97年から書き続けたweb日記を、このたびブログに移行。
恋と仕事とお鮨に生きるバブル期OL大河小説! 「その手をにぎりたい」
書店で平積みになっていた、「その手をにぎりたい」の帯をなんとなく見ると、「恋と仕事とお鮨に生きるバブル期OL大河小説!」とある。なんじゃそれはという話ですな。

ということで、思わず手にとって購入。<購入したんかい!(笑)

1983年、会社を退職して故郷に帰る予定だった主人公の若いOL青子は、送別会で上司に連れられて入った銀座の超高級寿司店で、初めて食べた江戸前寿司の味に衝撃を受け、同時にそこで働いている若き職人一ノ瀬にほのかな恋心を抱く。そして彼女は、自分で稼いだ金でこの超高級店に通うために、このまま東京で生きて行こうと決心する。時はまさにバブルが始まらんとする頃。そして小説は、83年から92年まで、激動のバブル期に翻弄されながらも時代を駆け抜けた、青子の仕事と恋の遍歴を追いかけてゆく。

バブル期の世相は若干実体験ではなく本で読んだ話のような気もするなあと著者紹介を見てびっくり。著者の柚木麻子は1981年生まれ。小説の始まり、1983年にはまだ2歳じゃないか(笑) 小説では、自分が育ったより一世代前の社会を描くのが難しいというが、やはり若干の無理があるかな。それでもあれこれ資料が読み込まれており、よく書けている。

寿司についても巻末に「次郎本」始め何冊かの参考文献が挙げられ、著者の勉強の跡がうかがえる。これらの本は全て私も読んだことあるが、ただ、寿司関係の記述には(私自身も80年代の寿司屋なんてほとんど知らないが)若干の違和感ある点が散見されるのも事実。

寿司屋のカウンタでお握りを作ってもらう常連のジイサマの話。同様の事は伊丹十三のエッセイでジョークとして描かれているが、本当にそんな店があるかね。小説の寿司屋は、握り鮨が全て手渡しされる銀座の店ということになっているが、これまた銀座にそんな店があるかなあ。寿司種についても、コハダ新子やマグロのヅケが復活してきたのは割と最近の話、バブル期にそんな種が珍重されただろうか。「三厩のマグロです」という記述もあるが、マグロの産地をあれこれ詮索する習慣も、バブル期の後になって「寿司マニア」が出てきてからのように思えるのだが。

思うに、バブル期の寿司屋を振り返るなら、最近の「寿司本」より、ごく初期のマスヒロの「東京味のグランプリ」や、池波正太郎や山口瞳を参考にしなければならないのでは。

もっとも、「握りを全て手渡しする寿司屋」というコンセプトは、この小説世界を支える重要なファクターとなっており、実に効果的。最初に会った時に衝撃を受けた一ノ瀬の手の美しさ、そして小説のラスト、寿司カウンタで心が揺れ動くちょっとエロティックなシーンは、この設定が無ければ成立しない。もちろん題名にも影響を与えている、この小説の中心ともいえる官能的なアイデアなのだ。

全編を通じてなかなか面白かった。寿司好きの女性が読むと面白いんじゃないかな。

「握り手渡し」に関しては、私は箸で食べるので、いったんつけ台に置いてほしい派。実際にすべて手渡しする「すし游」という店が浅草にあり、「沈み込む」ほど柔らかく握っているからだというが、個人的にはそこまで柔らかく握ってもらう必要は感じない。手に乗せた握りを箸でつまんだら、そこの親方は怒るだろうなあ。<オイ(笑)





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