97年から書き続けたweb日記を、このたびブログに移行。
それは、単なる「アメリカかぶれ」では?
17日の日経新聞によると楽天では、2012年の「社内共通語英語化」に慣れようとまず社内のあいさつから英語に変え、全社員をニックネームで呼ぶことにしたのだという。

例えば、人事総務部長は「ジェームス」と呼ばれてるらしい。ジェームス!(笑)それまで、「部長、この書類に決裁の印をお願いします」としゃべってたのを、「ジェームス、この書類に決裁印をお願いします」と言う訳だ。しかし、何が悲しくて日本人が日本語で、「ジェームス」などと日本人に語りかけなければらなないのだろうか。なんとも珍妙な風景で、もしも楽天社内を訪問する機会があって、実際に目にしたら笑いをこらえるのに大変だ(笑)。

英語を社内公用語にする意味でも書いたことがあるのだが、英語を社内公用語にしても、英語できるが仕事できない奴が幅を利かせるだけで、企業体質の強化にはならないと思う。だって、そもそも、アメリカ人連れてくれば、どんな間抜けでも英語だけはペラペラなんだから。

まあ、楽天も三木谷社長のワンマン会社。トップが決めたら、アホな事だと心密かに思っても、従順に従わないとクビになってしまうのだろう。サラリーマンは辛いなあ(笑)

だいたい「楽天株式会社」は、決算短信見ても、日本の売上高が90%以上で所在地別セグメントも開示してないし、海外売上高も10%未満として記載がない。要するに日本土着の非常にドメスティックな会社。英語を社内公用語にする前に、まず海外ビジネスを増やす算段が先決ではないだろうか。英語が社内公用語でなくても、海外ビジネスを手広く展開している会社は、日本にいくらでもあるのだから。

まして、日本の中で日本人同士が英語のニックネームで呼び合うというのは、国際化というより、単なる「アメリカかぶれ」にすぎない気がするのだが。

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コメント
この記事へのコメント
Japanese Official Language
語学の上達は、どのようにすれば効率が上がるのであろうか。
日本にいる外国人の実情から判断してみることにする。

外人力士とマラソン留学生は、日本語の習得が早い。
外人野球選手とサッカー選手は、いつまでたっても日本語が上達しない。
日本で名を成した野球選手も、アメリカでは英語が上達しないであろう。

この違いは、スポーツの種目とか言語の種類によるものではなく、選手の生活態度によるものであろう。
日本人と蜜に接触を保つ合宿生活をしたかどうかということと考えられる。
英米人と蜜な接触を保つことなく10年の歳月を英語学習に費やしても、会話能力はさしたる上達を見ないことがわかる。

国際社会において、我が国を代表する政治家にも英語の堪能さが見られない。
日本語のみを使用する社会において、実用にならない言語の学習は空しいばかりである。それにもかかわらず、我が国においては英語教育に名を借りた序列争いばかりが激しく行われている。
英語の学習を民間に奨励するだけでは充分ではなく、英語を習得したことに対する国家の強力な報奨(incentive)が必要であります。
英語を実用の言語とする政治指導者のさきを見据えた努力が大切です。
たとえば、公務員採用試験に英語の能力にすぐれた人物に優遇処置を施すなどの法的裏づけなどが効果的でありましょう。

英米人には、手先・目先の事柄に神経を集中する特技は得られないようである。かれ等は、生涯、歌詠みにはなれないでしょう。
日本人には、英語を使って考えることはきわめて難しい。しかし、これは不可能ではない。全員ではないが、知識人には為せばなる学習であると私は考えています。
わが国民の作る細工物は出来栄えが良い。なおその上、英米流の哲学にも良き理解を示す民族となれば、未来の日本人は鬼に金棒ということになるでしょう。
だから、英語を我が国の第二の公用語とすることには大きな意義があります。実現の暁には、我が国民のみならず、世界の人々に対しても大きな未来が開けることと考えられます。

一見我が国は教育大国を目指しているようであるが、大人の教育はない。つまり、子供が大人になるための教育はない。
我が国においては、教育といえば子供の教育のことを指している。目先・手先のことのみを述べる人は、子供のようである。
大人には考える教育が必要です。一人一人に哲学が必要です。
現実と非現実の間に区別を置くことなく語る人の内容には意味がない。だから、日本の知識人には価値がない。

