97年から書き続けたweb日記を、このたびブログに移行。
広島原爆忌の夜に
本日8月6日は、66回目の広島原爆忌。福島原発事故後、初めてこの日が巡ってきたのだが、やはりなんとも言いようのない暗い感慨あり。

広島平和記念公園にある原爆死没者慰霊碑には、有名な、「安らかに眠って下さい 過ちは 繰返しませぬから」との碑文が刻まれている。

原爆投下そのものは、アメリカによる大量殺戮であり、どんな理由をつけようとも正当化されるべき筋合いのものではないと思う。

「過ちは繰り返しませぬから」という文言については、過去に論争もあったが、「この碑の前にぬかずく1人1人が過失の責任の一端をにない、犠牲者にわび、再び過ちを繰返さぬように深く心に誓うことのみが、ただ1つの平和への道であり、犠牲者へのこよなき手向けとなる」という浜井信三広島市長の言葉に尽きている。ここには、他者だけを声高に責めない、静かな内省に満ちた日本人本来の美徳が現われているのだと思う。

しかし、心に沸き起こる疑問は、「過ちは繰り返しません」と書いた鎮魂の碑の言葉を、福島で原子力の制御に失敗した我々は、ある意味守ることができなかったのではないかということ。核爆発こそ無かったとはいえ、事故で放出された放射性物質により、福島を中心に深刻な汚染が生じ、住み慣れた地を追われた人も多く、日本全体も放射能汚染の影に怯えている。

世界で唯一の被爆国が、焼け跡からの復興と共に原子力発電を推し進め、(未曾有の天災が一因とはいえ)原子の力を制御することができず、大事故を起こしてしまったのは実に皮肉な事態。本当に東電だけが悪いのか。いや、それは、この国の政体を選び取ってきた、我々国民一人一人の責任ではないのだろうか。

あの日広島の地獄の業火の中に倒れ、今は泉下に眠る幾多の広島の犠牲者は、どのような思いで日本の現状を見ているだろうか。戦後、我々はいったいどんな世界を作ろうとしていたのか。忸怩たる思いがこみ上げるのだった。

今夜は、「夕凪の街 桜の国」を静かに再読しよう。

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