97年から書き続けたweb日記を、このたびブログに移行。
プロフェッショナル 海老蔵の流儀
そういえば、「プロフェッショナル 仕事の流儀」に市川海老蔵が出た回の録画DVDを、以前日本ビデオ屋で買って見たなあと思い出した。その時は、なるほどねえ、という程度の印象しかなかったのだが、今回の騒動を受けて再びチェックすると、これがなかなか面白い。

「最近の海老蔵は変ったと誰もが言う」、とナレーションが流れ、一心に芸に打ち込む海老蔵を追う部分では、本人が私生活の変化にも触れ、食事にも気をつけて肉は避けていること、完全に禁煙したこと等を語る。

酒については、「もう、ほとんど、いや、ちょっとだけしか飲まない」となぜか言い直してるところが笑える。今、NHKがこの番組を再放送したら、「ちょっとだけでアレかい」と全国から突っ込みが多数寄せられる可能性大(笑)。

もちろんのことながら、番組は海老蔵礼賛の視点で製作されており、悪印象は勿論与えてないのだが、注意して観察すると、海老蔵は誰に対しても上から目線で敬語を使わず、タメ口で語るのが自然体である事がわかる。司会の茂木の質問にも返事は常に「うん、そう」といった調子。まあ細かいところに育ちや人間性が出るよなあ。

歌舞伎の稽古シーンでも、周りのスタッフが腫れ物にでも触るように扱い、従順に従っているところがはっきりと分かる。若くして各種公演の座長も勤め、まるで王様である。歌舞伎というのは血筋によって最初から身分が決まってる事が明らかに伺えて、これまた実に興味深い。海老蔵は、生まれた時からいずれは歌舞伎界の名門、成田屋の総領となることが約束されている御曹司。今まで何不自由なく好き放題に育ったのだ。

今回の事件についても、ボコボコにされて、その面では確かに被害者。しかし世間にはさほど同情の声なく、むしろ普段から酒癖が悪いとか、人を必ず激怒させるとか、アラ探しした記事があちこちの週刊誌に掲載され、CMも次々中止となるなど、もともと自らの素行が撒いた種とはいえ、考えてみれば若干気の毒な話でもある。

歌舞伎と大相撲でも触れたが、そもそも芸能者というのは、一般社会の枠を離れた異界に住む者達。歌舞伎にしても、いつの間にか伝統芸能として持ち上げられているが、もともとは下世話な世界で、別に貴族やお公家さんではないのである。世間の常識を持ち出して、眼を三角にして批判するのも、これまたお門違いなのかもしれない。

まあ、海老蔵は海老蔵の流儀で、狭い歌舞伎の世界で生きてもらって大いに結構。酒ももちろん飲んでよいのだが、やはり酒に飲まれたり、周りに迷惑をかけてはいけない。そんな程度の常識さえ本人が持ち合わせていなかったというのが今回の事件の残念なところ。

しかしさすがによい薬になったのでは。華のある役者であることには間違いないし、歌舞伎の予定調和の世界では、いずれは名跡、團十郎も襲名するのだろう。まだ30そこそこの若造なのであるから、今までの素行を虚心に反省して、「海老蔵は本当に変った」と言われるようになってもらいたい。

もっとも、反省しないのが彼の流儀かもしれないが(笑)

関連記事
スポンサーサイト
コメント
この記事へのコメント
報道によるとその時女も一緒だったとか…新婚なのに(笑)

素行の悪さは親の育て方が悪かったいうか親も同じ育てられ方されたのでは、と。しかし確かに華のある役者さんですね。

公式ページに少し書かれているのですが
http://www.kabuki-bito.jp/news/2007/04/post_140.html
明治以降、西洋的なさまざま価値観が入ってくるなか、歌舞伎を「芸術作品」として見直し、尊重していこうという社会的風潮が生まれ、明治20年「天覧歌舞伎」が行われ、当時の明治天皇が歌舞伎を見たらしいですから、このころから芸能としての地位が向上したのかもしれませんね。
2010/12/05(日) 02:49:42 | URL | 通りすがり #pcqW7CJ.[ 編集]
江戸時代に大奥の女官が歌舞伎見物に出かけて問題起こしたことはあっても、まさか将軍が見にこなかったでしょうから、やはり天覧歌舞伎が地位向上の嚆矢なのでしょうか。

大相撲の天覧相撲にも似てますね。

国技という名前を背負わされたことがアダとなって、大糾弾にあった大相撲も気の毒でしたが。
2010/12/05(日) 07:24:40 | URL | Y. Horiucci #-[ 編集]
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック