97年から書き続けたweb日記を、このたびブログに移行。
「TIME/タイム」
日曜の午後は、近くのシネコンで映画鑑賞。



「ドラゴンタトゥーの女」が評判らしいが、まだ上映は続くだろう。今観ておかないと終わりそうな映画を先に観るかと、「TIME/タイム」と「J・エドガー」を比較して、「TIME/タイム」を選択。

人類が不死を達成した近未来を描くSF。全ての人々は25歳で成長が止まり、あとは腕のクロックに設定された残り時間だけしか余命が無い。この世界では「時間」が「通貨」の代替物となっており、人々は労働して人生の残り時間を稼ぎ、全ての買い物にその残り時間を使う。

まさしく、「Time is money」を地で行く設定なのだが、SF物としてはなかなか面白い。あり余るほど「時間」をもった裕福な人々と、ほとんど「時間」を稼ぐことができずその日暮らしをするしかないスラムの人々の描写には現実の資本主義社会の貧富の差、階級差が戯画的に投影されている。

腕を触れあえば、お互いの時間を融通可能だが、いったんクロックの残り時間がゼロになった途端に死んでしまうという設定も、スリルあふれるシーンを一部で演出している。

しかし映画全般として、どうも大きなカタルシスがない。SFは、どんな物語でも内包できるとはいうものの、もともと制約から自由な物語形式だけに、ストーリーに大きく突き抜けたところがないと精細を欠いてしまうような印象が。

「時間」本位主義の体制に叛旗を翻す主人公を巡ってストーリーが展開するのだが、やる事は持てる者から時間を奪って、貧者に分け与えるというだけ。まあ、まるで鼠小僧を地で行くようなストーリーだが、果たしてそれがこの社会の矛盾の解決になるのか。貧者にお金をバラまけば、誰も労働しなくなり生産がストップ、インフレが起こり物価は上昇、一時的には貧者が潤ってもまた貧者は貧者に逆戻り。鼠小僧方式は、決して根本的な解決にはならないように思うがなあ。

人間の心が本当に不老不死に耐えられるのか。人口調整のために物価や金利がコントロールされた社会は誰が作ったのか。暗に示唆される主人公の父親の死の謎など、拾ってゆけば面白い伏線があちこちあるのだが、全体に話が広がらず、物語はずいぶん小さく終わってしまったような気がした。

やはり、「時間」資本主義がなぜ生まれたかの謎解き、そして、その管理社会をブチ壊すところまで、映画の中で到達してほしかったなというのが正直な観想。なかなか印象的な映像もあり、まあ面白かったが、その点がちょっと残念だったか。

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