97年から書き続けたweb日記を、このたびブログに移行。
「江分利満家の崩壊」
日本の私小説は好きになれないが、何故か、山口瞳のエッセイは大好きで、ずっと愛読していた。まあ、しかし、直木賞受賞作の『江分利満氏の優雅な生活』と、週刊新潮に連載していたエッセイ「男性自身」が、どこが違うと言われても、あんまり違いは分からないよなあ。

山口瞳が1995年に亡くなってから、もうずいぶんになる。そして、2011年に亡くなった山口瞳の妻である治子の死の顛末を、ふたりの一人息子である山口正介がドキュメンタリーとして記録したのが、「江分利満家の崩壊」。興味深く読んだ。

そもそも山口瞳はエッセイでも結構赤裸々に自らの家系や家族のことを書いており、奥さんが不安神経症であり、電車に乗れないことや、一人で外出できないこと、家で留守番ができても、家人が予定通り帰らないとパニックになることなど、単なるエッセイの読者である私でも知っていた。一人息子が、自由業で映画関係の文章を書いていることも。

この本は、山口瞳の息子である正介が、母親が病に倒れホスピスで死を迎えるまでを冷静に記録したもの。そして驚くべきなのは、本人あるいは父親と母との軋轢を、あまりにも暴露的に描いていること。これはやはり私小説家の息子としての血というか、自らに課された最後の「業」として筆を取ったという気もする。

夫や子供である自分を最後まで束縛し、苦しめた母親の神経症とヒステリーの原因が、若い頃、第二子を妊娠した時の強制された堕胎によるものであったとの記述も、なかなか暴露的だが、貧しかった当時の日本では、ある程度普遍的な事でもあっただろうか。

そして、年老いて病床にあってもなお、山口家の財政と対外的な付き合いを管理し、細々と日常の全てを差配し、私が死んだらあなたはどうやって生きて行くの、と心配するこの母親の息子への心理的な支配も実に怖い。しかし、夫である山口瞳と息子を世界中の誰よりも愛したのも、その同じ治子。

著者の正介氏は、作家という肩書きこそあるものの、今まで就職して独立したこともなく、結婚もせず、会員誌に映画評を書くなどの仕事はあるものの、おそらく生計はずっと親掛かりだったのでは。国立市に山口瞳が買った実家に両親と同居。勿論、母親の面倒をみなければという使命感もあった。しかし、今では独りでもう還暦。

家長である山口瞳が亡くなり、そして夫と子供を誰よりも愛し、しかしだれよりも束縛し支配した母親が亡くなった時、著者にとっては、「江分利満家」が本当に崩壊したという事なのだろうなあ。

関連記事
スポンサーサイト
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック