97年から書き続けたweb日記を、このたびブログに移行。
「さよなら! 僕らのソニー」
週刊誌の書評で見た、「さよなら! 僕らのソニー」読了。なかなか面白い。

著者の立石泰則は、今までも雑誌メディアにソニーの経営に関するルポを多数掲載しているジャーナリストだが、その原稿を一冊にまとめたもの。

ソニーは、日本のエレクトロニクスを代表するトップブランドであったが、その「技術のソニー」がなぜ企業として凋落してしまったのかを問うルポルタージュ。

著者が書いているように、昔のソニーは誇らしいブランド。私がその昔、初めて買ってもらったラジカセはソニーだし、ウォークマンも買った。その後、凋落が始まるのだが、個人的には昔の印象が抜けないからか、ノートPCは、バッテリーに仕込まれた「ソニー・タイマー(?)」に腹を立てながらも、今使ってるのはアメリカで購入したWindows7搭載の4代目のVAIO。日本帰国して買った55インチの液晶TVも、ソニーのブラビア。著者に言わせれば、ソニー黄金時代の記憶が抜けないオールド・ジェネレーションだ(笑)

具体的な検証は本書を読んで頂くとして、著者の結論を私が勝手に要約すると(←勝手に要約するなよ)、ソニーは、欧米のトップ経営者と並ぶ国際経営者になったと勘違いした出井社長が、アメリカかぶれの経営を行いだした頃からメーカーとしての屋台骨が揺らぎ始め、米国放送業界出身の英国人、ハワード・ストリンガーがその後継として最高経営責任者として実権を握るに至り、遂にメーカーとしてのモノ造りの本質を忘れて「技術のソニー」は終わったということになろうか。

井深、盛田、大賀の会社創業世代から、新世代の出井やストリンガーに権力が承継されてゆくにつれ、創業の理念や文化が失われてゆく過程を、会社裏面の権力闘争を絡めて描写する部分は実に印象的。

以前読んだ日経新聞社の「ソニーとSONY」にも描かれていたが、創業者の盛田がNYに邸宅を構えたことや、大賀が声楽家であり、外国人とも交流があり、米国オーケストラのタクトを振るったこと、社有のジェット機を操縦してアメリカ出張したことなど、ソニー自体にアメリカ的なるものへの一種の崇拝体質があり、外国人が経営の実権を握るのも会社の歴史としては必然だったのかもしれないのだが。

ストリンガーを含む米国経営チームは普段はNYに住み、月に1~2週間だけ来日して一流ホテルのスイートに宿泊して日本の本社に出社し、また自宅に帰って行く。しかし果たしてこれを日本企業経営のグローバル化と呼ぶのだろうか。提督が植民地を視察に来てるようなものなのでは。

日産、カルロス・ゴーンは、日本に居住し毎日日本で仕事をし、日本での重大な発表は全て自分が全面に出て行った。彼には日産を早期に建て直し、やがては仏ルノーのトップになるという野望があったから。

しかし現在のストリンガーと彼が連れて来た米国経営陣は、基本的にはNYを本拠とし、ただ現在の地位に長くとどまり、多くの報酬をできるだけ長く貰うのが目的なのではないか。ソニーの社長を何年務めても、海外で次のジョブ・ホッピングのステップにはならない。これが最後の場所と金を搾りつくすのみ。

ストリンガーは、「ハードは端末にすぎず、どこが作ってもよい。これからはネットワークだ」とインタビューで答える。しかし、ネットワークでどう稼ぐのかを問われると、「それを今、副社長に考えさせているところだ」と答えたという本書のエピソードはなかなか示唆に富む。「ネットワークだ、コンテンツだ」と言うのはよいが、「エレキ」が倒れた今、ソニー再生への解をストリンガーは持っていないのだ。

本書の題名、「さよなら! 僕らのソニー 」というのは、自身も長年のソニー・ファンであった著者のソニーへの決別の辞なのだった。

日本屈指の国際ブランドなのだから、本来は日本人経営者の元で復活してほしいがなあ。


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