97年から書き続けたweb日記を、このたびブログに移行。
「トランセンデンス」を観た
グアムからの帰国便にはエコノミーでもパーソナル・ビデオがついており、選択できる映画の数も多い。この点はUnitedよりもずっと優れている。

見たのはジョニー・デップ主演のSF「トランセンデンス」。

相手役は最初、スカーレット・ヨハンソンだと思っていたが、レベッカ・ホールという女優さんなんだそうで。よく似てるなあ。モーガン・フリーマンも出演してるがあまり印象には残らない。「いつもの調子でいいんだね」とやってきて、台本通り淡々と演技して、どのシーンも撮り直しなく一発OKで、ギャラ貰って帰っていったという印象(笑)

コンピュータに人間の人格をアップロードして生まれた超意識が世界を支配しようとする。導入部分はそれなりに緊迫して面白い。死んだウィルの自我をコピーしたAIが、証券市場へのアクセスについて言及した途端、仲間の科学者は、「目覚めてたった15分でウォール街へのアクセスを探すのはウィルではない。これは怪物だ」とシステムを遮断しようとする。この辺りまでは面白い。しかしその後で物語が失速してゆくのは、この映画のストーリー自体が、使い古された古いアイデアで、そこから一歩も出ていないから。

人間の人格をコンピュータに移植したり、AIがネットで全世界を覆う超意識となるという世界を描いた、ギブソンの「ニューロマンサー」の初版が1984年。しかしその時点でも先行する同じアイデアのSFが多々あり、設定は決して新しくはなかった。ビジュアルに広がる奇怪な電脳空間や、そこにジャックインする主人公などのギミックを描きこんだギブソンのイマジネーションが、それまでになかった独特の世界観を作り上げたのが成功した要因。コンピュータが世界を支配するというプロットだけなら、「ターミネーター」だってそうだった。

この映画も結局のところ古いアイデアを使っただけで、新しいブレイクスルーなくアレレという間に終わった印象。観客としては、AIがネットで世界を覆う超意識となってからの先を見たい気がするのだが。あまりにも形而上学的になってうけないのか。小さなスクリーンなので明確ではないが、画像は大変美しかったのでは。ただやっぱり脚本がねえ。映画館で見なくてよかった(笑)

その点では、時間がなく途中をシャカシャカ飛ばして見た「ロボコップ」のプロットのほうが新しい。アイドロイドに閉じ込められた人間の自我の葛藤を描くのは例えば平井和正の「サイボーグ・ブルース」と同じだが、アンドロイドに搭載されたコンピュータの戦闘プログラムと人間の自由意志との葛藤、人間の自我とは何かという問題に踏み込んでおり、実にダークな雰囲気に仕上がっていた。最近のリブート作は、前シリーズよりも沈鬱で暗い雰囲気になるのが多いなあ。

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