97年から書き続けたweb日記を、このたびブログに移行。
四月鳳凰際大歌舞伎 夜の部を観た
歌舞伎座の四月鳳凰祭大歌舞伎、夜の部を観た。

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2月に来た時は大雪、3月は雨。この日も雨模様で若干憂鬱だったが、ちょうど雨の合間で助かった。今回は事前に銀座三越地下で弁当を買って持参。入場して取りあえず荷物は全部地下のコインロッカーに入れて身軽になって着席。

今回の演目は次の通り。

一、一條大蔵譚(いちじょうおおくらものがたり)
二、女伊達(おんなだて)
三、梅雨小袖昔八丈(つゆこそでむかしはちじょう)髪結新三

三津五郎の復活と藤十郎の曽根崎心中がかかる昼の部のほうが席は売れてるようだが、夜の部も幸四郎、吉右衛門が登場。しかしこの二人も結構なお年のはずだが、毎月のように歌舞伎座出演で、実に元気ですな。

前回は2階席の最前列だったが、今回は1階の7列目。

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やはり舞台に近いだけあって、表情もよく分かるし、セリフや長唄も明瞭に大きく聞こえる。まあ歌舞伎を見慣れた人なら3階席で十分なのだろうが、初心者はやはり1階「とちり」の席辺りがよいと思う次第。

一條大蔵譚は「時代物」。平家全盛の世、清盛から下げ渡された常盤御前を妻とし、お気楽に謡曲にうつつをぬかす阿呆と馬鹿にされている一條大蔵卿は、実は臥薪嘗胆で源氏復興を待つために「作り阿呆」としてその本性を隠していたのだったというお話。

序盤で出てくる吉右衛門の「阿呆」ぶりは実におおらかで華やいだもの。志村けんの「バカ殿」は歌舞伎が元祖だな(笑)。楊弓に興じる常盤御前の真意を知った家老が清盛に密告せんとする時、御簾の内より薙刀が一閃して密告者は倒れる。そして「作り阿呆」の仮面を脱いで凛々しくも現れる大蔵卿。衣装もガラッと変わる。様式美にあふれた美しい演出。

全てを明かし、吉岡鬼次郎に源氏再興のための刀を託した後、斬り落とした密告者の頭をもてあそびながら、また「作り阿呆」に戻らんとする大蔵卿の決意と孤独。そしてそこには、その心を侵食しているかもしれないひんやりした狂気も幽かに見えている。「作り阿呆」と素顔を行き来して、凄みと笑いを演じ分ける吉右衛門も良いし、常盤御前の魁春も印象的。物語は分かりやすいカタルシスを持って見事に成立している。

女伊達(おんなだて)は、新吉原を舞台に、男まさりの女伊達が男達をばったばったとなぎ倒す、女版助六といった体の舞踊劇。背景に満開の桜。壇上に揃った長唄も大音声で実に賑やかに江戸の春を寿ぐ。所作ダテというらしいが、めまぐるしい動きも実に粋で華やかな演出。ただ、「歌舞伎だよ」というフィルターを通すのを忘れて見ると、なんだかこう、浅香光代が剣劇で奮闘してるように見えるのだよなあ(笑)。←オイ

最後の演目、「梅雨小袖昔八丈(つゆこそでむかしはちじょう)髪結新三」は、河竹黙阿弥が書いた江戸世話物の代表作。身代が傾いた材木問屋の娘に、持参金目当ての縁談が持ち上がる。これに目をつけて娘をさらい、身代金をせしめようと考える悪党、新三を巡って展開する物語。

江戸の下町深川辺りを舞台に、ホトトギス、青葉、初ガツオと、梅雨から初夏の江戸の風情を鮮やかに描いているところも清々しい。

髪結新三は、同じ幸四郎が三月大歌舞伎で演じた「加賀鳶」の按摩道玄にもちょっと似て、どこか愛嬌のある憎み切れない悪党。解決に乗り出してきた地周りの親分は追い返したが、大家の長兵衛(彌十郎)にはすっかり手玉に取られる新三。 30両を半分貰っておく意で「鰹は半分貰って行くよ」と大家が何度も言うのだがこれを理解できず、金を数える段になって「はあ?」と分かりの悪いところを新三が延々とやるのが、まるで掛け合い漫才のようで実に面白い。歌舞伎はまさに庶民の娯楽だ。大家役の坂東彌十郎は長身で恰幅よく、この役によく合っている。

そして最後は、新三と遺恨のある地回りの親分の斬り合い。交錯し向こうを向いて見得を切ったところで舞台と客席の照明がパッと明るく点く。どよめきが起こるが、これは「ちょんぱ」という演出なのだそうで。そして素に戻った俳優二人が舞台で平伏して、「これにて終りでございます」と客席に挨拶して大団円。

実際にはこの狂言には続きがあり、新三はこの場面で斬られて死に、更に物語が続く。しかし、人気のある悪党「髪結新三」が死ぬのもどうかという配慮で、「ちょんぱ」の終わりで幕引きなのだとか。

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日曜の銀座は夜が早い。人でも少なく道はガラガラ。なんだか初カツオ食べたくなったな。
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