97年から書き続けたweb日記を、このたびブログに移行。
「ノア 約束の舟」と「バベルの謎」
「ノア 約束の舟」を観た。観客は少なかったなあ。興行大丈夫か(笑)



原案は勿論、旧約聖書創世記第六章にある「ノアの箱舟」の物語。まず物語の冒頭、創世記のそれまでの章を幾つかのイメージ・ショットで振り返る部分は実に鮮やか。天地創造、アダムとイブ、蛇の誘惑、エデンからの追放、カインとアベルの物語。。もちろんある程度旧約聖書の知識が無いと何のこっちゃ分からないだろうが、欧米の観客には基本的に全て見慣れたイメージ。

「ノアの箱舟」は実に有名な物語ではあるが、この映画では、ドラマの緊迫度を盛り上げるために、旧約聖書とは違う若干の設定変更を加えている。「the Watcher」という存在は、「ケルビム」、「堕天使」のイメージが反映されているものと思われるが、勿論「創世記」の記述には無い。しかしこれがいないと、あんな馬鹿でかい箱舟をどうやって作ったかが観客に納得してもらえないのだった(笑)。トバル・カインの軍勢が箱舟を襲う場面も映画の独創。この場面での主人公ノアの行動は、「主人公が愚かな行動取って観客のハラハラドキドキを盛り上げる」という古典的手法に拠っているのだが、間延びしてあんまり成功しているとは言い難い。サッサと箱舟に入ったらよかったのに(笑)

そして実に目立たないが一番の改変は「人間を滅ぼそうとする神の意志」がどこまで及ぶのかというところ。旧約「創世記」では、神はあらかじめノアの家族を助けるために箱舟に乗せたのであり、息子のセム、ハム、ヤペテにはそれぞれ既に妻がおり箱舟にも乗り込む。しかし映画では、これとはまったく違う「神の意志」が暗示され、愚直にその命令を守ろうとするノアとその家族との葛藤に結びついて行くのだ。

アメリカには、聖書に書いたことは一語一句そのままに真実であると信じる「キリスト教原理主義者」が大勢いるのだが、問題なかったのかねえ。もちろん最後には「神の真の意志はこうであった」という一応の解決が用意されているのではあるが。

洪水の後、ノアのぶどう酒による裸体の酩酊とハムの息子カナンへの呪いという物語が旧約聖書にある。なにやら異様な事態が背景に窺えるエピソードなのだが、いったい何を語っているのか分からない。映画はこの部分は割と素直に取り入れているのだが、観客はちょっと混乱するだろう。まあ、そもそも聖書研究者でも意見が分かれている箇所なんだし。

映画としては、なかなか壮大で、旧約の不思議な物語を体感できる興味深いもの。しかしある程度旧約聖書の知識が無いと理解に苦しむ部分はあるだろう。エマ・ワトソンとジェニファー・コネリーは実に印象的な演技。ラッセル・クロウはまあ何時ものラッセル・クロウだ(笑)

事前に「創世記」該当部分だけは読み返して行ったのだが、帰宅後に本棚から、「バベルの謎―ヤハウィストの冒険」を引っ張り出して再読。

過去ログで感想も書いたが、旧約のモーセ五書には、J文書とP文書という作者の違った文書が混在しているのは聖書研究によって知られている。

著者は「ヤハウィスト」が書いたJ文書だけを丹念に分析し、聖書古層に浮かびあがる「ヤハウィスト」の意図を読み解く。そこに描かれるのは、極めて親密な「人間創造」物語。「人間」に対する神の素朴な慈しみ、そして、結局のところ「できそこない」の被造物であった「人間」に対する神の絶望、そして、神自身による神自身の絶望の超克といった、きわめてドラマティックで生き生きとした「神」と「人間」。創世記の物語にメソポタミア神話「ギルガメシュ叙事詩」が与えた影響とその比較部分も実に興味深い。この本は、やはり何度読み返しても実に面白いなあ。


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