97年から書き続けたweb日記を、このたびブログに移行。
「新装版 洗脳の楽園」 ヤマギシ会という悲劇
「新装版 洗脳の楽園」読了。

宗教やカルトについては昔から興味があって本もたくさん読んだ。ヤマギシ会も有名で、あちこちで読んで知っている。村上春樹の「1Q84」でも、主人公が育った環境として描かれる団体には明らかに「ヤマギシ」が投影されていたっけ。

養鶏家山岸が発見した真理「ヤマギシズム」に基づくという、村人が農業畜産主体の共同生活を行い、一切の私有財産のない「この世の楽園」。原始共産主義にも似たコミュニティは、「特講」という一種の入会勧誘セミナーを通じて参加者や賛同者を増やしている。

ただ、著者の取材で明らかになる真実の「ヤマギシ」は「この世の楽園」とはほど遠い。土日無く年間4000時間にも及ぶ過酷な労働、村に囲い込まれ中学までしか行けない子供達は、毎日早朝から労働に駆り出され、栄養失調で背は皆標準より低くガリガリ。落ち度があったり反抗したりすると「研鑽会」と称する吊るし上げの虐待が行われ、精神に変調をきたしている者も多い。

「ヤマギシ」は、カルト団体ではあるが宗教団体ではない。おそらく創設者の知的レベルが低かったからだと思われるのだが、体系だった理論や主義主張はきちんと整理されておらず、いくつかの美辞麗句のキーワードがあるだけ。基本的には「特講」という、一種のイニシエーションにあたる集団セミナーが、集団のアイデンティティを維持する仕組みになっている。

この著者が実際に体験した「特講」のレポートがこの著作のひとつの根幹。「ヤマギシ」に批判的な記事を書いたジャーナリストである著者でさえ「特講」終了後はある種異常な精神状態に陥る。生活の様々な部分を制限した共同生活と、質問や反論は一切聞き入れられず、ただ繰り返し質問されるだけの講義。この講義では、一種の洗脳が行われ、参加者は解離性人格障害の一歩手前まで追い詰められる。この洗脳手続きはしかし同時に、ある種の宗教的恍惚や多幸感を参加者に与えるのだ。初期の「ヤマギシ」でこの「特講」手続きが確立してゆく過程では、参加者が「(我が)抜けた!抜けた!」と狂喜したらしいが、やはり一種の極限状態で、精神が一時的におかしくなっているのだと思われる。

いずれにせよ、俗世間には善もあれば悪もある。自分の執着や欲望とも折り合いをつけながら、自らの意思と判断で人生を選択し、世間と共存してゆくのが人生。社会から切り離され、何の意思決定の自由もなく、ただただ労役に駆り出されるというのは、はっきり言って楽園ではなく、「畜生以下の生活」と言うしかない。特に子供が気の毒。脱走したり成人して脱会する者もいるのだが、学歴がなく世間知も無いため、肉体労働にしか就くことができない。「ヤマギシという楽園」は子供の未来を摘む地獄なのであった。

こんなカルトに人生を台無しにされている者がいるのかと、読んでいて実に暗い気のする本ではあるが、最後の新装版後書では、実によきニュースが語られる。「ヤマギシ」は近年衰退の一途を辿っているのだ。

児童虐待の実態が様々に報道されたからか、参加家族と子供の数が激減。実顕地と呼ばれる原始共産コミュニティも次々に縮小・閉鎖。最近は、外の社会に働きに出る会員もいるのだという。会の指導者であった杉本は、1999年に自殺している。この「ヤマギシ」の近況には、「一九八四年]」新訳版~トマス・ピンチョンの解説を読んだ時のような清々しい救いを感じる。善意の名の元に人々を抑圧し、人々を不幸に落とし込む、このような「地獄のカルト」は、早く完全にこの世から壊滅してほしいと思うのだが。



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