97年から書き続けたweb日記を、このたびブログに移行。
イスラム原理主義よりも、アメリカの狂気が憑依したのでは
米に抱いた夢挫折…死亡の兄はイスラム教に傾倒

ボストン・テロ事件の兄弟は、キルギス出身 チェチェン民族。トルコ経由でアメリカに移民したとも伝えられている。キルギスはもともとイスラム教人口が多いというが、ロシア正教徒もおり、場所も中央アジアで旧ソ連邦。成り立ちからすると必ずしもイスラム国家ではない。犯行の背景はこれから捜査が進むだろうが、狂信的なイスラム原理主義の政治的影響にあったとは言えないのではないか。

むしろ、過去日記、コネティカットでの銃乱射事件にも書いたが、シリアル・キラーやサイコは実はアメリカ名物。ユナ・ボマー、オクラホマ連邦ビル爆破のティモシー・マクベイ、コロンバイン高校銃乱射事件の若者達、サンディフック小学校銃乱射のアダム・ランザ。

今回のような悲惨な事件が起こると、人々は犠牲者に深く同情を寄せ、現場は献花に溢れ、犠牲者の為に祈る。そして、捜査に進んで協力。犯人の一人が射殺され、もう一人も大怪我を負って逮捕された事が報じられると、警官達は握手を交わし、人々は歓喜の声を上げ、パトカーに星条旗を振る。正義は実現されたのだ。

これは極めてアメリカ的な反応ではあるが、「我のみ正義なり」というある意味極めて尊大で排他的な反応。アメリカ人の中にもこのようなコミュニティから疎外されてゆくものがいる。それは、上にあげた、マクベイやランザのような「サイコ」だ。

アメリカは世界一の経済大国で世界中の富が集まる場所であり、他民族国家となっているが、その社会の根幹にあるのは、白人のピューリタニズム的社会。極めて同質性がある反面、ドメスティックで孤立主義。アメリカの白人社会から零れ落ちた人間は、もうどこにも行く場所がない。

今回の兄弟は、清教徒的白人ではないが、旧ソ連から移民して、おそらく属するエスニック・グループがなかった。将来がない事が分かっても、やはり、どこにも行く場所を見つけることが出来なかったのだ。

テロというとすぐに「狂信的イスラム原理主義」ということになるが、今回の犯人達は、自らの命を捧げたら、アッラーの約束する楽園に行けると本当に信じていたのだろうか。彼らに憑依したのは、そんなイスラム的な狂気ではなく、「私にはもうどこにも行く場所がない。さあ、外に出て人々を殺さなければ」という恐ろしくも虚無的な「アメリカの狂気」だったのではないかとも思えるのだ。



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