97年から書き続けたweb日記を、このたびブログに移行。
「天皇陵の謎」
「天皇陵の謎」 (文春新書)読了。

以前読んだ、「天皇陵を発掘せよ」も面白かったが、この本もまた興味深い古代史のロマンにあふれた本。

奈良に残る古墳群を中心に、初代神武から第124代昭和まで、宮内庁はすべての天皇陵と陵墓参考地を定め管理しており、調査を含めた立入は厳格に禁止されている。しかし古代に限ると、本当にその天皇の墓なのかどうか極めて疑わしい陵墓が多く、むしろこの天皇の墓と間違いが無いと断定できるのは数カ所に満たないと主張する学者もいるほどなのだという。

規模として最大の仁徳天皇陵にしても、近年の考古学上の発見からは本当に仁徳帝の陵かどうか疑念が唱えられており、教科書では大仙陵古墳との記載が普通に。日本古代史の謎はまだまだ解かれていない。

箸墓古墳が卑弥呼の墓だという説も実に興味深い。去年奈良に旅行した際、山の辺の道を歩いて、景行天皇陵と祟神天皇陵には行ったのだが、箸墓古墳には行かなかったのが悔やまれる。奈良から桜井に行く途中で下車すれば行けたのだが、まったく念頭になかった。今度行く機会があればこの本持参で行ってみよう。

宮内庁は天皇陵指定古墳は天皇家の墓として祭祀を行う場所で発掘などは認めないという立場。日本古代史における大和王権の権力成立過程の謎を明らかにするためには、陵墓の発掘は意味があるとは思うのだが。

ただ、古今東西、悪い奴はどこにでもいるから、中世以降天皇家の権威が消失してゆく過程で、ほとんどの古墳は盗掘を受けているのでは。もしも石室に入れたとしても、被葬者を同定できる副葬品が見つかるのかどうか。副葬品がかなりの程度残っていた藤ノ木古墳でも、文字で書かれた墓誌や墓標は無いので埋葬者の名前は分かっていない。古代は墓に誰が埋葬されているか書き記す習慣が無かったのかもしれない。

まあ、もしも天皇稜を調査できたとしても、埋葬者が分かるような証拠が見つかるのは期待薄で、副葬品の土器や埴輪などの間接証拠から年代を推定するしかないのだろう。しかし奈良の古墳群は、どの天皇の墓かどうかは分からないにしても誰かの墓であることには間違いはない。古代史解明のためとはいえ、本当に墓を暴いてまで調査する必要があるのかどうかは考えるべきか。もしも卑弥呼の墓だけでも同定できるならば、それは考古学上の大発見だが。

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