97年から書き続けたweb日記を、このたびブログに移行。
「やってないものは、やってない」
先週末、日曜午後のフジTV「ザ・ノンフィクション」、「やってないものは、やってない」を録画で観た。

八百長相撲で相撲協会から引退を強制されて土俵を去った霧の若と、裁判で解雇の不当を訴え、相撲界に戻る事に成功した蒼国来を追いかけたノンフィクション。

題名は、霧の若に、聞き辛そうに「本当に八百長をやったのか」と問うた番組スタッフに霧の若が答えた言葉。15歳で角界入りして相撲の世界しか知らない男は、親方の会議から帰って来た師匠の元霧島が「守ってやれなかった。すまない」と涙を流したのを見て、これ以上恩人の親方に迷惑をかけられないと従容と引退を受け入れたのだ。インタビューに答える様子を見ても、真面目で実直そうな人柄を感じて、どうも八百長相撲に染まってたようには思えないのだった。

もう一人のモンゴル出身、蒼国来は裁判で解雇不当を争い、裁判で勝利している。霧の若の名前を出した力士は結局裁判に出て証言することはなかった。トカゲのしっぽ切りのようなあまりにも拙速な解雇であり、霧の若も戦えば裁判で復帰が認められたのではとも思えるところ。

「おすもうさん」、呑気な相撲取り達

でも書いたが、相撲界は相撲の事しか知らない呑気な男達が相撲だけ取って暮らす独特な世界。相撲で一旗揚げようと積極的に飛び込んで来たものは少なく、恩師に勧められてやら、親方に熱心に勧誘を受けてやらで、何時の間にか相撲に入ることになってた者も多い。

相撲界に残るしきたりや古い習慣もみんな口伝。なんとなくそうなってるのだとと納得するこれまた呑気な男たち。

相撲は格闘技であるが、神事でも興行でもある。狭い世界で暮らす仲良しの力士が怪我しており、千秋楽に負けたら幕下に陥落するとしたらどうだ。自分が既に勝ち越ししてたら力が入らないのはある意味当然。こんな事までも八百長だと目を三角にして糾弾するのは、ちょっと違うような気がする。相撲しかできない人間が、呑気に相撲だけ取って生きて行ける社会を、そのまま温存してやっても別に誰も困らないと思うのだが。

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コメント
この記事へのコメント
Horiucciさんが相撲について書かれた記事を読むたびに、ああ、この人と語り合いたいと思うのでありました(笑)  ホント、別にいいじゃないか、と昨今ずーーーーーーーーーーっと思っております。もう触らんといたってーー!!!って叫びたい(笑)
2013/07/06(土) 02:27:42 | URL | 夢吉 #-[ 編集]
閉鎖的な世界で、相撲だけ取って呑気に生きてきた人たちなんですから、目を三角にして糾弾する必要なんてなくて、好きにやらせてあげて社会は何も困らないですがねえ。
2013/07/07(日) 09:56:39 | URL |  Y. Horiucci #-[ 編集]
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