97年から書き続けたweb日記を、このたびブログに移行。
十七世十八世中村勘三郎追善十月大歌舞伎 昼の部
歌舞伎座、十七世十八世中村勘三郎追善十月大歌舞伎 昼の部を観た。昼夜ともに中村屋にゆかりのある狂言を豪華な出演陣で。勘三郎の息子たち、勘九郎と七之助はほとんど出ずっぱりの大奮闘。

最初の演目「新版歌祭文(しんぱんうたざいもん)野崎村」は大阪郊外の田舎が舞台。一途な恋が悲恋に終わる田舎娘お光を、七之助が印象的に演じる。祝言を挙げると聞かされた高揚や、お染めが許婚久松の恋の相手と聞いて「いけず」をする嫉妬。どれも若い女性の可愛らしさを良く出している。児太郎のお染めは、おっとりした大店の娘らしさは良く出ているが、全体に段取りをこなしてるので精一杯の印象。久松を演じる扇雀は、優柔不断な(そう、結局この人が全てのトラブルを作ってる訳ですがw)優男を演じてなかなか印象的。事を丸く収めにやってくる秀太郎というのは、前にも他の狂言で見たが、この人はそんな役の雰囲気に実に合っている。

舞台が回ると場面は家の裏、川沿いの土手になる。お染久松が水路と陸路に分かれて去るラスト。二人が舞台から消えても土手の七之助は放心して立ち尽くす。父親の胸で泣き崩れるまで若干間があるが、舞台のお光を通じて観客の心象にはだんだんと小さくなってゆく船と駕籠が見えるのだ。印象的な演出。

そうそう、祝言に出す鱠を作る為にお光が大根を切る場面だが、七之助は実人生でも今まで本物の大根を切った事がないのでしょうなあ。そんな事を感じる手際だ。まあ普通の独身男で大根切った事のある者のほうが少ないかもしれないが、まあ何でもやらねばならぬ役者ですからね(笑)

幕間に所作台が敷かれて舞踊となる。「近江のお兼」は扇雀が力持ちの若い女に扮して馬と踊る。扇雀は目鼻立ちのくっきりした二枚目であるから、だいぶ年齢がいったとはいえ女形でも舞台映えする。踊りも力強くかつ優雅に。晒しを振って踊る場面も舞台に映える。

もう一本の舞踊、「三社祭」は、橋之助と獅童が軽妙に掛け合って踊るのだが、善悪のお面をかぶる時間も長いせいか、いまいちぴんとこなかった。まあ所作事というのは観るほうにも舞踊の素養がないと、本当のところは分からないのかもしれない。

最後は 「伊勢音頭恋寝刃(いせおんどこいのねたば)」

浅黄幕が切られると、絢爛豪華な伊勢の遊郭が目の前に。「野崎村」は大阪、舞踊の近江のお兼」は琵琶湖湖畔。夜の部の『鰯売恋曳網』 も伊勢の国の鰯売り。今月の舞台は関西圏が中心。

伊勢まいりで賑わった昔の伊勢は、都にも負けぬほど栄えていたらしい。昔から門前町と遊郭などの「悪所」はセットになっているのが常で、伊勢にも大きな遊郭が実在した。実にきらびやかで派手な舞台。

中村小山三が暖簾の後ろから出てくると客席がどっと沸く。小山三は、十七世勘三郎の一番弟子。なんと94歳。勘九郎、七之助が子供の頃から舞台に出る時はつきっきりで指導し後見についた大ベテラン。十七世には「俺が死んだら小山三を棺桶に入れとくれ」と冗談言われたほど信頼されていた由。幸い棺桶に入れられなかったから、今でも元気に舞台に出ている(笑)

仲居万野を演じる玉三郎は、因業で意地悪な年増女を演じて妙な説得力あり(笑) 貢役に勘九郎、お紺役に七之助と兄弟を重要な役に配して、それなりに面白いんだけど、最後はバタバタと大勢人を切った割に、あれよあれよという間に「ハイ、全部解決」というドタバタさがちょっとなあ(笑)全体にチグハグな感じがする一幕だった。

壮麗な遊郭で遊女が踊る「伊勢音頭」の「総踊り」は豪華な演出。お金貯めた庶民が、お伊勢さん参りして遊女をあげて遊ぶというのは、一世一代の贅沢だったのだなあと思わせる。

橋之助が貢に横恋慕する不細工な女郎を演じるのだが、返事だと思っていたのは偽物で、金は取られる、恋は実らない、最後は巻き添えで斬られてしまうという、誠に踏んだり蹴ったりのお気の毒な役。仁左衛門はさすがに料理人とは思える貫録だった。今月の歌舞伎座は昼より夜のほうが面白かったかな。

歌舞伎座を出ると雨。食事の時にも飲んだし、二番目の幕間にもスパークリングワインを飲んだので、ほろ酔い加減で帰宅。



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