石井一議員のアリバイすら確認しておらず、供述調書が次々と裁判で証拠採用されないという異例な事態。証人に立った検察官が全員捜査メモを破棄していたという事実に、裁判官達も驚愕したというのだが、主任検事の捜査指揮によって、いかに捜査が左右されるかという実例か。検察官の予断でいかようにも起訴に持ち込めるというのも、実に恐ろしい話。

新聞ではさほどの報道が無いが、押尾学被告が保護責任者遺棄致死罪に問われている事件については、TVでうんざりするほど裁判の報道がされている。「死人に口無し」で被害女性に責任押し付けて逃げようとした押尾被告の主張は裁判の課程で次々に覆されており、元マネジャーに身代わりを頼んだりの現場での悪あがきも明らかに。

もっともこれは検事のよい仕事というよりも、根っからのワルだが、知恵が足りない押尾被告の隠蔽工作がお粗末であったことに起因するのではと思われるところ。

それにしても、自分の飲ませた違法な薬剤で体調が急変し、死に瀕している女性を目にして救急車を呼ばず、自分が薬物疑惑を逃れる算段ばかりしていたというのは、人間としては既に完全に「アウト」であるが、刑が重い「保護責任者遺棄致死」に問うためには、「救急車を呼んでいたら助かっていた」ことを立証する必要があるのだとか。

この立証は「起こらなかったことを証明」する訳で、要件を厳格に考えると結構難しい気もする。ただ、証人に立った医師は、すぐに搬送していれば9割以上助かったと証言しており、裁判員には大きな印象を与えているのではないか。

まあ、CrimeとSin(犯罪と道徳上の罪)の差ということであるが、法律の常識と社会の常識の差が結構あるものだと、考えさせられるようなお話。

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