97年から書き続けたweb日記を、このたびブログに移行。
大野更紗の「さらさらさん」とヨブ記
大野更紗の「さらさらさん」読了。

第一作「困ってる人」は、著者自身が突然難病に倒れた壮絶な体験を、不思議に明るい突き抜けたトーンで語った実に印象的なエッセイ。そして、この第二作は、著者が書いたエッセイや対談を収録。やはり読み応えがあるのは対談。対談相手は実に多岐に及び、それぞれに心を打つ不思議な示唆に富んでいるのだが、特に「五体不満足」乙武洋匡との対談は読みごたえあり。

「障害」と「難病」。他者には推し量ることのできない状況を抱えながらも、明るさと強さを感じさせる両者。しかし、大野更紗は始めからあっけらかんと明るかったのではない。難病を生き抜く暗闇での手探りの葛藤を、澄み切った知性と勇気で乗り越えた後に彼女が行き着いた心境があり、それが文章として結実したのが「困ってる人」だった。それが実によく分かる対談。

ALS協会理事、川口有美子との対談も圧巻。QOLと安楽死との関係。死と向き合った大した経験も無く、なんとなく抱いていた自分の死生観にガツンと衝撃を食らったような印象。「逝かない身体」も早速発注。

巻末の「困ってる人の本棚」には、何冊も自分の読んだ本があって面白いが、「ヨブ記」の解説書が入っているのが興味深い。

旧約聖書「ヨブ記」は、信仰を持った正しい人に悪い事が起きる、何も悪い事をしていないのに何故苦しまねばならないのか、という「義人の災難」をテーマとしたお話。

今から2千数百年前から「神がいるのなら、なぜ人間に不条理な苦しみが降ってくるのか」は人間の心を捉えて離さない疑問。人間は絶望の中で土に伏し「なぜこのようなことを行われるのですか?」と幾度神に問うただろうか。

全ての善悪は人間が作り出しており神の責任ではない。いやそれはお前が何か罪を犯したからだ。いやいや、お前の信仰がまだ足りないのだなど、人間は人間であれこれと、二千年以上も自問自答してきた。

この「ヨブ記」にある、峻厳な旧約の神の答えはまた印象的。(私の勝手で思い切り要約すると)「お前の禍福など、我が天地創造の一部始終を何ひとつ知らぬ、被造物であるお前の知った事ではないのだ」と。散々の災悪に遭ったヨブはしかし言う「わたしは裸で母の胎を出た。裸でそこに帰ろう。主は与え、主は奪う」この答えをよしとされて、神はヨブに再び幸せを与える。

いきなり襲い掛かった難病という災難を、血みどろになりながらも乗り越え、今や他人に明るく語れる境地に達した(しかし時には大変な時もあると想像するが)この著者の辿りついた救いと照らし合わせて読むと、まがりなりにも健常者として呑気に過ごしていることがなんだか恥ずかしく、人生の意味について考えさせられるお話なのだった。




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