97年から書き続けたweb日記を、このたびブログに移行。
94歳の歌舞伎役者、「小山三ひとり語り」を読んだ。
今月の歌舞伎座昼の部、「伊勢音頭恋寝刃」の冒頭、中村小山三が暖簾の後ろから出てくると客席がどっと沸いた。小山三は中村屋、十七世勘三郎の一番弟子。なんと94歳。勘九郎、七之助が子供の頃から舞台に出る時は付きっきりで指導し後見についた大ベテラン。十七世には「俺が死んだら小山三を棺桶に入れとくれ」と冗談言われたほど信頼されていた由。

その小山三に取材した「小山三ひとり語り」をAmazonで取り寄せて読んでみた。実に面白い。

大正十三年、四歳で十七代目中村勘三郎に内弟子として入門以来、歌舞伎の世界一筋に生きてきた女形。今でも「先生」と呼ぶ十八代勘三郎や昭和の名優の思い出、興味深い芸談、戦前戦中戦後の歌舞伎役者の生活や興行の様子などを、とっておきの話を随所に挟んだ自由自在な回想で語る。

同じく十月の歌舞伎座「野崎村」で お染めのお伴に来た女中が、「立てば芍薬座れば牡丹」と称えるところがあったが、元々は十七代勘三郎に「こうやってごらん」と言われて小山三が始めた台詞とのこと。他にも「小山三十種」と勘三郎が命名してくれた、小山三がそれぞれの役に合わせて工夫して考えた演技が残っているとのこと。

歌舞伎はこんなトリビアが幾つもの関連を持って歴史と共に重層的に残っているので、知れば知るほど奥深いところがある。

後見につくのは大変だという芸談も、見知らぬ世界を垣間見せてくれる面白さ。扇を後ろに投げ、後見が受け止める舞踊があるのだが、落とすと演者にも音で分かる。十七代勘三郎は、後見が落とすと舞で後ろを向く時に必ず後見を睨みつけたとか、小山三が後見で吹き替えする台詞を間違えたら激怒し、逃げた小山三を芝居を放り出して追いかけて来たとか。明治生れで役者一徹の頑固者、勘三郎を眼前に彷彿とさせるエピソード。

昔の事を細部まで覚えている小山三の記憶力も素晴らしいが、「銀座もちょっと前まではレンガの通りにカフェが並んで女給さんがいたのにねえ」と、いったい何時の事やらと思うほど自在に時空を超越するタイム・リープぶりもまた傑作。「スローターハウス5」に出てくるトラルファマドール星から来た異星人なのかもしれないな(笑)。

現在の芝居の型が昔と変わっていることを嘆いて、「本当は違うんですよ」と言いながら、「でも、こんなこと言うとまた煙たがられちゃうわね」としゃべる語り口がまた味わいがある。

この語り口は、山川静夫が六代目歌右衛門にインタビューした「歌右衛門の六十年―ひとつの昭和歌舞伎史」にある歌右衛門の口調とも不思議にどこか似ている。

しかしこの口調は現実でもどこかで聞いたことあるよなあと、思いだしていたら、そうそう、以前築地の本願寺裏「鮨つかさ」でよくお目にかかった、昔は新橋の芸者だったという80歳超えたビルオーナーの女性。あの女性の昔語りに似ているのだった。あの話も、外貨割り当てが厳しい頃に、お客さんの招待で着物来てニューヨーク行ったとか、昔の花柳界の反映を物語る実に面白いものだったが。

そして、この本の「聞き書き」は、歌舞伎界を舞台にして、大正から昭和にかけての芸能史の周辺を見事に描いているところも素晴らしい。

戦後の誰も生活が苦しかった時期に歌舞伎の内弟子として生き抜いてきた生活。歌舞伎座も焼失し当時の十七代中村勘三郎も、小劇場を回り、決して恵まれた環境ではなかったことが分かる。息子の勘九郎が琴平の古い劇場を復刻して「こんぴら歌舞伎」を復活させた時、出演を頼まれた十七代勘三郎は、「俺は昔はさんざん小さい劇場を回って苦労してきたんだ。もう沢山だ」と最初は断ったというのも頷けるエピソードがあちこちに。

芝居小屋のことを「しばや」というのも興味深い昔の下町口調。ちょっとしか出てこないが芝居茶屋の話も面白い。昔の歌舞伎見物には茶屋経由で切符を買い、まず茶屋の座敷で一服したり着替えたり。開幕前に席に案内され、「かべす(菓子、弁当、寿司)」が桟敷に運ばれてくる。一日通しの興行だったので、お気に入りの役者が出てない時は茶屋に戻って一休みしたりして、歌舞伎見物は一日がかりの行楽のようなものだったのだ。

歌舞伎と大相撲には、髷や拍子木、太鼓の使用や独特の書割文字など多くの江戸文化を継承する共通点があるが、茶屋制度は歌舞伎では廃れ、まだかろうじて大相撲には残っている。この辺りも興味深い。

全編を通じて歌舞伎の芸談や裏話だけではなく、貴重な歴史の証人的な価値も見出せる実に面白いインタビュー。聞き書きというのは大変な仕事。相手の懐に飛び込み、信用されていないと話は聞けない。そしてきちんと話を聞き、内容をまとめる為には自分も語られている背景を理解している事が必要。「聞き書き」のクレジットには「矢口由紀子」とある。よい仕事だ。実に面白い読み物として完成している。

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