97年から書き続けたweb日記を、このたびブログに移行。
歌舞伎座「六月大歌舞伎」、昼の部を観た
日曜は、小雨降る中、歌舞伎座「六月大歌舞伎」、昼の部に。

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取った席は一階の6列目。若干上手側から舞台を見る場所。前回、夜の部3階席では、とんでもなく座高が高い若者が前に座って往生したのだが、今回は前の席は婆様3名が並んでおり、座高問題は発生しなかった。一等席のほうが年配で小さい人が多いかもしれないな。まあこればかりは運だが。しかし一階席前列も、もう少し傾斜つけても良いと思うが、まあ昔からの伝統の見え方というのを大事にしてるいのかもしれない。

最初の演目は舞踏。「お国山三 春霞歌舞伎草紙(はるがすみかぶきぞうし)」

桜が咲き誇る京の四条河原。歌舞伎の始祖、出雲の阿国が大勢で歌舞伎踊りを披露するところに、名古屋山三の亡霊が現れる。

派手で幻想的な群舞はなかなか印象的。若衆達が花道をスリ足で、まるでベルトコンベアに乗ってるように上下動なく進んで来る登場も面白い。菊之助演じる名古屋山三は花道七三のスッポンと言われるセリから登場。この仕掛けは、異界の人物の登場に使うお約束なんだそうで。

女歌舞伎も若衆も器量良く実に格好良いのだが、主役の出雲阿国を演じる時蔵はもう60歳近いから世間ではジイサマ。ただ歌舞伎の世界では次代を担う立女方ということになっている。華はあまり無いと思うが、河原で踊りを見せて人を集めたような「かぶき者」の雰囲気はよく出ている。

二番目の演目は、「源平布引滝 実盛物語(さねもりものがたり)」。源氏の白旗を巡って物語が展開する時代物。

主役の斎藤実盛は菊五郎。左團次演じる瀬尾十郎は赤っ面の悪人として現れるが、最後にコロッと善人に。形見の名刀を所持していたから、直ぐに生き別れた孫と分かるというのも、歌舞伎のお話が急に転換する時によくつかわれる設定だが、この辺りもおおらかな時代物の味。

実盛物語は、事前に筋書き読んでも設定がややこしいが、歌舞伎の主役は平家方であっても実は源氏の味方だというのも歌舞伎に伝わるお約束。

太郎吉に「お前が成人したら母の敵として討たれてやろう」と未来の合戦の場所まで語る実盛の台詞は、時空を超えた運命を語ってちょっとしたSF風味あり。「その頃には実盛は歳を取っているから誰だかわからない」という太郎吉に、「ちゃんと分かるようにしてやる」と語る実盛のセリフは、老齢の実盛が髪を染めて出陣したという故事を知る江戸の観客には「ああ、そうだったのか」と実に腑に落ちる設定だったのだろう。歌舞伎作者は故事来歴を狂言のストーリーに組み込むのが実に巧みだ。太郎吉を馬にも乗せてやり、実に格好よく実盛が去って行く大団円。

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お昼は三階の食堂花篭で鳳凰膳なるものを事前予約してみた。弁当買って持ち込んで狭い座席で食べるよりも、食堂予約したほうが便利かもなあ。

三番目の演目は、「元禄忠臣蔵 大石最後の一日(おおいしさいごのいちにち)」。幸四郎が主役の大石内蔵助を演じる新歌舞伎。

吉良邸への討ち入りの後、赤穂浪士は幕府のお沙汰を待つ未決囚のような状態で大名である細川邸に預けられている。元より死罪は覚悟の上。初一念を貫き、思い上がることなく全員を淡々と死に向かわそうと考える大石内蔵助は浪士達の心のゆるみをたしなめる。

大石が気に留めるのは、浪士の一人、若い磯貝十郎左衛門になにやら未練が残っているように思えるところ。そこへ磯貝の許婚であった「おみの」が男装をしてまで一目磯貝に会うために細川邸にやってくる。

「会わせてはこの世に未練が残る。静かに死なせてやってくれ」という大石内蔵助の道理と、「磯貝が自分をだましたのかどうか、それだけが聞きたい」という「おみの」の道理がぶつかり、女の一念に武士の大石内蔵助が言い負かされてしまうというのが一つの見どころ。幸四郎は上手いなあ。

磯貝を呼んで明らかになった真実。「偽りも誠に返してみせる」と語る「おみの」の切ない女心が涙を誘う。しかし全ての心残りは霧散し、磯貝も大石も「初一念」を貫き、堂々として死に向かうのだった。この辺りは実に作劇が上手い。音声ガイド解説によると、実際に磯貝の遺品に女物の琴のツメがあったという史実があるのだそうで、何か秘められた恋が本当にあったのかもしれない。

最後の「お祭り」は、いわゆる所作立てだが、役者がお休みから舞台復帰する際によくかかる演目。今回は、仁左衛門が怪我の手術から今月に歌舞伎座復帰するのを寿ぐ特別な演目。

幕が開く前から観客席から暖かい拍手が起こる。浅葱幕が切って落とされ、仁左衛門が明るい舞台にキリリと立つ。踊り相手は孫の千之助で、孫と踊る舞台もまた目出度い。「待ってました」の大向こうがかかると「待っていたとはありがてえ」お決まりのセリフとなって、舞台と客席に暖かい一体感が生まれる。

江戸の初夏、山王祭を背景に、粋な鳶頭が見せる軽妙な舞踊。意気揚々と花道を引き上げる仁左衛門に、「こんぐらちゅれいしょん!」と妙な大向こうがかかって観客の笑いを誘った。

そういえば前回聞こえた、鳥を絞める時のようなヘナチョコな断末魔の「大向こう」をかけるジイサマはこの日もいた。ご精勤ですなあ。本人の脳内では血気盛んな頃の声と同じに聞こえてるのだろうが、他人が聞くと実にヘナチョコな声。引退を勧めたいが、まあ本人の勝手か。六月大歌舞伎は結局、昼も夜も観たが、実に面白かった。

七月の歌舞伎座は、吉右衛門、幸四郎、菊五郎などの大幹部はお休み。海老蔵や玉三郎と澤瀉屋の面々が主として出演。昼と夜とどちらを観に行くか。あるいはどちらも観るか。迷うなあ。

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2014/06/22(日) 23:50:44 | | #[ 編集]
七月歌舞伎座、結局、昼、夜とも観に行くことにいたしましたw 仁左衛門を観に、大阪松竹座七月歌舞伎にも一度遠征する予定です。困ったもんですw
2014/06/26(木) 21:29:17 | URL | Y. Horiuchi #-[ 編集]
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