97年から書き続けたweb日記を、このたびブログに移行。
「クレイジー・ライク・アメリカ: 心の病はいかに輸出されたか」
週刊文春の書評で見た、「クレイジー・ライク・アメリカ: 心の病はいかに輸出されたか」をAmazonに発注。日曜の朝にポチったらその日の夜に届いた。Amazonの物流扱うヤマト運輸恐るべし(笑)

この本は、精神医療の分野を扱ったノンフィクション。著者はアメリカ人ジャーナリストで、原題は「Crazy Like Us」。

アメリカ精神医学会は「Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders」、「DSM」と呼ばれる精神障害に関する統一ガイドラインを策定。これが実際には、精神疾患に関する世界標準の診断基準となっている。

しかし、精神の疾患やその病態の現れの違いは、世界各地固有の風土や文化、社会史や生活史と密接な関連があるのではないか。「医療のグローバル化」の名の元に、アメリカ社会だけでの知見による診断マニュアル「DSM」を全世界で画一的に使用する事は、様々な地域固有の症状をもアメリカ流のバスケットに放り込んで「癒し」を固定化する事にしか役だっていないのではないか。「DSM」の画一的利用は、逆にアメリカ発の心の病を輸出していることに他ならないのではないか、というのが著者の主張。

例として挙げられる話題に関する解説は丹念で実に興味深い。

「香港で大流行する「拒食症」」では、香港の精神科医が、元々、香港文化圏では、欧米基準で言う「肥満恐怖」からの「拒食症」に当てはまる症例は報告されていなかったと述べる。しかし、カレン・カーペンターの死や、ダイアナ妃の摂食障害の報道がメディアを賑わし、「拒食症」とは何かと言う解説がメディアに充ち溢れると、不思議な事に欧米型の「拒食症」症例が増加してきた。これは、発見されていなかった症例が明るみに出たのか? それとも、香港の女性達は、自らのストレスによる体調不良を説明できる「拒食症」という欧米発の新たな病気を、メディアの報道により「発見」したのではないか? この洞察はなかなか興味深い。

「スリランカを襲った津波と「PTSD」」は、インドネシア大津波後のPTSD(心的外傷後ストレス障害)を扱う。

悲惨な事件や大災害が起こると、メディアや有識者は「心のケアが大事」と書きたてる。インド洋大津波後には、「PTSDで大変な事になる」と(もちろん基本的には善意からだが)欧米の精神科医が現地に殺到した。しかし、現地語がまったく話せず現地の文化も理解していない欧米の医師達が、鵜の目鷹の目で治療すべきPTSD患者を現地で探す活動は、結果的に顕著な成果を上げたとは到底言えない。これは単に言葉の壁なのか、あるいは「DSM」マニュアルが通用しない文化があるということなのだろうか。

日本人にとって衝撃的なのは「メガ・マーケット化する日本の「うつ病」」の章だろう。

そもそも日本での治療薬の治験には膨大な投資が必要。日本人はアメリカ人ほど精神科にかかる習慣がなく、精神疾患に薬を飲むのも好まないという常識が1980年代までは存在し、うつ病治療薬「プロザック」が日本での治験を行わなかったのも、欧米製薬会社が日本をうつ病治療薬のマーケットとして捨てていたからだという。

しかし、「パロキセチン」というSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)を開発した英国グラクソ・スミスクライン社は、日本を有望なマーケットとみなし、巨額の投資をして積極的なマーケティングを行った。「うつは心の風邪です」というのもその宣伝文句の一環。日本人の深層心理にある「精神病の薬」への忌避感を取り払い、風邪を引いた時に誰でも飲むように、抗うつ剤を服用するように勧めるキャッチフレーズ。また、上記のキャッチフレーズとはある意味逆行するのだが、うつが自殺に至る病だと大きく宣伝した事も大きい。

SSRIが販売されると、世界各国で軒並みうつ病患者が増える。そこには製薬会社の巨大な金をかけたキャンペーンが影響しており、SSRIの導入した各国で、うつ病の患者が倍増するという経験則があるのだそうである。日本ではすでに100万人以上が服用している。

まあ、基本的に新薬が発表されると、盛んに対症療法的適用例が増えるので、服用患者も増えるのは、糖尿病や高血圧の薬でも同じ事ではある。それで治れば文句はないが、問題はSSRIが本当に効くのかということ。

著者によると、うつ状態にある人はシナプスにおけるセロトニンの濃度が低下し、セロトニン受容体にセロトニンが作用しにくい状態となっているという「モノアミン仮説」には既に否定的な反証が出ており、SSRIの薬効についてもプラセボ(偽薬)と同じか、ほんの少しマシな程度しか効かないという治験データも次々に提出されているのだという。

欧米流の「DSM」による画一的診断と薬剤大量投与治療は本当に精神疾患の解決になるのか。精神疾患診断のグローバル化と巨大ビジネス化が世界に与えた衝撃を俯瞰する実に興味深い本だった。

Webには「うつ病の怪 「悩める健康人」が薬漬けになった理由 『生活習慣病としてのうつ病』 井原裕氏インタビューという興味深い記事もある。

また、このSSRI販売のための一大キャンペインは、欧米の巨大タバコ産業が、いかにしてニコチン中毒者を作り出すことに精を出していたかを描いた映画、「インサイダー」をも思い起こさせるもの。欧米列強の連中は、産業革命の昔から、世界をまたにかけてさんざん悪い事してきたから、「悪」の格が日本なんかとは比較にならないものなあ。


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