97年から書き続けたweb日記を、このたびブログに移行。
「聖書考古学」を読んだ
「聖書考古学 - 遺跡が語る史実 (中公新書)」読了。

旧約聖書の記述には、果たしてどれくらい歴史的事実が反映されているか。聖書のエピソードを裏付ける考古学的知見はあるのか。なかなか興味深いテーマ。

世の中には逆に、「聖書は無謬である」、「聖書は神の言葉であり、書かれている事は全て事実であるる」という前提でその証拠を探そうという人も多々いる。「ノアの箱舟発見」、「モーゼが紅海を渡った際、追ってきて海に沈んだエジプトの戦車の残骸が見つかった」など、欧米のタプロイド紙を時折飾るセンセーショナルな記事が大抵そうだが、この手のキリスト教原理主義者が発見したという「事実」は、たいていその後は検証報道がされない、要するに学問的価値のないデマに過ぎない場合が多いのだ。

たとえ信仰を持っていたとしても、聖書という文献の史実性を批判的に読み、考古学的事実とどのように符合しているかを丹念に検証してゆく事は可能であり、昨今ではユダヤ、キリスト教への信仰を持ちながらも、学問として聖書の考古学を研究する学者も増えているのだとか。

ただ、判明してきているのは、シナイ半島にはそれなりに古代に遡る遺跡はあり、ある部分で聖書の物語の記述を裏付けるような痕跡もあるものの、旧約の記述の真実性そのものを完璧に証明する考古学的知見はほとんど無いということ。有名な、アブラハムの物語や、モーゼの出エジプトにしても、その時期や経路を裏付ける考古学的な史料はない。むしろ分かるのは、旧約聖書の様々なエピソードには、古いシュメールやエジプトの伝説が反映している部分があるのではということ。しかし、そのような考古学的な知見をフィードバックする事により、逆に聖書の各編がどんな目的で、どのような時代に編纂されたかを逆に照射することも可能となる。

ジークムント・フロイトは、ユダヤ一神教には、エジプト王朝で唯一一神教を信仰した異端の王、イクナートンのアトン信仰が反映されており、出エジプトの伝説も、テーベの放棄が反映されているのではと、「モーセと一神教」 で書き残している。

そして今後とも、聖書学と考古学が地道にその知見を積み上げ、批判的に全ての知見を検証することにより、このような説も含めて、原始ユダヤ教の成立やユダヤ王国の発展、旧約聖書の成立について、更に新たな発見があるのではないかとも思えるところ。もっとも現在の政治的状況を見ると、エジプト、イスラエル、パレスチナ、中東に平和が訪れなければ、考古学的な研究がこれ以上進展するかどうかも分からないのだが。


関連記事
スポンサーサイト
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック