97年から書き続けたweb日記を、このたびブログに移行。
歌舞伎座の「六月大歌舞伎」初日、夜の部を観た②
日曜日は歌舞伎座の「六月大歌舞伎」初日、夜の部に。最初の演目は、「蘭平物狂(らんぺいものぐるい)」。

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舞台の幕にも書いてあるが、この舞台で、四代目尾上松緑の長男、藤間大河が「三代目尾上左近」を名乗り初舞台を踏む。まだ8歳で学校もあるだろうに25日間休まずに出演というのは考えてみると凄い話。「蘭平」は二代目松緑が演じて以来の歴代尾上松緑の当り役。

歌舞伎は元々ひとつのお芝居を延々と一日中やってたらしいが、そのうち人気のある段だけを抜き出して、他の物語の一部とオムニバス上演する形態が普通に。前の段が上演されないと人物の背景などがよく分からなかったりするのだが、「まあそういうものだ」と理解して、あるがままに楽しむしかない。曽我物もそうだが「○○実はXX」という設定も実に多く、お家騒動にからむお宝がどうのこうのという設定もよくある。昔の観客はそんな設定が大好きだったのだなあ。これまた「なんか知らんがそういうものだ」と理解して、あるがままに楽しむしかない(笑)。

で、この「蘭平物狂」は大雑把にいうと、刀を見ると頭がおかしくなる性質の蘭平が大勢の相手と大立ち回りをやるのと、その息子が手柄を立てて立身出世するのが見どころ。細かい筋は気にしてもあまり意味がない(笑)。劇中、蘭平が息子を心配し、手柄を立てたのを喜ぶ親子の情愛部分を、実世界の尾上松緑が自分の長男を舞台デビューさせる現実に投影して観客が感じ入るわけである。

大梯子を花道に立てて行う立ち回りは実に豪快で見ごたえあり。もちろん「シルク・ド・ソレイユ」に比べれば児戯に等しいが、江戸の観客は、井戸小屋の屋根から灯篭の上に一回転して乗り移るだけで「おお!」と喝采したに違いない。現代でも、おおらかな気持ちで驚いて見物するのがよいのだ。

尾上松緑は遡れば七代幸四郎に辿り着く大きな名前で、四代目も手堅くやってるとは思うし、声も良いが、イマイチ強烈な印象が無い。まあ在原行平を演じる菊五郎の存在感が大きすぎるというのもあると思うが。尾上左近は子供であるから、教わった通りの見得を切ると、観客からは暖かい大拍手が。

最後の見得前に主役級揃って口上が。尾上左近が大成したら、俺は初披露の歌舞伎座初日で見たんだと威張れるので頑張ってくれ(笑) まあ、大人になるのにも、まだだいぶかかるだろうが。

立ち回りの場面では菊五郎劇団の若い衆が大勢出てくるのだが、誰もが尾上左近のように銀のスプーンをくわえて生まれてきた訳ではない。生まれながらにして名題役者になる路線が引かれている御曹司とそうではない者の厳然たる違いがあるのだろう。

「歌舞伎 家と血と藝 (講談社現代新書)」によると、役者の身分が低かった時代には、血縁で名跡を継承するという意識はなく、役者に向いた顔の良い子を連れてきて跡継ぎにする事も普通だったらしい。しかし明治以降、歌舞伎役者の社会的地位が向上するにつれ、子供に跡継ぎを譲る習慣が普遍的になったのだとか。もっとも片岡愛之助のように歌舞伎界に血縁なくとも養子になって有名になった例もあり。

途中、所作舞台の転換に手間取ったか、終了がタイムテーブルよりも10分押したのも、初日ならではのドタバタか。

二番目の演目は、「新歌舞伎十八番の内 素襖落(すおうおとし)」

そもそもは「能・狂言」を元にした松羽目物。酩酊しながら必死で素襖を隠し、また隠されて探し回る太郎冠者が笑いを誘う舞踏。幸四郎がこれを軽妙に演じ、左團次の大名も鷹揚でトボケた味がなかなかよい。

この演目を事前に調べていた時に見たのがこれ。



人間国宝四世茂山千作の「お豆腐狂言」、「素襖落」。歌舞伎狂言が「松羽目物」として取り入れた原型。しかし今見ても思わず笑うほど面白い。余計なものを極限まで削ぎ落とした笑い。これを観るとむしろ歌舞伎狂言のほうが間延びしているかのようにも感じる。事前勉強も、過ぎると観劇の楽しみを阻害するなあ(笑)

最後の演目は、池田大伍が大正初期に河竹黙阿弥の「八幡祭小望月賑」を書き換えた世話物の新歌舞伎「名月八幡祭(めいげつはちまんまつり)」

越後から商売に出てきている実直な商人縮屋新助が、金使い荒く奔放な芸者美代吉に惚れ込み、彼女の苦境を救うために自分の人生をかけて大金を工面するが、他から金が入ったとあっさり袖にされ、狂乱してゆくことになる。

主人公縮屋新助は、真面目で初心な田舎者。惚れた深川芸者に翻弄され、裏切られて自我が崩壊してゆく様を吉右衛門は実に達者に演じている。上手いなあ。反面、芝雀が演じる深川芸者美代吉は、なんというか、売れっ子芸者の艶が無い気がする。悪気はないが男を振りまわして破滅させる、一種のファム・ファタールの無邪気な妖気に欠けるというか。昔、玉三郎が演じた事があるらしいが、一度観てみたかったな。

深川から大川を船で渡って鉄砲洲へ行く場面、実際に舞台に水を降らせる大詰めの激しい夕立。世話物ならではだが、初夏から夏への江戸の季節感がよく描かれている。

大詰め、狂乱の縮屋新助が美代吉を番小屋に追い詰め、障子に刀を突き立てた時のまるで映画のような演出。男達に担ぎあげられ、花道を連れ去られる狂乱の新助は、何かを訴えかけるかのように眼をむいて中空に手を突き出して暴れるのだが、あの表情は一階客席からは見えない。上下左右に客席がある歌舞伎座の舞台を知り尽くした役者が、最後まで気を抜かずに二階、三階の客に見せるサービスショットなんですな。三階で見て得した気分(笑) 

狂気が去った後、無人の深川を背景に、空に無情の月が煌々と登る。これまたまるで映画のような、実に印象的なラスト。

今月は昼の部にも行くのだが、今度は一階席。次の機会には二階か三階の東側で観てみたいな。前に座高が高いのが来ない保証がある席があれば、もっと値段高くてもよいのだが(笑)

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