97年から書き続けたweb日記を、このたびブログに移行。
3連休は神戸に
3連休はブラっと神戸に。

(東海道新幹線で)

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東京駅大丸でなだ万の弁当買って、昼間っから飲みながら食すると、旅情が感じられてよいなあ(笑)

東海道を新幹線で移動すると、結構鄙びた田畑の地域にも、欧米の基準では、まるで箱庭のような小さな家屋が鈴なりに建っている。しかしこの東洋の外れの倹しい小さな島国は、一時は余りにも自惚れて先の大戦の過ちで多くを失ったとはいえ、その後の刻苦勉励で世界二位の経済大国にまで登りつめたのだ。大都市と田畑を縫って走る東海道沿線は、高度成長を経て沈滞へと移行した日本社会のまさしく歴史的縮図だ。

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関が原辺りは、冬場に通るといつも雪が積もってる印象あるなあ。

予約したホテルは神戸駅近く。駅地下直結というから、看板くらいあるだろうと下調べ無しで駅に降りたのがまずかった。どうも昨年経営が変わってホテル名前も変わったらしく、案内図見ても出てないところあり。難儀して、一応ここではと辿り着いたエスカレータ壁面のホテルの名前がこれ。

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下から見たら全然読めませんがな(笑) 。調子乗った建築士が、見る人の利便も考えずに作ったのでは。こんな代物に金払うほうも悪いと思うのだが。

(神戸ハーバーランド)

神戸ハーバーランドは、昔一度来た事があるのだが、もう記憶が薄れてる。しかし、潮風の中でポートタワーと六甲山系が見えると、そこは何処でも懐かしい神戸という気がする。

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ただ、ショッピングモールには若干の「寂れ感」がそこはかとなく漂う。神戸の賑わいの中心は、やはり三宮から元町にかけてだ。

(お好み焼き「えびら」)

土曜の夜は、三宮のお好み焼き、えびらで一杯。ちゃんぽん野菜炒めは野菜が新鮮で、魚介の具も美味い。タコが美味いのはやはり明石が近いから。

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具沢山の「えびら焼」は、外はカリッと、中はしっとりと絶妙の焼き具合。早い時間は、お好み焼き焼いて50年以上と云うオバちゃんが焼いてくれるのだが、これが絶品。この店には子供の頃から親と一緒に通っている。神戸に来たら必ず寄るが、実に懐かしい味。これに慣れると、関東で「もんじゃ焼き」とか称する胡散臭いものを食べる気にならないなあ<オイオイ。

(湊川神社)

日曜は、湊川、新開地、長田辺りをブラブラ。昔は塩屋に住んでたのだが、御影に引っ越してからは、六甲、三宮、元町辺りがテリトリー。長田や鷹取などは来た事なかったなあ。観光客が訪れる、異国情緒あふれる表の神戸ではなく、もっとディープな「裏の神戸」を感じる場所。

湊川神社も来たことはあるはずだが、もうすでに忘却の彼方。楠木正成は神戸では「楠公さん」と呼ばれて大変有名な神社ではあるのだが、湊川の戦いで自刃した場所まで境内にあるとは知らなかった。境内の解説ボードでその伝記を勉強。なるほどねえ。

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(新開地辺り)

ブラブラ歩いて新開地まで。

新開地は、昔々、私が中高生の頃は、昼間っからグデングデンに酔っ払ってるような労務者のオッサンがいて、眼が合うと、「何見とんじゃ、ワレ~!」と絡まれる怖い場所だった気がするが、最近は私もすっかりおじさんなので、ちっとも怖くない。「元気にやれよ、労働者諸君」とばかり鷹揚な気分で街を歩くことができる(笑)。

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しかし新開地も、立ち飲みの店は安いし、粕汁とかやく御飯出してるような大衆食堂もある。中華系もずいぶん充実しており、どこも値段が安い。外食するには困らないなあ。仕事リタイアしたら新開地に部屋借りて住むか(笑)

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お昼は、「グリル一平」で、ハムサラダとイタリアン・スパゲティ。昔はこの辺りは一大歓楽街であったので、歴史ある洋食屋が残っている。ハムは実に上等なロースハム。スパゲティは、「パスタはアルデンテに限るでゲス」などという通が卒倒するような、ソフトな茹であがり。これを特製ソースで炒め、生卵を落とした純日本式。イタリア人に食わすと、割と美味い日本料理だなあと云うかもしれないが、これこそ日本の正しい洋食だ(笑)。