「感情的にならず、理性的になれ」と国民に訴える指導者がいない。
「国民の感情に反する、、、、、」と言うのでは、主張の論拠にならないが、それのみを言う。
感性 (現実) あって理性 (非現実) なし。我が国は、一億総歌詠みの国にとどまっている。

大学生は入学しても、キャンパスで4年間遊んで過ごすことになる。
無哲学・能天気の大学生は、平和ボケ・太平の眠りの中にいる。
「入学を易しく、卒業を難しく」というような教育方針は現状を観察すれば空しい限りである。

英語圏に行けば、片言の英語でも通じる。暮らしてゆける。
完全な英語でなくても、英語環境がととのっているから通用するのである。
英語環境がととのっていれば、そのうちに、英語も上達する。

我が国においては、どんなに英語が堪能であっても就職先に困る。
それは、人々が英語を使わないからである。これでは、暮らしがなりたたない。

日本の学校で6年間英語の授業を受けてもまず話せるようにならないのは、英語環境がととのはないからである。
一歩学校の外に出ると英語を使わないのでは、せっかくの英語が錆ついてしまう。

日本の学生のために英語環境を整えることが、語学力を増すことにつながると考えられる。
それには、英語を我が国の第二公用語にするのがよい。




http://www11.ocn.ne.jp/~noga1213/
http://page.cafe.ocn.ne.jp/profile/terasima/diary/200812

2010/11/21(日) 04:32:58 | URL | noga #sqx2p0JE[ 編集]
「日本人全体の語学力の向上を図らねばならぬ」ということが国是であれば、お説の通りかもしれませんが、その必要があるかどうかも問われねばなりませんね。
2010/11/21(日) 08:23:58 | URL | Y. Horiucci #-[ 編集]
アメリカの現地法人では、同期の佐藤や田中がトムとかジムとか呼ばれていましたねえ。
出張に行ったとき「トムって誰?」とか「ああ、勉だからトムなわけ?」
とかKYな質問してしまいました。
本人達もヤだったろうなあ(笑)申し訳なかった。
でも別に可笑しい話でもなく香港や台湾、最近では中国でも普通にやっているのに、
なぜか日本では滑稽感が付きまとってしまうのが不思議です。
あれを海外とは関係の無い部署でやれというのも酷な話しだと思います。
2010/11/21(日) 10:02:54 | URL | nono #-[ 編集]
アメリカにいる日本人以外のアジア人はアメリカ風のニックネームを名乗る人が多いですよねぇ例えばアリスとかサマンサとか

三木谷社長のアメリカ好き・英語好きの姿勢がひしひしと伝わってくるような。社員の方たちが社外でうっかりニックネームで呼び合ったら通行人は驚くでしょうね。
2010/11/21(日) 11:29:22 | URL | shu #QRWCEyE2[ 編集]
>nono様

そうですねえ、まあ、アメリカでなら受け入れられるのでしょうが、日本で日本人が、英語の名前でというのが気恥ずかしいところです。

私自身は滞米通算9年ですが、特段のアメリカン・ネームは使っておりません。アメリカ人も困るかもしれませんが、アメリカ人ではないので(笑)

欧米と一律に言っても、ファーストネームで誰でも気安く呼ぶのは、アメリカだけではないかと思うのですが。

2010/11/21(日) 14:53:41 | URL | Y. Horiucci #-[ 編集]
>shu様

確かに、アメリカにいる、中国、韓国、フィリピンなどのアジア系の人は最初からちゃんと通称として自然にアメリカン・ネームを使ってますね。パスポートの名前とは違うので、オフィシャルな場での使い分けが大変かもしれませんが。

楽天人事部長の「ジェームス」というのは、欽定訳聖書にもあるような、古典的アングロサクソンの王様の名前なので、あれは英語圏の人間が聞いたら思わず笑うのではと、若干心配になったり。日本に来てる外国人が、家光とか、綱吉と名乗ってるかのような感じがしないかなあ(笑)

社内で慣れるのはよいですが、秘書が社外からの電話を取って、「あ、ジェームスはただいま席を外しております」などと思わず回答して笑われるのではとも思ったり。

ま、楽天社長は、裸の王様だと思うのですが、社内では誰も怖くて言えないでしょう(笑)
2010/11/21(日) 15:07:56 | URL | Y. Horiucci #-[ 編集]
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