97年から書き続けたweb日記を、このたびブログに移行。
「廃炉時代が始まった この原発はいらない」
本棚から発掘した、「廃炉時代が始まった この原発はいらない」を再読中。私が買って持ってるのは2000年1月発行の初版だが、福島第一原発の事故が起こってから再読すると、なぜ我々は深刻な事故を防げなかったのかと、実に砂を噛むような思いがする本。

少年の頃からSF好きだったから(もちろん、アンチユートピア物だってSFのジャンルだが)科学技術の開く未来については漠然と肯定的に考えていたが、スリーマイル島の事故もチェルノブイリ事故もリアルタイムで経験して、原子力事故についてはずいぶんと本を読み漁った。

しかし、極端な反原発派の、「我々の正義のためにはウソをついてもよい」と言わんばかりのセンセーショナルな主張には辟易するところも多々あった。原子力発電所の大事故は、ヒューマン・エラーから起こるのであり、原発で働く労働者の知的水準もモラルも高い日本では起こる可能性が低く、むしろ、中国や韓国の原発が危ないのではと考えていたのだが、今となっては現実として間違いだった。

まあ、私自身は、原子力産業に働いてる訳でもない、一介の文系サラリーマンであるから、何も出来ることはなかったかもしれないが、それでもやはり忸怩たる思いがする。超巨大地震と津波から全電源喪失が長期間に起こるというのはまったく想像もしていなかった。

もちろん日本は地震列島で、その危険については昔から言われていたが、一番槍玉に揚がっていたのは浜岡原発。

福島第一の事故の後、目を三角にした極端な反原発派は、「地震も津波も全電源喪失も想定内、何やってたんだ」と言い立てている印象だが、昔からの反原発運動の主張を思い出す限りでは、福島第一原発が、「地震と津波と全電源喪失によってシビア・アクシデントを起こす可能性が高い」との主張は記憶にないのだが。

原発事故を商売にする武田邦彦センセイは、「原発は地震があれば全部壊れます」とチャランポランな主張を掲げて、盛大に「危険太鼓」を叩いて人寄せして商売しているのだが、福一のすぐ横の福島第二原発群、そして近隣の女川原発は壊れることなく(もちろん関係者の必死の努力があってこそだが)正常に冷温停止に成功しているのを見ても、そのしたり顔の主張は疑わしい。あれは香具師の口上だ。やはり、「全電源喪失したかどうか」が最後のキイだったのでは。

そんな感想を持ってこの本を再読すると、まず地震を理由に、なんといっても真っ先に止めろと主張しているのは浜岡原発。そして地震が予想される福井の原発群、女川、柏崎刈羽が続く。しかし、福島第一については地震危険の項目では挙げられていない。

福島第一の原発群が登場するのは、第一世代に属し老朽化して信頼性が低いとする項目。まあ確かに設計も古かったし、老朽化してたからこそ、全電源喪失に耐え切れず、メルトダウンと水素爆発を起こし、圧力容器・格納容器から放射性物質が漏れてしまったのではあるが。

それでは今後はどうするか。そのうち日本全国の原発が検査入りで停止する。

今は全国的な節電と火力発電のフル稼働でなんとか持っているが、本当に全ての原発を止めてしまって今後もやってゆけるのか。まあ、ありきたりな結論であるが、地震の少ない比較的安全な立地にある、新しい設計・施工で、比較的安全度の高い原発を再稼動させ、だましだまし運用しながら電力不足を回避しつつ、段階的な脱原子力を進める以外にはないのでは。個人的には、「石油ピークアウト」説が本当なら、これからの日本は、実に大変なことになるのではと思うのだが。

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