97年から書き続けたweb日記を、このたびブログに移行。
大阪松竹座に遠征。七月大歌舞伎を観た。
歌舞伎座六月大歌舞伎、「お祭り」で復活した仁左衛門は、今月、大阪松竹座の七月大歌舞伎に出演。週末を利用して大阪松竹座遠征に遠征して観に行ってきた。

観たのは昼の部だけだが、さすがに野々村兵庫県議のように日帰りではない。どこにも精算しないが領収書もある(笑) ただ新幹線往復と宿泊代合わせた旅費総額が昼の部一等席の金額よりずっと高い。旅費を回収するためには、やはり昼夜両方観るほうがよいのかもしれないなあ。

大阪松竹座は歌舞伎座に比べれば小体な小屋。しかし客席と舞台が近くなかなか雰囲気がよい。ただお年寄りも多いので、エスカレータはもっとあったほうがよいね。

初心者必携のイヤホンガイド借りて筋書きを買う。大阪松竹では「番附」と呼ぶようだ。微妙に東西の差が残ってるのだなあ。

当日は祇園からだろうか、着物に髪アップにしたおねえさんやら、日本髪の鬘に顔を白塗りにした綺麗どころまで、大勢来場。桟敷席にずらりと並ぶと壮観。あの鬘は相撲取りと同じ鬢付け油のよい香りがする。歌舞伎役者は祇園で遊ぶのも仕事のようなもんだから、馴染みも多いんでしょうな。

大阪松竹座昨日の席は6列8番。右の通路越しに舞台正面を見るので、前列にどんな座高高いのが来ても大丈夫だ。 舞台が近く迫力あり。

最初は新歌舞伎の世話物「天保遊侠録」。青果は歌舞伎作品を多数残しているが、これは昭和に入ってから今回で7回目の上演と言うから、割と珍しい演目。下級武士の悲哀と新時代の到来を受けて終りを告げようとする封建制の体制に対する批判。洒脱な遊び人だが、うだつの上がらぬ下級武士勝小吉を演じる橋之助が良い。子に対する情愛を見せる後半も印象的。

接待の宴席の準備で揉める部分では、サラリーマンの悲哀を感じるような部分もあって身につまされるなあ(笑) 昔、小吉古と恋仲であった芸者、坂本屋の八重次を演じる孝太郎も印象的。「あんたに捨てられた時、私はまだ何にも知らない十七だよ」と食ってかかりながらも、芸者の粋を見せ、それが主人公への忘れ難い思慕に変わって行く。実に上手い。ただ、どうしてもTV「途中下車の旅」のレポーター役を思い出してしまうのだなあ。歌舞伎の女方はTVでの露出の仕方を考えたほうがよい気もせんでもない(笑) 中臈阿茶の局を演じる秀太郎は押し出しのよい堂々たる演技。最後の回り舞台を使った場面転換も面白かった。脇役では、若干セリフがもたつく人もいたような。歌舞伎というのは稽古時間短いから開演当初は大変ですわな。

第二の演目は舞踊。吉野山雪の故事「女夫狐(めおとぎつね)」。菊之助を中心に、又五郎実は塚本狐の翫雀と弁内侍実は千枝狐 扇雀が狐の精を演じる。狐ならではの活躍を表すために舞台の出入りにあれこれと仕掛けがあるのもなかなか楽しい。

座席は花道から4列目で、花道のセリ「すっぽん」にも近く、ドロドロと太鼓の響きと共に夫婦の狐が続けて現れるのが圧巻の迫力。翫雀と扇雀は坂田藤十郎を父に持つ兄弟。母親が扇千影であるから、人間国宝と参院議長の子供ということになる。歌舞伎の世界恐るべし。

長男の翫雀は父親の坂田藤十郎が名乗っていた「鴈治郎」の襲名披露を来年松竹座で。この人は、福助人形のような、あるいは大黒様のような、ユーモラスでおめでたい体型ですな。扇雀は怪しくも﨟たけた女狐をしっとりと演じてなかなか魅力的に成立している。菊之助は中央で座ってるだけの殿様のような役が結構映えるよなあ。狐夫婦の幕外の引っ込みも面前の花道でたっぷり踊るのでなかなか迫力があった。

昼の部最後は菅原伝授手習鑑のうち「寺子屋」。片岡仁左衛門が松王丸を演じる。

菅原道真の息子をかくまう寺子屋に、敵方の首実検役としてやってきた仁左衛門演じる松王丸は実は隠れた菅原方。自分の幼い子供の命を、密かに仕える主君の息子を助ける為に裏で差し出す算段をしている。我が子はお役に立ちましたか?と聞いて、立派に笑って死んだと聞いて泣き笑いする仁左衛門。そしてその泣き笑いは、やっと大恩ある主君への忠義を果たせたという喜び、そして忠義を果たせず非業の死を遂げた弟への慟哭と連なって行く。このあたりはたっぷりと演じて圧巻。

「せまじきものは宮使え」というのはこの狂言の有名なセリフ。菅原道真の息子の首を差し出せと言われて困った寺子屋の主、源蔵が発する。この源蔵を演じるのは最初の題目「天保遊侠録」の主役と同じ橋之助。この狂言では、首のすり替えが見破られたら相手を切って捨てる腹も見せて立派に成立しているが、今月の昼の部は、橋之助が勤め人として色々困るというシリーズといってもよいかも(笑)

「NHKスペシャル 新生 歌舞伎座 ~檜舞台にかける男たち」では、仁左衛門が「盛綱陣屋」の首実検の際の演技を解説している。「寺子屋」の状況は「盛綱陣屋」よりも単純なのだが、仁左衛門は「寺子屋」初演時、斬られた首を見て舞台で思わず本当に涙が出たとか。この場面で役者が涙を流しては芝居がぶち壊しなのだが、気持ちが入って演じるタイプの役者なのだ。忠義の為に肉親を犠牲にした首実検は、歌舞伎で何度も繰り返される主題なのだが、流石に仁左衛門は迫力あり。

ただ終盤は若干ダレる感あり。これは別に狂言のせいではなく、全て義太夫が理解出来ない此方の責任。一生懸命唸っているのだが内容が聞き取れない。聴き慣れると解るようになるのだろうか。昔の金持ちの旦那は、長唄やら常磐津やら習ったと言うが、もう最近はそんな人いないよねえ。少なくとも勤め人では無理だなあ。

しかしどれも面白く、大阪にわざわざ遠征する価値はあった。

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