97年から書き続けたweb日記を、このたびブログに移行。
「悪名の棺~笹川良一伝」
最近読んだ本はなぜか当たりが多かったが、「悪名の棺~笹川良一伝」も実に面白かった。

日本財団(元の日本船舶振興会)会長であった笹川良一は、ファシスト、右翼、A級戦犯、日本の首領(ドン)など様々なレッテルを貼られているが、昔々に流れた、「戸締り用心、火の用心」、「一日一善」などのCMを思い出す人も多いだろう。

福祉事業に私財を投じたことでも知られるが、反面、競艇の金を私物化して個人の売名に使ったと批判されることもあり、人によって毀誉褒貶の激しい人物。確かに単なる好々爺ではなく、政財界に暗然たる力を持つ黒幕でもあった。

この本は、この巨魁の壮大な人生を「カネ」と「女」に着目して描き出してみせた伝記。

巨万の富を得て、政治活動や福祉活動に奔走すると共に、「下半身は別人格」と称して女性を追いかけ続けた人生。大阪の正妻、3名の子をなした内縁の妻、そして「東京妻」と呼ばれた女性。それ以外にも親しくしていた女性は数多く、彼の最晩年、親しかった過去の彼女が無くなると、東京妻がその名前を短冊に書いて仏壇に供えるのだが、その数が70人近くになっていたのだという。自分の旦那の元彼女が亡くなったら、その名前を次々位牌として飾る内縁の妻というのも、鬼気迫る実に異様な世界だが。

笹川自身は、勲一等旭日大綬章、その前の瑞宝章と、二度も叙勲の栄誉に輝いているのだが、本妻と東京妻の調整がつかず、叙勲には結局どちらもたった一人で臨んでいる。艶福家であるがゆえの孤独。

本書の後半、笹川がもっとも愛したという41歳年下の山科の女性のエピソードも呆気にとられる。60歳半ばの笹川は20代前半のこの女性を見初め、関係を持った時に処女だったというので、終生彼女を愛したのだという。「英雄色を好む」とはいうが、それにしてもとんでもなく元気者だったんですなあ。しかしさすがに94歳になってから彼女の家に泊まった際のエピソードでは、笹川は軽い痴呆を起こしており、下の世話も必要で、彼女は愛人というより、老人介護役のようなものなのだが。その彼女も既に70歳。昭和は本当に遠くなった。

食事にはメザシ2匹だけあればよいという質素だった実生活や、自ら進んで収監されるよう運動したA級戦犯としての逮捕、巣鴨プリズンで東条英機に「天皇を守る捨石になれ」と諭したエピソード、何十億と私財を投じたハンセン病撲滅事業やナヒモフ号引き上げ事業などなど、どれも破天荒な笹川の生涯を巡る印象深いエピソード満載。一気に読ませる力を持ったノンフィクション。

ただ、本の帯には笹川の「「カネ」と「女」と国家観を描ききる」とあるのだが、「女」については確かに実に丹念にレポートしてあるものの、彼の「カネ」については、イマイチ追求が足りない感もあり。

何十億も私財を福祉に投じたというが、笹川のその「私財」なる金はいったいどこから来たのか。日本船舶振興会設立の過程も一応自伝の中で触れられてはいるが、競艇の関連企業トップをすべて一族で固めたその利権構造については、ほとんど語られぬまま。株や土地で儲けたとの漠然とした解説がされるのみ。競艇事業を食い物にしたとの風評に関しての説明はない。

三男の陽平(現日本財団理事長)が、父親笹川に苦言を呈する際、土産代わりに23億円の小切手を持参したが、笹川は礼も言わず受け取ったというエピソードも実に異様。陽平はこの23億円について、「たまたまちょっとした拍子に都合がついた金」と簡単に説明するのだが、どこの世界に「ちょっとした拍子」で23億円手に出来る男がいるだろうか。笹川は遺産をほとんど残さなかったし、財団は無給だと陽平は語るのだが、笹川一族の金を巡っては、まだまだとてつもなく深い闇が存在するような気がする。

しかし、この「カネ」にまつわる追求と、笹川の擁護に傾きすぎた筆致が若干気になる点を別とすれば、笹川良一という実に興味深い「傑人」の実像に迫るエピソード満載の力作で、実に面白かった。

本書の題名にある「棺」は、「蓋棺事定(がいかんじてい)」の故事から。「死して棺桶の蓋を閉じてからその人の評価が定まる」との意。笹川良一は、1899年(明治32年)生まれで1995年(平成7年)に96歳で没している。すでに没後15年も経ってるのだが、しかし、いまだ笹川に対する評価が定まったとは言いがたい。

それはひょっとして、激動の時代を規格外に暴れまわったこの明治生まれの怪物の遺体が、未だに棺桶に収まりきらず、まだ蓋が閉まってないからなのかもしれない。


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