そういえば、その昔、新開地にいたのは、今、中川家の礼二が物真似している「通天閣のオッサン」と同じ種類のオッサン。ミナミと新開地はちょっと似た雰囲気がある。昔はああいうオッサンが盛り場にたくさんいた気がするが、最近だんだんと少なくなってないか。

派遣村だ、セイフティネットだ、政府の責任だなどと大上段な主張をする気持ちは無いけども、ああいった「通天閣のオッサン」が野垂れ死にしない社会。あんなオッサンでも、たまには昼間から酒飲んで、なんとか生きていける社会でありたいわね、やっぱり。自分だっていつあそこまで転落するか分からんものなあ。人生転落しだしたら、真っ逆さま、あっという間だよ。

新開地の隣町、福原は、平清盛の昔は一瞬だが日本の都だったこともあるのに、今はソープ街。神戸は港町で流れ者も多く、神戸人は皆、昔の歴史にはあまり興味なく恬淡としている。それにしても、考えてみると街の栄枯盛衰の歴史というのも、なかなか興味深いものあり。

(新長田と鉄人28号の街)

地下鉄でちょっと移動して新長田に。

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駅前の鉄人28号を見るのも初めて。しかし、意外に大きいものだとちょっとビックリ。この辺りは木造の古い住居が多く阪神大震災後の火災で大変なことになったのだが、再開発された駅前は新しく、広々として、しかしどこか町の活気や喧騒が身近に感じられず、なんだか寂れた印象を受けるのだった。

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アーケードでは、三国志ゆかりのモニュメントや看板、特別イベントと思しき太極拳も披露されているのだが、それもなんだかどことなく寒々しい気が。町の復興というのは、やはり本当に難しいという気がする。

(丸玉食堂東店)

夕刻に神戸元町に戻ってブラブラしていたら、JR 駅下のパチンコ屋近辺でケンコバが出てきてビックリ。Twitterで検索するとリアルタイムの目撃情報多数。やはり神戸に来てたんだなあ。

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晩飯は阪急高架下台湾料理「丸玉食堂東店」。ここも懐かしい。雑然とした汚い店。店に入ると、「お母さん、なんか悲しいことでもあったんですか? 大丈夫ですか?」と聞きたくなるほど悲しい顔したおばさんに迎えられるが大丈夫、あれが普段の顔。話するといたって普通なのである(笑)。

腸詰、海老春巻、八宝菜を頼んで老酒二杯。もう70の後半ではないかと思しい親父が台湾語混じりに家族に指示を出す。調理場で働くのはこの親父と息子、娘と思しい3名だが、お互いの連携が凄い。よくあれで注文を落とさずにどんどん作れるもんだと感嘆。店内は満席。決してA級の店ではなく、台湾の屋台の味。そしてそれが美味い。これも華僑が多い神戸ならではの店だ。

(うどん「ときわ」)

月曜のお昼は、三宮「ときわ」ミックスうどん。そもそもは讃岐うどんだが関西風アレンジされており、実に美味い。関西でも地場のうどん屋は讃岐系にだいぶ駆逐されてしまったが、個人的には讃岐讃岐したうどんは苦手。関西のうどんは、茹で加減も出汁も、讃岐うどんとはまたちょっと違う。釜揚げに醤油ぶっかけて食する習慣もないし。

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この店には名物のばあちゃんが居て、客が入店するなり、「来てくれておおきに!」と挨拶。その後も、「新聞読むか?」と新聞持ってきてくれたり、「荷物こっちに置いたらええねん」とかあれこれ話しかけて世話を焼く。去り際には、「握手しよ!」と手を握ると、掌には飴ちゃんが。「元気で!また来てや!」と送り出された。関西はいつ戻ってきても懐かしいなあ。



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2013/02/15(金) 23:44:50 | | #[ 編集]
コメントどうもありがとうございます。私も元町より西はあんまり行った事がないので、ブラブラするとなかなか新鮮でした。本当の意味での震災からの復興というのもやはりあれこれ考えるべきことがあると感じましたね。
2013/02/17(日) 16:30:17 | URL |  Y. Horiucci #-[ 編集]
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