97年から書き続けたweb日記を、このたびブログに移行。
Honolulu滞在記 その3
写真日記の続きなど。

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アラモアナ・ショッピング・センターで、昔「餃子の王将」が出店してた場所は改装され、今度は中国系のレストランに。ホノルルにもこれから益々中国人が増えるだろう。出店については、アメリカのモールはどこに行っても、まるで判を押したように同じである。別に何も買い物する気はないのだが、ホノルルの散歩するとなんとなく来てしまう。

かつてアメリカ最大だったこともあるこのメガ・モールは、1999年まで日本のダイエーが所有。2005年9月に亡くなったダイエーの創業者中内功は、焦土の日本に復員し、まったくのゼロから巨大スーパーという業態を一大産業に立ち上げた立志伝中のカリスマ。しかし、店舗の土地の含み益で借金し、それを元に次々に業態を拡大する手法は、高度成長時代には適合したが、バブル終焉と共に行き詰まる。金融機関一斉の貸し剥がしにあい、ダイエー・グループは一気に破綻。

再建の過程でアラモアナの売却も俎上に上がるが、中内は最後まで抵抗したのだという。大正生まれの中内にとって、アメリカの巨大な商業施設のオーナーであることは、どうしても手放したくない成功の輝かしい勲章であったろう。今でも人で賑わうアラモアナ・センターを歩くと、ここが、敗戦の焼け跡から再興する日本で、事業の拡大だけを追い求め続けた凄まじい「餓鬼」が残した巨大な墳墓のようにも思えてくるのだった。

それにしても、来るたびに次々拡張されているこのセンタの活況ぶりをみると、果たして再建過程で売り払う必要があったのかどうか疑問にも感じる。ロックフェラー・センタ、ぺブルビーチ、数々の有名企業。バブル期には日本企業による米国のアイコン的な著名資産への投資が相次いだが、結局のところほとんどが失敗。次々と損を出して体よく全部アメリカから追い出された印象あり。

今度は、中国人が大挙してアメリカに押し寄せ、アメリカの資産を買い漁る時代の到来だ。彼らは日本人と同じ轍を踏まずに上手くやるだろうか。歴史は繰り返すものだが、中国人は利に聡い、生き馬の目を抜くハード・ネゴシエータ。意外にnaiveな日本人よりうまくやるのかもしれない。

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JALは羽田から深夜出発のホノルル便をスタートさせている。仕事帰りに一杯飲んでからハワイに向かい、ぐっすり寝たらホノルルには昼前に到着。なかなか便利だ。もっとも、Unitedのマイレージが使えないので、私にはあんまり関係ないのだが。それにしても、「アロハ計画」とはいったい?

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観光客がそぞろ歩くワイキキ・ビーチから見る日没。太平洋に夕日がいま沈んでゆく。

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Thanksgiving Dayが終わると街はもうクリスマスの準備に。ロイヤル・ハワイアン・センタの中庭にも大きなツリーが。

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チェックアウトする日曜の朝、ラナイで最後の日光浴しながら、モーニング・シャンペンを。たまの朝酒は気持ちよいなあ。まるで身体が陽光と潮風に溶けてゆくかのよう。

空港まではタクシーで。運転手は中国系で、日本からの観光客についてあれこれ雑談。日本からだけでなく、米国本土からも、結構日本人がハワイに来てるよなあとのことであった。彼の娘が一度日本に行き、「ラーメン」なるものを大好きになって帰ってきた、「ラーメン」て何だ?と聞くので、ワイキキのラーメン屋を何件か教えてやる。もともとの元祖は中国だと思うのだが、日式ラーメンは妙なところで人気ありますな。

ということで、つかの間の休暇もいつも通りあっけなく終了。さらば、霧に煙るホノルルの山々よ。

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